成就《ジョウジュ》
更新します。
ギリギリラインばかりなのでご注意下さい。
何がどうしてこうなった?
朧げな正気を取り戻すたびに忋抖は自身に問いかけざるを得なかった。靄がかった記憶にあるのは藍琳のことを王母から聞かされたこと。腕に抱いていた嬰児を紳が預かってくれたこと。そして名を呼ばれた瞬間に留めていた想いが溢れてしまって見えた悧羅に口付けてしまったことだ。
だが今のこの状況は何だというのだろう?
忋抖の腕の中に焦がれてやまなかった悧羅がいて、あろうことか自分と情を交わしている。忋抖の手や舌がその細い身体を這う毎にそれに応えて甘い声が聞こえてくる。余りにも受け止めきれない衝撃を受けて意識を飛ばしてしまい夢でもみているとしか思えない。そうでなければ悧羅が忋抖の与える慈しみに応えてくれる筈がないのだから。
そうだ、きっとこれは自分の弱さと欲望が見せている夢に違いない。
正直に言えば想いを押し殺しながら悧羅の側で子として振舞うのも限界だった。だからこそ藍琳にその欲をぶつけて生命まで奪ってしまった。藍琳のことを考えると靄がかっている頭の中が一瞬鮮明になっていく気がしたけれど本当に一瞬のことだ。すぐにまた頭の中に靄がかかって微酔いにも似た面持ちになる。周囲に満ちた甘い匂いが頭の芯を痺れさせてくるような感覚に襲われると、もう目の前の悧羅のことしか考えられない。何かがおかしいと思わないではなかったがそれ以上は考えたくても考えられなくなる。長い間見たくて堪らなかった悧羅の姿がそこにあって自分の腕に収まり忋抖に応えてくれているのだから、今この時に於いて他に優先すべきことなどない。
「 」
時折甘い喘ぎに混じって悧羅が何かを言っているがそれもまた靄がかっているかのように聞こえてはこない。聞こえてくるのは忋抖の慈しみに応える甘い喘ぎと荒れた息づかいだけだ。夢にしては触れる感触も肌の質感も、互いから流れ落ちる汗の感覚も全てがしっかりと忋抖に伝わってくる程に鮮明だ。
夢なら夢でいい。
この悧羅の姿をずっと見たかった。
こんな風に忋抖が与える快楽でよがり乱れて喘ぐ姿を見たくて堪らなかった。それが叶えられているのだとしたら、夢の中だけでも忋抖の想いを誰かが聞き届けてくれたということだろう。であれば今だけは忋抖の思うまま、ずっと秘めていた想いを出し尽くしても許される筈だ。
再び靄がかってきた意識の中で忋抖は欲に従うことを決める。
どれだけの間焦らしたのか既に悧羅の顔は蕩て少し指を動かすだけで甘い声を上げていた。その姿にぞくりとして、引き寄せられるように唇を重ねて貪るように奪いながら手は身体を這わせていく。忋抖の手が細すぎる脚の間に触れると、びくり、と悧羅の身体が震えた。そのまま慈しみ続けると塞がれたままの唇から声が漏れて身を捩っている。
「……ここが弱いの?」
口付けから解放して尋ねるが応えられる余裕の無い表情に忋抖の背中をぞわりと何かが走った。
「じゃあ耐えられないくらい慈しむことにするよ」
微笑んでから悧羅の脚を開かせると逃げられないように細い腰をほんの少しだけ持ち上げて支える。待て、と悧羅の手が忋抖の腕を掴んだけれど待てる筈もない。脚の中心に顔を埋めて吸いつくと甘い声が響いた。その声をもっと聞きたくて舌を這わせ嬲り続けると反り返っていく身体とは裏腹に脚が閉じられようとする。
「だーめ」
閉じかけていた脚を身体で留めて思い切り吸いつくと大きな喘ぎと共に悧羅が昇りつめて大きく跳ね上がった。それでも嬲り続けると忋抖の肩を手で押して腰を逃がそうとする姿が堪なく艶かしくて加減も出来ない。幾度目かに悧羅が昇りつめて果てるといつのまにか身体に廻されていた脚も忋抖を押し戻そうと肩に触れていた手も力無く落ちてぽすりと布団の乾いた音がする。もう、と荒れた息の中から訴える声も聞こえたけれど止まることが出来ずに腰を支えていた腕を離して更に攻める。舌と共に悧羅の中に指も入れて慈しむ速度を上げると耐えきれずにまた身体が跳ねた。休むことを許さずにいると2度3度と続けて跳ねた悧羅は身体を捩ってどうにか強すぎる刺激から逃げ出そうとする。それを引き止めて吸い付くとまた身体が反り返り始めた。
「…あ……、まっ……!」
