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凪ぐ【ナグ】

更新します。

日常回です。


一度目の見廻(ミマワ)りを()えて近衛隊舎(コノエタイシャ)(モド)った(シン)()を開けると同時(ドウジ)に、ふはっと(ワラ)ってしまった。隊舎(タイシャ)の中の一番(オク)隊士達(タイシタチ)を全て見ることの出来る(ツクエ)(シン)(スワ)(トコロ)なのだがどうした(ワケ)なのか先客(センキャク)がいたようだ。白銀(ハクギン)(カミ)黒曜石(コクヨウセキ)一本角(イッポンヅノ)を持った幼子(オサナゴ)が何やら懸命(ケンメイ)(ツクエ)の上で書物(カキモノ)(フケ)っているが、その左右(サユウ)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)(スワ)らせられて幼子(オサナゴ)(ツクエ)から落ちないように見張(ミハ)らせられていた。(サキ)(シン)気付(キヅ)いた二人が苦笑(クショウ)していてますます(シン)(ワラ)えて来てしまう。


「何してんの、樂采(ガクト)?」


灶絃(ソウゲン)の頭をぼんと()でて横を通り自分の椅子(イス)(スワ)ってから声を()けるとようやく樂采(ガクト)(シン)気付(キヅ)いたようだ。()り向いて(シン)を見つけると余程(ヨホド)(ウレ)しかったのかきゃあと(サケ)びながら飛びついてきた。(フデ)を持ったままで飛びつかれて(シン)隊服(タイフク)にも(マワ)りの(ツクエ)にも(スミ)()ってしまう。


「おつとめ!えらい?」


小さな手に大き過ぎる(フデ)を持っていたからか手も顔も(スミ)(ヨゴ)れてしまっているが本人は満足気(マンゾクゲ)だ。どうやら(シン)()わりに隊舎内(タイシャナイ)の事を行っていたようで残っている隊士達(タイシタチ)がくすくすと(ワラ)いながらそれぞれに(カミ)をひらつかせていた。(シン)場処(バショ)からも見える()()には字とは()べない(セン)が書かれているだけなのだが樂采(ガクト)指示(シジ)を出したつもりらしい。


「そうかあ、(オレ)(ツト)めを手伝(テツダ)ってくれたんだな。ありがとう」


見廻(ミマワ)りに出る前に置いていた文書(モンジョ)(ツクエ)の上には見当たらない。樂采(ガクト)が来てすぐに灶絃(ソウゲン)玳絃(タイゲン)仕舞(シマ)ってくれたようだ。


樂采(ガクト)(ヤサ)しいなあ、(スゴ)く助かったぞ?」


「じゃあしんくん早くおかえりできる?」


「うん、帰れるよ」


(ウレ)しそうな樂采(ガクト)の頭を()でてやるとまた喜んで()きつかれて(シン)樂采(ガクト)(スミ)まみれになってしまった。流石(サスガ)にこれ以上(ヨゴ)されては(カナ)わないと思ったのか玳絃(タイゲン)(フデ)を取り上げて灶絃(ソウゲン)()らした手拭(テヌグ)いを二つ持ってくる。


「たい(アニ)ちゃま、めっ!」


(フデ)を取り上げられて樂采(ガクト)(ホオ)(フク)らませて取り返そうと手を()ばすが今度は灶絃(ソウゲン)(ツカ)まれて手や顔に付いた(スミ)()き取られてしまう。いやっ!、と手を(カク)そうとする樂采(ガクト)茶菓子(チャガシ)が食べれないよ?、と灶絃(ソウゲン)に言われてしまって(クチビル)()きだしながらされるままになっている。(ヨワイ)(イツ)つになる樂采(ガクト)はこうしてしばしば近衛隊舎(コノエタイシャ)()ることが多い。まだ一人で()けることは上手(ウマ)くないのだがお目付役(メツケヤク)として睚眦(ガイシ)()()ってくれていた。睚眦(ガイシ)も最初は悧羅(リラ)以外を庇護(ヒゴ)することに不満(フマン)()らしていたがその悧羅(リラ)に頭を()げられて(タノ)まれてしまっては(イナ)やとは言えなかったようだ。それでも時折(トキオリ)何故(ナゼ)(オレ)がと口にしてはいるが存外(ゾンガイ)樂采(ガクト)(ソバ)に居るのは心地良(ココチヨ)いらしく不満(フマン)を言いながらもしっかりと(マモ)ってくれてはいる。きっと樂采(ガクト)から(ホノ)かに(タダヨ)雰囲気(フンイキ)がそうさせるのだろう。とはいえ(スミ)まみれになるのは(コノ)まないらしく樂采(ガクト)近衛隊舎(コノエタイシャ)(アズ)けると(ハナ)れた(ツクエ)()ているか見守りを(マカ)せた子らの(カタ)の上にいるかのどちらかだ。今も灶絃(ソウゲン)(カタ)()()り付いて飛んでくる(スミ)から自分を守っている。


「ちゃんと悧羅(リラ)に伝えてきたの?」


(スミ)()き取られて玳絃(タイゲン)が出してくれた揚饅頭(アゲマンジュウ)頬張(ホオバ)り始める樂采(ガクト)(シン)(タズ)ねると(ヒザ)の上から、うん!、と良い返事がある。


「しんくんのお手つだいしてくるっていったよ?おひるねまでにはおかえりするおやくそくもした」


「そうか、(エラ)いぞ」


小さな頭を()でてやると少し()れたように笑っている。媟雅達(セツガタチ)幼子(オサナゴ)(コロ)ならば(ヨワイ)(イツ)つの幼子(オサナゴ)を里の中とはいえ一人で(ミヤ)の外に出すのは(シン)悧羅(リラ)(ヨシ)とは出来なかった。(タト)妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)が共にいたとしても少しばかりの(アヤ)うさを感じてしまっていただろう。けれど()()()であれば(アン)じて送り出すことができる。それだけ民達(タミタチ)安穏(アンノン)と過ごせるように日々(ヒビ)平穏(ヘイオン)を作り上げてきたのだ。もちろんそこには悧羅(リラ)能力(チカラ)が深く(カカ)わってはいる。(スベ)ての能力(チカラ)華開(ハナヒラ)いた悧羅(リラ)が日々が(オダ)やかに(メグ)っていくように(ツネ)に里の中のことを感じ取って(マモ)ってくれているから(ツク)りあげられたのだ。悧羅(リラ)(オサ)として()ってくれているからこそ突如(トツジョ)樂采(ガクト)忋抖(カイト)の子であると(シラ)せを()ろしたときも大きな混乱(コンラン)はなかった。


