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悔恨《カイコン》

更新します。

目にしたのは(ヨコ)たわる藍琳(リンリー)の姿だった。(シキ)に手を()かれて来たはいいが何か手伝(テツダ)って()しいことでもあるのだろう、くらいにしか思っていなかった。女官(ニョカン)の力では(ハコ)べないものか、(トド)かないところに手を()ばして()しいくらいのことだろう、と。あながちその(カンガ)えが間違(マチガ)っていたようでもないが、今目の前に見えている光景(コウケイ)は何だ?酒を取りに来た(ハズ)藍琳(リンリー)(ユカ)()しており苦しいのか(ウメ)く声も(カス)かに聞こえてくる。懸命(ケンメイ)に動く指がどうにか身体(カラダ)を起こそうと(モガ)いているようだ。


藍琳(リンリー)!」


(ホウ)けている場合(バアイ)ではない。(イソ)いで()()って()()こしたのだが、手が()れた途端(トタン)(ウメ)きは(サケ)びに変わった。(アワ)てて手を(ハナ)してしまったので藍琳(リンリー)身体(カラダ)(ユカ)(スベ)り落ちてしまい、また(サケ)ばせてしまう。


「ごめん!っていうかどうした?何処(ドコ)(イタ)むの?!」


()ばそうとした手をぐっと(コラ)えて(タズ)ねると、(マブタ)をきつく閉じたままで力無(チカラナ)く首を()ってみせる。


「だい、じょうぶで、す……」


「そんなわけないでしょ?!何処(ドコ)が痛むの?!」


(コエ)から忋抖(カイト)(アセ)りが伝わるが藍琳(リンリー)にはそれだけ伝えるのが今は精一杯(セイイッパイ)なのだ。それに(イツワ)りを言っているわけでもない。何処(ドコ)が、ではないのだ。全身(ゼンシン)()()かれるように(イタ)るところが(イタ)んでいるのだから。()()けば場も(ワキマ)えずに(サケ)び続けて容易(タヤス)意識(イシキ)手放(テバナ)しているだろう。

だが、()()()()()()()()()()()少し休めば(オサマ)(ハズ)だ。


ほんの少しの(アイダ)だけ()えれば良い。

()えることには()れているのだから、これくらいの痛みなど(タイ)したことはない。

何より忋抖(カイト)にこれ以上の心労(シンロウ)をかけたくない。


必死(ヒッシ)()えて呼吸(コキュウ)(トトノ)えようとしてはみるのだが上手(ウマ)くいかない。()()()()()()()(スデ)に消えていいほどの(ジカン)()っているのに。考える(アイダ)にも(イタ)みは(オサマ)るどころか強く(ハゲ)しくなる。(タマ)らずに(サケ)んだ藍琳(リンリー)と、此方(コチラ)へ!、と哀玥(アイゲツ)の声が(カサ)なった。()れることを躊躇(タメラ)忋抖(カイト)を、お早く!、と哀玥(アイゲツ)叱責(シッセキ)する。


躊躇(タメラ)っておる(トキ)ではございません!』


三度(ミタビ)声を()り上げた哀玥(アイゲツ)(シタガ)って忋抖(カイト)覚悟(カクゴ)を決めるしかない。


(コラ)えてくれよ」


()れた途端(トタン)(サケ)藍琳(リンリー)()きあげると(サキ)に走り出した哀玥(アイゲツ)(アト)()う。廊下(ロウカ)()けて(ヤシキ)の中の部屋(ヘヤ)(イク)つか通り()ぎると2匹の(カエル)が、早く早く!、と1番(オク)部屋(ヘヤ)(マネ)き入れた。


若君様(ワカギミサマ)!早く!」


「早く藍琳(リンリー)ちゃんを(ヨコ)にしてあげて!」


()かされるままに()かれていた布団(フトン)藍琳(リンリー)を横たえると蛙達(カエルタチ)が少しでも(ラク)になるように、と(コロモ)(ユル)め始めた。その間も動かないことは出来ないのだろう。(サケ)びながら()(ヨジ)った藍琳(リンリー)が、どうにか(コラ)えようと布団(フトン)(ニギ)()めた。


藍琳(リンリー)ちゃん!おっきく(イキ)して!」


「ゆっくりゆっくり、だよ!!」


蛙達(カエルタチ)の声に後押(アトオ)しされて藍琳(リンリー)も言葉通りに呼吸(コキュウ)が出来るように(ツト)める。根気強(コンキヅヨ)く声を()(ツヅ)けてくれる蛙達(カエルタチ)に合わせても(イキ)をすることさえ苦痛(クツウ)(オソ)う。()える間に()き出た(アセ)(コロモ)だけでなく布団(フトン)までも重くした(コロ)になってようやく()()かれる(イタ)みが、とめどなく()(ツラヌ)かれるようには変わってくれた。どうにかきつく()じていた(マブタ)を開けることもできたが視界(シカイ)(カス)んでぼんやりとしか(ウツ)らない。(マワ)りを見渡(ミワタ)すこともできないけれど蛙達(カエルタチ)哀玥(アイゲツ)(カタチ)は分かった。心配(シンパイ)をかけてしまったようで、(カゲ)がすぐ(チカ)くでゆらゆらと()れている。


