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流布《ルフ》

更新します。

「…あの…、た、隊長(タイチョウ)…?」


近衛隊舎(コノエタイシャ)から出ようと()を開けたひとりの隊士(タイシ)は、ぎょっとしてそのまま()を閉めてしまった。んー?、と隊舎(タイシャ)(オク)から()まれた文書(モンジョ)(カゲ)(カク)れて、気のない(シン)の声だけが聞こえてくる。


「…いえ、その、んー?、じゃないんですけど…」


そろり、ともう一度()を開けて見えた状況(ジョウキョウ)身震(ミブル)いしてまた()を閉める。少し(オソ)くなってしまった昼餉(ヒルゲ)()りに行こうとしたのだが、どうもそれは(ムズカ)しいようだ。()の前で頭を()いて立ち()くしている隊士(タイシ)を見て、(シン)(ジカン)(タシ)かめると(ハリ)()に差し()かろうというところだ。


「あー…、何となく分かった」


苦笑(クショウ)した(シン)(フデ)を置くと(セキ)を立つ。そのまま(マド)からひょいっと外を(ノゾ)いて見えた景色(ケシキ)に、ふはっと()き出した。


近衛隊舎(コノエタイシャ)の入口に()()せている(タミ)が見えたからだ。


隊舎(タイシャ)を取り(カコ)(タミ)(ナミ)は出入口の(マワ)りに1番ひしめいている。何があって、何のために集まっているのかなど嬉々(キキ)とした(タミ)の顔と、泣き(クズ)れている(ワカ)い女たちの姿を見れば一目瞭然(イチモクリョウゼン)といったところだろう。


紳様(シンサマ)!」


顔を出した(シン)見留(ミトド)めた群衆(グンシュウ)に軽く手を()げてから、(シン)(マド)を閉めた。(タミ)の目的は(シン)ではないだろうから、こちらにまで()()が来ては(タマ)らない。


くすくすと(ワラ)いながら(セキ)(モド)った(シン)嘆息(タンソク)しながら、出ようとした隊士(タイシ)も自分の席に(モド)っている。


出掛(デカ)けようとした隊士(タイシ)何故(ナゼ)(モド)ったことに中にいた他の隊士達(タイシタチ)も首を(カシ)げている。何かあるのか、と()を開けた隊士(タイシ)が、うわっと(サケ)んで反射的(ハンシャテキ)に閉めた。


「何ですか?何かありましたっけ!?」


狼狽(ウロタ)える姿に(ホカ)隊士達(タイシタチ)(マド)を開けて外を見たものの、はあ?、と一様(イチヨウ)(アワ)てて開けた(マド)を閉めた。


「た、隊長(タイチョウ)?!」


「あー、大丈夫(ダイジョウブ)大丈夫(ダイジョウブ)()()()()に分かるから(ホウ)っとけ」


狼狽(ウロタ)えている隊士達(タイシタチ)には、ひらひらと手を()っておくが余計(ヨケイ)に、はあ?と声をあげられてしまった。


何なんだ、と(ウナ)隊士達(タイシタチ)苦笑(クショウ)してしまうが、()()()()()()()()()()()()()(シラ)せを()ろす刻限(コクゲン)荊軻(ケイカツ)昼頃(ヒルゴロ)と言っていたが、どうも少しばかり(オク)れたようだ。外にいる者たちは(シラ)せを受けて集まってくれたのだろう。耳にした(タミ)(オドロ)いただろうが、(ノゾ)いた時に見えた者たちの顔はどうやら喜んでくれているようだし、忋抖(カイト)(アン)じていたような混乱(コンラン)は見えなかった。()()()()()()()()()()でも(ヨロコ)ばれていることが伝われば、忋抖(カイト)心持(ココロモ)ちも如何許(イカバカ)りか軽くなるだろう。ひとり小さく(ワラ)いを(コラ)えていると、隊舎(タイシャ)()(イキオ)いよく開けられて数人(スウニン)隊士(タイシ)雪崩(ナダ)()むように入ってきた。


副隊長(フクタイチョウ)!どういうことですか!?副隊長(フクタイチョウ)!!」


「た、た、た、た、隊長(タイチョウ)!!!」


(コワ)れるのではないかと思うほどの(イキオ)いで飛び込んで来た数人の隊士達(タイシタチ)の姿に(シン)苦笑(クショウ)してしまう。飛び込んできた隊士達(タイシタチ)の手には、それぞれ2枚の紙が(ニギ)られている。どうやら『(シラ)せ』とはいったものの隊士達(タイシタチ)(アズ)けて伝え(マワ)らせるいつもの()荊軻(ケイカツ)使(ツカ)わなかったらしい。


確かに()()()()()()昼頃(ヒルゴロ)と言っていた刻限(コクゲン)に少しズレが起きたのにも合点(ガテン)がいく。


まあ()()隊士(タイシ)(アズ)けて()(マワ)らせるのは確かに(コク)だ。


「な、何ですか!この(シラ)せ!」


「聞いてないですよ!?」


飛び込んできた(イキオ)いもそのままに()()ってくる隊士達(タイシタチ)の手から(カミ)を取ると(シル)された荊軻(ケイカツ)優美(ユウビ)文字(モジ)に目を細める。


1枚は灶絃(ソウゲン)啝咖(ワカ)のこと。

―――そしてもう1枚は。

見慣(ミナ)れた流れるような優美(ユウビ)文字(モジ)が目に入ってきて、つい小さく(ワラ)いが(コボ)れるのを(オサ)えきれない。


「あー、出たか?」


「出たか?、じゃないですよ!!何なんですかっ!?()()(シラ)せ!?」


ばん!、と(ツクエ)(タタ)いて(セマ)られるが、何と言われても書いてあることが(スベ)てだ。


「何って言われても、()()()()()だよ?」


「いやいやいやいやいや!!そのまんまって!隊長(タイチョウ)どうにかしたんですか!?」


「どうにかって何だよ?(オレ)(オレ)のまんまだよ?」


飄々(ヒョウヒョウ)として(シラ)せを返すが(マワ)りでも(カミ)(マワ)されて、隊舎(タイシャ)の中にどよめきが起こっている。


「どうもしてないって!いや!だって()()!!」


「何も可笑(オカ)しなことじゃないだろ?悧羅(リラ)()()()()()って思ったんだから」


笑いながら(アセ)隊士(タイシ)に返した(シラ)せには昨夜(サクヤ)忋抖(カイト)(ワタ)したものと同じことが(シル)されていた。一言一句(イチゴンイック)(タガ)わず、しかも悧羅(リラ)文字(モジ)で書かれた()()には最後に(シン)悧羅(リラ)()(モン)まで()されていた。灶絃(ソウゲン)啝咖(ワカ)の方にも(モン)()してあるはずだが、文字(モジ)荊軻(ケイカツ)(シタタ)めたはずだ。それからすれば悧羅(リラ)(ミズカ)(シタタ)()ろした(シラ)せは、隊士達(タイシタチ)だけでなく民達(タミタチ)のこともさぞや(オドロ)かせたことだろう。


悧羅(リラ)のことだ。

忋抖(カイト)(ココロ)があまり()れ動かされないようにしたかったのだろう。(シン)悧羅(リラ)(クワ)えて荊軻(ケイカツ)たちがどんなに大丈夫(ダイジョウブ)だと伝えていても、忋抖(カイト)が心から納得(ナットク)した訳ではないことなど分かっている。


これからは堂々(ドウドウ)悧羅(リラ)(イツク)しむのを(カク)すな、と言われてもすぐに行動に(ウツ)せる(ホド)忋抖(カイト)の想いは(カル)くない。300年もの長い間想いをひた(カク)し、受け入れられてからも(シン)悧羅(リラ)迷惑(メイワク)をかけまいと(オノレ)(リッ)し続けることが出来る男だ。どんなに手を()ばしてもいいと伝えても(ケッ)して(シン)血族(ケツゾク)の前でさえも、その姿勢(シセイ)(クズ)さなかった。もちろん(タミ)の前ともなれば()()尚更(ナオサラ)のことで、子としての()居振(イフ)()いを()()えようとはしなかった。


その分、見せていない(トコロ)ではどうであるのかなどは知りもしないが、それでもよくもまあ理性(リセイ)()つものだ、と感服(カンプク)してしまっていたことは()わずにおいている。