(ヒザ)の上で小さな頬一杯(ホオイッパイ)饅頭(マンジュウ)()()んでいる樂采(ガクト)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)が、ああもう!、と嘆息(タンソク)しながら茶を()ませ両手に(ツカ)んでいる饅頭(マンジュウ)を取り上げた。やっ!、と取り上げられた饅頭(マンジュウ)を取り返そうとする樂采(ガクト)を二人とも笑って世話(セワ)を焼き続けている。


(イヤ)じゃないって。(ノド)()めたらどうすんのさ」


饅頭(マンジュウ)()げないから落ち着いて食べなさい」


「にげるもん!」


「そしたら一緒(イッショ)に買いに行けば良いだろ?」


姚妃(ヨウヒ)面倒(メンドウ)も見ていたからか幼子(オサナゴ)相手(アイテ)はお手のものになっている二人と樂采(ガクト)のやり取りに(シン)苦笑(クショウ)していると、やっぱりここにいた!、と忋抖(カイト)隊舎(タイシャ)の中に入ってきた。(シン)(ヒザ)に当たり前のように(スワ)って玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)(カマ)ってもらっている樂釆(ガクト)を見つけて大きく嘆息(タンソク)しながら寄って来ている。(シン)が帰って来た時よりも()ね上がって喜ぶ樂采(ガクト)の手から灶絃(ソウゲン)湯呑(ユノ)みを取り上げた。


(コボ)れるってば!」


その横では(スデ)(コボ)れた茶を玳絃(タイゲン)が、やれやれ、と()いているが樂采(ガクト)は気にすることもない。近付いてくる忋抖(カイト)(シン)(ヒザ)の上で飛び()ねて待っている。がたがたと(ツクエ)()らしているのを、こら!、と忋抖(カイト)が押さえて止めるが目の前に来た忋抖(カイト)樂采(ガクト)は飛びついた。


(トウ)しゃま!」


(イキオ)いよく飛びつかれてしまって頭で(アゴ)強打(キョウダ)されながらも忋抖(カイト)樂釆(ガクト)を受け止める。


樂采(ガクト)?ここは遊び場じゃないって教えたでしょ?父様(トウサマ)が帰ってくるまで御利口(オリコウ)に待ってるって指切(ユビキ)りしたのは(ダレ)だったかな?」


じんじんと痛む(アゴ)(サス)りながら(タズ)ねる忋抖(カイト)樂采(ガクト)はきょとりとしている。


「がくと、お手つだいしてたんだよ?おじゃましてないよ?」


「いやいや…」


忋抖(カイト)(ウデ)の中で(ムネ)()って見せる樂采(ガクト)(スミ)まみれの(シン)後始末(アトシマツ)()われる玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)の姿に忋抖(カイト)(カタ)を落としてしまう。どう見ても邪魔(ジャマ)をしていたようにしか見えない。この調子(チョウシ)では(シン)はともかく玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)(ツト)めは(トドコオ)ってしまっているだろう。悪い、と()びる忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)(ワラ)うばかりだ。


「小さな近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)指示(シジ)を受けてただけですよ、()()()?」


「そうそう。(スキ)あらば(コモ)ろうとする何処(ドコ)かの隊長(タイチョウ)とは(チガ)って(ツト)めに懸命(ケンメイ)ですからねえ?」


ちらりと二人に見られた(シン)は残っていた饅頭(マンジュウ)頬張(ホオバ)っている。


「ほんと(ダレ)のことだろうなあ?」


揶揄(カラカ)われているのにくすくすと(ワラ)うばかりの(シン)灶絃(ソウゲン)の手から茶を(ウバ)いとった。


樂采(ガクト)手伝(テツダ)ってくれたから今日は早く帰れそうだよ?ねえ?樂采(ガクト)?」


笑いながら(シン)に言われて樂采(ガクト)は、ほらあ、と忋抖(カイト)にますます(ムネ)()って見せている。その姿(スガタ)があまりにも幼子(オサナゴ)(コロ)忋抖(カイト)にそっくりで(シン)はつい声を上げて(ワラ)ってしまう。


「そうやって(ミンナ)(アマ)やかすから樂采(ガクト)がここに来ちゃうんでしょ?本当にもう…」


「良いじゃないか。それだけ安穏(アンノン)としてるってことだし樂采(ガクト)だってお前や(オレ)たちと一緒(イッショ)()たいんだろ?」


「だからそういうことじゃないんだってば」


(フタタ)(カタ)を落とした忋抖(カイト)を今度は隊士達(タイシタチ)もこぞって(ワラ)い出した。その光景(コウケイ)(シン)(ウレ)しく思ってしまう。


5年前に樂采(ガクト)を手にした忋抖(カイト)が一番に(アン)じていたのが、(ミナ)に受け入れてもらえるのだろうかという事だったからだ。忋抖(カイト)(チギ)りを(ムス)んだ(モノ)がいないことは民達(タミタチ)ならば(ミナ)が知っていることでもあり、ましてや里の鬼女(キジョ)との(アイダ)に子を(サズ)かったわけでもない。一目(ヒトメ)見れば忋抖(カイト)瓜二(ウリフタ)つなのだから(ウタガ)いようもないのだが、どうして、という疑念(ギネン)(イダ)かれてしまうと思っていたのだろう。一人一人に藍琳(リンリー)のことを()いていく必要(ヒツヨウ)はないと(シン)悧羅(リラ)(ツタ)えてはいたけれど鬱々(ウツウツ)と考え込んでいたことも知っていた。忋抖(カイト)も自身になら何を言われようが受け入れる覚悟(カクゴ)は出来ていたが樂采(ガクト)()らしにくくなるのではないか、と気を()んでいたようだ。けれどそれを打ち消したのは(シン)でも悧羅(リラ)でも(ミヤ)で共に()ごす者たちでもなく栄州(エイシュウ)の一言だった。


