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唯一《参》【ユイイツ《サン》】

更新いたします。

翌朝(ヨクアサ)朝餉(アサゲ)(ジカン)加嬬(カジュ)()()()()()()(ウゴ)いていた。(ミヤ)()むいと(トウト)御方(オカタ)たちは思い思いの(ジカン)に起きてくるが食事(ショクジ)(ジカン)だけは必ず一同(イチドウ)に返す。もちろん(シン)(ツト)めが休みの時には(シン)悧羅(リラ)姿(スガタ)を見せることはないがそれは(ミナ)が知っていることだ。だが今日は(シン)も休みではないし、いつもの通りに悧羅(リラ)支度(シタク)(トトノ)えることができていた。身支度(ミジタク)手伝(テツダ)加嬬(カジュ)悧羅(リラ)が何か言いたげだったのだが流石(サスガ)加嬬(カジュ)夜明(ヨア)けまでの(ジョウ)余韻(ヨイン)もあり(タズ)ね返すのを失念(シツネン)していた。だがそれも(ミナ)(ツト)めに出た後、落ち着いた(コロ)(タズ)ねみればいい。そうしたとしても悧羅(リラ)加嬬(カジュ)()めることなどしないだろう。


磐里(バンリ)(トモ)手早(テバヤ)朝餉(アサゲ)支度(シタク)(トトノ)えていると次々(ツギツギ)(ミナ)()(ツド)い始める。それぞれが磐里(バンリ)加嬬(カジュ)見留(ミトド)めると、おはよう、と(ワラ)いながら声を()けてくれた。まだ (ワカ)姚妃(ヨウヒ)樂采(ガクト)など2人を見つけると走り寄って()きついてくるのもいつものことだった。()どもたちが(ツド)い始めると(ニギ)やかになる()(シン)悧羅(リラ)が入ってしばらくした(コロ)最後(サイゴ)皓滓(コウサイ)(アラワ)れて()につく。(セワ)しなく動き続ける加嬬(カジュ)を見つけて微笑(ホホエ)んではいるがやはり心配(シンパイ)はしてくれているようだ。(チャ)(ソソ)いで(マワ)加嬬(カジュ)皓滓(コウサイ)の前に来ると、そっと、大丈夫(ダイジョウブ)?、と(タズ)ねてくれた。


それも仕方(シカタ)の無いことだとは思う。


加嬬(カジュ)(ネガ)い通りに皓滓(コウサイ)()()ける(マデ)(ウデ)の中から出すことはしなかったし、加嬬(カジュ)(ハナ)れたくなくて幾度(イクド)もせがんでしまったのだ。皓滓コウサイの形を加嬬(カジュ)(オボ)えるまで、という(ネガ)いは早々(ソウソウ)(カナ)えられたけれどそれでも皓滓(コウサイ)(ツナ)がっていたかった。(ツト)めを始めなければならない直前(チョクゼン)まで(ムツ)み合っていたから皓滓(コウサイ)(ネム)れていたとしてもほんの一刻(イッコク)くらいのものだったのだろう、時折(トキオリ)小さく欠伸(アクビ)をしている。だが加嬬(カジュ)は眠ることもせずに(ツト)めに出ているのだから皓滓(コウサイ)(アン)じるのも無理(ムリ)はない。(タズ)ねられたことには小さく微笑(ホホエ)んで返すだけにしておいたが、正直(ショウジキ)に言えば気怠(ケダル)さは(カン)じている。皓滓(コウサイ)から(ハナ)れる時も(ジツ)を言えば(アシ)(フル)えてしまっていたのだが、(サト)られないように部屋(ヘヤ)を出てきたのだ。だがそれよりも(アセ)りを感じたのは首筋(クビスジ)(フカ)く残された皓滓(コウサイ)()(アト)の方だった。くっきりと残された(アト)はどうにか(コロモ)(カク)せはしたけれど少しでもずれてしまえばすぐに見留(ミトド)められるだろう。


(ジョウ)(アイダ)は気にもならなかったが()()()(アト)はじんわりとまだ熱を持ってしまっている。痛む、ということではないのだが()()熱がまた加嬬(カジュ)皓滓(コウサイ)(モト)に走らせてしまうように思えて、見えた()()()からずっと加嬬(カジュ)は自分を(リッ)(ツヅ)けているのだ。()()()気取(ケド)られないように皓滓(コウサイ)の前から動いて加嬬(カジュ)食事(ショクジ)を進めている者たちへ(チャ)(ソソ)いで(マワ)る。その姿(スガタ)に一つ嘆息(タンソク)して皓滓(コウサイ)(ハシ)()く。ちらりと上座(カミザ)視線(シセン)(ナガ)すと変わらない(シン)悧羅(リラ)が見えた。何か話しては(タガ)いを見合って(ワラ)い合う姿(スガタ)微笑(ホホエ)ましく思いながら皓滓(コウサイ)居住(イズ)まいを(タダ)した。そのまま父様(トウサマ)、と()ぶと(シン)悧羅(リラ)一緒(イッショ)視線(シセン)(カエ)してくれた。


