安らう【弐】《ヤスラウ【ニ】》
おはようございます。
今日も、頑張ります。
皆で湯を使っていると、あれ?、と忋抖が驚いたような声を上げた。だが、すぐに紳に頭から湯をかけられて、もう!、と顔を擦っている。それを皆で笑っていると、忋抖が悧羅の背中に近づいた。
「母様のおはな、いっぱいになってる!」
大きく言う忋抖の声に子ども達が寄ってくる。紳に身体を洗われていた啝珈も、すでに湯に浸かっていた媟雅までも湯から出てきて悧羅の背中を見ている。皓滓の身体を洗いながら悧羅は小さく笑う。触ってもいい?、と聞く子ども達に、よいよ、と言うと、紳だけが、右は駄目!、と笑っていた。
小さな指で、うわあ、と言いながら華と蕾の数を数えている。紳も寄ってきて悧羅の右肩の華を隠した。
「これは父様だけのだから、見るのは良いけど触っちゃ駄目だ」
「子ども等にも駄目なのかえ?」
笑う悧羅に、俺だけのでしょ!、と嗜めてくる。そうだの、と笑う悧羅の後ろで、父様ずるい!、と言われているが気にはしていないようだ。
「じゃあ、おはなじゃないのを数えるからいいもん。いち、にい、さあん、しい、ごお。すごおい!これ全部おはながさくの?」
「さて、どうであろうの?」
嬉々として尋ねてくる啝珈に笑って応えながら皓滓の身体を流す。
「じゃあ、これが媟雅だね」
右肩に一番近い蕾を触って媟雅が言うと、じゃあこれは忋抖、これは啝珈、これは皓滓、と蕾を指さしながら触られてくすぐったくなり悧羅はくすくすと笑った。
「じゃあ、これは?」
残ったもう一つの蕾を触りながら紳が聞いている。
「妲己!」
子ども達が一斉に叫んで、なるほど、と紳は笑った。洗い終わった皓滓を悧羅から受け取って、皆に湯に入るように伝えている。皆が湯に入ったのを見やりながら、悧羅も身体を清め始めた。
「父様、どうして母様にはおはながさいてるの?」
「母様がこの里で一番だからだよ」
啝珈の問いに紳が優しく応えている。一番?、と聞き返されて、そう、という紳に、何が一番なの?、と忋抖が尋ねる。そうだなぁ、と紳は少しばかり考えた。どうやって伝えたら分かりやすいだろう。考えていると、せつが知ってるよ、と媟雅が割って入る。
「母様は里で一番かわいいの」
「あ!そうか!そうだね。母様が一番だ」
「うん。母様かわいいもんね」
口々に言う子ども達に紳は声を上げて笑ってしまう。確かに間違いではない。笑う紳の横で悧羅も湯に浸かり始めた。その悧羅も笑っている。
「妾を可愛いなどと言うは紳だけかと思うておったがの」
くすくすと笑う悧羅の膝に啝珈が座る。その姿を見て紳は、ほんとうにそっくりだ、と目を細めた。悧羅ほどではないにしろ啝珈も可愛くなるだろう。媟雅はどちらかといえば紳に似ているが、麗しい、と妲己が言うだけあって確かにその言葉が似合う娘になってきている。忋抖は紳がそのまま小さくなったようだし、皓滓に至っては二人の良いところを全て持っていってしまっている。とはいえ、まだ一つだ。これからどちらかに寄ってくるだろう。
どちらにせよ将来が楽しみになってしまう。
「母様は可愛いよ?おしごとしてるときは、かっこいいけど」
「せつがは、どっちも好きだなあ」
そうかえ?、と悧羅は嬉しそうに子ども達を見る。では、父様はどうじゃ?、と尋ねてみると皆で考えて始めている。
「考えないとでないのかよ」
子ども達の姿に紳が大笑いし始めた。たくさんありすぎるのであろ、と悧羅に言われるが、どうだろうね、と笑ってしまう。
「父様はねえ、やさしいの」
「うん。母様にね、とってもやさしいね」