また昇りつめようとした悧羅に頭を押されて今度は従って顔を上げる忋抖にぐったりと身体を投げ出している姿が見えた。息は乱れ顔だけでなく身体も赤く火照りしっとりと汗ばんでいるのに暗い部屋にあってもその白い肌が仄かに浮かびあがって何とも艶かしい。額や頬に口付けるとそれだけでびくりと身体を震わせている。果てる寸前で止めたのだ。余韻の残った身体が求めるように蠢いて忋抖の身体の奥が疼いた。
「……もう待てぬ……」
ついている両手の中にすっぽりと収った悧羅から震える声で求められてつい忋抖は小さく笑ってしまう。頬を撫でると昂った細い身体がびくりと動く。
「…ああもう…、可愛いなぁ…」
宥めるように口付けるとそれにも身体を震わせる悧羅が愛おしくて目を細めた忋抖に、早く、と悧羅は懇願しながら受け入れるために膝を立てている。それに応える為に当てがってゆっくりと中に入り込んでいくのだが、思っていたよりも狭く締め付けも強い。ふあっと甘い声を上げながら忋抖を受け入れてくれている悧羅の身体が震えながら反り返っていくのを強く抱き締めて腕の中から逃がさないようにしながら初めて入る悧羅の中を確かめるようにゆっくりと奥まで進む。最奥まで到達すると耐えきれなかったのか悧羅が果てた。その刺激でより強く締め付けられて忋抖も持っていかれそうになるが何とか耐える。かたかたと震える身体をぎゅうっと強く抱き締めると忋抖は大きく息を吐いた。
夢であれば醒めないでほしい。
積年の願いが叶えられた充足感に知らず知らずの内に涙が溢れてしまう。
悧羅を1人の女として心に置いたのはいつからだったろう。倭の国から生来の地へ里を移して寝込んだ悧羅を幼心に護りたいと思った。初めての闘技で負けた時もこれでは悧羅を護れないと痛感して悔しくてたまらなかった。何より当たり前に悧羅を傍らに置いて人目も憚らずに慈しめる紳が羨ましくて仕方がなかった。忋抖が悧羅の側に居て容易く触れるためには子という立場であると同時にそれを越えることは許されないことだったから。思い返せばあの幼子の時から羨望を抱いていていつのまにかそれは淡い恋心に変わっていったのだろう。悧羅を想っているからこそ誰とどれだけ情を交わしても満たされることのなかった心の渇きも今この瞬間に潤っていくような気さえする。
これが例え夢であったとしても今まで夢に見ることさえできなかったのだ。心の何処かで背徳感とも罪悪感とも呼べる思いが渦巻いていたからなのは忋抖にだって分かっている。
この想いは決して許されないものなのだと。
だが今こんな夢を見ることを許されたのであれば忋抖はこのまま悧羅を想っていてもよい、ということなのだろうか?
そう思えば叶うことのなかった想いを誰が何と言おうと味方でいる、と言ってくれた哀玥の他にも許してくれる者がいるような気にすらなってしまう。
そんな事などある筈もないのというのに。
満たされていた心に棘が刺さるがそれでもいいと思う。夢にしてはあまりに現実味のある感覚に心の底から醒めないでほしいと願ってしまう。悧羅の中に入ったのに抱きしめたまま動かずに嗚咽を漏らす忋抖の首に細くてしなやかな腕が廻れた。
「…忋抖…?」
艶めいた声で呼ばれては抗うことなどできる筈もない。抱きしめた腕は離さずに顔を上げた忋抖から溢れる涙を悧羅の細い指が拭ってくれる。入っているだけでも先程果てた余韻が残っているのか、その指は小さく震えていた。
「…夢なら醒めないで、って願ってた…」
溢れる涙を止める事もできない忋抖の顔を悧羅の手が包んで引き寄せるとそのまま深く口付けてくる。
「…夢ではない…」
唇が触れる距離で言われて、は?、と忋抖の身体が瞬く間に冷える。ひゅっと息を呑んで咄嗟に悧羅の中から出ようとしたが忋抖をより強く締め付けて悧羅はそれを許さなかった。包んだままの忋抖の顔が真っ青になっていくのを微笑んで見ながらもう一度引き寄せて軽く口付ける。
「…夢などではないよ?そのように怯えることも哀しむこともない。今この時だけは妾は忋抖のもの。其方の思う通りにしてよいのだ…」
そう言われても驚きを隠せない忋抖が、ごめん!、と謝りながら悧羅から離れようとするが為されることはない。中に入ったままの忋抖が出て行かないように引き寄せて深く口付けられては忋抖も動きを止めるしかない。