藍琳殿(リンリードノ)!』


藍琳(リンリー)ちゃん!!」


目を開けた藍琳(リンリー)に気づいて3人が同時に(コエ)()けてくれた。


大丈夫(ダイジョウブ)だと伝えなければ。


声を出そうとして3人から()けだすように忋抖(カイト)(カゲ)が見えた、と同時に藍琳(リンリー)の中でナニかが()ねた。その瞬間(シュンカン)にこれまでの(イタ)みが何のためだったのか、(スベ)てが()()()()()()()()()()


ああ、()()()()()()()()()()()


()かってしまえば(イタ)みなど、もうどうでもよかった。()()()()()()()不可欠(フカケツ)だというのなら、どれだけでも()えぬける。


藍凛(リンリー)がひとり納得(ナットク)している間も蛙達(カエルタチ)が名を()び続けた。


藍琳(リンリー)ちゃん!」


(ミンナ)ここにいるよ、藍琳(リンリー)ちゃん!!」


幾度(イクド)()び続けた声はようやく(トド)いたのか(カス)かに藍琳(リンリー)(クチビル)が動いたが何を言っているのかは聞き取れない。


若君様(ワカギミサマ)藍琳(リンリー)ちゃんが何が言ってる」


「でも聞こえないの。若君様(ワカギミサマ)なら聞こえるかな?」


2人に(ウナガ)されて、何?、と忋抖(カイト)口元(クチモト)に耳を()せたがあまりにか(ボソ)くて聞き取れなかった。(イタ)みを(ツヨ)くしないように気を付けながらもう少しだけ耳を近づけてみたが、やはり聞こえない。であれば(クチ)の動きを見れば分かるかもしれない。耳を近づけるのを(アキラ)めて(カス)かな(ウゴ)きを読めるように見つめると、(クチビル)がゆっくりと形を作った。


(マモ)……って]


(ダレ)を?、と忋抖(カイト)は首を(カシ)げた。()()藍琳自身(リンリージシン)のことを言っているのなら、今でも(マモ)っていると思う。藍琳(リンリー)(ノゾ)む形ではないだろうがヒトの子の中に(モド)すまでは(マモ)り続けるつもりではいる。忋抖(カイト)にとっても都合(ツゴウ)がいいということは別にしても、勝手(カッテ)我儘(ワガママ)()れ出しておいて()て置くようなことはしようとも考えていない。


大丈夫(ダイジョウブ)だ。藍琳(リンリー)がヒトの子の中に(カエ)るまではちゃんと(マモ)るよ?」


伝えてみたが安堵(アンド)した(ヨウ)には見えなかった。


何かを間違(マチガ)えているのだろうか、とも思ったがそれ以上(クチ)が動くことがない。(サケ)びはしないがまた布団(フトン)を強く(ツカ)んで(ウメ)き始めた藍琳(リンリー)をどうしてやることもできずに(タダ)見守(ミマモ)るしかない忋抖(カイト)は、そこで初めて、あれ?、と思った。目の前で(ウメ)いている身体(カラダ)片鱗(ヘンリン)()けているかのように(ウス)くなっていくように見えたから。


見間違(ミマチ)がえたか?、と目を(コス)ってみたが見える景色(ケシキ)は変わらない。それどころか布団(フトン)(ツカ)んでいた(ハズ)の手が()()()()()()()()()


「……え?何これ……?何が起きてんの!?ちょっと、藍琳(リンリー)!!」


(アワ)てて身体(カラダ)()れようとしたが忋抖(カイト)(ウデ)()()()()()()()()藍琳(リンリー)()()けて布団(フトン)に当たった。当たった(テノヒラ)()やりとした(アセ)感触(カンショク)はある。その感覚(カンカク)に、ぞわりとしたモノを感じて忋抖(カイト)咄嗟(トッサ)(ウデ)退()いた。


藍琳(リンリー)姿(スガタ)()()()()()()()

(ウメ)く声がまた(サケ)びに変わったのも聞こえている。


なのに何故(ナゼ)()れることができないのだ?


「どういうこと……?何が起こってるっていうんだよ……?……ねえ!哀玥(アイゲツ)!!」


目の前でどんどん(クズ)れていく姿(スガタ)()えきれなくなって忋抖(カイト)(サケ)んでしまう。(アキ)らかにヒトの能力(チカラ)では起こし()ないことが目の前で起きている。いや、(タト)(アヤカシ)であったとしてもヒトの子ひとりを()一滴(イッテキ)(ナガ)さずに()すことなどできはしない。出来(デキ)るとすれば()()(アヤカシ)能力(チカラ)さえも超越(チョウエツ)した別の()()()だ。何が起こっているのかもわからないのに藍凛(リンリー)姿(スガタ)(チリ)が流れるかのように少しずつ(ウシナ)われていく。


「ちょっ……と()ってよ……」


()っていく形をどうにか(トド)めようともう一度手を()ばしてみるが、やはり()れることは出来ない。ともすれば部屋(ヘヤ)(アカリ)()されながら抖忋(カイト)の手をすり()けて上へ上へと()い上がって消えていく。


(サケ)(ツヅ)ける姿は()()()()()のにどんなに足掻(アガ)いても(トド)()くこともできず、あまりの無力(ムリョク)さに忋抖(カイト)はどうすることも出来ない。


