表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大正妖怪デモクラシー  作者: 一色明
第二章 輪廻
47/90

第十六話

 いつからかは、わからない。

 物心がついた時には、既にそうであったように思う。


 頭の中にはいつだって、背筋が真っ直ぐに伸びた大人の男性の後ろ姿が、静かに佇んでいた。


 食事をする時ー…。

 竹刀を持つ時ー…。

 眠りに落ちる時ー…。


 彼はいつも冷静沈着であった。どこまでも強く、どこまでも正しくあろうとした。


 けれど、珠代さんに出会った時、血が沸騰するような騒めきが全身を駆け抜けた。


 この人だと!僕に必要なのはこの人なんだと、頭の中で叫ぶ声が聞こえた。



 彼女の笑顔に、心が奪われた。



 でも、日に日にその姿は遠のいて行く…。

 その男は既に、僕の中で消えかかっているのだ…。





『こんな、はなし。しんじますか?』




 頭の中に響いた声は、外の雨音にかき消された。


 カウンターに座り、ぼんやりと考え事をしている間に、どうやら雨が降ってきていたらしい。

 曇天の空のせいで、まだ昼だというのに、店の中はすっかり暗くなってしまっていた。



 あの日から、数日が過ぎていた。

 あれ以来、僕はあの商店街を訪れていない。




 不意に、行灯の灯りがつけられた。

 ぼんやりと、店内が明るくなる。

 振り返ると、先生が腕を組んで此方を見ていた。


「こんな暗がりにいると、悪いものに攫われてしまうよ。」


 そう言われても、何も言い返す気にならずに視線を外へと移した。


「雨が…、降っていたんですね。あ!洗濯物!」


 大事なことを思い出し、慌てて立ち上がった。

 すると、先生が僕の肩に手を置いて、そのまま体を椅子に押し戻した。


「降り始めたのは随分前だ。もう取り込んである。」


 そういうと、彼も僕の隣へ丸椅子を寄せて座った。

 先生は、カウンターに肘をつき、掌に顎を乗せながら、興味深そうに僕の瞳を覗き込んだ。


「それで、うちの優秀な猫は何を悩んでいる?その小さな頭では、そろそろ限界だろう。」


 そう言いながら、涼やかな瞳は僕を見つめる。

 いつもの小馬鹿にしたような口調にすら、怒りも湧かない。そんな僕の様子に、先生は少し意外そうに瞳を細めた。黙って、僕の言葉を待っている。


 僕は、観念して口を開いた。


「訳が、分からないんです。あの祠に犬神様はいない。でも、あの時…。会長の奥さんに出会った時、人ならざる気配を感じました。腐った様な異臭の中に、殺意にも近い憎悪を感じたんです。でも、それっきり、気配は消えてしまうし…。」


 取り止めもなく話す僕に、先生は静かに耳を傾けた。



 雨音は、強さを増して行く。

 屋根や窓硝子を叩きつける音は酷くなる一方だった。



「君は、犬神の作り方を知っているかい?」



 雨音の中に、先生の声が響いた。


「え?神様なのに、作り方があるんですか?」

 僕が首を傾げると、先生は静かに言葉を紡いだ。


「犬神は、人為的に作られた神だ。作り方は簡単さ。生きた犬を地面に首だけが出る様にして埋めるんだ。そうして、犬の目の前に餌を置き、何日も飢えさせる。餌は、目には見えるのに決して食べさせることはしない。」

「そんな、酷な…。」

 僕は、想像して眩暈がした。

「そして、極限の飢餓状態になった時…。」


 不意に、先生の指先が僕の首筋に触れた。



「その首を切り落とす。」



 冷たい指先に、背筋がゾクリと粟立つ。

 先生は、顔色を悪くした僕に優しく微笑んだ。


「そうすると、犬は首だけで餌に食らいつくそうだ。それを焼いて骨にした後、器に入れて祀るだけ。ほら、簡単だろう?」


 嫌な想像を掻き立てられて、僕は叫んだ。

「なんて嫌な話をするんですか!鬼!」

 すると、先生はカラカラと楽しそうに笑う。


「おや、いつもの調子が戻ってきたね。」


 そうして、椅子から立ち上がりながら言った。

「ちなみにだが。犬神に憑かれた人間は、喜怒哀楽が激しくなったり、情緒不安定になるそうだよ。」

 君も気をつけるといい…と、耳元で囁かれた言葉に、どうやって!?と引き攣る頬を止められなかった。



 次の瞬間、パン!と拍手を一つされる。



「さて、そろそろ私のお気に入りの文楽人形を直しておいてもらおうか。そこの棚に、骨董品の記録帳がある。修繕した日にちと箇所を記録しておいておくれ。」


 そう言い残すと、先生はこちらに背を向けて、さっさと二階へ上がってしまった。




 僕は、すっかり忘れていた文楽人形の存在を、今更ながら思い出す。


 ごめんね!ガブさん!!


 心の中で謝りながら、カウンターの隅に置かれていたガブと取れた櫛を手繰り寄せた。


 そうして、少し色の剥げた櫛を手にとり裏返す。


 

 僕は、目に飛び込んできた文字に息を呑んだー…。



 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