第六話
その洋館は、僕よりも遥かに背の高い椿の生垣に囲まれ、ひっそりと建っていた。深紅の椿の中に聳え立つ赤煉瓦で造られた二階建ての建物は、まるで異国の地に来てしまったかのような気持ちにさせられる。
辺りを見渡しながら、ふと気がつけば、強く吹いていた筈の風がぴたりと止んでいた。不思議に思いつつも、遠くを見れば木々は変わらずに激しく揺れ動いている。
どうやら此処だけが風に吹かれていないのだ。
そう理解した途端に、背中に嫌な汗が伝う。
戸惑う僕の隣で、女の子は中へ入ろうと先程から鉄格子の柵をガチャガチャと動かそうとしている。
「ねぇ、本当にここへ入るの?」
不安になり尋ねると、彼女はどうしても動かない鉄格子の前で腕を組みながら答えた。
「入るわよ。あの屋敷の中から、微かに弟の気配を感じるの。あの猫か、もしくは飼い主が弟を攫って行ったに違いないわ。……もう!別の入り口を探すわよ!」
そう言うと、痺れを切らせたかのように歩き出すので、僕も慌てて後を追う。その足は、椿の生垣に沿って歩みを進めていた。
暫くの間ぐるぐると周りを歩いていたが、ちょうど屋敷の裏側に来たあたりで、彼女は立ち止まった。
「あんた、ここ潜ってみなさいよ。」
「えっ!?」
彼女が指差した先の生垣には、根本の方に僅かな隙間が開いていた。だが、簡単に潜れるような間隔ではない。
「えっと、無理じゃないかな……?」
「男のくせにつべこべ言わない!」
そう言うや否や、ぐいぐいと袖を引っ張られて生垣に押し付けられてしまう。僕は、仕方なく地面に足を着き這うようにして生垣に頭を入れた。葉や枝によって顔や体は押し返されそうになるのに、後ろから容赦なく押されるため前に進むしか無かった。
「……ぷはっ!」
纏わりつく葉と枝を何とか手で払いのけ、僕はようやく生垣を潜り抜けた。立ち上がり、袴の汚れを払おうとしたが、目の前の景色に目を奪われてしまった。
そこには、見事に花が咲き誇る庭園が広がっていたのだ。
色とりどりの花が至るところで咲き乱れ、これまた背の高い生垣があるかと思えば低いものもあり、一歩踏み出せばそこは迷路のようにも見えた。
よくよく見れば、色とりどりの花々は種類や色は違えど、どれも椿の花のようである。
幻想的とも言えるその光景に見惚れていると、突然膝裏に衝撃が走り、前のめりに倒れてしまった。驚いて振り返ると、生垣から上半身だけ出した彼女が顔を覗かせている。
「ちょっと、邪魔なんだけど。」
僕が慌てて退くと、彼女も生垣を潜り切って立ち上がった。さっと裾についた汚れをはらっているが、着物の乱れは少なかった。僕が先に通ったおかげで幾分生垣を潜るのが楽だったようだ。少し恨めしく思いながら見つめていると、またもや睨まれてしまった。
「ほら、さっさと行くわよ!屋敷の入り口を探さなきゃ。」
そう言うや否や、未だに葉と土だらけの僕を置いてさっさと歩き始めてしまう。僕も急いでその後に続いた。
「ちっ、なんなのよ。まるで迷路じゃない。」
そう舌打ちした彼女だが、その歩みに迷いはなかった。背の高い椿によって見通しが悪いにも関わらずにどんどんと進んでゆく。
「ねぇ、君は行くべき先がどうして分かるの?」
「さっきも言ったでしょう。気配が分かるって。私は生き物の色が見えるの。生命力、みたいなものかしら。それが強ければ強いほど、軌道に色が残るからそれを追ってるだけ。」
「それで猫も追えたんだね。じゃあ、さっきの女の人もみえた?」
「は……?女?」
「だって、さっき助けてくれたじゃないか。」
そこで会話が途切れ、彼女が此方に振り向く。その顔は、怪訝そうに眉を顰めていた。
「あれ、女だったの?私には黒い靄にしかみえなかったわ。」
「……え?」
「っ!ちょっと、止まって。」
その時、突然前を歩いていた彼女が立ち止まった。生垣に背を預けて、何やらその先の様子を伺っている。
「この先に人がいるわ。此処を通らないと屋敷に近づけないのに……っ!」
小さな声で話しながら悔しがる彼女の横から、僕も顔だけ生垣から出し様子を見る。
生垣を出た先は、背の高い生垣は無くなっており、先程までとは打って変わり解放的な庭の造りになっていた。
そして、鮮やかに色づく椿に囲まれたその空間の中に男性と思われる後ろ姿が見える。
僕は、その姿を見て驚愕した。




