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唯一《壱》【ユイイツ《イチ》】

遅くなりましたが。

更新いたします。

背後からの視線に加嬬(カジュ)はふうっと溜息(タメイキ)()いた。目の前では今しがた()したばかりの衣達(コロモタチ)が風に(ナビ)いている。いつもであればこの光景(コウケイ)(ナガ)めるだけで心が(オダ)やかになっていたのに近頃(チカゴロ)ではこの(ジカン)(ムカ)えるのが苦痛(クツウ)に感じてしまっている。なぜなら加嬬(カジュ)宮内(ミヤナイ)のことを行う(ジカン)になると自身(ジシン)(ツト)めが休みとなれば必ずと言っていい(ホド)背後(ハイゴ)にぴったりと()()(モノ)がいるからだ。その視線(シセン)背中(セナカ)にひしひしと感じながら加嬬(カジュ)はもう一度深く息を()いてしまう。気付(キヅ)かない(フウ)(ヨソオ)っても無駄(ムダ)であることはこれまででのことでも分かっている。それでも()()()()()()()()()()()()()()など加嬬(カジュ)には出来ようはずもないのだ。背後(ハイゴ)からの視線(シセン)出来(デキ)るだけ素知(ソシ)らぬ()りをしながら加嬬(カジュ)は次の(ツト)めを行うためにその場を()ろうと(カゴ)(カカ)え上げた。背後(ハイゴ)人物(ジンブツ)一礼(イチレイ)をしてその()()ろうとして、ねえ、と()びとめられてしまう。流石(サスガ)に声を()けられてそのままその場を()れる(ホド)加嬬(カジュ)(レイ)(ワス)れている(ワケ)ではない。


「…何か御用(ゴヨウ)でございましょうか?晧滓(コウサイ)若君(ワカギミ)?」


用事(ヨウジ)なんて今までもずっと言い続けてきたと思ってるんだけど。まだ(ツウ)じてないのかな?」


(コマ)ったように苦笑(クショウ)する晧滓(コウサイ)加嬬(カジュ)嘆息(タンソク)(カエ)すしかできない。

分からないではなかった。むしろ()()()()()()()()と言ってもいい。この数十年(スウジュウネン)間違(マチガ)いではないのか、()(マヨ)いではないのかと言い(ツヅ)けてきたのだ。


幾度(イクド)(モウ)()げておりますけれど(ワタクシ)若君(ワカギミ)(モト)めていただけるようなモノではございません。皓滓(コウサイ)若君(ワカギミ)には(ワタクシ)などよりも良き(エニシ)がございます。…なにより(ワタクシ)若君(ワカギミ)には500年の(トシ)()がございますのよ?そのような(ワタクシ)を一人の女子(オナゴ)として見られるなど若君(ワカギミ)()()()()()()()()()()思えません」


(カゴ)(カカ)えたまま嘆息(タンソク)()じりに言いながらその場を()ろうとする加嬬(カジュ)()()めるような皓滓(コウサイ)の声が(ヒビ)く。


「そんなの大した問題じゃないでしょ?長い(オニ)生涯(ショウガイ)なんだ。たかが500年の(トシ)()が何なのさ?加嬬(カジュ)だって(イマ)()い始めてはいないじゃない?むしろ母様(カアサマ)(ソバ)()てくれているからか若々(ワカワカ)しさはを(タモ)ってるくらいじゃないか。それに(オレ)正気(ショウキ)だよ?」


そう言われてしまっても加嬬(カジュ)がそれをおいそれと信じることなどできはしない。


いつからであったのか皓滓(コウサイ)加嬬(カジュ)(タイ)恋情(レンジョウ)()っていると打ち明けられてから長い(ジカン)()っていた。その前に一度(イチド)皓滓(コウサイ)()(モノ)見付(ミツ)けていたし、(チギ)りを(ムス)ぶのではないかと磐里(バンリ)と心を(オド)らせたのだが()()(ミノ)ることはなかった。何でも悧羅(リラ)(シン)(ソバ)から(ハナ)れたくないが(タメ)(トモ)(ミヤ)に入ろうと(ツタ)えたところ(カタク)なに相手(アイテ)(コバ)まれたらしく破談(ハダン)になったというのだ。それはそれでどうしたものなのか、と磐里(バンリ)苦笑(クショウ)し合ったのだが、どうやら(ヒト)りを(ツラ)()いている5人の若君(ワカギミ)姫君(ヒメギミ)には()()(ユズ)ることは出来(デキ)かねるようだ。だがそれも仕方(シカタ)の無いことだとは思う。300年を()えて(トモ)()ごした安寧(アンネイ)()から(ハナ)(ガタ)気持(キモ)ちは()からないでもないし、何より悧羅(リラ)(シン)()るというだけで(ミヤ)という空間(クウカン)(ヤス)らげるのだ。


