第二十八話
「しっしっ!こっちに来るんじゃないよ!」
「あぁ、嫌だ。なんだい、あの真っ暗な毛並み。不吉ったらありゃしない!」
ぼくは、人間から大層嫌われていた。
どこへ行っても、いつも怒鳴られて叩かれる。
それでも、大好きな家族がいた。
優しい母さんと、賑やかな兄弟達だ。
お腹いっぱい食べられる日なんてなかったけど、僕は毎日幸せだった。
そんな、ある日のことだった。
母さんは、餌を取りに行った先で人間に殴られて動かなくなった。傷口を兄弟達と必死に舐めたが、母さんの傷口は治らない。体には蠅がたかり蛆が湧いた。
人間達は、母さんをみて「こんな所にずっとあったら汚い」と言い、母さんをどこかへ連れて行ってしまった。
ぼくは、母さんがいなくなってとても悲しかった。
でも、頼もしい兄弟達がいた。母さんの代わりに、体の大きな兄が餌探しを頑張ってくれる。
けれど、そんな毎日は続かなかった。
餌を取りに行けば棒で殴られ、時には刀で斬られたりした。そうするうちに、兄弟達はどんどんと減って行く。
母さんと同じように動かなくなる者。
逃げ惑ううちに逸れてしまう者。
そして、ついにぼくはひとりになった。
僕は、人間が大嫌いになった。
どのくらい、月日が経っただろうか。
どのくらい、歩き続けただろうか。
気がつけば、ぼくはひとりで、人間の巣がたくさん集まる場所へと迷い込んでしまっていた。
もう何日も水すら飲んでいない体は、限界を迎えていた。視界が霞み、足が思うように前へ進まない。
でも、ここにいたらきっとまた殴られる。
早く逃げなければー…。
そう思うのに、ぼくの体は地面に倒れ込んだ。
もう、動けないー…。
そう、思った時だった。
「まぁ…!大丈夫?」
それは、若い人間の女の声だった。
最後の力を振り絞って、ぼくは唸り声をあげる。
『来るなっ!!!』
そう吠えると、女は言った。
「こんなにボロボロで可哀想に…。お腹が減っているのかしら?」
そう言いながら、女は巣へと戻ったかと思えば、何かを手にしてまた近づいてきた。
『来るな!来るな!』
何度も吠えるのに、女は近づく。
そして、何かを僕の目の前に置いた。
「これ、朝ごはんの残りなんだけど…。食べられるかしら?」
白い器に乗ったそれは、そっと鼻先を近づけると、とても良い香りがした。その隣に水も置かれる。
「私はいいの!お腹がいっぱいだから。お父ちゃんが食べた残りだから、気にせずお食べよ!」
そう女が言った途端、ゴロゴロと大きな音が鳴る。
それは、女の腹から聞こえてきた。
女は、顔を赤くして腹を押さえる。
「や…、やだねぇ。気にしないで早くお食べ。」
促されるまま、ぼくはそれを口にした。
それは、今まで食べた餌の中で一番美味しかった。
そしてそれは、初めて人間から与えられた餌だった。
夢中で食べていたぼくは、ずっと視線を感じているのが煩わしくなり、顔を上げる。
どうせ、お前も恐ろしい顔をしているんだろうと思っていた。しかし、それは違かった。
女は、僕に向かって優しく微笑んでいたのだ。
その笑顔をみた瞬間、目を釣り上げ怒鳴る人間しか知らなかったぼくの胸が、温かくなる。
それは、人間に対して初めて抱く感情だった。