そうだの、と悧羅が笑うと、でもね、と媟雅が身を乗り出した。
「お仕事してる父様かっこいいよ?せつが見たことあるもん」
媟雅の言葉に忋抖と啝珈が、ずるぅい、と頬を膨らませている。
「忋抖と啝珈も媟雅と共に見たのだえ?」
悧羅が膝の上の啝珈の頭を撫でながら言うが、おぼえてない、とますます頬を膨らませてしまう。
「まあ、まだ小さかったしな」
苦笑する紳に、じゃあ見に行ってもいい?、と忋抖が紳に近づいて聞く。危なくないならいいよ、と紳が頭を撫でると、やった!、と破顔する。
「母様、連れて行ってくれる?」
期待を込めた顔で見られて、父様の邪魔をせぬように見に行こう、と悧羅は約束する。
「でも、忋抖はかっこいい父様も見たいけど、やっぱりお宮で母様に優しくしてる父様が好きだな。忋抖も大好きな人ができたら父様みたいに優しくするんだ」
へえ、と紳は驚いている。五つにしては、よく考えているものだ。
「では、父様のように強うにならねばの」
湯に浸かりすぎて汗の浮いた忋抖の顔を洗ってやりながら悧羅が微笑む。父様は強いの?、と聞く忋抖に悧羅は、とても、と頷く。
「母様とどっちが強いの?」
膝の上の啝珈も悧羅を見上げながら聞いてくる。間を開けずに紳が、悧羅だよ、笑いながら応える。
「母様は里で一番強いんだよ。父様だって母様には勝てないんだ」
「そうなの?」
目を丸くする子ども達に、そうだよ、と紳は笑っている。
「じゃあ、父様のおしごと見に行ったら、母様の強いとこみれる?」
「…それはどうであろうの?母様は父様と手合わせはしとうないでのお」
見たいのになあ、と肩を落とす子ども達に、嫌だよ、と紳が言いながら湯から上がるように促す。大分長いこと入っているのだ。子ども達の顔は真っ赤になってきている。次々に湯から上がる子ども達の身体を二人で拭いていると、見たいなぁ、と諦めきれないような声がする。
「じゃあ、もしも俺と悧羅が手合わせして、悧羅が怪我しちゃったらどうする?」
させられないだらうけど、と苦笑しながら紳は子ども達に聞いた。お怪我はだめだよ、と口々に言う子ども達に、そうだろう?、と紳は頭を撫でてやった。
「父様は悧羅が大好きだから怪我なんてさせたくない。父様が強くなくちゃいけないのは、悧羅を守るためだよ?」
大好きな人を傷つけちゃだめだ、と言う紳の言葉に子ども達は頷いた。寝間着をそれぞれで着ながら、じゃあみんなで強くなろう、と話している。
「そうしたら、大好きな母様を守れるもんね」
言って湯殿から出て行く媟雅と忋抖、啝珈を見送りながら紳も寝間着に袖を通す。悧羅が拭いた皓滓を受け取って小さな寝間着を着せながら、ぽつりと紳が呟いた。
「俺は守ってくれないのかな?」
拗ねたような紳の言葉が可笑しくて、悧羅は寝間着に袖を通しながら声を上げて笑ってしまう。
「守ってくれるとも」
「そうかなあ?あれ、悧羅しか守る気なくない?」
皓滓を抱き上げて立ちながら紳はぼやいている。そんな事はない、と悧羅は言うが、ありそうだよ?、と苦笑した。その姿が可笑しくて、愛おしくて悧羅は紳に口付けた。
「では、紳は妾が守ろう」
「それじゃあ逆だし。俺も守ってくれるように、あいつらにお願いするかね」
苦笑しながら紳は悧羅の手を取って湯殿を出た。
______________________________________
その日の夜は賑やかなものだった。
夕餉の間も子ども達は、いつ紳の務めを見に行くか相談しているし、媟雅は前に見た紳の姿を身振り手振りで忋抖や啝珈に教えていた。その姿に忋抖と啝珈は目を輝かせて、すぐみたい!、と悧羅にせがむ。