()くいう加嬬(カジュ)悧羅(リラ)(ツカ)え始めて800年を()ぎた。初めの(コロ)はひたすらに(オサ)としての苦渋(クジュウ)()()悧羅(リラ)(ササ)えるために()()げられたに()ぎず、広すぎる(ミヤ)悧羅(リラ)妲己(ダッキ)磐里(バンリ)の4人が()るだけだった。それでも(オサ)()(マワ)りの世話(セワ)出来(デキ)ること自体(ジタイ)、里に()らす者達(モノタチ)にとっては(ホマレ)なことであったし(エラ)んでもらえたことが何より(ウレ)しかった。けれど(ホソ)すぎる双肩(ソウケン)に里と(タミ)(イノチ)を乗せ、その(オモ)さに押し(ツブ)されてしまいそうな悧羅(リラ)の姿を日々(ヒビ)()()たりにしていくうちに何とも言えない気持(キモ)ちになってしまっていた。いつからか(スベ)ての(サイワイ)()てひたすらに苦渋(クジュウ)の中に()を落とし込んでいく姿(スガタ)を見る(タビ)に、()()()()()()()()()と心から思い、何より(オサ)としてよりも悧羅個人(リラコジン)(タツト)ぶようになっていったのだ。


今ではただ(オサ)世話(セワ)(マカ)されているという(ホマレ)よりも加嬬(カジュ)悧羅(リラ)(アネ)のように(シタ)ってしまっている。里で唯一(ユイイツ)(トウト)(カタ)に対して一介(イッカイ)二本角(二ホンヅノ)である加嬬(カジュ)(イダ)いてよい感情(カンジョウ)ではないことくらいはわかっている。それでも悧羅(リラ)はそんな加嬬(カジュ)の気持ちを知っていて(ユル)してくているのだろうということは悧羅(リラ)加嬬(カジュ)(タイ)する柔和(ニュウワ)態度(タイド)から痛いほどに感じることができた。


それは(シン)も同じことで、自身が悧羅(リラ)(カタワラ)に居ることができなかった500年という長い(ジカン)を支え続けてくれたのは2人だ、と忋抖(カイト)啝咖(ワカ)を手にした時に(オサ)伴侶(ハンリョ)であるにも(カカワ)らず一介(イッカイ)女官(ニョカン)である磐里(バンリ)加嬬(カジュ)に頭を()げて(レイ)()べてくれた。それだけでなく磐里(バンリ)加嬬(カジュ)が子を抱いてくれないと何も始まらないとまで言い産まれたばかりの忋抖(カイト)啝珈(ワカ)を抱かせてくれた。あまりにも身に(アマ)(サイワイ)を受けたその時に加嬬(カジュ)(チカ)ったのだ。自分はこれから先も悧羅(リラ)(シン)が長く遠回りしてようやく手に出来た()()(サイワイ)を共に(マモ)っていくのだと。今()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


それなのにどうして、という思いがどうしても(イナ)めない。


加嬬(カジュ)晧滓(コウサイ)が生まれ落ちたときのことを今でも鮮明(センメイ)(オボ)えている。子を(ノゾ)めなくしていた悧羅(リラ)が4人目の子として晧滓(コウサイ)を産み落としてくれた時、忋抖(カイト)啝咖(ワカ)が生まれてきてくれた時よりも(サイワイ)を感じた。これまで(アキラ)め、もう(ノゾ)むことすら苦痛(クツウ)でしかないのだと思っていた悧羅(リラ)(サイワイ)()()()るがないと信じられたから。その晧滓(コウサイ)乳飲子(チノミゴ)の時から世話(セワ)をしていたのだ。それなのにこの数十年前(スウジュウネンマエ)になって突然(トツゼン)恋情(レンジョウ)を打ち明けられたのだ。けれど加嬬(カジュ)には何故(ナゼ)晧滓(コウサイ)が自分を(コノ)みはじめたのか分からない。加嬬(カジュ)にとればどうしても自身が手にかけてきた子という思いしか(イダ)けないしその思いは強く(キザ)まれている。何よりも加嬬(カジュ)一介(イッカイ)女官(ニョカン)二本角(ニホンヅノ)(オニ)でしかないのだ。(オサ)の子であり一本角(イッポンヅノ)晧滓(コウサイ)()り合う(ハズ)もない。


