唯一《弐》【ユイイツ《ニ》】
宵もふけ皆が自室に引き上げると加嬬と磐里の務めも終わりに近くなる。磐里とともに別々の湯殿を使い最後に美しく磨き上げてようやくその日の務めが終わるのだ。いつもであれば一日がつつがなく終わったことに胸を撫で下ろし部屋に戻る前に磐里と一息ついて明日の朝餉の内容をどうしようかなどと語らう所だが今日ばかりはそういうわけにもいかなかった。湯殿を出ると既に月が高く昇っているのが見える。皆が自室に引き上げ始めた時はまだもう少し低いところに月が見えていたから今は子の刻近いかもしれない。
きっと今頃落ち着かない気持ちを抱えて待っているのだろう。
手早く身なりを整えてから加嬬は皓滓の自室へと続く道を辿り始めた。
想いを受け止めると伝えた後の皓滓は言葉の通り加嬬の務めを妨たげることはしなかった。けれど、いつも通りに務めをこなしている加嬬の姿を何処か落ち着きのない目で追っているのは見ずとも知れて笑い出したくなるのを堪えるのに随分と苦労させられた。
皓滓のことだ。逃げはしないと言った加嬬の言葉を信じられないということではなく本当に加嬬が訪ってくれるのか自信が持てず、不安に駆られていたのだろう。その姿があまりにも可愛いらしく見えて夕餉の膳を下げる時にこっそりと案じないように伝えてみたら、傍目にも分かるくらいほっと安堵していたのだ。その後も幾度も視線を感じていたから、きっと今頃また落ち付けずに自室で待っていることだろう。もしかしたらそわそわとし過ぎて自室の中を歩き回っているかもしれない。
これまで長い刻を待たせてしまったのだから、これ以上待たせてはならないと思うと自然と歩く速さも上がる。晧滓がどうしてここまで自分のことを欲してくれるのかは加嬬にも分からない。けれど昼間、頬に触れた手の冷たさと震えだけでその想いを信じるには十分だった。加嬬にとってもこの選択がどのようなことになるのかは分かっている。若君である晧滓とそれをずっと支えてきた女官でしかない加嬬が共に居るということを喜んでくれるものばかりでは決してないだろう。それでも加嬬は晧滓を信じてみたいと思った。その先の道程に何が起ころうとも晧滓であれば繋いだ手を離すことはないと信じられるから。
晧滓の自室の戸が見えて一度加嬬は足を止めた。見える戸を開いてしまったらもう後に退くことはできなくなる。心を決めて気持ちも整えた筈なのにいざとなると歩を進めることができなくなっていることに少しばかりの戸惑いを感じて加嬬は自嘲した。他者と情を交わすことなどこれまで幾度も経てきたことなのに少しばかり心の臓が早鐘を打ち始めてしまって思わず加嬬は胸を押さえた。その手も僅かに震えていて、らしくないとやはり自身に笑えてきてしまう。この期に及んで臆するなど信じて待っていてくれている晧滓に対して失礼だと分かっているのにこの一歩がどうしてなのか踏み出せない。とにかく一度落ち着かなければ、と目を閉じて幾度か大きく呼吸する。吐く息と共に燻り渦巻くような不安を自分の外に出してしまえるように呼吸を繰り返すと少しずつ落ち着きを取り戻すことができた。よし、と心の中で自分を鼓舞して顔を上げた加嬬は視線の先に見えた景色にほんの一時息が止まってしまい目を見開いてしまう。向かおうとしていた戸の前にいつのまに出てきていたのか晧滓が立っている。
「…若君…?」
寝間着姿の晧滓に声をかけると、うん、と柔かく微笑んで加嬬の前までゆっくりと歩いてくる。
「…どうかなされたのですか?」
「どうも何も加嬬の気配を感じたから迎えに出たんだよ」
「そのようなことを為さっていただかなくとも訪いますと申しあげましたでしょう?」
