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唯一【玖】《ユイイツ【ク】》

更新します。

心地好(ココチヨ)(オモ)みと(ホノ)かに(カオ)(アマ)(ニオ)いが啝咖(ワカ)(ネム)りから()()げようとした。ぼんやりとした意識(イシキ)の中で、おーい、と(ダレ)かが()ぶ声と(トモ)(ホオ)を優しく(クス)ぐられている。


声を()けられている、ということは朝なのだろうが()()()声の()(カタ)で起こしに来るのは弟たちの(ダレ)かだろう。


()びかけられる声に(コタ)えなければ、とは思うが自分を(ツツ)(カオ)りと程良(ホドヨ)(ヌク)もりに負けてしまう。


「…んー、もうちょっと…」


もぞもぞと布団(フトン)(モグ)ろうとするが寝所(シンジョ)(カベ)にでもぶつかったのか進めない。仕方無(シカタナ)(カベ)に手を当てると、くすくす、と(ワラ)い声も()ってきた。


「おーい」


どうやら起こしに来た弟は啝咖(ワカ)寝相(ネゾウ)(ワル)さを見て揶揄(カラカ)おうとでもしているのだろう。悪戯顔(イタズラガオ)が目に()かぶ。磐里(バンリ)加嬬(カジュ)であればもう少し()かせてくれるのに、弟たちは遠慮会釈(エンリョエシャク)なく御簾(ミス)の中まで入ってきて起こすのだからいつも根負(コンマ)けして啝咖(ワカ)が起きる羽目(ハメ)になる。


加嬬(カジュ)が子を産んでくれてまだ十月(トツキ)()っていないから休ませなければならないのはわかっている。分かってはいるが()()(ヤサ)しさが(コイ)しくなってしまう。


「おーい、姉様(アネサマ)


(モグ)()んで(カク)した(ハズ)の顔を(クスグ)られて啝咖(ワカ)布団(フトン)から顔を出した。


「もう分かった。起きる、起きます」


重い(マブタ)を上げると目の前に自分の物ではない(ハダ)が見えた。は?、と顔を上げると灰色(ハイイロ)の中に紫の光を宿(ヤド)した(マナコ)と目が合った。


「あ、起きた」


(クスグ)っていた手で啝咖(ワカ)(ホオ)(ツツ)んで灶絃(ソウゲン)微笑(ホホエ)んでいる。


「…え?灶絃(ソウゲン)?」


灶絃(ソウゲン)ですけど?」


唖然(アゼン)としてしまう啝咖(ワカ)灶絃(ソウゲン)はきょとりとして苦笑(クショウ)しているが、(タガ)いに何も(マト)っていないことは()れ合う(ハダ)感覚(カンカク)で分かる。何より啝咖(ワカ)灶絃(ソウゲン)(ウデ)にすっぽりと(ツツ)まれているのだ。


啝咖(ワカ)たち姉弟妹(シテイマイ)(ナカ)が良いことは周知(シュウチ)事実(ジジツ)だ。同じ部屋、同じ(トコ)()ることなどこれまでも幾度(イクド)も有ったが、それはきちんと(コロモ)(マト)ってのことだ。けれど()()状況(ジョウキョウ)はどう考えても()()共寝(トモネ)をしたとは言えないことだけは分かる。かたかたと身体(カラダ)(シン)から(フル)えが()り上がってくるのを啝咖(ワカ)(オサ)えることは出来なかった。


「ごめんな、もう少し寝せてあげたかったんだけど、お(タガ)い今日も(ツト)めだろ?早めに起きて1回(ミヤ)(モド)った方がいいかなって思ってさ」


(ヒタイ)に当たり前のように口付(クチヅ)けられて、啝咖(ワカ)狼狽(ロウバイ)してしまう。


「…は?え?何で?」


(フル)え続ける身体(カラダ)灶絃(ソウゲン)が引き()せてぽんぽんと背中(セナカ)(タタ)いてくれた。


「あれ?もしかして(オボ)えてない?」


「いや、ちょっと待って」


灶絃(ソウゲン)の胸に手を当ててこれ以上身体(カラダ)が寄り()わないようにしてみるが灶絃(ソウゲン)微笑(ホホエ)みながら啝咖(ワカ)(ホオ)()でている。


「話そうか?」


悪戯(イタズラ)()みを()かべた灶絃(ソウゲン)の口を啝咖(ワカ)(アワ)てて自分の手で(フサ)ぐ。


「待って!ちゃんと思い出すから」


灶絃(ソウゲン)の口に手を当てたままで昨夜(サクヤ)のことを思い出そうと啝咖(ワカ)朧気(オボロゲ)記憶(キオク)()り返しにかかった。


確か昨夜(サクヤ)露店(ロテン)で酒を()びるほど()んでいたところに灶絃(ソウゲン)(ムカ)えにきてくれた。(ミヤ)(モド)りたくないとぼやいてしまったのも覚えている。その後はどうしたのだったか?袽華(ジョカ)の声が聞こえた気もするのだが(モヤ)がかったように思い出せない。