幾度(イクド)(モウ)()げておりますように(ワタクシ)(ゴト)二本角(ニホンヅノ)(オニ)一本角(イッポンヅノ)であらせられる若君(ワカギミ)()()えることなどないのでございますよ?」


「なんでそう思うのさ?(オレ)加嬬(カジュ)っていう鬼女(キジョ)純粋(ジュンスイ)()かれているだけだよ。それ以上の意味なんているのかな?」


(オオ)いにございますでしょうに…」


(カタ)を落とした加嬬(カジュ)(アキ)れたような嘆息(タンソク)を投げかけて晧滓(コウサイ)は自分の(トナリ)を軽く(タタ)いて(スワ)るように(シメ)す。そのようなことは、と一度は固辞(コジ)した加嬬(カジュ)も、いいから、と幾度(イクド)(シメ)されて(イタ)方無(カタナ)(カゴ)(カカ)えたままで晧滓(コウサイ)(トナリ)(コシ)()ろした。1人分(ヒトリブン)()けた()()した姿(スガタ)皓滓(コウサイ)流石(サスガ)苦笑(クショウ)してしまう。


「そんなに警戒(ケイカイ)しなくても」


「…そのようなことではございません」


もう少し(ソバ)()るように伝えてみるのだが加嬬(カジュ)はその場から動こうとはしない。仕方無(シカタナ)皓滓(コウサイ)が、一歩分(イッポブン)距離(キョリ)(チヂ)めてみたがその分加嬬(カジュ)(ハナ)れてしまう。それに小さく(カタ)を落として皓滓(コウサイ)もそれ以上近付(チカヅ)くことは(アキラ)めることにした。


「じゃあさ、(ギャク)に聞くけど加嬬(カジュ)(オレ)の何がそんなに(イヤ)なのさ?…ああ、(トシ)()とかいうのはもう無しでね?」


「…若君(ワカギミ)のことを(イヤ)ということではございません。そうではなくて、その…」


言い(ヨド)加嬬(カジュ)晧滓(コウサイ)視線(シセン)()さる。どうすれば自分の気持ちを上手(ウマ)く伝えられるだろうかと言葉(コトバ)(エラ)ぼうと思案(シアン)してみるのだが、晧滓(コウサイ)はそれを(ユル)さないかのようにじっと加嬬(カジュ)を見つめている。(カク)()てやその場(シノ)ぎの(コタ)えでは納得(ナットク)するつもりはないのだろう。仕方無(シカタナ)加嬬(カジュ)も小さく嘆息(タンソク)してほんの少しだけ(カタ)の力を()くことにした。


「…若君(ワカギミ)御生(オウマ)れになられた日のことを(ワタクシ)はよく(オボ)えております。まだ(ヒト)()の国に里が()った(コロ)(オダヤ)かな陽射(ヒザ)しが()(ソソ)(ウラ)らかな日でございました。あの日より(ワタクシ)はずっと若君(ワカギミ)(スコ)やかに御育(オソダ)ちになって()かれるのを御側近(オソバチカ)くで見ておりました。それこそ()ずから御世話(オセワ)をさせていただいてきたのです」


「まあそれはそうだろうね。磐里(バンリ)加嬬(カジュ)()てくれたから(オレ)だけじゃなくて姉弟妹達(シテイマイタチ)何不自由無(ナニフジユウナ)()ごしてこれてるんだから。ああ、だからってそこでまた(トシ)がなんて言い出さないでよ?」


(ネン)()晧滓(コウサイ)(ワズ)かに(アワ)てているように見えて加嬬(カジュ)は、そうではございませんよ、と(ワラ)う。


「そうではなく(ワタクシ)はこれまで800年、(オサ)(ツカ)えさせて(イタダ)いて(マイ)りました。その(ジカン)があまりにも(サイワイ)でございましたので正直(ショウジキ)(モウ)()げますと、その…、何方(ドナタ)かと()()()()()()()()()()など考えもしなかったのです。出来得(デキウ)ることならこのまま(オサ)御側近(オソバチカ)くにいることが出来ればそれだけで(ワタクシ)(サイワイ)なのですから」