「…詫びねばならぬのは妾の方じゃ…。其方の想いを知っておったというのに心地良すぎてそのままにしてしもうた。それが其方を苦しめておるということも分かっておったというに…」
すまなんだ、と額を付けてくれる悧羅の身体からどうにか自分を離そうと踠きながら、でも、と忋抖は言う。
「こんなの駄目だよ…。許されることじゃない…。だって俺の母様なんだよ?…何より父様に顔向けできない…」
「そのような些末なことなど思い悩むことなどないえ?何より紳が言い出したこと故」
ふふっと笑う悧羅に、は?、と忋抖は目を見開いた。悧羅を何より慈しみ他の誰であっても触れることも、ともすれば見ることさえも嫌悪する紳が自分以外の者が悧羅にこのように触れることを許すなど考えられることではないしそれは悧羅も同じである筈だ。姉である媟雅が腹に宿った時、長という立場であれば他にも情を交わす者を持ち数多くの子を成さねばならないことを分かった上で紳以外とは何があろうとも情を交わさないと宣言したのは誰もが知る話だ。結果として忋抖を含めた7人の子を授かれたけれど、それは他でもない紳が悧羅の逑となったからだ。紳でなければ悧羅は子を持つことができなかったことは子どもたちなら皆が知っているし悧羅の腹に残る悼ましい傷跡は2人の間にあった事を今でも雄弁に語り続けている。それでも尚再び手を取り合うことを善とした紳と悧羅の互いを求める想いと結びつきが強いことも、そこに入り込む余地がないことも、だ。
「…な…っん…でっ…⁈」
ぐるぐると廻る思考の中でそれだけを伝えながらそれでも忋抖はどうにか悧羅から離れようと試みるのだが腕の中の悧羅は微笑んで首を振った。
「…忋抖は紳にとって特別なのだから、と。それは妾にとりても同じであろう?とな」
「…でもそれじゃあ母様が苦しんじゃうじゃないか…。父様が許したって母様は父様以外とこんな風に肌を重ねたくなんてないはずでしょ…?」
必死に身体を離そうとする忋抖をより強く悧羅は引き止めた。
「…そうだな…、別の者ならば触れられるなど考えるだけでも虫酸が走る。…なれどな、忋抖…」
離れようとする忋抖の首にしなやかな腕を絡ませると悧羅は穏やかに微笑んで見せた。
「其方は妾にとりても特別な者じゃ。血の繋がりや其方が妾の子である、ということを除いてもそれは余りあること。なれど其方が妾を想うてくれる程には想いを返すことなどできよう筈はないのだが。…それでもほんの一時其方のモノになることくらいは善とできる。…それもまた紳が妾に説いてきかせてくれた。見知らぬ者なら任せようとは思わぬが忋抖であるからこそ許すのだ、と笑っておったよ」
ふふふ、と笑われても忋抖はそれを素直に受け取ることができない。このまま突き進んでしまっては、もう後戻りが出来ない所に至ってしまう。そうなってしまってからでは忋抖は紳と悧羅の子であるという揺らぐことのない居場所も失うことになるなのだ。誰に咎められることもなく悧羅の側に侍ることも、当たり前のように触れて惜しむことのない愛情を受け取ることもできなくなってしまう。これまではそう出来ているからこそ、そう出来る立場であるからこそ報われないと分かっていても耐えることが出来ていた。それを失うことになるならばこのまま悧羅を抱けないことなど、またこれまでと同じ想いを抱いて生きていくだけなのだから天秤にかける程のことでもない。子としての顔や振舞いを演じ続けることには疲れてやるせなく思ってしまう時もあるけれど、それで悧羅の傍らに居続けられるのであれば安いものだろう。
今までもどうにか耐えてこれたのだ。
悧羅の中にほんの一時だけでも入れて繋かることが出来ただけで満足すべきだ。
「…忋抖…」
考えあぐねる忋抖の思いを見透すように悧羅が呼ぶと動揺を隠せない眼が悧羅を捕えた。どう動くのが正しいのか判らないという思いを讃えたままの忋砥に悧羅はますます微笑みを深くする。
「紳はの、もしも妾の惑わしに其方が抗うことが出来たならば真を話して忋抖に選ばせよ、とも言うておったに。紳は忋抖を一人の男として尊んでおるよ?…妾を預けてもよいと思う程に。そしてそれは妾とて同じこと。忋抖の想いに真摯に向き合わねばならぬ、との。…故に今こうしておるは妾の意志。忋抖が案ずることなど決して起きはせぬと制約しよう。紳も妾も忋抖の全てを受け入れると決めておる故あとは忋抖次第じゃ。其方の心のままに決めても良いのだよ?」