樂采(ガクト)の事を周知(シュウチ)させるためにもまずは重鎮達(ジュウチンタチ)に話そう、と言う(シン)と共に朝議(チョウギ)に向かった()(コト)顛末(テンマツ)(シン)から聞かされた栄州(エイシュウ)はその場の(ダレ)よりも(ヨロコ)んで(ナミダ)しながら()いた手で樂采(ガクト)(イダ)いてくれた。


「何と…!忋抖若君(カイトワカギミ)の子であらせられると!」


そうかそうか、と喜ばれて忋抖(カイト)はきょとん、としていたがもちろん重鎮達(ジュウチンタチ)忋抖(カイト)(カク)してきた(オモ)いやこれからのことを(スベ)て話したというわけではない。()()()()()(ワズ)か、忋抖(カイト)(ユル)してくれている者たちだけが知っていれば良いことで、伝えたとしてもきっと(ワカ)ってなどもらえず侮蔑(ブベツ)非難(ヒナン)の声が上がると忋抖(カイト)が信じて(ウタガ)わなかったからだ。だが重鎮達(ジュウチンタチ)は深くを聞かずその場に()樂采(ガクト)をそのままに受け入れ喜んでくれた。


「いつぞやの忋抖若君(カイトワカギミ)を思い出しますなあ。…このような褒美(ホウビ)まで(モロ)うてしもうて、(ワレ)(マコト)今生(コンジョウ)に思い残す事など無くなってしまいましたぞ?」


年老(トシオ)いていつ定命(ジョウミョウ)が来てもおかしくないと相談役(ソウダンヤク)(ニン)(カエ)したいとまで言っていた栄州(エイシュウ)が今まで(スス)めてくれていた相手と良いようになれなかったことを忋抖(カイト)()びていたが、なんの、と栄州(エイシュウ)は笑っていた。


「お()()まれますな。(モト)より忋抖若君(カイトワカギミ)御目(オメ)(カナ)(モノ)()るとは(オモ)うておりませんでしたのでな?」


それ以上を(カタ)らずに荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)と取り合うようにして樂采(ガクト)をあやし始める姿(スガタ)を見て重鎮達(ジュウチンタチ)気付(キヅ)いていたのだ、と忋抖(カイト)(サト)ったようだった。それでも何も言わず聞かずで受け入れてくれる3人の姿にほっと安堵(アンド)しているのが見て取れて、な?、と(シン)忋抖(カイト)の頭を()でた。(シン)悧羅(リラ)に優しく微笑(ホホエ)まれて忋抖(カイト)は今度こそようやく本当に(ムネ)()で降ろしていた。(ホカ)の子ども達と磐里(バンリ)加嬬(カジュ)にも(シン)がかいつまんで説明(セツメイ)したことで一応(イチオウ)納得(ナットク)したように見えたけれど、ふうん、と何か言いたげな(オトウト)たちのことは(ホオ)っておいても良いと思えたようだ。それからは(シン)と二人きり以外では悧羅(リラ)を名で()ぶようにもなった。(オトウト)たちからは(ズル)い!、とも言われたようだがそこは気にしても仕方(シカタ)がないだろう。


兄様(アニサマ)だけって(ズル)いよ、父様(トウサマ)(オレ)たちだって母様(カアサマ)の名前を()びたいのに!」


いい(トシ)をして駄々(ダダ)()ねる倅達(セガレタチ)(ナダ)めるのにはほんの少し苦労(クロウ)したのは事実(ジジツ)だが、色々と頑張(ガンバ)った褒美(ホウビ)ということにしておいた。それでも駄々(ダダ)()ね続ける倅達(セガレタチ)には悧羅(リラ)一言(ヒトコト)()いた。


「おやおや、では(ワラワ)を母と()んでくりゃる(セガレ)がおらぬようになってしまうのう…。なんともせんないこと」


ほうっと小さく嘆息(タンソク)した悧羅(リラ)倅達(セガレタチ)一斉(イッセイ)に、母様(カアサマ)でいい!、と声を(ソロ)えていたのだから本当に悧羅(リラ)(スゴ)いと(ワラ)えてしまった。


あれから5年かあ、と忋抖(カイト)()かれている樂采(ガクト)を見ていると自然(シゼン)()みが(コボ)れてしまう。


樂采(ガクト)はとても不思議(フシギ)な子なのだ。


赤子(アカゴ)として生まれ落ちたにも(カカ)わらず普通(フツウ)赤子(アカゴ)のように母からの(チチ)を必要としなかった。(ハラ)()いたと泣くこともなく何も口にしないからといって()せていくでもない。(ホカ)のことは何処(ドコ)赤子(アカゴ)とも同じだったが()()()()(チガ)った。必要としたのは王母(オウボ)からの精気(セイキ)だけ。それも一月(ヒトツキ)に一度程度(テイド)で良かった。王母(オウボ)精気(セイキ)で良いなら、と(シン)が分けてみたがそれは受け流された。(ハス)からの精気(セイキ)ではなく王母自身(オウボジシン)からでないと受け付けないことに(シン)忋抖(カイト)戸惑(トマド)ったが悧羅(リラ)はそれはそうであろ?、と(ワラ)っていた。


(ハラ)におる姿のままで()に出てしもうたのを引き止めたは王母(オウボ)である(ユエ)。まだ樂采(ガクト)の中には花弁(ハナビラ)気配(ケハイ)(ワズ)ばかりは残っておろうし馴染(ナジ)むまでは王母(オウボ)からしか受け入れぬであろうて」


「それって大丈夫(ダイジョウブ)なの?王母様(オウボサマ)直々(ジキジキ)()けて(イタダ)くなんて樂釆(ガクト)に何か起きたりしないかな?」


(アセ)って(タズ)ねる忋抖(カイト)にも悧羅(リラ)は何のことはない、と微笑(ホホエ)むばかりだ。


(モト)(タダ)せば王母(オウボ)(セキ)のあること。()してはならぬことならば手を()すことなど(ヨシ)とはしておらぬよ。()()()()いて手を()したは王母(オウボ)意思(イシ)(ユエ)(アマ)んじておってもよろしかろう。(アン)じずともその(ウチ)馴染(ナジ)むであろ。樂采(ガクト)食餌(ショクジ)をとれるようにならば手も(ハナ)れようて」


