暗雲《アンウン》
前作までのルビふりに一日かかってしまいました。
いや、本当にルビって大事ですね。
少しでも読みやすくなっていたら、良いのですが。
遅くなりましたが更新します。
残酷描写が少しありますので、お気をつけください。
「一体どういうつもりなのだ!」
荒泉新條頼政は、届いた文書を握り潰した。一段下りた場所に座している臣達は押し黙ったままだ。丸々と肥えた顔は怒りで、みるみる赤く染まっていく。忌々しい、と立ち上がり、頼政は握り潰した文書を投げ捨てる。座したままの臣に当たったが気にも留めず地団駄を踏んだ。
「何様のつもりだ!」
誰に言うでもなく頼政は吠えた。その様に、控えている臣達は一様に溜め息をつくしかない。幾度となく見てきた姿に呆れもする。投げ捨てられた文書を拾い上げて丁寧に巻き取っていく。文書は鬼の里からの物だ。頼政が北の国の主として立って、まず始めたのは鬼の里との交渉だった。人の国は人が治めるべきである、この国に居を構え続けるのであれば相応の対価を支払うべきであり鬼の長との会談を望む。そう記して何度も文書を送ったが、全て否とあしらわれている。
ならば、と東西と南の国に、同様の文書を送り協力を求めたが、どの国からの返答も辞する、というものだった。東西は、別段被害を受けているでもない為、わざわざ事を起こすつもりではないといい、南に至っては、恩を受けているので鬼の里へ従順するという。馬鹿ばかしい、と頼政はますます地団駄を踏んだ。
何が恩。何が事を荒げたくない、だ。ただ、鬼を恐れているだけではないか。鬼がどれほどのものだというのだ。第一、本当に鬼なのかどうかすら分からない。500年前から続く口伝で、鬼の里に手を出してはならないと伝えられているだけだ。頼政は姿すら見たこともない。それなら、と密偵を立てて鬼の里を探らせたが、なかなか情報は掴めない。中に入り込もうとすると里に着くまでの間に、なぜか気を失い、気付けば里の外にいる、と言うのが密偵の報告だ。もう何年も同じことの繰り返しで一向に前に進まない。
「どやつも此奴も役立たずめらが!何故これだけの年月をかけて何一つ善き報せももってこれなんだ!」
熊のような体躯を震わせながら頼政が、ますます声を荒げる。しかし殿、と発したのは頼政に1番近い場所に座していた白髪の男だ。
「今の国の状況では鬼の国と事を構えるのは如何なものか、と」
男の言葉に、その場で控えていた全ての者が頷く。頼政の治世になって五年。どうにか国としての形は保ってはいるが内情は酷いものだ。先代の時代から頼政は政に興味がなく、与えられた役も行っていなかった。ただ、自分が苦労せず楽に騒げればそれでいい。兄弟や臣たちの手柄を全て自分が行ったように見せ、三男であるにも関わらず、まんまと国の主人となった。だが、今まで政に関わったことがなかったため、命じる事柄は全て失敗に終わっている。見かねて、臣が奏上するが、余計なことを、と激昂し、また失敗を重ねる。北の国始まって以来の愚か者だ、とは民だけでなく近隣の国も感じていることだった。そんな印象しかもたれていない頼政が、鬼の里を相手に一計を企て協力を願いでても反故にされるのは誰の目にも明らかなことなのだ。
「何を申すか!爺!鬼などと確かな事も分からず、ただ威張り散らしておるだけの者かもしれんではないか!」
「お言葉を返すようですが、ただの人に大蛇五体を瞬時に滅っすることができましょうか」
南の国でおこった大蛇騒動は、この国にも伝わっている。暴れ狂う五体の大蛇を瞬きの間に滅したのは、それはそれは美しい鬼女であった、と。目の当たりにしたのは、襲われた集落の者と、大蛇と相対した術者たちだけだと聞いているが、それでも皆口々に畏怖すべき存在であり、決して敵対してはならないと言っていた。それだけの、絶対的な何かがあったのだろう。翁の進言にも、ふん、と鼻を鳴らして頼政は、どかっと座った。
