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唯一【拾】《ユイイツ【ジュウ】》

更新します。

中庭(ナカニワ)()り立った灶絃(ソウゲン)を、お(カエ)りなさいませ、と廊下(ロウカ)(アル)磐里(バンリ)出迎(デムカ)えてくれた。


「あれ?磐里(バンリ)、まだ休んでなかったの?」


(アタ)りは宵闇(ヨイヤミ)(ツツ)まれ(ツキ)真上(マウエ)まで(ノボ)っている。いつもであれば磐里(バンリ)(スデ)自室(ジシツ)に引き上げている頃合(コロア)いなのだ。


「もしかして待ってた?」


(オソ)くなるから夕餉(ユウゲ)もいらないと(ツタ)えて(ツト)めに出た(ハズ)だったが、言い(ワス)れてでもいたのだろうか?


そうであれば(モウ)(ワケ)無い。


そう思いながら縁側(エンガワ)から(ミヤ)の中に上がると、いいえ、と磐里(バンリ)微笑(ホホエ)みながら()いだ履物(ハキモノ)片付(カタヅ)けてくれている。


啝咖姫君(ワカヒメギミ)先刻(センコク)(モド)りになられましたものですから」


「は?姉様(アネサマ)今日(オソ)かったの?」


啝咖(ワカ)と別れたのは(トリ)(コク)()ぎた頃だった。哀玥(アイゲツ)も来てくれたし、すぐに宮に(モド)っていると思っていたのに何故(ナゼ)()()()()()(オソ)くなるのか。


「まさか()んできたんじゃないよね?」


もし、()()()()()()どれだけ危機感(キキカン)が無いのか。あんな男に出会(デク)わした後なのだから素直(スナオ)に帰ればいいのに。(マユ)(ヒソ)めて考え込む灶絃(ソウゲン)磐里(バンリ)が、まあまあ、と微笑(ホホエ)んだ。


「ご(アン)じなされるようなことはございませんでしたよ?哀玥(アイゲツ)遠乗(トオノ)りに行かれただけとのことでございますから」


「え?そうなの?」


「はい。(モド)られるまでに()でお休みになられてしまったと。哀玥(アイゲツ)()ろすに()ろせず、旦那様(ダンナサマ)のお(ヤシキ)で共に休んでいたと(モウ)しておりました。()(コク)(ゴロ)のお(モド)りでございましたから」


「あー、…そうなんだ」


ほっと安堵(アンド)した灶絃(ソウゲン)磐里(バンリ)(ウナズ)いている。つい6月(ムツキ)前までは()(ツブ)れて(モド)って来る(タビ)何処(ドコ)かしこ(キズ)を作っていて心配したが、それも今ではぴったりと見なくなっている。何か心苦(ココログル)しい事があったのだと、()()()()()()()()()()()()()()など言われずとも磐里(バンリ)にも()(ハカ)ることは出来るが、おいそれと口に出すことは出来ない。勿論(モチロン)、話してくれるのであれば共に泣くくらいはできるのだが、どうにも啝咖(ワカ)(コラ)えることが(クセ)になっているようだった。


怪我(ケガ)してないならいいけどさ」


「そこはご(アン)じなされずともよろしいかと。ただお(ツカ)れであられるのか明日(アス)はゆっくりとお休みになられるようですよ。起こさずに、と(ネガ)われましたもの」


「もともと寝坊助(ネボスケ)だからね、姉様(アネサマ)は」


「あらあら、姫君(ヒメギミ)だけではないようにお見受(ミウ)けしておりましたよ?」


くすくすと(ワラ)われて灶絃(ソウゲン)苦笑(クショウ)するしかない。生まれた時から面倒(メンドウ)を見てくれている磐里(バンリ)には、啝咖(ワカ)だけでなく灶絃(ソウゲン)たちも幼子(オサナゴ)(コロ)と変わりはないのだろう。


「さあさあ、若君(ワカギミ)もゆっくりお休み下さいませ。明日(アス)もお(ツト)めでございますか?」


「ううん、(オレ)も休み」


「ではお起こしせずともよろしゅうございますね。お部屋にお酒だけでも支度(シタク)しておきましょうか?」


大丈夫(ダイジョウブ)、ほら」


()に行くように(ウナガ)された灶絃(ソウゲン)が持っていた酒瓶(サカビン)()らすと、ますます磐里(バンリ)(ワラ)っている。


「だから磐里(バンリ)もゆっくり休んでね」


「まあまあ、ではお言葉に(アマ)えましょうね」


小さく(レイ)を取った磐里(バンリ)と別れた灶絃(ソウゲン)湯殿(ユドノ)(ムカ)う。(ジツ)を言えば入っては来たのだが、宮まで()けてくる(アイダ)にまた(アセ)ばんでしまったし、(ツト)めで(ヨゴ)れた(コロモ)(マト)ってしまった。とはいえ(カオ)を出すと約束(ヤクソク)したことは、この6月(ムツキ)の間に()たせたし(ハナ)れを()りた分の支払(シハラ)いは利子(リシ)を付けて(カエ)せただろう。


身体(カラダ)(キヨ)めてから()()かると、ようやく落ち着ける。


()()かあ」


立ち(ノボ)湯気(ユゲ)と共に日暮刻(ヒグレドキ)啝咖(ワカ)の姿を(オモ)い出してしまう。見かけた時は()めているとまでは思っていなかったが、何となく様子(ヨウス)可笑(オカ)しいことは遠目(トオメ)からでも見て取れた。とはいえ往来(オウライ)でもあり、そう大きな面倒事(メンドウゴト)にはならないだろうと立ち()ろうともしたのだ。


遠く(ハナ)れた(トコロ)(カタ)まった背中(セナカ)を見るまでは。


は?、と思った時には身体(カラダ)が動いていた。止める袽華(ジョカ)の声も聞こえたのに、気付(キヅ)けば啝咖(ワカ)(カバ)っていた。(カイナ)(オサ)めた身体(カラダ)が小さく(フル)えているのが伝わっただけで、目の前の男が()()なのだ、と灶絃(ソウゲン)に知らしめるには充分(ジュウブン)だった。


すぐにでも引きずり(タオ)したいのを精一杯(セイイッパイ)(コラ)えたのは啝咖(ワカ)()えていたからだ。()()()灶絃(ソウゲン)(イカ)りのままに動いていたら啝咖(ワカ)(コラ)えてきたことが(スベ)()()しただろう。


「手のひとつじゃあ()りなかったよなあ」


せめて(ウデ)(ホネ)ごと(クダ)けば良かった。

むしろ今からでも(サガ)して()(ハラ)ってしまおうか。


「いやいやいやいや、駄目(ダメ)だって!何考えてんの、(オレ)!」


頭を()って()き立ってくる思いを外に出す。あれ(ホド)啝咖(ワカ)に手を出すなと言われたのだ。啝咖(ワカ)自身が()み込んでいることに灶絃(ソウゲン)が口を(ハサ)んではならないと決めたのに、どうしても()()()啝咖(ワカ)の姿が脳裏(ノウリ)でちらついてしまう。


「…あんなに泣いてたじゃんか…」


もう!、と(イキオ)いよく()から上がって身体(カラダ)()く。考えたところで灶絃(ソウゲン)に出来ることなどない。


(ナグサ)めるのは()()()()()だと、決めたのは啝咖(ワカ)だ。姉と弟に(モド)ると、そう言われた。その事に(イラ)つきもしたが、灶絃(ソウゲン)にとって何か不利益(フリエキ)があるわけでもない。それで良いなら(カマ)わないとも思った。()()()()()でも無い(カギ)啝咖(ワカ)(ジョウ)()わすことは無かったし、むしろ灶絃(ソウゲン)にとれば()しかなかったとも言える。