そこに(シン)悧羅(リラ)への感謝(カンシャ)贖罪(ショクザイ)があることを知っていたし、当たり前のように新しい一線(イッセン)を引いてしまう姿が、以前の(シン)の姿に(カサ)なってしまったから。


だからこそ()()()()にしておきたくなかった。

だからこそ本当の意味で忋抖(カイト)(スク)い上げたかった。


(チギ)りだけは(ワタ)してやることはできない分、(チガ)う方法ででも忋抖(カイト)(シン)(スデ)(カタ)(ナラ)べているのだと教えてやりたかった。そうして見つけたのが(シルシ)()誓約(セイヤク)だっただけだ。


とはいえどれだけの(サワ)ぎになるかは、正直(ショウジキ)なところ(シン)にも分からなかった。であれば、()りた(シラ)せが忋抖(カイト)の心を(ムシバ)むことがないよう、今日だけは(シン)隊舎(タイシャ)から(ハナ)れることがないようにしていたのだが、(シン)がそう考えていたことなど悧羅(リラ)には全て見透(ミス)かされていたようだ。


(ミズカ)(シタタ)めた文字(モジ)が、『言いたいことがあれば自分に言え』と(カタ)っているように見える。


本当に(カナ)わないなあ。


ふふっと(ワラ)ってしまうと、(コワ)れました?、と隊士達(タイシタチ)が心配そうに(シン)を取り(カコ)んでいる。


(コワ)れてないって。とにかく()()()()()()なんだよ。()()め。で、あんまり忋抖(カイト)(ワズラ)わせないでいてくれると有難(アリガタ)い」


ひらひらと手を()ってみると、あー、と隊士達(タイシタチ)が頭を(カカ)えて一斉(イッセイ)嘆息(タンソク)した。


「いや、別に副隊長(フクタイチョウ)がどうだって話じゃないんですよ」


(オサ)()()()()()()()()()って(ネガ)われて、副隊長(フクタイチョウ)も良いって言われてるんなら(ヨロコ)ばしいだけだしなあ」


(オレ)らが心配(シンパイ)してるのは隊長(タイチョウ)の方ですよ!」


(アキ)れたように顔を見合わせる隊士達(タイシタチ)に、(シン)はきょとりとしてしまう。


(オレ)?なんで?」


「何でって…。隊長(タイチョウ)にとって(オサ)って絶対(ゼッタイ)でしょう?(ダレ)であれ、お姿を拝謁(ハイエツ)することすら(イヤ)がるじゃないですか」


「だから(オサ)が決められたことだから、(イヤ)だって思ってても言えて無いんじゃないかって思って…」


はあ、とますます大きく嘆息(タンソク)して頭を()いている隊士達(タイシタチ)に、ははっと(シン)(ワラ)ってしまう。


確かにこれまでの(シン)を見てきているのだから、そう思われても仕方(シカタ)ない。(シン)にとって悧羅(リラ)唯一(ユイイツ)絶対(ゼッタイ)なのは隊士達(タイシタチ)でなくても知っていることだ。それこそ里の(タミ)なら、幼子(オサナゴ)だって知っている。


(シン)がどれほど悧羅(リラ)(イツク)しんでいるか。

(シン)がどれほど悧羅(リラ)(オボ)れてしまっているか。

悧羅(リラ)(ムラ)がろうとする考えを、(マト)わりつく視線(シセン)を、知られないようにどれだけ(ヒソ)かに()()()()()()にしてきただろう。


それでも。

忋抖(カイト)だけは別だと思えた。


「何も(コラ)えてなんかないぞ?その(アカシ)にちゃんと(オレ)()(モン)もあるだろ?」


込み上げる(ワラ)いを(コラ)えながら言ってみるが隊士達(タイシタチ)は、でも、となかなか納得(ナットク)しようとしてくれない。


どうやら自分の部下(ブカ)たちは(シラ)せの中身だとか、悧羅(リラ)忋抖(カイト)の母だからだとか、そんなことよりも(シン)が無理をしていないかの方が気掛(キガ)かりらしい。


「お前らがそう思ってくれてんのは隊長冥利(タイチョウミョウリ)()きるけどな。けど、本当に納得(ナットク)してんだよ。むしろ(オレ)()()()()()()って悧羅(リラ)(タノ)んだんだから」


もう一度(シラ)せの紙を手に取って(ナガ)めながら、読めてしまう悧羅(リラ)思惑(オモワク)(シン)(ワラ)えてきてしまう。


そういえば、悧羅(リラ)思惑通(オモワクドオ)りに(マワ)りが動いているのを見るのも久しく無かった。


忋抖(カイト)(オレ)にとっても特別(トクベツ)なんだよ。あいつ以外だったら(ユル)してないさ」


ふふっと(ワラ)(シン)に、ならいいですけど、と隊士達(タイシタチ)(アキ)れ返ってしまっている。(アン)じてくれる隊士達(タイシタチ)(レイ)を言っていると、隊舎(タイシャ)の入口が(ニワ)かに(サワ)がしくなった。


「帰ってきたかな?」


苦笑(クショウ)しながら(カタ)(スク)めている隊士達(タイシタチ)と共に入口を見ていると、ちょっと(ハナ)してって!、と(コロ)がるように忋抖(カイト)が入ってきた。開け(ハナ)たれた()から雪崩(ナダ)れこもうとする民達(タミタチ)から皓滓(コウサイ)舜啓(シュンケイ)灶絃(ソウゲン)()を閉めて忋抖(カイト)(マモ)っている。(ユカ)(コロ)がった忋抖(カイト)(カミ)隊服(タイフク)(ミダ)れてしまって、大きく嘆息(タンソク)していた。隊舎(タイシャ)(モド)るまでの道すがら()みくちゃにされたのは、その姿が雄弁(ユウベン)(カタ)っていて(シン)も見守っていた隊士達(タイシタチ)も声を上げて(ワラ)ってしまう。


父様(トウサマ)(ワラ)いごとじゃないんだってば!」


(シン)!ほんと、冗談(ジョウダン)じゃないんだぞ!?蹴破(ケヤブ)られるから(ダレ)衝立(ツイタテ)か何か持ってこい!!」


(アワ)てすぎた皓滓(コウサイ)舜啓(シュンケイ)隊舎内(タイシャナイ)だというのに、取り(ツクロ)うことも(ワス)れて声を()り上げた。隊士達(タイシタチ)が笑いながら加勢(カセイ)に行くその中で灶絃(ソウゲン)だけは、外から聞こえる(イワ)いの声に、ありがとー!、と(コタ)えているがその姿もぼろぼろだ。


「いつ(シラ)せが下りるか分かんないし、下りた時にどうなるか分かんないだろ?今日くらい兄様(アニサマ)(ソバ)(ダレ)かいてやんなきゃ」


(シン)にそう言って忋抖(カイト)ひとりで昼餉(ヒルゲ)に行くのを(ハバ)んだ灶絃(ソウゲン)は、自分も(マト)になることを(ワス)れていたらしい。


「いやー、大変だよねえ?」


「お前のせいでもあるんだからな!?」


必死(ヒッシ)()(オサ)えながら、けらけらと(ワラ)っている灶絃(ソウゲン)舜啓(シュンケイ)皓滓(コウサイ)(シカ)り飛ばした。わはは、と声を上げて灶絃(ソウゲン)余計(ヨケイ)(ワラ)うと(シン)(カコ)んでいた隊士達(タイシタチ)(ワラ)いながら()(オサ)えるのを交代(コウタイ)に行く。


「はいはい、()わりますからねー」


「ほら、忋抖副隊長(カイトフクタイチョウ)邪魔(ジャマ)ですよー。あっちに行ってて下さいねー」


「…邪魔(ジャマ)って…」


(ウデ)()()られて少し身体(カラダ)を動かされた忋抖(カイト)が立ち上がると、()(オサ)える役割(ヤクワリ)()わってもらえた皓滓(コウサイ)舜啓(シュンケイ)も大きく(カタ)を落とした。


「あー…、ほんと、どうかるかと思った…」


嘆息(タンソク)しながら(シン)の方へ()ってくる4人が(スワ)れるようにだろう。隊士(タイシ)の数人が(シン)(ツクエ)の前に椅子(イス)を持ってくると、別の者が(チャ)()れて置いてくれた。