のう、樂采(ガクト)?と言う悧羅(リラ)言葉(コトバ)間違(マチガ)いは無かった。普通(フツウ)赤子(アカゴ)と同じように少しずつ食餌(ショクジ)()れるようになると王母(オウボ)から精気(セイキ)(ユズ)り受けることも少なくなり一つを(ムカ)えるころには食餌(ショクジ)だけで満足(マンゾク)できるようになったのだ。その頃には樂采(ガクト)身体(カラダ)に残っていた花弁(ハナビラ)(ノコ)りもしっかりと樂采(ガクト)精気(セイキ)と一つになってくれていた。王母(オウボ)から精気(セイキ)(タマワ)ることで()()()()()()次の(ハナ)の子としてあるのではないか、とは(シン)忋抖(カイト)も少しばかり(アン)じていたので樂采(ガクト)樂采(ガクト)として()った時には本当に胸を()()ろした。()()()()ということは悧羅(リラ)定命(ジョウミョウ)が近いと知ることになるからだ。二人にそう()げられて悧羅(リラ)はきょとりとしていたが次にはくすくすと笑って見せてくれた。


「そのようなこと(アン)じずともよい。(ワラワ)天寿(テンジュ)はまだ(トオ)いことのようであるからの」


「そうでなきゃ(コマ)るの!」


(ワラ)(ツヅ)ける悧羅(リラ)(シン)忋抖(カイト)(タシナ)めたけれど悧羅(リラ)(タオ)やかな微笑(ホホエ)みを()かべるばかりだったのだから何処(ドコ)まで本気で取り合ってくれていたかは分からなかった。その樂采(ガクト)妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)たちに上手(ウマ)く乗れるようになるまでは(ミヤ)の中で悧羅(リラ)大人(オトナ)しく待っていたのだけれど、一度せがまれて悧羅(リラ)と共に近衛隊舎(コノエタイシャ)に来たことがきっかけとなり、それからよく来るようになってしまった。(ミヤ)には今、樂采(ガクト)しか幼子(オサナゴ)がおらず退屈(タイクツ)でもあるのだろうが、隊舎内(タイシャナイ)で見る(シン)忋抖(カイト)たちの姿(スガタ)幼心(オサナゴコロ)感銘(カンメイ)を受けたらしい。以来(イライ)何度も行きたがる樂采(ガクト)(トモナ)って悧羅(リラ)近衛隊隊舎(コノエタイタイシャ)によく()り立つようになったものだから、一時期(イチジキ)(シン)(ツト)めを放棄(ホウキ)するまでになってしまった。悧羅(リラ)を見れば(ヒザ)に乗せて(ハナ)さなくなるのだから、もう!、と皓滓(コウサイ)(シカ)られてしまったので悧羅(リラ)()わりに睚眦(ガイシ)(トモナ)うようになったのだ。(シン)からすれば悧羅(リラ)が来てくれる方が(ヨロコ)ばしいのだが近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)としてあらねばならない時の(シン)に特に皓滓(コウサイ)手厳(テキビ)しい。啝伽(ワカ)がいる時など二人(ソロ)って(シカ)られてしまうのだから降参(コウサン)したほうが早いのもこの数100年で(シン)(マナ)んだことだった。


「でも良くここにいるって分かったな?朝からあれだけ約束(ヤクソク)してただろ?」


(ナツ)かしい思い出を()かべながら(シン)(タズ)ねると、(ミヤ)()ってきた、と忋抖(カイト)樂采(ガクト)の口の(マワ)りについた饅頭(マンジュウ)(ヌグ)いながら嘆息(タンソク)している。


「あれだけ約束(ヤクソク)したからなあって思ってたけど、どうも悧羅(リラ)樂釆(ガクト)がひそひそしてたからね。様子(ヨウス)見に行ってみたら(アン)(ジョウ)だったんだよ」


まったくもう、と樂采(ガクト)()(ナオ)しながらまた(カタ)を落とす忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)(ワラ)っている。


母様(カアサマ)樂采(ガクト)(アマ)いもんねえ」


悧羅(リラ)だけじゃなくてお前たちが(ミンナ)(アマ)やかしてるんだって。だから当たり前に隊舎(タイシャ)に来ちゃったりするんだから」


もう!、と三度(ミタビ)嘆息(タンソク)した忋抖(カイト)に、それは仕方(シカタ)ない、と灶絃(ソウゲン)(ワラ)って樂采(ガクト)の頭を()でた。


樂采(ガクト)可愛(カワイ)いのが(ワル)いんだ。(オトウト)()たらこんな感じなんだろうねえ」


「そこは子じゃないのかよ?」


笑う(シン)にまだまだ良いよ、と灶絃(ソウゲン)玳絃(タイゲン)苦笑(クショウ)しているが(シン)(ツクエ)の上にはいつのまにか仕舞(シマ)われていたはずの文書(モンジョ)が置かれて始めている。


「もしかしたらまだ弟妹(テイマイ)()えるかもしれないし?まあ(オレ)はまだでも玳絃(タイゲン)がどうなるかは()からないけどねえ」


揶揄(カラカ)うように言われて(シン)()やしていいなら良いけど?と言いながら文書(モンジョ)を開き始めたが玳絃(タイゲン)はそうでもなかったらしい。


「ほんと、勘弁(カンベン)して…」


しばらく頭を(ナヤ)ませていることを(ツツ)かれて(シン)の横に置いていた椅子(イス)嘆息(タンソク)しながら項垂(ウナダ)れるようにして腰掛(コシカ)けた。玳絃(タイゲン)が頭を(ナヤ)ませている事が何であるかを知っている(シン)はまあまあ、と(ワラ)うしかない。あまり大きな声で言えることでもないのでそれ以上は灶絃(ソウゲン)揶揄(カラカ)うことをやめたけれどくすくすと(ワラ)えてしまうのは(オサ)えきれないようだ。


「とりあえず樂采(ガクト)は帰ろうか?」


頭を(カカ)える玳絃(タイゲン)(ナグサ)めるように()でながら忋抖(カイト)が言うが樂采(ガクト)(シン)が広げた文書(モンジョ)を見てまだ手伝(テツダ)うと首を()っている。