()()()()()だと、そうしたいのであればそれで良い。


そう思っているのに。


「…(フル)えてたんだよなあ…」


寝間着(ネマギ)(ヒモ)(ムス)びながら、ぼそりと(ツブ)やいてしまう。


そう、(フル)えていたのだ。


男と対峙(タイジ)していた時も。

(カイナ)(オサ)めて(カバ)った時も。

送るのを固辞(コジ)して哀玥(アイゲツ)()んだ時も。


あんなに今にも泣き出しそうな顔をするくらいなら、意地(イジ)()らずに素直(スナオ)(オク)られていれば良かったのに。


苛々(イライラ)としながら湯殿(ユドノ)を出ると自室(ジシツ)に向かう。


(クワ)えて袽華(ジョカ)だ。


若様(ワカサマ)()()()()()()()()ばっかりしてちゃあ、本当(ホントウ)()しいって思った時にゃあ、()()()()にないもんなんだよ?」


(シトネ)でゆったりと煙管(キセル)(クユ)らせながら(ワラ)った顔は、何もかもを見透(ミス)かしているとでも言いたげだった。


そんなこと言われずとも分かっている。

けれどどうしようもないではないか。

距離(キョリ)を取られたのは灶絃(ソウゲン)の方なのだから。


啝咖(ワカ)()れているのも見ていて感じてはいたが、何処(ドコ)まで()つのか(タメ)してみたかった。なのに、本当に何も無かったのだと言い聞かせるような姿にも辟易(ヘキエキ)してしまっている。


あんなに(スガ)りついて(モト)めたことなど(ユメ)であったとでも言いたいのだろうか。


若様(ワカサマ)(オボ)えときな。(チギ)るに()(エニシ)ってのはね、何も恋仲(コイナカ)ってんで生まれるもんでもないんだよ。本能(ホンノウ)(キザ)まれてるもんもある」


「は?何それ?父様(トウサマ)母様(カアサマ)みたいなもん?」


「あのお二人(フタリ)はそんなもん飛び()えちまってるよ。…まあ、()()()()()()分かる。(オニ)ってのは本能(ホンノウ)(アラガ)えやしないんだ。…若様(ワカサマ)は、()()勘付(カンヅ)いてんじゃあないのかねえ?」


揶揄(カラカ)袽華(ジョカ)が背後から抱きついて耳元(ミミモト)(ワラ)っているような気さえしてしまう。


そうだよ、勘付(カンヅ)いてはいるんだ。


はあ、と嘆息(タンソク)して部屋に入った灶絃(ソウゲン)は、あれ?、と立ち止まってしまった。(ダレ)()(ハズ)の無い部屋の(オク)から寝息(ネイキ)が聞こえる。ん?、と見廻(ミマワ)すと見慣(ミナ)れた自室(ジシツ)ではない。どうやら考えに(フケ)り過ぎて(ナヤ)みの(タネ)の部屋にきてしまったようだ。


けれど。


(ホノ)かに()かれた(コウ)が以前のものではないことに小さな()みが(コボ)れてしまう。この(コウ)()いているのは宮で4人しかいないのに。


本当に素直(スナオ)じゃない。


そっと戸を閉めて起こさないように御簾(ミス)(オク)寝所(シンジョ)に入ると(オダ)やかな寝顔(ネガオ)が見えた。静かに布団(フトン)(スワ)ってからそっと(ホオ)()れると、ひやりとした(ナミダ)(アト)がする。


やっぱり(コラ)えてた。

ひとりで泣くくらいなら、良いように使(ツカ)えばいいのに。

何処(ドコ)まで行っても啝咖(ワカ)不器用(ブキヨウ)意地(イジ)()りだ。


小さく嘆息(タンソク)してしまうと、若君(ワカギミ)、と低い声が(ササヤ)くようにすぐ(トナリ)(ヒビ)いた。


「居てくれたんだ、哀玥(アイゲツ)


『…悪戯(イタズラ)()されませぬよう』


静かな声には(イナヤ)を言わせない強さがあった。

哀玥(アイゲツ)のことだ。

聞き出しはしなかったのだろうが全て分かってくれているのだろう。

そこは流石(サスガ)哀玥(アイゲツ)だと感服(カンプク)する。

さしずめ啝咖(ワカ)を1人で泣かせたくなくて(ハベ)ってくれていたというところか。


「…悪戯(イタズラ)じゃないよ」


『ならばよろしゅうございますが、(アマ)り泣かされませぬよう』


ふわりと消えた気配(ケハイ)後押(アトオ)しされるように、見えている(ヒタイ)にそっと口付(クチヅ)けると小さな声と共に啝咖(ワカ)(ウッス)らと目を開けたがすぐにとろりと(マブタ)が閉じていく。それでも当てていた(テノヒラ)()()る姿が(アイ)らしくて、つい、ははっと(ワラ)えてしまった。そっと布団(フトン)(モグ)り込んでも一向(イッコウ)気取(ケド)らない警戒心(ケイカイシン)の無さには一抹(イチマツ)不安(フアン)(オボ)えるが、あれだけ心を()()らすことがあったのだ。(フカ)(ネム)ってくれていることは安心してもいいだろう。


だがこのまま朝まで共寝(トモネ)というわけにはいかない。目が()めた時に()()()のように(カベ)を作られたのではたまったものではないし、いい加減(カゲン)()げるのもやめてもらわなければ無意識(ムイシキ)()()に来てしまった灶絃(ソウゲン)(ムク)われない。


さて、どうしてやろうか?


()()いて起こしてもいいが、泣かすなと哀玥(アイゲツ)に言われた手前(テマエ)気が()ける。とりあえず啝咖(ワカ)(カコ)って声を掛けてみたが目を開けない。(ホオ)(クスグ)ってみても、鼻を(ツマ)んでみても効果(コウカ)がない。


「ほんとに、寝坊助(ネボスケ)なんだから」


苦笑(クショウ)しながら指で(クチビル)をなぞっていると、ふいに()いつかれた。ぞくり、として指を(ハナ)すが(アイ)も変わらず啝咖(ワカ)からは寝息(ネイキ)が聞こえてくるだけだ。


勘弁(カンベン)してよ。…(ダレ)なのかも分かってないくせにさあ…」


戸惑(トマド)わせたくなくて必死(ヒッシ)(オノレ)()っしているというのに、この(ヒト)は。


深く嘆息(タンソク)してもう一度(ユビ)(クチビル)をなぞってから軽く口付(クチヅ)けてみると、ほんの少し(マブタ)が動いた。そのまま(ツイバ)むように口付(クチヅ)けながら呼び続けて、ようやく重い(マブタ)を上げた啝咖(ワカ)の目が(オドロ)きで見開(ミヒラ)かれた。


「あーもう、やっと起きた」


「え?(ソウ)…っ?!」


名を()ばれる前に深く口付(クチヅ)けると押し()けようとしたのか(コロモ)(ツカ)まれたけれど、灶絃(ソウゲン)()()()()()()()


啝咖(ワカ)がどれほど()()()しかったのかも。

灶絃(ソウゲン)がどれほど()()()()()()()のかも。


深い口付(クチヅ)けを()り返すと(コロモ)(ツカ)んでいた手が(フル)えて(コブシ)(ニギ)られる。(スガ)りつきたいのを(コラ)えているのを見るのは(アイ)らしいが、このままではすぐに灶絃(ソウゲン)(ウデ)の中から()げていってしまうだろう。


「ねえ、姉様(アネサマ)


口付(クチヅ)けを()くと戸惑(トマド)った目をした啝咖(ワカ)の顔が見えて、思わず灶絃(ソウゲン)微笑(ホホエ)んでしまう。


「いつまで()()()()()すんの?」


「…何を?っていうか何で灶絃(ソウゲン)がいるの?」


「あーあ、まだそんなこと言う?」


(ウル)み始めた目で見つめて聞かれても灶絃(ソウゲン)には(トボ)けているようにしか見えない。


姉様(アネサマ)(オレ)姉弟(キョウダイ)のまんまで本当に良いの?」


「いや、だって姉弟(キョウダイ)だし」


「そうだけど。()()は置いといて、姉様(アネサマ)(オレ)()しくないのかって聞いてんの」


「えっと…、(ジョウ)相手(アイテ)としてってこと?」


これ以上ないくらい見開(ミヒラ)かれた目は今にも(コボ)れて落ちそうだ。

(ジョウ)相手(アイテ)』という言葉を出した啝咖(ワカ)身体(カラダ)強張(コワバ)ったのは、()()()灶絃(ソウゲン)(カサ)なったからだろう。


(チガ)(チガ)う。ごめん、言い方が(ワル)かった」


そっと(ホオ)(ツツ)んでやると見開(ミヒラ)かれていた目がほんの少し(ホソ)められる。


「そうじゃなくて…」


言いかけて灶絃(ソウゲン)も、あれ?、と言葉(コトバ)()まった。


そういえば()()()()()()()()自分は()()に来てしまったのだろう?