灶絃(ソウゲン)一応(イチオウ)(タズ)ねるけど。()()何処(ドコ)?」


「ん?袽華(ジョカ)のとこの(ハナ)れだよ。姉様(アネサマ)が帰りたくないって言うし。かといって()き上げて宿屋(ヤドヤ)(サガ)すわけにもいかないし?どうしようか(ナヤ)んでたら通りかかった袽華(ジョカ)が使えって()してくれた」


当たり前のような灶絃(ソウゲン)(コタ)えに啝咖(ワカ)の頭の中に昨夜(サクヤ)出来事(デキゴト)走馬灯(ソウマトウ)のように()()けた。


「…袽華姐(ジョカネエ)の店って…」


妓楼(ギロウ)だね」


妓楼(ギロウ)』という言葉に啝咖(ワカ)の顔からさあっと顔から()()退()いた。(イク)姉弟(シテイ)(ナカ)が良いと(ミナ)が知っていても、宿屋(ヤドヤ)に入るのと妓楼(ギロウ)に入るのとでは見られた時の印象(インショウ)(チガ)う。見かけた者が啝咖(ワカ)灶絃(ソウゲン)が連れ立って妓楼(ギロウ)に入ったという話をしてしまったら、話はまたたく()に広がってしまう。ただ啝咖(ワカ)を休ませる(タメ)だと()いても他者(タシャ)(ウワサ)(バナシ)ほど面白(オモシロ)く酒の(サカナ)になることが、そう容易(タヤス)く消せるとも思えない。(トモ)妓楼(ギロウ)に入るなど灶絃(ソウゲン)の信用にも関わってくることだ。啝咖(ワカ)だけに()り掛かる好奇(コウキ)の目や醜聞(シュウブン)など気にもしないが、そこに大切(タイセツ)な弟を巻き込んでしまうとなれば話は別だ。


…やってしまった。


あまりの事実に啝咖(ワカ)は、ああ、と頭を(カカ)えてしまう。最近(サイキン)になって心苦(ココログル)しく感じていたことを(マギ)らわすために酒に()げた。()んだとしても宮には帰れていたし、日々(ヒビ)(ツト)めにも(サワ)りは出していなかった(ハズ)だった。記憶(キオク)を無くして起きることなど無かったのに。


…どうしよう。 


ああ、と頭を(カカ)えてますます(フル)え出した啝咖(ワカ)に対して灶絃(ソウゲン)はくすくすと(ワラ)っている。


「思い出した?」


「…思い、出した…」


「それは良かった」


ふふっと(ワラ)いながら灶絃(ソウゲン)面白(オモシロ)そうに(フル)える啝咖(ワカ)をぎゅうっと抱きしめて、(ナダ)めるように頭を()で続けてくれている。


「全部(ワス)れてるって言われたらどうしようかと思った」


目が覚めた時点(ジテン)(オボ)えていなかったことを(アキ)れられても仕方(シカタ)ないのに、灶絃(ソウゲン)は気にもしていないようだ。


「…ごめん、灶絃(ソウゲン)


「それは何の()び?」


灶絃(ソウゲン)は、その…、こうなることを(ノゾ)んでなかったでしょ?私が()()()無茶(ムチャ)なお願いして、無理矢理(ムリヤリ)お酒も()ませたからだし」


(イク)泥酔(デイスイ)していたとしても、弟の優しさに(アマ)えて()げ場を無くした上、あまつさえ(ジョウ)まで()わさせるなど姉として以前の問題だ。


灶絃(ソウゲン)が優し過ぎることなど知っていたのに、卑怯(ヒキョウ)にも啝咖(ワカ)()()につけ込んだのだ。


(ナグ)さめてくれと(スガ)って。


姉様(アネサマ)()まされることなんて()()()()()()でしょ。それに(オレ)は酒の(セキ)にしないってちゃんと言ったろ?」


「そうだけど…、無理矢理(ムリヤリ)だったし…」


ごめん、と()びる啝咖(ワカ)灶絃(ソウゲン)が声を上げて(ワラ)い始めた。


「まあ、あの状況(ジョウキョウ)()え続るのは難儀(ナンギ)しただろうけどさ。結局(ケッキョク)負けたのは(オレ)だし。(オレ)は自分の意思(イシ)姉様(アネサマ)()いた。ただそれだけだよ」


「そうは言っても…」


()やむなら()()()っても言ったろ?()やんでんの?」


くすくすと(ワラ)い続けながら()われて啝咖(ワカ)はまた昨夜(サクヤ)のことを思い出してしまう。


(ホオ)()でてくれる手の(ヌク)もり。

身体(カラダ)(ツツ)んでくれた(ウデ)の力強さと、(カサ)ねられた身体(カラダ)(オモ)み。

(トロ)けてしまうかと思った口付(クチヅ)けと(ツナ)がって(ハダ)()れ合うことでの恍惚感(コウコツカン)


自分でも(オドロ)(ホド)灶絃(ソウゲン)(スベ)てが心地好(ココチヨ)かった。けれど()()心地好(ココチヨ)(ツナ)がりを()わらせたくなくて、幾度(イクド)強請(ネダ)ってしまったことだけは消してしまいたい。