「まあそれはそうなんだけどね」
出来るだけ落ち着いて聞こえるようにゆっくりと話す加嬬の手を苦笑しながら晧滓が握った。
「加嬬のことを信じてなかったわけじゃないんだよ。でも加嬬のことだからきっといざってなったらまた色んな事を考えちゃうだろうし、そこは俺の出番かなって思ってね。本当は迎えに行きたかったけど怒られるのが目に見えてたからさ」
でしょ?、と優しく微笑まれて加嬬は胸に当てていた手で衣をぎゅうっと掴んでしまった。違う、と伝えなければならないのは分かっているのに言葉を出せないでいる加嬬の手を引いて晧滓は自室へと加嬬を招き入れた。加嬬も掃除などで幾度となく足を踏み入れてきた筈の部屋であるというのに今宵ばかりは違って見えてしまう。寝支度が整えられた寝所も仄かに揺れる灯も冷やした水差しを置いた卓も何もかもがこれまでと違って見える。知らず知らずの内に衣を掴んでいた手にますます力を込めた加嬬は引かれるままに晧滓に導かれて寝所に入る。先に座った晧滓が軽く寄せるように繋いでいる手を引いて座るように示してくれた。加嬬が晧滓の前に座すと繋がれていた手が離されて、代わりに温かい掌が加嬬の頬を包んだ。
「…大丈夫だよ、加嬬。何にも心配することなんてない。全部俺が引き受けるから加嬬はいつもの通りに笑ってくれていればそれでいいんだ」
「そのようなわけには参りませんでしょう?何事も分け合うことが逑と成るということでございましょうに」
当てられた手の温もりに思わず擦り寄ってしまうが晧滓は小さく笑いながら肩を竦めている。
「まあそうあってくれたら嬉しいけど加嬬は今、本当にこれで良いのかとか、誰かに何か言われるんじゃないかとか、そんなことばっかり考えちゃってるでしょ?」
心の中を見透かすような晧滓の言葉に加嬬の身体が一瞬強張ってしまう。それを見逃すことなく包んだ頬を撫でながら晧滓は優しく微笑んで見せた。
「良い?誰が何を言おうとそんなの関係ないんだよ。だって俺が加嬬を望んだだけなんだから、加嬬が後ろめたい思いをすることなんてないんだ。そういうのは全部俺が引き受けるし何を言われたって笑い飛ばしてれば良いだけのことなんだよ?」
「…ですがそれでは若君が御辛うなられるではないですか…」
伝える声は震えてしまっているのに晧滓は微笑むばかりだ。
「いいや?だってずっと俺は加嬬に好きだって伝えてきてただろ?どうしようもなく惚れこんで自分だけの者にしたいって望んだ女がそれを受け入れてくれたんだよ?それなのに辛くなるなんてことあるわけもない」
当たり前のように想いを告げて微笑んでくれる晧滓の顔が少しずつ滲んで見えてしまって思わず加嬬は俯いてしまう。
「…どうしてそこまで…っ…」
絞り出した声と共に胸に当てたままだった手にますます力を込めてしまう。晧滓の想いに応えると決めてきた。
昼間の晧滓の姿を見て愛らしいと思った。
何より震えて怯えながらも欲してくれていることが嬉しくて、そんな晧滓から逃げてはならないと痛感したからこそこの場に来ることを決めた筈だった。
―――――それでも。
心の奥底で燻る不安は消し切れたわけではない。
それは加嬬の後ろめたさから来るものだということくらい分かっている。晧滓と同じ熱量で想いを返せていないことが分かっているからこそ本当に自分などで良いのかと不安になってしまっているのだ。
「何でって言われてもなあ、加嬬が加嬬だからってしか言えないんだよねえ」
当てていた掌に加嬬の目から溢れて流れ落ちる涙が伝うことも構ずに皓滓は優しく頬を撫で続けてくれる。全部知られていたのだ、とその手の温もりだけで加嬬にもわかってしまう程に。