悧羅(リラ)()ているだけで(オノコ)たちから(ヨク)相手(アイテ)として求められることに()え続け、それでも仕方(シカタ)がないと(ワラ)啝咖(ワカ)の姿が(イタ)ましいと思った。


()()()()()()()態度(タイド)を取る者たちから(フル)える啝咖(ワカ)を守りたいと、あんな男たちに()()()()()()()とも思った。


泣きたいなら(カク)してやることくらいは出来る。

(スガ)り付きたいなら身体(カラダ)(カサ)ねることもしてやれる。


けれど、無意識(ムイシキ)(ウチ)()()まで来て、()がしたくないと感じたのは、何なのだろう?


「え…っと、灶絃(ソウゲン)?どうしたの?何だかよく分かんないけど、とりあえず起きようか?」


()(ダマ)ったままの灶絃(ソウゲン)の下から啝咖(ワカ)が声をかけてくれる。きょとりとしている顔と()れてもいいのかと(チュウ)()いた啝咖(ワカ)の手は、(マヨ)いながらも()れきれずに自分の寝間着(ネマギ)(ツカ)んでいた。


「あー、ごめん」


ははっと(ワラ)ってしまう灶絃(ソウゲン)の耳にまた袽華(ジョカ)の声がする。


若様(ワカサマ)()()()()()()()()ばっかりしてちゃあ、本当(ホントウ)()しいって思った時にゃあ、()()()()にないもんなんだよ?」


そんなこと言われなくても分かっている。

分かっていても()しいと切望(セツボウ)したことがなかっただけで。


こつん、と啝咖(ワカ)(ヒタイ)を付けると、ああそうか、と小さな(ワラ)いが()み上げてきた。


姉様(アネサマ)、ちょっと1回()()()も良い?」


「は?え?良く分からないんだけど、どうかしたの?」


(アセ)啝咖(ワカ)が手を()っているが灶絃(ソウゲン)には()れないようにしている。それもまた(アイ)らしくて(タマ)らなくて、つい揶揄(カラカ)いたくなってしまう。


「何言いたいか(オレ)も分かんなくなったんだけど、()()()ら分かると思うんだよね」


「なに言ってんの?あ、ちょっと駄目(ダメ)だってば!」


(ワラ)いながら啝咖(ワカ)寝間着(ネマギ)(ヒモ)(ホド)くとより(アワ)てた姿が目に入る。()がせようとした寝間着(ネマギ)(エリ)(ツカ)んで(アラガ)啝咖(ワカ)は、(クラ)御簾(ミス)の中でも分かるほどに(ホオ)(アカ)()めていた。


恋仲(コイナカ)なんかになりたいわけでもない。

(カゴ)の鳥のように(カコ)っていたいわけでもない。


「まあまあ、良いからいいから」


「良くないって!馬鹿馬鹿(バカバカ)()()いて!」


強張(コワバ)啝咖(ワカ)(アシ)片方(カタホウ)だけ(ウデ)()()けて持ち上げると、ようやく啝咖(ワカ)の手が灶絃(ソウゲン)(ムネ)()れて押し(トド)められた。寝間着(ネマギ)の上から()れられただけなのに、じんわりと身体(カラダ)(アタタ)かくなって()たされていく。


「やっと(サワ)ってくれた」


ははっと(ワラ)って(ヒタイ)(ハナ)すと、ごめん!、と(アセ)りながら啝咖(ワカ)が手を退()こうとした。それを()いた手で(ツカ)んだ灶絃(ソウゲン)が、自分の(ホオ)に当てさせると啝咖(ワカ)の手が小さく(フル)えているのが伝わってくる。


若様(ワカサマ)は、()()勘付(カンヅ)いてんじゃあないのかねえ?」


ああ、分かってるよ。

分かってたんだよ。


(ミト)めたく無かっただけ。

(コラ)え切れずに求めてくれるのを待っていたかっただけだ。

灶絃(ソウゲン)()しい、と灶絃(ソウゲン)だけのものになりたいと強く願って()しかったから。


(チギ)るに()(エニシ)ってのはね、何も恋仲(コイナカ)ってんで生まれるもんでもないんだよ。本能(ホンノウ)(キザ)まれてるもんもある」


本当にそうだったよ、袽華(ジョカ)


初めて(ツナ)がった時の、()()感覚(カンカク)

()()()()()()と自分に言い聞かせる(タビ)(オソ)ってくる虚無感(キョムカン)

きっと()()()灶絃(ソウゲン)に教えていたのだろう。


灶絃(ソウゲン)(エニシ)()()()る、と。


それが灶絃(ソウゲン)だけの(オモ)いでないことも分かっているのだが、()()(ヒト)はすぐに()げようとする。


もう()げられないことなど知っているだろうに。


姉様(アネサマ)さあ、(オレ)のこと()らない?」


「何言ってるの、()()らないの話じゃないでしょ?」


「そうじゃなくて」


(ツカ)んだままの手の(フル)えが少し大きくなるが、()()もまた自分を(モト)めてくれているからなのが(イヤ)になるほど(ツタ)わって灶絃(ソウゲン)の胸に熱いものが()み上げてくる。


(オレ)(モラ)ってよ、姉様(アネサマ)


(モラ)うって、いやいや。モノじゃないし」


「だからそうじゃなくってさ」


伝えたい言葉の意味(イミ)などとうに知っているだろうに、啝咖(ワカ)気付(キヅ)かないフリをするばかりだ。分かっていることなど全部伝わっているのだから素直(スナオ)(ウナズ)くだけでいいのに。


「じゃあ言い方変える。姉様(アネサマ)(オレ)頂戴(チョウダイ)


「やれるものでもないってば」


「あーもう!だからそうじゃないって!」


やれやれ、と大きく嘆息(タンソク)してしまうが啝咖(ワカ)(カベ)(アツ)いのも仕方(シカタ)ない、とも思う。

最後(サイゴ)にする』と言われたことに苛立(イラダ)って意地(イジ)()っていたのは灶絃(ソウゲン)の方だ。

(スガ)ることも(モト)めることもしては駄目(ダメ)だと伝えた上で、()ちて来てくれるのを待っていた。


そんなことを伝えられて素直(スナオ)になれるような啝咖(ワカ)ではないことなど知っていた。

手を()ばせない啝咖(ワカ)が見えている(オモ)いを(カク)すために、()り向くことさえ出来ずに心に(フタ)をしていくのを(ナガ)めていた。

ふとした時に()れ出て流れてくる熱の(コモ)った(オモ)いは優越感(ユウエツカン)(アタ)えてくれた。

啝咖(ワカ)自身も気付(キヅ)かない(トコロ)侵食(シンショク)出来ていることを喜んでいる自分がいたからだ。


思い返せば何とも(ワラベ)のようで自分に(アキ)れてしまう。


「ああ、そっか。(オレ)(セイ)だ」


「は?何が?ねえ、大丈夫(ダイジョウブ)なの?」


「うん、大丈夫(ダイジョウブ)なんだけどねえ」


結局(ケッキョク)のところ灶絃(ソウゲン)()ねてしまったことが原因(ゲンイン)だったのだ。(ウデ)の中でかたかたと(フル)え今にも(コボ)れそうな(ホド)(ナミダ)()めながら、それでも(ナオ)、手を()ばしてはならないとまで思わせてしまうほどに固く心を()ざさせてしまった。


