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唯一【漆】《ユイイツ【シチ】》

遅くなりました。

更新します。

隊舎(タイシャ)(マド)から見える月を(ナガ)めて、終わったあ、と灶絃(ソウゲン)は大きく()びをした。安穏(アンノン)(キズ)かれている里とはいえ民達(タミタチ)平穏(ヘイオン)享受(キョウジュ)し続ける(タメ)には見廻(ミマワ)りは()かせない。(マワ)ることで民達(タミタチ)と話し日々(ヒビ)()らしがつつがなく()ごせているか確かめる、それも里を(マモ)近衛隊(コノエタイ)としての大切な(ツト)めのひとつだ。(オサ)護衛(ゴエイ)近衛隊(コノエタイ)(オモ)たる責務(セキム)だが、その(オサ)である悧羅(リラ)(タミ)()らしぶりに大きな貧富(ヒンプ)()が出ること(イト)うからだ。東王父(トウオウフ)からの(マジナイ)を受けたときに()()たりにした(タミ)困窮(コンキュウ)悧羅(リラ)はそのままにはせず、荊軻(ケイカツ)調(シラ)べを(スス)めさせ(マジナイ)身体(カラダ)(ムシバ)むまで(ミズカ)ら里に()りては話を聞いていた。


(タミ)()くして(オサ)()らず」


悧羅(リラ)常々(ツネヅネ)口にしている言葉(コトバ)だが、その言葉(コトバ)(イツワ)りがないことは子である灶絃(ソウゲン)がよく知っている。里に()りれば(タミ)と同じ目線(メセン)(ヒザ)()って話し、その背中(セナカ)には童達(ワラベタチ)が飛びついてしまう。学んだ史実(シジツ)の中でも()()()(オサ)など()はない。(オサ)とは里において何よりも高貴(コウキ)(タツト)ぶべき(カタ)であり、(ジカ)に話すなど、ましてやその身体(カラダ)()れるなど一介(イッカイ)(オニ)(ユル)されることではない。(ユル)されることではないのだが、悧羅(リラ)にとっては民達(タミタチ)と言葉を()わし()らしぶりを見れることの方が大切(タイセツ)なのだと、(オサナ)(コロ)からよく言って聞かされていたものだ。


(オサナ)(コロ)近衛隊(コノエタイ)入隊(ニュウタイ)する前には灶絃(ソウゲン)強請(ネダ)って(トモ)に行っていたが、最初は妲己(ダッキ)から降りる悧羅(リラ)に飛びついてくる童達(ワラベタチ)や、(ウレ)しそうに(マワ)りを()(カコ)民達(タミタチ)の姿に(オドロ)いた。それでも幼心(オサナゴコロ)民達(タミタチ)悧羅(リラ)(シタ)ってくれているのが分かって(ホコ)らしくもあった。灶絃(ソウゲン)が共に行くようになったときには当たり前のような悧羅(リラ)の姿が()()()()()()()()気付(キヅ)いたのは学舎(マナビヤ)(カヨ)い始めてからだった。(ウレシ)そうに(タミ)()れ合う悧羅(リラ)気軽(キガル)に1人で里に降りることができるようになったのには(シン)助力(ジョリョク)があったということも(ノチ)に知った。


ちらりと視線(シセン)隊舎(タイシャ)(オク)(ウツ)すと(シラ)せを(シタタ)めている(シン)の姿が目に入る。(ツクエ)()まれた文書(モンジョ)の山に(ウズ)もれながら、(ミヤ)(カエ)りたい、とぼやいている姿(スガタ)苦笑(クショウ)してしまうが悧羅(リラ)のこととなれば何をおいても(カナ)えようとする姿勢(シセイ)(コノ)ましい。それだけ(シン)にとって悧羅(リラ)が大きな存在(ソンザイ)だということも知っている。知ってはいるが時折(トキオリ)()()(フカ)愛情(アイジョウ)悧羅(リラ)もよく受け止め切れるものだと(アキ)れてしまうことがあるのは(イナ)めない。子としては親の(ナカ)(ムツ)まじいことは素直(スナオ)(ヨロコ)ばしいし、()()(シン)なのだから仕方(シカタ)ないとも(ナカ)(アキラ)めてもいる。まあいいか、と思い(ナオ)して灶絃(ソウゲン)(シン)(ツクエ)の前まで()を進めた。


父様(トウサマ)まだ終わりそうにないんだろ?(サキ)(カエ)るよ、(オレ)


近付(チカヅ)いた分、()まれた文書(モンジョ)の多さがよく見えて小さな(ワラ)いも出てしまうが、手伝(テツダ)おうなどとはおいそれと言い出せない。()()()()()()()隊長(タイチョウ)である(シン)(ミト)めが必要なもので、部隊長(ブタイチョウ)である灶絃(ソウゲン)たちが一度目を通した後に()げたものだからだ。とはいえ日々(ヒビ)(ツクエ)に向かってだけいれば片付(カタヅ)(ハズ)なのだが、(シン)(ツト)めは(ツクエ)()り付いてばかりもいられない。(ミヤ)膝下(ヒザモト)でもある(サト)中心(チュウシン)見廻(ミマワ)りには必ず出向(デム)くし隊士達(タイシタチ)への鍛錬(タンレン)もある。(ツト)めが多いのもあるが文書(モンジョ)(タシカ)めが(トドコオ)るのは()()()()原因(ゲンイン)ではない。休憩(キュウケイ)(ショウ)して一日に幾度(イクド)悧羅(リラ)に会いにいくからだ。とはいえ、それをやめさせようとすれば()ねてしまって余計(ヨケイ)(ツト)めにもならないことも分かっている。それだけ里が安泰(アンタイ)だということでもあるので、まあいいかと思ってもいるのだが(アマ)(シン)(アマ)いことを言おうものなら御目付役(オメツケヤク)啝咖(ワカ)皓滓(コウサイ)(シカ)られてしまう。灶絃(ソウゲン)としては悧羅(リラ)(ソバ)に少しでも(モド)りたい気持(キモ)ちも分からないでもないので(シン)味方(ミカタ)をしてやりたいのだが姉兄(シケイ)(テキ)(マワ)すと(アト)(コワ)いのだ。


「ええ?灶絃(ソウゲン)まで帰るって今何刻(ナンジ)?」


(イヌ)(コク)はとっくに(マワ)ったよ」


(コタ)えると、(ウソ)だろ?、と(アワ)てたように(シン)文書(モンジョ)から目を上げた。そのまま(マド)の外を見やると(タカ)(ノボ)った月を見留(ミトド)めて頭を(カカ)えている。


