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大正妖怪デモクラシー  作者: 一色明
第二章 輪廻
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第五話

 東京下町のとある一角には、町の外れにも関わらず、とても栄えている商店街があった。


 その片隅には、犬神様を祀っているという祠がある。


 そこに住まう人々は、その祠を大切にし、商売繁盛の神である犬神様の恩恵を受けているのだという。



 しかし、犬神様には恐ろしい伝承があった。





 時は、江戸時代に遡る。

 その一角にかつてあった、とある大きな商家での出来事だ。

 奉公に来ていた若い娘が一人、ある日忽然と姿を消した事が始まりだった。

 娘は大層な働き者であり、毎日犬神様の祠にお参りに赴いてから勤め先に出向いていたという。その日も、いつもと変わらずに供物を持ち、家を出た後、消息をたったのだそうだ。

 娘の行方は知れぬまま、その数ヶ月後、今度は娘の雇い人である商家の主人が殺される事件が起こる。

 犯人は、奉公所に勤める町奉行人の一人であった。

 その人物は、その地区の警邏担当者であり、町を巡回中に突如乱心し、偶然居合わせた主人を斬り殺したという。

 その後、同奉行人は自ら切腹したそうだ。



 次は、明治時代だ。

 その商家を中心として、その一角には様々な店が建ち並び、商店街として栄えることとなった。

 住む人々は、皆活気に満ちていた。

 その矢先、商店街に住むとある夫婦の一人娘が行方不明となる。娘はまだ、幼女であった。

 住人一丸となって探し回ったが、結局娘は見つからずに、娘の草履だけが片方見つかった。

 それは、犬神様の祠の前に忽然とあったそうだ。




 どちらの事件も、犬神様の仕業ではないかと、まことしやかに囁かれている。


 そして、どちらの事件も、商店の経営が芳しくない時に起こっているという。不思議なことに、この行方不明事件の後には、必ず景気が回復したそうだ。



 『犬神様は、商売繁盛の神様。けれど、商売が上手くいかなくなくなった時、景気を回復させる代償として、女人を攫っていく。』



 これが、この一角での犬神様の伝承だー…。






「…という話だったんですよね?今は大正ですよ?」



 前回の『妖怪デモクラシー』をパラパラと捲りながら、僕は左近時さんに問いかけた。


 不意に、僕が必死に調べ集めた『犬神様見たことある?突撃街頭インタビュー!』の紙面が目に入る。幼女も含む様々な年代の女性に聞き込みをした苦い思い出が蘇り、何とも言えない気持ちで雑誌を閉じた。


 もうすっかりとお茶は冷めてしまった。

 先生は暇そうに片肘をつきながら、カステラを食べ終えたフォークを指先で弄んでいる。

 

「時代を超えて、ついにまた犬神様の再来だよ!」


 左近時さんは、手を握り締めながら意気込んだ。

 僕は、その熱量に引き攣りそうになる頬をなんとか抑えるのに必死だった。


「でも、嘘か誠か分からない伝承だからこそのオカルト誌ですよね?本当の事件なんて起きてしまったのなら、それを記事にするのは不謹慎では…。」


 行方不明事件なんて、それこそ警察の管轄である。


 僕がそう言うと、左近時さんは冷めたお茶を一気に飲み干して言った。



「それは大丈夫!今回行方不明になった子、もう家に帰ってきたんだよ。」



 サラリと言われたその言葉に、思わず拍子抜けする。



「それじゃあ、犬神様は関係ないんじゃ…?」



 左近時さんは、チッチッチッと口を鳴らしながら指を振る。その仕草を、先生は嫌そうに横目で軽く睨んだ。



 そうして、たっぷりと勿体ぶった後に、左近時さんは言った。



「その女の子が言ったんだ。"犬神様に会った"ってね!」

 


 途端に、先生の視線は僕に向く。


 これは、また女の子に話を聞きに行かなければいけなくなってしまったのでは…。


 絶望する僕を前に、先生は微笑んだ。



「おや、それは猫吉くんの出番だね。」



 穏やかで優しい声が、全然優しくない命令を紡ぐ。

 先生は、先程までの退屈そうな顔とはまるで別人のようだ。



 至極楽しそうな彼等の様子に、僕は机に突っ伏した。



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