「助かったあ」


隊士達(タイシタチ)(レイ)を言いながら、どかりと椅子(イス)(スワ)った子どもたちに(シン)苦笑(クショウ)してしまう。


「大変だった?」


(チャ)(スス)りながら声をかけると、皓滓(コウサイ)舜啓(シュンケイ)が自分の身形(ミナリ)(シメ)して(ニラ)んできた。


()()見て()()()()()()言う?大変だったなんてもんじゃない」


(シラ)せの(ジカン)(ワル)いんだよ。(タノ)んでた昼餉(ヒルゲ)も食べれなかったんだからね。父様(トウサマ)、何か持ってるでしょ?出して」


「しょうがないなあ」


当たり前のように手を出す皓滓(コウサイ)に引き出しから袋に入った饅頭(マンジュウ)を出してやると、やった!、と喜んで口に(ホウ)り込んでいる。


昼頃(ヒルゴロ)って言ってたからなあ。早めに昼餉(ヒルゲ)に行ってれば良かったのに」


「…見廻(ミマワ)り終えるまで何も無かったから、今日は()()()()かと思ってたんだよ。ああは言ってくれてたけど昨日(キノウ)の今日だし、流石(サスガ)荊軻(ケイカツ)さんでも少しは手こずるかなって。出して夕刻(ユウコク)だろうって思ったんだけどなあ」


あー、と(ツクエ)()()忋抖(カイト)の頭を小突(コヅ)きながら(シン)は、それはないな、と(ワラ)ってしまう。


「まだ分かってないのか?()()荊軻(ケイカツ)だぞ?()()って言ったんだから出すに決まってる」


「まあ、そうなんだけど…。あー、腹減(ハラヘ)ったあ」


遠慮(エンリョ)も無しに出した袋から次々に饅頭(マンジュウ)(ホウ)りこんでいく皓滓(コウサイ)舜啓(シュンケイ)忋抖(カイト)が手をだすと饅頭(マンジュウ)が乗せられている。後で()ろうと思っていた甘味(カンミ)が全て取り上げられる前に、と出した(シン)の手にも饅頭(マンジュウ)がひとつ乗せられたが、灶絃(ソウゲン)は、まだあるよね?、と(シン)(ツクエ)(アサ)って(カク)していた(フクロ)を探し当てた。土産(ミヤゲ)にしようと思っていたのだが、(ハラ)()かせすぎた子どもたちに、そう言ったところで我慢(ガマン)出来るはずもない。さっさと(ツクエ)に出された饅頭(マンジュウ)に手が伸ばされて、あっという間に消えていく様に(シン)(アキ)れてしまう。


「だから今日くらい休んで良いって言っただろ?」


(シラ)せが(メグ)れば(サワ)ぎになることは分かっていたことだ。(シン)悧羅(リラ)(チギ)りの時も媟雅(セツガ)懐妊(カイニン)してくれていたこともあって、かなりの間(サワ)ぎになったのだし、灶絃(ソウゲン)啝咖(ワカ)慶事(ケイジ)(クワ)え、忋抖(カイト)のことまでとなれば()()以上の(サワ)ぎだろう。

そう思って忋抖(カイト)灶絃(ソウゲン)には休め、と前もって言っていたのだが2人とも(ウナズ)かなかったのだ。


「休んでいいってのは()れたけど、(オレ)が出てなきゃ啝咖(ワカ)が出た時に(マト)になるじゃない。そんなん()だし?」


けろりとして言い切る灶絃(ソウゲン)に、同じく、と忋抖(カイト)嘆息(タンソク)した。


「まあ、悧羅(リラ)が出てくることなんてそうそう無いけどさ。引き受けれるものなら引き受けときたいってのはあるしね」


「そんなのお前らが気にしなくて良いって言っただろ?本当に言うこと聞かないやつらだなあ」


(カタ)(スク)めて見せる忋抖(カイト)灶絃(ソウゲン)(ヒタイ)小突(コヅ)いていると、舜啓(シュンケイ)皓滓(コウサイ)(ワラ)い出している。


「だいたい、悧羅(リラ)悧羅(リラ)だよ。()()()(シラ)せを自分で(シタタ)めるんだもんなあ」


「それだけ兄様(アニサマ)大事(ダイジ)ってことだろ?それより父様(トウサマ)にも見せたかったよね。(シラ)せが出たときの民達(タミタチ)の顔」


何かを(フク)んだ物言(モノイ)いに(シン)(クビ)(カシ)げる。


(サワ)ぎなら()()で分かるけど?」


入口に(ウズタカ)()まれた(ツクエ)衝立(ツイタテ)(シメ)すと、()()()()()()、と灶絃(ソウゲン)悪戯(イタズラ)(ワラ)う。


「何が(スゴ)かったって、女たちが(サケ)んで()(クズ)れたの」


灶絃(ソウゲン)(シラ)せのときにも居たんだけどね、ちょっと(オク)れて忋抖(カイト)のが(マワ)ったもんだから、まあ(スゴ)(スゴ)い」


揶揄(カラカ)うような舜啓(シュンケイ)灶絃(ソウゲン)一瞥(イチベツ)を投げている忋抖(カイト)に、ああ、と(シン)納得(ナットク)する。隊舎(タイシャ)(マワ)りでも()いている女が居たのだから、里の中ではまだ大事(オオゴト)だったのだろう。(サワ)民達(タミタチ)に泣き(サケ)んで(ヒザ)()る女たちの姿を思い(エガ)いて、(シン)忋抖(カイト)を、にやりと見た。


(ツミ)作りだねえ、忋抖(カイト)?」


(ウルサ)い、…(ホウ)()してあげようか?」


「やめて。()(ツブ)されるのは勘弁(カンベン)だ」


はあ、と大きな嘆息(タンソク)を出す頭をぽんぽんと()でると、じろりと(ニラ)まれてしまった。


(オレ)(チギ)るときなんて()()()()()無かったのにさ。兄様(アニサマ)懸想(ケソウ)してる女の数が(スゴ)いのは知ってたけど、()()()()とは思ってなかったなあ」


皓滓(コウサイ)が知らないだけで、結構(ケッコウ)泣かせてたよ?…(オレ)の場合は半分以上が父様(トウサマ)に向けられてるから、()()父様(トウサマ)の分」


くすくすと(ワラ)皓滓(コウサイ)の頭をぱしりと忋抖(カイト)(ハタ)いて(サト)す。実際(ジッサイ)皓滓(コウサイ)の時も舜啓(シュンケイ)の時も、今回の灶絃(ソウゲン)にしても泣く女は多かったし()()各々(オノオノ)()に向けられた純粋(ジュンスイ)(オモ)いだ。けれど忋抖(カイト)に向けられているものは(チガ)う。言った通り半分以上(ハンブンイジョウ)(シン)に向けられたものなのだから。


「まあ(ガワ)中身(ナカミ)もそっくりなのは(ミト)めるしかないけどね。好いた女まで一緒(イッショ)なんだから、同じものって言われても、もう納得(ナットク)しちゃうかな」


旦那様(ダンナサマ)旦那様(ダンナサマ)若君(ワカギミ)若君(ワカギミ)でございますよ。小生(ショウセイ)から見ればまったく別の御方(オカタ)たちでございますれば』


くすくすと(ワラ)忋抖(カイト)足下(アシモト)から、するりと哀玥(アイゲツ)姿(スガタ)を現して()()りながら小さく(シン)に頭を下げた。いつも忋抖(カイト)(ハベ)っているのに姿が見えないと思ったら(カク)れていたらしい。


()れを()らしましょうか、と申したのですが若君(ワカギミ)()らぬと(オオ)せでございましたので、やむなく』


心底(シンソコ)残念(ザンネン)そうに息を()哀玥(アイゲツ)の頭を忋抖(カイト)()でると気持ちよさそうに()いて見せた。


哀玥(アイゲツ)忋抖(カイト)(アマ)いんだって」


母様(カアサマ)があと3.4人眷属(ケンゾク)()やしてくれたら(オレ)たちの味方(ミカタ)が出来るんだけどなあ」


あーあ、と(ワラ)いながら皓滓(コウサイ)舜啓(シュンケイ)にも()でられて哀玥(アイゲツ)がますます目を(ホソ)めたが、()灶絃(ソウゲン)(ツカ)まれて(ハタ)き落としている。