300年(ホド)前に悧羅(リラ)にも()(モノ)はいないのかと()われたことがある。けれど()()()()加嬬(カジュ)にそのような相手(アイテ)など居はしない。(タダ)目まぐるしく過ぎてゆく日々の中で悧羅(リラ)が捨て去るしかなかった(アタタ)かさと笑顔(エガオ)を取り(モド)して行く姿(スガタ)を見れることが何よりの(サイワイ)だったのだから(ホカ)のことなどどうでも良かった。()()()()()()(イタ)ましく(スベ)てを(アキラ)めていた悧羅(リラ)(フタタ)(シン)との(エニシ)(ムス)(ナオ)すことを決め、(サイワイ)日毎(ヒゴト)に取り(モド)していく。その日々(ヒビ)間近(マヂカ)で支え(トモ)(ヨロコ)べることが加嬬(カジュ)にとっては本当に(ウレ)しいことだったのだ。


こうして今、自分に好意(コウイ)を伝えてくれている晧滓(コウサイ)(オサナ)(コロ)磐里(バンリ)加嬬(カジュ)(ツト)めの邪魔(ジャマ)をして二人から(シカ)られては(ホオ)(フクラ)ませていたものだ。


「ですから(ワタクシ)はこれより(サキ)女官(ニョカン)として(オサ)旦那様(ダンナサマ)、それに御子方(オコガタ)御世話(オセワ)をさせて(イタダ)きたいのです。それこそが(ワタクシ)(サイワイ)なのですから」


微笑(ホホエ)んで(ツム)加嬬(カジュ)晧滓(コウサイ)はじっと見つめているだけだ。何か言いたいのだろうが加嬬(カジュ)が話し()えるのを()ってくれているのだろう。悧羅(リラ)の子どもたちは(ミナ)そうだ。他者(タシャ)の考えを(カロ)んじることなど()っして行おうとはせず、自身が伝えたいことがあってもきちんと相手(アイテ)の考えに耳を(カタム)けてくれる。本来(ホンライ)なら(ワカ)という立場(タチバ)なのだから本当に()()()()()()()()()()加嬬(カジュ)の思いなど(オモンバカ)らず(メイ)じればいいだけだというのに()()()()()()()()()のだから本当に真直(マッス)ぐに(ソダ)ってくれていることを(ウレ)しく思う。


「何より(ワタクシ)一介(イッカイ)女官(ニョカン)()ぎません。しかも二本角(二ホンヅノ)でございますれば、若君(ワカギミ)御相手(オアイテ)など(オソ)れ多いことなのです。晧滓若君(コウサイワカギミ)であらせられればより()御方(オカタ)がおられますよ。(アセ)られずともゆっくりと御探(オサガ)しなさいませ」


では、と立ち上がって(レイ)をした加嬬(カジュ)に、なんだそんなことなの?、と晧滓(コウサイ)の声が()かった。きょとりとして顔を上げた加嬬(カジュ)の目の前で晧滓(コウサイ)は大きく嘆息(タンソク)している。


「そのようなことでは…。大切なことでございますのよ?」


「そんなことだよ?(オレ)のことを(オノコ)として見れないとかじゃないもん」


「いえ、ですから。(ワタクシ)若君(ワカギミ)では()り合いが取れぬと(モウ)()げておるのです」


「どうして?」


小さく(ワラ)われて加嬬(カジュ)も、申し上げたではないですか、と嘆息(タンソク)してしまった。そんな加嬬(カジュ)の手を取るともう一度晧滓(コウサイ)は自分の(トナリ)(スワ)らせる。


(オレ)加嬬(カジュ)のやりたいことを()めさせるつもりはないよ。加嬬(カジュ)が居ないと(ミヤ)の中はすぐに()()てるだろうし磐里(バンリ)だけに(マカ)せるなんてことになったら(オレ)磐里(バンリ)(シカ)られちゃうよ。母様(カアサマ)父様(トウサマ)(ツカ)えてくれることが加嬬(カジュ)(サイワイ)(ホマレ)だって言うんだったら()れを()取り上げたりなんてしない。(オレ)()()()()()()()()()()()加嬬(カジュ)が思うようにすればいいだけのことでしょ?」