「しんくんのお手つだいしないとだもん。えいや!も今からでしょ?」


()()(アブ)ないからもう少し大きくなってからって約束(ヤクソク)したよね?父様(トウサマ)手伝(テツダ)いも(マタ)今度(コンド)にしよう?」


「いやっ!えいや行くの!」


忋抖(カイト)が優しく伝えてみるのだが樂采(ガクト)(ホオ)(フク)らませてそっぽを向いてしまう。[えいや]と樂采(ガクト)が言っているのは鍛錬(タンレン)のことなのだが広い鍛錬場(タンレンジョウ)鬼達(オニタチ)稽古(ケイコ)を見るのが樂采(ガクト)近衛隊舎(コノエタイシャ)(カヨ)目的(モクテキ)でもあるのだ。最初に悧羅(リラ)()れられて来た時に鍛錬(タンレン)まで見てしまい余程(ヨホド)気に入ってしまっているらしい。とはいえ(ミナ)真剣(シンケン)鍛錬(タンレン)をしている()では忋抖(カイト)樂采(ガクト)にばかり気を()いているわけにもいかない。近衛隊(コノエタイ)副隊長(フクタイチョウ)としての(ニン)(アズ)かっているのだから忋抖自身(カイトジシン)もより鍛錬(タンレン)()まなければならないし、何より隊士達(タイシタチ)稽古(ケイコ)をつける立場(タチバ)にある。()()樂采(ガクト)()てちょろちょろと走り(マワ)られてしまっては気もそぞろになってしまう。せめて妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)のどちらかが()()ってくれているならまだ安心(アンシン)出来(デキ)るのだが、何分(ナニブン)睚眦(ガイシ)は好き放題(ホウダイ)させてしまうところがある。走り(マワ)樂采(ガクト)(カタ)に乗って鼻唄(ハナウタ)など(ウタ)っている始末(シマツ)なのだから。


【少しばかりの怪我(ケガ)などどうということもあるまいに。(カイ)(アン)()ぎるのだ。小さくとも(オニ)なのだぞ?】


今も灶絃(ソウゲン)(カタ)に乗って、やれやれとでも言いたそうな睚眦(ガイシ)忋抖(カイト)一瞥(イチベツ)を投げるが欠伸(アクビ)(カエ)してくる。


「だから睚眦(ガイシ)()()()()()()()()れてっちゃ駄目(ダメ)なんだって!わざと怪我(ケガ)するように仕向(シム)けたりするだろ?」


(マッタ)くもって(アマ)いものだな。痛みを知らねば(アヤ)ういことも何を()()げるために強くあろうとするのかも分からないままではないか】


「それはそうなんだけど早すぎるって言ってるんだよ。(オレ)だって(トオ)()ぎるまではそんなに()れて来てもらえなかったんだから」


どうにか味方(ミカタ)になってもらおうと()いてみるのだが睚眦(ガイシ)(ハナ)()らしながら(シン)の頭の上に飛び(ウツ)った。


【…(シン)、お前が(アマ)やかして(ソダ)ててきたものだから(カイ)がこれ(ホド)までに甘くなっているのではないか?】


文書(モンジョ)手早(テバヤ)片付(カタヅ)(ツヅ)けている(シン)突然(トツゼン)責任(セキニン)矛先(ホコサキ)を向けられて苦笑(クショウ)するしかない。(シン)が子どもたちに(アマ)いのは里の(モノ)ならば(ダレ)もが知っている。(オニ)であるから、(アヤカシ)であるからとはいえ怪我(ケガ)をすれば()は流れるし痛みも(トモナ)う。子どもたちが自身(ジシン)で進むと決めた道ならば目も(ツブ)れるがそうでないことならば親として気を()むのは当たり前のことだろう。何より子どもたちが傷付(キズツ)いてしまうと悧羅(リラ)の方が(キズ)()ったように悲しんでしまうのだから、ある程度(テイド)子どもたちが(オノレ)自身(ジシン)で決められるようになるまでは(マモ)ってやりたいと思う。子どもたちが(イク)(トシ)(カサ)ねようと、(マモ)るべき血族(ケツゾク)()えてくれる(タビ)にその気持ちは大きく強くなっている。そのためだけに(シン)(オノレ)研鑽(ケンサン)(ツヅ)けているのだから。


睚眦(ガイシ)の言うことも(モット)もだけど、そんなに(イソ)いで大きくならなくったって良いって思ってるからなあ。でないと(サミ)しくなるし(オレ)()(コトワリ)(ウス)くなっちゃうじゃない」


【お前は(アルジ)御為(オンタメ)だけにあれば良いのではないか?】


「それは大前提(ダイゼンテイ)だよ。ただね睚眦(ガイシ)?子どもたちや樂采(ガクト)たちみたいに悧羅(リラ)(マモ)りたいものは(オレ)(マモ)りたいし、何よりも()()()()傷付(キズツ)くとお前の大事(ダイジ)悧羅(リラ)(カナ)しむんだけど、それでも良い?」


(ワラ)いながら言う(シン)睚眦(ガイシ)もそれは(コマ)るな、と小さな嘆息(タンソク)()らしたが、いやしかしだな、とまだ何か言おうとする。それを止めたのはそれまで(ダマ)って忋抖(カイト)(カタワ)らに(ハベ)っていた哀玥(アイゲツ)だった。


大概(タイガイ)にせよ、睚眦(ガイシ)


少しばかり体躯(タイク)を大きくして(シン)の頭の上の睚眦(ガイシ)(クワ)えて()ろすと前脚(マエアシ)(オサ)えつけている。


『…ほんにもうおヌシというモノは…。妲己殿(ダッキドノ)(アルジ)を、小生(ショウセイ)忋抖若君(カイトワカギミ)を、おヌシが樂采(ガクト)小若君(ショウワカギミ)をお(マモ)りすると決めたではないか?いつまでそのように駄々(ダダ)()ねておるつもりなのだろうな?』


蜥蜴程度(トカゲテイド)の大きさにしかなっていなかった睚眦(ガイシ)()まれた(アシ)から(ノガ)れることも出来(デキ)ずにじたばたと手足を動かした。


哀玥(アイゲツ)(ツブ)れる!(ツブ)れる!!】


(モク)しておれば忋抖若君(カイトワカギミ)のみならず旦那様(ダンナサマ)まで(カロ)んじることを(モウ)すとは何とも(ナサ)けないこと。どうやらまた妲己殿(ダッキドノ)小生(ショウセイ)から躾直(シツケナオ)されたいとみえる。どれ早速(サッソク)…』


