第十話
掃除に夢中で気がつかなかったが、いつの間にかお客さんが来ていたようだ。
「すみません。」
女性の赤い唇が、静かに開いた。
「はい!なんでしょうか?」
尋ねると、女性は店内を見渡しながら言った。
「指輪を、探しています。」
「指輪…、ですか?」
「ええ、プラチナの…、真珠のついた指輪なの。」
掃除をしていてそんな物はあったかな、と思案する。
「残念ながら、この店には無いかと…。」
見ての通り、と僕は苦笑いをしてガラクタ達を指差す。
すると、女性はとても残念そうに言った。
「そうなのね。恋人から送られた物だったんだけど、無くしてしまって。ここになら、あるんじゃないかと思ったんだけど…。」
困った様に、白い頬に手を添えている。
「それは、拾われて売られてしまったかもしれないということですか?」
「…えぇ。本当に素敵な指輪だったの。婚約指輪だったのだけれど、もう見つからないのかしら…。」
そう言いながら伏せられたまつ毛は微かに震えていた。よく見ると、女性の手足は泥で汚れている。
もしかしたら、必死に探していたのかもしれない。
そう思うと、僕は胸が痛んだ。
「あの!どこで落としたのですか?」
「近くの河川敷よ。」
「もう一度、そこを探してみませんか?もし、良ければ僕も…。」
そう言いかけた時だった。
「それは、いけないよ。」
後ろから、先生の声に遮られた。
振り返ると、先生が階段の下に佇んでおり、その眼差しは、厳しく女性に向けられていた。
「ここには、君の求めているものはない。早く立ち去りなさい。」
あまりに女性を邪険にする言い方に、僕は慌てて止めに入った。
「ちょっと、先生!そんな言い方はないじゃないですか。」
すると、先生は訝しげに僕を見る。
「君は、何故そんなことを言う。」
「だって、困っている人を放っておけないじゃないですか。ほら、見て下さい。こんなに手足を汚して、きっと必死になって探していたんですよ。」
先生は、女性に視線を戻して、顔を顰めた。
「どのような事情があろうとも、私達が君にしてあげられることはないよ。」
そう言い終えると、店内へとまっすぐ歩いて行き、扉へ手をかけて勢いよく開いた。
「ほら、いきなさい。」
僕は、声をあげた。
「それはあんまりですよ!出来ることならあります。一緒に探してあげましょう?」
「君は黙っていなさい!」
初めて言われた強い口調に、思わずたじろぐ。
グッとした唇を噛んで、先生を見つめた。
「どうして、そんなに冷たいことを仰るのですか?先生は、本当は優しい人だと思っていたのに!」
先生は、僕を鼻で笑った。
「それは期待に添えず悪かったね。」
僕は腹が立って、割烹着と三角巾を力任せに脱ぐと、店のカウンターに無造作に置いた。
そして、女性の手を引き、一緒に外へ飛び出した。
先生の少し焦ったような声が聞こえる。
「待ちなさい!もうじき逢魔が時だ。こんな夕暮れに外へ出るものじゃない!」
けれど、僕は足を止めなかった。
「近くの河川敷です!すぐに戻りますから!」
ね!と振り返ると、女性は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとう。」
そう言って笑った顔は、綺麗だった。