よりにもよって弟に()()()(ネガ)いをしてしまうなど、(ナサ)け無さと申し訳なさで自分を(ナグ)りたくなる。


啝咖(ワカ)(ジョウ)()わした数は決して少ない方ではないと思う。けれど、()()()()()()()()()()()ことは初めてだ。 


まるで(ハナ)れてしまうことを(オソ)れているかのように、ただ灶絃(ソウゲン)(ツツ)まれ続けていたかった。


「…()やんでは、ない」


顔は(カク)したまま小さく首を()った啝咖(ワカ)に、うん、と微笑(ホホエ)んでから、灶絃(ソウゲン)はより強く啝咖(ワカ)を自分に引き寄せた。ふわりとした甘い(カオ)りに(ツツ)まれて啝咖(ワカ)もほうっと安堵(アンド)してしまう。何故(ナゼ)灶絃(ソウゲン)(ハダ)()れ合っているのがこんなにも安心してしまうのかは分からないが、(ツツ)まれていることで身体(カラダ)(フル)えも落ち着いてくる。それでも思い出してしまった(クツガ)えしようのない事実(ジジツ)に今度は顔に()(ノボ)ってしまう。


思わず灶絃(ソウゲン)を見る事ができなくなって顔を(カク)すと、ますます灶絃(ソウゲン)は小さく(ワラ)っている。


「何?可愛(カワイ)いことするじゃん?」


揶揄(カラカ)わないで。()ずかしさで死にそう…」


手で顔を(オオ)ったまま(ウツム)いた啝咖(ワカ)(ホオ)灶絃(ソウゲン)(テノヒラ)が当たると、そっと(ツツ)まれたのが分かった。


「じゃあやっぱり()やんでる?」


「それは無い」


()いかけてくれる声が(オダ)やかで啝咖(ワカ)はますます申し訳なくなってきてしまう。何故(ナゼ)()()だけは断言(ダンゲン)できることも不可解(フカカイ)なのだが、出来れば今この時でさえ灶絃(ソウゲン)(ウデ)の中から出たくないとまで切望(セツボウ)している自分がいる。


それほどに灶絃(ソウゲン)との(ジョウ)啝咖(ワカ)を満たしてくれた。


(タト)()()啝咖(ワカ)への(ナサ)けしか無かったのだと分かっていても。


はあ、と大きく嘆息(タンソク)する啝咖(ワカ)灶絃(ソウゲン)の小さな(ワラ)い声だけが(トド)く。


「それなら良かった。で?いつまでそうしてんの?」


「いや無理(ムリ)。今は顔見れない」


顔を(オオ)っていた手を(ハズ)されそうになって首を()ると、ええ?、と(アキ)れたような声がした。


「何で?」


「何でもなにも…」


(コタ)えに()まっていると小さな嘆息(タンソク)と共に、ころりと身体(カラダ)(カエ)された。同時に押し付けられる感覚(カンカク)に思わず啝咖(ワカ)(イキ)()むと手も(ハズ)されてしまう。


可愛(カワ)いかったのになあ」


「ちょっと、灶絃(ソウゲン)!」


両手(リョウテ)()い付けられて(アワ)てて顔を(ソム)けると首筋(クビスジ)(シタ)()わされた。


「せっかく姉様(アネサマ)のお願いもきいてたのに」


「…お願い?」


灶絃(ソウゲン)(クチビル)(シタ)()った(トコロ)から、じんわりと熱が(タギ)るのを(コラ)える啝咖(ワカ)悪戯(イタズラ)みが見下(ミオ)ろしている。


「どうする?()()()()()()?」


ぐっと押し進まれて思わず()れそうになる声を(コラ)えると、より深く入り込まれる。


()()()()()()()()って言ったよね?(オボ)えてないの?それとも(ワス)れた()りして誤魔化(ゴマカ)したかった?」


揶揄(カラカ)うように苦笑(クショウ)しながらゆっくりと(コシ)(マワ)されては、啝咖(ワカ)(コラ)えようがない。(ソム)けていた顔を(モド)すと灶絃(ソウゲン)がくすくすと(ワラ)っていた。


啝咖(ワカ)の中に灶絃(ソウゲン)(トド)まってくれていたことに気付(キヅ)かないわけがない。啝咖(ワカ)(ノゾ)んだことだったし、昨夜(サクヤ)のことを思い出した時に()()(カナ)えてくれていたことが(ウレ)しかった。


無理(ムリ)だと言っていたのに。


(オボ)えているかも分からない啝咖(ワカ)の願いなど聞いていない()りをしていれば良かったのに。


「…灶絃(ソウゲン)はやっぱり優しすぎる」


()()優しさにこれ以上(アマ)えてはいけないと思ったから、何も気付(キヅ)いていない()りをして灶絃(ソウゲン)(ウデ)の中から出ようと思ったけれど、どうやら()()(ユル)されなかったことのようだ。


「いやあ、意地悪(イジワル)してると思うよ?」


()い止めていた啝咖(ワカ)の手を()いて灶絃(ソウゲン)(カタ)(スク)めて見せた。


「出たほうがいいなら出るよ?姉様(アネサマ)()()()()()?」


出たほうがいいなら、などと言いつつ灶絃(ソウゲン)(スデ)啝咖(ワカ)最奥(サイオウ)まで進んでいる。(タズ)ねているのに()らすように動かれては啝咖(ワカ)(アエ)ぎを(オサ)え切れない。