妲己殿(ダッキドノ)小生(ショウセイ)睚眦(ガイシ)にとりては若君方(ワカギミガタ)舜啓様(シュンケイサマ)は、いと(トウト)御方(オカタ)でございますよ。新しくなどと(モウ)されず、小生(ショウセイ)らで(コラ)えていただきませぬと(サミ)しゅうなるというもの』


ふふ、と微笑(ホホエ)哀玥(アイゲツ)()でられながら、ぴくりと耳を逆立(サカダ)てたのが見えて(シン)は首を(カシ)げた。


哀玥(アイゲツ)?」


また灶絃(ソウゲン)に尾を(ツカ)まれたのかとも思ったが、どうやら(チガ)うようだ。少し(コマ)ったように一度だけ尾をふるりと()ると、くすくすと(ワラ)い出している。


「え?どうしたの、哀玥(アイゲツ)?」


きょとりとする忋抖(カイト)たちに(レイ)を取って哀玥(アイゲツ)(シン)に向き直ると悪戯(イタズラ)()みを()かべた。


旦那様(ダンナサマ)(ミナ)さまもお覚悟(カクゴ)を』


は?、と首を(カシ)げてしまった(シン)の耳に隊舎(タイシャ)の外から大きな(サケ)びが上がった。


「何?何?なに?」


(オドロ)いて立ち上がった灶絃(ソウゲン)舜啓(シュンケイ)の後ろに(カク)れたが、(サケ)びとも歓声(カンセイ)とも言えない声は隊舎(タイシャ)()らすほどの地響(ジヒビ)きを(トモナ)って大きくなってくる。入口に立てた(ツクエ)衝立(ツイタテ)が音を立てて転がり落ちて行くのを隊士達(タイシタチ)が止めに入るが、間に合っていない。


「…えー、哀玥(アイゲツ)…?()げた方がいい?」


『…難儀(ナンギ)されるかと…』


みしり、と()(マド)から(イヤ)な音がし始めて(シン)(タズ)ねると、苦笑(クショウ)しながら哀玥(アイゲツ)がするりと姿を消した。


「ああ!哀玥(アイゲツ)!待って!!」


「自分だけ()げるとか(ズル)いって!!」


皓滓(コウサイ)灶絃(ソウゲン)哀願(アイガン)(ムナ)しく(ヒビ)くと、隊舎(タイシャ)(カベ)轟音(ゴウオン)とともに(クズ)されて(ハシラ)(ツチ)()った。


「…(ウソ)お…」


皓滓(コウサイ)唖然(アゼン)とした声をあげてしまうが、(サケ)びとともに多数(タスウ)群衆(グンシュウ)雪崩(ナダ)れ込んでくる。


若君(ワカギミ)!」


紳様(シンサマ)!」


(シン)忋抖(カイト)(トラ)えた(ナミ)には隊士達(タイシタチ)舜啓(シュンケイ)の声も聞こえていないらしい。(シン)が笑いながら、()げろ、と口に出す前にあっという間に取り(カコ)まれて彼方此方(アチラコチラ)から()()られ始めた。手を引かれ、隊服(タイフク)(ツカ)まれ、この状況(ジョウキョウ)(オガ)(タオ)強者(ツワモノ)まで居ては、(シン)の声など(トド)きはしない。何処(ドコ)からか灶絃(ソウゲン)の名を()ぶ声や、泣き(サケ)びながら忋抖(カイト)()()ぶ若い女の声もする。時折()じるように、ちょっと待って!、と(アセ)忋抖(カイト)の声と、どうにか場を(シズ)めようと()り上げる隊士達(タイシタチ)の声が聞こえてくるが、これだけの阿鼻叫喚(アビキョウカン)では何の役にも立っていない。


どうするかなあ。


()みくちゃにされるのはまだ良いが、これだけ()が立っていては怪我(ケガ)()う者が出ているかもしれない。いくら(ヨロコ)んでくれているとは言っても(タミ)傷付(キズツ)けば悧羅(リラ)(カナ)しむ。力尽(チカラヅ)くで止めることも(シズ)まらせることも出来るが、ちらりと見えた中には幼子(オサナゴ)老齢(ロウレイ)の者も居たし、(シン)()()()()()()()()怪我(ケガ)をさせてしまう。

隊舎(タイシャ)(モド)った時の忋抖(カイト)たちがぼろぼろだったのも()()()()()()()()からだろう。まあ、灶絃(ソウゲン)一緒(イッショ)だったから、少しは面白(オモシロ)がって(アオ)ったかもしれないが、それは予想(ヨソウ)範疇(ハンチュウ)ではある。


いや、でもなあ。


何処(ドコ)からともなく手が()びて()みくちゃにされているというのに、何故(ナゼ)冷静(レイセイ)に考えてしまっている自分に(シン)(ワラ)えてきてしまう。どうやら思い(エガ)いていた以上のことが起こると、(オニ)といえども自分のこととは考えられなくなるようだ。けれど、ふふっと(ワラ)ってしまったその時に聞こえた声には(シン)も、はあ?、と声をあげてしまった。


「おやまあ、何やら(ニギ)やかしゅうあるの」


(サケ)びや地鳴(ジナ)りの中にあって、()()()()()(シズ)かに(オダ)やかに(ヒビ)いて(トド)いた。


「え?悧羅(リラ)、来ちゃったの?」


姿は見えないがぼそりと(ツブヤ)いた(シン)の声は悧羅(リラ)に聞こえていたらしい。くすくすと鈴を転がすような(ワラ)い声に、取り(カコ)んでいる(タミ)の熱が(オサ)えられていく。


哀玥(アイゲツ)が何やら(タノ)しゅうあると伝えにきたでな」


声だけではあるが悧羅(リラ)(ワラ)っているのが見えるようだ。姿を消したと思っていた哀玥(アイゲツ)()()()()()()見越(ミコ)して悧羅(リラ)の元に走ってくれたらしい。


「会えるのは(ウレ)しいけど、ちょーっと(アブ)ないかな?」


(ワラワ)よりも(シン)らの方が、であろうに」


ふふっと(ワラ)った声に(カブ)さったのは長様(オササマ)、と(ツブヤ)いた幼子(オサナゴ)のものだった。(シン)たちからまだ姿は見えないが、どんっとぶつかった音と衣擦(キヌズ)れの音で悧羅(リラ)が飛びついて来た幼子(オサナゴ)を抱き上げたのが知れる。


(イワ)いを伝えにきてくれておったのかえ?」


「うん!でも若君(ワカギミ)たち、びゅーんって()げちゃうんだよ?」


「おやおや、それはせんないことをした。すまなんだな」


くすくすと優しく(ワラ)う声に(イザナ)われるように(シン)たちを(ツカ)んでいた手が、ひとつ、またひとつと(ハナ)れていく。ひとり、またひとりとその場に(スワ)りこむものや、立ち尽くす者が出てくるとようやく(シン)にも悧羅(リラ)が見えた。思っていた通り幼子(オサナゴ)(カカ)えた悧羅(リラ)(コロモ)幼子(オサナゴ)の顔に付いた(ドロ)(ヌグ)っている。走って(カイナ)(カコ)いたいのをぐっと(コラ)えている前で、悧羅(リラ)の足下に数人の幼子(オサナゴ)が走って抱きついた。


「なれど(キズ)()うては(ワラワ)(カナ)しゅうなるに」


幼子(オサナゴ)たちの頭をそれぞれに()でながら悧羅(リラ)が言うと、皆が満面(マンメン)()みで顔を見合わせた。


「ごめんなさあい」


抱いていた幼子(オサナゴ)を降ろした悧羅(リラ)(シャガ)んで視線(シセン)を同じくしながら、幼子(オサナゴ)たちの手の中を(シメ)す。


「して、これは?」


えへへ、とはにかむ幼子(オサナゴ)たちの手には小さな花だったものが(ニギ)られていて、(シン)忋抖(カイト)灶絃(ソウゲン)にあげたかったのだと視線(シセン)()せた。

