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大正妖怪デモクラシー  作者: 一色明
第三章 呪縛
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第二話

 次の日は、本当に朝から強風だった。

 春の木枯らしが吹き荒れ、ガタガタと家中の窓や戸を揺らしている。ギシギシと家が軋む音が時折聞こえた。


「えっと、無理じゃないですかね……?」


 僕は、買い物籠片手に店の扉の前で立ち尽くしていた。

 道の向こうには、どこから飛ばされて来たのか分からない桶なんかが転がっている。

 すると、背後から声が聞こえた。


「だから、言っただろう。春一番だって。」


 振り返ると、いつも通り着流しに羽織を着た先生が佇んでいた。亜麻色の長い髪は背後で結われており、行く支度は整っているようだ。けれども………、と、僕はもう一度外を見ると、目の前に勢い良く木の枝が飛んでいった。

 うん。やっぱり、これは無理だな。


「もう春一番が吹く季節なんですね!ということで、今日は買い出しはやめて、明日にでも……。」


 くるりと振り返り家の中へと戻ろうとする襟の首元は、伸ばされた手にいとも簡単に捕まった。恐る恐る見上げると、優しく微笑む瞳と目が合う。

「何言ってるんたい。謹慎中に外出を許したのは今日だけだ。ほら、出てった。出てった。」

 憎たらしい程に涼しげな顔で言われた言葉に、抵抗する術を僕は持ち合わせていなかった。そう言うや否や、扉の外へと放り出される。途端に風が強すぎて、目も開けられなくなってしまった。そんな僕を余所に、先生は言った。


「私は今夜は遅くなる。夕餉の支度は要らないよ。それから、帰ったら店の戸締りはしっかりしなさい。」


 僕は、何とか返事をしようと振り返る。

 しかし、そこにはもう誰も居なかった。






 僕は、それから何とか行きつけの八百屋へと辿り着いた。

 馴染みの奥さんは、どうやら店仕舞いの支度をしていたらしい。買い物籠片手に現れた僕を見るなり、これでもかという程目を丸くして叫んだ。


「あら、やぁだ!猫吉ちゃん!!なんでこんな日にまでお買い物なんかしてるのよっ。」


 そうして、僕より少し背の高い彼女は、ふくふくとした手で、僕の頭についた枯れ葉をとってくれた。僕は半泣きになりながら、先生に店から出された話をする。

 すると、奥さんは呆れたように笑った。

「まぁた、意地悪されちゃったのねぇ……。」

 強風が耳にガサガサと音を立てながら吹き荒れるものだから、その後呟かれた言葉は聞き取れなかった。聞き返そうとすると、微笑まれ、籠に適当に野菜を詰められる。

「ほらほら、サービスするからさっさと帰んな!うちはこの後店仕舞いだからさ。」

 そう言いながら、奥さんは隣の魚屋に声をかけた。魚屋のおじさんも僕を見て驚いていたが、此方にニシンを二本よこしてくれた。

「今日はどうせ売れやしない。旦那と食べな。」

 そんなに貰えないと財布を出そうとするが、うんうんと頷く奥さんに止められてしまった。そして、奥さんはバンっと僕の背中を叩くと「さ、帰った帰った。細いんだから風に飛ばされないように気をつけるんだよ!」と豪快に笑って見送ってくれた。本当に、この町の人は温かい。




 僕は、籠を抱えながら帰路を急ぐ。


「ねぇ、クロ?こう、風から身を守る方法なんてないのかな?」


 ふと思い立ち、肩口に話しかけてみる。

 今日は町に人気もないし、一人で喋っていても不審に思われないだろうと思ったのだ。だが、なんの応答もないので居ないのかと眼鏡をずらして肩を見ると、やはり黒い塊…もとい犬神はそこで寛いでいた。僕を横目にちらりと見ると、大きな欠伸を一つしてまた瞳を閉じてしまう。

 僕は、普段眼鏡を掛けている時は、式神も含めて妖の類は見えなかった。けれども、犬神とは使役契約を結んでいるため(僕は結んだ覚えが一切ないが……)彼の気配や意識は、眼鏡を掛けていても何となく感じることができた。


 だからこそ、強く感じる。

 僕達は、未だに意思の疎通すらままならないことを。


『特に犬神は、惨い生まれ方をしたが故に、その攻撃性は非常に高く従順になることはないと言われている。』


 先生の言葉を思い出す。

 今のところ犬神は攻撃性を見せることはないが、僕に従順になることもない。自由気ままに僕の肩で寛いだり、時折散歩に出かけたりと勝手気ままなのである。その為、使役関係といえど、未だに僕の召喚呪文に応えてくれたこともなく、自分の意思で姿を現しているのだった。


 その姿に溜息を一つ零しつつ、僕は眼鏡を掛け直す。


 きっと、僕の力が弱いせいなのだと思う。

 言葉すら届かない様子に、胸にもやもやが募った。



「まぁ、肩にいる時は幸せそうに寝てくれてるから、いいんだけどさぁ……?」



 誰に言うわけでもない呟きは、強風に掻き消された。



 その時だった。


 風で霞む視界の端に、何かが動いて見えたのだ。

 思わずそれを目で追うと、民家と民家の間の隅で、小さな塊が震えていた。何かと思い、そっと近づき覗き込む。


 それは、三毛猫だった。


 茶色・薄茶色・白色によってまだら模様に彩られた体は、砂埃や落ち葉によって汚れていた。強い風に晒されて、動けなくなり震えていたらしい。見れば大きな鈴がついた赤い首輪がされており、飼い猫だということが分かった。


「君、大丈夫?」


 思わず声をかけて指先を伸ばすと、三毛猫は怯えることなく僕の手に擦り寄って来た。けれど、大きな風の音が怖いのか、周囲の家が軋む度に、その小さな体を震わせた。


「家に帰れないの?迷子かな?」


 買い物籠を下に置き、抱き上げてあげると三毛猫は安心したのか、僕の腕の中で眠ってしまった。今更、また道へと戻すことも憚られて途方にくれる。

 縋るように肩口に目を向けると、クロは、さして興味がなさそうに狸寝入りを決め込んでいた。


 クロのこういうところ、先生に似てるよね。


 引き攣る頬を押さえつつ、仕方なく僕は、片手に籠・片手に猫・肩口に犬を引き連れたまま家へと帰ることにしたのだった。




 それが、更なる来客を招くとも知らずにー…。






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