「どうやったら(ジョウ)(ハズ)せるかなと思ってさ」


「いやもう、本当に何?揶揄(カラカ)相手(アイテ)間違(マチガ)えてない?」


(カタ)(スク)めた灶絃(ソウゲン)啝咖(ワカ)が大きく嘆息(タンソク)しながら顔を(ソム)けた。


「…ほんと、勘弁(カンベン)して…」


ぽつりと(ツブ)やかれた声は、か細くて消え入りそうだった。


姉様(アネサマ)?」


()んでみたが小さく首を()られてしまう。両手(リョウテ)で顔を(ツツ)んでも顔を向けさせることは出来ないが、(テノヒラ)(ナミダ)(ツタ)った。


姉様(アネサマ)ってば」


幾度(イクド)()んでも(カエ)ってこない(コタ)えの()わりに、声を(コロ)して(イキ)()む姿だけがある。

()()()()()()()声も上げずにひたすらに()える啝咖(ワカ)灶絃(ソウゲン)も小さく(イキ)()いた。


揶揄(カラカ)い過ぎたのは分かっている。

遠廻(トオマワ)りに伝えても、今の啝咖(ワカ)(トド)(ハズ)も無かった。

分かってくれているだろう、伝わっている(ハズ)だなどと思い上がりも(ハナハ)だしい。

(コジ)らせたのは灶絃(ソウゲン)なのだから、言葉(コトバ)にしなければならなかったのだ。


ちゃんと伝わるように、嘘偽(ウソイツワ)りなく。


「ごめん、姉様(アネサマ)。ちゃんと話すからこっち向いて?」


見えないけれど(ツツ)んだ手で(ナミダ)(ヌグ)ってみるがやはり首が()られる。態度(タイド)だけでも(コタ)えてもらえているのだから(ヨシ)とすべきだろう。


「じゃあ、そのままで良いから聞いてくれる?」


問いかけに対する(コタ)えは無かったが沈黙(チンモク)()と同じだ。


(オレ)さ、『弟』()めるから、(オレ)(チギ)ってくれない?」


灶絃(ソウゲン)の言葉に啝咖(ワカ)(カタ)まったのが分かった。呼吸(コキュウ)することさえ(ワス)れたように動かなくなった啝咖(ワカ)(ホオ)をそっと()でると(オドロ)き過ぎたのか、新しく(アフ)れる(ナミダ)も無くなっている。


恋仲(コイナカ)から、とか姉弟(キョウダイ)だからとか、そんな悠長(ユウチョウ)なこと言って待ってるのも()しいんだよ。そんなこと言ってたらまたひとりで(コラ)えるだろ?」


相変(アイカ)わらず(コタ)えは無いが、ひゅっと息を()う音だけが(トド)くと啝咖(ワカ)(ハゲ)しく咳込(セキコ)み始めた。どうやら本当に呼吸(コキュウ)することを(ワス)れさせてしまっていたようで、上手(ウマ)(イキ)の出来ない啝咖(ワカ)を抱き起こしてゆっくりと背中を(サス)る。


「落ち着いて、大丈夫(ダイジョウブ)だから。(オレ)(イキ)の音は伝わるだろ?それに合わせて、ゆっくりでいい」


呼吸(コキュウ)の音が聞こえるように啝咖(ワカ)を抱きしめるが、すぐ(ハナ)れようと動く。(イキ)が苦しいだろうに、どうやっても啝咖(ワカ)灶絃(ソウゲン)身体カラダ(アズ)けようとしてくれない。抱きとめていなければ(タト)(タオ)れたとしても(アマ)えてはならない、と(シメ)すように(ハナ)れようとしてしまう。


灶絃(ソウゲン)()()()()()()()()()()()()()()()()()


(コラ)えなくていいから(スガ)ってよ、…()()()()()()()()()()。置いてなんていかないし(ハナ)したりもしない」


ぎゅうっと抱き()める(ウデ)に力を()めて強引(ゴウイン)啝咖(ワカ)(トド)める。苦しさが()したのか灶絃(ソウゲン)(ウデ)の力が(ツヨ)過ぎたのかは分からないが、どうにか啝咖(ワカ)の頭を(ムネ)(アズ)かることだけは出来た。


「ちゃんと(コタ)えるから (スガ)って(モト)めてよ。(オレ)のことが()しいって、()()()みたいにもう一回言って?」


()れた呼吸(コキュウ)(オサ)まることを知らず、寝間着越(ネマギゴ)しに熱い(イキ)灶絃(ソウゲン)(ハダ)()していく。


()ねて意地悪(イジワル)してごめん。()()()()たちから守ってやれてなくてごめん」


本当なら啝咖(ワカ)が落ち着くまで待っていなけらばならないのだが、一度(セキ)を切った(オモ)いはとめどなく(アフ)れてきて、伝え続けていなければ(オボ)れてしまいそうだ。


(オレ)だけの者になって(オレ)だけに(マモ)らせて。泣くのも(クル)しむのも()れることも(アマ)えることも、(オレ)以外に(ユル)さないでよ」


抱き締めながら啝咖(ワカ)(カミ)に顔を(ウズ)めて灶絃(ソウゲン)()(ネガ)うと、啝咖(ワカ)から、はあ、と(イキ)()れた。


「全部を(オレ)頂戴(チョウダイ)(チギ)りを()わそう?」


(オモ)いは同じだと知っている。だが、(カタ)く閉ざさせてしまった心を開いてくれるかどうかまでは灶絃(ソウゲン)には分からない。(ツム)ぐ言葉が部屋の中に(ヒビ)いては(アワ)のように消えていくと、伝える声さえも(フル)えてしまう。


それでも伝えることと(ウデ)の中に(トド)め置くことしか、今の灶絃(ソウゲン)には出来ることが無い。無理矢理(ムリヤリ)身体(カラダ)(ツナ)げることは容易(タヤス)いが、(スガ)り付けない啝咖(ワカ)にとれば心からの安堵(アンド)が無ければ()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。想いを受け入れてくれてからでなければ(ツナ)がることも意味(イミ)のないものになってしまう。


「お(ネガ)いだから、うんって言ってよ、……啝咖(ワカ)……」


名を()んだのはただの灶絃(ソウゲン)我儘(ワガママ)だ。ひとりの女として啝咖(ワカ)(イトオ)しく想っているのだから、啝咖(ワカ)にも灶絃(ソウゲン)をひとりの男として見て()しい。弟を()めると宣言(センゲン)しても血の(ツナ)がりの上で姉弟(キョウダイ)であることは、(クツガエ)しようのない事実(ジジツ)だ。


それでも灶絃(ソウゲン)はこれ以上、啝咖(ワカ)を姉と()びたくない。


「…そ…、…げん…」


(ミダ)れた(イキ)の中から弱々(ヨワヨワ)しい(コエ)がした。(ウツム)いて身体(カラダ)(フル)わせながら苦しさに()える啝咖(ワカ)は自分の寝間着(ネマギ)を強く(ツカ)んでいる。()れる(イキ)の音だけがひゅうひゅうと静かな部屋で()り返し(ヒビ)く。


「…く、…るし…っ」


()()えに出された声は()()()()()()。息をきちんと()けていないのだ。顔を(ツツ)んで上向(ウワム)かせると、苦しさに(アエ)いで(ウル)んだ(ヒトミ)灶絃(ソウゲン)(トラ)われてしまう。


「…た、…っけ…て…ぇ…っ」


()(アズ)けてもらえた(ワケ)じゃない。


「…うん、大丈夫(ダイジョウブ)。…助けるよ」


(ササヤ)くように伝えて灶絃(ソウゲン)啝咖(ワカ)に深く口付(クチヅ)けると、ゆっくり(イキ)()()んだ。


「ゆっくりでいい、少しずつでいい」


(モト)めてもらえた(ワケ)でも、(スガ)り付いてもらえた(ワケ)でもない。


()()()()()()()


