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唯一【陸】《ユイイツ【ロク】》

更新します。

冷たい水の中に揺蕩(タユタ)感覚(カンカク)が、微睡(マドロ)みから()き上がろうと(モガ)玳絃(タイゲン)意識(イシキ)をまた(シズ)めていく。


目を開けなきゃ。


そう思うがどうしても上手(ウマ)くいかない。手も足も身体(カラダ)(スベ)てが重くて、まるで自分の身体(カラダ)ではないような感じがしてしまう。(ミズウミ)(ソコ)(アラガ)うことなく(シズ)意識(イシキ)の中でひとつの出来事(デキゴト)だけが()り返し頭に流れ()んでは消え、また流れ()んでは消えて行く。


今、()()()()()()()()()()()()()()()()


(ワス)れていた()()を教えるように、何度も見せられる()()はまるで大刀(ダイトウ)(ヤイバ)(ゴト)玳絃(タイゲン)(ツミ)(アバ)いていく。


口の中に広がる甘くて(ニガ)(ミツ)の味。

無理矢理(ムリヤリ)()(ハイ)らされた感覚(カンカク)

痛みに(フル)(ナミダ)ながらに()びる姚妃(ヨウヒ)の姿。

何を(ノゾ)むでもなく(ツナ)がりを()いた姚妃(ヨウヒ)

それに向けた玳絃(タイゲン)侮蔑(ブベツ)軽蔑(ケイベツ)眼差(マナザ)し。


そして。


[ありがとう兄様(アニサマ)。私に恋情(レンジョウ)を教えてくれて。兄様(アニサマ)を好きになれて(サイワイ)だったよ]


(ナミダ)(コボ)しながら、それでも見惚(ミホ)れるほどの笑顔(エガオ)


何度()ばしても寸前(スンゼン)(ツカ)めない姚妃(ヨウヒ)が見えなくなると、また()り返しだ。


兄様(アニサマ)はこのことを(ワス)れるけど、私は兄様(アニサマ)への恋情(レンジョウ)(ワス)れるの]


遠く(カス)かな声がずっと(ヒビ)いている。


何度も何度も見せられる(タビ)に、どうして、という思いもとめどなく()き上がる。


姚妃(ヨウヒ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()理由(ワケ)


あまりにも明白(メイハク)()()理由(ワケ)から目を()らしたくなる。


長い間恋情(レンジョウ)(ツタ)えられていた。

(チギ)りを(ムス)んでずっと(カタワラ)()たいと(ネガ)われていた。

()()ぐに、純粋(ジュンスイ)に。


それを玳絃(タイゲン)()()()()()()()()()()のだ。


(ミト)めたくなかった。


(オナサ)さの(ノコ)(イモウト)(コジ)らせただけだと()()()()()()()()


()()()()()()()


(ツタ)えてくれる言葉(コトバ)の中に本気(ホンキ)の熱が宿(ヤド)っていたから、


()()()()()()()()


迷惑(メイワク)だと、(ワズ)らわしいと(カン)じていたから。


ちゃんと向き合って、(ツタ)えられる(オモ)いを受け止めて真摯(シンシ)に話していたなら何かが()わっていたかもしれないのに。


兄としてだけじゃない。

(オノコ)しても玳絃(タイゲン)最低(サイテイ)だった。


()()()表情(カオ)をさせたかった(ワケ)じゃない。

()かせたかった(ワケ)でもない。

何よりも(ダレ)よりも大切(タイセツ)()だから。

何よりも(ダレ)よりも(サイワイ)になって()しかった。


ごめん。


姚妃(ヨウヒ)の姿が手を()()けていく(タビ)に、玳絃(タイゲン)()(ツヅ)けるしかできない。


どれ(ホド)(ナヤ)んでいたのだろう。

どれ(ホド)傷付(キズツ)けていたのだろう。

どれ(ホド)覚悟(カクゴ)()()()玳絃(タイゲン)(モト)に来たのだろう。


(ナサ)けだと思われても一度(イチド)だけでも(イツク)しんでやれば良かった。


そうすればやり場のない姚妃(ヨウヒ)(オモ)いも少しばかりは()んでやれたかもしれない。

玳絃(タイゲン)への()()がすほどの恋情(レンジョウ)区切(クギ)りを付ける手助(テダス)けくらいはしてやれたかもしれない。


ごめん。

本当にごめん。


馬鹿(バカ)なのは(オレ)(ホウ)だった。


今度はちゃんと向き合うから。

姚妃(ヨウヒ)が前を向いて歩き出せるまで、()げずに(マモ)(トオ)すから。


―――――だから―――――。


()ばした手がまた姚妃(ヨウヒ)()()けた刹那(セツナ)(シズ)むばかりだった身体(カラダ)(イキオ)いよく()()げられた。


姚妃(ヨウヒ)!!!」


(ハッ)した声の大きさで玳絃(タイゲン)は目を()ました。まだ夜更(ヨフケ)であるのか見える景色(ケシキ)仄暗(ホノグラ)く、部屋のなかでぼんやりと(アカリ)()らいでいるのが目の(ハシ)に入ってきた。静寂(セイジャク)しかない部屋の中で玳絃(タイゲン)()れた呼吸(コキュウ)の音だけが(ヒビ)く。無意識(ムイシキ)()ばしてしまっていた(ウデ)(モド)しながら玳絃(タイゲン)()を起こした。()れた呼吸(コキュウ)(トトノ)えるために大きく(イキ)()く。


「…ほんっと(オレ)ってどうしようもない…」


立てた(ヒザ)に頭を乗せて玳絃(タイゲン)自嘲(ジチョウ)する。


悧羅(リラ)(ワス)れていることを取り(モド)してもらったのは四月(ヨツキ)前だ。()()()()()()()(ネム)りにつく(タビ)に同じ()見続(ミツヅ)けている。何度も()り返し見せられて都度(ツド)(ハジ)かれるように()び起きてしまう。起きた時に(オソ)ってくる後悔(コウカイ)罪悪感(ザイアクカン)も日を()(ゴト)に強くなり、冷たい(アセ)身体(カラダ)(マト)わりついているのにも()れてしまっている。