「何で?なんでこんなことになってんの?……藍凛(リンリー)はこのまま消えるっていうの?」


(ツカ)むことも出来ないのは分かっているのに()い上がる(チリ)の上で(コブシ)(ニギ)ってしまう。


「ちょっと()ってくれよ……、哀玥(アイゲツ)!どうにかできないの?!」


無言(ムゴン)のままで(カタワ)らに()したままの哀玥(アイゲツ)(スガ)るような視線(シセン)を向けたが、ゆっくりと(コウベ)()られただけだ。


「そんな、どうしたら良いんだよ……」


愕然(カクゼン)とした忋抖(カイト)(カタ)に、とん、と手が()かれた。藍琳(リンリー)か?、と急いで視線(シセン)(モド)したが藍琳(リンリー)()()()()()()()藍琳(リンリー)の手は(スデ)に消えてしまっているのだから。では(ダレ)だというのだろう。(オキナ)の手にしては大きいし、孫娘達(マゴムスメタチ)藍琳(リンリー)側近(ソバチカ)くで(コエ)()け続けている。哀玥(アイゲツ)前脚(マエアシ)とも(チガ)う。ゆっくりと手を置かれた(ホウ)()()いて、なんで?、と忋抖(カイト)(ツブヤ)いてしまった。


そこには()(ハズ)のない悧羅(リラ)がいたから。


悧羅(リラ)見上(ミア)げる忋抖(カイト)(ヒタイ)(コシ)(カガ)めて自分の(ヒタイ)をつけてくれる。長い薄紫(ウスムラサキ)(カミ)がさらりと流れて落ちて忋抖(カイト)身体(カラダ)をくすぐった。そのまま両手で(ホオ)(イタワ)るように(ツツ)んで()でてくれる。


「……せんなきことよな、忋抖(カイト)


目を見開(ミヒラ)いたまま(カタ)まっている忋抖(カイト)(オダ)やかで(ヤサ)しい声が()る。


「何がなんだかわからないんだ、どうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。母様(カアサマ)なら()ってるの?」


「……そうさの……、ひとつは()()()()()()うてもよろしかろう。なれどもうひとつは(ワラワ)とてどうしてやることもできぬ……」


(ホオ)(ツツ)んだままで(ヒタイ)(ハナ)した悧羅(リラ)に、そんな、と忋抖(カイト)愕然(ガクゼン)とする。青白(アオジロ)()()退()いた忋砥(カイト)(ホオ)から手を離すと、悧羅(リラ)はゆっくりと藍琳(リンリー)(チカ)づいた。()()()()いた時には聞こえていた(イタ)(ホド)(サケ)びも今はもう聞こえない。


声を出す(チカラ)(ウバ)われたか。


見ている(サキ)でも(チリ)となっていく速さが()している。(イタ)ましい光景(コウケイ)(ヒソ)かに眉根(マユネ)()せて嘆息(タンソク)した悧羅(リラ)(チリ)の中に(ウデ)()ばして小さな鬼火(オニビ)を出すと(クズ)()てている身体(カラダ)片鱗(ヘンリン)に当てる。鬼火(オニビ)(チリ)と混ざって(ウス)(カベ)となり(ノボ)っていく(チリ)をその場に(トド)めてくれた。


「ほんの一時(ヒトトキ)なれど一言(ヒトコト)()わすほどには()つであろ」


忋抖(カイト)(トナリ)(トオ)()ぎながら悧羅(リラ)が言うのと同じくして藍琳(リンリー)が、忋抖様(カイトサマ)、と(クチビル)を動かした。(ハジ)かれるように身体(カラダ)()せた忋抖(カイト)の目に半分(ハンブン)(クズ)れさった(カオ)(オダ)やかに微笑(ホホエ)藍琳(リンリー)(ウツ)った。


藍琳(リンリー)ごめん。(マモ)るってヒトの子の中に(カエ)してやるって言ったのに、(オレ)……」


「……藍琳(リンリー)(シアワ)せでございました……」


言葉に()まった忋抖(カイト)藍琳(リンリー)が伝える。その声は(アマ)りに(ホソ)弱々(ヨワヨワ)しいのに何処(ドコ)微笑(ホホエ)んでいるようにも聞こえる。でも、と()(ヨド)忋抖(カイト)に残った顔で藍琳(リンリー)(オダ)やかに(ワラ)う。


「……(クル)しい場所から(アタタ)かい(トコロ)へ手を()いて()れてきてくださった……。今()()()でさえ(アタタ)かい方々(カタガタ)(ソバ)にあって……。ほんとうに……」


言葉を(ツム)藍琳(リンリー)の姿がまた()らぎ始めて(ムラサキ)(カベ)とともに(チリ)(ノボ)りだした。


「……貴方様(アナタサマ)御側(オソバ)にいれて(シアワ)せでございました……」


藍琳(リンリー)、待って……!」


(タマ)らずに忋抖(カイト)藍琳(リンリー)(ホオ)()れた、その刹那(セツナ)(ノコ)っていた藍琳(リンリー)身体(カラダ)(スベ)(チリ)となって忋抖(カイト)(ツツ)んでいく。


[どうか泣かないで]


身体(カラダ)()おり過ぎていく(チリ)の中から藍琳(リンリー)の声が(ヒビ)いて、ふわりと(ヤサ)しく()きしめられたように思えたが忋抖(カイト)は消えていく(チリ)をただ見上げていることしかできない。