「ですが…」


(ツノ)の数だって大したことじゃない。父様(トウサマ)だって一本角(イッポンヅノ)二本角(二ホンヅノ)の子として(セイ)()けてる。子どもが出来てもその子は(オレ)()色濃(イロコ)く出るだろうから問題にはならないじゃないか」


「ですから!それ以前(イゼン)()り合いがとれぬと(モウ)()げておるのです!」


()り合いって何さ?(オレ)加嬬(カジュ)(エラ)んだんだよ?それだけで充分(ジュウブン)だし、もしも容姿(ヨウシ)のことを言ってるならそれは(チガ)うでしょ?」


(チガ)いませんよ」


(タダ)でさえ眉目秀麗(ビモクシュウレイ)さを持つのが一本角(イッポンヅノ)鬼神(キジン)たちだ。しかも晧滓(コウサイ)悧羅(リラ)(シン)の子なのだから、その美しさは(ナミ)一本角(イッポンヅノ)()ではない。その(トナリ)二本角(二ホンヅノ)の自分が立つことを考えるだけでも(オソ)れ多くて(フル)えが(ハシ)るというのに。


(ワタクシ)は本当に一介(イッカイ)(オニ)でございますから!」


(アワ)てて(フタタ)び立ち上がった加嬬(カジュ)(ウデ)を今度は()げられないように晧滓(コウサイ)(ツカ)んで()()せた。(イキオ)(アマ)って加嬬(カジュ)晧滓(コウサイ)(ヒザ)の上に(スワ)る形になってしまう。御無礼(ゴブレイ)を、と急いで降りようとするのだが晧滓(コウサイ)はそれを(ユル)さず転がり落ちた(カゴ)がころころと(カワ)いた音を立てた。


加嬬(カジュ)綺麗(キレイ)だよ?なんで今まで決まった相手(アイテ)()なかったんだろうって不思議(フシギ)なくらいだもん。でも特別な相手(アイテ)を作らなくても精気(セイキ)交換(コウカン)くらいはしてきてた(ハズ)だよね?」


間近(マヂカ)晧滓(コウサイ)の顔が見えて咄嗟(トッサ)加嬬(カジュ)(ウデ)()ばして距離(キョリ)を取ろうとしたが晧滓(コウサイ)笑顔(エガオ)のままで(ドウ)じる様子(ヨウス)もない。咄嗟(トッサ)視線(シセン)(ハズ)してしまったがそのまま、どうなの?、と(タズ)ねられてしまっては(コタ)えることしか加嬬(カジュ)に残された道はなかった。


「それは…(ワタクシ)とて(オニ)でございますから…」


三度(ミタビ)嘆息(タンソク)(トモ)に出した言葉に晧滓(コウサイ)の顔が(ワズ)かに(ユガ)んだのだが正面(ショウメン)から視線(シセン)を受け止めることができず顔を()らした加嬬(カジュ)()()気付(キヅ)けなかった。だが加嬬(カジュ)とて(オニ)だ。宮仕(ミヤヅカ)えをしているからそうそう頻繁(ヒンパン)に、というわけにはいかなかったけれど里に()りた(サイ)に声を掛けられれば(オウ)じていた。日頃(ヒゴロ)(オニ)としての能力(チカラ)行使(ツカ)うことは(アマ)りなかったけれど、それでもつつがなく日々(ヒビ)()ごして行くためには必要なことなのだから仕方(シカタ)のないことであるし、何より()()(オニ)本能(ホンノウ)なのだから(アラガ)必要(ヒツヨウ)さえ無い。ふうん、と何処(ドコ)不機嫌(フキゲン)そうな晧滓(コウサイ)の声で視線(シセン)(モド)すと少しばかり(ホオ)(フクラ)ませている姿が目に入って加嬬(カジュ)はきょとりとしてしまった。


「どうかなさいましたか?」


「どうかしたかじゃないよ…」


「ただの精気(セイキ)交換(コウカン)でございますよ?若君(ワカギミ)とて()さっておいででしょうに」


「それを言われると(ツラ)いし何も言えなくなるんだけどさ。(オレ)加嬬(カジュ)()()()()()()れることを(ユル)されてないんだよ」


「当たり前ではございませんか。若君(ワカギミ)(オサナ)(コロ)よりお(ツカ)えさせていただいておりますのに…。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