優しい声音で頬を撫でてくれる悧羅を挟むように置いていた手で忋抖は強く拳を握った。忋抖のことを慮って言ってくれているのは分かっている。それでも悧羅の顔を見ることができずに俯いてしまう。
「…でも、俺は自分で惑わしを解いたわけじゃないよ?母様に言われて正気に戻されただけだ…」
「そうかのう?忋抖は自らのチカラで妾の惑わしに抗うてみせたと思うておるのだが?…何より今この時でさえ妾は惑わしを使うておるに」
言われてみれば確かに周囲には甘い匂いが漂ってはいるが全て解き放たれたものではない。悧羅が本気で惑わしを行使ったならこうして話すことなどできないのは昔一度だけその身を持って知っている。はあ、と嘆息して周りを見渡してみれば此処が何処なのかも分からない。薄暗く寝所以外には遥か上から瀑布のようなものが降ちている。それが御簾の代わりに2人の姿を隠して広がり落ちているだけだ。惑わしの効果が他に漏れないような帷の役割もあるのだろうか?ぐらりとまた頭の芯が痺れ始めて忋抖は急いで頭を振ってそれを追いだしたが身体はそうはいかない。ただでさえ滾り切っているのだ。考えることを止めてすぐにでも動き出したいのを握った拳により力を込めてどうにか堪える。握った掌に爪が食い込んで血が滲むが微かな痛みは忋抖を忋抖のままで居させてくれる最後の砦のように思えた。より強く拳を握ると、これ、と悧羅が忋抖の手に触れた。
「そのように強う握るでない。傷が付いておるではないか」
触れた手がじんわりと熱を持つがそれでも忋抖は決断することができない。唇を噛んで下を向いたままの忋抖の傷を癒すと悧羅は再度忋抖の顔を両手で包んだ。
「忋抖」
穏やかに呼ばれても忋抖は動くことも顔を上げることもできない。
「忋抖、妾を見てはくれまいか?」
するりとしなやかな指で頰をくすぐられて忋抖もそろりと目を開けるが正面から悧羅の視線を受け止めることが出来ずに目を逸らしてしまう。それに小さく笑って悧羅は忋抖を引き寄せた。
「…まっ…!!」
慌ててのけぞろうとするが間に合わない。引き寄せられるままに深く口付けられてしまった。
「…妾は惑わしを使うておる。なれど其方はそれに抗うておろう?今の忋抖は紛うことなき忋抖であるよ?妾の惑わしに抗うてみせる者などそうはおらぬ。…強い男になったな」
艶やかな微笑みを浮かべて悧羅は変わらずに忋抖の頬を撫で続ける。
「…それでも、こんなこと許されないんだ…」
「おやおや、まだそのようなことを申すのかえ?何より忋抖は誰に許しを乞うておる?妾も、…何より紳もとうに忋抖を認め受け入れ赦しておるというに…。他の誰に赦してほしいと申しておるのだろうの?」
くすくすと笑われて忋抖は大きく嘆息した。全身から力が抜けて悧羅に覆い被さりそうになるのを腕に力を込め直してどうにか留まる。けれど抜けた力に呼応するように大粒の涙が溢れてきてしまった。
誰に許しを乞うていたのかなど明白だ。
尊敬する父と敬愛する母。
その2人以外の誰に許されようとも思っていない。
許される筈もないと信じて疑わなかったのだから。
詫びなければならない者はいるけれど。
「…ほんとうにいいの?…俺、このまま母様を愛しく想っていてもいいのかな…?」
「忋抖がそうありたいと想うてくれるのなら妾にとりてこれ以上の誉はない」
「…父様、…軽蔑しないかな…?」
「紳がかえ?可笑しなことを。あれは喜んでおったよ?流石は自慢の子だ、との」
溢れる涙を悧羅が拭ってくれるがとめどなく溢れてきて止めることができない。滲んだ視界では悧羅がどんな表情で自分を見ているのかも知ることができないけれど紡がれる言葉のひとつひとつが温かく忋抖の身体に沁み渡って胸の奥底に深く刺さった棘を溶かし始めてくれる。
「…だけど、踏み込んだらもう戻れない…。もう2度と2人の子どもとしていられなくなるんだ…」
おやおや、と悧羅が苦笑しながら忋抖の瞼に口付けた。
「異なことを…。忋抖は紳と妾の子、それは変わらぬ。なれどそれを越えてしまおうとも忋抖は忋抖であろ?」
ぽんぽんと頭を撫でられて忋抖の身体からますます力が抜けていく。
「子であることは変わらぬこと。こればかりはせんないが容赦してたも」