「父様に報せずにゆくが、驚かせる事ができるえ?」
悧羅が悪戯に声をひそめて言うと、三人でこそこそと密事を始める。どうやったら紳が驚いて、喜ぶかを話し合っているようだった。その愛らしい姿に笑いながら紳は悧羅が注いでくれた酒を煽る。
「ちゃんと父様も守ってよ?」
こそこそと話し合う子ども達の背中に声をかけると、いいよ!、と振り向いて子ども達が笑ってくれた。ほれ、大事なかったであろ?、と笑う悧羅に紳も、安心したよ、と笑った。
ひとしきり暴れ回って疲れたのか、目を擦り始める子ども達に、寝るように紳が言うと今度は誰が悧羅の隣で寝るかの奪いあいが始まってしまう。さすがに寝所では狭いので、子ども達の布団も磐里と加嬬に頼んで運んでもらい、部屋に敷き詰める。
子ども達と共に寝る、と紳から聞いた二人の女官は、まあまあ、と笑って支度をしてくれた。
「皆さま、母君が恋しゅうてならなかったのでしょうね」
「うん。独り占めしてずるいって言われた」
笑う磐里に紳が言うと、あらまあ、と笑っている。俺のなんだけどなぁ、とごちる紳の顔が倖そうで磐里も加嬬も顔を見合わせて笑ってしまう。
「どこで休まれても朝になれば、どうしてそのような所に?、というところにおられますのに」
加嬬が笑いながら言う先では虫拳が始まっていた。結局、一番近くは忋抖がとることになり、間に媟雅、啝珈、皓滓の順で紳に近づくことになったらしい。
悧羅が真ん中に寝れば二人は側じゃないか、とも思ったが背後は妲己が譲らないのだろう。無言で尾を振っている。妲己も子ども達が生まれてから悧羅と一緒に眠る事は無くなっていたので、今日ばかりは、と悧羅に懇願したのだ。
健やかで小さな寝息が聞こえ始めると、やっと寝た、と紳はごちてしまった。子どもの体力は底がない。全く、と子ども達の寝顔を見ていると、くすくすと悧羅が笑い出した。
「どうしたの?」
「いや、其方と離れて寝るなどなかったな、と思うての」
微笑んで手を伸ばしてくる。その手を握り返すして紳も笑った。
「今日は特別だよ。みんな悧羅が恋しかったみたいだからね。明日からはまた、二人の刻だ」
楽しみにしておく、と悧羅が笑って少しばかり身を起こして子ども達を見やる。可愛らしい寝顔を目にすると、自然と笑みがこぼれる。ほんに、ありがたい、と言いながら布団に身を沈めた。
「紳でなければ、妾が子らを抱く事はできなんだ。其方がおってくれてほんに良かった」
子ども達を挟んだ場所から小さく言われて、紳は悧羅の手を握る手に力を込めた。
「だから、それは俺のほうだって。悧羅じゃなきゃだめなんだから」
笑って言うと、妾もだ、と悧羅が笑みを深めた。
「それに、今日そんなこと言っちゃ駄目でしょ?今日だけは、俺も我慢しなきゃいけないんだから。あんまり煽らないでよ」
「おや?煽っておるつもりなどないぞ?」
笑う悧羅に紳は、もう、と苦笑する。
「悧羅はいるだけで俺を煽るの。どれだけ俺が悧羅に溺れてるか知ってるでしょ?」
「それを言うなら妾とて。其方にどれほど溺れておるか知らぬとは言わせぬよ?」
くすくすと笑われて、だからそういうとこだって、と紳は肩を落とした。握った手の指を絡ませて、覚えてろ、と紳は笑う。
二人の腕の下には大切な子ども達が四人もいてくれる。ほんとうに倖だ、と悧羅が呟いて、紳も、俺もだよ、と呟いた。