(サワ)ぎの中で花弁(ハナビラ)が落ちてしまったが、どうしても(ワタ)したかった、と残念(ザンネン)そうに(カタ)を落とす幼子(オサナゴ)たちに悧羅(リラ)微笑(ホホエ)みながら(シン)たちのほうを見やる。その視線(シセン)忋抖(カイト)の上でぴたりと止まったのが分かって、(シン)は小さく笑えてしまった。


あーあ、これは(オコ)るだろうなあ。


何事にも動じないように見せている悧羅(リラ)は、自分のものと(サダ)めると意外(イガイ)にも(ヨク)が強い。(シン)()()()()()()()()と知れるまで長くかかったから、忋抖(カイト)はまだ()()()()と思っているかもしれない。


とはいえ()がれている者に()いてもらえるのは心地好(ココチヨ)いものだ。


ふふっと笑うと悧羅(リラ)からじとりと見られて(シン)は肩を(スク)めた。


熱は退()いてきているとはいえ、(イマ)(シン)たちに手が()けられているのは変わらない。それでも、(シン)灶絃(ソウゲン)は引っ張られているだけだから、まだ良い方だ。忋抖(カイト)など引き(タオ)されて乗し()かられているのだから。引き()がそうと無理矢理(ムリヤリ)に行って、怪我(ケガ)をさせるのが(イヤ)だったのだろう、と考えていたことは見れば分かるが(カコ)まれている相手が悪い。


(シン)(カコ)んでいるのは年嵩(トシカサ)のいった者たちや子どもたちが多いのに対して、忋抖(カイト)の方は妙齢(ミョウレイ)の女が多いのは一目(ヒトメ)見れば分かる。悧羅(リラ)視線(シセン)はもちろん(シン)の上でも止まりはしたが、()()()()()()()()仕方(シカタ)ない、と(キズ)を通して一応(イチオウ)(ユル)しはもらえている。


それでも(シン)(ダレ)のものだと聞く想いも伝わってきたから勿論(モチロン)悧羅(リラ)のものだ、と伝えておいた。納得(ナットク)した(ワケ)ではなさそうだったが、この場で(シン)(カコ)む者たちに悋気(リンキ)を起こしては幼子(オサナゴ)も居るのだから(コワ)がらせるとでも思ったのだろう。どうにか(コラ)えてくれている。


これは後でしっかり(ツグナ)わないと。


(シン)が小さく嘆息(タンソク)すると悧羅(リラ)(タミ)たちに向かって、にっこりと微笑(ホホエ)んだ。


(ヨロコ)ばしゅう思うてくれるは(ウレ)しゅうあるが、子らが(イワ)いも手向(タムケ)られぬはせんなきことじゃ。…少しばかり(ミナ)も心を(シズ)めやし」


(オダ)やかな、ともすれば(ワラ)っているようにも聞こえる声には(イナヤ)を言わせない重さを(フク)んでいたが、()()気付(キヅ)いたのは悧羅(リラ)(ツラ)なる者たちだけだったろう。


それ程に悧羅(リラ)()()()()()()()()()()()

いや、()()()()()()()()()()()()()


あーあ、(オコ)らせちゃった。


嘆息(タンソク)を深くしてしまう(シン)の前で、長様(オササマ)?と幼子(オサナゴ)たちが不思議(フシギ)そうに見ている。()()()()()()()()()()()()()悧羅(リラ)がいつもと(チガ)うことを気取(ケド)るとは、熱狂(ネッキョウ)していた大人たちよりも余程(ヨホド)(カン)が良い。きょとりとしている幼子(オサナゴ)の頭を()でながら立ち上がった悧羅(リラ)(シン)の方に近付(チカヅ)いてくると、子どもたち以外の手が(シン)から(ハナ)れた。


「あー、…悧羅(リラ)?ごめんね?」


苦笑(クショウ)しながら()びると(コシ)(カガ)めた悧羅(リラ)も小さく(ワラ)いながら(シン)の耳に()れてくる。


「ほんに、ちいと目を(ハナ)さば()()じゃ。よほど(ワラワ)(タワム)れとうあると見える」


「いや、そんなんじゃないんだけどね。()()仕方(シカタ)ないよね?」


嘆息(タンソク)する(シン)に、まあそうだの、と悧羅(リラ)嘆息(タンソク)すると()れられていた耳に何かがぶつりと通された感覚(カンカク)が走る。


悧羅(リラ)、ちょっと痛い」


ちりり、と首に当たる冷たいモノに()(トナ)えてしまうが、悧羅(リラ)はますます嘆息(タンソク)を深めて見せた。


(ワラワ)()()()()()心持(ココロモ)ちにさせておるというに些末(サマツ)なことを気にするでない。とはいえ()()()にはそう(モウ)せるものでなし」


(シン)の背中や(ヒザ)にしがみついている子どもたちに微笑(ホホエ)みかけてひとりの頭を悧羅(リラ)()でると、耳から手が(ハナ)れた。見えた(シン)の耳に、わあ!、と子どもたちが歓喜(カンキ)の声を上げて飛びついてくる。


「おわっ!何だ、なんだ?」


(アワ)てて受け止めた(シン)を置いて、悧羅(リラ)灶絃(ソウゲン)の方に歩き始めている。


「すまぬが灶絃(ソウゲン)(ハナ)してやってはもらえぬか?(カコ)うてもろうて(タノ)しゅう思うておるようじゃが、(シカ)られてしまうでの」


ふふっと(ワラ)いながら悧羅(リラ)が自分の左耳をとんとんと(シメ)すと、見慣(ミナ)れない(カザ)りが2つ見えた。あ!、と顔を(カガヤ)かせる灶絃(ソウゲン)の左耳に悧羅(リラ)が手を掛ける。


母様(カアサマ)(オレ)の?」


「そうじゃ。ちいとばかり痛むがよろしいか?」


勿論(モチロン)!やったあ!」


嬉々(キキ)とする灶絃(ソウゲン)の耳にも、ちくりとした痛みが走ると自由になった身体(カラダ)悧羅(リラ)に抱きついている。


「もうちょっと待つかと思ってたのに。流石(サスガ)母様(カアサマ)!」


(アイ)らしゅうある灶絃(ソウゲン)(タノ)みとあらば、()かねばの」


ふふっと微笑(ホホエ)んだ悧羅(リラ)灶絃(ソウゲン)を一度ぎゅうっと抱きしめると()りよる背中をぽんぽんと(タタ)いてから、さて、と忋抖(カイト)に向き直った。悧羅(リラ)が姿を現したことに(カタ)まってしまった女たちは、まだ忋抖(カイト)の上から降りれていない。そのいくつかの手は忋抖(カイト)隊服(タイフク)()がせようとでもしたのだろう。この機に(ジョウ)じてよからぬことでも考えたのか(ヒモ)(ホド)いているのが見えて、悧羅(リラ)がほんの(ワズ)かに(マユ)()せたが、ぐるりと視線(シセン)を返して別の山を見つける。


皓滓(コウサイ)舜啓(シュンケイ)は…。…おやまあ」


ぼろぼろになった姿で手を上げた2人(フタリ)を見つけた悧羅(リラ)は、ふふっと(ワラ)ってしまう。若い女も混じってはいるが乗し掛かっているのは子どもたちや男たちだ。ふむ、と小さな(アゴ)に指を当てて少し考えた悧羅(リラ)がにこりと微笑(ホホエ)んで見せた。


媟雅(セツガ)加嬬(カジュ)に伝えておくとしよう」


「「やめて!」」


揶揄(カラカ)いを(フク)んだ言葉に舜啓(シュンケイ)皓滓(コウサイ)が同時に(サケ)ぶ。


加嬬(カジュ)(キラ)われたら生きていけない…」


「…殺される…、媟雅(セツガ)に殺されちゃう…」


身を(スク)めた2人を(カコ)んでいた民達(タミタチ)(アワ)てたように気遣(キヅカ)い始めた。大丈夫ですって、と(ナグサ)める民達(タミタチ)苦笑(クショウ)する悧羅(リラ)(オク)で、まだ子どもたちの良いようにされたままの(シン)苦笑(クショウ)している。して、と忋抖(カイト)の方に()を進めた悧羅(リラ)が目の前で止まると忋抖(カイト)の身動きを(フウ)じていた者たちがますます強張(コワバ)って(カタ)まった。