()みつける前脚(マエアシ)に力を()めていく哀玥(アイゲツ)に待て待て!、と睚眦(ガイシ)哀願(アイガン)している。東王父(トウオウフ)(モト)から悧羅(リラ)と共に(モド)意図(イト)せず眷属(ケンゾク)となった睚眦(ガイシ)はまだ幼子(オサナゴ)のようなところがある。悧羅(リラ)眷属(ケンゾク)となったことや()()(トモナ)事柄(コトガラ)体躯(タイク)奥底(オクソコ)(キザ)みつけられているのだから悧羅(リラ)(マモ)ることに(ツナ)がることには(イナ)やを言わない。そこは良いのだがどうしても悧羅(リラ)以外を(カロ)んじてしまう気質(キシツ)がある。東王父(トウオウフ)とは契約(ケイヤク)(ムス)んだだけであったので主従(シュジュウ)関係(カンケイ)というものがまだよく分かっていないのかも知れなかった。元々(モトモト)(ダレ)(シバ)られていたわけでもなくそれなりに能力(チカラ)も持ち悠々自適(ユウユウジテキ)()ごしていたからのことだとは分かってはいるのだが、どれ程教えてもなかなかモノにしようとしないのだ。話し(カタ)哀玥(アイゲツ)としては(アラタ)めて()しいところなのだがこればかりは(ナオ)りそうにない、と妲己(ダッキ)(ワラ)ってくれているので(シタガ)っているに過ぎない。


『よろしいか睚眦(ガイシ)幾度(イクド)(モウ)しておるが(アルジ)(ゲン)小生等(ショウセイラ)にとりて(スベ)て。(アルジ)(マモ)るとされておられるのであれば小生等(ショウセイラ)(マモ)るべきこと。何より(アルジ)(タツト)ばれておられる旦那様(ダンナサマ)御子方(オコガタ)を共に(タツト)ぶことなど至極当然(シゴクトウゼン)のことだ。(アルジ)忋抖若君(カイトワカギミ)小若君(ショウワカギミ)をお前に(タク)されたことを(ホコ)りだとは思わぬのか?』


【思う!思うぞ?!】


(オモ)うはておらぬと見えるが?』


【今言っているだろう!(マコト)(ツブ)れてしまうぞ!?】


ますます()(ツブ)されそうになって睚眦(ガイシ)(シン)!、と助けを(モト)めたが(シン)面白(オモシロ)そうに(ワラ)っている。傍若無人(ボウジャクブジン)なのは睚眦(ガイシ)なのだからと特に気にしてもいなかったが哀玥(アイゲツ)の話ぶりからして今までも苦労(クロウ)していたことが見てとれた。


「がいちゃんおこられるのがくとのせい?」


目の前で今にも()(ツブ)されそうな睚眦(ガイシ)のことが心配(シンパイ)になったのか忋抖(カイト)(ウデ)の中から聞かれて(シン)はますます苦笑(クショウ)してしまう。


(チガ)うよ、樂采(ガクト)(セイ)じゃない。ほら哀玥(アイゲツ)(オレ)は気にしてないからそろそろ(ユル)してやって」


(トウ)しゃまもがくちゃんおこらない?」


笑う(シン)睚眦(ガイシ)(ハナ)すように(タノ)むと忋抖(カイト)(オコ)っていると思ったのか樂采(ガクト)はまだ心配(シンパイ)そうにしている。少しおろおろとしたような樂采(ガクト)背中(セナカ)(タタ)いて(オコ)ってないよ?、と忋抖(カイト)(ツタ)えるとほっとしたのかにっこりと笑っている。


哀玥(アイゲツ)樂采(ガクト)心配(シンパイ)してくれてるだけだよ?樂采(ガクト)怪我(ケガ)しちゃうと(ミンナ)(カナ)しいし(イヤ)な気持ちになっちゃうからね。だからえいやはもう少し大きくなったらにしよう?」


「だってえ、しんくんも(トウ)しゃまも(アニ)ちゃまたちもえいやかっこいいもん。がくともしたいもん」


「もう少し大きくなったら父様(トウサマ)が教えてあげるから」


「や!しんくんがいい!」


(ナダ)める忋抖(カイト)樂采(ガクト)はまたそっぽを向いた。それだけなら良いのだがまさか忋抖(カイト)でなく(シン)に教えを()いたいなどと言われてしまって忋抖(カイト)は、(ウソ)お、と落胆(ラクタン)してしまう。樂采(ガクト)に選ばれた(シン)は手を()ばされてまた樂采(ガクト)(ヒザ)に乗せたがすぐに両側(リョウガワ)から文書(モンジョ)片付(カタヅ)けられた。


樂釆(ガクト)(オレ)に教えてもらいたいの?忋抖(カイト)が良いんじゃない?」


「や!だってしんくんおつよいもん。(トウ)しゃまはしんくんに負けちゃうんだから」


「それはそうだけど。忋抖(カイト)(スゴ)いんだぞ?里で3番目に強いんだから」


「ええ?そうかなあ?」


納得(ナットク)がいかないように(シン)(ヒザ)の上で足をぶらつかせる樂采(ガクト)忋抖(カイト)はまた嘆息(タンソク)するしかない。


「なんで(オレ)をそんなに(ウタガ)うかなあ?」


小さな(ヒタイ)を指で(ツツ)くと、いつも負けてる、と言われてしまう。確かに鍛錬(タンレン)やその(ホカ)手合(テア)わせをしている時でさえまだ忋抖(カイト)(シン)(オヨ)ばないのは事実(ジジツ)なのだが、どうにか舜啓(シュンケイ)とは(カタ)(ナラ)べられるようになって近衛隊(コノエタイ)両翼(リョウヨク)(ニナ)っている。それなのにこの評価(ヒョウカ)(ヒク)さは何なのだろうと(ワラ)えてもきてしまう。


「がくともしんくんとおんなじのつかうの。(トウ)しゃまも(アニ)ちゃまたちもみんないっしょがいいもん」


大刀(ダイトウ)が良いんだ?」


「うん!かっこいい!」


その姿(スガタ)にまた(オサナ)(コロ)忋抖(カイト)(カサ)なって(シン)樂采(ガクト)()でていると、ならぬぞ!、と睚眦(ガイシ)の声がした。どうやらまだ哀玥(アイゲツ)から(ニガ)してはもらえていなかったようで時折(トキオリ)(ツブ)される!、と(ウメ)いている。