「…じゃあ()()にするからもう一度だけ灶絃(ソウゲン)をくれる?」


()()ねえ?」


手を()ばして(ホオ)()れた手を灶絃(ソウゲン)(ツカ)むと、(テノヒラ)(シタ)()う。びくりと身体(カラダ)(フル)わせる啝咖(ワカ)の姿に目を細められて、それだけでも啝咖(ワカ)はぞくりとしてしまう。


「ちゃんと姉と弟に(モド)るから。約束(ヤクソク)する」


「ふーん」


悪戯(イタズラ)()みを()かべたままの灶絃(ソウゲン)啝咖(ワカ)指先(ユビサキ)を強く()むと、ぽたりと血が落ちた。


「まあ姉様(アネサマ)()()()()()()()()()()()()()()?」


何処(ドコ)不満(フマン)そうな声に小さな痛みを(ウッタ)えるのも戸惑(トマド)っていると、少しだけ荒々(アラアラ)しく啝咖(ワカ)だけが(カエ)された。


「…灶絃(ソウゲン)?」


思わず名を()んでしまったが、背後(ハイゴ)から(カタ)を押し付けられ(コシ)も持ち上げられて身動(ミウゴ)きを(フウ)じられた。


「じゃあ姉様(アネサマ)の好きな口付(クチヅ)けは()()だね」


「え?それは…っつ!!」


(イヤ)だ、と(ウッタ)えたかっかったのに強く()き上げられて言葉にならない。(ウッタ)える代わりに灶絃(ソウゲン)の動きが速く強くなると(タギ)る熱と快楽(カイラク)(ナミ)()み込まれてしまう。(フカ)(ツナ)がっているのに()れられているところが押さえられている(カタ)(コシ)だけというのが啝咖(ワカ)にとっては(タマ)らなくもどかしい。心地好(ココチヨ)すぎる灶絃(ソウゲン)(ヌク)もりで身体(カラダ)(ツツ)んで()しいのに、()()()()()()()()()ことが(セツ)なくて、(アエ)ぎの中から名を()んでみるが(コタ)えてももらえない。


その()わりとでもいうようにひたすらに()き上げられ、背中(セナカ)にだけ口付(クチヅ)けが落とされていく。


「…やあ、だあっ!いじ、わるしない、でっっ!」


全身(ゼンシン)(アマ)(トコロ)なく(サワ)って()しいのに(カナ)えてもらえない。それなのに()き上げられる(イキオ)いで身体(カラダ)だけは(タギ)り切って(ノボ)っていく。


せめて身体(カラダ)がずれてしまわないように啝咖(ワカ)布団(フトン)(ツカ)むと、より一層(イッソウ)()ちつけられる(ハヤ)さが上がって最奥(サイオウ)啝咖(ワカ)の弱い部分に灶絃(ソウゲン)が当たる。


「…そこ、だめっ!」


(ウッタ)えてみるが(コタ)えはないまま、背後(ハイゴ)から両腕(リョウウデ)(ツカ)まれた。()いた身体(カラダ)の分、より(オク)灶絃(ソウゲン)が入って今度は()()だけに当たるように()き上げられる。


口付(クチヅ)けが(ユル)してもらえないなら、せめて()きしめてくれ、と(ツタ)え続けても(オウ)じてはもらえず(コラ)え切れずに(ノボ)()めて()てた身体(カラダ)()り返ることさえ(キン)じられた。啝咖(ワカ)()てると同時(ドウジ)灶絃(ソウゲン)(ヨク)最奥(サイオウ)()きだされて、(ヨク)(ネツ)を受け止めている啝咖(ワカ)両腕(リョウウデ)もようやく(ハナ)される。ぐったりと布団(フトン)(タオ)れ込むと灶絃(ソウゲン)の大きな嘆息(タンソク)だけが聞こえた。


「はい、お(シマ)い」


ぼうっとしながら息を整える啝咖(ワカ)(ホオ)をそっと()でると、灶絃(ソウゲン)はあっさりと啝咖(ワカ)の中から出た。


「…やだあ、灶絃(ソウゲン)口付(クチヅ)けて。ぎゅうってしてよ…」


()れられた手を(ツカ)んで(ネガ)ってみるが、灶絃(ソウゲン)はふふっと(ワラ)いながら立ち上がった。


「だーめ。正直(ショウジキ)にならない姉様(アネサマ)のお願いなんてきいてあげないよ」


(ホオ)()で上げてから灶絃(ソウゲン)湯殿(ユドノ)に向かって行ってしまう。


ひらひらと手を()って立ち去った灶絃(ソウゲン)を呼んでみても止まってはくれない。そのまま湯殿(ユドノ)に消えた姿を見送(ミオク)りながら、何よお、と啝咖(ワカ)はごちてしまった。ごろりと身体(カラダ)を返して(クスブ)り続ける熱を()ましにかかると、部屋の(スミ)灶絃(ソウゲン)鬼火(オニビ)()れている。その(オク)啝咖(ワカ)灶絃(ソウゲン)(コロモ)衣紋掛(エモンカ)けに()けられているのも見えた。