何を今更(イマサラ)とでも言いたげな加嬬(カジュ)(ヒザ)から(フタタ)()りるために身体(カラダ)を動かそうとすると、ますます晧滓(コウサイ)(ウデ)に力が()められる。まだ(ツト)めも残っているし、そろそろ昼餉(ヒルゲ)支度(シタク)も始めなければならない。流石(サスガ)にこれ以上は時間を取られるわけにはいかないと、若君(ワカギミ)、と声を()けるのだが(ウデ)の力は(ユル)まることはない。もう一度、若君(ワカギミ)と声を掛けた加嬬(カジュ)身体(カラダ)がぐいっと()()せられた。え?、と上げた声は(ハッ)せられていたのかは分からない。気づけば加嬬(カジュ)(クチビル)晧滓(コウサイ)によって(フサ)がれてしまっていたからだ。起こったことが(ニワ)かには信じられなくて目を見開くしか出来ない加嬬(カジュ)の頭が身体(カラダ)(ササ)えていた(ウデ)片方(カタホウ)だけ()かれて()(トド)められる。深く口付(クチヅ)けられたまではまだ良かったのだが(ホウ)けている()晧滓(コウサイ)(シタ)侵入(シンニュウ)してきた。どうにか(ウデ)を使って押し(モド)そうと(アラガ)ってはみるのだが、(アマ)りにも(ハゲ)しい口付(クチヅ)けに次第(シダイ)加嬬(カジュ)身体(カラダ)から力が()けていく。

時折、(ハナ)される合間(アイマ)に止めてくれるように(ツタ)えようと(ココロ)みてはみるのだが、声を上げる()もなくすぐにまた口を(フサ)がれて言葉(コトバ)(ツム)げない。幾度(イクド)(クチビル)(カサ)ねられてどれ(ホド)(ジカン)()ったのかも分からなくなった(コロ)には加嬬(カジュ)身体(カラダ)からはすっかり力が()けてしまい身体(カラダ)(オク)てわ(ネツ)(クスブ)晧滓(コウサイ)が支えてくれなければ(カタム)いてしまう(ホド)になってしまっていた。


「…ごめん、嫉妬(シット)した…」


ぎゅうっと()()められた頭上(ズジョウ)から()れた(イキ)のまま晧滓(コウサイ)の声がするが加嬬(カジュ)(イキ)(トトノ)えることと奥底(オクソコ)(クスブ)る熱を(オサ)()むだけで精一杯(セイイッパイ)だった。


加嬬(カジュ)にとって(オレ)が子どもみたいだってのは分かってるよ。()()()()()()()()()()()()()ってのも分かるけど、どうしても(オレ)加嬬(カジュ)が良い。どうしても加嬬(カジュ)()しいんだ」


「…若君(ワカギミ…)…」


少しずつ力の(モド)ってきた身体(カラダ)を起こすと何処(ドコ)か泣き出してしまいそうな目をした晧滓(コウサイ)が見えた。


「だから容易(タヤス)(コバ)まないで欲しい。()()だって(カル)気持(キモ)ちでした(ワケ)じゃないよ?だけど加嬬(カジュ)気持(キモ)ちを(ナイガシ)ろにしちゃったからそこは(アヤマ)る、ごめんね」


泣き出しそうな晧滓(コウサイ)の目はしっかりと加嬬(カジュ)(トラ)えている。その眼差(マナザ)しから加嬬(カジュ)も目が(ハナ)せない。()わりに(オサ)()もうとした熱が沸々(フツフツ)()きあがるのを感じた。


「でもこれで(オレ)本気(ホンキ)だってことは(ツタ)わったかな?」


頭を(オサ)えられていた手がするりと加嬬(カジュ)(ホオ)()でたが、その指先(ユビサキ)はひやりと冷たくなり(カス)かに(フル)えていた。()()感触(カンショク)(ツタ)わって加嬬(カジュ)は目を(ホソ)めた。


