第十四話
じいちゃんの家は、特別裕福と言うわけではなく、普通の民家だった。もちろん使用人もいなかった。じいちゃんは、日中は畑仕事をして家を空ける為、近くに住んでいる叔母さんが僕の世話を頼まれて家に来る。
叔母さんはとても気性の荒い人だった。いつも金切声をあげながら、じいちゃんの居ないところで僕をぶった。そして、決まってこう言った。
「全く姉さんも、いい所に嫁に行けたと思ったらこんなに早死にするなんてね!しかも、こんな気味の悪い子を残して、とんだ迷惑だよ!!」
叔母さんは、僕の目に怯えていた。
僕の視線の先にいるものは、叔母さんの目には見えないものだったから。
「だから、気持ちの悪いことを言わないでおくれ!お前は口を聞くんじゃない!」
僕は幼かった僕は、何が気持ち悪いことなのか分からなかった。だって、僕には、死んでいる人と生きている人の区別がつかなかったからだ。話しかけられれば答えてしまうし、遊びに誘われれば嬉しくてついていってしまう。家にいた子供達と庭で楽しく遊んでいたら、叔母さんは悲鳴をあげて腰を抜かした。
一度、叔母さんの名前を呼んだことがあった。
じいちゃんが、そう呼んでいたから。
でも、僕は駄目だった。
「お前なんかの名前を口にしたら呪われそうだよ!その汚い口で私の名前を呼ばないでおくれ!!気味が悪い!!!」
そう言ってぶたれてからは、僕は人の名前を呼ぶのをやめた。
小学校に通い出せば、ここでは子供達に虐められた。
「お前、何一人で喋ってるんだよ。気持ち悪いな。」
「お前の父ちゃんも母ちゃんも殺されちゃったんだろ?だから頭がおかしくなっちゃったんだって母ちゃんが言ってたぞ!」
「頭の病気がうつるから仲良くしちゃいけないって皆が言ってるぞ!」
その言葉一つ一つが心に刺さる。
僕は、あの日頭がおかしくなってしまったのか。それとも初めからおかしかったのか。
それすらも分からない程、死んだ人間は、当たり前ように僕の視界に映り込んできた。
そして、事件が起こる。
ある日の帰り道、一人で歩いていたら、穏やかそうなおじさんに声をかけられた。
「坊や、道に迷ってしまってね。案内して欲しいんだ。」
申し訳なさそうに彼は言った。本当に困っているようだったので、僕は頷く。
「いいよ!どこに行きたいの?」
「この近くの寺に行きたいんだよ。」
「それなら分かるよ!着いてきて!」
僕は気味悪がられずに、こうして普通に話しかけてもらえたことが嬉しかった。
道がてら、おじさんは僕の名前や家のこと、学校の話を尋ねてきた。あまり楽しくない話ばかりなのに、おじさんは嫌な顔せずに、聞いてくれた。
「そうか。それは、とても辛かったんだね。君は頑張っているね。とても偉いよ。」
そう言ってもらえて涙が出そうになった時、寺に着いた。
「ここだよ!」
僕が笑顔で指差すと、おじさんは言った。
「あぁ、坊や。どうも、ありがとう。お礼をしたいから、ちょっとこっちへ来てくれるかい?」
そう言って、おじさんは寺の裏側に周り、林に入っていく。
「なぁに?おじさん!」
僕が着いていくと、しばらく歩いておじさんが振り返らずに言った。
「お礼に、おじさんの所へおいで。君には、この世界は生きづらいだろう。」
次の瞬間、僕は自分が崖の手前まで来ていたことに気がついたが、その時にはもう遅かった。地面だと思って踏み込んだ右足が、足場のない宙に投げ出されて身体が傾いていく。そのまま、僕は崖から落ちた。
でも、僕の体は途中に飛び出した木に引っかかり、谷底までは落ちなかった。
思い切り木に腹を打ちつけて咳き込む僕の耳元で、おじさんが言った。
「君の名前はもう知っている。逃がさないよ。」
目が覚めた時には、じいちゃんの家だった。
泣きながらあった出来事を話した僕に、じいちゃんは言った。
「もう、知らない人と話してはいけない。お前の優しさは美徳だが、もう今後は誰かに着いて行ったり、名前を教えたりしちゃいけないよ。」
僕は頷いた。
それ以来、僕はじいちゃん以外と話すことをやめた。




