鬼の里
書きたいことが多すぎて、なかなか核に触れられませんが、気長に読んでいただけると嬉しいです。
背に大刀を携えた男は、悠々と整備された道を歩いていた。途中、賑やかに笑い声を上げる子どもらや、商店からも声をかけられては、笑って手をあげて応えている。
空を見上げると雲ひとつない晴天。眩しすぎる日差しを手で避ける。
今日もいい天気だ。街も賑わいがあるし大きな問題はなさそうだな。
見上げていた空から視線を戻し、無邪気にはしゃぐ子どもらを見て、自然に顔が綻ぶ。傍目から見れば、陽気な子どもらに見えるが、絶対的に人とは違う。
遊ぶ童にも、商店の店主にも2本の角がある。
鬼の里なのだ。
一度止めた足を動かして、今度は前方に目を向ける。
切り立った山の中腹に、大きな宮が建っている。
その宮を基点に左右に山の尾根伝いに民家や商店が並ぶ。男が歩いているのは、宮の眼下に設けられた道だった。平坦な道だけに、あちらこちらに店や民家が建ち、さながら中心街とでもいうところだ。
山の中腹の宮は、鬼の里を統べる長の居だ。
限られた者しか、入ることは許されていない。武官や文官の長、御殿医、近衛の長でさえ許可無くして入れない。通常、宮にいるのは長の身の回りを世話する女官が2人だけだ。
居を構えることになった時、危険だと反対するものもいた。せめて、近衛だけでも、身近に置くべきだと進言もした。だが、長の言葉は、いらぬ、の一言。
「妾の身の守りなど、妾ひとりで事足りる」
それでも、と食い下がった者がいないでもなかったが、
「妾より強いものなどこの里におらぬ」
との、一言で一蹴されたらしい。
これには、その場にいた全員が口を噤むしかなかったと聞いている。
事実、長の強さは誰もが認めている。だからこその長なのだから。
鬼の世界では、強さが重要視される。同時に、見目の麗しさも強さに比例した。元々、人を拐かして精気を奪うのだから、醜目では効率も悪い。
つまり、長ともなれば、どの鬼よりも美しくどの鬼よりも強い鬼神ということになるのだ。
その為か、世襲はほぼなかった。いや、なかったことはないのだが、それでも数えるほどしかない。
鬼の寿命は長い。軽く1000年は生きる。その間に、子を授かることもある。長の子ともなれば強さ、美しさは問題になることはなかったが、長になるのは天から示されたものだけだ。
現存の長の寿命が100年を切ると、そこから生まれ落ちる子どもの一人が、ある印を持って生まれてくる。
身体の何処に刻まれるかは、その時次第のようだが、印は華の印だ。それだけではなく、必ず1本角と決まっている。
要するに、鬼の中でも強さの段階があるのだ。
街の民や、部族などに入隊するのは2本角が多い。
2本角でも十分に強いのだが、その遥か上を行くのが1本角であり、その頂点に君臨するのが長だった。
現在の長は悧羅といい、その御世は500年目に突入していた。人の国の主はころころと変わったが、悧羅は一貫して姿勢を変えず、この鬼の里を守っている。
相談役がいるとはいえ、我が長ながら大したもんだ。
「…様!紳さま!」
背後から声をかけられて、紳と呼ばれた男は振り向いた。若い2本角の男が駆け寄ってくる。
「もう、何度もお名前をお呼びしましたのに。なかなか気づいてもらえず、周りから笑われてしまいましたよ」
気さくに話しかけてくる男は千賀といった。
「ああ、すまない。考えに没頭していたようだ」
苦笑して謝罪すると、千賀も、まあいいですけどねと横に並んで歩きはじめる。
「鍛錬場に行かれるのでしょう?ご一緒してもかまいませんか」
一応尋ねてはいるが、ついてくる気は満々のようである。構わないと伝えると、鍛錬お願いします、と言う。
「これでも近衛の一隊士ですから。長をお守りできるよう、日々鍛錬を積みたいのです」
にこにこ笑って両の拳を前に突き出し、千賀は言う。
「まあ、いい心がけだな」
並んで歩きながら、紳も千賀の熱意を誉めた。
「それに、近衛の隊長に指南していただける機会なんて、滅多にないですからね」
目を輝かせて紳を見る千賀は、敬意に満ち溢れている。実際、近衛の隊長職は1本角の中でも、特に優秀な者が務めることになっていた。実質のNo.2の実力者ということになる。2番手とはいっても、長との力の差は天と地ほどもあるのだが。紳はその近衛隊隊長に就いている。
鍛錬の相手になることを承諾すると、千賀は子どものように喜んだ。しばらく、一緒に歩くと、鍛錬場が見えてきた。そこで、思い出したように千賀が口を開く。
「そういえば、またダメだったみたいですね」
「何が?」
唐突な言葉に紳も聞き返さざるを得ない。
「お子ですよ。また、物忌みの時期にお入りになったそうです。長として立たれて500年。お辛いでしょうね」
「そうか。長もお疲れだろう。物忌みの時期くらいゆっくりとしてほしいものだな」
紳の胸の中で、蓋をしたはずの気持ちが蘇りそうになり、ちくりと心を刺した。
そうですね、と同意する千賀の背中を叩き、さあやるぞと促し、鍛錬場に入った。
見てはいけない思いを振り切るように。
ありがとうございました。
また、早めに投稿できるよう頑張ります。