「うわあ、やばいな。そろそろ(モド)らないと悧羅(リラ)が待ってるじゃないか」


「だろうね。(サキ)(モド)ってそろそろだって(ツタ)えようか?」


(アワ)てて(ツクエ)の上を片付(カタヅ)け始める(シン)を見ながら苦笑(クショウ)すると、うーん、と何やら(ナヤ)みながら隊舎(タイシャ)の中を見廻(ミマワ)している。とはいえ残っているものなど(カゾ)えるほどしか()ない。だからこそ灶絃(ソウゲン)(クダ)けた話し方が出来ているのだ。残っていた数人(スウニン)隊士達(タイシタチ)(モド)るように伝えてから(シン)も立ち上がって大きく()びをしている。


「いいや、悧羅(リラ)のとこにはすぐに(モド)るよ。お前が伝えてくれたって言う事聞かないだろ?」


「いつものことでしょうが。心配(シンパイ)しなくても(ダレ)かは(ソバ)にいるでしょ」


(シン)(モド)るまで悧羅(リラ)縁側(エンガワ)で待つのはいつものことだ。あまり身体(カラダ)()やすものではないと言うのだが悧羅(リラ)は、どうということはないと聞いてはくれない。少し()れれば容易(タヤス)手折(タオ)れてしまいそうな母が心配(シンパイ)で子どもたちの(ダレ)かは必ず(ソバ)()るようにはしている。というのは建前(タテマエ)で本当は(ダレ)もが少しでも悧羅(リラ)(ソバ)()ごしたいだけという方が正しいだろう。


「それはそうなんだけど()(ミンナ)(イソガ)しくしてるからな。早く(モド)って引き取らないと無理(ムリ)させたくないなあ」


「あー、父様(トウサマ)?そこは大丈夫(ダイジョウブ)だと思う。むしろ(オソ)(カエ)ってもらった方が(オレ)たちは母様(カアサマ)と長く()ごせるから(ウレ)しいし、何なら一晩二晩(ヒトバンフタバン)くらい隊舎(タイシャ)()めてもらっても(カマ)わないって(ミンナ)思ってるから」


(ヒド)い…」


大袈裟(オオゲサ)(カタ)を落としてみせる(シン)を置いて、じゃあね、と(キビス)(カエ)すと灶絃(ソウゲン)隊舎(タイシャ)を出ると(ミヤ)に向かって()けだした。里の(アカリ)見下(ミオ)ろしながら(シバラ)()けると山の中腹(チュウフク)の宮までなどあっという()()いてしまう。そのまま高度(コウド)()げて中庭(ナカニワ)()り立つと、いつものように縁側(エンガワ)腰掛(コシカ)けている悧羅(リラ)が見えた。(トナリ)には玳絃(タイゲン)の姿もあるということは、今日の御目付役(オメツケヤク)玳絃(タイゲン)が勝ちとったようだ。


「お(モド)りやし」


(オダ)やかに微笑(ホホエ)んで手招(テマネ)きされて、つい灶絃(ソウゲン)小走(コバシ)りに()()って()きついてしまう。


「ただいま、母様(カアサマ)


「おやまあ、幼子(オサナゴ)のようじゃ」


くすくすと(ワラ)いながらも悧羅(リラ)が優しく抱き返してくれると、ふわりと(アタタ)かな(カオリ)灶絃(ソウゲン)(ツツ)まれた。(スデ)悧羅(リラ)背丈(セタケ)()えた(ヨワイ)300にもなろうとする灶絃(ソウゲン)がこうして抱きついても悧羅(リラ)は当たり前のように受け入れてくれる。(ツト)めとはいえ少しばかり()()めていた気持ちがほろりと(ホグ)れていくのを感じながら灶絃(ソウゲン)悧羅(リラ)から()(ハナ)すと縁側(エンガワ)腰掛(コシカ)けた。


「あれ?今日はもうお(シマ)いでいいの?」


悧羅(リラ)の向こう(ガワ)からきょとりとした声で玳絃(タイゲン)(タズ)ねてくる。


母様(カアサマ)(ヨゴ)れるからね」


(メズラ)しい。いつもそんなこと気にもしないじゃないか、ねえ妲己(ダッキ)?」


“ほんに。何やら灶絃若君(ソウゲンワカギミ)らしからぬような”


(オドロ)いたような2人に何でもないと(ワラ)ってみせるが(ギャク)体調(タイチョウ)が悪いのではないかと心配(シンパイ)されてしまう。


「だって父様(トウサマ)がもうすぐ帰ってくるんだもん。母様(カアサマ)()()いてたら(ホウ)り出されるだろ?」


言いながら灶絃(ソウゲン)苦笑(クショウ)すると、ああねえ、と玳絃(タイゲン)妲己(ダッキ)納得(ナットク)したように嘆息(タンソク)した。


(オレ)だって母様(カアサマ)をたまには(ヒト)()めしたいけどさあ。(ツカ)れてんのにこれ以上母様(カアサマ)()()いで父様(トウサマ)(アラソ)うなんてごめんだよ」


(カタ)(スク)めてみせる灶絃(ソウゲン)の横で悧羅(リラ)はくすくすと(ワラ)いながら、ぽんぽんと自分の(ヒザ)(タタ)いている。


「ほれ、おいでやし灶絃(ソウゲン)


母様(カアサマ)、それはすっごい誘惑(ユウワク)なんだけど?」


すぐにでも()びつきたい気持ちを必死(ヒッシ)(コラ)える灶絃(ソウゲン)の姿が余程(ヨホド)可笑(オカ)しいのか悧羅(リラ)もますます(ワラ)いを(フカ)めた。


「なにを(コラ)えることがある?灶絃(ソウゲン)(ワラワ)(アマ)ゆることを(ダレ)(トガ)められようか」


「まあ、そうなんだけど」


灶絃(ソウゲン)らしゅうおってくれねば(ワラワ)(サミ)しゅうなるえ?」


ほれほれ、と(ヒザ)(シメ)され(ツヅ)けて灶絃(ソウゲン)苦笑(クショウ)してしまう。この(トシ)で母に(アマ)え続けるのも如何(イカガ)なものかとは思うのだが、どうこうしたところで()()母に(カナ)うはずもない。