小さく(フル)えている(コブシ)をぎゅっと(ニギ)るとまた(フカ)嘆息(タンソク)してしまう。


初めて()()を見せられた日のことは今でもはっきりと思い出せる。(シン)(ゾウ)(ヤブ)れるのではないかと思う(ホド)に強く(ハヤ)く打ち付け、()()がってくる(フル)えは玳絃(タイゲン)呼吸(コキュウ)することさえ(ユル)さなかった。(タタ)き付けられる(シン)(ゾウ)(イタ)くて苦しくて(ムネ)(オサ)えて(タオ)()むしかできず、とめどなく(アフ)れてくる(ナミダ)で苦しさが()した。それでも(オノレ)()()()かったことであれば、どれだけでも()け入れる覚悟(カクゴ)で思い出したいと(ネガ)ったはずだった。


けれど()き付けられた真実(シンジツ)容赦(ヨウシャ)無く玳絃(タイゲン)の心を(エグ)り続けている。


(ユル)せなかった。

(ユル)してはならなかった。


姚妃(ヨウヒ)ではない。

玳絃自身(タイゲンジシン)(ユル)されないことをしていたのだ。


玳絃(タイゲン)がこれから(サキ)どれ(ホド)(イタ)みを背負(セオ)おうと、どれ(ホド)の苦しみの中に()()げようと、姚妃(ヨウヒ)()いてしまった辛酸(シンサン)を無かったことにはできない。


それでも。


姚妃(ヨウヒ)が思い出してしまった時に(ソバ)()るのは玳絃(タイゲン)でなくてはならない。

苦しみと自責(ジセキ)に押し(ツブ)されそうになった時は手を(ツナ)いで大丈夫(ダイジョウブ)だと、心配(シンパイ)しなくていいと言ってやらなければならない。


また(ワラ)ってくれるようになるまで。


そう、決めたのに。


「…(ナサ)けないよなあ…」


三度(ミタビ)嘆息(タンソク)して玳絃(タイゲン)(ヒタイ)(ヒザ)により押し付けた。すべて思い出したら()わると大口(オオグチ)(タタ)いておきながら玳絃(タイゲン)()()姚妃(ヨウヒ)手元(テモト)に置けていない。()()()玳絃(タイゲン)の顔を見た忋抖(カイト)はただ頭を()でてくれた。


「もうしばらく(オレ)()してくれる?」


(アマ)えてはならないと分かっているのに玳絃(タイゲン)(イナ)と言うことができなかった。本当ならすぐにでも手元(テモト)(モド)させてくれと(ネガ)わなければならなかったのに、()()()()()()()()()()()()()。あの日玳絃(タイゲン)表情(カオ)を見た忋抖(カイト)は、今の玳絃(タイゲン)には背負(セオ)いきれず、ともすれば玳絃自身(タイゲンジシン)(コワ)れると思ってくれたのだろう。


それからずっと忋抖(カイト)(ヤサ)しさに(アマ)えてしまっていた。


いつまでもこのままではいけないと分かっている。いつ姚妃(ヨウヒ)()けられている(マジナイ)(ホコロ)びが(ショウ)じるかなど(ダレ)にも分からないのだから、一日でも早く(ソバ)()てやらなければならないのに。日が()てば()つだけ余計(ヨケイ)に言い出し(ツラ)くなってきて、もうその機会(キカイ)何時(イツ)であるのかさえ玳絃(タイゲン)には分からなくなっている。


「…どうしたら良いんだよ…」


自分の不甲斐無(フガイナ)さに(クチビル)()んでいると、からりと部屋の()を開ける音がした。顔を上げてそちらを()ていると暗闇(クラヤミ)白銀(ハクギン)(カミ)()れている。


()()()()()()()()()


()らめく(カゲ)が動くのを見ていると身体(カラダ)(フル)えも、()れた呼吸(コキュウ)もゆっくりと落ち着いていく。見つめる(サキ)で静かに御簾(ミス)が上げられると、ははっと忋抖(カイト)(ワラ)って立っていた。


「やっぱり起きてたか」


湯呑(ユノ)みを()し出しながら忋抖(カイト)が、しょうがない(ヤツ)だなあ、と玳絃(タイゲン)の頭を()でながら(トナリ)(スワ)った。


「…そんなに気にしてくれなくても(オレ)大丈夫(ダイジョウブ)だって」


受け取った水を飲みながら言う玳絃(タイゲン)忋抖(カイト)(カタ)(スク)めるばかりだ。


「たまたま通りかかっただけだよ?」


兄様(アニサマ)、それは無理(ムリ)があるって…」


「そう?」


玳絃(タイゲン)の手から湯呑(ユノ)みを取り上げながら何でもないことのように言う姿に玳絃(タイゲン)苦笑(クショウ)するしかない。自分たちの部屋は悧羅(リラ)(マジナイ)によって各個(カッコ)に分けられている。途中迄(トチュウマデ)は同じだが各々(オノオノ)の部屋までは決まった道筋(ミチスジ)辿(タド)る必要があるのだから、()()()()()()()()()()など(ケッ)してあり()ない。


「少し落ち着いたか?」


いつのまにか(ウツム)いてしまっていた顔を(ノゾ)き込むように見てくれる忋抖(カイト)(マナコ)に、(オモンバカ)ってくれる色を見つけて玳絃(タイゲン)苦笑(クショウ)してしまう。