「なにが駄目(ダメ)なのさ?」


少しばかり可哀想(カワイソウ)に思ったのか玳絃(タイゲン)睚眦(ガイシ)(スク)いあげると(ツカ)まらないようにするためなのか(コロモ)の中に身を(カク)した。顔半分だけを玳絃(タイゲン)(フトコロ)から出して、だから大刀(ダイトウ)だ、と言う。


(ガク)には大刀(ダイトウ)は合わぬ。(カマ)にしろ。大鎌(オオガマ)だ】


睚眦(ガイシ)(マタ)おヌシは何を言い出すのだ?大鎌(オオガマ)(アツカ)える(モノ)など()()おりはすまい?』


ずいっと哀玥(アイゲツ)(セマ)られて睚眦(ガイシ)玳絃(タイゲン)(コロモ)の中に完全(カンゼン)(カク)れた。(ツカ)まってしまったら今度こそ()(ツブ)されてしまう。


(ガク)なら出来る、いや、むしろ(ガク)(アツカ)えねばならぬ。(アルジ)にも(ツタ)えたがそれなら()ずから(ツク)ってやると言っていたぞ?】


顔を出さずに声だけを()り上げる睚眦(ガイシ)にその場にいた者たちがへえ、と目を丸くした。悧羅(リラ)()ずから武具(ブク)(ツク)るなど聞いたことが無い。里の鍛冶師(カジシ)たちは(ミナ)(スグ)れたものを造ってくれるし使(ツカ)う者に合わせて(トトノ)えてもくれる。馴染(ナジ)みの鍛治師(カジシ)を見つけたら生涯(ショウガイ)その(モノ)(マカ)せるのが当たり前なのだし、(シン)勿論(モチロン)、子どもたちでさえ悧羅(リラ)から(ツク)ってもらった(オボ)えは無い。(シン)大刀(ダイトウ)も長い()き合いの鍛冶師(カジシ)手入(テイ)れを(タノ)んでいるし、子どもたちも(シン)大刀捌(ダイトウサバ)きに(アコガ)れて同じ武具(ブグ)(エラ)んだため(シン)馴染(ナジ)みの職人(ショクニン)(マカ)せている。何より悧羅(リラ)武具(ブグ)(ツク)れるということも知らなかった。


悧羅(リラ)(ツク)るって言ったの?本当に?っていうか悧羅(リラ)ってそんなことまで出来(デキ)ちゃうの?」


戯言(ザレゴト)など言うか。それに(アルジ)()せぬことなどある(ハズ)もなかろう?】


首を(カシ)げて(タズ)ねる(シン)睚眦(ガイシ)の声だけが聞こえてくる。


(ガク)が使うものならばと言っていたぞ?それにお前とて時折(トキオリ)(アルジ)大刀(ダイトウ)(アズ)けておるではないか。あれがどのようなことなのか知らぬわけではないだろう?】


「いや、たまに見せてって言われるから見せてるだけだよ?」


ますます首を(カシ)げる(シン)睚眦(ガイシ)嘆息(タンソク)だけが聞こえてくる。あのなあ、とまた顔を半分だけ出した睚眦(ガイシ)(アキ)れて大刀(ダイトウ)を出すように言う。言われるままに大刀(ダイトウ)を取り出すと灶絃(ソウゲン)(アブ)ないから、と樂釆(ガクト)を引き取ってくれた。


【よく見てみろ、(ツカ)の部分だ】


(ウナガ)されて使い()れた大刀(ダイトウ)をくるりと(マワ)してから(アラタ)めてみると持ち手の部分に(カス)かに見える小さな(ハス)があった。あれ?、と目を(コス)るがやはりそこに()()はある。言われなければ気付(キヅケ)ない程に小さな()()に触れるとほんのりと温かく(マモ)りの(マジナイ)()けられていることが知れた。


(オレ)(アルジ)()いた時には(スデ)にあったぞ?随分(ズイブン)と古くからあるもののようだが本当に気付(キヅ)いていなかったのか?(ウス)れた(コロ)には()(ナオ)しているというのに…。まあ(アルジ)のことだ。お前に気付(キヅ)かれずとも良いとでも思っていたのか、気付(キヅ)かない程度(テイド)(トド)めていたのかは知らんがな】


睚眦(ガイシ)でも(ハカ)り知れないほどの前からとはいつから(シン)(マモ)られていたのだろう?


気付(キヅ)いてた?、と哀玥(アイゲツ)を見ると小さく(ワラ)って(ウナズ)いた。


小生(ショウセイ)眷属(ケンゾク)()るを(ユル)された(トキ)にはもうございましたよ。()()()()かを御存知(ゴゾンジ)でおられるのは(アルジ)妲己殿(ダッキドノ)だけかと』


「うわあ…。ちょっと(オレ)(ミヤ)に帰ってくるわ…」


大刀(ダイトウ)をぎゅっと(ニギ)って席を立とうとした(シン)駄目(ダメ)!、と忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)が押し(モド)す。


「いやいや!こんなの知って(ツト)めなんてしてる場合(バアイ)じゃないだろ?すぐに行かないと!」


(ツト)める(タメ)(ジカン)なの!」


「だいたい父様(トウサマ)だけ(ズル)いじゃない!」


(オレ)たちだって悧羅(リラ)からの(マモ)りなら(ノド)から手が出るくらい()しいのに!」


「そんなこと言ったって悧羅(リラ)(オレ)のじゃないか。とにかく一回帰ってくるから(アト)忋抖(カイト)舜啓(シュンケイ)(アズ)けても良いだろ?」


嬉々(キキ)とした表情(ヒョウジョウ)(カク)すつもりもない(シン)とそれを必死(ヒッシ)になって止める子どもたちの姿(スガタ)可笑(オカ)しかったのか隊士達(タイシタチ)(ワラ)い出している。それでもどうにか悧羅(リラ)(モト)へ行こうとする(シン)首根(クビネ)っこを、駄目(ダメ)に決まってるでしょ?、と(ツカ)んだのは皓滓(コウサイ)だった。