「…だけど俺は欲深いから…。これを越えたら母様を母様として見れなくなる…。きっとまた我慢できなくなって欲しくなる…」
訴える忋抖に悧羅が首を傾げている。
「欲が深いのは妾の方だな。紳だけでなく忋抖までその身も心も縛ろうとしておるのだから。しかしながら忋抖が妾に縛られるのが嫌だと申すのであれば考えないでもないが…」
「…嫌なわけがないじゃないか…」
そうだ。
嫌だなどと思う筈がない。
嫌だと思っていたなら藍琳を悧羅の身代わりにすることなどしなかった。
だがそうなってしまったら最後、最早抑えていた想いを隠すことはできなくなるだろう。それでは家族にも里の民達にも示しがつかないし、何より悧羅の名声に傷をつけてしまうことになりかねないことが怖くて仕方がない。そう訴える忋抖の首に腕を廻して引き寄せると悧羅は強くその身体を抱きしめた。
「そのような些末なことを悩むことなどない。里の中においても親子であれ兄姉弟妹であれ恋慕し契る者とておるのだから。本来妖とはそういうものなのだが…なれどそうだな…、忋抖がそのように苦しむのであれば妾らのみの秘事とするのはどうじゃろう?」
秘事?、と呟いた忋抖に、そうだ、と悧羅は頷いた。
「忋抖に紳。妲己、哀玥、睚眦と妾だけの秘事」
「…その中では気持ちを隠さなくてもいいの?」
「そうじゃ。なれど覚悟はいるえ?妾は欲が深うあると言うたであろ?」
忋抖が顔を上げると悧羅は少し考え込む素振りを見せている。
「覚悟ってなに…?」
周囲からの侮蔑か嫌悪か、それとも醜聞か。忋抖自身に降りかかるものならばどれだけでも耐えられる。だがそれが悧羅にまで及ぶとなるならばこれ以上を忋抖は望まないし望めない。顔を強張らせながらそう伝えた忋抖に悧羅はくすくすと笑ったまま、2つ、と指を立てて見せた。
「ひとつ。妾を想うてくれておる内は妾から離れることは決してまかりならぬ。それこそ妾が天に還るまで」
「…それ、ずっと側に居ていいって言ってくれてるのと同じだよ…」
目を見開いた忋抖が震える声で言うが悧羅は小さく肩を竦めるばかりだ。
「おや?嫌かえ?ならば考え直さねばならぬではないか」
悪戯に笑っている悧羅に釣られて忋抖も吹きだしてしまった。ようやく涙の止まった忋抖が抗うことを諦めて悧羅の頬に触れる。
「嫌だなんて言うわけないし思うわけもない。俺にとってはすごく倖せなことだもん」
悧羅の額に口付けて、誓うよ、と忋抖も言う。
「じゃあもうひとつは?母様は俺に何の覚悟を強いてくれるのかな?」
想いを隠さずに側に居ていいと言ってくれただけで他にどんなことを強いられても良いと思えてしまう。それほどの安らぎを与えてもらえたのだから、何を言われたとしても構わない。悧羅がしてくれていたように頬をくすぐるように撫でながら次の言葉を待っていると、ようやく目の合った忋抖の唇に悧羅の指が当てられて、それだ、と笑った。
「こうしておる時に母と呼ばれるはどうにも、な…。名を呼ぶことにしようか?」
途端に忋抖の動きが止まった。悧羅の名を呼ぶことが出来るのは限られた者たちだけだ。けれどその中で慈しみを込めてそう呼ぶことができる者は紳だけ。それを忋抖にも許すということ……、それはつまり忋抖を本当に受け入れるという想いの表れと同じことなのだ。
「…それはあんまりにも俺に甘過ぎないかな…?」
「そうかえ?なれど其方の想いを知っておるというに、いつまでも母と呼ばせておる方が酷じゃと思うただけなのだが…。ならぬかの?」
首を傾げて見せた悧羅に忋抖は勢いよく首を振った。
「駄目じゃない!駄目じゃないけど俺みたいなのに褒美が過ぎてるから」
慌てる忋抖が余程可笑しかったのか、悧羅が声を上げて笑う。
「ならばよいではないか。して忋抖?」
笑いを堪えながら悧羅がするりと忋抖の顔に手を伸ばした。
「妾から申さねばならぬことはこれで全てなのだが…。あとは忋抖がどう在りたいかだけじゃ」
艶やかに微笑まれて忋抖は三度大きく息を吐いた。本当は他にも考えなければならないことがあるのは分かっている。それでも今はこの甘美な誘いを受け入れて悧羅に堕とされてみたい。解いていた腕を悧羅の細い身体に廻して強く抱きしめると悧羅もまた優しく抱き返してくれた。
「…なんかもう…、俺このまま死んでも良い…」
「おやまあ、先刻離れることは許さぬと言うたというに。もう誓いを捨ててしまうのかえ?」