「それもそっか!」


ふはっと(ワラ)ってごろりと悧羅(リラ)(ヒザ)(コウベ)(アズ)けると安堵(アンド)したような嘆息(タンソク)玳絃(タイゲン)妲己(ダッキ)から聞こえてくる。何やら(ミョウ)心配(シンパイ)されているのは不本意(フホンイ)なのだが悧羅(リラ)(ヒザ)占有(センユウ)できるのならそれでもいいか、と思えてしまう。(ヒタイ)()でてくれる悧羅(リラ)の手が心地良(ココチヨ)くて()(ユダ)ねていると、ええ?、と(シン)の声とともに中庭(ナカニワ)()り立つ音がした。


「何で(オレ)場処(バショ)が取られてるんだよ?」


悧羅(リラ)たちから(ムカ)えの声を()けられながら近付(チカヅ)いてきた足音(アシオト)灶絃(ソウゲン)のすぐ(ソバ)()まると(ヒタイ)を、ぴんっ、と(ハジ)かれた。いてっ、とぼやいて(マブタ)を上げると小さく(ワラ)ったままで(シン)灶絃(ソウゲン)の頭を()でた。


玳絃(タイゲン)一緒(イッショ)に居てくれたのか?ありがとな」


「まだ(オソ)くったって良かったのに。灶絃(ソウゲン)じゃないけど(オレ)だって母様(カアサマ)一緒(イッショ)()たいんだからさ」


灶絃(ソウゲン)の頭を()でながら(シン)(レイ)を言うと玳絃(タイゲン)残念(ザンネン)そうに(カタ)(スク)めて見せた。


「…何だか近頃(チカゴロ)子どもたちが(オレ)(ツメ)たい…。悧羅(リラ)だけじゃなくて少しは(オレ)にも一緒(イッショ)()たいとか言ってくれないのかよお…」


「だって父様(トウサマ)とは(ツト)めでずっと一緒(イッショ)じゃないか。(ハナ)れて(サミ)しいとか思う(イトマ)も無いんだもん。でも母様(カアサマ)とはなかなか一緒(イッショ)()れないからね。それこそ(ヒト)()めなんて、そうそう出来(デキ)ないからさあ」


「そりゃそうだろうけど何か(オレ)だけ()(モノ)にされてる感じがするんだよなあ」


その場に(ウズクマ)って大きな嘆息(タンソク)を落とす(シン)に、ざまはないな、と妲己(ダッキ)が大きな()()りながら(ワラ)っている。


「そんなに落ち込まなくても…。父様(トウサマ)大事(ダイジ)じゃないって(ワケ)じゃないんだから。なあ、灶絃(ソウゲン)?」


(ワラ)いを(コラ)えながら玳絃(タイゲン)に話を()られて灶絃(ソウゲン)も、うん、と(コタ)えながらごろりと身体(カラダ)を横に向けた。顔が悧羅(リラ)(ハラ)に付くと(ウデ)(マワ)して細い身体(カラダ)()()った。


父様(トウサマ)がずっと母様(カアサマ)(ヒト)()めするから(オレ)たちは母様(カアサマ)不足(ブソク)なんだよ。たまには(アマ)えさせてもらわないと折角(セッカク)()んでもらったのに民達(タミタチ)より(トオ)い時があるんだもん」


ぎゅうっと悧羅(リラ)に抱きつく灶絃(ソウゲン)(コウベ)は変わらず(シン)悧羅(リラ)の手で()でられ(ツヅ)けている。より近くで悧羅(リラ)(ニオ)いに(ツツ)まれると、ほうっと心の(ソコ)から安堵(アンド)(イキ)()れてくる。つい()れてしまった灶絃(ソウゲン)本音(ホンネ)玳絃(タイゲン)が、分かる、と同意(ドウイ)すると悧羅(リラ)は、おや?、と(クビ)(カシ)げた。


母様(カアサマ)(オサ)だから民達(タミタチ)大事(ダイジ)にするのは分かるんだよ?そうでなきゃ母様(カアサマ)じゃないっても分かるんだけど、たまに(サミ)しくなるんだよ」


玳絃(タイゲン)言葉(コトバ)悧羅(リラ)(シン)が目を合わせて悧羅(リラ)にしがみついたままの灶絃(ソウゲン)に落とされる。ぽん、と2人から身体(カラダ)(タタ)かれて仕方(シカタ)なく灶絃(ソウゲン)もずっと()()んでいた思いを()き出さざるを()ない。


母様(カアサマ)の1番は父様(トウサマ)で2番目が民達(タミタチ)で…。(オレ)たちは3番目なんだろうなって思っちゃうんだ」


ますます悧羅(リラ)(ハラ)に顔を押し付けながら嘆息(タンソク)する灶絃(ソウゲン)()でる手が一瞬(イッシュン)止まったけれど、すぐにそれまでよりも(ヤサ)しく2人の手が動き始めた。


馬鹿(バカ)だなあ、お前らは(オレ)悧羅(リラ)(タカラ)なんだぞ?順番(ジュンバン)なんて付けられる(ハズ)もないし、(ダレ)かと(クラ)べるなんて考えたこともないよ?」


「それは(ミンナ)分かってるんだけどね?いい(トシ)した(オニ)なんだし父様(トウサマ)母様(カアサマ)()()()()()()考えてないってのもちゃんと知ってるんだけど。たまには()()()子どもとして2人の(ソバ)()たいんだよ」


「2人っていうか出来れば母様(カアサマ)とね。父様(トウサマ)は何だかんだ言っても(ツト)めの時だろうと、ちゃんと父様(トウサマ)の顔になってくれるから。(オレ)たちも()()(アマ)えてるとこあるし」


ふふっと(ワラ)玳絃(タイゲン)に今度は(シン)が首を(カシ)げた。


(ツト)めでは贔屓(ヒイキ)してないぞ?お前らが精進(ショウジン)して(チカラ)を付けてくれたから副隊長(フクタイチョウ)なり部隊長(ブタイチョウ)なり(マカ)せてるんだからな?」


