第二十一話
大きな声を聞きつけて、信介くんの両親も玄関へ出てきた。
珠代ちゃんの父親の姿に、皆目を丸くして驚く。
そんな皆の様子に構わずに、彼は言った。
「俺も家内も午前にどうしても外せない用があって、留守を珠代に頼んだんだ。なのに、家に帰ってきたら珠子しかいなくて…。もう、ずっと町内を探して回ってるけど、見つからないんだ。ここじゃ、ないのかい!?」
頭から被った雨の雫は、まるで涙の様に頬に滴る。
けれど、信介くんの両親は首を振った。
「残念だけど…、ここにはいないわ。」
「そんなっ!」
それは、悲痛な声だった。
信介くんの父親は、羽織を着て傘を持った。
「俺が、一緒に探そう。信介は家で……、」
そう言い終える前に、信介くんが玄関から傘も持たずに飛び出した。
「こらっ!待ちなさい…!!」
慌てた怒号が響く。
「僕が、追いかけますっ!!」
僕はそう叫ぶと、急いで玄関から出た。
心配そうな気配を背後に感じながらも、走って小さな背を追った。
彼は、雨の中迷いなく走り続けた。
僕は風呂敷と傘を抱えたまま、傘を開く余裕すらなく走って後を追いかける。
「信介くん!どこにいくんだっ!!」
彼は、僕の問いに振り返らない。その背を見失わないように、僕も必死で路地を駆け抜けた。
突然、彼が急に止まった。そのおかげで、ようやく追いつくことができる。その腕を掴み引き寄せた。
「はぁっ…、ど、どこにいくの?」
苦しい息を吐き出しながら尋ねると、彼は言った。
「きっと、ここだと思うのです。」
そう言って見上げた先にあったのは、この商店街の中で一番大きな問屋だった。
「ここって……。」
僕を置いて、小さな体は迷いなくその門を潜る。
「ま、待って………っ!」
止めようとして見やった横顔は、大人のものだった。
「信さん?」
僕が呟くと、彼は真っ直ぐに前を見据えながら言った。
「"信介"の時には分からなかったが、今の私には感じる。あの時だって、きっと彼女はここにいたんだ。」
庭先から大きな屋敷に踏み込もうとした時、庭の隅にある大きな蔵の戸から音がした。
ドンッ…ドンッ…!
微かにだが、はっきりとその音は、戸の内側から聞こえてきた。
信さんは、足を蔵に向けて走り出す。
僕も、その後に続いて走り出した。
辿り着いた蔵の戸には、外側に大きな南京錠がかけられていた。鍵がないと開かない様で、信さんや僕がいくら手で壊そうともびくともしない。
「誰か!いますか!?」
そう声をかけると、中からくぐもった女性の呻き声が聞こえた。
珠代ちゃんだっ!
そう確信した時、後ろから叫ばれる。
「猫吉殿!そこをどいてくだされ!!」
慌てて退いて振り返ると、信さんが大きな石を振りかぶっていた。
ガツンッ!!!
南京錠に、その石を叩きつける。
何度も何度も繰り返すうちに、幼い手からは血が滲み始めた。
「信さん!僕がやるからっ!!」
そう止めに入ろうとした時、一際大きな金属音が鳴り響く。南京錠は、地面に壊れて落ちた。
彼は、血がついたままの石を放り出すと、蔵の戸を勢いよく開けて叫んだ。
「おたまさんっ!!!」
目の前には、珠代ちゃんがいた。
その姿は痛々しく、口には白い手拭いを噛ませて縛られており、腕や足も麻縄で固く括られている。
どうやら体を引きずって戸口まできて、戸に体当たりして音を立てていたらしい。
その梔子色の着物は、乱れて土に塗れていた。
涙の滲む目を見開いて、僕達を見ている。
「珠代ちゃん!見つかって良かった!今、出してあげるからね…!!」
そう言って二人で駆け寄ろうとした時だった。
「ぅゔゔっ…!んんっ!!」
珠代ちゃんが大きく呻き声をあげる。
その瞳は、何かを強く訴えていた。
ゴンッ!!
何か聞き返そうとする前に、鈍く大きな音がした。
隣で、信さんの体が地面に崩れ落ちる。
「しんさっ…!」
次の瞬間、僕の頭にも後ろから何かが振り下ろされた。強い衝撃と痛みに耐えきれず、その場に倒れ込む。
後ろで、カランッと何かが床に転がる。
それが、人の手から離された角棒だと、霞む視界で見て取れた。
足音は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「ゔゔぅぅぅっ…!!!」
珠代ちゃんの声にならない叫びを聞いたのを最後に、僕の意識は闇にのまれた。