「それだけ倖せだってことだよ。…でも本当にいいの…?」
「まだそのようなことを申すのか。妾は忋抖の気持ちを尋ねておったと思うたのだが、これでは何も変わらぬではないか」
やれやれ、と嘆息した悧羅の耳に、もう決まってるよ、と忋抖が顔を近付けて囁いてより一層抱き締める腕に力を込める。そのまま悧羅を押し付けるようにすると悧羅が息を呑んだ。幾度も果てさせられた挙句、入り込まれたままで動かれず熱を持っていたのだ。焦らされ続けていたようなものなのだから小さな刺激でも背中を官能が走っていく。腕の中の悧羅が身を捩るのを見やってから忋抖も勢いをつけて動き出すと、すぐ側で悧羅の甘い声が聞こえてきた。細い身体を逃がさないように強く抱きしめたまま攻め続けると次第に悧羅の身体が反り返ってくる。話し始める直前迄焦らして、果てる寸前で留めていたのだから苦しかっただろうに忋抖の想いを先に考えてくれた。忋抖が後悔も罪悪感も背徳感さえも感じずに済むように、一言一言を選びながら伝えてくれた。悧羅がくれた言葉はすべからく忋抖が間違いなく長い間切望していたものだった。腕の中で跳ねるように果てた悧羅を休ませることなく突き上げ続けると、幾度も果てて大きくなる甘い喘ぎの中から、しばし待て、と懇願する声も聞こえてくる。それでも止まってやることなど出来る筈もない。
動き続けながら抱きしめていた腕を解いて投げ出されていた悧羅の両手に自分の手を絡ませて押し付けると、抱きしめたままでは見ることが叶わなかった悧羅の顔がはっきりと見えてますます忋抖の箍が外されてしまう。果てさせられ続けて強く閉じられた瞼には涙が滲んでいた。溢れ落ちそうな涙を舌で舐めとると薄らと瞼が開けられて忋抖を捉える。
「……あ…っ、…忋…っ!」
動きを止めない忋抖に翻弄されながら荒れた息と喘ぎの中から名を呼ぶ唇が艶かしくて忋抖も乱暴に口付けてしまう。貪るように口内を弄びながら動きを速めるとくぐもった声と共に悧羅がまた果てた。その締め付けがあまりにも強くて忋抖も堪え切らずに欲を吐き出してしまうとその刺激でも悧羅の身体が震えている。全ての欲を悧羅の中に吐き出してから口付けを解くと互いの荒れた息の音だけが聞こえてくる。とろりとした悧羅の顔も、しっとりと汗で濡れて紅く火照った身体もずっと見たくて堪らなかったものだ。
もっと見ていたい。
もっと聞いていたい。
もっと乱れて強く自分を求めて欲しい。
息を整える刻さえ惜しくて汗で濡れた首筋に吸いつくとまた悧羅の甘い声が場に響く。しなやかな身体を沿うように撫であげてからころりと悧羅だけを返すと中に入られたままで向きを変えられて悧羅が小さく震えている。返した腰を片手で持ち上げて支えながら突き上げ始めると悧羅も耐えるように布団を掴んだ。その背中から突き上げる度にはらはらと長く艶やかな髪が剥がれ落ちて忋抖の目に鮮やかな蓮の華が飛び込んでくる。左肩にだけ咲いていた華は悧羅が窮地に陥る毎に王母によって戯れのように増やされ、今では蕾も含めれば背中の半分を占めている。幼い頃には当たり前のように触れられていた華に触れられなくなったのはいつからだったのだろう。
浮かび上がった汗を纏ってまるで朝露が滴り落ちているような華にそっと触れてからひとつひとつを確かめるように口付けて舌を這わせる。それだけでも喘ぎが大きくなるのにまだ聞きたくて堪らない。突き上げながら空いた手を悧羅の脚の中心に当てて動かし始めると、びくり、とまた反り始めた。
「……っ!同じ、くは…っ」
布団を掴む力とともに身体を強張らせるのも伝わってきて、忋抖はその背中に覆い被さった。顔も布団に押し付けて自分が逃げださないようにしているのだろうが、それもまたいじらしくて堪らなくなってしまう。見えている耳を噛んでみるとより身体が強張って締め付けも強くなる。
「…力抜いて?…悧羅」
そっと囁いた忋抖の声に悧羅の身体が強く跳ねて果てた。
「力抜いてって言ったのに逆じゃない?」
「そうは…っ言うても…っ」
果て続ける悧羅を見ながら攻め立て続けると何度も喘ぎの中から、待て、と願われる。都度、待てない、と苦笑しながら伝えて悧羅の脚が小さく痙攣しだすとようやく忋抖も2度目の欲を悧羅の中に吐き出した。震えながら受け止めてくれている悧羅を抱き上げると焦るような声が漏れ出してくる。