「……(ウソ)……、なんで……?」


ようやく(シボ)りだした忋抖(カイト)の声に(コタ)える(モノ)(ダレ)もいない。

()()()その場に()(ダレ)かに向けられたものではないと()かっているから何も()()()()のだから。へたり、と(スワ)りこんだ忋抖(カイト)足元(アシモト)には藍琳(リンリー)が身に付けていた(コロモ)(カミ)()わえていた(ヒモ)が残されている。おずおずと(コロモ)に手を()ばすと()えた指先(ユビサキ)(ヌク)もりが伝わってきた。()()が今、目の前で(チリ)となった藍琳(リンリー)が確かに()()()()()()()忋抖(カイト)物語(モノガタ)る。


「……なんで……っ」


残った(コロモ)(ツカ)んで何とも言い(ガタ)い思いをぶつけるように忋抖(カイト)()()()()げる。(カベ)()げつけられた(コロモ)から()り上げられた時、()()()(コボ)れ落ちた。小さくて、ともすれば見逃(ミノガ)してしまいそうな()()は落ちた布団(フトン)の上でみぎろぎもしない。いつもの忋抖(カイト)であれば虫か何かだろうと気にも(トド)めなかった。けれどこの時は何故(ナゼ)()()が気になって落ちた()()視線(シセン)を向けてしまう。見ている(サキ)でもぴくりとも動かない()()に顔を近付(チカヅ)けてみても忋抖(カイト)には何なのかが分からない。


大きさは母指(ボシ)ほどもなく色は白い。形は(ハナ)()に着く虫のようだが勾玉(マガタマ)のようだ。一部大きく(フク)らんだところに丸い目のようなものと突起(トッキ)もあった。


「……なんだ、これ……?」


指で()れてみると、ふにゃりとした感触(カンショク)があるけれどやはり動きはしない。


どうしてこんなものが(コロモ)から落ちてきたのか。

今は()()()()()に思いを(カタム)けている場合(バアイ)でもないのに。


嘆息タンソクした忋抖(カイト)()()(ハジ)()ばそうとすると、王母(オウボ)、と悧羅(リラ)の声がした。同じくして忋抖(カイト)の手にふっくらとした手が(カサ)ねられて、ならぬ、と王母(オウボ)は静かに首を()った。


「それはならんよ、忋抖坊(カイトボウ)


突如(トツジョ)(アラワ)れた王母(オウボ)に目を見開(ミヒラ)いたままの忋抖(カイト)の手を(ツツ)んだままで()かせると、もう一方(イッポウ)の手を動かない()()の上に(カザ)す。ほわり、と(アタタ)かな空気が流れると(ホノ)かに光だした(テノヒラ)の下で()()はゆっくりと形を()していく。光が消えて行くことに呼応(コオウ)しているのか、光を()()むようしてしっかりと(カタチ)を持った()()忋抖(カイト)(イキ)が止まった。


ほあ、と小さな声でひとつ泣いた()()は虫ではなく嬰児(ミドリゴ)だった。

目も開いていない嬰児(ミドリゴ)(カザ)していた手で(ヤサ)しく()()げた王母(オウボ)が、忋抖坊(カイトボウ)、と呼ぶ。はっ、と(イキ)()いた忋抖(カイト)(ツナ)いたままの手を、ぽんぽん、と(タタ)いてやると(オドロ)きを(カク)せないままの目が王母(オウボ)(トラ)えた。


「お前の子だ」


「……は……?」


「お前の子だよ、忋抖坊(カイトボウ)


「……え……?」


(ハッ)された言葉(コトバ)意味(イミ)(ワカ)らない忋抖(カイト)に、(ヤワラ)かく言い()かせるように王母(オウボ)(ツタ)えてくれているが、ますます忋抖(カイト)混乱(コンラン)してしまう。今まで(トモ)()ごしていた藍琳(リンリー)が消えて、虫だと思っていたものが嬰児(ミドリゴ)になり、それが自分(ジブン)の子だと言われても信じられる(ハズ)がない。(ジョウ)()わしていたとはいえ藍琳(リンリー)はヒトの子だ。(オニ)である忋抖(カイト)と子を()せるとは思えない。何より(アヤカシ)とヒトの子が(マジ)わって子を()したなど聞いたこともないのだ。


―――――――けれど―――――――。


王母(オウボ)(イダ)かれたままの嬰児(ミドリゴ)は、そのまさかを()()すような姿(スガタ)をしていた。


天に向かって(トガ)った耳。

白銀(ハクギン)の短い髪。

そして(ヒタイ)にある小さな黒曜石(コクヨウセキ)(ツノ)


そのどれもが忋抖(カイト)と同じ(オニ)が持つものだ。


「……なん、で……?」


言葉(コトバ)()まるばかりの忋抖(カイト)(ヨコ)に、よいしょ、と(シン)(コシ)()ろしながら、くしゃりとその(コウベ)()でた。


「いいからまずは()いてやれよ。話はそれからだ。ね?悧羅(リラ)?」


忋抖(カイト)(ハサ)んだ(サキ)に、ふわりと(スワ)った悧羅(リラ)(シン)が言うと忋抖(カイト)もゆっくりと悧羅(リラ)を見る。動揺(ドウヨウ)()らぐ(マナコ)で見られた悧羅(リラ)(オダ)やかに微笑(ホホエ)んで忋抖(カイト)(ホオ)()れた。