どうやら()れてしまった(コロモ)(カワ)かしてくれていたようだ。


()らめく鬼火(オニビ)を見ていると(アセ)だけ流してきたのだろう。身体(カラダ)()きながら出てきた灶絃(ソウゲン)啝咖(ワカ)を見ることもなく(コロモ)(マト)い始めた。


「ほら、姉様(アネサマ)支度(シタク)しないと宮に帰れないよ?」


()を起こした啝咖(ワカ)視線(シセン)も返さず支度(シタク)(トトノ)える灶絃(ソウゲン)()んでみるが、んー?、と気のない返事(ヘンジ)があるだけだ。


灶絃(ソウゲン)


「なあに?」


灶絃(ソウゲン)


「ってか姉様(アネサマ)一緒(イッショ)に出てくれないと(ジョウ)が閉めれないんだよなあ。まあ、(アト)でも良いけどさあ」


灶絃(ソウゲン)ってば!」


大きくなってしまった声にようやく()()いた灶絃(ソウゲン)嘆息(タンソク)しながら(カタ)(スク)めた。


「何だよ?()()()()るじゃん?」


上衣(ウワゴロモ)羽織(ハオ)って啝咖(ワカ)(コロモ)を手に取って(カワ)いているのを(タシ)かめてから、灶絃(ソウゲン)啝咖(ワカ)の前まで歩いてくる。


身体(カラダ)(コワ)すよ?」


目の前に(シャガミ)むと持っていた(コロモ)啝咖(ワカ)()けてはくれるが、抱きしめて()しくて()ばした手は灶絃(ソウゲン)()れることを(コバ)まれて手で(セイ)されてしまう。


「だーめ」


「…何でよお…」


問うた声は啝咖(ワカ)(オドロ)(ホド)弱々(ヨワヨワ)しい。抱きしめてもらいたいのに()されないことが(ワビ)しくて、身を乗り出して(セイ)された手を動かすが灶絃(ソウゲン)身体(カラダ)には(トド)かない。


姉様(アネサマ)が決めたんでしょ?()()にするって」


苦笑(クショウ)した灶絃(ソウゲン)は、ぽんと啝咖(ワカ)の頭を()でると、やれやれ、と立ち上がった。


姉弟(キョウダイ)(モド)るんだろ?だったら(スガ)って(モト)めちゃ駄目(ダメ)だよね?ほら、支度(シタク)して。(オレ)(サキ)(カエ)るからね」


「…っやだっ、待って」


「待たないよ?」


置かれた手が(ハナ)れると、そのまま灶絃(ソウゲン)は部屋を出て行ってしまう。からからと()が閉まる音が()むと、ずしん、と啝咖(ワカ)虚無感(キョムカン)(オソ)った。身体(カラダ)()けられた(コロモ)を引き寄せながら、つい(ウツム)いてしまう。


()()()()()()()


灶絃(ソウゲン)の優しさにこれ以上(アマ)えてはいけない。


(ナグサ)め、というのならもう充分(ジュウブン)()たしてくれた。

だからこそ『最後』だと自分に言い聞かせたのだ。


()()心地好(ココチヨ)さを自分のものだと勘違(カンチガ)いしてはならないから。


それでも、最後に()()()()()()昨夜(サクヤ)のように(イダ)いて()しかった。


「…ほんと私って我儘(ワガママ)もいいとこだわ…」


一人残された部屋で啝咖(ワカ)は長い(ジカン)(ヒザ)を抱いて(ウズクマ)ることしかできなかった。




その(アト)日々(ヒビ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただ()()()()()()()(ミヤ)に帰り()()()()()()()(ツト)めに出る。一月(ヒトツキ)()ぎ、二月(フタツキ)三月(ミツキ)が過ぎても、まるで()()一夜(ヒトヨ)のことなど無かったように灶絃(ソウゲン)態度(タイド)に変わりは無かった。当たり前のように姉と弟として過ごすことはあっても、それ以上はない。


元々(モトモト)姿(スガタ)(モド)っただけ。


ただ、()()()()()


啝咖(ワカ)()()以来(イライ)、外で(サケ)(オボ)れることをやめた。自制(ジセイ)できない(ホド)()んで磐里(バンリ)(アン)じさせてしまうことも(イヤ)だったし、何よりまた()(ツブ)れてしまっても灶絃(ソウゲン)だけはもう(ムカ)えには来てくれないことが分かっているからだ。


「たまには()みに行くか?」


(シン)が声を掛けてくれることもあったけれど、それは(ワラ)って遠慮(エンリョ)しておいた。(シン)一緒(イッショ)なら啝咖(ワカ)()(ツブ)れても心配(シンパイ)はいらないが、2人して(ツブ)れてしまった時が(オソ)ろしい。そんな事になればきっと悧羅(リラ)(ムカ)えに来てしまう。それはそれで(ウレ)しいが流石(サスガ)()()()()()(オサ)()悧羅(リラ)にはさせられない。