「…(シラ)せが下りたと思うておったのだが、(イマ)だ耳にしておらぬようじゃの…」


静かな声で微笑(ホホエ)まれた女たちが(ハジ)かれたように忋抖(カイト)の上から降りようとするが、(カタ)まってしまった頭と四肢(シシ)では動くに動けない。あ、と(ウメ)くように出された声に微笑(ホホエ)みを深くすると、悧羅(リラ)(タオ)されたままで見上げている忋抖(カイト)(ホオ)をするりと()であげる。


()()(ワラワ)のもの(ユエ)。ほんにすまぬが手を(ハナ)してもろうてもよろしいか?」


()いている手で忋抖(カイト)(マタガ)ったままの女たちの(ホオ)悧羅(リラ)()でて退()くように伝えているが、今度は(ホウ)けたように動けなくなってしまっている。


里に降りるようになってからの悧羅(リラ)民達(タミタチ)()れ合うことも多くなったが、幼子(オサナゴ)老齢(ロウレイ)の者でもない(カギ)り、()()()()近付(チカヅ)けることは少ない。悧羅(リラ)としては遠慮(エンリョ)などせず様々なことを聞かせて欲しいと願っているのだろうが、(ウレ)しそうに()()幼子(オサナゴ)たちや老齢(ロウレイ)の者たちとの(ジカン)(サエギ)らないというのは、いつのまにか民達(タミタチ)の間で無言(ムゴン)内に()わされた約束事(ヤクソクゴト)になっていた。


他者(タシャ)(オモンバカ)れる里になれ』と願った悧羅(リラ)の思いは()たされつつあるけれど、悧羅(リラ)突如(トツジョ)として目の前に現れたら(ホウ)けるのは当たり前なのだ。


動けない女たちに小さく嘆息(タンソク)した悧羅(リラ)が、とんとん、と(カタ)(タタ)いていくと気を取り(モド)した女たちが(ハジ)かれたように忋抖(カイト)の上から飛び降りる。


大きな嘆息(タンソク)()きながら起き上がろうとする忋抖(カイト)の右耳に悧羅(リラ)(サワ)ると、ぶつりと何かが()()(ツラヌ)いた。


「え?なに?」


(アワ)てて起き上がった忋抖(カイト)の首にも、(シン)と同じく、ちりりと冷たいモノが()れる。

手で触れてみると(ミミ)の真ん中に()えられたナニカから(ツナ)がる糸のようなものがあった。


「…ほんにもう…、(シン)といい忋抖(カイト)といい、其方(ソナタ)らに()れることを(ユル)すは(ワラワ)のみにせよと()うておるに、まだようと分かってはおらぬとみえる」


「いや、分かってるよ!?でも()()()()()()()()()()()()っていうか!ほら!父様(トウサマ)だって押し(タオ)されてって、ないの!?」


悧羅(リラ)に、じっと見られた忋抖(カイト)(シン)に助けを(モト)めたが、見えた先には(カカ)え切れない程の子どもたちに(ヒザ)や背中をとられ、年嵩(トシカサ)の者たちに手を(ニギ)られて(スワ)っている姿だけがあった。こちらを見ながら、にやにやと(ワラ)っている(シン)(カミ)隊服(タイフク)()()られすぎて(ミダ)されてはいるが、()がされそうになったようには見えない。


「…ええ?そんなことってある?」


うわあ、と頭を(カカ)える忋抖(カイト)(コラ)え切れず、(シン)がふはっと吹き出した。


「だから()()罪作(ツミツク)りだって言っただろ?」


必死(ヒッシ)に声を(コラ)えながら、(カタ)(フル)わせる(シン)の右耳で何かが光って()れている。ん?、と目を()らすと耳の真ん中に紫紺(シコン)(ギョク)()られた小さな(ハス)が見えた。そこから(ツナ)がった銀糸(ギンシ)の上にいくつかの花弁(ハナビラ)が付いている。流れ落ちる(ハス)花弁(ハナビラ)のように付いている()()らは、白銀(ハクギン)薄紫(ウサムラサキ)(イロ)(マト)って首筋(クビスジ)まで伸び、()(エガ)くように耳の後ろに(マワ)っていた。


「…あれ…?もしかして…?」


そろりと忋抖(カイト)が自分の耳に触れると先程(サキホド)触れたモノが(ハス)の形であることが指先から伝わってくる。


「…()()…、(ソロ)い…?」


銀糸(ギンシ)の上に散りばめられた花弁(ハナビラ)辿(タド)りながら、なんでもないことのように聞いたはずだが上擦(ウワズ)声音(コワネ)では誤魔化(ゴマカ)せない。


(シルシ)だけではやはり()らぬようであるしの。()()(ワラワ)のものじゃと知らしめられるというもの。よもや()()()()()(トコロ)其方(ソナタ)らに(ワタ)すなどとは思うておらなんだが…。どうにも(シン)忋抖(カイト)(ワラワ)悋気(リンキ)を起こさするのが上手(ウモ)うあるでな」


(カタ)を落として見せる悧羅(リラ)の姿が(ニジ)んできて思わず顔を()せた忋抖(カイト)を、ふわりと悧羅(リラ)(ツツ)んだ。


「これこれ、そのような表情(カオ)を見せてしもうては、また女子衆(オナゴシュウ)に手を引かれてしまうえ?(ホカ)に見せてはならぬとこれほど()うておるに、ほんに(ナヤ)ましゅうさせること」


「…見せないよ、見せれるわけない…」


「どうであろうのう?女子衆(オナゴシュウ)手籠(テゴメ)にされかかっておったように見えたえ?」


ふう、と(ナヤ)ましげな嘆息(タンソク)が降ってきて忋抖(カイト)も、すりっと悧羅(リラ)()り寄りながら抱きしめると、ふわりと(カオ)悧羅(リラ)(ニオ)いに、ほうっと安堵(アンド)してしまう。


「…それはごめん…」


「よもやこのような姿を見せらるるとは思わなんだ。(シン)にも見せられたことはなかったのだが…、これは(ワラワ)のまかり知らぬところで()()()()()()()があると思うておらねばならぬかのう?」


「ないっ!そんなこと無いし!!無いからね!」


ちらりと視線(シセン)を流された(シン)千切(チギ)れるかと思うほどに首を()ると、(イソ)いで悧羅(リラ)(ソバ)まで()って行く。立ち上がりたいが子どもたちがしがみついたままでは()されず、かといって()り落とすこともできずに動いた(シン)に、きゃあ!としがみついたままの子どもたちから楽しそうな声が上がった。


「ほんとに無いから!あっても全力(ゼンリョク)()げるし!」


「はて?どうであろうのう?」


「ああ、信じてない!?おい、忋抖(カイト)!お前のせいだぞ!?だいたい、(オレ)悧羅(リラ)以外と()()()()()()出来ないのは悧羅(リラ)が1番良く知ってるだろ!?」


悧羅(リラ)に抱きついたままの忋抖(カイト)を引き()がしながら(ウッタ)える(シン)に、悧羅(リラ)は首を(カシ)げて見せる。それに何かを感じた舜啓(シュンケイ)皓滓(コウサイ)が、あ、と声を掛けて止めようとしたが一呼吸(ヒトコキュウ)分、間に合わない。


(オレ)悧羅(リラ)にしか(ヨク)()かないの!でなきゃ()()()()()しがるもんか!」


(サケ)んだ(シン)に、あーあ、と舜啓(シュンケイ)皓滓(コウサイ)は頭を(カカ)え、灶絃(ソウゲン)が声も立て切れずに(ワラ)い転げた。引き()がされたままの忋抖(カイト)嘆息(タンソク)しながら(アキ)れたように(シン)(カタ)(タタ)く。


父様(トウサマ)って、やっぱり最高(サイコウ)!」


げらげらと(ワラ)い転げる灶絃(ソウゲン)に、ん?、と(シン)が首を(カシ)げると(トナリ)忋抖(カイト)まで(ワラ)いを(コラ)えている。


父様(トウサマ)()()()って(オレ)たちは知ってるんだけどね?何もここで言わなくても」


は?、ときょとりとした(シン)も、満足そうに微笑(ホホエ)悧羅(リラ)が手を伸ばして(ホオ)()れたことで、はた、と気付(キヅ)く。そういえば民達(タミタチ)(カコ)まれていたままだった。