「そうさの。忋抖(カイト)心穏(ココロオダ)やかではなかろうが……。ひとまずは」


のう?、と(ウナガ)された忋抖(カイト)は小さく(ウナズ)くと王母(オウボ)に向かって(ウデ)()ばした。(ワズ)かに(フル)える手に王母(オウボ)嬰児(ミドリゴ)(ワタ)すとおずおずと、だがしっかりと受け取って(ムネ)(イダ)く。動かされてほんの少し()じろきした嬰児(ミドリゴ)は小さいけれど、ずっしりとした(オモ)みがある。


「ほんっと忋抖(カイト)そのままじゃないか」


「ほんにのう。何とまあ(アイ)らしゅうあることよ」


くすくすと(ワラ)いながら忋抖(カイト)両側(リョウガワ)から嬰児(ミドリゴ)(ホオ)(シン)悧羅(リラ)()でると、くすぐったいのか小さな手を動かしてみせている。その(サマ)が何とも(アイ)らしくて忋抖(カイト)嬰児(ミドリゴ)を抱く力を強めた。お前の子だ、と言われても(シン)じられない思いの(ホウ)が強いのは変わらないのに(イダ)いた(ワズ)かな(ジカン)本能的(ホンノウテキ)(アイ)らしいと(カン)じてしまう。嬰児(ミドリゴ)()くのは(ハジ)めてではない。(イモウト)姚妃(ヨウヒ)媟雅(セツガ)の子ども達。それぞれに(アイ)らしいと思ってきたけれど、()()()()はその()()()()()()


忋抖(カイト)(ウデ)の中の嬰児(ミドリゴ)から目を(ハナ)せずにいる(アイダ)(カタ)には睚眦(ガイシ)が乗っているし、哀玥(アイゲツ)悧羅(リラ)()ばれて(ソバ)(ハベ)嬰児(ミドリゴ)(ノゾ)()んでいる。小さくくしゃみをした嬰児(ミドリゴ)(シン)が自分の上衣(ウワゴロモ)()いで()けてやっている。(ミナ)(アタタ)かく嬰児(ミドリゴ)(ムカ)えてくれているのは()かったけれど、忋抖(カイト)手放(テバナ)しで喜ぶことができない。


何より何故(ナゼ)この嬰児(ミドリゴ)がいるのか。

何故(ナゼ)忋抖(カイト)の子だと王母(オウボ)は言うのか。

何故(ナゼ)藍琳(リンリー)は消えてしまったのか。


そのどれもの(コタ)えが(ワカ)らないから。


「……父様(トウサマ)……」


()ばれた(シン)が、うん、とまた忋抖(カイト)(コウベ)()でた。


「そうだよね、何にも()いてやってなかったもんな。……っていっても(オレ)もよく()かってないことが多いんだよ。だから()()王母様(オウボサマ)から(オシ)えてもらおうな」


よろしいですか?、と(シン)に見られた王母(オウボ)がちらりと悧羅(リラ)を見たが悧羅(リラ)は首を()った。悧羅(リラ)に話させたかったのだろうが、こればかりは王母(オウボ)からの(ホウ)が良いと悧羅(リラ)は思っている。忋抖(カイト)納得(ナットク)できる(ハナシ)を出来るのはこの場で王母(オウボ)だけなのだし、悧羅(リラ)が話しても王母(オウボ)(コトワリ)までは()いてやることはできない。王母(オウボ)、と(タシナ)められるように悧羅(リラ)()ばれて王母(オウボ)も、仕方(シカタ)がないね、とゆっくりと(イキ)()いた。


「そうだな、こればかりは(ワタクシ)から(カタ)らねばならないのだろうよ。まずは忋抖坊(カイトボウ)、お前は(ワタクシ)()のことを父母(フボ)から何か聞いているかい?」


聞かれて忋抖(カイト)は首を()った。(シン)悧羅(リラ)時折(トキオリ)王母(オウボ)()というものに()びだされることがあることは知ってはいるが、どういった(トコロ)なのかと(タズ)ねたことはない。重鎮達(ジュウチンタチ)であれば話に聞いたことはあるかもしれないけれど、聞いたところで忋抖(カイト)が足を()()れることなどないのだし知らなくとも良いことだと思っている。必要(ヒツヨウ)だと思えば悧羅(リラ)が話してくれる(ハズ)なのだし、()()()()()ということは()()()()()()()()悧羅(リラ)が考えているということだ。里に、というよりも忋抖(カイト)たち(オニ)にとって(オサ)である悧羅(リラ)言葉(コトバ)意志(イシ)絶対(ゼッタイ)だ。悧羅(リラ)()いることなど行ったことはないけれど、その思いは(サト)()らす(モノ)たちにとれば至極当然(シゴクトウゼン)に心の中にある。民達(タミタチ)()らしが平穏(ヘイオン)であるように、と悧羅(リラ)がどれだけ心も身体(カラダ)(ササ)げて(ミナ)(ササ)えてくれているか知っているから。そしてそれは 忋抖(カイト)であっても(チガ)わない。むしろ(オサナ)(コロ)から()()()()で見てきたのだから、より強く()()()()()()()()()()()()と思っている。