「ん?どうした?」


居住(イズ)まいを(タダ)している皓滓(コウサイ)にきょとりと(クビ)(カシ)げた(シン)につい(ワラ)ってしまう。


「あのさ、(オレ)(チギ)るから」


「え?はあ!?」


まさかそんな話だとは思っていなかったのだろう。持っていた(ハシ)をぽろりと落として(コシ)()かせた(シン)(トナリ)悧羅(リラ)は、おやおやと(ワラ)っている。


「うっそ!?皓滓(コウサイ)が?!」


(コウ)ちゃん!?何か悪いものでも食べたの?!」


場に居る(モノ)たちも一斉(イッセイ)(サワ)ぎ始めて皓滓(コウサイ)苦笑(クショウ)した。


(ミンナ)(オレ)のことをなんだと思ってるんだよ」


「いや!だって皓滓(コウサイ)(チギ)るなんてそれこそ天地(テンチ)がひっくり返っても考えつかないじゃないか!」


「そうだよ?(コウ)兄様(アニサマ)だって父様(トウサマ)母様(カアサマ)(ソバ)から(ハナ)れたくないってずっと言ってたじゃない」


「まあそこは変わってないけど」


口々(クチグチ)に言う姉弟妹達(シテイマイタチ)苦笑(クショウ)を返していると、まあ待て待て、と(シン)の声がして(ミナ)(クチ)(ツグ)んだ。(シン)余程(ヨホド)(オドロ)いたのだろう。悧羅(リラ)から(チャ)を受け取って飲むと大きく(イキ)()いている。


「とにかく、だ。皓滓(コウサイ)(チギ)りたいってのは本気(ホンキ)なんだな?」


「はい」


大きく(ウナズ)いた皓滓(コウサイ)(シン)手招(テマネ)きして自分の前に来るように(シメ)す。素直(スナオ)()()(シタガ)った皓滓(コウサイ)(シン)悧羅(リラ)の前に動いて()す。


相手(アイテ)(ダク)って言ってくれてるんだよな?」


「はい」


(シン)気遣(キヅカ)いは至極当然(シゴクトウゼン)のことだ。(ミヤ)からというよりも(シン)悧羅(リラ)(ソバ)から(ハナ)れたくないが(タメ)に一度は()()()()()()()()()(エニシ)皓滓(コウサイ)(ミズカ)()ったのだから。


(チギ)るからにはお前の生涯(ショウガイ)をかけて()()げるってことだぞ?何があろうと相手(アイテ)(タツト)んで(マモ)っていくんだ。そのことはちゃんとわかってるよな?」


「もちろん。父様(トウサマ)母様(カアサマ)をずっと近くで見てきたんだ。()()()()()()()(チギ)りたいなんて口に出せないよ」


眼前(ガンゼン)でも手を取り合っている2人を見ながら皓滓(コウサイ)は笑う。この2人のようになれる相手(アイテ)をずっと(サガ)してきた。それでも心配(シンパイ)してくれているのは痛い(ホド)(ツタ)わってくる。里では若君(ワカギミ)と呼ばれる立場(タチバ)を持つのが皓滓(コウサイ)だ。その肩書(カタガキ)に寄ってくる者がいる一方(イッポウ)()()()()()()()()()()敬遠(ケイエン)されもしてきた。実際(ジッサイ)に一度は()()()()()()()()と思った相手(アイテ)結局(ケッキョク)()()()()()()()()。けれど今度はそうではないと(ムネ)()って言うことが出来る。


「ならいい。お前の生涯(ショウガイ)でそんな(オンナ)に会えたってことが(スゴ)いことだしね。で、相手(アイテ)には会わせてもらえんの?」


(チギ)るということは(オサ)である悧羅(リラ)とも伴侶(ハンリョ)近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)(シン)とも(エニシ)(ツナ)がるということだ。2人からも義娘(ムスメ)として(アツカ)われる。きっと2人なら愛情(アイジョウ)を持って皓滓(コウサイ)の選んだ相手(アイテ)(セッ)してくれるだろうが、もしもそれに胡座(アグラ)をかくような女子(オナゴ)なら(シン)悧羅(リラ)も子どもたちも一線(イッセン)を引いて(セッ)していかなければならなくなる。であればこそ一度会いたいと思う(シン)の気持ちが分かって皓滓(コウサイ)は小さく苦笑(クショウ)した。