実際(ジッサイ)のところ(ツト)めに()いて子どもたちを贔屓(ヒイキ)しているとは(シン)は思っていない。(シン)悧羅(リラ)の子であるから素質(ソシツ)充分(ジュウブン)()宿(ヤド)してはいただろうとは思う。けれど()宿(ヤド)した素質(ソシツ)だけならば一本角(イッポンヅノ)民達(タミタチ)と何ら変わりはしない。悧羅(リラ)()(カク)として(シン)(モト)から強かったわけではないし事実(ジジツ)強さに然程(サホド)(コダワ)りもしていなかった。ただ強さが必要(ヒツヨウ)になったから、ひたすらに鍛錬(タンレン)(カサ)ねた結果(ケッカ)、ようやく近衛隊(コノエタイ)隊長(タイチョウ)()くことが出来ただけだ。だからこそ素質(ソシツ)があろうと開花(カイカ)させるには己自身(オノレジシン)気持(キモ)ちと、()()見合(ミア)うだけの努力(ドリョク)必要(ヒツヨウ)だと(イタ)(ホド)に知っている。子どもたちが産まれた時から背負(セオ)わせてしまった重圧(ジュウアツ)(ツブ)されないように、()()()()()(ハラ)うように、其々(ソレゾレ)鍛錬(タンレン)(カサ)ねていることも。その努力(ドリョク)()(ムス)んだだけだと考えていたが()()()()()()(マワ)りからは見えているのだろうかと不安(フアン)になる。


頭を(カカ)えた(シン)を、馬鹿者(バカモノ)が、と妲己(ダッキ)()(タタ)くと玳絃(タイゲン)(コラ)え切れずに()き出している。


「そんなこと思ってないしそんなことする父様(トウサマ)じゃないでしょ?近衛(コノエ)なんて母様(カアサマ)(マモ)前線(ゼンセン)(チカラ)の無い(ヤツ)()けるなんて父様(トウサマ)がしたくても荊軻(ケイカツ)さんたちが(ユル)さないだろ?」


「それはそうだけど」


「そうじゃなくて(オレ)たちがきつい思いしてる時とかでも、父様(トウサマ)はいつもすぐ(ソバ)()て見てくれてるからまだ(アマ)えるのも我慢(ガマン)できるけど母様(カアサマ)にはそう出来ないから、ちょっと(サミ)しいってことなんだよ」


「なるほどねえ」


ちらりと(シン)悧羅(リラ)(ヒザ)の上を見るが灶絃(ソウゲン)()を向けたままだ。


姚妃姫君(ヨウヒヒメギミ)がお生まれになるまでは、玳絃若君(タイゲンワカギミ)灶絃若君(ソウゲンワカギミ)末子(マツゴ)であられた(ユエ)。お2人とも(アルジ)(コイ)しゅうなられたのだろうよ。(ワレ)のように”


くっくっと(ワラ)いながら()()られて玳絃(タイゲン)もふふっと(ワラ)うが、灶絃(ソウゲン)は動かない。()てしまったのか、と(シン)悧羅(リラ)視線(シセン)だけで(タズ)ねてみたが小さく(クビ)()られた。どうやら気恥(キハ)ずかしいだけのようだが、しがみつかれたままの悧羅(リラ)何処(ドコ)(ウレ)しそうでもある。


身体(カラダ)(オオ)きゅうなれど(ワラワ)にとりてはかけがえのない子であるというに。妲己(ダッキ)とて何者(ナニモノ)にも()えられぬのじゃがのう…」


(ゾン)()げておりますよ?なれど(ワレ)のように若君方(ワカギミガタ)(アルジ)御側(オソバ)(ハベ)れておるとは(モウ)せませぬでしょうや”


(サト)すような妲己(ダッキ)に、それもそうか、と(シン)も少し考え始めた。樂采(ガクト)(ヤッ)つになり昼間(ヒルマ)学舎(マナビヤ)(カヨ)っている。とはいえ樂采(ガクト)(マモ)りは睚眦(ガイシ)(ニナ)っているし一昔前(ヒトムカシマエ)のように悧羅(リラ)妲己(ダッキ)の2人の(ジカン)はとれてはいるのだろう。悧羅(リラ)が里に()りる時は(シン)妲己(ダッキ)が共に行くし、ともすれば物忌(モノイ)みの(アイダ)妲己(ダッキ)寝所(シンジョ)に来るようになっている。そう考えれば子どもたちが悧羅(リラ)()ごせる(ジカン)妲己(ダッキ)よりも少ないのだろう。


(シン)()れば(アルジ)御側(オソバ)近くには()れぬ。それこそ(ワレ)のようには、だ。()()()らぬということではないがな”


「…(オレ)のだけどね?」


()()()()()、ということだろうに”


目を(ホソ)めた妲己(ダッキ)(シン)も頭を()いてしまった。確かにこれまでも、たまには悧羅(リラ)()してくれ、と言われていた。都度(ツド)、自分のだからと流していたが子どもたちは純粋(ジュンスイ)悧羅(リラ)と過ごしたいと(ウッタ)えていたのだろう。(ナイガシ)ろにしていたつもりはないのだが、子どもたちからすれば(オサ)としてではなくただ自分(ジブン)だけの母として悧羅(リラ)(トナリ)に居れる(ジカン)(ホッ)していたのだ。


「お前らも悧羅(リラ)に甘えたいんだなあ」


小さく(ワラ)えてもきてしまうが、それだけ子どもたちは悧羅(リラ)(ササ)えにしているということだ。(シン)、と声を()けられて悧羅(リラ)を見ると(オダ)やかに微笑(ホホエ)みながら灶絃(ソウゲン)(カミ)(イト)おしそうに()いている。


(イク)つになっても母親(ハハオヤ)特別(トクベツ)ってことなんだろうね」


(チチ)も、であろうて」


くすくすと(ワラ)悧羅(リラ)(ヒタイ)口付(クチヅ)けてから(シン)灶絃(ソウゲン)(コウベ)を、ぽんっと()でた。(シン)悧羅(リラ)も早くに父母(フボ)()くしたから(コイ)しいとも思わない。()()()れていた状況(ジョウキョウ)では()くしたことを(カナ)しむ余裕(ヨユウ)もなかったというのが(タダ)しいが、だからこそ子どもたちの思いに気付(キヅ)くのが(オソ)くなったのは(イナ)めない。自分たちが通ってきた道ではないから意識(イシキ)が向かなかったとも言えるが、それで子どもたちに(サミ)しさや我慢(ガマン)()いるのは(シン)悧羅(リラ)本意(ホンイ)ではないのだ。


どれだけ(トシ)(カサ)ねようと、大切な子たちであることは変わらないのだから。


「まあ、悧羅(リラ)(オレ)のなんだけど玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)にとれば大事(ダイジ)母親(ハハオヤ)だもんなあ。…じゃあとりあえずもう少しだけ待てるか?1人ずつ悧羅(リラ)十分(ジュウブン)()ごせるように(ジカン)とれるようにしてみる」


