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大正妖怪デモクラシー  作者: 一色明
第二章 輪廻
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第三十二話

 禍々しい気配は、そのまま蔵中に蔓延する。


 その男は、先生を見据えて言った。


「お前、陰陽師か?まだ青臭い若造め。そんな細い弓じゃ、俺は倒せんぞ。」


 下品な笑い声が高らかに響く。

 そして、男は会長の体からすり抜け消えた。会長は、気絶してその場に倒れ込んだ。



 男は、煙のようにその体を揺らめかせている。



 不意に、充血した赤い目と視線が絡み合った。



 次の瞬間、僕の目の前いっぱいに男の顔が広がる。

 熱を持って火照った頬に、男の冷たく生臭い吐息がかかった。


「お前、美味そうな匂いがするな。手始めに、お前から取り込んでやろう。」

「…っぃや!」


 体を退け反らせようとするも、全身が鉛のように重く動かない。喉が掠れて声も出せなかった。



 キンッ!



 男へと目掛けて、勢い良く矢が飛ぶ。しかし、それは男の足元よりも遠い地面に刺さるだけだった。


 それを一瞥して、男が笑う。


「どこを射抜いているんだ能無しめ。俺の体には何物も触れることはできない。諦めて、此奴が喰われる所を指でも咥えて見てるんだな。」


 キン!


 キン!


「無駄だ!無駄だ!諦めろっ!」


 キン!


 先生は、尚も弓を引く。

 だが、どの矢も地面に刺さるだけだった。


「久しぶりの、御馳走だ!」


 男の頬に亀裂が入り、その口は耳元まで裂けた。

 男は僕の顔を両手で鷲掴みにする。大きな口は、涎を垂らしながら僕を頭から飲み込もうと近づいた。


 キンッ!!


 その時、一際大きく弓がなった。

 放たれた矢は、僕の近くの地面へと刺さる。



「…誰が能無しだって?言ったじゃないか。お前は"特別"だと。」



 透き通るような声が響いた。



「我が願い叶えたまえ。十王召喚。」



 突如地面から閃光が放たれる。閃光は矢と矢を繋ぎ、男を囲むようにして大きな五芒星が浮き上がった。



「いでよ。"秦公大王"」



 男の足元の地面が崩れ落ちる。割れ目からは火がマグマの如く吹き出し、業火の底から巨大な手が這い出した。


 その手は、男の全身を鷲掴みにする。



「…がっ、ばっ、なんだぁぁぁごればぁああ!!!」



 男は苦しみながら大きく叫んだ。


 突然男の手が離されたことにより、僕の体は後ろに傾く。

 地面に倒れる衝撃を覚悟したが、背中は温かい何かに抱きとめられた。


 振り返り見上げると、それは先生だった。


 真っ直ぐに男を見据えたまま、形の良い唇が穏やかに声を発っする。


「秦公大王は『殺生の罪』を裁く地獄の王だ。さて、お前はいくつ罪があるのだろうな。」


 先生は、今にも地面に引き摺り込まれそうになっている男を、冷え切った瞳で見つめていた。


 しかし、男は足掻いた。手足が動かない代わりに、その舌を長く伸ばして珠代ちゃんの足に巻きつける。



「お前も道連れだぁぁああああっ!!!」



 口から涎と血を撒き散らしながら男は叫んだ。



「ぃやぁああああああっ!!!!」



 彼女の体は、勢い良く地面に引き摺られる。

 しかし、その体が崩れ落ちた地面の底へ落ちる事はなかった。



「行かせないっ!」



 彼女の体を必死で繋ぎ止める小さな影が見えた。

 それは、信さんだった。



「はなせぇえっ!こぞぉがぁあああっ!!!」



 鼓膜が破けるかと思う程の怒号が響く。

 それでも、信さんは手を離さなかった。



「嫌だっ!絶対に離さない!!今度こそ…、今度こそ彼女を守るんだぁあああっ!!!」



 次第に、二人の体はぐらりと割れ目へ傾いてゆく。

 

「…っしんさん!」


 僕が掠れる声で叫んだ時だった。


 先生が右手の人差し指と中指に息を吹きかける。

 その手を振り下ろして、宙を切った。



 スパンッッ!


 

 鋭い音を立てて、男の舌は千切れ飛ぶ。


 そのまま先生は僕から離れて男へと近づいた。

 そして、男の頭を鷲掴みにする。



「命には限りがある。平等な"死"は訪れない。しかし、だからこそ懸命に生きる者の命を戯れに奪うことは許されないんだ。…私は、お前を心底軽蔑する。」



 その声はいつも通り穏やかな筈なのに、確かな怒りが込められていた。


 先生は、鷲掴みにした頭をより深く地面へと押し込む。

 そして、笑顔で言った。




「さようなら。」



 

 その瞬間、凄まじい光と共に地面が閉ざされた。

 巨大な手も、男の姿も既になく、すっかりと元通りになった蔵の地面が広がっているだけだった。






 蔵の中は、静寂に包まれる。





 

 すると、薄暗い視界の片隅で、儚げな光が灯り始めた。


 振り返ると、その光は信さんから溢れ出ていた。

 信さんの胸から溢れた光は細かな粒となり、彼の全身を包み込みながら、天へと昇っていく。


 僕が驚きで目を見開いていると、信さんは呟いた。



「あぁ…、もう時間のようだ。」



 彼は、珠代ちゃんへ向き合った。

 そして、彼女の麻縄を解いてあげると、懐から何かを取り出して差し出す。



「これを、受け取っては貰えないだろうか。」



 それは、あの櫛だった。

 小さな手が、一回り大きな彼女の手にそっと握らせる。彼女は、黙って櫛と信さんを交互に見つめた。


「きっと、何の話が分からないだろう。ただの情けない男の戯言だと聞き流しておくれ。」


 彼の体は、どんどん強く光り輝く。



「私は、貴女の幸せを願っている。」



 信さんの静かな声が、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「たとえ時代が移り変わろうとも…、どんな姿になろうとも…、私は貴女を永遠に想い続ける。」


「…あなたは、だれ?」

 珠代ちゃんが言った。

 その瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。


 信さんは、優しく微笑み首を振った。


「私のことなど知らなくていい…。貴女はどうか、どうか生きて。生きて、幸せになって…………。」



 次の瞬間、言葉を紡ぐ彼の体から、最後の光の粒が抜けていった。



 彼の瞳は閉ざされる。


 珠代ちゃんの手からその手はするりと離れ落ちると、その体は傾き地面へと倒れた。



「…まっ、まって!行かないで………っ!」



 珠代ちゃんは彼の体を抱き抱える。




 僕には、わかった。

 もう一度瞳が開かれた時には、その幼い体の中に"信さん"はいないということを…。




 ただ、二人の姿を見つめることしかできない。



 彼女の啜り泣く声は、いつまでも蔵に響いていた。

 

 

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