第十六話
「来年には尋常小学校は卒業だろう。お前は、高等小学校へ進学したいか?」
ある日、畑仕事を手伝っていた僕に、じいちゃんが言った。
「ううん。僕は働きたいな!働いて、じいちゃんをもっと楽させてあげるよ!」
「子供はそんなこと考えるんじゃない。お前が行きたかったらいいんだぞ。そのくらいの蓄えはある。」
「…っ。」
僕は、じいちゃんの申し出が嬉しかったけれど、首を横に振った。
「…学舎には良い思い出がないから。それに!僕は、早く働いて、誰かの役に立てる人になりたいんだ。」
僕は、じいちゃんの目を真っ直ぐに見て答えた。
「まぁ、こんな僕を雇ってくれる所があるかは分からないけどね…。でも、頑張って探すよ!」
そう言って、笑って見せた。
僕の気持ちが嘘じゃないと分かったじいちゃんは、桑を手放して、こちらに体ごと向き直った。
「お前の目の事だが…。」
じいちゃんは少し躊躇いがちに口を開く。
「今後、人と関わることが増えて行くにつれ、きっと大変な思いをすることになるだろう。勝手だが、お前の働き口を正福寺の住職様に相談した。お前のやる気があるならば、一度会って話がしたいと仰っているんだ。どうだろうか?」
僕は、驚いて持っていた鎌を取り落とした。
「…いいのかな?」
僕は、恐る恐る尋ねた。
「もちろん、いいだろう。住職様は、きっとお前のことを理解してくれた。その上で迎えて良いと仰ってるんだ。」
お前がいつも墓参りを熱心にしていること褒めて下さっていたぞ、とじいちゃんは笑って言った。
僕は、嬉しくて涙が出そうだった。
「ありがとう!じいちゃん!」
そのまま、土汚れなんてそっちのけで、じいちゃんに抱きついた。じいちゃんは、静かに俺の背中を撫でてくれた。
その手は、とても温かかった。
そうして、寺へ訪れると約束した日になった。
その日は、生憎の天気で、厚い雲で空が覆われて、今にも雨が降り出しそうだった。
しかし、僕は朝から熱を出してしまっていた。
「軽い風邪だろうとお医者様も言っていたから、寝ていれば治るだろう。」
じいちゃんが、手拭いを冷たい水をはった桶に浸してから硬く絞って、僕の額に置いてくれる。
「ごめんね、じいちゃん。せっかく、住職様と約束してくれたのに…。」
「いいんだよ。季節の変わり目で、体をやられたんだろう。近頃、一気に秋が深まったからな。今日は、布団を温かくして一日寝ていなさい。」
そう言うと、じいちゃんは立ち上がった。
「どれ、住職様に事情を伝えに挨拶だけしてくるよ。また日を改めてもらおう。」
「…住職様、怒るかな?」
「大丈夫だ。じいちゃんが帰ってくるまで、ちゃんと寝ているんだぞ。」
じいちゃんは、僕の頭を撫でて家を出て行った。
薄暗い天井を見上げる。部屋に置かれた置き時計の秒針の音を聞きながら、僕はゆっくりと目を瞑った。
次に目を覚ましたのは、雷鳴のせいだった。
空はますます荒れているようで、陽光が差し込まない部屋は真っ暗だった。
僕は起き上がり、廊下へ出た。
「…じいちゃん?」
返事はなかった。置き時計をみると出て行ってから、もう随分と時間が経っている。
「挨拶だけだって…、こんな天気なのに…。」
硝子戸の向こうに、とうとう雨が降り出した。
玄関を見ると、じいちゃんの傘が置かれていた。
きっと今頃、雨に濡れているかもしれない。
そう思うと、居ても立っても居られなかった。
「十分寝たし、少しなら大丈夫だよね。」
僕はじいちゃんと自分の傘を手にとって、じいちゃんを迎えに行くために、戸口から出た。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
生死に関わるような残酷な表現がいくつかあったため、今更ですがR15指定をさせて頂きました。不快な思いをされてしまった方がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんでした。
引き続き物語を楽しんでいただけると幸いです。
評価をつけて下さった方、ありがとうございました!
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