ぽんぽん、と(シン)灶絃(ソウゲン)身体(カラダ)(タタ)くと、え?、と灶絃(ソウゲン)が顔を向けただけでなく玳絃(タイゲン)までもきょとりとしている。


悧羅(リラ)(ソバ)()やされるもんな。お前たちだけじゃなくて子どもたちや舜啓(シュンケイ)たちまで手を()げるだろうから(ツト)めの中身(ナカミ)を見ながらになっちゃうけど、さしずめ7日くらいずつあればとりあえずは()りそうか?」


()りるも何も…。それは昼間母様(カアサマ)(ヒト)()めしてもいいってこと…?」


「そうだけど?だってそうしたいんだろ?」


きょとりとしながら、当たり前だと(コタ)えた(シン)玳絃(タイゲン)は身を乗り出し、灶絃(ソウゲン)(イキオ)いよく悧羅(リラ)(ヒザ)から飛び起きた。


「「いいの!?」」


嬉々(キキ)として(カガヤ)き始めた2人の(セガレ)の顔に、本当に我慢(ガマン)させていたことが見えて(シン)苦笑(クショウ)してしまうしかない。


「お前たちも色んなことを背負(セオ)って頑張(ガンバ)ってるからね。たまには御褒美(ゴホウビ)ってことでもいいでしょ。もちろん悧羅(リラ)がいいならだけど…。どうする?」


聞くまでもないことだが一応(イチオウ)(タズ)ねてみると(スズ)を転がすように悧羅(リラ)(ワラ)ってくれている。


「子らと(トモ)()れるなど(ワラワ)への褒美(ホウビ)ではないかえ?」


「だろうねえ。まあ悧羅(リラ)と過ごした後は(オレ)にも少しは(カマ)ってくれるようになると(ウレ)しいけどね。さしで()みに行くとかさ」


「それは別にいつでも良いけど。夜は寝所(シンジョ)(コモ)るから声掛け(ヅラ)いってだけなんで。父様(トウサマ)とだって話したいこと一杯(イッパイ)あるし」


余程(ヨホド)(ウレ)しいのか身体(カラダ)(フル)えさせている玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)の頭を(シン)は優しく()でた。


「夜くらいは(オレ)に返してもらわなきゃ。共寝(トモネ)がしたいなら昼寝(ヒルネ)でも一緒(イッショ)にすれば良い。王母様(オウボサマ)からの(ニン)(ツト)めたって悧羅(リラ)昼間(ヒルマ)休んでくれないし、お前らが一緒(イッショ)()てくれるなら(イヤ)でも休ませられるだろ」


(ワラワ)(ツト)めなどさしたるものではないに。(シン)や子らのようにそうそう身体(カラダ)行使(ツコ)うておるでもなし」


「ほら、これだもん。悧羅(リラ)だってこいつらが(アマ)えたいって言うんだから(ツト)めることもないでしょ?」


「…子らより(サキ)んじてせねば()らぬような(ツト)めなどないのう」


ふふっと(ワラ)悧羅(リラ)()(シメ)すと、うわあ、と玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)から歓喜(カンキ)の声が()れた。まるで幼子(オサナゴ)のような2人の姿(スガタ)(シン)悧羅(リラ)妲己(ダッキ)でさえも声を上げて(ワラ)ってしまう。


「ええ?どうしよう?母様(カアサマ)とずっと一緒(イッショ)!?(ヒト)()め?!」


「それって(ミヤ)の中だけ?里に()りてもいい?手を(ツナ)いで露店(ロテン)(メグ)ったりしてもいいの!?」


()らい付かんばかりの(イキオ)いで(ヨロコ)びを(カク)そうともしない玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)苦笑(クショウ)しながら、(シン)悧羅(リラ)を、ひょいと(カカ)えて(スワ)ると(ヒザ)に乗せた。


「何がしたいかはお前ら次第(シダイ)だろ?お前たちがやりたいことを悧羅(リラ)(コバ)むとは思えないもん。…里に()りたら(カコ)まれるだろうけど、そこは悧羅(リラ)がどうにかするでしょ、ねえ?」


ようやく悧羅(リラ)()れられて安堵(アンド)しながら(シン)()()ると悧羅(リラ)(マワ)された(ウデ)に手を(カサ)ねた。


玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)(ワラワ)()りたいと(ノゾ)んでくりゃるのなら、何事(ナニゴト)よりも(サキ)んじねばなるまいよ?何を(トモ)にしとうあるのか考えておくとよろしかろう。(ワラワ)(タノ)しみにしておるとしようかの」


少し首を(カシ)げて悧羅(リラ)が2人を(ウナガ)すと、玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)が、やったあ!、と妲己(ダッキ)に勢いよく()きついた。()び付かれた妲己(ダッキ)もよい(トシ)をした2人の男鬼(ダンキ)を受け止めるために瞬時(シュンジ)体躯(タイク)を大きくしている。


「うっわあ!妲己(ダッキ)どうしよう!?」


母様(カアサマ)(ヒト)()めなんて何年()り!?味方(ミカタ)してくれてありがとう!!」


ぐいぐいと()(セマ)る2人に妲己(ダッキ)(ワラ)いを(コラ)えられないようで、くっくっと目を(ホソ)めている。


若君方(ワカギミガタ)のお(ヤク)に立てたのならばなにより”


あまりにもはしゃぐ玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)の姿に(シン)悧羅(リラ)も目を合わせてつい微笑(ホホエ)んでしまう。


「あーあ、あんなにはしゃいじゃって…。ごめんね、悧羅(リラ)


「なんの、(ワラワ)にとりても良きこと(ユエ)。子らが(ツト)めてくりゃるようになってからは、ゆるりと(トモ)におれることもなかったでな」


「けど()()じゃあ悧羅(リラ)の日みたいなのを作らされるんじゃないかって思っちゃうよね」


興奮(コウフン)()めやらぬ2人と、それを()(ナダ)めている妲己(ダッキ)(ユビ)さして(シン)嘆息(タンソク)すると、悧羅(リラ)可笑(オカ)しそうに(ワラ)う。


(シン)の日、とやらもせがまれるやもしれぬよ?」


「そうであって()しいんだけど…。やっぱりどうも(オレ)(アツカ)いが(ザツ)になってるような…」


やれやれ、と(カタ)()とした(シン)(ヒザ)の上で悧羅(リラ)身体(カラダ)の向きを変えた。向き合う形になると悧羅(リラ)が手を()ばして(シン)(ホオ)をくすぐった。