「…ん?あれ?あ、あー…あー、()()()()()()かあ…。…やられたあ…」


がっくりと(カタ)を落とした(シン)から、民達(タミタチ)視線(シセン)(ウツ)した悧羅(リラ)が、ぱん、と手を(タタ)いた。


()()()()()()()であるに。せんないが(シン)忋抖(カイト)(ワラワ)のもの(ユエ)(ヨコシマ)な想いを(イダ)くは堪忍(カンニン)してたも。(イワイ)であればこれらも有難(アリガタ)く受け取るであろ」


微笑(ホホエ)悧羅(リラ)彼方此方(アチラコチラ)からちらほらと、申し(ワケ)ございません、と声が上がって少しずつその場から(ハナ)れていく。それを(ウナズ)いて見ながら悧羅(リラ)が待たせていた幼子(オサナゴ)たちを手招(テマネ)きすると走って()ってはきたものの、でも、と(ニギ)ったままの花だったものを背に(カク)してしまう。


其方(ソナタ)らの想いであるに、そのままでも(ウレ)しゅうあると思うがの。なれど気に()むと申すなら、ちいと(ワラワ)に見せておくれやし」


うん、とおずおずと出された小さな手の上でひらりと白い(テノヒラ)()うと、幼子(オサナゴ)たちの花が()(ホコ)った。わあ!、と喜ぶ幼子(オサナゴ)たちを受け止めた悧羅(リラ)が、ほれ、と(ウナガ)すと(シン)灶絃(ソウゲン)忋抖(カイト)に、(イワイ)感謝(カンシャ)()べながら(ワタ)している。ついでに、と舜啓(シュンケイ)皓滓(コウサイ)(ワタ)されて受け取っているが、ついでって、と苦笑(クショウ)してしまう。


「さっきのでも充分(ジュウブン)(ウレ)しかったけどな」


くすくすと(ワラ)いながら(シン)幼子(オサナゴ)たちの頭を撫でると、うふふ、と(ワラ)っている。


「でも灶絃(ソウゲン)になら分かるけど、何で父様(トウサマ)(オレ)にまで?」


もらった花をくるくると(マワ)しながら聞いた忋抖(カイト)の頭を(シン)(ツツ)いた。


どうやらまだ分かっていないらしい。


やれやれ、と思っていると、だって、と幼子(オサナゴ)たちが忋抖(カイト)にしがみつき始めた。


「そうげん若君(ワカギミ)はおめでとうでしょ?」


「こうさい若君(ワカギミ)やしゅん(サマ)は、おさ(サマ)(ウレ)しいってしてくれてるでしょ?」


「おさ(サマ)(ウレ)しいって、いっぱい(ワラ)えるようになったのは、しん(サマ)がいるからなんでしょ?」


「でも、これからはかいと若君(ワカギミ)も、おさ(サマ)にいっぱい(ウレ)しいをあげるんだよね?ぼくの父さんと母さんが言ってたもん。まだまだ、いーっぱいおさ(サマ)(ワラ)ってくれるといいなって」


うーん、と考えながら(ツム)がれていく幼子(オサナゴ)たちの言葉に忋抖(カイト)は花を持っている手に力を入れてしまう。


「だからね、ありがとうなの。ぼくたちの大好きなおさ(サマ)に、たくさん(ウレ)しいをくれてありがとうなんだ」


(レイ)を言わなければいけないのは忋抖(カイト)の方であるはずなのに、樂采(ガクト)よりも小さな子たちに(サト)されるなど思ってもみなかった。(シラ)せの中身も(ニン)が何であるのかも分かってはいないだろうに、ただ当たり前に受け入れて喜んでくれている姿に、ははっと(ワラ)えてしまうと、忋抖(カイト)の手に幼子(オサナゴ)たちの手が(カサ)ねられる。


「だからかいと若君(ワカギミ)にお願いがあるの」


(オレ)に?何だろう?出来ることかな?」


しがみついてくる幼子(オサナゴ)たちに擦り寄られて(クスグ)ったいが、したいようにさせながら(タズ)ねると、あのねー、と(タガ)いに顔を見合(ミア)わせている。


「おさ(サマ)はたくさんがんばっちゃうから、いなくならないように、お手てつないでてね」


「いなくなるとぼくたち悲しいから、抱っこして、とんでいかないようにしてね。()()()()だよ?」


言われた言葉に忋抖(カイト)は目を丸くするしかない。幼子(オサナゴ)たちが分かっていることなど、ただ悧羅(リラ)の身に(ヨロコ)ばしいことが起きた、くらいのものだろう。それでも出された言葉は忋抖(カイト)(シン)のように悧羅(リラ)(イツク)しめ、と里の(ミナ)が伝えてくれているように聞こえてしまう。忋抖(カイト)が重く考えすぎて心をまた押し込めることがないように、と願うように出された()()は、これまでもらったどんな言葉(コトバ)よりも忋抖(カイト)の心を軽くした。


まるで免罪符(メンザイフ)のようだ。


「そうだね、悧羅(リラ)は頑張りすぎちゃうもんね。父様(トウサマ)(オレ)でちゃんと(ツカ)まえとくよ。父様(トウサマ)ひとりだと飛んで行っちゃってたかもしれないしね」


ついちらりと(シン)を見て(ワラ)ってしまうと、そらみろ、と(カタ)(スク)めている。


「だから()()()()()って言っただろ?」


「そうみたい」


(ヒザ)に乗った子の頭を()でると、あとね、と足をぶらつかせている。まだあるの?、と忋抖(カイト)苦笑(クショウ)してしまうが、里の大事な子どもたちの願いだ。聞かないわけにはいかないだろう。


「赤ちゃんは女の子がいいな。およめさんにするの」


「…うん?」


「だからあ、赤ちゃん!おさ(サマ)いっぱい生んでくれたけど男の子が多いんだもん。がっくんも男の子だし、ずいくんも、ういくんも、ぎょうくんも。女の子が見たいのー!」


「…それは、父様(トウサマ)に言っといて…。それか()()()


頭を(カカ)えて舜啓(シュンケイ)皓滓(コウサイ)灶絃(ソウゲン)指差(ユビサ)忋抖(カイト)に、えーっ?、と不満(フマン)そうな声が降りかかった。


「やだよ!かいと若君(ワカギミ)の赤ちゃんと遊ぶんだから」


「そこは樂采(ガクト)我慢(ガマン)しといて」


「もう!女の子がいいの!かいと若君(ワカギミ)のばかあ!およめさんが出来ないじゃん」


「ええ?そう言われても…。こればっかりは…」


言葉を(ニゴ)してしまう忋抖(カイト)身体(カラダ)を、ぽかぽかと小さな手が(タタ)く。ふはっと(ワラ)いだす(シン)をじろりと(ニラ)むと舜啓(シュンケイ)たちまで笑い出している。出来ることなら(カナ)えてやりたいし、忋抖(カイト)とて()()()()()()()(ウレ)しいことこの上ないが、()()()()()無理(ムリ)だ。悧羅(リラ)が子を(サズ)かることが出来たのは(シン)だからであって、他の(モノ)では()されないから。そう言ってしまえれば(ラク)なのだが、まだどのようにすれば子を(サズ)かれるかも知らない幼子(オサナゴ)たちにいうわけにもいかない。やれやれ、と大きく(イキ)()くしかなくなってしまうが、(シン)悧羅(リラ)(タノ)しそうに顔を見合わせているばかりで助けはもらえそうにない。


「まあ()()(テン)(マカ)せような?それに(オレ)父様(トウサマ)そっくりだから、父様(トウサマ)の子でも同じようなもんだよ?」


仕方(シカタ)なく自分が幼子(オサナゴ)(コロ)に聞かされていた話で、どうにか場を(ナダ)めようとした忋抖(カイト)を、幼子(オサナゴ)たちはきょとりとして見た。


「え?ぜんぜんちがうよ?」


「いや、どこが?」


「いっぱいあるけど。あ、でもお外は一緒(イッショ)ね」


生まれた時から瓜二(ウリフタ)つと言われてきたのに、と頭を(カシ)げる忋抖(カイト)の前で、教えようとする幼子(オサナゴ)たちに悧羅(リラ)がしいっと指を立てて見せた。