時折(トキオリ)、目で灶絃(ソウゲン)の姿を()ってしまうこともあったが、馬鹿(バカ)な考えを持つな、と自分に言い聞かせて過ごす。


手を()ばしたくなる衝動(ショウドウ)も、触れられない虚無感(キョムカン)も、別の(ダレ)かといる灶絃(ソウゲン)の姿を見る(タビ)(ウズ)く胸の痛みも、何もかも見ないようにしてしまえばいい。


(フタ)をして見えないようにすれば、()()()()()()から。


そんなときだった。


啝咖(ワカ)


(ツト)めを()えて帰る道すがら、樂采(ガクト)への土産(ミヤゲ)揚饅頭(アゲマンジュウ)でも買っていこうと方向を変えると、(ワス)れたかった声に()び止められた。止めたくもない(アシ)を止めて声のした(ホウ)()り向くと官服(カンプク)の男が立っている。無視(ムシ)して歩き出そうかとも思ったが、()(シズ)んだばかりでまだ民達(タミタチ)()()頃合(コロア)いだ。(ミョウ)態度(タイド)を取って噂話(ウワサバナシ)になるのは()けたかった。


「何か用?」


仕方(シカタ)無く微笑(ホホ)えんで(コタ)えたことに何を勘違(カンチガ)いしたのか安堵(アンド)(イキ)()きながら男が近寄(チカヨ)ってくる。


(ヒサ)しぶりだな。今から何処(ドコ)か行くのか?」


何処(ドコ)に行こうとあんたに(カカ)わりは無いでしょ?用が無いなら私、(イソ)ぐから」


()め寄られた分の距離(キョリ)を取りながら(キビス)を返すと(ウデ)(ツカ)まれた。


「ちょっと待てって」


(ハナ)せ、と()(ホド)きたいが、往来(オウライ)()()()()()()()()()(マタタ)()(サワ)ぎになってしまう。(ツカ)まれた(トコロ)から、ぞわりとした悪寒(オカン)が走るがどうにか(コラ)える。


「何よ?」


「いや、あのさ」


「だから何?」


(イソ)がないと店が閉まってしまう。用が無いなら早く(ハナ)して()しい。(ツカ)まれているだけでも嫌悪感(ケンオカン)(ナグ)りたいのを我慢(ガマン)しているのだ。はあ、と嘆息(タンソク)した啝咖(ワカ)にもう一歩分男が近付(チカヅ)いてくる。思わず身構(ミガマ)えた啝咖(ワカ)に男は満面(マンマン)()みで信じられないことを言ってのけた。


「今夜の相手(アイテ)いる?」


「…は…?」


「いや、居ないなら久しぶりにどうかなって」


(ワル)びれた様子(ヨウス)も無く(ワラ)っている男に啝咖(ワカ)(イカ)りが()み上げてくるのを必死に(オサ)えた。


ほんの六月(ムツキ)前に(エニシ)を切ったばかりだというのに、この男は何を言っている?


啝咖(ワカ)(オク)悧羅(リラ)を見ていたと告白(コクハク)したその口で、また同じ事を()り返そうとしているのか?


(ツカ)まれていない手が自然(シゼン)(コブシ)(ニギ)るが()り上げる(ワケ)にもいかない。


馬鹿(バカ)言わないで。相手(アイテ)()ないなら金子(キンス)持って妓楼(ギロウ)に行きなさいよ」


どうにか(イカ)りを()がそうと嘆息(タンソク)しながら、出来るだけ冷静(レイセイ)に聞こえるように伝えてみるが男は(ワラ)っているばかりだ。こっちは今すぐにでも(ナグ)(タオ)して土産(ミヤゲ)を買いに行きたいのに。こうしている(アイダ)に店が閉まって揚饅頭(アゲマンジュウ)が買えなかったら、樂采(ガクト)たちの喜ぶ顔が見れないではないか。


「もう良いでしょ、(ハナ)して」


(コブシ)()いて男の(ウデ)(ハズ)そうと手を()けると、いやいや、と余計(ヨケイ)に強く(ツカ)まれて耳元(ミミモト)に男が近付(チカヅ)く。


「お前でないと()てるって思えないだろ?」


耳打(ミミウ)ちされた言葉に、は?、と啝咖(ワカ)身体(カラダ)(カタ)まった。同時(ドウジ)六月(ムツキ)前の衝撃(ショウゲキ)絶望感(ゼツボウカン)足下(アシモト)から()い上がってくる。目の前が(クラ)くなって()れてくる(イキ)(クズ)れ落ちそうになる(ヒザ)(クチビル)()んで耐え()えた。


大丈夫(ダイジョウブ)、なんでもない。


()()()()()()()()()()()()()()()


(クラ)べられることになど()れている。


だからこれまでそうしてきたように(カル)(カワ)して何事(ナニゴト)も無かったかのように立ち()れば良い。


大きく(イキ)()いてから言い返そうとした啝咖(ワカ)身体(カラダ)が勢いよく(ウシ)ろから抱きしめられた。


姉様(アネサマ)具合(グアイ)(ワル)いの?」


羽交締(ハガイジ)めにされて(アオ)ぎ見ることは出来ないが声と(アマ)(カオ)りで(ダレ)なのか容易(タヤス)く分かってしまう。目の前の男に触れられた時とは(チガ)う温かさに、身体(カラダ)(フル)えた。