父様(トウサマ)が思ってるようなことにはならないから安心(アンシン)してよ。…それに()()()()()()()


「ん?近衛隊士(コノエタイシ)の中の1人ってことか?」


きょとりとする(シン)にますます皓滓(コウサイ)(ワラ)えてきてしまう。


(チガ)(チガ)う。今だって目の前に居てくれてるからだよ」


は?、と言いながら視線(シセン)皓滓(コウサイ)から自分の前に(ウツ)(シン)の前には加嬬(カジュ)が居る。いつものように()った湯呑(ユノ)みに新しく(チャ)(ソソ)ぐと()いた(サラ)片付(カタヅ)けてくれているのだが、目の前にいると言われても加嬬(カジュ)(ドウ)じる様子(ヨウス)も見えない。


(オレ)の前には加嬬(カジュ)しか見えないんだけど?」


「そうだよ?加嬬(カジュ)(オレ)(チギ)りたい(ヒト)なんだ。ほら、おいでってば」


くすくすと笑う皓滓(コウサイ)に、はあ、と嘆息(タンソク)して加嬬(カジュ)も手を止めるしかない。気の変わらぬ内に、と言ってはいたがまさかこうくるとは加嬬(カジュ)も思ってはいなかった。皓滓(コウサイ)唐突(トウトツ)(シン)(チギ)りの話をし始めた時にどれほど(シン)(ゾウ)()ねたと思っているのか…。仕方(シカタ)なく(ナカ)(アキラ)めて皓滓(コウサイ)の横に()した加嬬(カジュ)背中(セナカ)に、あらまあ、とどこか(ウレ)しそうな磐里(バンリ)の声がする。()したはいいものの(シン)悧羅(リラ)をまっすぐに見ることが出来なくてそのまま加嬬(カジュ)()してしまった。


「ちょっと、何してんのさ!」


(アワ)てたような皓滓(コウサイ)加嬬(カジュ)を起こそうとするがその手を(ツカ)んで加嬬(カジュ)(レイ)を取り続ける。


(オサ)ならびに旦那様(ダンナサマ)にまずはお()びを申し上げます」


深く()した加嬬(カジュ)身体(カラダ)が小さく(フル)え始める。悧羅(リラ)(ツカ)えて800年になろうというのにこんなにも(シン)(ゾウ)()ねることなどなかった。一介(イッカイ)女官(ニョカン)であり二本角(ニホンヅノ)である加嬬(カジュ)が里で(モット)高貴(コウキ)な方々のなかに(カタ)(ナラ)べることになるなど考えもしなかったのだから当たり前だ。


「ねえ加嬬(カジュ)?それは何に対しての()びなの?」


(フル)える背に静かな(シン)の声がかかって、加嬬(カジュ)はますますびくりと大きく(フル)えてしまう。


(ワタクシ)(ゴト)きが皓滓若君(コウサイワカギミ)をお(ササ)えしたいなど()(ホド)()らずに(ネガ)ってしまったことへの、でございます」


()(ホド)を知らない?」


声音(コワネ)まで(フル)える加嬬(カジュ)は、はい、とだけ(カエ)すとますます(ユカ)額付(ヌカヅ)いた。


本来(ホンライ)であれば(ワタクシ)のような二本角(ニホンヅノ)がお(ネガ)い申し上げることさえ(ユル)されることではないことなど重々(ジュウジュウ)承知(ショウチ)しております。なれどお(ユル)(イタダ)けるのであれば(ワタクシ)生涯(ショウガイ)を持って皓滓若君(コウサイワカギミ)をお支えして(マイ)所存(ショゾン)にございますれば」


かたかたと(フル)え続ける加嬬(カジュ)(ツカ)んだままの皓滓(コウサイ)の手を強く(ニギ)()めてしまう。どれくらいの(ジカン)()ったのかも分からない加嬬(カジュ)に、ふはっと(シン)(ワラ)い声が届いた。同時に衣擦(キヌズ)れの音と悧羅(リラ)?、と(シン)()ぶ声が聞こえたが顔を上げることが出来ない加嬬(カジュ)()にそっと手が置かれたことで()()()(ハナ)たれる。


加嬬(カジュ)


静かな悧羅(リラ)の声がすぐ近くで聞こえて咄嗟(トッサ)に顔を上げた加嬬(カジュ)の前に悧羅(リラ)が居た。()したままだった加嬬(カジュ)の前に()して背に当てていた手で優しく(ホオ)(ツツ)んでくれる悧羅(リラ)の目から(ナミダ)(アフ)れて(ナガ)れ落ちている。流れ落ちる(ナミダ)はそのままに悧羅(リラ)は優しく加嬬(カジュ)身体(カラダ)を起こさせた。


