表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大正妖怪デモクラシー  作者: 一色明
第二章 輪廻
55/90

第二十四話

「珠子を逃したのもお前だろう。全く、どうやって

…。よくも、余計な事をしてくれたな。」


 殺気を含んだ低い声が、奥さんに向けられた。


 僕は、驚いて顔をそちらに視線を向ける。

 彼女は痛む体を必死に起こしながら、会長を睨みつけた。


「あぁ、そうさ。あんな狭い竹籠に入れられて蔵にいたんだ。毛布にくるんで運び、林に逃したよ!あんなに小さい子を攫ってくるなんて…、ましてこんな事までして……。あんた、どうしちまったんだよ!」


 奥さんは、叫んだ。

 睨む瞳の奥は、赤みをおび潤んでいる。



『もふもふで、ふわふわで……』



 珠ちゃんの言っていた言葉が頭を過ぎる。

 あれは、どうやら毛布のことを言っていたらしい。



『その言葉をどう捉えるかは、受け取る大人次第だ。』



 そう先生が言っていた事を思い出す。

 幼い珠ちゃんは、勘違いをしていただけで、ずっと本当のことを言っていたのだ。



「きゃぁああっ!!」



 響いた悲鳴に顔を上げると、会長は奥さんの髪を鷲掴みにしていた。


「俺は!どうもしていないさ!!おかしいのは、俺の周りの奴等だろうがっ!!!」


 血走った眼が薄暗闇に光って見えた。

 

「…っ、やめろ!!!」


 僕は、叫んだ。

 しかし、間に合わなかった。会長は奥さんの頭を髪ごと掴んだまま、地面に力任せに叩きつける。

 


 ガツンッ!


 鈍い音が聞こえた。

 彼女は、それきり、もう動かなかった。



 会長は、その頭から手を離すとゆらりと立ち上がる。

 そうして、ふらつきながらこちらへ歩みを進めてきた。その手には、抜け落ちた長い白髪が絡み付き、赤い血が滴っていた。



「俺は…、悪くない。俺は…、悪くない。」



 低く呟く声が、静かに繰り返される。


 

 ふらつく体は、すっと僕達を通り過ぎた。

 そのまま、蔵の奥へと歩みを進めている。


 薄暗闇に目を凝らしてよく見ると、その先には大きな布を掛けられた何かが鎮座していた。



 会長の手によって、その布が取り払われる。




 それは、大きな神棚だった。




「いぬがみさまぁぁああああっ!!!!」



 会長は、叫ぶ。

 その両手は、力強く天へと突き出された。



「百貨店などというものに、どんどんと客を奪われ、しまいには商売仲間まで奪われる始末!こちらの方が、歴史が古いというのに!!なんたる屈辱か!!!」



 蔵いっぱいに、彼の声が轟く。

 それは、魂の叫びのようだった。



「ここに、生贄を差し出します!どうか…、どうか、我が家を…、この商店街をお救い下さい!!」


 

 そして、彼はこちらを振り返った。

 掌を組み、天に祈りを捧ぐ。




「いでよっ!!いぬがみぃいいっ!!!」


 


 その瞬間、蔵の中の空気が一変した。

 

 


 神棚から突如、風が吹き抜け、地鳴りが始まる。

 僕達を貫くような様な殺気が、びりびりと肌から伝わった。漆黒の霧が、勢いよく舞い上がる。

 


 僕は、目の前の光景から目が離せなかった。



 珠代ちゃんは、恐怖で声も出せないまま信さんに体を寄せる。


「ん…、」


 信さんが、ようやく目を開いた。

 そして、その瞳は驚愕する。



 吐き気がする程の腐敗臭が、蔵を満たし始めた。

 それは間違いなく"死"の香りだった。




 やがてその霧は、次第にはっきりと姿を成す。



 

 それは、巨大などす黒い塊だった。

 



 澱んだ黒色の毛皮は、腐り果て、ずるずると剥がれ落ちている。そこから、嫌な臭いが立ち込めた。

 口の様な裂け目からは、鋭い牙が覗き、混濁した半透明の液体が滴り落ちる。

 その上にある筈の場所に目はなく、そこは赤黒い血が滲み出ているだけだ。さらに上にある筈の耳も、ただ腐り落ち、ぶら下がっているだけだった。



「これが…、犬神………?」



 僕の声は、掠れて消えた。



 腐り果てた巨大な体は、まるで土竜のように見え、どこまでも醜い姿をしていたのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