流れこむ(イキ)を受け入れ切れずもだえる啝咖(ワカ)(ササ)えながら、何度も何十回も()()み続ける。


(アセ)んなくていいよ。絶対(ゼッタイ)置いていかない」


灶絃(ソウゲン)のことが()しくて手を()ばしてもらえた(ワケ)ではない。

(オソ)身体(カラダ)の苦しさから(スク)ってくれと言われただけだ。

此処(ココ)には灶絃(ソウゲン)しか()ないから、助けを()うことも灶絃(ソウゲン)にしか出来ない。

差し伸べられた手がほかにもあったなら、啝咖(ワカ)()()()に助けを求めただろう。

灶絃(ソウゲン)にしか(タノ)めなかった。

灶絃(ソウゲン)(ホッ)している求めではないことなど分かっている。


わかっているが、―――それでも。


(モト)められたものが助けを願うものだけだと分かっていても、(タヨ)ってもらえたことが(タマ)らなく(ウレ)しい。


「ゆっくり、ゆっくりだ」


(ナダ)めるように言い聞かせて行くと、少しずつ啝咖(ワカ)呼吸(コキュウ)(トトノ)ってくる。(クチビル)(ハナ)れる(タビ)()れる吐息(トイキ)啝咖(ワカ)(フル)えも一緒(イッショ)に消してくれると、大きく(イキ)()いた啝咖(ワカ)身体(カラダ)から力が()けて(クズ)れて落ちた。


「落ち着いた?」


「ん…、ごめん、…ありがとう」


寝間着(ネマギ)(ツカ)んでいた手を開いて(ムネ)()()ろす啝咖(ワカ)(ササ)(ナオ)そうとした灶絃(ソウゲン)の動きは、啝咖(ワカ)が手で(カベ)を作ったことで(セイ)された。


「…ほんと、ごめん…。面倒(メンドウ)かけちゃって…」


「…面倒(メンドウ)だなんて思ってないよ…」


乗せていた(ヒザ)からも()りようとする啝咖(ワカ)背中(セナカ)(ササ)えていた(ウデ)でどうにか(トド)める。


「もう平気(ヘイキ)だから、灶絃(ソウゲン)も部屋に(モド)って休んで?」


(オレ)平気(ヘイキ)じゃない」


「…ひとりで大丈夫(ダイジョウブ)だって」


くしゃりと微笑(ホホエ)んだ啝咖(ワカ)表情(カオ)灶絃(ソウゲン)(ムネ)も、ずくんと(ウズ)いてしまう。


(オレ)、言ったよね?置いてなんていかないって。()()()()()()()()()って」


「…でも、()()()()()()()よ?」


「…っ!それは!…そう、なんだけどっ!」


微笑(ホホエ)んで()げられた言葉(コトバ)灶絃(ソウゲン)苦虫(ニガムシ)()んだ。

()められているのではない。

()げられているのはただの事実(ジジツ)だ。

はあ、と大きく嘆息(タンソク)してしまうが()()()()()()灶絃(ソウゲン)()()()()()()()()だ。


啝咖(ワカ)(オレ)のこと()しくないの?」


頭を()くしか出来ない灶絃(ソウゲン)の前で啝咖(ワカ)が小さく(ワラ)った。


「…()しいよ?」


「なら、どうして?」


(タズ)ねる灶絃(ソウゲン)啝咖(ワカ)(コマ)ったように微笑(ホホエ)んでいる。


「私は迷惑(メイワク)しか()けないもん」


迷惑(メイワク)だなんて思ってない」


ふふっと(ワラ)啝咖(ワカ)(ホオ)()れると目を(ホソ)めてくれる。小さく安堵(アンド)したような嘆息(タンソク)灶絃(ソウゲン)()れることを心地好(ココチヨ)いと言っているのと同じことなのに。


虚勢(キャセイ)ばっかり()って性根(ショウネ)だって良い方じゃない。母様(カアサマ)()てても母様(カアサマ)みたいに何でも出来る訳でも、全部受け入れてあげられる(ウツワ)もない。ただ()てるだけだから、どんなに()しいって願っても最後は結局(ケッキョク)()()()()()()()()()()()なの」


(ホソ)められていた目に(カナ)しみの色が()き上がってきたのを(ミト)めて、灶絃(ソウゲン)は、ああ、と心の中でごちた。

啝咖(ワカ)にとって『()()()()()()()』ということがどれほど(ツラ)いことなのか、()()灶絃(ソウゲン)は分かっていなかった。

()()はただの事実(ジジツ)などでは無い。

()しいと(ネガ)(タビ)に、(スガ)りたいと手を()ばす(ゴト)に、(カナ)わないと思い知らされてきた(オコナ)いなのだ。


知らなかったとはいえ灶絃(ソウゲン)もまた同じことを()いて啝咖(ワカ)の心を(エグ)ってきたのだ。


「ああ、もう…。(オレ)って本当に最低(サイテイ)じゃないか」


大きく嘆息(タンソク)して灶絃(ソウゲン)は上を(アオ)いで両手で顔を(オオ)った。()()()、自分のしでかしたことが()やまれてならない。


なんてことしたんだよ、(オレ)は。


待ってくれ、と(ネガ)った啝咖(ワカ)()()()()()()()()で残されたのか。

()()()()()()()()()()()()で過ごしたのか。

どんな思いで()()()()()()()()()()()のか。


(コワ)れかけていた心を(サラ)(エグ)って粉々(コナゴナ)にしたのは、(ホカ)(ダレ)でもない灶絃(ソウゲン)自身の手だった。


「…あーもう、本当ごめん…」


()びた所で無かったことにはできないが、思い返せば返すほどに後悔(コウカイ)だけが押し寄せてくる。


()()()(オレ)(ナグ)りたい…」


ああもう、と(ウメ)灶絃(ソウゲン)(ソデ)がほんの少しだけ引かれると、啝咖(ワカ)が小さく(ワラ)っているのも伝わってきた。


「ありがとう、(ウレ)しかった。…もう充分(ジュウブン)


くすくすと(ワラ)う声に(ムネ)が熱くなる。

どうしてもっと早く向き合おうとしなかったのか。

向き合ってさえいればこんな表情(カオ)などさせずに済んだ。心地好(ココチヨ)いと(モト)めてくれた灶絃(ソウゲン)(スべ)てで啝咖(ワカ)(キズ)()めて、(イヤ)す手助けも、(ソバ)に居てやることも出来たのに。


微笑(ホホエ)まれているのに、啝咖(ワカ)灶絃(ソウゲン)が作った(ミゾ)を広げていくばかりで近付(チカヅ)くことさえ(ユル)してもらえそうにない。


受け入れてくれてからなど(アマ)く考えず、もう力尽(チカラズ)くで(ハナ)れられなくしてやろうか。

()()()()()()()()啝咖(ワカ)がどんなに(コバ)んで目を()らしても、灶絃(ソウゲン)だけのものにして手を離すこともできなくすることができる。


「…それって拒絶(キョゼツ)?」


()り上がってくる衝動(ショウドウ)()き出しながら(タズ)ねてみるが啝咖(ワカ)気付(キヅ)いてもいない。


灶絃(ソウゲン)には私みたいな面倒(メンドウ)な女じゃなくて、もっと似合(ニア)(ヒト)がいるもの。それこそずっと一緒(イッショ)(トナリ)に居て()しいって思う(ヒト)(アラワ)れてくれる(ハズ)。…ちょっと(ウラヤ)ましいよ」


面倒(メンドウ)だなんて思ったことないって言ってるじゃないか。(オレ)(トナリ)()()しいのは啝咖(ワカ)なんだよ」


()れてるから大丈夫(ダイジョウブ)だってば。そんなに()(ツカ)わないで?」


(オダ)やかに(ツム)がれる言葉の意味(イミ)にますます胸が()め付けられる。本当にどこまでも灶絃(ソウゲン)は分かっていなかった。

()れている』に(フク)まれているものも同じだったのだ。

悧羅(リラ)だと思われて(ジョウ)相手(アイテ)にされることに()れている。

求めても(スガ)っても最後には()()()()()()()()()()ことにも()れている。


そういうことだ。

そうであればどれだけ言葉を()くしても啝咖(ワカ)の心は(イヤ)せない。何より(イヤ)してくれる者など現れないと啝咖(ワカ)が思っているのが(クヤ)しくて、()()()()けてしまった自分が(ナサ)けない。


けれど。

啝咖(ワカ)()()()()()()()

今、灶絃(ソウゲン)(カカ)えている激情(ゲキジョウ)()()()()()()()()


