第十一話
振り返ると、薄暗い廊下の先に二つの影があった。
一つは、黒く長い髪を下ろしたままにしている僧侶のような格好をした大柄な男性。
もう一つは、猫のようであった。
彼らは、ゆっくりと此方へ近づいてくる。その姿をはっきりと目で捉えた時、僕は自分の顔からも血の気が引くのを感じた。
彼らは、生者ではない。
それは、僕の目にも明らかであった。
何故なら、僧侶のような男性の顔の造りは普通の人間と違っていたのだ。僕達を見つけて左右に大きく吊り上がる口と、すっと高く整った鼻筋。顔の両脇で、たっぷりと揺れる福耳。しかし、真ん中で分けた前髪の間から覗くのは、大きな一つの目玉だった。見開かれたその目は、ギョロリと此方を向いている。
その隣を歩く猫も異端であった。
体は猫のようなのに、大きさは僧侶の腰に届きそうな程あった。鋭く目をぎらつかせながら、時折口から長い舌を覗かせる。何よりも驚いたのは、尻尾が二つあったのだ。
僕達が黙ったまま動けないでいると、僧侶が口を開いた。
「おやおや、こんな所に客人とは珍しい」
その声は、想像よりも若く凛々しく響き渡った。
そして、また一歩近づかれて身構えた僕達を見て、その首を傾げる。すっと細い顎に手を当てて、考えるような仕草をして言った。
「だが、今日の客人は一人だった筈だ。なぁ、猫又よ」
「わしは、知らん。知らん」
猫又、と呼ばれた猫は、僧侶とは対照的に嗄れた老人のような声だった。返事をしつつ、僧侶には見向きもしないでいる。
不意に、僕は猫又の目と視線が合ってしまった。
途端に、面倒そうに顰められていたその瞳は、まるで笑うかのように細められた。
「………だが、この少年は知っている」
嗄れた声が、言葉を紡いだ。
「この少年は、美味しい」
つぅっと、大きな口から涎がダラリと滴り落ちた。
その瞬間、僕の背筋にぞくりと悪寒が駆け巡る。
このままでは喰われると、本能が告げた時だった。
「私達はっ……!」
隣にいた彼女が叫んだ。
彼女は、大きく息を吸ってゆっくりと吐き出し言った。
「……客人よ。もてなしなさい」
落ち着き払って告げた言葉に、僧侶は手を叩いて喜んだ。
「猫又よ!やはり客人であったぞ!もてなしじゃ、もてなしじゃ!」
その隣では、不服そうに猫が二本の尻尾を揺らす。
けれど、そんな事は僧侶には関係ないらしい。
「客人よ!こんな廊下ではもてなせぬ。さぁ、小生が案内してしんぜよう!」
その声を機嫌が良さそうに弾ませながら、思案するように大きな瞳を閉じて彼は天井を見上げている。
緊迫した空気は、瞬く間に消え失せた。
僕は、そんな現状についていけずに途方に暮れてしまう。隣の彼女に目配せすれば、同じように困惑しつつも自信ありげに頷いた。
そんな僕達には気が付かず、僧侶は何やら張り切って思案を続けている。
「何処へ通そうか。和式の客間か、洋式の客間か。茶は、何がいいだろうか。茶菓子はあったか……」
どうやら、本当に僕達をもてなそうとしているらしい。
その場で考え込みながらブツブツと呟かれるその言葉に、それならば、と彼女は笑顔で口を開いた。
「だったら、案内してほしい所があるの!浅葱色の着物のー………」
次の瞬間、僧侶は目を閉じたままぐるんと此方を向いた。
「浅葱色?」
浅葱色と聞き返す声は、先程までの弾んだ声とはまるで違い地を這うように低かった。
緩んでいた空気が一変した。
突然の変貌に、僕も彼女も思わず後ずさる。
けれど、それを彼は許さなかった。
「あれは、あのお方から我々が管理を承りし獲物である。それを狙うとは、貴様らは客人ではないな?」
そう言うと、また一歩此方へ近づき空気を震わせた。
ひりつくような圧迫感が、廊下を満たした。
僧侶は、ゆっくりと手と手を合わせて合掌する。
「ならば、ここで果てさせるのみ」
言葉と共に見開かれた瞳には、確かな殺意が宿っていた。
このままではー…と焦る気持ちとは裏腹に、体は指一本動かすことすら出来ない。そんな時だった。
「やめなさい」
場にそぐわない穏やかな声が、廊下に響いた。




