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唯一【伍】《ユイイツ【ゴ】》

更新します。

「まあまあ、玳絃若君(タイゲンワカギミ)。なんという(トコロ)でお休みになっておられるのですか」


からりと開けられた()から()()()むのと同時に(アキ)れたような磐里(バンリ)の声がした。ぽんぽんと身体(カラダ)(タタ)かれて(マブタ)を上げると目の前に磐里(バンリ)の顔と縁側(エンガワ)が見えた。


「…磐里(バンリ)…?」


目を(コス)りながら(タズ)ねると、あらまあと(ワラ)う声がする。


「はい、磐里(バンリ)でございますよ。まだお寝坊(ネボウ)さまでございますか?」


くすくすと(ワラ)われながら玳絃(タイゲン)()を起こして(マワ)りを見ると成程(ナルホド)と思うしかない。玳絃(タイゲン)が居たのは()のすぐ前で寝所(シンジョ)ですらない。まるで(ユカ)(タオ)()むかのように()ていたらしい。これは(アキ)れられても仕方(シカタ)ないだろう。


「お休みの間に何かございましたのですか?このような(トコロ)でお休みになっているなど、樂釆小若君(ガクトショウワカギミ)のようでございますよ」


「ええ?樂采(ガクト)一緒(イッショ)ってのは言いすぎでしょ」


大きく身体(カラダ)()ばしながら玳絃(タイゲン)が言うが磐里(バンリ)は小さく(ワラ)いながら(ツクエ)水差(ミズサ)しを片付(カタヅ)け始めている。


昨夜(サクヤ)(アマ)りお(サケ)が多いということでもありませんでしたのに。お(ツカ)れでございますか?」


「そんなことないと思うけどなあ。ちゃんと()ようと寝所(シンジョ)に入ったんだけど」


手際良(テギワヨ)御簾(ミス)を上げて寝所(シンジョ)(トトノ)えている磐里(バンリ)に向かって声をかけると、そのようでございますね、とまた(ワラ)われてしまう。(トトノ)()わると寝所(シンジョ)の上にきちんと(タタ)まれた隊服(タイフク)薄衣(ウスゴロモ)を置いてくれる。


本日(ホンジツ)もお(ツト)めでございましたね。あまりご無理(ムリ)をなされてはなりませんよ」


置いていた水差(ミズサ)しを持って(ワラ)いながら部屋を出ていく磐里(バンリ)(レイ)(ツタ)えてから玳絃(タイゲン)も立ち上がって寝所(シンジョ)に向かう。支度(シタク)された隊服(タイフク)着替(キガ)えるために寝間着(ネマギ)()いで置こうとして、あれ?、と玳絃(タイゲン)は声を上げてしまった。寝間着(ネマギ)()みた()が目に入ったからだ。なんで?、と自分を見ると右の大腿(ダイタイ)(ツカ)んだような(アト)(カワ)いた()が見えた。


「ええ?何これ」


(タイ)して痛みもしないから(スデ)()えているようだが()ている(アイダ)玳絃(タイゲン)自身がやったのだとしたらそれもどうしてなのかが分からない。とりあえず軽く(イヤ)しの(ジュツ)をかけてからもう一度寝間着(ネマギ)を広げて他に血の(アト)がないか(タシカ)めると、腰紐(コシヒモ)よりも下、ちょうど下腹(シタバラ)(アタ)りに(ニジ)んだ血がついている。()きでもしたのかと下腹(シタバラ)を見るがそこには(キズ)はない。


「なんだよ、なんか()だなあ」


思いながらも寝間着(ネマギ)についた血の(ニオ)いを確かめると一つは玳絃自身(タイゲンジシン)のものだが、もう一つは(チガ)う。けれど(イヤ)な感じを受けないから敵意(テキイ)(マジナイ)ということではないのだろう。昨夜(サクヤ)()るまでの(アイダ)樂采(ガクト)と遊んでいたし、その時にでもついたのかもしれない。


「考えても分かんないか」


仕方(シカタ)ないと思い(ナオ)してさっさと隊服(タイフク)着替(キガ)えて部屋を出た時だった。


[ごめんね、兄様(アニサマ)


頭の中に小さな声がして泣きながら(ワラ)姚妃(ヨウヒ)姿(スガタ)(ヨギ)った。ざらついたような()で見えたのはほんの一瞬(イッシュン)、それでも玳絃(タイゲン)をその場に(ウズクメ)るには十分(ジュウブン)すぎた。


「は?何…今の…?」


ぞわりと()()がってくる何ともしれない感覚(カンカク)(ツツ)まれるが、見えた()がまた()かび()がってくることはない。(ヒビ)いた声も(フタタ)()こえることもない。ただえもいわれぬ不安(フアン)玳絃(タイゲン)身体(カラダ)寒気(サムケ)として()()かる。思わず口元(クチモト)(オサ)えていた手が小さく(フル)えて背中(セナカ)にも冷たい(アセ)(ニジ)む。(ワズ)かに()れた(イキ)のままで頭を小突(コヅ)いてみるが()()()()()()()()()()()


「…何だっていうんだよ…?」


漠然(バクゼン)とした不安(フアン)だけが大きくなって玳絃(タイゲン)は立ち上がると食餌(ショクジ)()る部屋へと()け出した。見えた()姚妃(ヨウヒ)だった。姚妃(ヨウヒ)であったけれど()()()表情(カオ)()()()()()()()()。あんなに悲痛(ヒツウ)な声も()()()()()()()()