だったら、分からせるまでだ。


ぎりっと(クチビル)()んでもう一度灶絃(ソウゲン)は大きく(イキ)()くと気取(ケド)られないように自分の(シタ)(キズ)を付ける。


「…絶対(ゼッタイ)置いていかないって言ってるだろ?」


無理(ムリ)しなくていい。()()()()()から」


変わらない啝咖(ワカ)の言葉が灶絃(ソウゲン)我慢(ガマン)の糸を()ち切った。


(オレ)一世一代(イッセイチダイ)の願いをそんなんで()わらせんな」


ぷつり、と何かが切れると灶絃(ソウゲン)は強く啝咖(ワカ)を引き寄せて(フカ)口付(クチヅ)けた。同時(ドウジ)啝咖(ワカ)(シタ)(キバ)を立てて(キズ)を付けると(スデ)に付けておいた自分の(キズ)(カサ)ねる。

付けた(キズ)はほんの(ワズ)か。

それでもほんの一時(イットキ)、血が()ざり合うには充分(ジュウブン)だ。ひゅっと一瞬(イッシュン)流れ込んだ啝咖(ワカ)の想いが灶絃(ソウゲン)()そうとしたことは()たされた、と教えてくれた。


「これで(オレ)のもの」


(クチビル)(ハナ)して、にやりと(ワラ)った灶絃(ソウゲン)啝咖(ワカ)唖然(アゼン)として見ている。


(ソウ)(ゲン)?何、なにした?」


「ん?(チギ)った」


「…いや、え?…あ、んた、何…?や、何で?」


「だって啝咖(ワカ)信じてくれないじゃん」


小さく嘆息(タンソク)して(カタ)(スク)めて見せると、啝咖(ワカ)がひゅっと息を()んで激しく身震(ミブル)いした。


「は?え?…や…、ど、どうしよう…、え?」


狼狽(ロウバイ)する啝咖(ワカ)の顔から血の()退()いていく。ぽん、と背中(セナカ)(タタ)いてやると啝咖(ワカ)はもう愕然(ガクゼン)としている。


「これで本当に()()()()()()()()()()だろ?」


「…何、馬鹿(バカ)なこと言ってるの?…そんな、(タイ)したことでもないのに、こんな…」


(タイ)したことだよ。()れんなって言ったろ」


大したことじゃない、などと言って欲しくない。

何よりそんな思いをさせ続けるのを(ダマ)って見続(ミツヅ)けるなど灶絃(ソウゲン)にとれば拷問(ゴウモン)と同じだ。


「…っ!だからって!何で灶絃(ソウゲン)一生(イッショウ)(シバ)るようなことっ!」


(アラ)げられた声と共に啝咖(ワカ)が泣き(クズ)れながら灶絃(ソウゲン)(ムネ)を、どんっと(タタ)いた。


「しょうがない。(ホカ)にやり方無かったもん」


仕方(シカタ)ないで()ませられないでしょう!あんたの一生(イッショウ)()かってんのよ!?こんな馬鹿(バカ)なことに使(ツカ)って良いものじゃない!」


泣き(サケ)啝咖(ワカ)は力無く灶絃(ソウゲン)(タタ)き続ける。無理矢理(ムリヤリ)(チギ)りを(ムス)ばされたのだから()()()(オコ)ればいいのに。啝咖(ワカ)から出る言葉は全部灶絃(ソウゲン)(アン)じるものばかりだ。


「はいはい、まあ落ち着いて。また苦しくなるよ」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうっ!?ああ、そうだ、母様(カアサマ)なら何とかしてくれる!」


ぽんぽんと頭を()でて(カタ)(スク)めて見せたが、啝咖(ワカ)は起こったことをどうにかしようと立ちあがろうとしてしまう。その姿もまた(アイ)らしいが、とりあえず良いからと灶絃(ソウゲン)はもう一度啝咖(ワカ)の頭を()でる。


(オレ)啝咖(ワカ)が良いんだって。(シバ)られるなら啝咖(ワカ)じゃないと(イヤ)だ」


「そんな馬鹿(バカ)なことっ!」


馬鹿(バカ)なことじゃない。啝咖(ワカ)のものになりたいってだけ。だって(オレ)(エニシ)啝咖(ワカ)(ツナ)がってるんだから。()()啝咖(ワカ)()()()()()だろ?」


とん、と啝咖(ワカ)(ムネ)を指で(シメ)すと言葉に()まったのか啝咖(ワカ)が息を()んだ。()()()灶絃(ソウゲン)が感じた()()啝咖(ワカ)も感じていた(ハズ)だ。


()()()()っては言わせないよ?」


視線(シセン)を泳がせた啝咖(ワカ)に、ふふっと(ワラ)って灶絃(ソウゲン)は続ける。


(オレ)唯一(ユイイツ)啝咖(ワカ)だ。()がさないし、ひとりで泣かせたりもしない。(チギ)っちゃえば(キズ)(カサ)ねるだけで全部分かるし、俺だけは啝咖(ワカ)から(ハナ)れないって信じられるでしょ ?()()()()()()()ことが(コワ)いなら、(オレ)がずっと()き上げて動けばいい。見えない(トコロ)で何してるか分かんないっていうなら(マジナイ)かけて同じものを見れるようにすればいい。それでも不安(フアン)(ヌグ)えないなら、(ハナ)れられないように手を(ツナ)いだまま()い付けてしまえばいいじゃない」


ね?、と微笑(ホホエ)むがまた啝咖(ワカ)唖然(アゼン)とし始めた。


「まあ順序(ジュンジョ)とか全部すっ飛ばしちゃったけど、(オソ)かれ早かれどうせ(オレ)啝咖(ワカ)(チギ)るんだし。こうでもしないと啝咖(ワカ)はすぐ(コラ)えて、見ないフリして()げるだろ?(オレ)のものだって分かって丁度(チョウド)いい」


「飛び()えすぎよ…。考えも、やり方も」


ぼろぼろと(ナガ)れる(ナミダ)(ソデ)()きながら啝咖(ワカ)(ツブヤ)いた。それには、まあねえ、と灶絃(ソウゲン)苦笑(クショウ)するしかない。(タガ)いの(ダク)の上でしか(ムス)ぶことが出来ない(チギ)りを一方的(イッポウテキ)に行えたことがそもそもおかしい。


だが、()()もまた()()()()()()()()()ということだ。


とはいえ、無理矢理に(ムリヤリ)()したから(ムス)べた(チギ)りとしての(シバ)りは弱い。啝咖(ワカ)の言う通り悧羅(リラ)であれば容易(タヤス)()ける程度(テイド)のものだ。だが、この好機(コウキ)(ノガ)せば啝咖(ワカ)()ちて来てくれないだろうし、灶絃(ソウゲン)としては()()()()()として、しっかりとした(チギ)りを(ムス)んでおきたい。


「やり直しっては言われるだろうけど、()かないからね?何だったら今から別の(トコロ)にがっつりと(キズ)入れてもいいけど?」


「…それは遠慮(エンリョ)する。(ウデ)とか切り落としそうだもん…」


啝咖(ワカ)がそれで安心してくれるなら(ウデ)でも(アシ)でも何処(ドコ)だって切り落としていい。何だったら首でもいいけど」


「…そうしたらどうやって(ハナ)れずに居るつもりなのよ…。ほんと、馬鹿(バカ)…」


はあ、と大きな嘆息(タンソク)と共に、くすり、と啝咖(ワカ)(ワラ)ったのは(ソデ)で顔を(カク)していても明らかだった。どうやら、ようやく()ちる覚悟(カクゴ)を決めてくれたようで灶絃(ソウゲン)もほっと胸を()()ろす。


「それもそうだねえ」


うーん、と考えながら灶絃(ソウゲン)(ワラ)って(カイナ)を広げた。


「わーか?」


名を()ぶと(ソデ)の向こうから啝咖(ワカ)がちらりと視線(シセン)を向けた。顔を(カク)していた手がおずおずと灶絃(ソウゲン)に向かって()ばされるが、(ムネ)()れる寸前(スンゼン)で止まる。


