第十三話
奥さんの後ろ姿がすっかり見えなくなった頃、僕も祠を後にした。来た道を戻り、商店街の方へ向かう。
奥さんの真意はいくら考えても分からない。けれど、あの瞬間に感じた気配は、あの奥さんのものでも生者のものでもなかった。拭いきれない不快感は、いまだに胸に残っている。
やっぱり、もう一度珠ちゃんに会おう…。
そう考えていた時だった。
「やっぱり信介くんは筋が違うなぁ。」
「まだ、五歳なんだろ?ありゃあ天才だ。」
その会話につられて顔を上げると、目の前の剣道場から門下生と見られる青年二人が出てきた所だった。
"信介"と聞いて、昨日の強烈な思い出が蘇る。
思わず、門から中を覗き込む。信介くんは、庭先で父親と一緒に、他の門下生達を送り出している所だった。
剣道着に身を包んだ小柄な彼は、凛々しい眉を釣り上げて、その場に姿勢良く立っていた。彼よりずいぶん年上の門下生達に何か言われるたびに、「ありがとうございます!」と気持ちの良い礼を伝えている。きっと、皆から褒められているのだろう。
こっそりとそのまま様子を見ていると、信介くんは父親に何か告げ、突然こちらに向かって走り出した。
僕は、まさかこっちに来るとは思っていなかった為、門の陰で慌ててしまう。どこかに隠れるか…!?
そう思うが間に合わず、次の瞬間には、彼の小さな体が僕に衝突してしまった。
そのまま勢いよく、お互い尻餅をついてしまう。
「「いたっ…!」」
二人でお尻を押さえて蹲るが、僕は先に起き上がり、信介くんを抱き起こした。
「ご、ごめんね!大丈夫!?」
「だ…、だいじょうぶです。こちらこそ、まえをみずにもうしわけありませんでした。」
そう言って僕を見上げた彼は、体つきは年相応なのにどこか大人びた目をしていた。とりあえず、怪我が無さそうなことに安堵する。
もう一度謝った後、僕は気になったことを尋ねた。
「あんなに慌てて、どこへ行こうとしていたの?」
「おた…、かんざしやのたまちゃんのところへ…。」
そう答えた彼の頬は、じわりと赤みを帯びて年相応に見えた。僕は、思わず笑ってしまう。
「そっか!実は僕も珠ちゃんに会いに行くところだったんだ。良かったら、一緒に行かない?」
僕がそう申し出た途端に、信介くんは鋭く睨んできた。突然の不穏な雰囲気に、一歩たじろぐ。
「あなた…、おたまさんとどのようなかんけいですか?」
「へっ…?」
「おたまさんとけっこんするのは、ぼくです!」
その言葉に、恋敵だと誤解されていることにようやく気がついて、慌てて首を振った。
「違う違う!僕が用があるのは、小さい珠ちゃんだよ!昨日、お友達になったんだ。」
「ちいさい…たまちゃん?ほんとうに?」
「本当さ!嘘じゃないよ!」
訝しげにこちらの様子を伺う彼は、なるほど、と頷く。どうやら、僕の弁解に納得したようだ。
「そういうことなら、あんしんしました。ともにまいりましょう。」
そう言って、凛々しい眉を下げて笑う顔は、幼く可愛い。僕は、ほっと肩の力を抜く。
信介くんは、少し辺りを見回してから言った。
「てみやげに、はなをつみたいのですが…。よろしいですか?」
なんと、手土産に花…!僕は目を見開いて固まる。
彼は僕の様子は気にも留めずに、当然のように道の端に咲いている野花の中から、形の良い可憐な花を見繕い詰み始めた。
そうして、僕の所へ戻ってくると見上げて言った。
「じょせいとのおうせに、おくりものをするのはとうぜんのことです。」
この瞬間、僕の経験値はわずか五歳の子供にすら負けていることを知ったのだった。