何かあったのかもしれない。


足元(アシモト)から()い上がってくる()()()()(ハラ)うように()けて見えた部屋(ヘヤ)()玳絃(タイゲン)(イキオ)いよく開けた。


姚妃(ヨウヒ)!!」


(イキオ)いよく開けられた()が大きな音を立てて(ハズ)れるが、それよりも玳絃(タイゲン)の声の大きさに()()(ミナ)視線(シセン)(アツ)まったがどうでも良かった。玳絃(タイゲン)の席から灶絃(ソウゲン)(ハサ)んだ(トコロ)姚妃(ヨウヒ)のいつもの場処(バショ)だ。そこに目を向けると()ばれた姚妃(ヨウヒ)は持ち上げた(ハシ)をぽろりと落として(カタ)まっている。(ハジ)かれたように走ってその前まで動くと玳絃(タイゲン)姚妃(ヨウヒ)両肩(リョウカタ)(ツカ)んだ。


姚妃(ヨウヒ)!お前どうもしてないか!?」


「え?何?おはよう…?どうしたの(タイ)兄様(アニサマ)?」


「うん!おはよう!じゃなくて!!お前何か変わったこととか、どっか(イタ)めてるとか何かないか?!」


(タズ)ねながら(ツカ)んだ両肩(リョウカタ)()さぶるが姚妃(ヨウヒ)は、ええ?、と首を(カシ)げて(ワラ)っている。


「何だか分からないけど何もないよ?」


「本当か?!本当にどうもしてないか!?」


「うん」


()さぶっていた(ウデ)姚妃(ヨウヒ)の手が置かれて玳絃(タイゲン)の動きが(セイ)された。はあ、と大きく(イキ)()いた玳絃(タイゲン)身体(カラダ)から力が()けて、良かったあ、と項垂(ウナダ)れると可笑(オカ)しそうに姚妃(ヨウヒ)がくすくすと(ワラ)い出した。


「よく分からないけど私は()()()だよ。心配(シンパイ)してくれてありがとう、(タイ)兄様(アニサマ)


当てられていた姚妃(ヨウヒ)の手が玳絃(タイゲン)(ウデ)をぽんぽんと(タタ)いたが、それによりまた玳絃(タイゲン)足元(アシモト)からざわりと()()()()い上がった。


「…姚、妃(ヨウヒ)…?」


「なあに?ほら(タイ)兄様(アニサマ)も早く朝餉(アサゲ)()らないと(ツト)めに(サワ)りがでるよ?」


ほら、と(ウナガ)されるが目の前の姚妃(ヨウヒ)(アキ)らかに()()()()()玳絃(タイゲン)(ツタ)えてくる。ぞわぞわと()い上がってくる()()()玳絃(タイゲン)(ツツ)間際(マギワ)、何だよこれ、と(シン)(アキ)れたような声がして()(モド)される。


()(ハズ)れてるじゃないか。(ダレ)だよ、もう!」


苦笑(クショウ)しながら()(ナオ)(シン)彼方此方(アチラコチラ)から玳絃(タイゲン)がやったと教えている声がする。


玳絃(タイゲン)かよ。まったく(イク)つになっても(ワラベ)みたいなとこあるんだから」


(ワラ)いながら(ナオ)した()具合(グアイ)(タシカ)めて、しょうがないなあ、と悧羅(リラ)とともに()についた。磐里(バンリ)加嬬(カジュ)2人(フタリ)(ゼン)支度(シタク)する間に玳絃(タイゲン)姚妃(ヨウヒ)(カタ)(ツカ)んでいることにも(ワラ)っている。


「なに?なんかあったの?」


()かれた(チャ)(スス)りながら(タズ)ねられて玳絃(タイゲン)はようやく姚妃(ヨウヒ)から手を(ハナ)した。


「…何もないんだと思うんだけど…。姚妃(ヨウヒ)に何かあったような気がして…」


悪い、と姚妃(ヨウヒ)()びてから玳絃(タイゲン)も自分の()()いた。


「おかしな玳絃(タイゲン)だねえ。何か変なものでも食べたの?」


吃驚(ビックリ)して(ノド)()めるとこだったじゃない、もう!」


舜啓(シュンケイ)啝咖(ワカ)から揶揄(カラカ)うように言われて玳絃(タイゲン)も頭を()きながら(チャ)を手に取った。ごめん、と(アヤマ)ってみたもののぞわりとした感覚(カンカク)は残っている。


何なんだよ、これは。


よく分からない感情(カンジョウ)(オサ)()んで朝餉(アサゲ)に手を付け始める玳絃(タイゲン)に、(ヘン)(タイ)兄様(アニサマ)姚妃(ヨウヒ)(ワラ)う声が(トド)く。それにまた(ミョウ)感覚(カンカク)(オボ)えたが()()()()(ミナ)混乱(コンラン)させるだけだろう。(ダマ)って朝餉(アサゲ)を取り続ける玳絃(タイゲン)(マワ)りでは先程(サキホド)玳絃(タイゲン)行動(コウドウ)(ワラ)(バナシ)になっているが気にすることでもない。自分でもらしくないと思っているのだから(シバラ)くはこれで(イジ)られるだろう。


「まあ姚妃(ヨウヒ)に何かあったら(オレ)らだって(アワ)てるだろうしね」


「それはそうだよ。可愛(カワイ)()ぎる()なんだから」


くすくすと(ワラ)いながら話す皓滓(コウサイ)灶絃(ソウゲン)の言葉にも何かちくりとするがとりあえずそのままにしておく。とりあえず姚妃(ヨウヒ)には何事(ナニゴト)もなさそうだしこのまま様子(ヨウス)をみていてもいいのかもしれない。玳絃(タイゲン)が感じた()()(オモ)()ごしである可能性(カノウセイ)もあるのだ。何より(ホカ)(ダレ)玳絃(タイゲン)の感じた()()は感じていないようだ。ほっと安堵(アンド)した玳絃(タイゲン)は次には(ハシ)を落としてしまった。