()()()からほぼ毎夜(マイヨ)のように、忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)の部屋を(オトナ)ってくれている。玳絃(タイゲン)が思い出した事実(ジジツ)に押し(ツブ)されそうな瞬間(シュンカン)を知っているかのように(オトナ)っては、(シバラ)く話して(ネム)るまで(ソバ)にいてくれるのだ。目を()ましてしまった玳絃(タイゲン)(フタタ)(ネム)りに落ちるのを(オソ)れているのを気付(キヅ)いているかのように。


何もかも(アマ)えてしまっているのは分かっているのだが、忋抖(カイト)が来てくれることで玳絃(タイゲン)が落ち着きを取り(モド)せていることは(マギ)れもない事実(ジジツ)だ。


「…姚妃(ヨウヒ)は?」


樂采(ガクト)にしがみつかれてぐっすりだよ。お(カゲ)(オレ)はいつも寝所(シンジョ)から追い出されちゃう」


ふはっと(ワラ)って見せる忋抖(カイト)が何でもないことのように言ってくれるのが玳絃(タイゲン)には(モウ)(ワケ)なく思えてしまう。追い出される(タビ)に目を()ましていては忋抖(カイト)(ツカ)れは(イヤ)されていないだろう。副隊長(フクタイチョウ)として近衛隊(コノエタイ)両翼(リョウヨク)舜啓(シュンケイ)(トモ)(ニナ)っている忋抖(カイト)は、部隊隊長(ブタイタイチョウ)玳絃(タイゲン)よりも多くの重積(ジュウセキ)背負(セオ)っている。(ミヤ)の中でくらい心も身体(カラダ)も休めて()しいのにそれを(ムズ)かしくさせているのは(ホカ)でもない玳絃(タイゲン)だ。ただでさえ忋抖(カイト)には樂采(ガクト)がいるのに、その上本来(ホンライ)なら玳絃(タイゲン)()()うべき姚妃(ヨウヒ)のことまで当たり前のように手元(テモト)に置いて(マモ)ってくれている。兄との(ウツワ)(チガ)いは理解(リカイ)しているつもりだが、それに(アマ)えてばかりの自分に本当に嫌気(イヤケ)がさしてしまう。


「…兄様(アニサマ)、ほんとにごめん…」


上げていた頭をもう一度(ヒザ)に押し付けながら玳絃(タイゲン)(ナサ)けなさすぎて大きく(イキ)()くしかできない。低く()めく玳絃(タイゲン)(アタマ)が優しく()でられた。


「なにを()びることがあるんだよ?」


馬鹿(バカ)だなあ、と(ワラ)う声に玳絃(タイゲン)目頭(メガシラ)が熱くなるのを止められない。


兄様(アニサマ)だって(ツカ)れてるだろ?(ツト)めだってあるし、樂采(ガクト)だっている。その上、本当は(オレ)がしなきゃいけない姚妃(ヨウヒ)のことまで(アマ)えちゃってるし」


(タイ)したことじゃないよ?そんなに気にすることでもない」


くしゃりと()()ぜられた(カミ)(アイダ)から忋抖(カイト)体温(タイオン)()えた玳絃(タイゲン)身体(カラダ)にじんわりと()(ワタ)ってくる。


樂采(ガクト)(オレ)の子なんだし、姚妃(ヨウヒ)可愛(カワイ)い妹だ。そんな可愛(カワイ)(ヤツ)らに(カコ)まれてて(イヤ)されてないはずもないだろ?」


「…でも(オレ)のことまで気にかけてたら兄様(アニサマ)が休めてないじゃない」


「そんなことないんだけどなあ。どっちかっていうと(イヤ)されまくってるし」


「…(ウソ)下手(ヘタ)すぎるってば…」


優しすぎる忋抖(カイト)の声にますます(アフ)れてくる(ナミダ)(カク)しながら言ってみたが、(フル)えた声音(コワネ)(カク)し切れていなかった。ぽんぽんと頭を(タタ)いてくれながら、考えすぎるな、と忋抖(カイト)が言う。


「そんな(ワケ)にもいかないよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「そんなに自分を()めなくても良いと思うんだけどねえ」


やれやれ、とでもいうように忋抖(カイト)が小さく嘆息(タンソク)するのが聞こえて玳絃(タイゲン)もほんの少しだけ頭を上げる。苦笑(クショウ)しながら頬杖(ホオヅエ)を付いて忋抖(カイト)(オダ)やかに玳絃(タイゲン)を見ていた。


姚妃(ヨウヒ)がどれだけ玳絃(タイゲン)のことを(オモ)っていたって()()(コタ)えるかどうかなんて玳絃(タイゲン)にしか決められないだろ?それが駄目(ダメ)(ハズ)はないし、(マワ)りが何か言ったって2人のことは2人にしか分からない。むしろ姚妃(ヨウヒ)(オモ)いばっかり気にして玳絃(タイゲン)が自分の心に(ウソ)つくのも(チガ)うでしょ?」


「それは、そうなんだけど…」


忋抖(カイト)の言うことは頭では理解(リカイ)できる。姚妃(ヨウヒ)が全てを思い出したときにこれ以上傷付(キズツ)けたくないからと玳絃(タイゲン)が自分の心に(フタ)をして姚妃(ヨウヒ)を受け入れるのは(チガ)うということなのだろう。そうして受け入れたとしても同じ(オモ)いを同じ温度(オンド)で返すことができなければ、より姚妃(ヨウヒ)の心は深淵(シンエン)(ソコ)(シズ)み今度こそ本当に引きあげてやることはできないだろうから。


(オレ)には向き合うことしかしてやれないから。まあ、それもまだ出来てないのに何言ってんだって(カン)じだけどさ」


「だあからあ、お前は考えすぎなんだってば。言っただろ?(イソ)がなくていいって」


(ヒタイ)をとんと(ツツ)きながら、本当にもう、と忋抖(カイト)苦笑(クショウ)(フカ)めるばかりだ。何でもないことのように接してくれている忋抖(カイト)は、()()()()()()と言ったにも(カカ)わらず(スベ)てを知ってくれているように(カン)じるのは何故(ナゼ)だろう。もしかしたら忋抖(カイト)も今の玳絃(タイゲン)と同じようなことを()てきたのだろうか?