_______________________________________
子ども達の賑わいは翌朝になってもなかなか収まらなかった。朝議の刻だ、と紳と悧羅が行こうとすると自分達も一緒に行く、と言い出してしまう。大事な務めだから、と二人が言うが折れてはくれなかった。仕方なく皓滓だけを磐里と加嬬に預けて、三人を連れ立って場に入ると、重鎮たちは皆顔を綻ばせた。すまない、と詫びる紳と悧羅に、なんの、と返ってくる。
「なんせ昨日から悧羅から離れたがらなくて…」
座した二人の前にちょこんと座る三人の頭を撫でながら紳が、申し訳ない、ともう一度詫びた。これでは、昨日の話の続きなど出来そうにない。利口にしてろよ?、と子ども達に言うと、はあい、と呑気な声が返ってくる。その姿に重鎮達も笑いを隠せなかったようだ。
「お二人のお務めのお姿を見たいのでしょう。良いではないですか」
枉駕が、数年振りに見る子ども達に目を細めて言ってくれた。荊軻も笑いながら、では始めましょうか、といつも通りに礼をとって朝議が始まる。
さすがに、子ども達に聞かせられないような話は出来なかったけれど、言葉を選びながら昨日の話も少しばかり進めてくれた。
「あとは、いつ報せを下ろすかなのですが早いほうが宜しいかと。それなりに混乱が起きるやも知れませぬので」
「下知が望ましいのではないか?」
栄州が心配そうに言ったが、その膝にはいつのまにか啝珈が座っている。座った啝珈の頭を撫でている栄州に、いえ、と荊軻が首を振った。
「下知では皆従ってしまいますでしょう。長は皆の思いでよい、と申されておりますしいつもの報せという方がよいかと思うております」
確かに、と枉駕も大きく頷いた。
「共にゆくも残るも皆の思いで良い、と仰せだからな。その方が良いと我も思う」
「そうだろうね。悧羅は縛りたいわけじゃないんだし。特別なことをする必要はないんじゃない?」
同意しながら紳が悧羅を見ると、それで良い、と悧羅も微笑んでいる。
「報せを下ろすは荊軻の良い時にせよ。其方であれは、時期を間違うたなどとはなるまいよ。急ぎはせぬが、心構えというはいるであろうからの」
承りました、と荊軻が頭を下げた。それを真似るように子ども達も同じように頭を下げている。それを悧羅は笑って見ながら扇子を広げた。
「そう大きく惑わすことにならねば良いがの。妾がまた長寿であるなどと申されても些か困るでな」
苦笑する悧羅が扇子を閉じると、媟雅が欲しいと手を伸ばした。悧羅が扇子を手渡すと開いたら閉じたりして遊び始める。
「そうでございますな。では、それは荊軻殿にお任せするとしましょうな。爺は姫様方や若君達と戯れておりますれば」
にこにこと笑う栄州に、紳も悧羅も苦笑してしまう。重鎮達は皆子ども達に甘いが、特に栄州は甘すぎる。500年待ち望んでいてくれたのだから仕方がないといえば仕方がないが。
「一番に逸りそうな者がこう言うておるに。好きに動きや」
笑いながら悧羅が言って小さく手を振ると朝議が締まった。重鎮達が出て行くと、紳も立ち上がる。
「じゃあ、俺も行ってくるよ」
悧羅の額に口付けて紳が出て行くと、悧羅も子ども達に戻るように伝える。立ち上がった悧羅の手に三人が繋がって母様と小声で見上げてくる。
「どうした?」
身をかがめて子ども達に近づくと、いつ父様を驚かそうか?、と悪戯を考えるように目を輝かせている。
「では、母様と秘事を考えようかの」
唇に指を当てて子ども達に伝えると、うん!、と大きく頷いて部屋に向かって走り出した。その背中を見ながら、悧羅は込み上げる笑いをこらえきれなかった。
昨日妹から嬉しい知らせが届きました。
この状況下で、嬉しい事があると喜びも倍増するものですね。
皆様にも小さな幸せがありますように。
ありがとうございました。