ああ…、と心の中で(ツブヤ)く。


ほんとうに皓滓(コウサイ)は自分を(モト)めてくれているのだ。


まるで(コワ)れ物でも()れるかのように()えた指先(ユビサキ)(ホオ)をくすぐる。()()()えと(フル)えが加嬬(カジュ)の熱を少しずつ燃え上がらせてしまう。思い返せばこれまでの告白(コクハク)(アイダ)皓滓(コウサイ)は決して自分の気持(キモ)ちを加嬬(カジュ)()しつけたりはしてこなかった。それどころか数十年(スウジュウネン)もの(アイダ)(オモ)いを伝えるだけに(トド)めてくれていた。先程(サキホド)口付(クチヅ)けも本当に加嬬(カジュ)(オモ)ってくれているからこそ精気(セイキ)交換(コウカン)をしているという事実(ジジツ)を聞いてしまったが(ユエ)(タガ)(ハズ)れてしまったからなのだろう。


そうでなければ(ヤサ)しくて(ミズカ)らを(リッ)しす(スベ)を知り他者(タシャ)(オモンバカ)れる皓滓(コウサイ)()()()()()行動(コウドウ)に出るはずがないのだ。


「…そうでございますね…、(ワタクシ)は少しばかり考え(チガ)いをしておりましたようです」


(モウ)(ワケ)()さを一杯(イッパイ)()かべた皓滓(コウサイ)の目をしっかりと見つめ(カエ)して加嬬(カジュ)(ホオ)に当てられたままの手を(ツツ)(カエ)す。()れた手から自分の熱が(ツタ)わってしまうのではないかと(オソ)れもしたが冷たくなって(フル)える晧滓(コウサイ)にはどうやら気取(ケド)られてはいないようだ。


「よもや若君(ワカギミ)がその場(カギ)りの(ジョウ)相手(アイテ)などに嫉妬(シット)してくださる(ホド)(ワタクシ)(オモ)ってくださっているとは…」


(ツツ)んだ手に()()ると、だって、とまた泣きそうな皓滓(コウサイ)の声がする。


()れた(オンナ)俺以外(オレイガイ)(ジョウ)()わしてるなんて聞かされたらどうにかなるでしょうよ?しかも(オレ)には()()(ユル)されてないんだから尚更(ナオサラ)だ」


「そうでございますね。(ワタクシ)浅慮(センリョ)でございました」


くすくすと小さく(ワラ)加嬬(カジュ)()いた手で皓滓(コウサイ)(ホオ)()れると今度は自分から口付(クチヅ)けた。短い()()うだけの口付(クチヅ)けだったのだが(ハナ)れた時に見えたのは(オドロ)いたような顔の後に(シュ)()まっていく皓滓(コウサイ)(アワ)てた姿だ。


「え?え!?」


(アセ)るその姿が(アマ)りにも可愛(カワ)いらしくて、つい加嬬(カジュ)()き出してしまった。先程(サキホド)までの余裕(ヨユウ)のありそうな皓滓(コウサイ)何処(ドコ)へ行ったのか。まるで初めての相手(アイテ)でもあるかのような態度(タイド)にますます加嬬(カジュ)(ワラ)えてきてしまう。


「なんで?どうして?」


何故(ナゼ)も何も若君(ワカギミ)()()()()()()()()(ワタクシ)(モト)めておいでなのでしょう?」


「…それはそうだけど!(オレ)加嬬(カジュ)気持(キモ)ちが()しいんだよ。身体(カラダ)だけの(ツナ)がりなんて(ノゾ)んでない!」


「…(ゾン)じておりますよ?」


(アセ)(ツヅ)ける皓滓(コウサイ)加嬬(カジュ)(ヤワラ)かく微笑(ホホエ)んで見せた。身体(カラダ)の熱は(オサ)まるどころか晧滓(コウサイ)言葉(コトバ)反応(ハンノウ)でどんどんと燃え上がってきている。


それでも不思議(フシギ)()()(イヤ)だとは思わない。

むしろ―――。


ふふっと(ワラ)って加嬬(カジュ)(ツツ)んだままの晧滓(コウサイ)の手に力を()めた。


()()げましょう」


「…え…?」


「ですから(ワタクシ)若君(ワカギミ)()()げると(モウ)しております」


「…は…?!」


微笑(ホホエ)んだままの加嬬(カジュ)言葉(コトバ)が信じられないのか皓滓(コウサイ)の目がどんどん見開(ミヒラ)かれていく。


(ワタクシ)(ズル)うございましたね。一時(イチジ)()(マヨ)いでございましょう、(ワタクシ)では若君(ワカギミ)御側(オソバ)(ハベ)ることなど烏滸(オコ)がましいとあたかも(コトワリ)になるようなことばかり見つけては若君(ワカギミ)御心(オココロ)をみないようにしておりました。…ですがここまで(オモ)っていただけるなど女冥利(オナゴミョウリ)()きるというものです。若君(ワカギミ)()()()()()(ワタクシ)でも良いと(モウ)していただけるのであれば(ワタクシ)ももう()げることは(イタ)しません」