(オサ)(モウ)しわけご、」


(フタタ)()びようとした加嬬(カジュ)の口を悧羅(リラ)優美(ユウビ)(ユビ)(トド)め置く。そのまま静かに首を()った悧羅(リラ)は流れるように加嬬(カジュ)()()めた。


「…加嬬(カジュ)


(オサ)、このような…。(ワタクシ)(トガ)められて(シカ)るべき者にございます」


(ワラワ)加嬬(カジュ)の何を(トガ)めねばならぬと(モウ)すのじゃ?」


しなやかな(ウデ)()(シメ)られて(フル)える背中を優しく(サス)ってくれるのが(アタタ)かくて加嬬(カジュ)はほうっと(イキ)()いた。少しずつ(オサ)まる(フル)えの()わりにじんわりと(ナミダ)(アフ)れてきてしまう。


「ですが(ワタクシ)女官(ニョカン)であり二本角(ニホンヅノ)でしかないのです。本来(ホンライ)であれば()退()かねばならないことなのです。そうでなければならないと分かっておりますのに、…(ワタクシ)はっ…」


それ以上は言葉(コトバ)にならなかった。(ナミダ)がどんどんと(アフ)れてきて(タマ)らずに加嬬(カジュ)悧羅(リラ)(カタ)に顔を(ウズ)めた。


「何を(モウ)すかと思えば…そのようなこと気に()むことなどなかろうに」


「ですが…っ」


「すまなんだな、加嬬(カジュ)(ナヤ)ましゅう(オモ)うておったのだろう?その上()()()()()()其方(ソナタ)()びさせてしまうなど…。(オソロ)しゅうて(タマ)らなんだったろうに…。ほんにすまぬことをした」


ぽんぽんと背中(セナカ)(タタ)かれて加嬬(カジュ)悧羅(リラ)身体(カラダ)(ウデ)(マワ)した。細すぎる身体(カラダ)女子(オナゴ)加嬬(カジュ)(ウデ)であっても容易(タヤス)(オサ)めることができる。()()()()()れることなど本来(ホンライ)なら(ユル)されないことだ。里の(カナメ)であり(ダレ)よりも気高(ケダカ)(トウト)いのが悧羅(リラ)なのだから。(ツカ)えてきた800年の間でも世話(セワ)をさせてもらえても(カイナ)(ツツ)んでもらえることなどなかった。それが当たり前だったのだし、何よりそんな(ダイ)それたことなど考えもしなかった。それなのに今悧羅(リラ)は何の躊躇(チュウチョ)もなく加嬬(カジュ)(ツツ)んでくれている。優しく(イタ)わるような思いが体温から(ツタ)わってきて次第(シダイ)加嬬(カジュ)から嗚咽(オエツ)()れだすと悧羅(リラ)一層(イッソウ)強く()きしめてくれた。


(コラ)えずともしっかと泣くがよろしかろう」


「です、がっ、おっ、(オサ)もっ」


(カイナ)(ツツ)まれる前に見えた悧羅(リラ)は確かに(ナミダ)(ナガ)していた。

悧羅(リラ)(シン)(ツラ)なる(モノ)たちを(ササ)えて(ツカ)えていかなければならない加嬬(カジュ)皓滓(コウサイ)()()()()()()()()()ことに落胆(ラクタン)したのかもしれない。

何よりも(シン)と子どもたちのことを大切(タイセツ)にしている姿(スガタ)を見てきたのに、加嬬(カジュ)がしたことは悧羅(リラ)からの信頼(シンライ)失墜(シッツイ)させてしまったのかもしれない。

ともすれば女官(ニョカン)としても居られなくなるのではないだろうか。


(ナミダ)意図(イト)が分からないまま昨夜(サクヤ)よりも大きな不安(フアン)渦巻(ウズマ)いて加嬬(カジュ)()()せた。

嗚咽(オエツ)不安(フアン)(クワ)わって(フル)え出した加嬬(カジュ)背中(セナカ)悧羅(リラ)がぽんぽん、と(ヤサ)しく(タタ)く。まるで幼子(オサナゴ)をあやすかのような(ヌク)もりに(ツツ)まれて加嬬(カジュ)緊張(キンチョウ)(ユル)んでしまい、抱きしめ続けてくれる悧羅(リラ)にしがみつくとそのまま泣き(クズ)れた。()()()()()()で声をあげて泣くなどしてはならないことだと分かっている。それでも一度(セキ)を切った(ナミダ)を止めることが出来ずひたすらに悧羅(リラ)にしがみついて泣き続けてしまう。


