第二話
それは、雨の晩に繰り返された。
降りしきる雨音に満たされた部屋の中で、そっと瞳を閉じると、必ず同じ夢を見るのだ。
雨音が急激に近くなり、ゆっくりと瞳を開くと、僕は夢の中だと自覚する。
遠くには、雷鳴が聞こえる。
僕の目の前には、もう一人の僕がいた。
目の前にいる僕は、ひたすら曇天の空の下を歩いている。
冷たい秋雨に、しとしとと傘を濡らされても、なおその足は止まらない。それは、あの日の僕だった。
そんな僕を、僕は必死に止めようとした。
『行くな…!』
『行くな……!!』
『行くな………!!!』
『お前は林に近づくな…………!!!』
けれど、その声は僕には届かない。
目の前の僕は、山門の前で視線を巡らせ、林を見つける。見覚えのある手拭いに気が付き、吸い込まれるように近づいていった。
手拭いを拾うと、驚愕の色に顔が染まる。
その足は、林へ向くいてしまう。
「じいちゃん!!」
『駄目だ!引き返せ!!』
取り乱す僕の腕が強い力で引かれる。
「だめだ!こんな所でなにしている!?」
『じいちゃん!来ちゃ駄目だ!!』
二人が僕の目の前で、向かい合う。
「だって、じいちゃんが遅かったから!僕、心配で、心配で…っ!」
『早くじいちゃんを連れて逃げるんだ!!!』
そう言って伸ばした手は、僕の肩をすり抜けた。
「それは、すまなかった。家に帰ろう。」
あぁ、もう駄目だ。
じいちゃんがそう言った途端、あの人は現れる。
「こいつか。お前の未練になる人間は。」
次の瞬間には、雷鳴が轟いた。
二人に、巨木が倒れていく。
『やめて!!!』
どんなに叫んでも、どんなに手を伸ばしても、決して過去は変わらない。
凄まじい地響きで地面が揺れる。
やがて、目の前にじいちゃんの鮮血が広がった。
僕は、どうにか触れたくて、必死に手を伸ばした。
『助けて!』
『だれか、助けて!!』
『じいちゃんを助けて!!!』
「だれかっ……………!!!!」
そう言って手を伸ばすと、突き出した掌の向こうに天井が見えた。
自分が何処にいるのか、見失いそうになる。
勢いよく体を起こすと、見慣れた部屋がそこにあった。まだ日が昇らない薄暗い部屋の中で、自分の荒い息遣いだけが聞こえている。
あぁ…、またあの日の夢だ…。
汗で張り付く着物が気持ち悪い。
汗も拭わぬまま、布団ごと膝を抱える。背中を丸めながら押し寄せる虚無感に潰されないように耐えた。涙を拭い、じっと息を押し殺す。
こんな日は、夜明けをただ待ち続けるしかなかった。
僕は、変わった。
でも、本当の僕は、変わらない。
どんなに環境が変わろうとも、あの奪われた日を、僕は決して忘れることができなかった。