「…灶絃(ソウゲン)


「朝から調子(チョウシ)(ワル)そうだったもんな。ああ、お前が気遣(キヅカ)ってくれてたの?」


頭上(ズジョウ)から聞こえる声は(オダ)やかに聞こえるが()()()()()()啝咖(ワカ)(ウデ)(ツカ)んだままの男の手首(テクビ)灶絃(ソウゲン)が強く(ニギ)っているし、何より灶絃(ソウゲン)はよく知らない者を『お前』などと言うことをしない。


「あ…、灶絃若君(ソウゲンワカギミ)


(ツカ)まれた手首(テクビ)から、みしみしと音が(ヒビ)くと男の手が啝咖(ワカ)から(ハナ)れた。触れられていた場処(バショ)灶絃(ソウゲン)(ウデ)が当たると感じていた悪寒(オカン)が消えた。


「ありがとうね。(アト)()き取るよ」


びしり、と(ニブ)い音がすると男が顔を(ユガ)めたが(サワ)ぎにしてはならない、と分かったようだ。


「いえ、姫様(ヒメサマ)大事(ダイジ)が無くて何よりです」


「うん、ありがとう」


にっこりと(ワラ)った灶絃(ソウゲン)が手を(ハナ)すと男も足早(アシバヤ)に去っていく。民達(タミタチ)(ナミ)(マギ)れて男の姿が見えなくなると、啝咖(ワカ)身体(カラダ)から力が()けた。ほうっと大きく(イキ)をしてから(ササ)えてくれていた灶絃(ソウゲン)(ウデ)(タタ)く。


「ありがと、灶絃(ソウゲン)。もう大丈夫(ダイジョウブ)


「…()()()?」


(ウデ)(ハナ)そうとしない灶絃(ソウゲン)(ウデ)から啝咖(ワカ)が出るが灶絃(ソウゲン)の目は、まだ男が去った方向(ホウコウ)を見ている。


「ん?ああ、そうだね」


「何か言われた?」


何処(ドコ)となく不機嫌(フキゲン)そうな声音(コワネ)啝咖(ワカ)は首を(カシ)げた。


()()()()、何でもないことよ」


「は?」


視線(シセン)啝咖(ワカ)(モド)した灶絃(ソウゲン)(マユ)(ヒソ)めている。それにますます(クビ)(カシ)げて啝咖(ワカ)微笑(ホホエ)んで見せた。


()れてるって言ったでしょ。気にしてないよ。それより、ほら」


何か言いたそうな顔の灶絃(ソウゲン)の後ろで袽華(ジョカ)が手を()っているのが見えて、啝咖(ワカ)も手を()り返す。この(ジカン)から袽華(ジョカ)が動いているということは()()()()()()()()()()()()()め2人で(トモナ)って袽華(ジョカ)の店に行こうとした所で(カラ)まれていた啝咖(ワカ)を見かけたといったところか。


袽華姐(ジョカネエ)が待ってる。早く行って」


「え?ああ…、」


啝咖(ワカ)(シメ)した(ホウ)()り向いた灶絃(ソウゲン)袽華(ジョカ)に手を()げられている。


「でも姉様(アネサマ)は?」


大丈夫(ダイジョウブ)だって。樂采(ガクト)にお土産(ミヤゲ)買って行こうと思ったけど、今日は(アキ)らめて帰るよ。もうおばちゃんの店も閉まっちゃっただろうし。明日、樂采(ガクト)一緒(イッショ)に買いにくれば良いしね」


「…樂采(ガクト)学舎(マナビヤ)じゃん」


「帰ってきてから行けばいいでしょ?加嬬(カジュ)にも(アマ)いものあげたいし、丁度(チョウド)良いよ」


(ワラ)って(コタ)える啝咖(ワカ)視線(シセン)(サキ)で、待ちくたびれたのか袽華(ジョカ)近付(チカヅ)いて来るのが見える。


「あー、…姉様(アネサマ)、明日休みなの?」


「そうだよ?ほら。袽華姐(ジョカネエ)来たよ」


何故(ナゼ)か頭を()いている灶絃(ソウゲン)(ムネ)(タタ)いて教えると、袽華(ジョカ)がするりと灶絃(ソウゲン)身体(カラダ)(ウデ)(カラ)ませた。その姿にちくりと(ムネ)が痛んだが(サト)られないよう懸命(ケンメイ)()み込んで笑顔(エガオ)を作る。


袽華姐(ジョカネエ)相変(アイカ)わらず綺麗(キレイ)だね」


「ありがとうよ。それより姫様(ヒメサマ)大事(ダイジ)ないのかい?変なのに(カラ)まれちまったねえ」


()いた手で啝咖(ワカ)(ホオ)()でながら(アン)じてくれる姿さえも袽華(ジョカ)妖艶(ヨウエン)だ。ただでさえ美しい袽華(ジョカ)灶絃(ソウゲン)と共にあっては、道行(ミチユ)く者たちもちらほらと見てしまうようで、向けられる視線(シセン)が痛い。