どれ(ホド)(ジカン)そうしていたのかも分からない(ホド)に泣いて、泣き(サケ)んでようやく落ち着きを取り(モド)した時には悧羅(リラ)(コロモ)がひやりと()えていた。


「…っ!(モウ)(ワケ)ございませんっ!」


(アワ)てて(ハナ)れようとした加嬬(カジュ)悧羅(リラ)は優しく(トド)め置くと、良い、とまた背中(セナカ)(タタ)いてくれる。ほうっと大きく(イキ)()いた加嬬(カジュ)(コウベ)にぽん、と手が置かれる。()(アオ)いで見ればいつのまに来ていたのか(シン)が2人の(ソバ)でしゃがんでいる。(フタタ)(モウ)(ワケ)ございません、と加嬬(カジュ)悧羅(リラ)から(ハナ)れようとするとまた悧羅(リラ)(トド)められてしまう。


「少しは落ち着いたか?」


(コウベ)に開いた手で()でてくれながら(シン)加嬬(カジュ)(タズ)ねるが、その顔は加嬬(カジュ)を、(アン)じてくれているようだ。


(ワル)い、(コワ)がらせちゃったよな」


言うなり(シン)加嬬(カジュ)(アタマ)()げた。それにもまた加嬬(カジュ)(アワ)ててしまう。


旦那様(ダンナサマ)、おやめくださいまし!」


「いや、だって泣かせちゃったし」


「それは(ワタクシ)不甲斐無(フガイナ)いからでございますから!旦那様(ダンナサマ)にそのようなことをしていただくことなど何もございません!」


(アワ)てすぎて悧羅(リラ)(ウデ)の中から出てしまったが懇願(コンガン)する加嬬(カジュ)(シン)は、でも、となかなか顔を上げようとしてくれない。


「お願いでございますから!おやめくださいまし!」


旦那様(ダンナサマ)!、と願う加嬬(カジュ)後押(アトオ)しをするように悧羅(リラ)の大きな嘆息(タンソク)が聞こえると、目の前の(シン)背中(セナカ)がびくりと(フル)えたのは(ダレ)の目にも(アキ)らかだった。


「…ほんにもう…、(ワラワ)加嬬(カジュ)をこれ以上(コマ)らせるつもりかえ…?」


「いや!そんなつもりはないんだよ?ただちゃんと(アヤマ)らないといけないことをしちゃったから」


「それはそうじゃな。なれどこれ以上は加嬬(カジュ)にいらぬ心労(シンロウ)をかけるは(ワラワ)(ノゾ)んでおらぬのだが…」


小さく吐息(トイキ)()いた悧羅(リラ)言葉(コトバ)でようやく(シン)が頭を上げた。安堵(アンド)する加嬬(カジュ)の前では(アセ)った(シン)が頭を()き始めている。


「…悧羅(リラ)…、ちょっと(オコ)ってる?」


(イカ)りはしておらぬが(アキ)れてはおるの」


やれやれ、と(カタ)を落としながら悧羅(リラ)加嬬(カジュ)を引き()せて自分の(カタ)加嬬(カジュ)の頭を乗せた。(オサ)、と身を起こそうとした加嬬(カジュ)の頭を悧羅(リラ)(ササ)えて止める。


「良いからこのままでおりや。…顔色(カオイロ)もよろしゅうない。余程(ヨホド)心を(ナヤ)ませておったのだろう?」


(ササ)えられた頭を優しく()でられてまた加嬬(カジュ)はほうっと安堵(アンド)してしまった。そこで初めて自分(ジブン)(マワ)りを子どもたちが取り(カコ)んでいるのが見えた。その中にはより心配(シンパイ)そうな皓滓(コウサイ)の姿も見える。出来れば(ソバ)()りたいのだろうが悧羅(リラ)(セイ)されていては動けないようだ。


「じゃあ落ち着いたところで話を進めようかな?でないと(オレ)悧羅(リラ)(シカ)られそうだ。ああ、加嬬(カジュ)はそのままで良いからね?むしろ動かないで。動くと悧羅(リラ)()い。それは勘弁(カンベン)して」