「…兄様(アニサマ)はさ、()()()()()()()唯一(ユイイツ)を決められたの?」


「何だよ?いきなりだなあ?」


ふと気になってしまったことを口に出してしまって、あ、と玳絃(タイゲン)はまた下を向いてしまう。樂采(ガクト)を初めて(ムカ)え入れた時、(シン)はただ忋抖(カイト)の子だとしか話さなかった。忋抖(カイト)()()()()樂采(ガクト)を手にできたのかも聞かされてはいるが、話してくれたことが(スベ)てではないことくらい(ミナ)が分かっている。分かっていても聞いてはならないことだと(ミナ)(カン)じたから、それ以上を(ダレ)(タズ)ねなかった。何より忋抖(カイト)に生き(ウツ)しの樂采(ガクト)無条件(ムジョウケン)(アイ)らしかったし、家族になってくれたことの方が(ウレ)しくて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かもしれない。


「ごめん、聞いちゃ駄目(ダメ)なことだったよね」


(シン)が話してくれたことは忋抖(カイト)の心を傷付(キズツ)ることのない境目(サカイメ)なのだろう。それ以上を(カタ)って聞かせるのは忋抖(カイト)尊厳(ソンゲン)()()むことに(ツナ)がる。だからこそ何があっても()()()()()()()()()()()姉兄(シケイ)たちと約束(ヤクソク)していたのに、玳絃(タイゲン)はあっさりと()えようとしてしまった。自分の心が弱っているからといって忋抖(カイト)(キズ)を開いていい(ハズ)がないというのに。


「答えてくれなくていいからね?聞いたことも(ワス)れてくれた方が助かる」


「ええ?何だよそれ」


(アワ)てる玳絃(タイゲン)忋抖(カイト)はきょとりとして笑ってくれた。ほっと安堵(アンド)していると、うーん、と忋抖(カイト)は何かを思い出すように考え始めている。


(オレ)の場合は(オレ)が決めれたって(ワケ)じゃないしなあ」


「いやだから話さなくていいってば」


考え込むように両腕(リョウウデ)()んで言葉(コトバ)(エラ)忋抖(カイト)(アワ)てて玳絃(タイゲン)が止めようとしたが、忋抖(カイト)はきょとりとしているばかりだ。


「え?だって聞きたいんだろ?」


「それは…、気になってないって言ったら(ウソ)になるけど…。兄様(アニサマ)だって言いたくないことくらいあるだろ?」


(アワ)(ツヅ)ける玳絃(タイゲン)の前で、ますます忋抖(カイト)はきょとりとして、それから、ふはっと(ワラ)う。


「そんなに(タイ)したことじゃないよ。それ聞いて玳絃(タイゲン)がどう思うかは分かんないけどさ」


ぽんぽんと頭を()でられて玳絃(タイゲン)は、聞いていいの?、と返してしまう。やばい、と思ったが忋抖(カイト)がまた頭を()でてくれた。


「いいよ?」


返ってきた声に(オダ)やかなヤサしさが(フク)まれていて玳絃(タイゲン)(フカ)(イキ)()いた。


兄様(アニサマ)唯一(ユイイツ)樂采(ガクト)の母親なんだよね?」


玳絃(タイゲン)としては至極当然(シゴクトウゼン)()いだ。玳絃(タイゲン)だけでなくほかの姉兄(シケイ)たちだってそう思っている。()(コタ)えられると思っていたのに()(ハン)して忋抖(カイト)苦笑(クショウ)していた。


(チガ)うよ」


「え?…樂采(ガクト)を産んでくれた(ヒト)なんだよね?産んでくれたけどもう会えないって…。唯一(ユイイツ)はその(ヒト)のことじゃないの?」


「うん、(チガ)う」


(コマ)ったように苦笑(クショウ)しながら忋抖(カイト)は、玳絃(タイゲン)(カミ)をくしゃりとかきまぜた。


「もう会えないっていうのは本当だよ。樂采(ガクト)を残して()っちゃったからね」


ほんの少しだけ()(ホソ)めた忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)の頭から手を(ハナ)してまた(ウデ)()んだ。


「会えないって()()()()()()だったの?」


「うん。何処(ドコ)かで生きてくれてたら樂采(ガクト)も抱いてもらえたんだろうけどね。(オレ)(ウバ)っちゃったから、樂采(ガクト)には(サミ)しい思いさせちゃってると思うよ」


(ウバ)った?」


忋抖(カイト)からおよそ出ることのない言葉(コトバ)玳絃(タイゲン)は首を(カシ)げてしまった。忋抖(カイト)(ヤサ)しさは姉兄(シケイ)たちの中でも (グン)()いている。長兄(チョウケイ)であることを()し引いても()()()(アマ)りあることで、里においても近衛隊(コノエタイ)においても(ダレ)もが知るところだ。その(ヤサ)しさも(シン)によく()ていると舜啓(シュンケイ)磐里(バンリ)加嬬(カジュ)重鎮達(ジュウチンタチ)、長く(シン)を知る(モノ)たちに言わしめているくらいだ。その忋抖(カイト)(ミズカ)ら『(ウバ)った』という表現(ヒョウゲン)をすること自体(ジタイ)に、玳絃(タイゲン)違和感(イワカン)(オボ)えざるを()ない。玳絃(タイゲン)の知る忋抖(カイト)安易(アンイ)他者(タシャ)生命(イノチ)(ウバ)うことなどしない。


(オレ)には兄様(アニサマ)()()()()()()()()()()()()とは思えないんだけど。()()()()()()()()()()()()があったんだろ?」


