第二十七話
深く、
深く、
体が沈んでいくー…。
それは、暗い水底に向かっていくような感覚だった。
不思議と、息は苦しくない。
常闇に包まれたこの世界は、どこまでも暗く、どこまでも深く、どこまでも静かに僕を底へといざなってゆく。
不意に、何者かの気配を感じた。
目を凝らすと、奥底に何者かが体を丸めて蹲っている。
それは、黒い毛並みの子犬だった。
その子犬を見つけた途端、静かだった常闇の世界から、あらゆる感情が僕の心に流れ込んでくる。
『喜び』『希望』『感謝』『不安』『恐怖』『憤怒』『憎悪』『悲壮』『苦痛』
同時に、体の感覚が支配された。
『人に触れられる幸福感』『お腹が満たされる満足感』『体を拘束される不快感』『喉の渇きによる焦燥感も』『空腹による飢餓感』『生きたまま身体が腐る恐怖感』
そして、何かを食べた瞬間の『絶望感』
僕は、ただひたすらにその感情と感覚を受け止め続けた。そして、ようやく常闇の底までたどり着く。
子犬は、体を小さく丸めて震えていた。
きっと、これが犬神様の本当の姿なのだろう。
「犬神様…、僕の声が聞こえますか?」
声をかけても、反応はない。
僕は、そっとその黒い毛並みに触れた。
すると、触れた指先に痺れるような感覚が走る。
震える小さな体を見て、僕は無性に泣きたくなった。
「ずっと…、苦しかったんだよね。ずっと…、辛かったんだよね。もう、大丈夫だよ。」
ゆっくりと語りかける。
しかし、それでも子犬の体は動かない。
僕は、その小さな頭をそっと撫でた。
その瞬間、僕の指先から頭へ映像が流れ込む。
頭が割れそうになる感覚に襲われるが、それでも僕は手を離さなかった。
それは、この子犬の走馬灯だった。
僕は目を瞑り、その走馬灯へと意識を委ねた。