本当にこれで良かったのかと悩んでいたことも。
本当に自分などで良いのかと悔やんでいたことも。
何より加嬬がこの先想われているだけと同じ温度で皓滓を慈しんでいけるのだろうかと思っていたことも。
すべて。
「…若君…、申し訳ございません…」
「え?!何で謝まるのさ?もしかしてやっぱり無理だってことなの?」
詫びながらも涙を堪えきれない加嬬に焦る皓滓の声が降る。そうではないと言いたいのに嗚咽で言葉が紡げなくなり加嬬には必死に首を振るしかできない。
「…本当に申し訳ございません…」
見透かされていた心と向き合っていたつもりになっていた自分が恥ずかしくなってもう一度加嬬は皓滓に詫びた。
「だからあ、何をそんなに謝ることがあるの?加嬬が謝らなきゃならないことなんて何にもないだろ?」
「ですが私は…っ」
「…そこまでの覚悟が無かった?」
紡ごうとした言葉の先を言い当てられてびくりと震えた加嬬の顔を両側から皓滓の手が包んだ。そのまま上向かされるが涙で滲んだ目では皓滓の顔も霞んで見えてしまうばかりだ。ただそっと重ねられてすぐに離れた唇の暖かさだけが確かなものとして残る。
「だから大丈夫だって言ってるじゃないか。俺は加嬬にそこまでの覚悟を強いるつもりもないし辛い思いをさせたくて一緒に居て欲しいって願ってるわけでもない。俺がずっと隣に居て欲しくてその気持ちを押し付けてるだけなのも分かってるんだ。それが加嬬にとって悩ましく思えてしまうことも分かってるよ?それでも加嬬を倖せにするのは俺で在りたいってだけなんだ」
溢れ出る涙を指で拭いながら晧滓は加嬬の額に口付けた。
「…本当に私などが若君の御側に居ても許されるのでしょうか…」
「誰の許しがいるの?加嬬を求めてるのは俺だよ?」
「…そうではございますが…」
「加嬬が悩むのも不安になっちゃうのも仕方が無いとは思うよ?どれだけ俺が加嬬を好きだって言ってもどうしてって聞いてくるくらいなんだから信じられないって思ってるのも分かってる。だけど俺には信じて欲しいってしか言えることはないんだよ。俺が生まれてからずっと加嬬は傍に居てくれたよね。誰にも言えないようなこともしたこともあったけど加嬬はいつも分かってくれていて何でもないことのように笑ってくれてた。それが当たり前なんかじゃないって気付いた時から俺にとって加嬬は何よりも特別な女なんだよ」
伝えながら深く口付けて晧滓は加嬬の身体を押し倒した。ふかりとした布団の感触を味わうよりも先に加嬬の口内に晧滓の舌が入り込んできた。顔は両側から晧滓の手で包まれたまま確かめるように、時に弄ぶように口付けられて加嬬の中で抑え込んでいた熱が再び燃え上がってくる。時折唇を離すとその度に晧滓が微笑んでいるのが見えた。
「本当に嫌なら押し戻して逃げてもいいから。だけど加嬬がこのままでも良いって少しでも思ってくれるならこの先に進むことを許してくれると嬉しい。俺は今のままの加嬬が良いんだ。これから先長く一緒に過ごしてくれて少しずつ同じ温度になってくれたらそれで良いんだから」
伝えてくれる晧滓の言葉が少しずつ加嬬の心の瘧を溶かしていく。顔を包んでいた手が離れて寝間着をそっと取り払れても加嬬は逃げようとは思えなかった。むしろ素肌が重なったことでさえ切なくて嬉しくて涙を止めることができない。遠慮しているのかそっと身体に触れる晧滓の手が加嬬を慮ってくれているのも痛いほどに伝わってくる。互いに一度燻る熱を抱えていた身だ。本来なら思うままに組み敷きたいのだろうに加嬬が本当に無理だと思った時の逃げ道を作ってくれているのだろう。そんなことなどこれまで情を交わしてきた男達は決してしてこなかった。加嬬だってそうだ。交わしてもいいと思えばこそ応じていたのだしその行為に何の思い入れも無かったから相手に優しさや丁寧さなど求めたことも無かった。ただ精気の交換さえ出来れば良かったし、そこに快楽が付いてきていただけだったのことだったのだから。
