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大正妖怪デモクラシー  作者: 一色明
第二章 輪廻
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第二十三話

「なぜ、早くこの商店街から立ち去らなかったの。」


 そう呟いたのは、会長の奥さんだった。

 その手は、着物の裾を強く握りしめながら震えている。


「これ以上は関わらない方が身の為だと!調べないでくれと、お願いしたのに!」


 彼女の瞳は、責める様に僕を睨みつけた。

 そうして、そう言うや否や、こちらへ手を伸ばしながら勢いよく近づいて来た。



「ゔゔゔっ!」



 珠代ちゃんが怯えた様に呻いた。

 僕も、その手から逃れようと必死に身を捩る。


 しかし、逃れることは叶わずに、僕の体は簡単にその手に捕まってしまった。



 手荒いことをされると思い、ぎゅっと目を瞑る。



 しかし、想像していたような衝撃は訪れなかった。

 代わりに、僕の口元は突然解放された。口に咬まされていた手拭いが抜き取られたことで、はっと息を大きく吸い込む。勢いよく息を吸ったことにより、僕は思わず咽せてしまった。


 息を整えながら、こちらを見下ろす彼女を見上げた。


「どうして、こんなことをしたんですか!?」


 僕の声が、蔵の中に響き渡る。

 すると、皺のある手が僕の口を覆った。


「馬鹿だね!大きな声を出すんじゃないよっ!」


 そう言った彼女の足元には、僕の眼鏡が落ちていた。

 いつの間にか、外れてしまっていたらしい。


 彼女は口元から手を離すと、僕の足首に括られた麻縄に手をかけ始めた。その行動の意味を理解出来ないまま眺めていると、その麻縄はあっという間に解かれた。


「ほら、早く腕をお出し!」

 彼女は、酷く焦っているようだった。

「…どうして、貴女が?」

 僕を助けようとしているのかー…?



 そう考えた時、僕は異変に気がついた。



 あの林で感じた異臭が、今日の彼女からはしないのだ。



 固く縛られた麻縄を解いたせいで、彼女の爪は割れて血が滲んでいた。その指先が、僕の手首の麻縄を触れようとした時だった。



 戸口から、カタン…と音がする。



 その瞬間、彼女の顔は青ざめ恐怖に染まった。



「…そこまでだ。」



 嗄れた男の声が響く。

 戸口を見やると、その男の姿が逆光の中にはっきりと浮かぶ。



「もう、やめるんだ。それ以上そんなことをしようとするなら、俺はお前でも許さない。」



 そう言い放ったのは、会長さんだった。

 いつもは優しい眼鏡の奥の瞳が、厳しくこちらを見つめている。彼は、こちらに近づいてくると奥さんの肩にそっと掌を置いた。



 次の瞬間、その体を勢いよく横へ突き飛ばす。



 ドンッ!!!


 奥さんの小柄な体は、蔵の壁に叩きつけられる。

 彼女は悲鳴もあげられないまま、地面に崩れ落ちた。



 僕は、間近で見たその姿に声を出せずにいた。



「これ以上…、俺の邪魔は、誰にもさせない………。」



 そう呟いた唇が、歪んで醜い微笑みを作る。



 林の時に感じたものとは比べ物にならない程の異臭が、痛いほどに僕の鼻を刺激した。


 そして、見上げた先にいる彼の体は、まるで焦げ付いているかの様に、どす黒い靄に覆われていたのだった。



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