(タイ)兄様(アニサマ)は優しすぎるんだよ。そろそろ()()()して欲しいけどね」


ふふふっと(ワラ)った姚妃(ヨウヒ)の姿に戸惑(トマド)ったのは玳絃(タイゲン)だけではなかった。え?と(ミナ)()り向かれても姚妃(ヨウヒ)はきょとりとしている。


姚妃(ヨウヒ)?お前どうかしたの?」


あり得ないとでも言いたげに瑞雨(ズイウ)が声をかけるが姚妃(ヨウヒ)は、何が?、と(ワラ)うばかりだ。


「いや、だってお前さ…」


「なによ?」


憂玘(ウイキ)の言葉にも飄々(ヒョウヒョウ)と返す姚妃(ヨウヒ)()()()()()()()()()()()()。けれど()()可笑(オカ)しいと玳絃(タイゲン)本能(ホンノウ)(サト)った。(ワラ)いながら話し続けている姚妃(ヨウヒ)間違(マチガ)いなく姚妃(ヨウヒ)だ。でも何かが(チガ)う。思わず声をかけようとした玳絃(タイゲン)はまたしても別の言葉(コトバ)(サエギ)られてしまった。


磐里(バンリ)加嬬(カジュ)(モウ)(ワケ)ないんだけど今夜(コンヤ)から(シバラ)姚妃(ヨウヒ)(オレ)部屋(ヘヤ)()るように支度(シタク)してもらっていいかな」


は?と目を見開(ミヒラ)いた玳絃(タイゲン)の前で忋抖(カイト)が2人に(タノ)んでいるのが見える。あらまあ、と(ワラ)う2人は何も戸惑(トマド)ってはいないし、場の(ミナ)も特に(オドロ)いてもいないようだ。


「え?(カイ)兄様(アニサマ)、何で?やっぱり姚妃(ヨウヒ)どうかしてんの?」


思わず(コシ)を上げた玳絃(タイゲン)忋抖(カイト)(ワラ)って手を()った。


(チガ)(チガ)う。玳絃(タイゲン)が来る前に樂采(ガクト)から強請(ネダ)られたんだよ。しばらく姚妃(ヨウヒ)一緒(イッショ)()たいんだって。だから姚妃(ヨウヒ)無理(ムリ)言ってお願いしたんだよ。ね?樂采(ガクト)?」


「うん!あのねえ、ぼくようひちゃんといっしょにお休みしたいの。がいちゃんもあいちゃんもいっしょなの」


「あれ?父様(トウサマ)は?」


(トウ)しゃまもだよ?いつもいっしょでしょ」


もう!と(ホオ)(フク)らませた樂采(ガクト)は、ね?と姚妃(ヨウヒ)を見ている。その姚妃(ヨウヒ)(ワラ)いながら()(シメ)しているし(ホカ)(モノ)たちも知っていたというのは間違(マチガ)いではないのだろう。(アト)から来たはずの(シン)悧羅(リラ)が何も言わないのには少しばかり違和感(イワカン)(オボ)えたが、樂采(ガクト)が言い出したことなら何も言わないのはいつもの事とも言える。


“おやおや、(ワレ)だけ()ばれませぬのか?”


悧羅(リラ)背後(ハイゴ)(ハベ)っていた妲己(ダッキ)(ワラ)いながら言うと樂采(ガクト)(アワ)て始めた。


「だっきちゃんも来てくれるの?」


(ワレ)小若君(ショウワカギミ)のお(ソバ)におるのをお(ユル)(イタ)だけるのであらば(ウレ)しゅうありますよ?”


くっくと(ワラ)妲己(ダッキ)(サキ)樂采(ガクト)忋抖(カイト)に、良い?と聞いている。いいよ、と頭を()でられて、やったあ!と(ヨロコ)樂采(ガクト)を見ていると本当に何でもないことのようにも思えてしまう。何だかなあと後味(アトアジ)(ワル)い思いを()()りながら朝餉(アサゲ)()ませて玳絃(タイゲン)身支度(ミジタク)(トトノ)えに部屋を出た。釈然(シャクゼン)としない()()()は感じるがそれが()()()も分からなければ対処(タイショ)仕様(シヨウ)もない。とりあえずは(ツト)めだな、と気持ちを切り()えて玳絃(タイゲン)はもう一度部屋に(モド)ることにした。



絶対(ゼッタイ)おかしい、と玳絃(タイゲン)確信(カクシン)したのは()()感覚(カンカク)を感じてから六月(ムツキ)()った日だった。その日は皓滓(コウサイ)加嬬(カジュ)(チギ)りの日で(ミナ)(サイワイ)(ツツ)まれていた。まだ()()りないという(ホカ)姉兄(シケイ)たちを置いて(サキ)に休むという姚妃(ヨウヒ)を部屋まで(オク)ると言ったのだが姚妃(ヨウヒ)はきょとりとしていたのだ。


(カイ)兄様(アニサマ)の部屋に行くだけだし、(ミヤ)の中なんだから平気(ヘイキ)だよ?」


心配(シンパイ)しすぎ、と(ワラ)姚妃(ヨウヒ)六月(ムツキ)前とは(アキ)らかに()わっていた。六月(ムツキ)前までの姚妃(ヨウヒ)なら玳絃(タイゲン)が言い出さずとも自分から強請(ネダ)っていたし、歩いている時も(ウデ)(カラ)ませてくるのはいつものことだったから。立ち上がった姚妃(ヨウヒ)足元(アシモト)()らいでいたのを理由(リユウ)にして送ったのだがふらつく身体(カラダ)(ササ)えてもすぐに(ハナ)れるし、手をとろうとしても大丈夫(ダイジョウブ)だと固辞(コジ)された。