「うん、平気(ヘイキ)。ごめんね、灶絃(ソウゲン)()りちゃって」


「お馬鹿(バカ)な事を気にすんじゃないよ。姫様(ヒメサマ)に何かあったら、あたしゃ泣いちまうよ。若様(ワカサマ)、送ってやるかい?」


「え?大丈夫(ダイジョウブ)だってば」


袽華(ジョカ)(ウナガ)された灶絃(ソウゲン)()(シメ)す前に啝咖(ワカ)は急いで()した。今、灶絃(ソウゲン)と共に居たら、また(スガ)り付いてしまう。先程(サキホド)(カイナ)(ツツ)まれただけでもう胸が苦しくなっている。その上、袽華(ジョカ)と寄り沿()う姿まで見てしまっては、早々(ソウソウ)にこの場を(ハナ)れないと他者(タシャ)も目も(ハバカ)らず何をするか自分でも分からない。


閨事(ネヤゴト)での灶絃(ソウゲン)を知っている者が他にもいるからの(ツラ)さなのか、それとも別のものなのかは啝咖(ワカ)にも分かっている。

分かっているからこそ、今は共に居ない方が良い。


目の前で啝咖(ワカ)を送る話が進みそうになって(アワ)てて啝咖(ワカ)は、哀玥(アイゲツ)、と(ツブ)やいた。一呼吸(ヒトコキュウ)(アイダ)に、するりと現れた哀玥(アイゲツ)啝咖(ワカ)()()ってくれる。


『お()びでございますか、姫君(ヒメギミ)


「ごめんね()んじゃったりして」


ふわりとした体躯(タイク)()でると、心なしか胸の痛みも落ち着いてくる。


「ちょっと変なのに(カラ)まれちゃって。灶絃(ソウゲン)袽華姐(ジョカネエ)が助けてくれたんだけど、2人とも心配して宮まで送るだなんて言い出すんだもん。邪魔(ジャマ)しちゃ(ワル)いでしょ?」


話す啝咖(ワカ)哀玥(アイゲツ)が目を(ホソ)めた。


成程(ナルホド)。…小生(ショウセイ)をお()びいただけるとは、(ホマレ)でございますね』


低く()きながら哀玥(アイゲツ)体躯(タイク)を大きくすると啝咖(ワカ)(クワ)えて、ぽいっと背に乗せた。わっ、としがみついている内に2人に(レイ)を済ませると、すぐに()け出してくれる。


哀玥(アイゲツ)!?」


灶絃(ソウゲン)の声だけが聞こえたが、2人の姿もすぐに見えなくなって啝咖(ワカ)も大きく嘆息(タンソク)すると、哀玥(アイゲツ)の背中に身体(カラダ)(アズ)けた。


「ほんとごめんね、哀玥(アイゲツ)。助かったよ」


『なんの。(ウレ)しゅうございますよ。…皆様方(ミナサマガタ)には何も(モウ)さぬ方がよろしいのでございましょう?』


「…流石(サスガ)哀玥(アイゲツ)


身体(カラダ)(アズ)けた背をぎゅうっと抱きしめると、哀玥(アイゲツ)はくすくすと低く(ワラ)っている。


『少しばかり小生(ショウセイ)遠乗(トオノ)りして(モド)ると(イタ)しましょう。姫君(ヒメギミ)難儀(ナンギ)しておられる御様子(ゴヨウス)、しばし落ち着けられてもよろしゅうございましょう?』


「助かる」


宮とは反対の方に()けてくれる哀玥(アイゲツ)毛並(ケナ)みに顔を(ウズ)めていると、して、と声がした。


(オロ)か者は何処(イズコ)に?』


「何で分かる…って、何でそんなこと聞くの?」


容易(タヤス)いことにございましょう?小生(ショウセイ)(タカラ)である姫君(ヒメギミ)(オトシ)めんとする愚者(グシャ)など、がぶりと()らわせねば』


低く(ウナ)りながら、さも当たり前のように言ってくれる哀玥(アイゲツ)啝咖(ワカ)()き出してしまう。あはは、と声を上げて笑うと(ヘビ)の尾でぱしりと(タタ)かれた。


(ワラ)いごとではございませぬよ?』


「うん。でも大丈夫(ダイジョウブ)。ありがとう、哀玥(アイゲツ)。…大好き…」


より一層(イッソウ)力を込めて哀玥(アイゲツ)を抱きしめると、ふふっと笑いが返された。


『なんと(ホマレ)なことでございましょう。さあ、姫君(ヒメギミ)。少しばかりお休みください。良き虚言(キョゲン)小生(ショウセイ)(コウ)じておきます(ユエ)


「今日、一緒(イッショ)()てくれる?」


『おや、これ以上の(ホマレ)(タマワ)れますとは…。姫君(ヒメギミ)()()で心(オダ)やかになられるのであれば(ヨロコ)んで御側(オソバ)(ハベ)らせていただきましょう。さあ、お休みくださいませ。…小生(ショウセイ)()()()()()()()()()()()()


伝えられた言葉(コトバ)の重みに、うん、と応えた啝咖(ワカ)身体(カラダ)()でる風と哀玥(アイゲツ)(ヌク)もりで、すとんと(ネム)りに落ちてしまった。


お楽しみいただけましたか?

読んでくださってありがとうございます。

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