小さく(フル)えたままの忋抖(カイト)に、そうか、と王母(オウボ)微笑(ホホエ)んだ。確かめなくとも(シン)悧羅(リラ)王母(オウボ)のことについて多くを(カタ)らないことは分かっていた。(トク)悧羅(リラ)(ミズカ)らの(ゴウ)という役割(ヤクワリ)の何たるかを(スベ)て話すような者ではない。出来得(デキウ)うることなら子ども()重積(ジュウセキ)()わせたくないとも思っているだろう。王母(オウボ)の場を知るということは()()()()()()()()るのだし、そこには()らずとも良い事柄(コトガラ)も多くある。それを()らに()わせることを(ヨシ)とする悧羅(リラ)ではない。


「ではそこから話さなくてはならないね。(ワタクシ)()()(キシ)ではなく、どちらかと言えば()(キシ)に近い(トコロ)にある。(ムスメ)()ぶと此方(コチラ)とは(ジカン)の進み(カタ)(コト)なるのでね。よく伴侶(ハンリョ)(イジ)めてくれるな、と(ムスメ)(シカ)られてしまう」


ほほほ、と(ワラ)王母(オウボ)忋抖(カイト)は首を(カシ)げた。悧羅(リラ)だけが()ばれた時に(モド)ってくるまで(シン)が待ち続けるのはいつものことだが、それが今聞きたい事とどう(ツナ)がるのかも分からない。


(ワタクシ)()には何時如何(イツイカ)なる(トキ)(ハス)()まれ()ちて揺蕩(タユタ)っている。いや、(ワタクシ)能力(チカラ)(ハス)になっている、と言う方が正しいかもしれないね」


それには忋抖(カイト)(ウナズ)いた。王母(オウボ)悧羅(リラ)を、(ムスメ)、と呼んでいるし東王父(トウオウフ)の時も(ハス)()ろすことには(イキドオ)ったと聞いている。王母(オウボ)能力(チカラ)を持った悧羅(リラ)がヒトの子の()無闇矢鱈(ムヤミヤタラ)(カカ)われば(アヤカシ)もヒトの子も均衡(キンコウ)(クズ)れてしまうのだろう。そう考えれば(ハス)(ハナ)()ろすことを(ヨシ)と出来なかった東王父(トウオウフ)一件(イッケン)にも合点(ガテン)がつく。あの時は(ヨワ)っていく悧羅(リラ)姿(スガタ)に、どうして悧羅(リラ)がこのような(ノロイ)を受けなければならないのか、と(イキドオ)っただけだった。帰ってきてくれた悧羅(リラ)も、結果(ケッカ)として上手(ウマ)(コト)(ハコ)んだのだから良い、として聞かせてくれなかったことも多くあることを気づかない(ホド)忋抖(カイト)姉弟妹達(シテイマイタチ)(オロ)かではない。ただ、悧羅(リラ)が話さないのであれば()()最善(サイゼン)悧羅(リラ)がきめたのであれば()()絶対(ゼッタイ)だというだけで聞かない理由(リユウ)には充分(ジュウブン)だったのだが、これを今聞いても良かったのかとも不安になる。きっとここまでの話を知っているのは(シン)重鎮達(ジュウチンタチ)だけだらうから。母様(カアサマ)?、と悧羅(リラ)を見る忋抖(カイト)(ホオ)悧羅(リラ)微笑(ホホエ)んで()れてくれる。


(ワラワ)(ワラワ)じゃ。それ以外の何者(ナニモノ)でもない。それは変わらぬ。忋抖(カイト)であればよろしかろうと(シン)(モウ)したでな。(アン)じすともよいが……」


「……他言(タゴン)するなってことだよね?」


(ツブヤ)忋抖(カイト)悧羅(リラ)微笑(ホホエ)んで(ウナズ)いた。そのままちらりと見られて王母(オウボ)苦笑(クショウ)するしかない。


「ああそうだったな。(ワタクシ)(ハス)(ムスメ)として()()()ろした。けれど(タダ)()()()()()ぎない。何せこの(ムスメ)(ワタクシ)の思いの数歩(スウホ)(サキ)(アユ)んでしまうのだからね、(ワタクシ)()()()()()()()(ネガ)っても思い通りには動いてくれない。(ワタクシ)が手を(ハナ)した瞬間(シュンカン)から何をしでかすのか気を()ませられてしまっては(ワタクシ)(ムスメ)(ベツ)の者と思うしかないだろう。……まあ、それはそれとして、だ。(ワタクシ)()途切(トギ)れることなく(ハス)が生まれ揺蕩(タユタ)っていることは変わらない。その流れ揺蕩(タユタ)うモノの中で、ほんのひとひら()(キシ)に流れてしまうモノも出てきてしまうのだよ」


(ハナ)が落ちる、と言うことですか?」


ますます首を(カシ)げた忋抖(カイト)王母(オウボ)はゆっくり(ウナズ)いた。


(ハナ)、とは言えない。一つの(ハナ)花弁(ハナビラ)、そのほんの一欠片(ヒトカケラ)が流れてしまうことがある。いつもであればしばらく()揺蕩(タユタ)うと光を(ウシナ)って消えまた生まれ落ちる、その()(カエ)しなのだけれどね。流れ落ちた花弁(ハナビラ)欠片(カケラ)()(キシ)に着く前に消えて無くなるのがその()(カタ)だが、ほんの(マレ)にヒトの子の(ハラ)宿(ヤド)る子に入り込むことがある。……忋抖坊(カイトボウ)、お前あのヒトの子に会った時(ダレ)かに()ていると思っただろう?」