「いつまで(カイ)兄様(アニサマ)の部屋で()るんだよ?」


分かれ道で(タズ)ねた玳絃(タイゲン)姚妃(ヨウヒ)はにこにこと(ワラ)っている。


「うーん、樂采(ガクト)のお願いだからねえ。樂采(ガクト)が良いって言うまでだろうけど。たまに(カイ)兄様(アニサマ)に抱きついて起きたりもできちゃうから役得(ヤクトク)なんだよね、(カイ)兄様(アニサマ)も喜んでくれてるし。私ももう少し(アマ)えてたいかなあ。幼子(オサナゴ)(コロ)みたいで安心(アンシン)しちゃうもん」


(カイ)兄様(アニサマ)はそれでいいって言ってんの?」


「うん。()たいだけ()て良いよって言ってくれてる。もしかしたら樂采(ガクト)のお(ヨメ)さんになってくれるかもしれないからって」


ふふっと(ワラ)姚妃(ヨウヒ)玳絃(タイゲン)唖然(アゼン)としてしまった。は?、とあげた声が疑問(ギモン)に聞こえたのだろう。


「どうかしたの?(タイ)兄様(アニサマ)?」


きょとりと首を(カシ)げる姚妃(ヨウヒ)違和感(イワカン)(ツノ)っていくのを玳絃(タイゲン)は止められない。


姚妃(ヨウヒ)樂釆(ガクト)(チギ)るのか?」


「やだなあ(タイ)兄様(アニサマ)樂采(ガクト)だよ?今は(オサナ)いからそう言ってくれてるだけだよ」


あはは、と(ワラ)って手を()ってはいるがその言葉も態度(タイド)も何もかもがおかしいと(カン)じてしまう。


「じゃあ姚妃(ヨウヒ)(ダレ)(チギ)りたいのさ?」


そう聞いてしまったのはただの興味(キョウミ)だったのか、何かを(タシ)かめたかったのかは玳絃(タイゲン)にもわからない。けれど返って来た言葉に玳絃(タイゲン)は息を()んでしまった。


「え?いないよ?」


「…は…?」


「何でそんなに(オドロ)くの?そんなに容易(タヤス)く決められることじゃないって(タイ)兄様(アニサマ)だって知ってるでしょ?」


「それは…、そうだけど。お前、…(オレ)(チギ)るって言ってなかったっけ?」


知らず知らずに(フル)えそうになる声音(コワネ)(コブシ)(ニギ)って(カク)しながら何でもないことのように(タズ)ねたがそれにもまた姚妃(ヨウヒ)は、ええ?、と(ワラ)っている。


「それってすっごい幼子(オサナゴ)(コロ)の話でしょう?今はちゃんと()(ホド)を知ってるよ。でもそうだねえ、そろそろ私も(ダレ)恋仲(コイナカ)になれるような相手(アイテ)見付(ミツ)けないと。いつまでも兄様(アニサマ)たちに(マモ)ってもらってても駄目(ダメ)だしねえ。兄様(アニサマ)たちにいい(ヒト)ができた時に私が邪魔(ジャマ)しちゃいけないしなあ」


にこにこと(ワラ)姚妃(ヨウヒ)を見ながら玳絃(タイゲン)(ワス)れていた感覚(カンカク)を思い出してしまう。ぞわぞわと足元(アシモト)から()()()()い上がってくる冷たい感触(カンショク)六月(ムツキ)前に一度感じたがよく分からずに(フウ)()めた()()異質(イシツ)


「私よりも(タイ)兄様(アニサマ)がしっかりしてよ?でないと(サキ)に私が(チギ)っちゃうかもしれないよ?」


悪戯(イタズラ)な顔で(ノゾ)()まれた玳絃(タイゲン)(キモ)急激(キュウゲキ)()えていくのを止められない。


「…姚妃(ヨウヒ)…、なんだよな…?」


「なあに当たり前のこと聞いてるの?あ、もしかして(タイ)兄様(アニサマ)結構(ケッコウ)(サケ)(マワ)っちゃってる?駄目(ダメ)だよ無理(ムリ)しないでね?」


ぽんと(ウデ)(タタ)いて、おやすみ、と()っていく背中(セナカ)玳絃(タイゲン)呆然(ボウゼン)見送(ミオク)るしか出来ずにその場に立ち()くしてしまう。


()()()(ダレ)だ?


玳絃(タイゲン)の知っている姚妃(ヨウヒ)なら()()()()()は言わない。何より姚妃(ヨウヒ)玳絃(タイゲン)を見る眼差(マナザ)しに以前(イゼン)のような(ネツ)が無い。あれほどまでに玳絃(タイゲン)好意(コウイ)を伝え(チギ)りを強請(ネダ)っていた姿(スガタ)何処(ドコ)にも見えないのが何故(ナゼ)なのかも分からない。ぞわぞわとした感覚(カンカク)()み込まれないように大きく(イキ)()いてから、そういえば、と玳絃(タイゲン)はこれまでを思い返してみる。考えてみればこの(トコロ)姚妃(ヨウヒ)から(チギ)りを(ムス)びたいと言われていなかった。


いつからだ?