きょとりとしたままで(タズ)ねると一瞬(イッシュン)忋抖(カイト)が目を見開(ミヒラ)いたが、すぐに自嘲(ジチョウ)するような()みを()かべた。


玳絃(タイゲン)(オレ)()(カブ)りすぎてるぞ?そんな立派(リッパ)なもんじゃない。…(オレ)はね、樂采(ガクト)の母親を大事(ダイジ)(ヒト)身代(ミガ)わりにしたんだよ」


飛び出した言葉(コトバ)玳絃(タイゲン)(イキ)()んだ。


「…身代(ミガ)わりって…」


(タズ)(カエ)す声が(フル)えてしまうが忋抖(カイト)(カタ)(スク)めている。忋抖(カイト)冗談(ジョウダン)でも()()()()()()()を言う性格(セイカク)ではない。ずっと間近(マヂカ)で見てきたからこそ分かるが忋抖(カイト)は自分が傷付(キズツ)くことよりも他者(タシャ)傷付(キズツ)く事に心を(イタ)めてしまう。だがそんな(ヤサ)しい(オニ)である兄だからこそ(ノゾ)んだ結果(ケッカ)ではないことだけは玳絃(タイゲン)でなくともわかる。


兄様(アニサマ)(ノゾ)んで(ウバ)った(ワケ)じゃないんだろ?」


しばらくの沈黙(チンモク)の後に言った玳絃(タイゲン)忋抖(カイト)は目を見開(ミヒラ)いて、それから小さく微笑(ホホエ)んだ。


「そうだな。だけど結果(ケッカ)として見れば()()事実(ジジツ)だよ」


「それでもっ!…兄様(アニサマ)容易(タヤス)生命(イノチ)()り取るような(ヤツ)じゃない…っ!」


()を乗り出して声を(アラ)げた玳絃(タイゲン)の頭をまた忋抖(カイト)()でた。ありがとうな、と苦笑(クショウ)されて玳絃(タイゲン)(リョウ)の手で布団(フトン)(ツカ)む。


(オレ)唯一(ユイイツ)(ヒト)ってね、本当なら(ノゾ)んだり(ネガ)ったりそんなことを思うことすら(ユル)されない(ヒト)なんだよ。(オレ)も自分が()()()()()()()(ヒト)を見てるっていうのも(オソ)くまで気付(キヅ)かなかった。気付(キヅ)いちゃ駄目(ダメ)だって何処(ドコ)かで(オサ)えてたんだろうな」


ぽん、と玳絃(タイゲン)の頭から手を(ハナ)してから忋抖(カイト)頬杖(ホオヅエ)をついた。


(マワ)りは気付(キヅ)いてたみたいで(オレ)の知らない(トコロ)心配(シンパイ)させちゃったりもしてたみたいだったけどな」


何かを思い出したのか、ふふっと(ワラ)忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)はますます首を(カシ)げてしまう。


唯一(ユイイツ)に出来ないって何で?兄様(アニサマ)なら(ダレ)だって喜んでなりたがるじゃないか」


「そんなことないよ?(オレ)はそんなに(モト)めてもらえるような(ヤツ)じゃないし」


「だから兄様(アニサマ)(ウソ)下手(ヘタ)だってば」


真面目(マジメ)な顔をして手を()って(イナ)(シメ)忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)(アキ)れてしまう。忋抖(カイト)が里の鬼女(キジョ)たちから()()()()()で見られていることは玳絃(タイゲン)でなくとも知っていることだ。それこそ一夜(ヒトヨ)(ジョウ)相手(アイテ)になど事欠(コトカ)かないくらいに。そう(ツタ)えると忋抖(カイト)苦笑(クショウ)を深めている。


「まあねえ、()()()()()()()()()けど、()()が全部(オレ)に向けられてるって(ワケ)じゃなかったしな」


「どういう意味だよ?」


小さく嘆息(タンソク)する忋抖(カイト)の言っている意味が分からなくて玳絃(タイゲン)(クチビル)(トガ)らせた。その姿に、(ワラベ)みたいだ、と忋抖(カイト)()き出す。


「…(オレ)父様(トウサマ)によく()てるだろ?」


(ワラ)いを(コラ)えながら言われて、あ、と玳絃(タイゲン)布団(フトン)(ツカ)んでいた手に力を()めてしまった。


「あー、()()()()()()()()…」


「な?あんまり良いものでもないだろ?」


「そうだね。()()はあんまり気持ち良くない」


はあ、と大きく嘆息(タンソク)して玳絃(タイゲン)は手の力を()く。(ヨウ)するに忋抖(カイト)への純粋(ジュンスイ)恋情(レンジョウ)だけで(モト)められていたということではないのだ。


「うん。だけど(オレ)も同じこと樂采(ガクト)の母親にしたからね。同罪(ドウザイ)だから()()自体はどうってことはないし、()()もあって覚悟(カクゴ)を決めてもらえたから悪いことばっかりでもなかったかな」


()()()()()()()唯一(ユイイツ)を?」


言葉の意味が分からなくて玳絃(タイゲン)はまたきょとりとしてしまった。唯一(ユイイツ)を決めるのは自分自身でしかないと思っているのだが、忋抖(カイト)の話し()りからは(ダレ)かの手助(テダス)けがあったように思える。


(オレ)にはね覚悟(カクゴ)が無かった。(オレ)()()(ヒト)唯一(ユイイツ)だって(ミト)めたら傷付(キズツ)けるだけじゃなくて裏切(ウラギ)りだと思われても仕方(シカタ)ないし、俺自身(オレジシン)沢山(タクサン)のものを犠牲(ギセイ)にして(ウシナ)わなきゃならなかったから。()()を考えたら動けなくてね。その時もう手にできてるものまで無くすことが(コワ)かったんだよ」


