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大正妖怪デモクラシー  作者: 一色明
第二章 輪廻
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番外編① ---万問屋の妻の独白---

 小噺ではありません。

 猫吉くん視点では拾えなかった妻の苦悩です。

 我が家は江戸時代の頃より、大変繁盛する商家だった。現在も、万問屋として商店街に根付き、地域の盛り上げ役として一層商売に打ち込んでいる。


 だが、その代償とでもいうのだろうか。

 我が家は、呪われていた。


 家の跡継ぎとなった男は、皆同じように気が触れて、碌な死に方をしやしない。

 私の父親もそうだった。

 父親は、寡黙で真面目な人だった。幼い頃は、私はもちろん好きだったし、周囲の人間から一目置かれる人だった。けれど、うちは先代が長く続かないせいで、後継者に引き継がれるのが早い。


 先代である祖父も呆気なく早死にし、父親が店を継いだ。


 しかし、後を継いだ途端に、やはり父親も変わってしまった。経営はさほど傾いていないというのに、血眼になって金稼ぎに精を出し始めたのだ。家庭では浴びるように酒を呑み、母親や私を殴った。髪を掴まれて引きずられたこともある。寡黙ながらも優しかった筈の父親の面影は消え失せ、そこにいるのは得体の知れない男だった。


 その姿は、まるで何かに取り憑かれたかのような恐ろしい別人に見えた。


 うちの血筋は、間違いなく呪われている。

 後を継いだ曽祖父も、祖父も、父親も狂った。


 けれど、私は考えた。

 それならば、血筋など関係のない男が後を継げば良いのではないかと。



 そして、私は長女として婿を家に迎えた。



 彼は、とても穏やかな人だった。

 結婚をする時、私は家のことを素直に話した。


 うちの血筋の男が、皆狂っていくこと。

 父親の酒と暴力によって、辛い思いをしてきたこと。

 そんな環境で、自分自身が家庭を持つことが怖いということ。


 全て話終えると、彼は私を抱きしめてくれた。


「辛かったね……。苦しかったね……。俺は、必ず君を幸せにする!君をいつまでも愛し続けるよ。」


 そう言うなり、彼は声をあげて泣いた。

 私自身は、こんな家族話をしたって、ちっとも涙を流していないのに、彼はボロボロ泣いていた。


 きっと、今までずっと泣けなかった私の分まで、泣いてくれていたのだろう。



 その後、彼は私に約束してくれた。

 自分は、"決して変わらない"と……。



 私は、彼の涙と約束だけで十分救われた気がした。

 そして、私は、この男を心から愛したのだ。

 


 それからの月日は、幸せだった。

 彼は、おせっかいな所がたまに傷だが、お人好しでどこまでも優しい。そんな彼は、私の家の者はもちろん、商店街の皆にも、大層好かれていた。



 しかし、ある日の事だった。

 店主だった父親が、突然死んだ。書斎で自分の首を刃物で掻っ切って、笑いながら死んだ。あの人は、最後まで、ずっと狂っていた。


 

 そうして、ついに彼が店主となる時が来た。

 私は、妻として彼を支えながらも、内心はとても怯えていた。しかし、彼は分かっていたのだと思う。

 不安に駆られる度に、私の手を優しく握り微笑んでくれた。さらに、私の不安なんて吹き飛ばすかのように、彼はずっと彼のままだった。

 

 私達夫婦は子宝にも恵まれ、孫にも恵まれ、幸せな日々を過ごすことができた。



 しかし、幸せな日々は終わりを告げる。

 時代の波は、私達に残酷だった。



 商店街全体の経営に、陰りが見え始めたのだ。

 理由は明白であった。

 中心街に大きな百貨店が建ったのだ。


 彼は、商店街の会長として奮起した。

 皆を呼び集め、一丸になって頑張ろうと励ました。毎晩遅くまで頭を悩ませ、毎朝早起きして仕事に打ち込んだ。商店街の皆への協力にも惜しみなく尽力した。


 けれど、彼の努力は実を結ばなかった。


 次第に、客を取られて暖簾を下ろす店もあれば、引き抜きに合う店もで始めた。


 日に日に、商店街が寂しさを増す。


 


 その頃からだろうか。



 彼に、変化が現れ始めた。



 初めは、毎晩魘されるようになった。

 次に、眠れないからと酒を呑むようになった。酒なんて呑まない人だったのに、魘される日が続けば続く程に、酒は量を増して行く。



 彼から、穏やかな表情が消えた。

 些細な事に怒るようになった。

 声を荒げて、怒鳴るようになった。



 あんなにも優しかった彼は、日に日に知らない人間へと変貌してゆく。



 私は、それが恐ろしかった。

 私の愛する人を、取り戻したかった。


 だから、自分に出来ることをした。

 この身ひとつで叶うのならばと思い、引き抜きに合った店へと頭を下げに回った。


 彼は、そんな私を皆の前で穏やかな顔をして止める。

 でも、その顔は、私が知っている彼の顔じゃなかった。



 そんな中で、ついに事件が起きる。

 