記憶(キオク)辿(タド)っていくとやはり()()()玳絃(タイゲン)が最初に()()感覚(カンカク)(オボ)えた日からだ。あの朝を(サカイ)姚妃(ヨウヒ)から何も()げられなくなっている。


まるで何処(ドコ)にでもいる兄妹(キョウダイ)のような(カカ)わり()()無かった。


あまりにも言われすぎて()れてもいたから()()()たり前になり過ぎて、正直(ショウジキ)に言えば辟易(ヘキエキ)していた。だからこそ()()(ツタ)えられないことに安堵(アンド)していたのは(イナ)めない。だがどう考えてもおかしいと思えてしまう。


いや、おかしくはないのかもしれない。


玳絃(タイゲン)であっても一時(イットキ)(ジョウ)相手(アイテ)恋仲(コイナカ)(モノ)との(アイダ)にあった(ハズ)恋情(レンジョウ)一瞬(イッシュン)()めたことはある。どれほどの(ジカン)(トモ)()ごしていても()めるときは()めるし、()()をどうにかしようとしても無駄(ムダ)だということも知っている。けれど()めたからとはいえ(トモ)()ごした(アイダ)の思い出は残るし、その(アイダ)に持っていた(オモ)いを(ワス)れてしまう(ワケ)ではない。(タガ)いを知っているからこそ(オモンバカ)れることも()()線引(センビ)きを()(ハカ)ることも出来るようになっていくものだ。


だが姚妃(ヨウヒ)には()()(カン)じなかった。


姚妃(ヨウヒ)から(カン)じたのは最初(サイショ)から玳絃(タイゲン)恋情(レンジョウ)(イダ)いたことなどない(モノ)だけが持ち()るものだ。


親子(オヤコ)姉兄(シケイ)弟妹(テイマイ)友人(ユウジン)部隊(ブタイ)(アイダ)()親愛(シンアイ)信頼(シンライ)(ジョウ)(タグイ)


恋情(レンジョウ)とは程遠(ホドトオ)()()()()()()()()()()


「…は…?、何で…?」


姚妃(ヨウヒ)眼差(マナザ)しを思い出すと、ぞわりとした感覚(カンカク)が強くなってくる。思わず頭を(カカ)えながら玳絃(タイゲン)はその場にしゃがみこんでしまう。


一度(イチド)でも恋情(レンジョウ)を持ってしまった(モノ)に向ける眼差(マナザ)しには(ワズ)かにでも()()が残るものだ。姚妃(ヨウヒ)玳絃(タイゲン)(オモ)うことを(アキラ)めて、気持ちに区切(クギ)りを付けたというのなら()()()()()(モト)より玳絃(タイゲン)姚妃(ヨウヒ)(オモ)いに(コタ)える気など無かったし、むしろ迷惑(メイワク)だと、(ワズラ)わしいとさえ思っていた。当たり前に()兄妹(キョウダイ)のような(カカ)わりに(モド)れることをずっと(モト)めていたのだから、今の状況(ジョウキョウ)素直(スナオ)(ヨロコ)ぶべきなのだと分かっている。


だが何かが(チガ)う。


「あーもう、…わっかんないなあ」


何かがおかしいと思っても()()が何であるかが分からない。分かるのは不快(フカイ)でしかない感覚(カンカク)異様(イヨウ)(カラ)みつく違和感(イワカン)だけだ。くそ、と頭を()(ムシ)ってまとわりつく不快感(フカイカン)(ハラ)おうとしてみるが上手(ウマ)くいかない。


「何なんだよ、あれだけ好きだの(チギ)りたいだの言っといて言い()げか?しかも全部(ワス)れたみたいに()かったことに…しちゃっ…て…?……っ!?」


何の()もなく出した言葉(コトバ)玳絃(タイゲン)(イキ)()んだ。


()()()(サカイ)に変わった姚妃(ヨウヒ)表情(ヒョウジョウ)

玳絃(タイゲン)へ向けられる(ネツ)の無い眼差(マナザ)し。

ただの(アニ)(セッ)するような態度(タイド)


姚妃(ヨウヒ)の中で玳絃(タイゲン)への恋情(レンジョウ)(モト)から()()()()()()になっているとすれば姚妃(ヨウヒ)に感じる違和感(イワカン)にも合点(ガテン)がいく。


「は?本当に?全部(ワス)れてんの?」


そんなことがあるはずがないとも思う。

だが、もしも()()()()()()()


考え始めると(オサ)()もうとしていた不快感(フカイカン)が大きくなり玳絃(タイゲン)(オオ)(カブ)さってきた。不気味(ブキミ)感覚(カンカク)身体(カラダ)(フル)えだしてしまう。


「…(ウソ)、だろ?」


()かったことにする、ということは姚妃(ヨウヒ)意識(イシキ)(イジ)るということだ。今まで(ツチカ)ってきたものの中から玳絃(タイゲン)への恋情(レンジョウ)(カン)することだけを()()って(マガ)(モノ)記憶(キオク)を入れる。()()は里に(マヨ)()んだヒトの子を()ろす時にも()けるから玳絃(タイゲン)にも出来はする。けれど容易(タヤス)出来(デキ)るように思えるが、実際(ジッサイ)には何処(ドコ)かに(ホコロ)びが出るのだ。何かの契機(ケイキ)で思い出したり、前後の記憶(キオク)(ツナ)がりがなかったりとそれぞれだが、1番気をつけなければならないのは(ココロ)(クズ)すことだ。記憶(キオク)(イジ)るということは心に()()ることと(オナ)じ。ヒトの子であれそのモノの尊厳(ソンゲン)傷付(キズツ)けることがあってはならないと()()(マジナイ)(マナ)んだ時に(シン)悧羅(リラ)から教えられた。(ホカ)(マジナイ)行使(ツカ)う時よりも気をつけて行使(ツカ)うようにと。そう教えられていたから玳絃(タイゲン)も数える(ホド)しか行使(ツカ)ったことはない。もちろんそれは(マヨ)()んだヒトの子に(タイ)してだけだ。


それを姚妃(ヨウヒ)姚妃自身(ヨウヒジシン)に対して行使(ツカ)ったのだとしたら?