「それ相手(アイテ)がもう(チギ)りを(ムス)んでたって聞こえるんだけど?」


何かを(コワ)すかもしれない(オソ)れ。

手にできているものも(ウシナ)うかもしれないという(コワ)さ。


()()()(シメ)すのは(オモ)いを()せてしまった者に(スデ)(チギ)りを()わした者がいる時に感じる思いではないか?()()()()()をしないように恋仲(コイナカ)になる時や(ジョウ)相手(アイテ)とする時も()()()()玳絃(タイゲン)も気を(ハラ)う。無駄(ムダ)(イサカ)いや痴情(チジョウ)(モツ)れに巻き込まれたいものでもないからだ。そう言う玳絃(タイゲン)忋抖(カイト)が小さな嘆息(タンソク)を落とした。


「そうだよ?(ユル)されないって分かってた。だから姿形(スガタカタチ)()樂采(ガクト)母親(ハハオヤ)身代(ミガ)わりにしたんだ。それで生命(イノチ)まで(ウバ)ったんだから最低(サイテイ)だろ?」


自嘲(ジチョウ)する忋抖(カイト)を前にして玳絃(タイゲン)は何と言ってもいいか分からなくなる。やっと見つけたと思った相手(アイテ)(スデ)唯一無二(ユイイツムニ)伴侶(ハンリョ)()ると知った時、忋抖(カイト)はどんな面持(オモモ)ちだったのか。それでも(アキラ)め切れないほどの想いとはどのようなものであるのか、玳絃(タイゲン)には()()わからない。けれど樂采(ガクト)を手にした時から忋抖(カイト)は里の鬼女(キジョ)たちと()()()()()関係(カンケイ)を持っていないことは見ているからこそ分かっている。(オニ)であれば(ダレ)かと(ジョウ)()わすことが当たり前だ。けれど見ている(カギ)忋抖(カイト)(ツト)めと樂采(ガクト)のことばかりで、この5年、(ミヤ)()けているのを見ていない。それがどういうことなのか、それもまた玳絃(タイゲン)にはわからない。


兄様(アニサマ)()()(サイワイ)なの?」


唯一(ユイイツ)と決めた相手と忋抖(カイト)()()げる日が来ない事は、ここまでの話を聞けば(オノ)ずと理解できる。これまでどれだけ()わせて欲しいと(ネガ)っても忋抖(カイト)(ワラ)っていなしていたのは()わせたくなかった訳ではなかった。


()わせられなかったのだ。


そんな相手(アイテ)(オモ)い続けることは忋抖(カイト)にとって苦痛(クツウ)でしかないように感じて(タズ)ねた玳絃(タイゲン)の前で忋抖(カイト)は見たこともないほど(サイワイ)な顔で微笑(ホホエ)んで見せた。


「だから(サイワイ)()()()()()()んだよ」


「は?どういうこと?」


眉根(マユネ)(ヒソ)めてしまうが忋抖(カイト)は気にもしていない。


「言ったろ?覚悟(カクゴ)を決めてもらったって。背中(セナカ)を押してくれたのは(オレ)唯一(ユイイツ)とその(チギ)りの相手(アイテ)なんだよ」


「はあ?」


突拍子(トッピョウシ)もない事実に玳絃(タイゲン)は思わず(コシ)()かせてしまった。


(オドロ)くだろ?(オレ)だって信じられなかったもんな」


「なんでそうなるのさ…」


(オノレ)伴侶(ハンリョ)(ホカ)(オノコ)(アズ)けるなど考えられることではない。(アキ)れて嘆息(タンソク)してしまうと忋抖(カイト)(コラ)え切れないように(ワラ)いだした。


()()2()()()()()()(オレ)がそのまま心を(コロ)して生きていくことの方が苦しいことなんだってさ。()()()()にしてたら、いつか(オレ)(コワ)れるって(ギャク)(オモンバカ)られたんだよ」


「いやいやいやいや。そんなの相手(アイテ)にしてみれば気にしなきゃいいだけでしょうよ」


(チギ)りを()わしている自分の伴侶(ハンリョ)横恋慕(ヨコレンボ)されたとしても、そんなものは見ないようにすればいい。手に入れられないと分かっているのだから、()らぬ(ゾン)ぜぬで自分たちの()らしが(オダ)やかであれば(イダ)かれた恋情(レンジョウ)もいつか熱が冷めていくだろう。それを待っていればいいのに。


「そうだよねえ。(オレ)相手(アイテ)の立場だったらそう思うだろうな。何で(オレ)唯一(ユイイツ)()してやらなきゃならないんだって、きっと()れると思うよ」


(オレ)もそうだろうな。その2人は何でそんなこと言い出したんだよ、考えられないだろ?」


混乱(コンラン)してくる頭を(タタ)いて落ち着けようとする玳絃(タイゲン)忋抖(カイト)はますます苦笑(クショウ)を深めている。


(シズ)んでいく(オレ)を見てられなかったんだってさ。(スク)い上げてやれる機会(キカイ)()()()(ノガ)したらもう見つけられなかったらしい。(オレ)(コワ)れようが(ホウ)っておけばいいのに手を差し出してくれたんだ。その上で言われたよ。(ダレ)が何と言おうが何と思おうが、(ホカ)でもない自分達が受け入れて(ユル)して(マモ)るから堂々(ドウドウ)としとけって。堂々(ドウドウ)(カク)さずに、心を(コロ)さずに、(オモ)い続けていけってさ」