「…本当に?本当にいいの?」


信じられないのか(タズ)ねる皓滓(コウサイ)の声が(フル)えている。それに深く加嬬(カジュ)(ウナズ)いた。


()()()()()()()(マモ)ってくださるのでございましょう?」


くすくすと(ワラ)いながら小首(コクビ)(カシ)げた加嬬(カジュ)(ホオ)に当てられた手の(フル)えが大きくなっていく。()()()()皓滓(コウサイ)の今の気持ちが知れて加嬬(カジュ)の心もじんわりと(アタタ)かくなってくる。


「…大事(ダイジ)絶対大事(ゼッタイダイジ)にするよ…。加嬬(カジュ)がやっぱり(イヤ)だって言っても(ハナ)れてあげないよ?」


「ようございますよ?その()わり(ワタクシ)(ワタクシ)のままでいさせていただけるのを御許(オユル)しくださるのであれば」


(ユル)(ユル)さないの話じゃないよ。言ったでしょ?(オレ)加嬬(カジュ)がやりたいことを辞めさせるつもりもないって」


「そうでございましたね。…では若君(ワカギミ)(ワタクシ)皆様(ミナサマ)昼餉(ヒルゲ)支度(シタク)をせねばなりませんので()()()()()()(ユル)していただけますか?」


微笑(ホホエ)んでもう一度口付(クチヅ)けるとまた(シュ)()まる晧滓(コウサイ)が、今からなの?、と不服(フフク)そうに(ホオ)(フクラ)ませた。


(オレ)としてはこのまま部屋(ヘヤ)()れて行きたいんだけど…」


「それは(ワタクシ)(ツト)めを()えてからでもよろしゅうございましょう?もう()げぬと(モウ)し上げておるのですから」


(シュ)()まった(ホオ)()でると大きな嘆息(タンソク)晧滓(コウサイ)から()れた。


「…待ってるからちゃんと来てくれる?」


「ええ、必ずや」


「じゃあ(コラ)えるしか無いじゃないか…。あ!でも気持ちが変わらない内に色々と事を(ハコ)んでもいい?」


「それは今宵(コヨイ)が終われば良きようになさってよろしゅうございますよ?」


喜々(キキ)としている晧滓(コウサイ)があまりにも可愛(カワイ)らしくて加嬬(カジュ)は笑いを(コラ)えることができない。どうやら晧滓(コウサイ)確実(カクジツ)加嬬(カジュ)()げられないように早々(ソウソウ)外堀(ソトボリ)()めるつもりのようだ。何をするのか何となく読めはするがあえて止めることもないだろう。


「ですがまずは(ワタクシ)(ツト)めをつつがなく()えさせてくださいましね?」


笑いながら晧滓(コウサイ)(ヒザ)から()りると落ちていた(カゴ)(ヒロ)う。付いた土を(ハラ)っていると(フタタ)び大きな嘆息(タンソク)(トド)く。どうやら加嬬(カジュ)だけが(クスブ)る熱を感じていた(ワケ)ではないらしい。


「ほんと拷問(ゴウモン)に近いかも…」


ぽつりと(ツブヤ)いた晧滓(コウサイ)加嬬(カジュ)微笑(ホホエ)む。


「これが(ワタクシ)でございますよ?」


(カゴ)(カカ)えて胸を張る加嬬(カジュ)の近くに晧滓(コウサイ)も立ち上がって()()うと顔を(チカ)づけてくる。


降参(コウサン)


そのままどちらからともなく口付(クチヅ)けて何故(ナゼ)可笑(オカ)しくなり笑い合う。


「じゃあ早く残りの(ツト)めを終わらせてきてよね」


加嬬(カジュ)(ウデ)から(カゴ)を引き取って共に歩き出す晧滓(コウサイ)に、それは皆様(ミナサマ)のお(モド)次第(シダイ)かと、とますます加嬬(カジュ)(ワラ)って(コタ)えた。






大変遅くなりました。

完結まであと少し。

頑張ります。

読んでくださってありがとうございました。

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