「そのようなこと(アン)じずともよかろうよ。子らも(シン)()りとうあるのだろうが(ワラワ)に気を(ツコ)うておるのであろ」


くすくすと(ワラ)悧羅(リラ)(ヒタイ)口付(クチヅ)けながら、だと良いんだけど、と(シン)(フタタ)嘆息(タンソク)した。


「こいつらだけで()()なんだから、(ホカ)(ヤツ)らに聞かせたら、もっと大騒(オオサワ)ぎだよ、きっと」


早まったかな?、と苦笑(クショウ)しつつ(シン)灶絃(ソウゲン)にとりあえず()食餌(ショクジ)()ろうと(ウナガ)すと、そうだった!、と思い出したように湯殿(ユドノ)に向かって()けていってしまった。


「本当に(ワラベ)じゃないか」


まったく、と(ワラ)いながら(シン)悧羅(リラ)の手を引いて(トモ)()使(ツカ)う。


「上がったら子どもたちに()()られるだろうなあ」


「そのようなことなどなかろうよ?玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)(ワラワ)に気を(ツコ)うてくれておるのだろうて」


「…悧羅(リラ)、それ本気(ホンキ)で言ってる?絶対(ゼッタイ)大騒(オオサワ)ぎになるって」


きょとりとして言い(ハナ)悧羅(リラ)(アキ)れてぼやいた(シン)の読みは見事(ミゴト)的中(テキチュウ)してしまった。


(オソ)夕餉(ユウゲ)になってしまったので部屋で()ろうとした(シン)磐里(バンリ)加嬬(カジュ)(ワラ)いながら止めた。


皆様(ミナサマ)まだお()()がりになっておられますよ」


「待ってたってことじゃないんでしょ。やれやれだなあ」


はあ、と大きく嘆息(タンソク)しながら子どもたちの(ソロ)う部屋に入ると(スデ)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)から話を聞いたのだろう。悧羅(リラ)独占(ドクセン)できる日という言葉(コトバ)(オノコ)たちが(カタ)まって(ハシ)を落としていたのだ。


「…悧羅(リラ)(ヒト)()め…?」


「…母様(カアサマ)とずっと一緒(イッショ)?」


「…しかも7日(ツヅ)けて…?」


「え?何?(シン)くん大丈夫(ダイジョウブ)(ヤマイ)(カカ)ったりとかしてるんじゃ…?」


「ちょっと(オレ)荊軻(ケイカツ)さん()んでくる!」


あまりの狼狽振(ロウバイブ)りに予想(ヨソウ)はしていたものの(シン)も、ええ?、と苦笑(クショウ)せざるを()ない。(アワ)てて部屋を()び出そうとする憂玘(ウイキ)(ウデ)を、落ち着きなさい、と媟雅(セツガ)()()ってその場に(トド)めた。それでも(オナゴ)たちも(オノコ)ほどではないのだが、それぞれにそわそわとし始めている。これでは話も出来ないと(シン)が手を(ツナ)いだままの悧羅(リラ)を見ると、おやまあと小さく(ワラ)っている。どうやら悧羅(リラ)が思っていたよりも子どもたちの反応(ハンノウ)(ハゲ)しかったのが(ウレ)しいようだ。先刻(センコク)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)姿(スガタ)を見ているのだから()()()()になることなど(シン)からすれば容易(タヤス)く思い(エガ)けたが、悧羅(リラ)からすれば()()()()とは思っていなかったのだろう。


どうにも自分を(ヤス)く見るんだよなあ。


「だから言ったでしょ?」


「そのようだ。なれど(ワラワ)などさして(タイ)した(オナゴ)でもあるまいに…。ほんに子らは(ワラワ)(アモ)うあるのう」


こっそりと耳打(ミミウ)ちした(シン)悧羅(リラ)はころころと(ワラ)うばかりだ。これは(クギ)()しておかねば苦労(クロウ)するのが目に見えている。


悧羅(リラ)?分かってると思うけど忋抖(カイト)だけだからね?」


もう一度耳打(ミミウ)ちしてみるのだが悧羅(リラ)は変わらずきょとりとしているままだ。もう、と(カタ)を落としながら(シン)(セキ)()くと(トナリ)(スワ)った悧羅(リラ)は下を向いて(カタ)を小さく(フル)わせている。


悧羅(リラ)?」


声を()けてみるが(コタ)えが返ってくるどころか(ツナ)いでいた手も(ハナ)して悧羅(リラ)は両手で顔を(カク)してしまった。


「え?ねえ?どうしたの?もしかして傷付(キズツ)けた?」


(カク)された顔を(ノゾ)きこんでみるが悧羅(リラ)は変わらず(カタ)(フル)わせて小さく首だけを()ってくれた。ちらりと(マワ)りを見やると子どもたちの喧騒(ケンソウ)(イマ)(オサ)まっておらずこちらに気付(キヅ)いてはいないらしい。ただ忋抖(カイト)だけが悧羅(リラ)態度(タイド)がおかしいことに気付(キヅ)いたのか(イブカ)しげな視線(シセン)(シン)に向けている。何をしたとでも言いたげな忋抖(カイト)に、これはやばいと(シン)(アセ)る。(トナリ)(カタ)(フル)わせているのがもしも泣いているからだとしたら、(シン)が何と言おうとしばらく忋抖(カイト)悧羅(リラ)(ウバ)うだろう。動こうとする忋抖(カイト)を手で(セイ)して(ホカ)の子どもたちに気取(ケド)られないようにしてから(シン)はもう一度悧羅(リラ)(ノゾ)()む。


悧羅(リラ)(チガ)うよ?悧羅(リラ)()()()()()()()とは思ってないからね?悧羅(リラ)じゃなくて()()()()の方が心配(シンパイ)だって話なんだよ?」


こっそりとそれでも必死(ヒッシ)弁明(ベンメイ)するが悧羅(リラ)(フル)えはより大きくなり、くるりと身体(カラダ)の向きまで変えられてしまった。


「えっ!?(ウソ)?ちょっと待って!?」


追いかけるように(シン)悧羅(リラ)(カタ)(ツカ)んでしまう。


「ごめんって!ほんとにそんなこと(マッタ)く!これっぽっちも!思ってないから!!」


(ツカ)んだ(カタ)もまた悧羅(リラ)身体(カラダ)の向きを変えようと動くと(ハズ)れそうになる。


「待ってってば!話!話聞いて!!」


()()める声がつい大きくなってしまったが仕方(シカタ)ない。すり()けようとする悧羅(リラ)(ウデ)(ツカ)んで(ムネ)(オサ)めるのと、目の(ハシ)忋抖(カイト)が動くのが見えたのは同時(ドウジ)だった。