ちらりと悧羅(リラ)に見られた(シン)加嬬(カジュ)にそのままでいるように伝えながらくしゃりと加嬬(カジュ)(カミ)をかき混ぜた。


「で、皓滓(コウサイ)加嬬(カジュ)(チギ)りたいってのは本気(ホンキ)なんだな?」


「はい、(オレ)にはどうしても加嬬(カジュ)が必要なんです」


加嬬(カジュ)も見たとこ受け入れてくれてるみたいだし、それは良いとして。(チギ)りの日を決めなくちゃいけないな。後で荊軻(ケイカツ)(タノ)むか」


泣き(ツカ)れて(ボウ)っとしている加嬬(カジュ)の目の前で話が着々(チャクチャク)と進んでいく。


「え?今すぐでも良いのに日取(ヒド)りを決めなきゃいけないの?」


「お前なあ…。(チギ)りを()わすってのは特別(トクベツ)なことなんだぞ?お前はそうでなくても加嬬(カジュ)女子(オナゴ)だ。(チギ)ることに思い(エガ)いてきたことだってあるかもしれないだろ?」


「…それは、そうなの、かな?」


小さく首を(カシ)げた皓滓(コウサイ)を、あんた馬鹿(バカ)なの?、と啝珈(ワカ)小突(コヅ)いた。


(カリ)にも(ツレアイ)になって()しいって(タノ)んでいる相手(アイテ)(タイ)してちゃんとした()もしないなんて加嬬(カジュ)失礼(シツレイ)でしょうが」


「いや、そんなんじゃなくて。できるだけ早くって思っちゃって。…いつ()げられるか分からないから早く(ツカ)まえたいんだけなんだよ」


「だあからあ!その(カンガ)えが駄目(ダメ)でなんでしょうが!ほんとにうちの(オノコ)たちと来たら()れた相手(アイテ)が出来たらすぐに(マワ)りが見えなくなるんだから。これって絶対(ゼッタイ)父様(トウサマ)(ユズ)りだわ」


ほんっと馬鹿(バカ)ばっかり、と投げやりに啝珈(ワカ)(サト)されて皓滓(コウサイ)だけでなく一括(ヒトクク)りにされた(オノコ)たちが苦笑(クショウ)していると、あらあら、と磐里(バンリ)が部屋に入ってきた。手に(オケ)を持ってくすくすと(ワラ)いながら()の中に入ると加嬬(カジュ)の前に(スワ)って手拭(テヌグ)いを(シボ)っている。


「少し()やしましょうね」


冷たい手拭(テヌグ)いが加嬬(カジュ)目元(メモト)(オオ)(カク)したが泣き過ぎて()れぼったく感じていたのでとても心地(ココチ)が良かった。


啝珈(ワカ)のいう通りだよ。ちゃんと考えてやらなきゃ加嬬(カジュ)(モウ)(ワケ)ないだろ?皓滓(コウサイ)気持(キモ)ちも分からないわけじゃないけど、(トオ)すところはちゃんと(トオ)さないと。な?」


苦笑(クショウ)しながら忋抖(カイト)にまで言われて皓滓(コウサイ)も、分かったよ、と(カタ)を落とすしかない。それを見やって(シン)が話を進めていく。


「とりあえず日取(ヒド)りは荊軻(ケイカツ)(タノ)むとして、加嬬(カジュ)()けた分をどうするかなんだけど…。磐里(バンリ)棌絲(サイシ)秌絲(シュウシ)(タノ)むことって出来るかな?」


「ええ、(ワタクシ)から話しておきましょう。きっと(ヨロコ)んで()がると思いますよ」


「じゃあそれは大丈夫(ダイジョウブ)かな?あとは…」


目元(メモト)が冷やされて幾分(イクブン)か頭も()れて来た加嬬(カジュ)(アマ)りにもとんとんと進んでいく話に、あの、と声を上げた。


「お話を()ってしまうのですが、その…、(ワタクシ)皓滓(コウサイ)若君(ワカギミ)のお(ソバ)におってもよろしい…、ということなのでしょうか?」


加嬬(カジュ)言葉(コトバ)にその場の全員が、は?、と声を(ソロ)えた。だが目元(メモト)(カク)れている加嬬(カジュ)には(ミナ)表情(ヒョウジョウ)は見えないのだから(タズ)ねるしかないのだ。何しろ目元(メモト)手拭(テヌグ)いがずれてしまわないように悧羅(リラ)が押さえているのだから、おいそれと(ハズ)すこともできない。


「それに(ワタクシ)(バツ)などはお(アタ)えにならずともよろしいのでしょうか?」


おずおずと(タズ)ねる加嬬(カジュ)にまた(ミナ)の、はあ?、という声が聞こえた。(クワ)えて悧羅(リラ)(シン)、と(タシナ)めているのか、ああそっかあ、と(シン)が深く嘆息(タンソク)したのも聞こえてきた。それに少し身構(ミガマ)えてしまったのだが次に聞こえてきたのはいつもの(オダ)やかな(シン)(コエ)だった。加嬬(カジュ)、と()ばれると目元(メモト)手拭(テヌグ)いが取り(ハラ)われてようやく加嬬(カジュ)にも(マワ)りの景色(ケシキ)が見えた。身体(カラダ)を起こそうとすると、そのままでいい、と(シン)が止める。