けれど今自分を暴こうとしている晧滓はそうではない。ただ慈しむ為に、加嬬を一人の女として悦ばせようとしてくれている。その気持ちが痛いほどに伝わって加嬬の身体からすとんと力が抜けた。
「若君」
静かに声を掛けると皓滓の手が止まって代わりに軽く口付けられた。
「何?やっぱりやめたくなった?」
少しばかり意地悪い童のような笑顔を向けられて加嬬も自然と笑みが溢れてしまう。静かに首を横に振って、そうではございません、と投げ出していた腕を皓滓の首に廻す。
「今一度だけ私で良いと申して頂けませんか?」
笑って願う加嬬に皓滓が深く口付ける。
「何度だって伝えるよ。それこそ加嬬が安心して俺で良かったって思ってくれるまで、もちろんその後もずっとね。俺は加嬬が欲しい。加嬬でなきゃ嫌だ。だから俺だけの者になってくれないかな?」
真摯に紡がれる言葉に加嬬は静かに頷くとぎゅうっと皓滓に抱き付いた。皓滓もまた同じように加嬬を抱き返してくれる。
「また恐れてしまうことがあるやもしれませんが、御許しいただけますか?」
「その時は言ってよ。加嬬の不安なんて俺が全部取り除いてあげるから」
嗚咽を上げながら尋ねているのに皓滓は気にすることもなく加嬬の頭を撫でながら優しく身体を叩いて落ち着かせようとしてくれている。
「逃げだしたいと思う時もあるやもしれませんよ?」
「逃がさないように捕まえておくから大丈夫」
「…倖にしてくださいますか?」
「もちろん。俺の全てを掛けて」
応えながら皓滓は加嬬を抱きしめる腕に力を込めていく。少しでも加嬬の不安や恐れが癒されるようにと願いながら抱きしめ続けていると、若君、と加嬬の声がした。顔を上げると加嬬が大きく息を吐いている。
「ではお願いがございます」
「お願い?」
涙で濡れた瞼に口付けながら尋ね返した皓滓に加嬬はもう一度深く頷いた。
「若君の思うままに私を暴いてくださいまし。私にありのままの若君をくださいませ。…私の身体が若君以外の手を忘れることが出来るよう。私の身体が若君の形を覚えるまで私に若君を下さいまし」
「そのお願いは嬉しすぎるけど、そんなことしたら明日の加嬬の務めに障りが出るんじゃないかな?」
少しばかり困ったような笑顔で皓滓が言う。思うままにと言われても本当にそうしてしまったらそれこそ皓滓は夜が明ける迄加嬬を腕の中から出すことは出来ないだろう。
「御心配には及びませんよ。私とて鬼でございますもの、その程度で障りの出るような身体ではございませんから」
「でもなあ、加嬬はその程度って言うけど多分凄く無理させちゃうと思うんだよね?ただでさえようやくこう出来るんだから歯止めが効かなくなるよ?」
悩む皓滓の頬にそっと加嬬は触れた。本当にどこまでも加嬬のことばかり慮ってくれていることが嬉しくて堪らなくなる。
「そうであって欲しいのです。私だけに若君を下さるのであれば私もその全てを受けいれたいのです」
いつのまにか涙は止まっていた。今加嬬の中にあるのは不安でも恐れでもなく、ただ皓滓のものになりたいという切なる想いだけだ。
「お願いでございます、若君。私に若君を慈しませてくださいませ」
するりと頰を撫でた加嬬の手を取って掌に皓滓は口付けた。
「煽ったのは加嬬だからね?」