「あ、いまは…っ」
「だーめ」
抱き上げて向かい合わせに膝の上に座らせると悧羅を強く抱きしめて押し付ける。未だ忋抖の欲を受け入れながら果てている最中に最奥まで入り込まれた悧羅はまた容易く昇りつめてしまう。
「駄目だよ?逃さずに全部呑んでね?」
より押さえつけて動き出そうとする忋抖の頬に悧羅の指が触れて名を呼ばれた。動きたいのを止められて頬を膨らませると、このままで良いから、と悧羅が聞くように促してくる。
「もう、なあに?」
仕方なく動きを止めた忋抖には悧羅も小さく笑うしかない。
「…忋抖、妾はまだ其方の覚悟を聞いてはおらぬよ?」
「え?今更?」
ここまでの行動を見れば明らかではないか、と苦笑する忋抖に悧羅は静かに首を振って見せる。
「ならぬ。妾とともに在るということは倖なことばかりではない。妾はひとりしか居らぬし契りを結んだ紳は妾にとりて唯一無二の伴侶。こればかりは其方にどのように乞われようとも変えてやることは叶わぬ。それ故にこれまでよりも辛く苦しい想いを強くことになるは明らか。…なれど忋抖がほんに妾の側を望むと言うてくれるのであれば、妾も紳もこれから来る其方の業をすべからく共に背負うてゆくと決めておる。だがそれには忋抖がどう願うのかどう在りたいと思うておるかを詳らかにせねばならぬのだ」
触れられた指先が冷えて震えている。その手を包んで温めながら、確かにねえ、と忋抖も呟いた。
「確かにそうだねえ、人目も憚らずに慈しむなんてこと父様以外に出来ないことだしねえ」
くすくすと笑いながら包んだ指を噛むと身体を震わせながら、これ、と悧羅が嗜めてくる。
「…妾は揶揄うておる訳ではないのだえ?」
指だけでなく掌に口付け始めた忋抖を更に嗜めるように悧羅が言うが忋抖は、分かってるよ、と悧羅の身体に口付けながら舌を這わせている。忋抖、と再び名を呼ばれても忋抖の動きは止まらない。これ、ともう一度嗜めた悧羅を押し付けて深くなかに入り込むと同時にその唇を奪う。口付けたままで抑えつけながら動くとくぐもった声がする。そのまま動きを激しく強くすると身を離そうとしていた悧羅の腕が首に廻されて開かれた脚も忋抖にしがみつくように絡んできた。
これだけで充分なんだけどなあ。
思いながら更に勢いをつけて突き上げると耐え切れずに悧羅が口付けから逃げた。しがみつかれてすぐ近くで悧羅の甘い声が聞こえて忋抖も追うようにその口を塞ぐ。あまりに激しく求められるのが苦しいのか、時折息を継ぐように離れる悧羅から名を呼ばれるが忋抖はその度により深くより強く攻め立てる。幾度果てさせても身体が逃げられないように反り返ることも禁じられた悧羅が、忋抖!、と強く呼ぶまでそれは続けられた。
「もう!」
不服そうな忋抖に、頼むから、とぐったりと身体を預けるしかない悧羅に大きな嘆息が降った。預けられた身体は既に忋抖が支えてやらなければ姿勢を保つこともできないのは、かたかたと震え続ける姿が物語っている。
「…もしかして…、限界かな?」
震える顔を包んで上向かせると今にも意識を手放してしまいそうな蕩けた眼が忋抖を見ている。
「…覚悟を聞かせてくれるならばどれだけでも其方の思う通りに扱うて構わぬ…。なれどこのままではならぬのだ…」
荒れた息の中から訴えられて忋抖ももう一度大きく嘆息してしまう。
「…敵わないなあ…。父様の気持ちが嫌になるほど分かっちゃうよ」
「…今は…、忋抖の想いが知りたいのだ」
大きく息をしてどうにか呼吸を整えようとする悧羅に、うん、と忋抖は軽く口付けた。
「分かった。ちゃんとしなきゃ駄目だよね」
軽い口付けだけでも果てようとする悧羅が心底愛おしいと思えてしまう。こんな想いなど悧羅が受け入れてくれなければ、紳が許してくれなければ長い鬼の一生の中でも決して味わうことなど出来なかっただろう。忋抖を忋抖として尊びその心のままに選ばせてくれる事には感謝しかない。であればこそ2人に対して誤魔化しを伝えるなどあってはならないことだ。
「俺は決めてるよ。父様が…悧羅がそのままでいいって言ってくれたんだから迷うことなんてないじゃない。人前で慈しめなくたって、愛しいって言えなくったって良いんだ。…ただ悧羅の側に居て触れられるってだけで他に何も怖いことなんてないんだからさ」
