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大正妖怪デモクラシー  作者: 一色明
第三章 呪縛
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第十二話

 その声が響いた瞬間、僧侶と猫又は目の前から消えた。

 だが、それは消えたのではなかった。

  

 見れば、僧侶は廊下の端に寄り片膝をついて頭を下げている。長い髪が垂れその表情は見えないが、完全に平伏すような姿勢だ。猫又も同様に、僧侶の隣で体を丸めて頭を下げていた。


「貴方達、大切な客人に無礼ですよぉ」


 その声は、大きな声で話しているわけではないのに、何故かはっきりと空間に響き渡る。それはまるで、脳に直接語りかけられているかのような不思議な感覚だった。


 体の緊張がほぐれて、足に力が入らなくなる。

 隣の彼女も同じだったようで、僕達はほぼ同時にその場に座り込んでしまった。


「彼等は私が直々におもてなし致しましょう」


 声がする方へ目を凝らせば、廊下の向こうから小柄な影がゆっくりと此方に近づくのが見えた。


 大輪の紅椿が咲き誇る着物。


 深緑色の艶やかな袴。


 それは、僕よりも小柄な女性であった。

 女性は僕達の前まで来ると、立ち止まり深くお辞儀した。動きに合わせて振袖がたおやかに揺れ動く。

 それを目にした途端に、僕の頭の中で中庭の景色が蘇った。あの大きな背から見え隠れした着物と、目の前の女性の着物が合致する。間違いない。



 先生と一緒にいた女性だー………。



 しかし、その顔を見ることは叶わなかった。

 動作や着物は間違いなく淑女であるが、何故かその顔は黒いベールで覆われてたのだ。そして、白く細い首にはいかつい大玉の黒い数珠を下げている。


 その姿に魅入っていると、横から声がした。

「お嬢、彼等は客人ではなかろう。その手を煩わせずとも小性が片付けましょうぞ」

「お嬢。その少年は、美味しい」

 声がする方を向くと、猫又は口から涎を垂らし、僧侶は大きな目玉で此方を睨んでいた。女性はゆったりと双方を見比べるような仕草をした後、鈴を転がすような愛らしい声で言った。



「だまりなさい」


 

 その瞬間、痺れるような圧力に押し潰されそうになった。顔を上げていられず、床に手をついてしまう。全身から汗が吹き出し、あまりの圧迫感に眩暈がした。

 それは僧侶や猫も同様であったようで、彼等も床に手をつき俯いていた。

「私が、客人と言ったら客人なのですよ?それに、ずっと会いたかったお方なのです。邪魔しないで下さい」

 女性は、そう言うとベールの上から照れたように口元を押さえる。そして、その手はそっと僕の頬に寄せられた。




「ねぇ?猫吉くん?」




 つぅっと、頬から顎にかけて細く白い指先に撫でられた。

 黒いベール越しに、熱い吐息を感じた。

「な、んで…………?」

 喉が引き攣り、上手く言葉を発せなかった。けれど、それでも伝わったようで女性は嬉しそうに首を傾げた。

「何故名を知っているのか、ですか?それは、あの糞陰陽師から聞き出したからですよぅ」

 からかいまじりの楽しげな声が言葉を紡ぐ。

「なかなか強情さんなので、随分と時間がかかってしまいましたが。まぁ、楽しめたので良しとしましょう」

 ね!と語りかけるその様子は、まるで少女のようだった。

 けれど、揺れるベールから時折覗く口元は、血のように赤い紅と顎先の黒子に彩られ色香を醸し出していた。

 ねぇ、とその唇は尋ねてきた。

「どうして、突然会いに来てくれたのですか?こちらから伺う予定でしたので、都合は良いのですが」

「うかがう……予定…………?」

「そうですよぉ。あの男が邪魔しなければ、今日にでも行こうと思っていたの。でも、どうしてここにいらっしゃるのかしら?」

「それは………」

 僕が、言いかけた時だった。



「弟をっ!返してっ…………!!」



 僕の隣から悲痛なが響いた。

 隣の彼女は震える手を握りしめながら、真っ直ぐに女性へと向かい叫んだ。

「弟を、返してよっ!!!」

「なんのことでしょう?」

 女性は惚けながら、僕の頬から細い指を離した。

「私の家に、アンタの気配が残ってた。アンタでしょう!?私には、分かるんだから……!」

 彼女は、そう言ってその瞳を赤く潤ませた。

「返してよっ!返してよぉっ!!!」

 そして、とうとう、涙が溢れ落ちる。



 それを見た瞬間、僕の中で何かが弾けた。



「僕達は、彼女の弟を探しに来ました」



 気がつくと、僕は立ち上がっていた。

 黒いベールの女性を真っ直ぐに見下ろす。

「浅葱色の着物の………、ご存知ですよね?」

 僕の言葉に、女性の肩がピクリと反応した。

「知っている、と言ったらどうします?」

 僕が答えるよりも先に、楽しげな声が言った。

「でも残念だけど、いくら猫吉くん相手でも渡せないわぁ」

 

 せせら笑う相手に、恐怖とは違う全身の震えが込み上げた。きっと、これは"怒り"だ。



「………だったら」



 拳を固く握りしめる。



「奪い返すまでです」



 僕の言葉に、赤い唇は微笑んだ。


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