 もう日が落ちた頃だった。

 庭先から物音が聞こえ、彼が帰ってきたのかと思い、出迎えの為に外へと出る。

 だが、門まで行っても彼はおらず、私は首を傾げた。

 辺りを見回すと、普段は使われていない古い蔵の戸が開いていた。不思議に思い、そっと近づく。


 だが、蔵にいたのは彼ではなかった


 狭い竹籠の中で、簪家の珠子が眠っていたのだ。

「きゃっ!」

 思わず短い悲鳴を漏らすと、彼女の小さな体は身じろぎし、その瞳は開いた。

「そこに、いるのだぁれ?」

 唐突な質問に答えられずにいると、幼い顔はくしゃりと歪んだ。

「ここ、どこ?だして、こわいよぅ。」

 その大きな瞳には涙が溢れる。


 私は、直感的に彼の仕業だと感じた。

 だが、頭の中に、彼の笑顔や温もりが蘇る。


 体は痺れたように動かない。

 私は、どうしたらいいのだろうか。


 しかし、悩んだのは一瞬だった。

 


「おかぁちゃん……っ。」



 その声を聞いた瞬間、私は彼女を籠ごと抱きしめた。


 私は、彼がどんなに変わってしまったとしても、愛している。けれど、どうしても、ここで泣いている幼児を見殺しにはできなかった。


 私は黙ったまま、珠子の頭を撫でた。


 すると、彼女はピタリと泣き止む。

 私は、竹籠ごと連れ出すのは目立つと思い、一度屋敷へ戻った。手近にあった毛足の長い毛布と、孫の玩具の人形を手に取ると、急いで蔵へと走っていった。


 珠子は、不思議そうに籠の中を触っている。

 

 その伸ばされた指先に、人形を持たせてやった。

 珠子はペタペタ触り、人形だと分かると抱きしめた。

「おにんぎょうさんだ!」

 嬉しそうに、顔を綻ばせている。人形に夢中な間に、小さな体を抱き上げて、毛布に包んだ。


 すると、珠子は驚いた顔をした。

「もふもふで、ふわふわっ!もしかして、あなた、いぬがみさま!?」

 突然、興奮しながら、告げられた言葉に戸惑う。

「よるねっ、ねるまえに、おかあちゃんがおはなししてくれるんだよ!もふもふでふわふわな、いぬがみさまのはなし!おりこうにしてると、いぬがみさまがまもってくれるんでしょ!?」

 そう言いながら、珠子は毛布に頬づりした。

「ね、いぬがみさま?たまちゃんとあそびたかったの?」

 私は悩んだ末に、黙ったままもう一度頭を撫でた。

「やったぁっ!」

 それを肯定と受け取った珠子は、とても喜んだ。

 そんな彼女を『しーっ』と囁き静かにさせると、私は小さな体を抱き上げて蔵をでた。



 商店街へ続く道には大人が数人見えた。


 皆、珠子の名を呼んでいる。

 ここで、見つかるわけにはいかない。


 人目を避けるうちに、気がつけば私達は林の中へと入っていた。


 どうしようかと悩んでいた時、珠子の『犬神様』という言葉を思い出す。


 そうだ。祠へ届けよう。


 しかし、それは叶わなかった。

 やはり、祠の前にも人集りができていたのだ。


 仕方なく、私は祠のすぐ近くの林の中で、珠子を下ろす。毛布から出してあげると、珠子は笑って言った。


「だっこ、もうおしまい?つぎなにする?」


 次の瞬間、近くで声がした。


「たまこぉっ!どこにいるの!?」


 それは、悲痛な母親の叫びだった。その声に、胸が痛い程に締め付けられる。

「……おかあちゃん?」

 珠子は、声のする方へ振り返った。


 私は、幼い背中をそっと押した。

 

「……いぬがみさま?ばいばい?」


 そう尋ねられたので、頭を撫でてやる。

 珠子は頷き「ばいばい!」と言うと、ゆっくりと声のする方へ歩いていった。

 



 その晩、彼は何事も無かったかのように家に帰ってきた。

 私も、何事も無かったかのように彼を出迎える。



 珠子のことは、私達夫婦の暗黙の秘密だった。



 私は、あの日の理由なんて、怖くて聞けない。



 そして、珠子の事件の熱りが冷めやらぬうちに、あの少年は商店街にやってきた。

 次回、ようやく猫吉くん出てきます。

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