あ、と忋抖(カイト)()()()会った藍琳(リンリー)のことを思い出した。確かに悧羅(リラ)()ていると思った。けれど()ているだけで別物(ベツモノ)だと思ったのも確かだ。


「同じ(ハナ)の子だからね。一欠片(ヒトカケラ)()じっただけとはいえ持つモノが()てしまうことはある。だが所詮(ショセン)花弁(ハナビラ)一欠片(ヒトカケラ)(ワタクシ)()()()()()()()と思って()ろすこととは(チガ)う。手を(ハナ)れて()()がヒトの子に宿(ヤド)ったとしてもそれまでのこととして()()いていたことだ。……これまでであればね」


「……じゃあ藍琳(リンリー)は……」


「その花弁(ハナビラ)宿(ヤド)ってしまった子だよ」


ああそうだったのか、と忋抖(カイト)嘆息(タンソク)する。()ていると思ったのは当然(トウゼン)のことだったのだ。()ているだけで別物(ベツモノ)だと思えたことも(ハス)(ハナ)気配(ケハイ)があっての事だったのであれば、すとん、と(ムネ)に落ちた。(ハス)(ムスメ)として王母(オウボ)()ろしたのは悧羅(リラ)だけなのだから意図(イト)せずに(ナガ)れ落ちてしまったモノは同じ(ハナ)とはいえ悧羅(リラ)ではない。ただ(ハナ)気配(ケハイ)を持っているだけのヒトの子だったのだ。そう思えはしても忋抖(カイト)()()悧羅(リラ)面影(オモカゲ)(モト)めてしまったのは変わらない。


そういえば哀玥(アイゲツ)藍琳(リンリー)(マミ)えた時、一度動きを止めたことがあったことを思い出した。(ハナ)の良い哀玥(アイゲツ)藍琳(リンリー)の中にある花弁(ハナビラ)(ニオ)いをその時に感じたのかもしれない。それでも何も伝ずにいてくれたのは忋抖(カイト)の気持ちを(オモンバカ)ってくれていたからこそなのだろう。


「そこまでは分かりました……、でもそれで何でこの子が(オレ)の子になるんです?(アヤカシ)とヒトの子の間に子ができるなんて(オレ)は聞いたことがないし、これまでも()()()()()は起こり()なかった。そうでしょう?」


忋抖(カイト)()いに、そこなのだ、と王母(オウボ)(ユビ)を立てた。


(アヤカシ)とヒトの子が子を()すということは()()ぬことだ。こと(オニ)であるならば尚更(ナオサラ)だ。(タワム)れに(マジ)わって()せたとしても(ハラ)宿(ヤド)った子と(マジ)わる(ゴト)(オニ)精気(セイキ)を持って行かれてしまう。(オニ)(ウバ)うつもりではなくても(ナガ)れこむ。弱者(ジャクシャ)強者(キョウシャ)(カテ)になるのは(コトワリ)のひとつだ。だからこそ子が宿(ヤド)ったとしても(ハラ)から出る前にその者自体が命を落としていた」


けれど、と王母(オウボ)忋抖(カイト)(イダ)かれて寝息(ネイキ)を立てる嬰児(ミドリゴ)を見やった。


「お前と(マジ)わったのは花弁(ハナビラ)()じっていた。単なるヒトの子であれば一度や二度で精気(セイキ)(ウバ)()くしてしまいヒトの子の形は(ウシナ)われていただろう。花弁(ハナビラ)()()()()()()()()ったと言ってもいいね。……だが子が宿(ヤド)ったことで()()(クズ)れた」


「……え……⁈」


(オサ)まりかけていた忋抖(カイト)身体(カラダ)がまた小さく(フル)えだして(シン)(カタ)()いて(ササ)えたのを見やって悧羅(リラ)忋抖(カイト)(アシ)にそっと手を置いた。


(オニ)が子を宿(ヤド)せば多くの精気(セイキ)(モト)めることは知っているだろう?宿(ヤド)している(アイダ)(ツレアイ)からしか受け付けないことも。お前の子を宿(ヤド)したのは花弁(ハナビラ)とはいえヒトの子、精気(セイキ)を送ることは出来ない。となればただひたすらに(ウバ)われ続けるだけ」


忋抖(カイト)身体(カラダ)(フル)えが強く大きくなるのが(カタ)()いている()から(ツタ)わってきて(シン)(ウデ)に力を()めるとほんの少し自分に引き()せた。()()()()()()()()()()今にも(クズ)()ちてしまいそうな(ホド)忋抖(カイト)の顔から()()退()いてしまっている。


「お前に(ウバ)われ(カギ)りが見えた(コロ)に子が宿(ヤド)精気(セイキ)(ホッ)するようになった。2人から(ウバ)われてしまってはヒトの子の形を(タモ)つことなどできはしない。だからヒトの子は消え()てた」


