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大正妖怪デモクラシー  作者: 一色明
第三章 呪縛
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第十話

 僕達の体は、ぽっかりと開いた暗闇へと落ちていく。

 何か掴めるものはないかと必死に手を伸ばすが、その指先は虚しく空を切るだけだった。


「きゃぁああああっ!」


 悲鳴が木霊する。

 下を見れば、もう床が迫っていた。落下する勢いのままに衝突すれば、間違いなく怪我をするだろう。悲鳴がする方へ手を伸ばし、彼女の着物の袖を捉えた。


 なんとか、彼女だけでも助けたい!


 そう思った時だった。

 耳元を、熱い風が吹き抜ける。



『犬神を呼びなさい』



 それは、一瞬の出来事だった。

 彼女の着物の裾を掴んだまま、反対の手で着物の懐から形代を取り出す。間に合え!間に合え!



「入式神見幻夢!犬神!!」



 形代から紫色の炎が燃え上がると、その炎は大きく燃え広がり僕達を包み込んだ。

 炎の隙間から、床が目前へと迫る。


 間に合わない!


 咄嗟に目を強く瞑り、床に打ち付けられる衝撃に身構えた。だが、そんな衝撃は訪れなかった。

 ふわり、と体が柔らかなものに包まれる。

「な、なによ。これっ……!」

 隣から、彼女の戸惑う声が聞こえた。

 ゆっくりと瞳を開くと、目の前には濡れたような紫炎に輝く瞳があった。その瞳と目が合った途端に、生温いような舌でベロンと顔を舐め取られる。


「………クロッ!」


 僕は安堵するあまり、その首に抱きつきた。

 見れば、僕達は体を大きくした犬神の上に着地したようだ。隣の彼女は、未だに状況が分からずにフカフカの毛並みの上でブルブルと体を震わせている。


 耳元に感じた熱は、もうなくなっていた。

 けれど、あの声は、間違いなくー………。

 

 不思議に思いながらクロを抱きしめていた腕を緩めると、彼はキラキラとした眼差しで僕を見つめていた。

 その瞳からは、いや、全身から、褒めて褒めてと言わんばかりの圧力をひしひしと感じる。僕は、思わず吹き出してしまいながら言った。


「ありがとう、クロ。助かったよ」


 そう告げた途端に、ボンッと音を立ててクロは先程までよりも一回り小さくなった。

 急に体のサイズが変わってしまったせいで、今度こそ僕達の体は床へと落下した。

「きゃっ!」

「いたっ!」

 いくら低い位置からとはいえ、容赦なく体は床へと打ち付けられてしまい、あちこちが痛んだ。痛む体をさすりながら顔を上げて抗議する。

「こらっ!急に酷いじゃないかっ」

 しかし、クロはもう我関せずな顔で辺りの匂いをクンクンと嗅ぎながら周囲を観察していた。もう!と僕が腹を立てていると、隣の彼女が口を開いた。


「ね、ねぇっ。何なの、このでかい犬っ……!」


 その顔は、恐怖で蒼白だった。

 僕は、慌てて彼女へ説明する。

「ご、ごめんね!彼は犬神のクロって言うんだ。え、えっと!僕の式神で、今僕達を助けてくれたんだよ。」

「は……?しきがみ?」

 彼女は、口をパクパクさせながら僕とクロを交互に見た。一回り小さく変化したとはいえ、その体は未だに先程の虎と同じ背丈はある。ジロリとクロが此方を見れば、その口から覗く白い牙に彼女は慄いた。だが、それは一瞬だけで、彼女は短い髪をさらりと手で払うと勢い良く立ち上がった。

「あ、あんた、そんなことできたのね!やるじゃないっ。褒めてあげるわよっ!」

 そう言い放つ彼女の笑顔は引き攣っていた。けれど、蒼白だった頬には少し赤みが戻っているのが見えた。

「驚かせて、ごめんね」

 そう謝ると、彼女はフンッと首を振った。

「いいわよ、別に。よくわかんないけど、つまりは私達の仲間ってことでしょう?あんた一人より頼もしいわ」

 少々失礼なことを言われた気がするが、喉からでかかった文句は彼女の言葉で掻き消された。


「ありがとう」


 その瞳は、真っ直ぐにクロへと向いていた。

 先程まで怖がっていたし、まだその恐怖は完全に払拭できていないだろうに、彼女はそれをおくびにも出さずに大きな犬神へ向き合っている。クロも、真っ直ぐに自分に向き合いお礼を告げる彼女を見つめ返していた。そして、スンッとその鼻を鳴らし、彼女の着物へ擦り付けたのだ。


 僕は、いつもは天邪鬼なクロの様子に驚いてしまう。

 どうやら、クロは彼女を気に入ったらしい。


「なによ、可愛いじゃない!」


 彼女は少し顔を綻ばせて、その大きな鼻の頭を掻いてやっている。その姿は、何とも微笑ましい。


 ほのぼのとした雰囲気が漂う中、彼女が言った。



「じゃあ、あれも、あれも、あんたの式神?」

「え?」

「え?」


 

 僕達は、顔を見合わせた。

「僕の式神は、クロだけだよ?」

 僕の言葉に、彼女の顔色は今度こそ白くなった。

 震えながら、僕の後ろの廊下を指差す。



「じゃ、じゃあ、あれ、なによ!」



 僕は、振り返った。

 次の瞬間、自分の顔からも血の気が引くのが分かった。


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