あーあ言っちゃった、と忋抖は空を仰いだ。
「ずうっと隠して生きていくんだと思ってたのになあ…。こんなとんでもない御褒美があるなんて思ってもなかったんだ…。ほんっと降参、参っちゃった」
言葉にしてしまえば何と愚かなことだろうと情けなくもなる。見透されていても夢ではないと気付かされた時に知らぬ存ぜぬを突き通せば良かったのかもしれない。そうすれば苦しむのは自分だけで紳と悧羅を巻き込まずに済んだ筈だ。それでまた忋抖が藍琳のような者を出してしまったとしても忋抖だけが業を背負っていけば何も変わらなかったのに。
「…ほんっと俺は弱いなあ…」
漏れ出た声は虚しく場に響いたけれど次には顔が包まれて目の前に愛おしい悧羅が見えた。
「誰が弱いのだ?」
顔を包む手も身体も震えているのにその声は強くしっかりと忋抖に届く。
「誰ぞ忋抖を弱いと申すのか?」
「…いや、誰がって訳じゃないけど…。隠し切れなかったわけだし。…藍琳のこともあるし」
潤んだ目で見つめられて忋抖が頰を掻いてしまうと、ぱちり、も両頬を軽く叩かれた。
「そのような事を申すでない。妾らこそ其方を追い詰めた。逃げられぬ程の暗く深い闇の中に其方を落とし込むところであったのだ。ようやく手を差し伸べられてもそれを取るか否かは其方に委ねる他になかった。なれど其方は手を取ってくれたではないか。逃げようと思わば逃げられたというに、だ」
「それは、まあ…。この状況では無理だったってだけなんだけど…」
苦笑する忋抖の両頬がまた叩かれるが震えて力の入らない手ではただ触れられているのと変わらない。
「よいか、忋抖。其方は己を弱いというがそれは違う。真、弱い者はどのような場であれ己に向き合わず逃げ続ける者のこと」
包まれた手に自分の手を重ねて忋抖は紡がれる言葉を待つ。
「なれど其方は向き合うた。なればこそ今こうしておれるのだ」
それには、うん、と忋抖も頷くしかない。
「今こうしておることを其方が少しでも悔いるのならば、こうあるのはこの時ばかりにすることもできる。それ故に覚悟を要するのだよ」
「…それは嫌かなあ…」
「ならば己が弱いなどと嘆くでない。其方は紳と妾が認めた強き男なのだから。ほれこの際言うてみるが宜しかろう。忋抖が欲しゅうて堪らなんだは何ぞ?忋抖が心から望むのはどのような在り方なのじゃ?」
包んでいた手を離して忋抖は胸に収まったままの悧羅を強く抱きしめる。
欲しいものなどずっと昔から一つだけだった。
「…悧羅が欲しい…。でも悧羅の心は父様のものだから、ほんとにたまにで良いからこうして俺に悧羅を頂戴」
それ以外に多くを望まないから、と願う忋抖を優しく悧羅も抱き返した。
「ほんに欲の無いことよ。…まあそこをどのようにするかは戻った時に紳と語り合うが宜かろうて。酒でも酌み交わしながらゆるりとの」
「一発二発は本気で殴られる覚悟もしとく」
「それは致し方あるまいよ」
くすくすと笑う悧羅に忋抖も笑うと深く口付ける。
「でもまずは悧羅を堕とさないとだね?…限界でしょ?」
言うなり動き出した忋抖を甘い声が、急くな、と嗜めてくるがもう止まることなどできない。ひたすらに翻弄し続けるとまた昇らせられて果てさせられる悧羅の身体が、がくがくと痙攣し始めた。絡みつく腕と脚も冷たくなり過ぎてそれが悧羅の限界を忋抖に教えてくれる。より最奥に届くように押さえつけて突き上げる速さと強さの勢いを増すと荒れ果てた息の中から、もうっ、と小さな声がした。
「うん、いいよ?でも目が覚めたらもう少しだけ俺のものでいてね」
言うなり最奥で欲を吐き出すと待っていたように悧羅の身体が一際大きく跳ねると、すとん、と忋抖の胸に収まった。意識を手放した悧羅の無防備に預られた姿につい笑みが溢れてしまう。
「これくらいじゃ全然足りないんだけどなあ。…抱き潰して戻ったらどんな目に合わせられるか分かったもんじゃない。ああ怖っ!」
悧羅を胸に預かったままでごろりと布団に倒れこんで、また忋抖は、あーあ、と呟いた。けれどそれは嘆くためでも悔やむためでもない。
「倖せすぎて戻りたくないや」
ひとりくすくすと笑いながら忋抖は眠る悧羅を強く抱きしめた。
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