「そんなもの、南の術者どもが脆弱であっただけのことであろう。我が国の術者であれば同様のことが出来たはずだ」
「いいえ、殿。南の術者たちは皆優秀であると聞き及んでおります。少なくとも我が国の術者より日々の鍛錬も欠かしてはおらぬでしょう」
翁の言葉に、頼政の顔がますます紅潮する。額に青筋まで立てて、愚弄するか!と床を叩いた。
「我が国の術者より上手な者など、他の国におるはずがない!」
頼政の言葉に、その場にいた臣は、溜め息をついてしまう。確かに、先代までの時代であればそう言い切れただろう。だが、頼政の治世になってからというもの、誰も真剣に鍛錬を積んではいない。愚か者と思っている頼政のためになど、誰も命をかけようと思っていないからだ。しかし、目の前の頼政は自分が今までの北の主の中で、一番信に厚く優秀だと信じて疑っていない。頼政の命で行ったことが失敗しても、それは行った者たちの手筈が悪かっただけで、自分に責はないと言うのだから。
「だいたい、この頼政が会うてやると言うておるのに、鬼の長とやらはまったく動こうともしないではないか。……ああ、そうだ。会ってしまえば、鬼などではないということが人に知られ、国に居られなくなるからではないのか?おお、そうだ、そうに違いない!」
手を打ち鳴らして言う頼政に、誰も同意はしない。何を言っても無駄なのだから、好きに言わせておけばいい。臣に冷たい視線を浴びせられている事に気付くこともなく、頼政は続ける。
「で、あればだ…。向こうからくるように仕向ければ良いではないか!」
突破な物言いに、殿、それは、と何処からか声が上がったが頼政は聞かない。
「そうだそうだ。鬼であるかどうかも確かめられるし良い案だ。そうと決まれば、爺。国の術者に鬼の里から一人拐かしてくるように申し伝えよ」
殿!、と翁は戒めるが頼政は名案だ、と聞かない。
「南の国から入るのが良かろう。従順すると申しておる国であれば警戒も薄かろうて。考えてみれば密偵など、ただの人。術者であらばたとえ妖術の類であったとしても対抗できる」
「なりませぬ、殿!」
その場に居た全ての者も堪えきれずに声を張り上げた。口々に否定されるが、頼政は、うるさい、と立ち上がり声を張り上げた。
「もう決めた!よいな!否は聞かぬ!すぐに動くように命じるのだ!」
その姿に、全員が黙す。
この国は終わった、と誰もが思った。
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咲耶は邸の前で遊んでいる舜啓に、声をかけるために外に出た。大分、陽が長くなったとはいえ、そろそろ夕闇が押し寄せる頃だ。舜啓、と呼びながら出るが返事がない。少し遠くにいるのかと、邸の周りを探してみたが姿は見当たらなかった。
「舜啓!」
声を張り上げてみても、いつもの陽気な声は聞こえない。訝しく思いながらも、邸に帰っているかもしれないと思い直し、踵を返した。邸に近づきながらも名前を呼ぶが、やはり返事はない。
どこまでいったのだろう。男児の行動は予測がつかない。困ったものだ。
もう一度、邸の中をみてから探しに行くか、と中に入ろうとした咲耶の足が何かに触れた。石でも蹴ったか、と足元を見ると小さな木箱が一つ見えた。咲耶が邸を出る時には無かったものだ。
なんだろう…。
もしかしたら舜啓が隠れていて咲耶に贈り物として置いているのか。近頃は贈り物をくれることが舜啓の日常だったので、気にもとめず咲耶は木箱を手にとった。何気無く蓋を開けて、思わず手を退いた。木箱が床に落ちて乾いた音を立てる。中なら転がるように出てきたのは、小さな小さな指だ。慌てて座り込んで、手に取ってみる。指はかすかに温かく、乾ききらない血が滲んでいる。震え出す身体と叫び出しそうになる自分を必死で抑えて、木箱を拾い上げ底を見る。そこには三本の矢の印が焼き付けられていた。
北の国、荒泉新條頼政の紋だった。
頼政め…、と書きながら一人怒ってます。
今日も暑かったですね。
ありがとうございました。