駄目(ダメ)だろ、そんなの…」


()()がって玳絃(タイゲン)はまだ姉兄(シケイ)たちの()る部屋に向かって歩き出した。玳絃(タイゲン)辿(タド)り着いた答えはきっと間違(マチガ)ってはいない。けれど姚妃(ヨウヒ)()()()()()()()()()()()()()()()(コトワリ)(ホカ)にもきっとある。()()()()()、頭に(ヨギ)った()(ヒビ)いた(コエ)大事(ダイジ)()()()(ワス)れているのは姚妃(ヨウヒ)だけではなく多分(タブン)玳絃(タイゲン)もだ。(ニギ)やかな声のする部屋の()を開いて中に入ると玳絃(タイゲン)忋抖(カイト)(カタ)にぽんと手を置いた。


(カイ)兄様(アニサマ)、ちょっといい?」


返された灰色(ハイイロ)(マナコ)が何かを(サッ)したようにほんの少し(ホソ)められて、それが玳絃(タイゲン)(スベ)てを(カタ)ってくれる。


忋抖(カイト)()()()()()()()


姚妃(ヨウヒ)が変わらざるを()なかった事柄(コトガラ)も。

玳絃(タイゲン)(ワス)れてしまっている()()()も。


()()()


「どうした?樂采(ガクト)(サミ)しがってる?」


(ホカ)(ミナ)気取(ケド)られないようにするためだろう。にっこりと(ワラ)った忋抖(カイト)が立ち上がりながらそう切り出してくれる。長兄(チョウケイ)容姿(ヨウシ)も1番(シン)()ているがその()(カタ)瓜二(ウリフタ)つだ。


「うん。(カイ)兄様(アニサマ)()れてこないと口きかないって(オコ)られた」


「それは(コワ)いね」


有難(アリガタ)忋抖(カイト)の話に(ジョウ)じさせてもらう玳絃(タイゲン)の頭を、ぽんと()でて部屋を出る忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)も追いかける。部屋の()を閉めると(スデ)忋抖(カイト)廊下(ロウカ)を歩き始めていた。(イソ)いで追いつくが向かっている(サキ)忋抖(カイト)の部屋ではないようだ。


(カイ)兄様(アニサマ)何処(ドコ)行くの?」


(トナリ)を歩きながら(タズ)ねると頭に手が置かれた。


悧羅(リラ)のとこ」


母様(カアサマ)?何で?…っていうか駄目(ダメ)だよ!もう寝所(シンジョ)に入ってる頃合(コロア)いだって!」


(アワ)てる玳絃(タイゲン)の頭を()でながら忋抖(カイト)は、大丈夫(ダイジョウブ)、と(ワラ)っている。


「だって父様(トウサマ)、まだ一緒(イッショ)()んでるもん」


「さっきは()なかったよ?」


玳絃(タイゲン)姚妃(ヨウヒ)を送って行く前には(シン)悧羅(リラ)(トモ)に部屋を出ていた。(モド)った時も(シン)姿(スガタ)は見えなかったし、そのまま寝所(シンジョ)に入っていると思っていた。そう言うとますます忋抖(カイト)(ワラ)っている。


()だけ(サキ)に行ったんだってさ。さっきは虫拳(ムシケン)に負けて酒を(モラ)いに行かされてるから()なかったんだよ」


「ええ?(メズラ)しい。父様(トウサマ)母様(カアサマ)(ソバ)()ないなんて、(ヤリ)でも()るんじゃない?」


「それも虫拳(ムシケン)だよ。(イワ)いなんだからって(ミンナ)()め寄られて負けてんの。自分から虫拳(ムシケン)言い出しといてだからね。父様(トウサマ)らしいけど」


言い出した虫拳(ムシケン)で負けて(サワ)(シン)を思い(エガ)いて玳絃(タイゲン)苦笑(クショウ)してしまう。ふふっと(ワラ)っていると目の前に悧羅(リラ)の部屋の()が見えた。どくん、と何故(ナゼ)強張(コワバ)った玳絃(タイゲン)の頭を置かれたままだった忋抖(カイト)の手が()でてくれた。後押(アトオ)しされるように一緒(イッショ)に歩いて()の前に来ると忋抖(カイト)は当たり前のように声を掛けている。


「起きてる?入るよ、悧羅(リラ)


からりと開けられた()(サキ)悧羅(リラ)が、おやまあと立ち上がりながら微笑(ホホエ)んでいた。(シン)()使(ツカ)ったというのは本当のようで寝間着(ネマギ)一枚の姿(スガタ)忋抖(カイト)が、もう!、と苦笑(クショウ)している。


「お(ハイ)りやし」


微笑(ホホエ)みながら近付(チカヅ)いた悧羅(リラ)玳絃(タイゲン)の手を取って部屋に(マネ)き入れてくれた。悧羅(リラ)玳絃(タイゲン)(スワ)らせている(アイダ)忋抖(カイト)が部屋の(オク)から上衣(ウワゴロモ)を取って来て悧羅(リラ)()けるとそのまま出ていこうとする。


兄様(アニサマ)


思わず()び止めた玳絃(タイゲン)視線(シセン)を返して忋抖(カイト)(カタ)(スク)めてみせた。


(オレ)()()()()()()()んだよ?」


小さく(ワラ)って、それでもその場に(スワ)ってくれた忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)がほっと(イキ)()くと、くすくすと(ワラ)いながら悧羅(リラ)玳絃(タイゲン)の前にふわりと(スワ)った。して、と(ホオ)()でられて玳絃(タイゲン)身体(カラダ)からほんの少し力が()ける。