「…本当に、いいの?」


「もちろん。(オレ)啝咖(ワカ)のだよ?」


ほら、と微笑(ホホエ)むと止まっていた手が動いて灶絃(ソウゲン)の胸に(トド)く。そのまま抱きついてくれるかと期待(キタイ)したのに、啝咖(ワカ)はただ、ほっと(カタ)の力を()いて灶絃(ソウゲン)寝間着(ネマギ)をきゅっと(ツカ)んだだけだ。それでも(ヤワラ)かく、はにかんだように(ワラ)った表情(カオ)はこれまで灶絃(ソウゲン)()ったどの女よりも美しかった。


「…あー…、限界(ゲンカイ)


広げた(カイナ)を閉じて(オサ)めながら()()ると()かれた(コウ)と同じ(カオ)りが啝咖(ワカ)(ツツ)む。ほうっと出された安堵(アンド)(イキ)寝間着越(ネマギゴ)しに伝わると啝咖(ワカ)(ムネ)()()りながら抱き返してくれた。


(ツカ)まえた」


抱きしめる(ウデ)に力を()めると幸福感(コウフクカン)がじわじわと()き立ってくる。

啝咖(ワカ)()ちたのではない。

灶絃(ソウゲン)()とされてしまった。


啝咖(ワカ)(オレ)(モラ)ってくれる?」


「…喜んで」


「じゃあ啝咖(ワカ)(オレ)にくれる?」


「とっくに全部持ってかれてる」


「それはそうだ」


くすくすと(ワラ)いながら見上(ミア)げてくる啝咖(ワカ)が手を()ばして灶絃(ソウゲン)(ホオ)()でると、熱が(タギ)り始める。引き寄せられるようにどちらともなく口付(クチヅ)けると、(ホオ)に当てられていた手が(トド)めるように動いた。灶絃(ソウゲン)の手が啝咖(ワカ)身体(カラダ)をなぞり始めると、首に(ウデ)(マワ)る。ほんの少し(ハダ)が遠くなってしまうと啝咖(ワカ)(ヒザ)を立てて灶絃(ソウゲン)に近付いた。寝間着(ネマギ)をずらしながら首に(ムネ)(ハラ)に、と(シタ)(クチビル)()わせていく。()れてくる甘い声に(イザナ)われるように灶絃(ソウゲン)の手が啝咖(ワカ)(アシ)の間を(サワ)り始めるとびくりと身体(カラダ)(コタ)えた。


「…ははっ、かーわい」


「やっ、からか、わ、ない…でっ」


(アカ)火照(ホテ)った顔で間近(マヂカ)見下(ミオ)ろされたのでは灶絃(ソウゲン)(タマ)らない。(シタ)を出して口付(クチヅ)けを(サソ)うと(ムサボ)るように(カサ)ねてくれる。(シタ)(カラ)ませながら啝咖(ワカ)の中に指を入れると、くぐもった声がした。かき混ぜる(タビ)に立てている(ヒザ)がぐらつくが、それでも啝咖(ワカ)灶絃(ソウゲン)身体(カラダ)にしがみついて(ハナ)れようとはしない。(カラ)み合う灶絃(ソウゲン)(シタ)(キズ)が開いたのか(ワズ)かな血の味が(タガ)いの口内(コウナイ)に広がった。


「…もう一回(チギ)る?」


「なんっかいでもっ」


悪戯(イタズラ)に聞いた灶絃(ソウゲン)(アエ)ぎの中から啝咖(ワカ)(ウッタ)える。


「…そう来たか」


甘い声と(トロ)け始めた目で見られて灶絃(ソウゲン)は中に入れていた指に力を入れてぐるりと返した。


「…あっ、…やあっ!」


途端(トタン)()てた啝咖(ワカ)灶絃(ソウゲン)にしがみついて(クズ)れ落ちるのを(トド)まると(ミミ)に顔を()せる。


「ん…、灶絃(ソウゲン)


「うん」


「…私も灶絃(ソウゲン)()くしたい…」


「うん?!」


ぎゅうっと抱きつかれて熱い吐息(トイキ)と共に(アマ)い声で(ササヤ)かれた灶絃(ソウゲン)(オドロ)いて(カタ)まった。あまりのことに手加減(テカゲン)(ワス)れて、より啝咖(ワカ)(オク)に指を入れてしまう。()(トコロ)(カス)めたのか、びくりと()ねた啝咖(ワカ)灶絃(ソウゲン)の耳を()んだ。


「…駄目(ダメ)…?」


魅惑的(ミワクテキ)(サソ)いだが、とりあえず、と灶絃(ソウゲン)は大きく(イキ)()きながら啝咖(ワカ)の中から指を出した。


「…えーっと、啝咖(ワカ)さん?」


とんとん、と背中(セナカ)を指で(タタ)くと、んー、と()()りながら灶絃(ソウゲン)身体(カラダ)()でてくる。


「ちょっと聞くけど、何処(ドコ)()()()()()(オボ)えた?ってか(ダレ)かに()()?」


(ダレ)が教えたかなど聞かなくとも分かる。

あはは、と揶揄(カラカ)ういつもの(ワラ)いが聞こえてくるようだ。


「…え?前に(オボ)えとくと良いよって袽華姐(ジョカネエ)が。()()のは、えっと…(ダレ)だったかな?」


「あー、あいつかぁ…」


出てきた名に灶絃(ソウゲン)はがっくりと項垂(ウナダ)れた。いや、そうだろうとは思っていた。啝咖(ワカ)が言ったのは妓女(ギジョ)たちが()くしてくれる手管(テクダ)のひとつなのだ。普段の(ジョウ)相手(アイテ)ともしないことはないがあまり(モチ)いない。一夜(ヒトヨ)相手(アイテ)として決めた時点(ジテン)(ヨク)を満たすには十分(ジュウブン)だし、男たちにとっては()くされたいという思いよりも、()くしたいと思う方が多いだろう。


妓楼(ギロウ)()()(モト)められるのは(アキナ)いだからだ。いつもと(コト)なることを(モト)めて来る(キャク)(ツカ)まえておくため、(ヨウ)道具(ドウグ)のひとつとでも思えばいい。

それを啝咖(ワカ)に教えるなど袽華(ジョカ)面白(オモシロ)がっているとしか思えない。


灶絃(ソウゲン)駄目(ダメ)?」


するり、と(タギ)り切ったモノを(サワ)られて灶絃(ソウゲン)(アワ)てて啝咖(ワカ)の手を(ツカ)んだ。


「すっごく()れる(サソ)いだけど、駄目(ダメ)。それと聞いておいてなんだけど(ダレ)()()かは言わないで」


「なんで?」


とろりとした目で見てくる啝咖(ワカ)が、自分以外に()()()()()をしてやった男がいるなど考えたくもない。


「殺したくなる」


「何それ?もう、私も()くしたいのに…」


()ねたような目で見つめられて灶絃(ソウゲン)苦笑(クショウ)してしまうが、少し(トガ)らせている(クチビル)(ツイバ)んでやると、せがむように()いついてきた。


「だーめ、(オレ)()くするの。それに我慢(ガマン)限界(ゲンカイ)だから()()()()?」


(タギ)り切ったモノを当てがって啝咖(ワカ)の入口の(マワ)りを(コス)ると、待ちきれないように(コシ)(ウゴメ)く。


「…んっ、…絶対、だめ、え?」


駄目(ダメ)


ゆっくりと中に入り始めると啝咖(ワカ)(コシ)を落としてくる。


「ねえ、さ、せて?」


「…()()()駄目(ダメ)


()()()よりも()め付いて巻きついてくる中にあって、(ナマメ)かしく求めてこられては灶絃(ソウゲン)(イナヤ)を言えるはずがない。負けた、と苦笑(クショウ)しながら押し進むと、ぴりりとした(イタ)みが(タガ)いの身体(カラダ)に走る。


ああ、これだ。


啝咖(ワカ)?」


問いかけると啝咖(ワカ)(ウナズ)いて強く抱きついてきた。灶絃(ソウゲン)が全部(ハイ)ってしまうと痛みが熱に変わる。熱と(オク)まで()み込んだ刺激で啝咖(ワカ)()ててしまうと、灶絃(ソウゲン)もきゅうっと(シボ)り上げられた。持っていかれそうになるのを()えはしたが、入っているだけなのにこうも()め付けられていては長く()ちそうにない。