「ごめん、そこからだった。良い?加嬬(カジュ)皓滓(コウサイ)加嬬(カジュ)(ノゾ)んで加嬬(カジュ)もそれを受け入れてくれたんだろ?それなのに(オレ)悧羅(リラ)(イナヤ)を言うと思うの?」


「…()(タケ)に合わぬとは…お考えになられぬのですか?」


加嬬(カジュ)の言葉に(シン)がまた、ふはっと()き出している。


加嬬(カジュ)が気にしてるのは(ツノ)の数のこと?それとも宮仕(ミヤヅカ)えっていう立場(タチバ)のこと?」


「それらすべてでございます。それに(ワタクシ)皓滓若君(コウサイワカギミ)と500も歳が(ハナ)れておりますし…」


少し強張(コワバ)った加嬬(カジュ)の頭にまた(シン)の手が乗せられて優しくぽんぽんと()で始めた。


(ツノ)の数なんて気にすることないよ?(オレ)だって(チチ)二本角(ニホンヅノ)だった。それにこの里で1番の()(ホド)知らずは(オレ)でしょ?悧羅(リラ)()()()()()()いたのに(ソバ)にいたいって願ったんだ。それに(クラ)べたら何でもないことだよ。(トシ)のことだってそうだ。長い(オレ)たちの生涯(ショウガイ)でそんなもの大したことでもないじゃないか。里の中にはもっと()のある者たちだっているだろう?何より加嬬(カジュ)(オレ)たちにとって大事な(モノ)(シアワ)せになって欲しいって思ってた。そんな大事な加嬬(カジュ)が大事な皓滓(コウサイ)(ツレアイ)になってくれるっていう。そんなの(ヨロコ)ぶ以外どうしろっていうのさ」


当たり前のように言う(シン)は本当に(ウレ)しそうに(ワラ)っている。それでも不安をすべて(ヌグ)い去れはしない。


「ですが(オサ)はお泣きになっておられました」


()()(ナミダ)加嬬(カジュ)相手(アイテ)だと知って落胆(ラクタン)したからではないのだろうかと思ってしまうのだ。(ウツム)いてしまった加嬬(カジュ)悧羅(リラ)の声が掛かって加嬬(カジュ)視線(シセン)上向(ウワム)けると(コボ)れんばかりの笑顔(エガオ)が飛びこんできた。


加嬬(カジュ)(ワラワ)が泣いてしもうたは(ウレ)しゅうあったからじゃ」


え?、と目を見開(ミヒラ)いた加嬬(カジュ)をもう一度引き寄せて悧羅(リラ)()()ってくれる。


(ワラワ)を長く(ササ)えてくりゃった加嬬(カジュ)がこれより先は皓滓(コウサイ)(ササ)えてくりゃるという。これほど(ヨロコ)ばしいことがあろうか」


「…(オサ)…、ではお(イカ)りになってはおられないのですか?」


何故(ナニユエ)(イキドオ)らねばならぬのじゃ?加嬬(カジュ)(ワラワ)大切(タイセツ)(モノ)だというに」


ふふっと(ワラ)われて加嬬(カジュ)もようやく本当にほうっと安堵(アンド)する。同時にまた(ナミダ)ぐんでしまうと、おやおや、と優美(ユウビ)な指がそれを(ヌグ)ってくれた。


「ですが(オサ)旦那様(ダンナサマ)(ワタクシ)はこれより先も宮仕(ミヤヅカ)えを(ツヅ)けさせていただきたいのです」


「それは…、加嬬(カジュ)がそうしたいならこっちとしては(タス)かるけど。無理(ムリ)がかかるんじゃないか?」


心配(シンパイ)そうな(シン)加嬬(カジュ)は首を()った。


皆様方(ミナサマガタ)のお世話をさせていただけることは(ワタクシ)(ホマレ)であり(サイワイ)なのです」


きゅっと悧羅(リラ)(コロモ)(ツカ)んだ加嬬(カジュ)に、(ネガ)ってもない、と笑顔(エガオ)が返ってきた。


加嬬(カジュ)の良きようにすればよろしかろう。(ワラワ)とて加嬬(カジュ)がおってくれねば立ちゆかぬでの」


悧羅(リラ)がそういうなら(オレ)(カマ)わないよ?だけど無理(ムリ)だけはしないようにね。そういうことだから磐里(バンリ)棌絲(サイシ)秌絲(シュウシ)には(カヨ)いで良いっても伝えてくれるか?」


