第三話
瞼の向こうが眩しくて、意識が浮上した。
遠くで鳥の囀りが聞こえ、朝だな、と回らない頭で考える。でも、ここはとても温かい。やわらかい布団に包まれたそこは、居心地がよく、まだこの微睡の中にいたかった…のだが、布団?
「………っ!?」
僕は、勢い良く上半身を起こした。途端に、全身に激痛が走って、そのまま布団に突っ伏す。目の前には、フカフカの掛け布団が見えて、どうやら自分が布団に寝かされていたことが分かった。身につけている着物ももう濡れておらず、代わりに着せられているものは、サイズは大きいが上等な物だということが見てとれた。
どうしようか…と思案していると、不意に声が聞こえた。
「おはよう。目が覚めたようだね。」
声が聞こえた方を振り返ると、美しい人がいた。
その人は、窓際に腰掛け、こちらを見ながら煙管を蒸していた。長い髪を後ろに束ねているが、着ている着物と背の高さから、男性ということが分かった。
つい見惚れたまま黙ってしまった僕を、彼は訝しげに見つめて言った。
「若いとは思っていたが、まだ子供じゃないか。君、歳はいくつになる?」
「…15です。」
「ふーん。なるほどねぇ。」
彼は、そう相槌をしながら、煙管の葉を煙草盆の小鉢にはたく。僕は、布団からでて彼の前に正座した。
「あの!助けて下さり、本当にありがとうございました!そ
の、僕…っ。」
言いかけた言葉は、彼に優しく微笑まれたことにより、遮られてしまった。
「別に、君の事情は話さなくていいよ。誰も、野良猫がどこから来たかなんて興味がないからね。」
ああ、なんて優しい人なんだ…と思っていた矢先、言われ慣れない言葉が聞こえて思わず聞き返した。
「の、野良猫?」
「あんな軒下で死なれたら、こちらとしても夢見が悪い。そう思って拾ってみたが、随分と汚れているわ、世話がかかるわで、全くとんだ貧乏くじだったよ。」
穏やかに優しい笑みを浮かべながら心地の良い声で紡がれる言葉は、全くもって優しくなかった。
呆気にとられて呆然としていると、彼が言った。
「さて、猫吉くん。君には、どんな恩返しをしてもらおうかな?ちょうど腹も空いたし、そこの蕎麦屋にでも行って話をしようか。」
ニヤリと笑う彼をみて、僕は助けを求める場所を間違えたと、今更ながら後悔した。