「動くよ?」


布団(フトン)に押し(タオ)したのと同じくして()き上げ始めると、まだ()てている最中(サナカ)だった啝咖(ワカ)から大きな(アエ)ぎが聞こえ始めた。


「あっ、やあっ!…いま、まだっあっ!」


止めるような声がするが止まることなど出来ない。立てられた(ヒザ)(カラ)みついて灶絃(ソウゲン)の動きを(ハバ)めようとするが、片脚(カタアシ)(カタ)(アズ)かって()めると(ウデ)(ツカ)まれた。


「ま…って、まって…っ!」


「無理っ」


(ツカ)まれた(ウデ)啝咖(ワカ)(ツメ)()いこんで、動くたびに(キズ)()やす。ちくりとした痛みが走る(ゴト)(フカ)く強く()き上げると何度か子袋(コブクロ)の入口に当たるようで、都度(ツド)啝咖(ワカ)身体(カラダ)()り返っては灶絃(ソウゲン)(カラ)め取ろうとする。どうやら子袋(コブクロ)との(キワ)(カベ)が、とかく弱いらしい。


「ここ?」


当たるとすぐに()ててしまうくせに、当てないと自分から当てにくる。(アズ)かっていた(アシ)()ろしてやると立てた爪先(ツマサキ)布団(フトン)(ツカ)もうとするが、その間にも灶絃(ソウゲン)が深く入るので上手(ウマ)()されないようだ。(ハダ)を合わせて啝咖(ワカ)の弱く()い部分に()()当たるように動きを変えると(ウデ)から手が(スベ)り落ちた。


「あ、っ!や…っだあっ!!」


四肢(シシ)爪先(ツマサキ)布団(フトン)にしがみ付いた啝咖(ワカ)身体(カラダ)(ユミ)のようにしなる。()いてきた身体(カラダ)(アツ)火照(ホテ)りしっとりと(アセ)(マト)いながらも強張(コワバ)っている。抱きしめて(ササ)えてやると(アエ)ぎの中から息を()む音も聞こえた。


「やっ、だあ…っ!そこ、…やあっ!な、にっ?」


大丈夫(ダイジョウブ)(コワ)くないよ」


「やあっ、お…なか、おかし…いのっ!」


(アタ)える官能(カンノウ)が強すぎるのか、()って強張(コワバ)った身体(カラダ)()げ出そうとする啝咖(ワカ)を抱きしめて(トド)める。


「…やあ、だあっ!…っそ、げんっつ!、やあっ」


()るよ、何処(ドコ)にも行かない。だから()げんな」


よりしなる身体(カラダ)を抱きしめながら灶絃(ソウゲン)は自分の(シタ)(キバ)を深く立てて(キズ)を作る。


啝咖(ワカ)先刻(サッキ)より痛いからね」


()()()()える啝咖(ワカ)に声を掛けてから、ぐっと口付(クチヅ)けて(カラ)んできた啝咖(ワカ)(シタ)にも強く(キバ)を立てると血が()ざり合う。瞬間(シュンカン)、流れ込んできた啝咖(ワカ)()()()()を取り(コボ)さないように強く抱き()めると啝咖(ワカ)が更に()め付けてきた。流石(サスガ)(コラ)え切れず打ち付ける(ハヤ)さを強くすると、くぐもった声と共に啝咖(ワカ)()ねて()てた。(オオ)(カブ)せるように最奥(サイオウ)(ヨク)()き出すと、熱すぎる(ヨク)を受け止めた啝咖(ワカ)身体(カラダ)(ハゲ)しく痙攣(ケイレン)する。強張(コワバ)っていた身体(カラダ)が、だらりと投げ出されると(ツナ)がったままの(トコロ)から生温(ナマアタタ)かい水が灶絃(ソウゲン)(アシ)を伝った。


啝咖(ワカ)、こっち」


投げ出された(ウデ)を取って自分の首に(マワ)させるが力が入らないのか、(フル)えた手はそのままぽすりと落ちた。もう、と苦笑(クショウ)して手を(カサ)ねて指を(カラ)めてやると、ぎゅっと(ワズ)かに力が入った。


「…そ、うげん…?」


「なあに?」


啝咖(ワカ)の口の(マワ)りに付いてしまった血を()め取りながら(イヤ)しの(ジュツ)行使(ツカ)う。気遣(キヅカ)って(キズ)を付けたつもりだったが、思いの(ホカ)に深かったようだ。


「…そうげ、ん…?」


「はいはい」


()()てたままの(タガ)いの呼吸(コキュウ)を整えながら(キズ)()えたか(タシ)かめようとするが、名を()ばれるものだからなかなかに見えてこない。


「痛まない?ほら、啝咖(ワカ)、べってして」


()いている手で口を開けるように(サワ)ってみるが啝咖(ワカ)は首を()って灶絃(ソウゲン)の名を()んでいる。


灶絃(ソウゲン)


「はいはい」


灶絃(ソウゲン)


「ちゃんと()るって」


「…()()()()()()()()…」


「行けるわけないでしょ」


小さく(ワラ)いながら嘆息(タンソク)して(ヒタイ)口付(クチヅ)けながら(ツナ)いだ手を持ち上げて(ムネ)に当てる。


「ほら、ちゃんと()るでしょ。置いていけって言ったりしたら泣くからね?」


「…泣いてくれるの?」


「泣くよ。全部()()()んだから、今度こそ()()()()()()()()()だろ?」


本当にもう、とごちながら(シタ)を出して(キズ)を見せた灶絃(ソウゲン)の下で啝咖(ワカ)の目に(ナミダ)(ニジ)み出した。


「手、()いつけようか?」


()()()()()から大丈夫(ダイジョウブ)


(オレ)()いつけたいんだけど?」


()()()()()()()()


残念(ザンネン)


こつりと(ヒタイ)をつけるとくすくすと(ワラ)啝咖(ワカ)が見えた。


「泣かせないって約束(ヤクソク)したんだけど、守れなかったから(オコ)られるんだよね、(オレ)


そういえば、と思い出したように嘆息(タンソク)した灶絃(ソウゲン)(ホオ)啝咖(ワカ)(ツツ)んでくれる。知ってるよ、と(クスグ)られて灶絃(ソウゲン)は目を細めてしまう。


哀玥(アイゲツ)だけじゃなくて、みんなに(オコ)られちゃうんだけど、どうしようか?」


「…一緒(イッショ)()げる?」


ふふっと(ワラ)いながら(タズ)ねる灶絃(ソウゲン)啝咖(ワカ)はきょとりと首を(カシ)げていともなげに言ってのけた。


「それ良いね。啝咖(ワカ)一緒(イッショ)なら何処(ドコ)だって(サイワイ)だ」


流石(サスガ)()げなくてもいいだろうが、(ミナ)灶絃(ソウゲン)がやったことを聞けば(アキ)()てるだろう。

妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)からは(オコ)って(ハタ)かれるだろうが、睚眦(ガイシ)(ハナ)(ワラ)うかもしれない。

悧羅(リラ)樂采(ガクト)だけは落ち着いているような気もする。


()()()樂采(ガクト)


はた、と気付(キヅ)いたことを啝咖(ワカ)にも伝えようとして灶絃(ソウゲン)はやめた。


あの不思議(フシギ)(オイ)っ子と啝咖(ワカ)が会った時、どんな話をするのかを考える方が楽しそうだ。

それまでは。


灶絃(ソウゲン)?」


ひとり考えて(ワラ)っている灶絃(ソウゲン)啝咖(ワカ)が引き(モド)した。


「何でもない」


()()()が来るまではこの(イト)おしい(ヒト)(サイワイ)にしていてもらおう。


思い直した灶絃(ソウゲン)は手が(ハナ)れてしまわないように、強く(ツナ)(ナオ)した。


お楽しみいただけましたか?

読んでいただいてありがとうございました。


完結まであと少し、お付き合いくださいませ。

(時間を見ながら全投稿分も修正していきます)

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