口付けた掌に舌が這ってぶるりと震えた加嬬の脚を開かせて一気に中へと皓滓は入り込んだ。皓滓そのものが欲しいと願った加嬬も唐突に入り込まれるとは思っておらず息を呑むのと同じくして喘ぎが漏れるのを堪えきれなかった。ただでさえ陽の高い内に一度滾った身だ。素肌が触れ合っているだけでも受け入れる準備は出来ていた。それでも今から来ると思う間も無く入り込まれて加嬬は皓滓の身体に廻したままの腕でその身体にしがみついてしまう。
「…加嬬は分かってないなあ…。俺がどんな思いで昼間は口付けだけで耐えたと思ってるの?本当はすぐにでもこうしたかったのに加嬬の邪魔しないよう必死に堪えてたんだ。それが容易いことだとでも思ってたの?」
掴んだ手はそのままにぐっと加嬬の奥へと進む皓滓の腕の中から加嬬の喘ぎが響く。
「あのままこうしたかったのを堪えたのを褒めて欲しくらいなのに煽ってくるなんて俺のことを甘く考えすぎてるとは思わない?」
「…そ、のようなっこと…では…っつ!」
伝えたい言葉は皓滓の動きによって妨げられた。押し入ってきた皓滓は一呼吸置いたと思った刹那、激しく加嬬の中を掻き乱していく。繋いだ手はそのままに片手で身体の動きも封じられた加嬬は突き上げられる勢いと激しさに瞬時に翻弄されてしまう。瞬く間に昇らされて跳ねる身体は皓滓の身体に押し留められて反り返ることさえ許してはもらえない。達した身体にますます熱が籠っていくがそれを逃がす刻も与えてももらえない。皓滓の腕の中から抜け出すとこさえ封じられてひたすらに昇らされ果てさせられる加嬬から漏れ出る甘い喘ぎも皓滓の動きと共に大きくなっていく。突きあげる度に跳ね返る加嬬の身体は繋がった皓滓を激しく締め付けた。幾度目かに加嬬が果てた時、堪らずに皓滓が熱い欲を吐き出すとそれを逃がさないように加嬬が震える四肢で皓滓にしがみついてしまうと又貪るように唇が重ねられる。
「初めてくらい優しくしたいって思ってたのに…」
荒れた息の中から伝える皓滓が加嬬の中から一度出ようとするがそれを加嬬は拒んだ。
「…出ないで、くださいまし…っつ!」
「そんな可愛いこと言われてもなあ。加嬬の全部を余すことなく愛でたいのにこのままじゃそうもできないじゃない?」
乞われてしまって動きを止めた皓滓が再び奥へと進むと加嬬の最奥を刺激した。しがみついたままの加嬬の四肢にもより力が込められて皓滓も動きを封じられてしまう。甘い声と皓滓が与える慈しみで昇って火照り蕩けた顔を見れるのは嬉しいのだがそれだけでは足りない。
もっと見たい、もっと愛でたい。
欲しくて求め続けていたのに本心からではないのだろうと加嬬が思っていることくらい分かっていた。幾度も想いを伝えてきたのにその都度拒まれてきた。それでも諦め切れなかったのだ。それがようやく折れてくれて皓滓の想いに向き合ってくれたのだから、ただの一度繋がった程度で沸る自分を抑えられる訳もない。荒てしまった息を繰り返している加嬬の唇が熟れた果実のように見える。堪らずに乱暴に口付けて皓滓が動き出すとくぐもった声が寝所に響いた。突き上げる勢いでするりと離れた腕を加嬬を抱き締ていた腕を解いて片手で縫い留める。空いた腕で巻きついている脚を片方だけ解かせて持ち上げるとより深く皓滓は加嬬の中へと入っていく。
「っ…あ、若…っ、君っっ!!」
離れた唇から甘い喘ぎで呼ばれて加嬬を縫い留めている方の手に力が入る。
「うん」
応えながら火照る首筋に舌を這わせながら、名前、と皓滓も願う。
「加嬬、名前で呼んで」
「…皓っ、滓さ、まっつ!」