「はあ?」


ますます(ワケ)が分からなくなって玳絃(タイゲン)は頭を()くしかできない。


「その()わり(オレ)()()(ヒト)(オモ)い続ける(アイダ)は何があっても(ソバ)(ハナ)れるなっても言われたけどね」


「…死ぬまで(ハナ)れるなってことじゃんか…」


小さく(ツブヤ)玳絃(タイゲン)忋抖(カイト)は、うん、と(ワラ)って見せた。


「その(ヒト)(チギ)ってる相手はね、とにかく(スゴ)いんだ。(オレ)のどうしようもない()えを(イヤ)せるのは()()(ヒト)だけで(ダレ)()わりにはなれない。()わりなんて何処(ドコ)(サガ)したって居ないのを知ってるのは自分以外には(オレ)だけなんだってさ。だから(ミト)めて(ユル)すって(ワラ)うんだから」


話しながら忋抖(カイト)()()()(シン)との会話を思い出してしまう。()びなければと考えを(メグ)らせている忋抖(カイト)の心を本当の意味(イミ)(スク)ったのは悧羅(リラ)ではない。


(シン)だ。


()()を分かってくれる(ヤツ)がやっと素直(スナオ)になったって喜ばれたんだぞ?(ウツワ)(チガ)いを思い知らされたよ」


上機嫌(ジョウキゲン)(サケ)(アオ)っていた(シン)が、どれ程の苦しさを(カク)して悧羅(リラ)(アズ)けると決めたのかが分からないほど忋抖(カイト)(オロ)かではない。


悧羅(リラ)だってそうだろう。


500年()えに()えてようやく()(ハナ)たれた(ノゾ)まぬ夜伽(ヨトギ)という役目(ヤクメ)苦痛(クツウ)を、忋抖(カイト)身体(カラダ)(ヒラ)くことで思い出すことになっただろうから。


忋抖(カイト)のことばかり(オモンバカ)ってくれていたその(ウラ)で2人が泣いていたことなど容易(タヤス)く分かる。


だからこそ忋抖(カイト)が自分の心に背を向けることは(ユル)されない。


自分の(オモ)いを()じることなどあってはならない。


(シン)悧羅(リラ)忋抖(カイト)(ユル)してくれているから、忋抖(カイト)()()ぐに2人に向き合わなければならない。


忋抖(カイト)(ユル)したことを2人が()やむ日が決してこないように。


「だから(オレ)(サイワイ)にしてもらえたって言うんだよ。まあ最期(サイゴ)は自分がどうしたいか聞いてもらえたから、結局(ケッキョク)(オレ)が決めたってことになるのかな?」


(オレ)にはまだよく分からないよ。本当にそれで兄様(アニサマ)(サイワイ)なのかも信じられないし…」


(サイワイ)か、なんて言葉(コトバ)じゃ言い()くせないぞ?表立(オモテダ)って自分の(オモ)いを言えなくても、(ソバ)()ることも(カイナ)(オサ)めることも思い通りにいかなくても、そんなこと気にもならない。()()(ヒト)(アキラ)めるってことの方が(ツラ)いことなんだし、ほんの一時(イットキ)だけでも(オレ)だけのものになってくれるなら、それだけで()たされるし生きて行ける。唯一(ユイイツ)って()()()()()()なんだと(オレ)は思ってるよ」


本当に(ウレ)しそうに(ワラ)忋抖(カイト)を見ながら玳絃(タイゲン)は、あ、と気付(キヅ)いてしまった。


忋抖(カイト)が『(ウツワ)(チガ)う』などと(タツト)ぶ者は一握(ヒトニギ)りしかいない。その内の2人を玳絃(タイゲン)はよく知っている。玳絃(タイゲン)自身(ジシン)(ダレ)よりも(タツト)んでいる者たちだからだ。


「…兄様(アニサマ)唯一(ユイイツ)って、もしかして…」


おいそれと口に出してはならない現実(ゲンジツ)(サラ)け出されて言葉を(ウシナ)った玳絃(タイゲン)に、忋抖(カイト)悪戯(イタズラ)()みを()かべて口元(クチモト)に指を当てて見せた。


()(ゴト)だぞ?」


くすくすと(ワラ)忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)はがっくりと項垂(ウナダ)れてしまう。


「だったら話さないでくれよお…。どうすんだよ、(オレ)とんでもないこと知っちゃったじゃないかあ…」


「何だよ?知りたいって言ったじゃないか」


「言わなくても良いっても言ったよね?うわあ、(オレ)絶対(ゼッタイ)(カオ)に出るわ」


(アセ)って頭を(カカ)える玳絃(タイゲン)の前で忋抖(カイト)愉快(ユカイ)そうに(ワラ)うばかりだ。


「別にそんなに身構(ミガマ)えなくたっていいと思うぞ?気付(キヅ)いてる(ヤツ)気付(キヅ)いてるし、()()2人も(オレ)も知られて(コマ)るってことでもない。あえて言うことでもないから言ってないってだけだし、どっちかっていったらバラしちゃうか、みたいに言われたこともあったしなあ。そうすれば(オレ)(ダレ)の前でも()でいられるんじゃないかって真剣(シンケン)に話してたし」


「そんな容易(タヤス)く決めて良いもんなのかよ?なんか(アキ)れるの(トオ)()して(スゴ)いよ、もう」


大きく(イキ)()くと忋抖(カイト)が、にやっと口角(コウカク)を上げた。


容易(タヤス)いことなんだよ、()()()


「何言ってんだよ、そんな(ワケ)ないだろ?」


巫山戯(フザケ)てでもいるのか、と一瞥(イチベツ)を投げた玳絃(タイゲン)忋抖(カイト)が長い指を立てて見せた。


「いいか?(オレ)も言われたけど血の(ツナ)がりとか何処(ドコ)で何の(エニシ)があるのかとかなんて(オレ)たち(アヤカシ)にとって(タイ)したことじゃないんだよ。…ああ、(オモ)(チガ)いするなよ?(ヨウ)()()(ミト)めて()け入れられるかどうかだ。(オレ)玳絃(タイゲン)じゃ元々(モトモト)の心の持ちようが(チガ)うから()()()()()()って言ってるんじゃない。ただ姚妃(ヨウヒ)がお前に(ツタ)えてたことは、お前が考えてたような突拍子(トッピョウシ)もないことなんかじゃないってだけだ」