「何してんの?父様(トウサマ)?」


「やばい…、(オレ)言っちゃいけないこと言った…」


「は?」


つかつかと(アル)いてきた忋抖(カイト)に泣きそうになりながら(シン)悧羅(リラ)に伝えたことを耳打(ミミウ)ちすると(オオ)きな嘆息(タンソク)で返されてしまう。


「ほんっと父様(トウサマ)って分かってるようで分かってないとこあるんだから。()()多分(タブン)全部が見当違(ケントウチガ)いだよ?」


(ウデ)の中でまだ(フル)えている悧羅(リラ)忋抖(カイト)に取られないように(シン)が力を()めるが、その隙間(スキマ)からひょいっと忋抖(カイト)悧羅(リラ)の顔を(ノゾ)()む。


「あっちは大丈夫(ダイジョウブ)だよ、悧羅(リラ)


顔を(オオ)っていた手を取りながら声を()ける忋抖(カイト)が次には、ふはっと()き出した。


「ほら、父様(トウサマ)。泣いてるんじゃなくてさ?」


(ウナガ)されて(オソ)(オソ)(シン)(ノゾ)くと取り(ハラ)われた手の下で必死(ヒッシ)に声を(コロ)して(ワラ)っている悧羅(リラ)が見えた。


「え?悧羅(リラ)?」


「…いや…、その、あいすまぬ…。ちいとばかり…」


ふっと()て出る声を(コラ)えようとするたびに悧羅(リラ)身体(カラダ)(フル)えている。(カク)されていた目がちらりと(シン)(トラ)えると、我慢(ガマン)できなくなったのか悧羅(リラ)()き出してしまった。


「もう(コラ)えきれぬ」


大声で(ワラ)いはしないがひたすらに(ワラ)(ツヅ)ける悧羅(リラ)の目に()かび上がる(ナミダ)一緒(イッショ)(ワラ)いながら忋抖(カイト)(ヌグ)う。


「ほんとに父様(トウサマ)には(コマ)るよねえ?なんでそんな(ナナ)め上の考えが出てくるんだか」


「…ほんに…、何とも(アイ)らしゅうあるものじゃ…。すまぬの、(シン)(イナヤ)(モウ)そうとは思うたのじゃが、何とも可笑(オカ)しゅうて声にすることすら難儀(ナンギ)であった(ユエ)


ひとしきり(ワラ)って少し落ち着いた悧羅(リラ)の手はまだ忋抖(カイト)(ツツ)んでいるが、この(サイ)気にしている場合(バアイ)ではないだろう。


(オコ)ってたわけじゃないの?」


何故(ナニユエ)に?」


ようやく悧羅(リラ)(シン)を見たが顔を見るとまた(ワラ)いが()み上げるのか、ふふっと視線(シセン)(ハズ)された。


悧羅(リラ)に言っちゃいけないこと言った」


「何ぞそのようなことあったかえ?」


くすくすと(ワラ)(ツヅ)ける悧羅(リラ)からほんの一瞬(イッシュン)視線(シセン)(ハズ)して部屋(ヘヤ)の中を見ると、忋抖(カイト)以外の子どもたちはまだ悧羅(リラ)の日に何をしたいかで()り上がっているようだ。これなら多少(タショウ)のことではこちらに()を取られることはないだろうと、(シン)悧羅(リラ)視線(シセン)(モド)す。


「いや、ほら…。(ユル)してるのは忋抖(カイト)だけだ、とかさ?」


「ようと(ゾン)じておるよ?」


(ウタガ)われてるって思ったんじゃないかって…」


「いいや?何とも(アイ)らしい悋気(リンキ)ではないか」


傷付(キズツ)けてない?(キラ)いになったりとかもしてない?」


「あろう(ハズ)もなかろうて」


「じゃあほんとに可笑(オカ)しかっただけ?」


ふふっと微笑(ホホエ)みながら(ウナズ)かれて、なんだよお、と(シン)身体(カラダ)から力が()けた。


「良かった…、(オレ)また悧羅(リラ)傷付(キズツ)けたかと思った」


大きく(フカ)(イキ)()いた(シン)(ホオ)悧羅(リラ)(ヤサ)しく()でる。


「すまぬ、あまりに(シン)(イト)しゅうあっての。()()()()()()()()()()()()(ハヨ)(モウ)せばよろしかったのだが。其方(ソナタ)悋気(リンキ)心地良(ココチヨ)い」


(クギ)()したくなる気持ちは分かるけどね。だけど父様(トウサマ)心配(シンパイ)しなくったって()()(オレ)とは(チガ)うよ?」


よいしょ、と(スワ)(ナオ)しながら忋抖(カイト)が部屋の中を指さした。


「あいつらが持ってるのは憧憬(ドウケイ)。そんなの分かってるでしょ?何をそんなに不安(フアン)になることがあるのさ?悧羅(リラ)父様(トウサマ)から(ハナ)れることなんて絶対(ゼッタイ)無いのに」


はあ、と忋抖(カイト)もまた嘆息(タンソク)して頬杖(ホオヅエ)を付いた。


悧羅(リラ)だって父様(トウサマ)一言一言(ヒトコトヒトコト)にそうそう傷付(キズツ)いたりしないって。むしろ父様(トウサマ)が言うんだったら、何だって(ヨロコ)ぶと思うよ?ねえ?」


「そうさのう、(シン)であるならばどのようなことであれ(イト)しゅうあるだけじゃ」


「それは分かってるんだけど。悧羅(リラ)()()傷付(キズツ)けるようなことがあったら(オレ)が自分を(ユル)せないんだよ」


「だーかーらー!心配(シンパイ)いらないってば!」


もう!、と忋抖(カイト)(ツナ)いでいた手を(ハナ)すと悧羅リラがそのまま(シン)()きしめた。


(ムカシ)のことがあるから父様(トウサマ)気負(キオ)うのは分かるし、傷付(キズツ)けずに()むんなら()()が1番だろうけど、今一緒(イッショ)()れて最期(サイゴ)まで手を(ツナ)いでいられるんだろ?悧羅(リラ)()()()()()()()()のが何よりの(コタ)えじゃないか」


忋抖(カイト)言葉(コトバ)(ミチビ)かれるように悧羅(リラ)(シン)()()める(ウデ)の力も強くなる。


贅沢(ゼイタク)(ナヤ)みを見せつけるのやめてくれる?だいたい(オレ)()()()()()言わせるなんてどうなのさ?ほんっと勘弁(カンベン)してよ、泣きたくなる」