喘ぎの中から甘く呼ばれた瞬間、皓滓は加嬬の首筋に強く噛み付いた。攻め立てられる官能と噛みつかれる痛みが伴って加嬬の身体が反り返る。より深く歯が食いこんでしまうがそれを凌駕する悦びを与えられて耐え切れずにまた果てた加嬬を休めることなく皓滓は突き上げ続ける。噛みついたままで皓滓の手は確かめるように加嬬の身体をなぞっていく。その手が皓滓を呑み込んでいる部分に辿り着いて動き始めると加嬬が息を呑んだ。
「…っつ、こ、うさ、いっさま…っ、…皓滓さまあっっ!!」
迫り上がってくる官能はこれまでとは段違いだ。唯一動きを許されている左脚を皓滓の身体に巻きつけて自身が皓滓から離れないようにすることだけが加嬬に出来る精一杯だった。達して果てるのと同時に1番深いところで皓滓の欲が吐き出される。そのあまりの熱さに視界も白んだ。意識さえ手放しそうになったけれど噛みつかれたままだった首筋にまた皓滓の歯が食い込んで引き戻してもらえる。けれどその痛みでもまた果ててしまった加嬬に、くすくすと小さな笑い声が届いてようやく首筋から皓滓の歯が離れた。
「…だから言ったのに」
ぼやける視界の中で皓滓が口の周りに付いた血を舐めとっているのが見える。
「俺の好きにしていいなんて言っちゃうからだよ?俺の者だって印もつけちゃったからもう逃げられなくなっちゃったね?」
悪戯に笑っている皓滓の息も荒れているが、腕はまだ皓滓によって留められたままだ。加嬬を見る目が熱く潤んでいるのは霞む視界の中でもはっきりと見て取れた。
「…逃げませんよ…」
「そう?まあ逃すつもりはないっても伝えてるしね」
小さく笑い続けながら口付ける皓滓からは血の味がした。口付けられるだけでも身を捩る加嬬に入ったままの皓滓がまた沸っていくのが分かる。触れるだけの口付けでは互いに物足りないのだ。
「皓滓様、まだ下さいまし」
「それは口付けのこと?それとも俺のこと?」
「…どちらもでございます。お分かりでございましょうに…」
「そうだね」
くすくすと笑い続け少しずつ口付けの刻を長くしていきながら皓滓は気になっていることを尋ねる。
「そういえば俺は契ってもらえるのかな?」
「もうお応えしたと思っておりましたのに。倖にしてくださるのでしょう?」
話す刻さえ口付けられないことが耐えられずに求めてしまう。動きを封じられているのにどうにか頭だけで離れる皓滓を追う加嬬を皓滓は悪戯に躱していく。
「じゃあいつか俺のことを好きになってくれたらその時は加嬬から教えてくれるかな?」
ほんの僅かな憂いを帯びた声音に加嬬の心が軋んだ。変わらぬ態度のままに見える皓滓だけれどそうではないことなど長く側に居た加嬬には分かりすぎるほどにわかってしまう。
「…お約束いたしましょう。その時はすぐに、と」
好意がないわけではない。けれど加嬬の抱いているそれが皓滓の求めているものとは違うことも分かっている。
だがきっとその時は近くやってくるだろう。
「ですが今は私にもっと皓滓様を下さいませんか?足りないのです、まだ皓滓様が欲しくて堪らずに身体が疼いておるのです。…それはお分かりになっておられるのでしょう?」
「もちろん。だって俺も同じだから。分かってるよね?」
聞かれて加嬬は頷く。加嬬の中の皓滓は滾り切って硬く脈打っているのだから。
「また酷いことしちゃうかもしれないよ?」
「皓滓様の思うままに、とお願い致しましたでしょう?」
「じゃあ良いか。明日立てなかったら俺が代わりに磐里に叱られとくね?」
「お務めはさせてくださいまし」
「…忘れないように気を付けとくよ」
悪戯に笑う皓滓に小さく嘆息してしまうが加嬬はもう限界だ。舌を出して口付けを誘うと荒々しく奪われて、それだけでまた果ててしまう。腕の中で乱れ続ける加嬬に時々笑いを落としながら皓滓もようやく手にした愛しい者に自分の証を刻み続けた。