第六話
翌日、午前の仕事と昼食を済ませると、僕は早々に家から追い出された。
「たしか、この辺りだったよな…。」
記憶を頼りに、慣れない道を歩いていく。
噂となっている商店街をぬけて、少し歩いた先に、剣道場を営む大きな屋敷がある。その近くの林の手前に、ひっそりと犬神様を祀る祠はあった。
祠は朱色が所々剥げ落ちているが、未だに地域の人に手入れされている様で、小綺麗だった。
僕は目的の場所に辿り着くと、深呼吸をして息を整えた。
そして、瞼を閉じて覚悟を決める。
「…よしっ。やるぞ!」
瞼を閉じて、そっと眼鏡を外した。
ゆっくりと瞳を開くと、そこにはー…。
何も変わらない、ただの祠があった。
「…やっぱりか。」
僕は、ふっと息を吐いた。
そのまま周囲を見渡すが、やはり何も見えないし、何も感じることはない。
「犬神様なんて、ここにはいない。」
僕の声は、木の葉が風に揺れる音で掻き消された。
そうなのだ。
噂の犬神様は、ここにはいなかった。
前回の取材で、先生と一緒に訪れた際に、それは発覚していた。祀られている祠も、単なる形だけの代物であり、そこに犬神様やその他の気配すらなかったのだ。
「だからって…。こんな所に、今度は一人で来させるなんて。人使いが荒いですよーだ。」
ここにいない先生の代わりに、祠に向かって一人呟く。
まぁ、いても取材の手伝いはしてくれないのだが…。
苦笑いしつつ眼鏡をかけ直すと、後ろから声をかけられた。
「あれ?君は…。」
振り返ると、白髪に眼鏡をかけたお爺さんがいた。
「あっ!商店街の会長さん!」
僕がそう言うと、会長さんは挨拶をするように、右手をあげた。左手には、雑巾とバケツが握られている。
「久しぶりだね。元気かい?」
「はい!元気です。その節は、お世話になりました!」
「いいよ、いいよ。またお巡りさんに怒られてないか心配してたんだ。元気そうで何よりだよ。」
そう言って、会長さんは優しく目を細めた。
このお爺さんは、噂の商店街の会長さんであり、前回取材で失敗した僕を助けてくれた人だった。
知っている人に出会えたことに安堵する。
祠の掃除を始めた会長さんと他愛もない話をしつつ、僕は本題を切り出した。
「実は…、犬神様に会ったという女の子を探していまして。ご存知ありませんか?」
すると、会長さんは笑って言った。
「あぁ、知ってるよ。簪屋の珠ちゃんだろう?また、例の取材かい?」
懲りないねぇ…、と揶揄われて苦笑いする。
「その珠ちゃんに会いたいのですが…。」
「いいよ!その代わり、うちの店にも寄って行っておくれよ。」
会長さんは、なかなかのやり手である。
ぼくは、二つ返事で了承した。
今回は、すぐに帰れそうだ…。
幸先の良い出会いに感謝しながら、僕は会長さんに着いていくことにした。