「…あれ?皓滓(コウサイ)、いつの()に?」


父様(トウサマ)大刀(ダイトウ)夢中(ムチュウ)になってる(アイダ)に、だよ」


無理矢理(ムリヤリ)(シン)椅子(イス)(スワ)らせて晧滓(コウサイ)仕舞(シマ)われていた文書(モンジョ)有無(ウム)を言わさずに(ツクエ)の上に出し始めた。


「いい?父様(トウサマ)父様(トウサマ)近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)なんだよ?母様(カアサマ)(ナカ)が良いのは安心するけど今行ったらまた幾日(イクニチ)(コモ)るでしょ?啝伽姉様(ワカアネサマ)()ない時は(オレ)父様(トウサマ)御目付役(オメツケヤク)なの。しっかりと隊長(タイチョウ)としての責務(セキム)()たしてもらわないといけないんだよ?」


(ツクエ)文書(モンジョ)を広げられて(フデ)を持たされてしまった(シン)が、ええ?、と落胆(ラクタン)しているが皓滓(コウサイ)飄々(ヒョウヒョウ)としたままだ。


「いや、でもさ?(オレ)は今すごくどうしても悧羅(リラ)に会いたいんだよね?どうにか見逃(ミノガ)してもらうってことって出来(デキ)ないの?」


どうあっても今この時に悧羅(リラ)に会いたくて(タマ)らない(シン)(ネガ)ってみるが皓滓(コウサイ)出来(デキ)ないね、と次々に文書(モンジョ)を広げている。


(タシ)かに母様(カアサマ)父様(トウサマ)の者だけど俺たちの母様(カアサマ)だってことも(ワス)れてるわけじゃないよね?母様(カアサマ)直々(ジキジキ)(マモ)りなんてみんな()しいに()まってるんだよ?それこそ(オレ)たちだけじゃなくて民達(タミタチ)此処(ココ)()隊士達(タイシタチ)だって(サズ)けてもらえるならこぞって(ミヤ)()()せたい(クライ)のものなんだからね?」


見てよ?、と()(シメ)されて(シン)(マワ)りを見ると隊士達(タイシタチ)(キョウ)を持っているのか視線(シセン)こそ向けていないものの耳がこちらを向いているのがわかる。


「それはそうなんだろうけど…」


「だから、まずはこの()まった文書(モンジョ)片付(カタヅ)けてからにしてくれる?それから睚眦(ガイシ)樂采(ガクト)をすぐに()れて帰ること!兄様(アニサマ)たちと一緒(イッショ)(オレ)(モド)って(ミンナ)(ソロ)ってから(マモ)りについては母様(カアサマ)に聞けばいいんだからね?」


ほら、と皓滓(コウサイ)が手を(タタ)いて(ミナ)(ツト)めに(モド)るよう合図(アイズ)すると、玳絃(タイゲン)(コロモ)の中に(カク)れていた睚眦(ガイシ)樂采(ガクト)の頭に飛び(ウツ)った。


(ガク)(モド)るぞ】


(カエ)ると言われた樂采(ガクト)はええ?と不服(フフク)そうだが忋抖(カイト)にお昼寝(ヒルネ)は?、と聞かれてしまい悧羅(リラ)との約束(ヤクソク)を思い出したようだ。そうだった、と目を丸くする樂采(ガクト)哀玥(アイゲツ)()忋抖(カイト)が乗せると哀玥(アイゲツ)()げようとする睚眦(ガイシ)(クワ)えている。


妲己(ダッキ)に話があるんでしょ?」


苦笑(クショウ)しながら哀玥(アイゲツ)の頭を()でる忋抖(カイト)睚眦(ガイシ)(アセ)ったような声が聞こえてくる。


【おい待て待て!妲己(ダッキ)だけは勘弁(カンベン)してくれ!】


(クワ)えられたままで悪かった、と繰り返す睚眦(ガイシ)をそのままに哀玥(アイゲツ)忋抖(カイト)()()ってから隊舎(タイシャ)を出ていく。


(カイ)兄様(アニサマ)容赦(ヨウシャ)ないじゃない」


「帰った時の睚眦(ガイシ)の姿が見物(ミモノ)だねえ」


双子(フタゴ)から言われるが忋抖(カイト)樂采(ガクト)の安全が(カカ)っているのだ。睚眦(ガイシ)には少しばかりは哀玥(アイゲツ)の言う(シツケ)とやらを受けてもらった方が良い。


樂采(ガクト)の身の安全があるからね」


(ワラ)いながら忋抖(カイト)(ツト)めを片付(カタヅ)けるために(ツクエ)に向かう。(イマ)だに悧羅(リラ)(モト)(モド)りたがる(シン)の前には何か言うたびに新しい文書(モンジョ)()まれて行っている。


「あんまり聞き()けがないと舜啓(シュンケイ)兄様(アニサマ)の分も(マカ)せるよ?そしたら父様(トウサマ)だけが残って片付(カタヅ)けてよね?(オレ)たちはさっさと帰って母様(カアサマ)とゆっくりしとくから」


舜啓(シュンケイ)忋抖(カイト)(ツクエ)に置かれている文書(モンジョ)二巻(フタマキ)ずつ取って晧滓(コウサイ)(シン)(ツクエ)に置くと、勘弁(カンベン)してくれよ、と(ナゲ)いている。山の様に広げられた文書(モンジョ)片付(カタヅ)け終わるには今日だけでは(ケッ)して()りないだろう。これは今日は悧羅(リラ)()してもらえるかもしれない、と一瞬(イッシュン)考えを(メグ)らせた忋抖(カイト)はもの(スゴ)い勢いで文書(モンジョ)片付(カタヅ)けていく(シン)を見てすぐに無理(ムリ)だと思い(ナオ)した。


「ほんっと父様(トウサマ)がやる気になるのも堕落(ダラク)するのも母様(カアサマ)にだけなんだよねえ。変わらないことで何より何より」


「こんなにゆっくり出来(デキ)るのも母様(カアサマ)がいてくれているからこそのことだしねえ」


(オダ)やか(オダ)やか、と笑い合う玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)(オレ)のだからね?!、と(サケ)(シン)を見やって忋抖(カイト)晧滓(コウサイ)(ワラ)うしかなかった。

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