「何ぞ知りとうあるのかえ?」


何も言わなくても悧羅(リラ)は分かってくれている。(ヤサ)しい声音(コワネ)に泣き出したくなるが玳絃(タイゲン)はそれをぐっと(コラ)えた。分かってくれているのなら多くを(カタ)る必要はない。一緒(イッショ)()てくれている忋抖(カイト)()()()()()()とは言っているが、ある程度(テイド)(サッ)しているのだろう。そうでなければ玳絃(タイゲン)違和感(イワカン)(カン)じた()()()から姚妃(ヨウヒ)(ソバ)に置くことなどしなかったはずだ。


何も知らずとも(マモ)ってくれていたのだ。

姚妃(ヨウヒ)の心が(コワ)れてしまわないように。


母様(カアサマ)(オレ)は何を(ワス)れてるの?」


ようやく(シボ)り出した声は思いのほかに(フル)えていた。(ヒザ)に置いた手が知らず知らずのうちに(コブシ)(ニギ)ってしまう。


姚妃(ヨウヒ)は何を犠牲(ギセイ)にしたの?」


()れられた手は(オダ)やかに玳絃(タイゲン)(ホオ)(ツツ)んだままだ。


(オレ)姚妃(ヨウヒ)に何をしたのかな?」


(ニギ)った(コブシ)が小さく(フル)え出すと、そっと悧羅(リラ)の手がそれを(ツツ)んでくれた。


()()を知れたとして、玳絃(タイゲン)はどうありたいのじゃ?」


「…っ…!」


()められている(ワケ)ではないと分かってはいても玳絃(タイゲン)言葉(コトバ)()まってしまった。確かに()()を知って玳絃(タイゲン)姚妃(ヨウヒ)が無くしたと思っている記憶(キオク)を取り(モド)したとしても、玳絃(タイゲン)()()に向き合わなければまた同じことの()(カエ)しなのだろう。だとすれば(ワス)れたままの(ホウ)姚妃(ヨウヒ)には良いのかもしれない。


それでも。


「…分からないんだ…。姚妃(ヨウヒ)にとってはこのままの(ホウ)が良いとも思う。…(オレ)姚妃(ヨウヒ)(オモ)いに(コタ)えてやれる(ウツワ)はないし…」


「ならば()()()()でも良かろうよ?姚妃(ヨウヒ)が決めたこと(ユエ)


母様(カアサマ)が助けたんじゃないの?」


(ワラワ)は何もしておらぬよ?話されておったなら(ナン)ぞしてやれたやもしれぬが、姚妃(ヨウヒ)(サト)うあるでのう」


「…そっか…、うん、そうだよね…」


確かにそうだ。


もしも悧羅(リラ)()()()(カカ)わっていたのならば玳絃(タイゲン)違和感(イワカン)など(カン)じる(ハズ)もない。一部(イチブ)(スキ)もなく全てを行えるのが(オサ)である悧羅(リラ)なのだ。だがこの(マジナイ)玳絃(タイゲン)()()()()と感じてしまえるほど(シバ)りが(アマ)い。やはり()()姚妃(ヨウヒ)が1人で考えて1人で行使(ツカ)ったからだろう。


それはどれ(ホド)苦しいことだったのか。


それ。思えば、はあ、と嘆息(タンソク)するしか出来ない。


「…じゃあ、母様(カアサマ)なら()ける?」


玳絃(タイゲン)(ノゾ)むとあらば」


姚妃(ヨウヒ)のも?」


()くは容易(タヤス)い。なれどその(ノチ)を思わばそれを()すと(モウ)すはどうであろうのう」


するりと(ツツ)まれていた(ホオ)()でられて玳絃(タイゲン)はますます泣きたくなってしまう。けれど玳絃(タイゲン)気付(キヅ)いた違和感(イワカン)をこの(サキ)ずっと姚妃(ヨウヒ)気付(キヅ)かないということはないだろう。


「じゃあ(オレ)だけ(モド)して」


顔を上げて悧羅(リラ)に伝えた言葉(コトバ)はもう(フル)えてはいなかった。


何故(ナニユエ)に?」


優しく()われて玳絃(タイゲン)は大きく(イキ)()いてから(ツム)言葉(コトバ)(サガ)し始める。


「…姚妃(ヨウヒ)を追い()めたのは(オレ)なんだと思う。(ワス)れてることを取り(モド)したって姚妃(ヨウヒ)(オモ)いに(コタ)えてやれないってのも変わらない。だけどちゃんと向き合ってなかったのも(オレ)だから、()()()姚妃(ヨウヒ)気付(キヅ)いた時、姚妃(ヨウヒ)(コワ)れないように(ササ)えてやらなきゃいけない。それは多分(タブン)父様(トウサマ)でも母様(カアサマ)でもほかの(ダレ)でもなく(オレ)がしないと駄目(ダメ)なんだ」


今は気付(キヅ)かずともいつか姚妃(ヨウヒ)(ミズカ)らに()い上がる違和感(イワカン)(カン)じることになるだろう。それがいつになるかは分からない。

でも、その時に今の玳絃(タイゲン)のように(ワス)れたものを()(モド)したいと願うかもしれない。

思い出すことで心が(コワ)れてしまうかもしれない。


それだけは()けなければならないのだ。


姚妃(ヨウヒ)(サケ)びを無視(ムシ)(ツヅ)けた玳絃(タイゲン)が今出来ることは見ようとしなかったものをちゃんと見ることだ。


「今は(カイ)兄様(アニサマ)(オレ)()わりをしてくれてるんだろ?思い出したら()わるからね?」


「…まあ、思い出してから決めれば?(イソ)がなくったって良いよ。お前が思ってるよりもきついことかもしれないし、(オレ)可愛(カワイ)い妹が()き付いて()てくれてるんだから役得(ヤクトク)なだけだしね」


