表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/204

苦悩《クノウ》

何やってんだか…。


咲耶(サクヤ)(ヤシキ)座敷(ザシキ)で頭を抱えている(シン)を見て、溜め息を落とした。悧羅(リラ)の宮を()した後、(ヤシキ)に戻ると紳は来ていた。白詠(ビャクエイ)と話していたが、目的は分かっていたので、とりあえず白詠(ビャクエイ)に二人にして欲しいと頼み、舜啓(シュンケイ)と出かけてもらった。


二人になった途端(トタン)、これだ。


落ち込んでいるのか、戸惑(トマド)っているのか、紳の周囲にだけ暗雲(アンウン)が立ち込めているかのように空気が重い。()えきれずに、ねぇ、と咲耶(サクヤ)は切り出した。


「…どうすんの、あんた」


悧羅の宮で栄州(エイシュウ)嬉々(キキ)とした(シラ)せを聞いていたので、とりあえず核心(カクシン)を突く。


「何かもう、三者(サンシャ)承認(ショウニン)されちゃったみたいよ?悧羅も了承(リョウショウ)してたし、逃げられないんじゃないの?…ていうか、最初に断れなかったわけ?」


紳からの返答はない。別段(ベツダン)咲耶(サクヤ)(コタ)えを期待してはいなかった。


「でも、まあ良い機会なんじゃないの?あんたたち、あれからまともに話せてもないんでしょ。いつまでも同じ所でぐるぐるやってないで、ちゃんと謝るなり、伝えるなり、やってみたら?」


淡々(タンタン)と語ると、いや、無理だろ、とようやく紳が口を開いた。


「あれだけのことしてんだぞ?簡単に、はいそうですかって水に流せる事じゃないし…。俺と顔合わせんのも、(イヤ)なはずなんだって」


紳は(カカ)えていた頭を()いて、今度は上を見上げた。自然と溜め息を()いてしまう。


「じゃあ、何で近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)なんてしてんのよ?(イヤ)でも顔合わせんじゃん。直属(チョクゾク)側近(ソッキン)護衛(ゴエイ)なんだから、いつでも悧羅の(ソバ)(ハベ)ってるわけでしょ?」


聞かれて、ああ、それな、と紳は咲耶(サクヤ)と視線を合わせた。


「…(ユル)されなくても、(ソバ)(マモ)りたかったんだよ。自分の罪滅(ツミホロ)ぼしにもなんねぇけどな」


自己満足だ、と紳は自嘲(ジチョウ)した。()()()から、どうにか悧羅に近づきたくて近衛隊(コノエタイ)に入隊した。咲耶(サクヤ)弟子(デシ)入りし医術(イジュツ)も学んだ。自分で悧羅を治せるように。一隊士(イチタイシ)として、それなりに名を挙げたが、(オサ)たる悧羅の顔さえ見ることは(カナ)わなかった。そんな紳に、200年前の武闘(ブトウ)大会は僥倖(ギョウコウ)だった。大会で当時の近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)瞬倒(シュントウ)した紳に次の隊長の指名が来るのは明らかだったし、何より悧羅と話す機会が与えられたからだ。


優勝した紳に、悧羅は一言、見事であった、と言い残して(キビス)を返した。去っていく背中に、つい声を掛けてしまったが、足を止めてくれた悧羅に何を言っていいか分からなかった。やっと、一言、()()()…、と言いかけたが、悧羅が振り向いたため、それ以上が(ツム)げなかった。


「…其方(ソナタ)…、今、(サイワイ)か?」


まさか、話しかけてもらえるとは思っていなかったが、悧羅の視線を何百年ぶりに受け止められて、(サイワイ)かと言えば、(サイワイ)だ。それなりに、と(コタ)えると悧羅は美しすぎる微笑(ホホエミ)を浮かべた。


「ならば良い。(サイワイ)でいてくれ。そうでなければ、(ワラワ)(オサ)になった意味をなくしてしまうでな」


それだけを言い残して悧羅は去っていった。追いかけることも出来ず、近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)(ニン)(タマワ)っても、(ツト)めの事以外に悧羅と会話することは無かったし、あれ以来視線を合わせた事もない。(ソバ)にいるのに、紳には、ますます悧羅が遠い者になっている。知らず知らずのうちに、また溜め息が出る。それを、ふぅん、と見やって咲耶(サクヤ)は茶を(スス)めた。


「でもさ、悪いけど、あんたの(ツミ)は消えないわよ」


「…分かってるよ。(ユル)してもらおうなんざ、虫のいい話だ」


(スス)められた茶を(スス)りながら、紳も同意する。夜伽(ヨトギ)の相手など、紳に(ツト)められるはずもなかった。


「とりあえず、夜伽(ヨトギ)の時期は宮に行くしかねぇだろうな。俺は部屋の(スミ)にいて(ジカン)を過ごすことにすれば、一応は夜を共にしたってことで、納得するだろ。なんにせよ一度、会いに行かなきゃなんないみたいだし、その時に悧…(オサ)にもそう伝えるつもりだ」


「そう。悧羅が、それで納得(ナットク)するなら話してみる価値(カチ)はあるかもね」


「それ以外、誤魔化(ゴマカ)(スベ)が考えつかねぇ。(オサ)は同じ部屋で過ごすこと自体、嫌悪(ケンオ)するかもしれないけど」


そっか、と咲耶(サクヤ)も茶を(スス)る。全くどこまでも(コジ)らせる。紳の(ツミ)(ユル)されないとは言ったが、実際、十分に(ツグナ)っていると思っている。これだけの男だ。縁談(エンダン)の話もこと切れないだろうし、医師として里の(タミ)からの信頼も厚い。それでも、()()()から数百年、(チギ)りの相手も見つけず、浮いた(ウワサ)も聞こえてこない。女を()っている事も知っていた。


想っているのだ。痛いほどに…。


だが、自分の(ツミ)を知っている紳には、想いを伝えることが出来ないのだろう。また悧羅を傷つけることになるのではないかと、(オソ)れているのかもしれない。もしくは、伝える権利が自分にはないと思っているのか。


「とりあえず、私があんたに言いたいのは一つだけ。これ以上、あの子を泣かさないで」


咲耶(サクヤ)真摯(シンシ)な言葉に、紳は、分かってるとだけ伝えた。



悧羅が咲耶(サクヤ)(ヤシキ)を訪れたのは、その三日後だった。


ありがとうございました。

コメントや誤字脱字の指摘など、いただけるととても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