がたがたと音が聞こえてきそうな(ホド)忋抖(カイト)(フル)えが大きくなる。それに、すまないね、と王母(オウボ)(カタ)を落とした。


「まさか(コボ)れ落ちた花弁(ハナビラ)忋抖坊(カイトボウ)と出会うなど……。だがね忋抖坊(カイトボウ)、あのヒトの子は最後の願いで()()()()を残した。消えゆくヒトの子が(ミズカ)らにある能力(チカラ)など知りもしないというのに()()()()に残りの精気(セイキ)(オク)った。(ワズ)かな光明(コウミョウ)(ツカ)むように願いながらね。(コトワリ)の流れからすれば聞き(トド)けられないほどの(ワズ)かな(ネガ)いだったけれど、どうやら()()は聞き(トド)けられたらしい。……胎児(タイジ)の姿で残された、ということは(ワタクシ)が手を()すことを(ヨシ)とする。そうでなければ(ワタクシ)であっても、お前に()()()()(イダ)かせてやることはできなかったろう。……だから()()()()(ウタガ)いようもなくお前の子なのだよ、忋抖坊(カイトボウ)


(サト)すような王母(オウボ)言葉(コトバ)忋抖(カイト)はますます(フル)え上がった。王母(オウボ)の言った事が(スベ)てなのだとしたら自分がした事は決して(ユル)されることではない。


藍琳(リンリー)(オク)悧羅(リラ)を見ていた。

(チガ)うと()かっていても(ムク)われない(オモ)いをどうにか軽くしたくて自分の(ヨク)のままに(アツカ)った。

精気(セイキ)(ウバ)うつもりはなかったけれど、(ジョウ)()わした後に身体(カラダ)が軽いことにも気付いていた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それを(ミト)めてしまえば悧羅(リラ)()ている姿(スガタ)(カイナ)(ツツ)めなくなるから。


全部、自分の(セキ)なのだ。


藍琳(リンリー)が消えてしまったのも。

()()嬰児(ミドリゴ)(ハハ)()くしてしまったのも――――全部。


(ウデ)の中の嬰児(ミドリゴ)を見やると何も知らずに忋抖(カイト)(ウデ)の中ですやすやと(ネム)っている。()()藍琳(リンリー)面影(オモカゲ)はなかったけれど、(ニジ)んでいく視界(シカイ)の中でほんの一瞬(イッシュン)嬰児(ミドリゴ)が目を開けた。いつのまにか(コボ)れ落ちていた(ナミダ)(カオ)に落ちたのが(ワズラワ)しかったのか小さな手を動かしながら開けた()()黒曜石(コクヨウセキ)のような漆黒(シッコク)(マナコ)が見えた。


……藍琳(リンリー)の色……。


見えた途端(トタン)に全身の力が抜けてしまう。


声もなく(クズ)()ちた忋抖(カイト)の背中を優しく(タタ)いてから(シン)嬰児(ミドリゴ)を引き取った。(ハジ)かれたように顔を上げる忋抖(カイト)(コウベ)()でてから、ぎゅっと引き寄せる。


「……大丈夫(ダイジョウブ)だ、()()()()()。だから心配(シンパイ)しなくていい」


(マカ)せろ、と(ワラ)ってから泣き続ける忋抖(カイト)()をくしゃりと()ぜてから(シン)嬰児(ミドリゴ)を抱いたまま立ち上がると、哀玥(アイゲツ)睚眦(ガイシ)()ぶ。何も言うこともなく(シン)(シタガ)った2人の姿(スガタ)がいつもとは(チガ)うことに忋抖(カイト)は気付けない。


(ナミダ)がとまらないから。

泣き(サケ)びたいのを必死(ヒッシ)(コラ)えているしかできないから。


王母様(オウボサマ)


部屋(ヘヤ)の出口まで歩みを進めた(シン)は一言、(タノ)みましたよ、と残して(モト)の姿に(モド)った睚眦(ガイシ)(マタガ)って()っていく。残された部屋(ヘヤ)にはいつのまにか蛙達(カエルタチ)もいない。身体(カラダ)()せて声を押し(コロ)しながら(カタ)(フル)わせている忋抖(カイト)()がれて止まない声が()る。


「……忋抖(カイト)……」


そっと、(コワ)れ物にでも()れるように(ホオ)()れられて忋抖(カイト)はゆっくりと顔を上げた。(ナミダ)(ニジ)視界(シカイ)に今まで見たこともない微笑(ホホエ)みが(ウツ)る。


「おいで」


(カイナ)を開かれて忋抖(カイト)もその胸に飛び込んだ。


「……どうしよう、母様(カアサマ)……。(オレ)……」


取り返しのつかないことをしてしまった。


自分の(ヨク)だけで1人のヒトの子の(セイ)(ウバ)ってしまった。


自分の心が弱いばかりに。


うん、と(ウナズ)きながら悧羅(リラ)(フル)え続ける忋抖(カイト)を強く抱きしめる。


(コラ)えることはない。()()()()()()


悧羅(リラ)の言葉に(ミチビ)かれるように抱きつかれる力が強くなる。それを抱き返しながらもう一度名を呼ぶと同時に忋抖(カイト)がその(クチ)(ミズカ)らの(クチビル)(フサ)いだ。


(マブタ)を閉じた悧羅(リラ)が最後に見たのは王母(オウボ)が軽く手を()る姿だった。

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読んでいただきありがとうございます。

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