「それは…、そうかもしれないけど…。(オレ)は…」


「うん、だからそれでいいんだって。どんな結果(ケッカ)を出しても(ナヤ)んで考えて相手(アイテ)(オモンバカ)ろうとした(ジカン)無駄(ムダ)にはならない。玳絃(タイゲン)にとっても姚妃(ヨウヒ)にとっても、だ。(カンガ)えて出した(コタ)えで(ダレ)かが泣いたとしてもそれはそれで良いんだよ。()き合うってことに意味(イミ)があるんだから。…っていっても()()(ジカン)余裕(ヨユウ)はありそうだし(イソ)がなくてもいい。玳絃(タイゲン)の心がちゃんと()き合えるって(トトノ)うまでは(オレ)(アズ)かっててやるからさ」


立てていた指で、とん、と(ヒタイ)(ハジ)かれて玳絃(タイゲン)は、ふはっと()き出してしまう。


本当にこの兄はどうしようもなく(ヤサ)しい。


「じゃあ(アマ)えるだけ(アマ)えようかな?兄様(アニサマ)唯一(ユイイツ)()()()()()気にもしないんだもんね?」


(ワラ)いと(トモ)強張(コワバ)っていた身体(カラダ)から余計(ヨケイ)な力が()けていく。(オドロ)かされた意趣返(イシュガエ)しで少し意地悪(イジワル)をしてやろうと言った玳絃(タイゲン)忋抖(カイト)(カタ)(スク)めた。


「そこなんだけどねえ…。(オレ)唯一(ユイイツ)は思ってたよりも独占欲(ドクセンヨク)が強くてね。自分以外の(オンナ)()るなってちょっと(オコ)られてんだよ」


(コマ)ったように頭を(カカ)えて見せる忋抖(カイト)に、は?、と玳絃(タイゲン)唖然(アゼン)としてしまった。


(コト)次第(シダイ)()()()()()()()()だから目を(ツブ)ってくれてるけど、(オレ)(ダレ)のものなんだって(タシ)かめられるんだ。どうも思ってたよりも(オレ)のことが大事(ダイジ)らしい」


「あー…、ねえ…?惚気(ノロケ)…?」


(コマ)ってんだよね、と大袈裟(オオゲサ)に手を挙げた姿に(アキ)れてしまうが忋抖(カイト)(ウレ)しさを(カク)すつもりもないらしい。


「ばれた?まあ、そういう(ワケ)なんで(イソ)がなくてもいいけど、(ヨク)を言えば(ハヤ)めに引き取ってくれると(ウレ)しい。あんまり機嫌(キゲン)(ソコ)ねて()れさせてもらえなくなったら()えられないんで。無理(ムリ)しなくてもいいけど、ちょっと無理(ムリ)してくれてもいいからな?」


「どっちなんだよ」


矛盾(ムジュン)ともいえる忋抖(カイト)態度(タイド)玳絃(タイゲン)(コラ)え切れずに声を出して(ワラ)ってしまった。飄々(ヒョウヒョウ)と言っているが忋抖(カイト)()()()()気持ちを()とし()むには長い(ジカン)を必要としただろう。


今、玳絃(タイゲン)が思い(ナヤ)んでいるように。


忋抖(カイト)がこうしているのは()げずにその先に来るであろう(ツラ)さにも(クル)しみにも向き合うと覚悟(カクゴ)を決めたからこそだ。


きっと(ホカ)姉兄(シケイ)たちの言葉では玳絃(タイゲン)の心は動かされなかった。


同じように(ナヤ)んだ忋抖(カイト)の言葉だからこそ、すんなりと心に()()ってくるのが分かる。きっと忋抖(カイト)も分かっていたのだろう。こうではないかと想像(ソウゾウ)して(ダレ)かが話す言葉よりも、自分自身のこととして受け止めてきた忋抖(カイト)の言葉の方が響くことを。話して玳絃(タイゲン)嫌悪(ケンオ)してしまうことだってあったのに。


(カナ)わないなあ。


そんな忋抖(カイト)(タイ)したことではないと言ってくれているのなら(アセ)ることなどない。


(コタ)えられないなら()()()()()のも本当なのだろう。


今はただ()()()()()()()()()()()()目を()らし続けていたことと向き合えばいい。


言われた通り容易(タヤス)いことだった。


兄様(アニサマ)、近い内に引き取るよ」


ひとしきり(ワラ)って言うと(カミ)がかき()ぜられた。


「しんどくなったら言えよ?」


「その時は(アマ)える」


「…父様(トウサマ)心配(シンパイ)してたぞ?何も言ってくれないのは(タヨ)りにならないからなのかなあってぼやいてた」


「酒でも持って話しに行くよ。兄様(アニサマ)への(レイ)()ねて二晩(フタバン)くらい父様(トウサマ)が動けないようにすればいいんだろ?」


「お前…、よくできた(オトウト)だな」


(タガ)いに(ワラ)いながら(シン)忋抖(カイト)悧羅(リラ)を取り合う光景(コウケイ)を思い(エガ)いて、ほんの少し玳絃(タイゲン)は心が(アタタ)かくなるのを感じた。


いつか忋抖(カイト)(ダレ)にも(ハバカ)られず悧羅(リラ)への想いを表せる日が来ればいい。そこにはきっと(サイワイ)笑顔(エガオ)だけがあるはずだから。


あの2人ならそんなに待たせないとは思うけど。


いつか来るであろう日を心の片隅(カタスミ)に追いやって玳絃(タイゲン)(シン)泥酔(デイスイ)させるための酒を忋抖(カイト)相談(ソウダン)し始めた。

お楽しみいただけましたか?

読んでくださってありがとうございました。

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