第二十四話
それから、あっという間に三日間が過ぎた。
一日目の朝、僕は二日続けて川に落ちたことが祟ったのか、熱を出して寝込んでしまった。
その間、先生は原稿の最終チェックや補正など、忙しそうに机に向かっていた。正午には、佐近時さんが原稿を受け取りにやってくる。目当ての原稿が出来上がっていることに大変驚きつつ、喜んで文字通り小躍りしていた。
部屋の隅で寝ている僕を見ると、とても驚いていたが「お大事に。」と言ってポケットからキャラメルを出し、先生に内緒で一つくれた。
先生は、やっと解放されるかと思いきや、他の原稿の打ち合わせがあったらしい。左近時さんに引き摺られるようにして連れて行かれてしまい、結局は朝方まで帰ってこなかった。
二日目には、僕の熱は下がった。
朝日が差し込む中、今度は締め切りを終えた先生が、布団に勢い良く倒れ込んだ。こちらが音を立てても、うつ伏せになったままピクリとも動かない。
僕は、今まで布団を借りっぱなしでいたことを申し訳なく思い心の中で謝る。そうして、今後使えるようにと今朝方渡された布団を、二階の窓から干していた。
すると、外のポストに配達された朝刊紙がはみ出しているのが見える。
先生を起こさないように下へ降り、ポストから朝刊紙を引っ張り出す。その見出しには、『殺人犯逮捕!』と大きく書かれていた。
物騒な…と思いつつ、文字を目で追う。
「えっ!!」
僕は、驚きで声をあげてしまった。
そこにはあの女性の顔写真があったのだ。その隣に『痴情のもつれによる犯行と思われる…』と事件の概要と経緯が記されていた。
「うるさいよ。」
その時、頭上から声がした。
見上げると、二階の窓から先生が顔を顰めてこちらを覗いている。僕は、階段を駆け上がって部屋に戻り、朝刊紙を見せた。
「これ!彼女ですよね!?」
僕が興奮しながらそう言うと、先生はまた布団へ潜り込んだ。白い布団に包まれてその顔が隠れてしまうが、面倒臭そうな声が聞こえる。
「警察に伝手があるんだ…。ちょいと知らせただけだよ。」
おやすみ、と聞こえたかと思うと、その後先生は夜まで起きなかった。
もう一度、朝刊紙に視線を戻すと、そこには穏やかそうな青年の顔写真と供述があった。
『突然、どうしようもない殺意が湧いた。彼女を殺さなければいけないと思った。』
一文を目で追ったが、それ以上は読むのをやめる。
小説と違い、現実はどこまでも醜かった。
三日目は、先生は午後ふらりと出かけたかと思うと、盛大に左頬に大きな紅葉形の跡をつけて帰ってきた。
入り口の前を箒で掃いていた僕は、驚きであやうく箒を取り落としそうになった。
「その頬、どうしたんですか!?」
先生に、急いで駆け寄る。
彼は、懐から真珠の指輪を取り出した。
「どんな理由があろうとも、彼女にとっては大切な遺品だったからね。遺族に返しに行ったんだ。」
見ての通り受け取って貰えなかったけどね、と頬を腫れさせたまま先生は笑った。
「…いつも、そうしているんですか?」
そう尋ねると、先生は静かに頷き、硝子の向こうの店内へと視線を向けた。
「ああ。…喜んで受け取られる物もあれば、こうして行く場をなくし、帰ってくる物もある。」
その視線は、店内の骨董品を一つ一つ追っていた。
「人の想いが宿る物は、どうにも扱いが難しいね。」
そう言い残すと、先生は扉を潜って行ってしまった。
僕も追いかけようとした時、不意に入り口の違和感に気がついた。扉の上に、視線を向ける。
そこには、店ならば本来ある筈の看板がなかった。
その時、僕はここが普通の骨董品店ではないことを知った。硝子の向こうでは、先生が棚の前で小さな木箱に、真珠の指輪を納めている姿が見える。
ここにある骨董品たちの本当の意味を知り、僕の胸は小さく痛んだ。
そうして、本日。四日目の朝を迎えた。
天候は、晴天。窓から差し込む日差しが心地よい。
僕が、そろそろ借りていた着物を先生に返そうと思い、自分の元々の着物に着替え直していた時だった。
突然、部屋の仕切りになっている襖障子が開く。
驚いて振り返ると、先生が襖障子に手をかけたまま、唐突に言った。
「さて、猫吉くん。今日は買い物へ行くよ。」
こうして、僕は町内へと連れ出されることとなる。