()り返って忋抖(カイト)に言うと小さく(ワラ)ってくれている。


兄様(アニサマ)(オモ)(ビト)(オコ)られるんじゃない?」


残念(ザンネン)。それくらいで(オコ)(ヒト)でもないし、(オレ)の全部をあげちゃってるから(オコ)られようもないんだ。たまには()いて欲しいくらいだよ」


嘆息(タンソク)する忋抖(カイト)から手を()られて玳絃(タイゲン)悧羅(リラ)に向き直った。玳絃(タイゲン)忋抖(カイト)の話が面白(オモシロ)かったのか、くすくすと悧羅(リラ)(ワラ)っている。


「そういうわけだから母様(カアサマ)(オレ)姚妃(ヨウヒ)と向き合う(ジカン)をください」


ゆっくりと頭を()げようとした玳絃(タイゲン)の動きを悧羅(リラ)の細い(ウデ)が止めた。顔を上げると玳絃(タイゲン)(ホオ)両側(リョウガワ)から(ツツ)まれて引き寄せられる。当てられた(テノヒラ)から悧羅(リラ)能力(チカラ)が流れてくるのを感じていると(ヒタイ)にそっと口付(クチヅ)けられた。はあ?、と忋抖(カイト)の声がした気がしたが、とろりと微睡(マドロ)んできて身体(カラダ)がぐらりと(カタム)いてしまう。


(ネム)りゃ。明日(アス)には(モド)っておる」


ことん、と落ちた玳絃(タイゲン)身体(カラダ)悧羅(リラ)()き止めたがすぐに忋抖(カイト)()()がされた。おや、と(ワラ)いながら悧羅(リラ)が手を()ると玳絃(タイゲン)の姿が消える。どうやら部屋に送ったらしいが、それよりも、と嘆息(タンソク)しながら忋抖(カイト)悧羅(リラ)(ヒザ)に乗せた。


「何考えてるのさ?(オレ)の前で父様(トウサマ)以外に()()()()()するなんて」


「おや?母が子にするはおかしゅうなかろう?」


「…しなくたっていい事だったよね?」


(アイ)らしゅうある(セガレ)(ナグサ)めただけであろ?」


くすくすと(ワラ)い続けながら悧羅(リラ)忋抖(カイト)(ホオ)()れる。


「ほんっと(オレ)ばっかり()かされてるよね。近い(ウチ)満足(マンゾク)するまで()してもらわないと、(オレ)はもう(カラ)っぽだよ?父様(トウサマ)にお願いしとかなきゃ」


(アキ)れたように嘆息(タンソク)しながら忋抖(カイト)悧羅(リラ)口付(クチヅ)けると、しなやかな(ウデ)が首に(マワ)された。


忋抖(カイト)(ホカ)女子(オナゴ)(トコ)(トモ)にしておるからであろ?」


(クチビル)(ハナ)すと今度は悧羅(リラ)微笑(ホホエ)んで深く忋抖(カイト)口付(クチヅ)ける。


姚妃(ヨウヒ)だよ?」


姚妃(ヨウヒ)といえどもじゃ。忋抖(カイト)()れてよいのは(ワラワ)のみではなかったかえ?」


「なーんだ、()いてくれてたの?」


(ヒタイ)口付(クチヅ)けながら()()忋抖(カイト)()がぽんぽんと(タタ)かれた。


忋抖(カイト)(オモ)女子(オナゴ)とやらは()かぬらしいがのう」


「そう思ってたんだけどね。どうやら思ってたよりも(オレ)のことが大事(ダイジ)みたいだよ?」


胸元(ムナモト)()い付きながら話す忋抖(カイト)の耳に小さな(ワラ)い声が(トド)いてくる。


「それを(ツタ)え切れておらぬ女子(オナゴ)かえ?つまらぬのう」


(オレ)(ササ)げ方が()りてないのかもね。丁度(チョウド)いいよ。恋敵(コイガタキ)(ツト)めで(オレ)の休みが片手(カタテ)の内には来るから、そこでしっかり(ササ)げてくるよ」


「それを(ワラワ)(モウ)すなど…。その女子(オナゴ)余程(ヨホド)()いて()しゅうあると見える。はてさて忋抖(カイト)(ダレ)のものであったかのう?」


悧羅(リラ)(ムネ)(カオ)(ウズ)めて()きついた忋抖(カイト)(カミ)を手で()きながら揶揄(カラカ)姿(スガタ)に、もう!、と忋抖(カイト)(カタ)を落とすしかない。


玳絃(タイゲン)姚妃(ヨウヒ)もあんまり泣かないでくれると良いんだけどなあ」


細い身体(カラダ)をぎゅうっと()きしめながら忋抖(カイト)(ツブヤ)くと、悧羅(リラ)も、そうさな、と嘆息(タンソク)する。


「こればかりはどうしてやることも出来ぬ。(キズ)が広がらぬよう見ておるしかないでな」


(コウベ)(ヤワラ)かく(カイナ)(ツツ)まれて、それでも、と忋抖(カイト)は願わずにはいられない。


泣いた先でちゃんと2人が笑っていられるといい。

(カナ)うなら忋抖(カイト)(アタ)えられたような(サイワイ)があればいい。


あんまり苦しんでくれるなよ。


大きく嘆息(タンソク)した忋抖(カイト)悧羅(リラ)の名を()ぶと、ふわりと2人の姿が消えた。


お楽しみいただけましたか?

読んでくださってありがとうございます。

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