「えー?おさ(サマ)ないしょにするの?」


「そうじゃ。其方(ソナタ)らと(ワラワ)のみにしておかねば。何事(ナニゴト)()(ゴト)がある方が(タノ)しゅうあるものじゃ」


悪戯(イタズラ)微笑(ホホエ)悧羅(リラ)に、ええ?、と嘆息(タンソク)した忋抖(カイト)幼子(オサナゴ)たちに教えてくれるように(タノ)むが、いやー、とあしらわれた。


「おさ(サマ)がないしょってしたもーん」


「あ!かいと若君(ワカギミ)のお耳におはな咲いてるー。みせてー」


きゃはは、と笑いながら(シルシ)のある耳を()()られて忋抖(カイト)が、痛い!、と(ナゲ)くのを見やりながら(シン)がひらひらと手を()ると(カコ)んでいた者たちが去った場に隊士達(タイシタチ)が大きく肩を落としながら(スワ)りこんだ。


あれだけの(サワ)ぎであったのに民達(タミタチ)(キズ)が無かったのは、隊士達(タイシタチ)幼子(オサナゴ)老齢(ロウレイ)の者たちを率先(ソッセン)して(マモ)ってくれたからだろう。


「さすがは(オレ)(タイ)でしょ?」


自慢気(ジマンゲ)悧羅(リラ)を引き寄せて口付(クチヅ)けると、ほんに、と笑顔(エガオ)が返される。


「ようと(ツト)めてくれておる。近衛(コノエ)ではのうて枉駕(オウガイ)武官(ブカン)(ノゾ)むのも無理(ムリ)からぬものよ」


「やんないけどね」


(ワラ)い合っていると忋抖(カイト)でひとしきり遊んだ幼子(オサナゴ)たちが、ばいばーい、と手を振って帰っていった。はあ、と皆が嘆息(タンソク)して見上げると壊れた隊舎(タイシャ)(スデ)(カタ)むいた()が差し込んでくる。


「どうにかなりましたけど、隊長(タイチョウ)()()、どうするんですか?」


(オレ)たち荊軻様(ケイカツサマ)にお(シラ)せするの(イヤ)ですからね?やるなら隊長(タイチョウ)忋抖副隊長(カイトフクタイチョウ)がやってくださいよ?」


「そうですよ。絶対(オコ)られるの分かってるんですから最初から元凶(ゲンキョウ)が行って、(イサギヨ)く首を差し出してきてもらったらまだ幾分(イクブン)かは良いでしょうからね」


あーあ、と大袈裟(オオゲサ)両手(リョウテ)を上げてみせる隊士達(タイシタチ)に、ええ?と(シン)忋抖(カイト)身震(ミブル)いした。


(オレ)だって(イヤ)だぞ?荊軻(ケイカツ)(サカ)らえるのなんて、この里にいないんだから!ああ、忋抖(カイト)丁度(チョウド)良い、お前行ってしっかり(シボ)られてこい!」


「え?何で!?(イヤ)だよ!荊軻(ケイカツ)さんの(コワ)さなんて悧羅(リラ)(シカ)るの見てきてんだから知ってるし!父様(トウサマ)の方が(シカ)られ()れてるんだから行って来てよ」


馬鹿(バカ)()れるわけないだろ、()()()()()!」


不毛(フモウ)(アラソ)いを始めた(シン)忋抖(カイト)の間を()って皓滓(コウサイ)悧羅(リラ)(ウバ)い取った。皓滓(コウサイ)(トナリ)(スワ)らされた悧羅(リラ)を、(ヨゴ)れる、と舜啓(シュンケイ)(ヒザ)に乗せると、灶絃(ソウゲン)が抱きついている。


「あ!こら!取んなって!」


「ちょっと舜啓(シュンケイ)()()(オレ)たちの!」


2人して悧羅(リラ)に向かって伸ばした手を皓滓(コウサイ)(ハタ)き落とすと、舜啓(シュンケイ)灶絃(ソウゲン)悧羅(リラ)()り寄ってしまう。


「もう!父様(トウサマ)兄様(アニサマ)馬鹿(バカ)なことばっかり言ってるなら母様(カアサマ)()さないからね!」


「そうそう、(シン)忋抖(カイト)だけの悧羅(リラ)じゃないんだから」


「みんなの母様(カアサマ)だもんね?母様(カアサマ)の中で優劣(ユウレツ)ないって父様(トウサマ)が言ったんだし。ね?母様(カアサマ)?」


にこにこと(ワラ)いながら抱きつく灶絃(ソウゲン)()り寄る舜啓(シュンケイ)に、右手は皓滓(コウサイ)(ツナ)がれて、悧羅(リラ)が声をあげて笑い出した。


「そうじゃの、(ワラワ)の子らを(クラ)ぶることなどあるものか。子の(ヒザ)(カカ)えてもらえるなど里の母たちから(ウラヤ)ましゅう見られるであろうなあ」


「え?(ヒザ)に乗せるくらい悧羅(リラ)だったら、いつでも何処(ドコ)でも喜んでやるけど?」


(オレ)も!(オレ)もしたい!」


「みんなしたいんだって。父様(トウサマ)が離さないから出来なかっただけ。兄様(アニサマ)(クワワ)ったから遠慮(エンリョ)しなくてよくなったよ。あ、母様(カアサマ)馬鹿(バカ)(アラソ)いが終わらないから(モド)しといてね?」


ついでのように皓滓(コウサイ)に言われて、ふふふ、と(ワラ)い続ける悧羅(リラ)がふわりと手を()ると(クズ)れた(カベ)(ハシラ)、散らかった(ツクエ)衝立(ツイタテ)までも()らめきながら元の姿を取り戻していく。その中で勝手(カッテ)に『悧羅(リラ)(ヒザ)に乗せれる日』を決められつつあって、ええ?と(シン)忋抖(カイト)が目を見合わせた。


()()(オレ)忋抖(カイト)だけだって!」


「お前ら姉様(アネサマ)啝咖(ワカ)加嬬(カジュ)に言うぞ!?知らないからな?」


(アセ)(シン)忋抖(カイト)悧羅(リラ)の側から(ハナ)れようとしない3人が、どうぞ、と言い(ハナ)つ。


悧羅(リラ)は特別だって媟雅(セツガ)は知ってるし?」


母様(カアサマ)だったら(ダレ)だって(ヒザ)に乗せたいに決まってるでしょ」


母様(カアサマ)じゃなかったら分かんないけど。もうせっかくだから(コウ)兄様(アニサマ)(オレ)らも名前で呼ばせてもらおっか?」


「それは駄目(ダメ)!!」


けらけらと(ワラ)灶絃(ソウゲン)に、(シン)忋抖(カイト)が声を(ソロ)えた。


「えー?心が(セマ)いよねえ。まあ、いいや。母様(カアサマ)後始末(アトシマツ)父様(トウサマ)(カイ)兄様(アニサマ)(マカ)せて(オレ)らと一緒(イッショ)(カエ)ろ?」


「お!灶絃(ソウゲン)、いい考えだな。よし、みんなも(ツカ)れただろうから今日はもう(モド)っていいぞー」


悧羅(リラ)を抱きしめたまま舜啓(シュンケイ)が手を上げると、お(ツカ)れさまでしたー、と隊士達(タイシタチ)も立ち上がり始めてしまう。おいおい、と苦笑(クショウ)する(シン)(カタ)隊士達(タイシタチ)がぽんぽんと(タタ)く。


(オサ)でしたらいつでも(ミナ)(ヒザ)はあいてますよ?」


「うーん、(オレ)()()()母だったらずっと(ハナ)れなかったでしょうけど。たまには顔くらい見にいきましょうかね」


「まあ(オサ)手元(テモト)に置けて(イツク)しんでいいんですから、多少(タショウ)のことは大目(オオメ)に見ないと。でしょう?」


あはは、と(ワラ)われながら、とんとん、と耳と左の手首を(シメ)されて(シン)忋抖(カイト)(ワラ)うしかない。

(ワラ)うしかないのだが。


「できるか!」


「返せって!」


(シン)忋抖(カイト)が3人に()め寄った先から楽しそうな声があがるのを聞きながら、隊士達(タイシタチ)もそれぞれに帰っていった。


お楽しみいただけましたか?

読んでくださってありがとうございました。

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