(ウケタマワ)りました。まあ、加嬬(カジュ)であればそのように言い出すのではないかと思っておりましたよ」


くすくすと(ワラ)い続けながら磐里(バンリ)手拭(テヌグ)いを新しくしてまた加嬬(カジュ)目元(メモト)に乗せてくれる。


(ワタクシ)にとっても加嬬(カジュ)にとっても皆様方(ミナサマガタ)(トモ)に居られることこそが(サイワイ)ですもの」


姿は(カク)れてしまったが磐里(バンリ)声音(コワネ)がどこか(ウレ)しさを(フク)んでいるように聞こえたのは加嬬(カジュ)がそう思いたいだけなのだろうか。そうも考えたが()(ツカ)れてしまったことと安堵(アンド)から少しずつ(マブタ)が落ちてきてしまう。()てはならないと分かっているのに悧羅(リラ)の体温と(マワ)りの声が心地良(ココチヨ)くてついうとうととしてしまう。それに気付(キヅ)いたのか悧羅(リラ)がぽんぽんと身体(カラダ)(タタ)き始めてくれる。すうっと(シズ)むように(ネム)りに落ちた加嬬(カジュ)悧羅(リラ)が引き寄せていると廊下(ロウカ)から衣擦(キヌズ)れの音がして開け(ハナ)たれていた()から荊軻(ケイカツ)が顔をだした。部屋の中を見やるなり、おや?、と首を(カシ)げる荊軻(ケイカツ)悧羅(リラ)が小さく(ワラ)って見せるとそれだけで何が言いたいのかは分かってくれたらしい。


朝議(チョウギ)(ジカン)()ぎておりましたので何事(ナニゴト)かあったのかと(サン)じたのですが。成程(ナルホド)、これでは朝儀(チョウギ)どころではなかったようでございますね」


くすりと(ワラ)いながら言う荊軻(ケイカツ)の言葉に、そんな(ジカン)!?、と(ニワ)かに場が(サワ)がしくなった。


「やっばい!(ツト)めのことすっかり(ワス)れてた!」


(アワ)てだす子どもたちの姿(スガタ)に小さく(ワラ)って荊軻(ケイカツ)は、よろしゅうございますよ、とその場に()した。


(オサ)がおられる(カギ)り里に何某(ナニガシ)か起こることなどございませんでしょう。…(オサ)()()朝儀(チョウギ)どころではないようでございますしね。里の見廻(ミマワ)程度(テイド)のことであれば(ワタクシ)枉駕(オウガイ)(メイ)じればそれで事足(コトタ)ります」


笑う荊軻(ケイカツ)に、でも、と舜啓(シュンケイ)()(トナ)えようとしたが静かに首を()荊軻(ケイカツ)にそれは(セイ)された。


(オサ)紳様(シンサマ)のお顔を拝謁(ハイエツ)しましたところ()()()()些事(サジ)よりも(ヨロコ)ばしいことがありますのでしょう。今は何よりも加嬬殿(カジュドノ)のお(ソバ)皆様方(ミナサマガタ)…、特に皓滓若君(コウサイワカギミ)がおられる方がよろしいかと(ゾン)じますよ」


「何で(コウ)兄様(アニサマ)だって分かるのさ?」


当たり前のように微笑(ホホエ)んでいる荊軻(ケイカツ)瑞雨(ズイウ)が首を(カシ)げたが(コタ)えようとした荊軻(ケイカツ)悧羅(リラ)がしいっと自分(ジブン)(クチビル)に指を立てて(ワラ)った。その姿があまりにも妖艶(ヨウエン)過ぎて(シン)忋抖(カイト)が同時に息を()んだ。そのふたりに気取(ケド)られないように荊軻(ケイカツ)は心の中でたげ苦笑(クショウ)してしまう。

()()姿を見たからには後で(シン)忋抖(カイト)の間で取り合いが始まるのだろうが、それもまた荊軻(ケイカツ)にとっては(ワラ)って見過(ミス)ごせるくらいのことだ。


何より(シン)()()()()()()()()ということ自体が(オドロ)くべきことなのだから。


「まあそれは(トシ)(コウ)とでも(モウ)しておきますよ」


ふふっと(ワラ)った荊軻(ケイカツ)は、では(メイ)(ウケタマワ)りましょうか、と(シン)悧羅(リラ)に向き直ったのだった。

少しずつ皆が幸いを掴んできております。

完結までもう少しお付き合いくださいませ。

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