ああもう、と(ハラ)うように手を()忋抖(カイト)に、(ワル)い、と(ツブヤ)きながら(ホソ)すぎる悧羅(リラ)身体(カラダ)(マワ)したままだった(ウデ)(シン)も力を()(ナオ)した。


「あまり気負(キオ)うてくれるなと随分(ズイブン)と前に伝えておったのだがな。(シン)(ワラワ)のこととなればほんに(モロ)くなる。それも(ワラワ)(オモ)うてくれておるからこそであろ?(ワラワ)から(ハナ)れることなど()りはせぬ。(ハナ)れよ、と(シン)からどのように(ネガ)われようとも(イナヤ)(ワラベ)のように駄々(ダダ)()ねるであろうよ」


「それは(オレ)一緒(イッショ)だよ」


(ムネ)()()悧羅(リラ)(カミ)に顔を(ウズ)めると、ふわりとした悧羅(リラ)(カオリ)(シン)(ツツ)んだ。その(カオリ)だけでほうっと安堵(アンド)してしまうのだから、子どもたちが出来るだけ(ソバ)()たい気持ちは(シン)が1番良く知っている。


それが(シン)忋抖(カイト)が持つ想いとは別のものであることも、充分(ジュウブン)に。


「ほんとにこれ以上(オレ)が絶対手にできないもので(ナヤ)んだりしないでくれる?父様(トウサマ)悧羅(リラ)唯一無二(ユイイツムニ)(チギ)りを()わした男なんだから、もっと自信持っときなって」


「「忋抖(カイト)」」


やれやれ、と忋抖(カイト)が立ち上がろうとするのを(シン)悧羅(リラ)が止めたのは同時だ。何?、と動きを止めた忋抖(カイト)の手を取って悧羅(リラ)が自分たちのすぐ(ソバ)(スワ)らせる。


「お前は(オレ)にとって特別(トクベツ)だぞ」


「知ってるけど?何を今更(イマサラ)(オレ)だって父様(トウサマ)特別(トクベツ)だよ?」


きょとり、としながらもう一度立ち上がろうとする忋抖(カイト)の手を(ニギ)悧羅(リラ)の手に力が()められた。まるで()()()()()()()とでも言いたそうな2人に、忋抖(カイト)(アキラ)めるしかなくなってしまう。仕方(シカタ)なくもう一度(スワ)(ナオ)した忋抖(カイト)を見て、ほっとしたように(シン)悧羅(リラ)は小さく(イキ)()いた。


「もう誤解(ゴカイ)()けたでしょ?(オレ)手伝(テツダ)えることなんてもう無いよ?それより(オレ)()()()(クワ)わりたいんだけどなあ」


部屋の中では姉弟妹達(シテイマイタチ)の話が()り上がっている。そちらに(クワ)わるほうが(シン)悧羅(リラ)(ナカ)を取り持つよりも忋抖(カイト)にとれば有意義(ユウイギ)なのだろう。(カク)さなくてもいい、(ミナ)に知らしめてもいいと(シン)悧羅(リラ)(コト)あるごとに伝えてはいるのだが、どうしても忋抖(カイト)が首を(タテ)()らない。


きっとまだ(シン)悧羅(リラ)()らぬ心労(シンロウ)をかけると思っているのだろう。


()()()()()()()


悧羅(リラ)(カカ)わっているとはいえ誤解(ゴカイ)()手助(テダス)けなどせずにいれば、忋抖(カイト)()になっただろうに。


「おまえ、ほんと(ダレ)()たんだろうなあ?」


(ギャク)立場(タチバ)であったなら(シン)忋抖(カイト)のようにはできなかっただろう。


「はあ?先刻(サッキ)から何なのさ?(ダレ)がどう見たって父様(トウサマ)でしょ。むしろ悧羅(リラ)()てるとこを(サガ)す方が(ムズカ)しいんですけど?」


もう!、と大袈裟(オオゲサ)(カタ)(スク)めて見せる忋抖(カイト)の前で悧羅(リラ)が動いた。(シン)の手を(ハナ)れた悧羅(リラ)はそのまま(ナガ)れるように忋抖(カイト)(カイナ)(ツツ)む。


「ええ?何?ほんとにどうしたの?」


咄嗟(トッサ)に抱き()め返したくなるのを(コラ)えた忋抖(カイト)の手が()()の無さそうに(チュウ)()いているのが見えて、(シン)(ワラ)えてきてしまう。この程度(テイド)なら悧羅(リラ)は子どもたちによくしているし、忋抖(カイト)懸念(ケネン)しているようなことは起こらないのに(トウ)の本人はそうでもないらしい。


褒美(ホウビ)だと思って受け取ってろよ。もう気付(キヅ)かれるから」


「何の褒美(ホウビ)だか分かんないけど…、まあそういうことなら」


悧羅(リラ)(ツツ)まれてしまった忋抖(カイト)(シン)苦笑(クショウ)する声に()じって(オトウト)たちの(サケ)びも聞こえてくる。


兄様(アニサマ)(ズル)い!」


(オレ)も!(オレ)も、母様(カアサマ)!」


ぱたぱたと近付(チカヅ)いてくる足音(アシオト)に、ふふっと(ワラ)っているとぽんっと悧羅(リラ)背中(セナカ)(タタ)いた。


忋抖(カイト)(ワラワ)唯一(ユイイツ)(ヒト)しゅうあるよ」


「はいはい、()()()()()()()()()から気にしなくていいって」


()かせてしまっていた手で忋抖(カイト)悧羅(リラ)()をぽんぽんと(タタ)くのと、弟たちが(マワ)りを取り(カコ)んだのは同時(ドウジ)だったらしい。途端(トタン)(ニギ)やかになると小さな嘆息(タンソク)だけが忋抖(カイト)の耳に残されて悧羅(リラ)身体(カラダ)(ハナ)れた。


()()()()()()()()()()()のだがな」


嘆息(タンソク)と共に残された言葉の意味(イミ)がよく分からなくて(シン)を見ると何やらにやにやと(ワラ)っているばかりだ。()(タダ)したくても悧羅(リラ)(ムラ)がる弟たちの前ではそれも出来ない。


考えていても分からないものは仕方(シカタ)ないし、(ミョウ)なことを言い出さなければそれでいい。


やれやれと(カタ)を落として忋抖(カイト)は考えることをやめた。

お楽しみいただけましたか?

読んでくださってありがとうございます。

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