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遭う《アウ》伍《ゴ》

更新します。

()(シズ)んだ縁側(エンガワ)妲己(ダッキ)(トモ)(ニワ)(ナガ)めていた悧羅(リラ)は、さらりとした衣擦(キヌズ)れの音と空気(クウキ)()らぐ気配(ケハイ)に小さく嘆息(タンソク)した。そろそろ頃合(コロア)いかと思っていたのだが(カンガ)えていたよりも長い空白(クウハク)だった。やれやれ、ともう一度(イキ)()いて視線(シセン)だけを(ヨコ)(ナガ)すとゆったりと(コシ)()ろして妲己(ダッキ)(ラク)にするように伝えている王母(オウボ)がいた。(サト)(ウツ)して()もない(コロ)霊峰(レイホウ)で起こる(イサカ)いを(オサ)めよなどの(メイ)を出す(トキ)か、気紛(キマグ)れに悧羅(リラ)に手を()()べる(トキ)のいずれかにしか姿(スガタ)(アラワ)さなかったのに。東王父(トウオウフ)(ケン)片付(カタヅ)いた(コロ)(サカイ)何事(ナニゴト)が無くても(オトズ)れるようになっている。唐突(トウトツ)に来て好きなだけ(クツロ)いでいるだけなのだが悧羅以外(リライガイ)(モノ)からすれば居座(イスワ)られている間()()けないのだ。幾度(イクド)(タシナ)めてみたが()()()()めるような王母(オウボ)ではない。


(ワタクシ)(タダ)(ムスメ)(カオ)が見たいだけだ」


そう言って(ワラ)うばかりなのだから(ミヤ)出入(デイ)りする者たちの気苦労(キグロウ)など考えてもいないのだろう。……もしかしたら()()姿()()()()(タノシ)んでいるのかもしれない。悧羅(リラ)に会うだけなら()び出せばいいのだが、これもまた気紛(キマグ)れに(オコナ)われるので突如(トツジョ)悧羅(リラ)姿(スガタ)を消してしまうと(シン)(ココロ)(ヤス)まらない。悧羅(リラ)が消えて(モド)るまで何刻(ナンコク)でも同じ場所で()(ツヅ)けるのだ。最愛(サイアイ)伴侶(ハンリョ)心労(シンロウ)をかけるのは悧羅(リラ)(ノゾ)むことではない。仕方(シカタ)なく王母(オウボ)(ミヤ)(オトナ)うことは受け入れる()わりに(ミナ)仰々(ギョウギョウ)しい(レイ)をとらせないことを(ミトメ)させた。


とはいえ元々(モトモト)(レイ)(コダワ)るような(ガラ)ではないのだろうが、その程度(テイド)のこと、と(ワラ)って()()れたのは王母(オウボ)(ウツワ)があってのことだというのは悧羅(リラ)でなくとも分かることだ。荊軻(ケイカツ)など、王母様(オウボサマ)(タイ)してなんということを、と言葉(コトバ)()まらせてしまったのだから。悧羅(リラ)にしてみればいつ(アラワ)れるとも知らない王母(オウボ)よりも(ササ)えてくれる(モノ)たちの安寧(アンネイ)のほうが大事(ダイジ)だというだけのことだ。


「……して、(タダ)(カオ)を見に来ただけではないのだろう?」


いつもならそれだけだと言われれば()()んだだろう。

けれど、こと今回(コンカイ)(オトナ)いは()()()()()()()は分かっている。


何故(ナゼ)そう思う?(ワタクシ)はお前に会いにきただけだが?」


(オダ)やかな(ワラ)いを(タタ)えたままで王母(オウボ)妲己(ダッキ)()でている。(タメ)すような物言(モノイ)いもいつものことだ。ほんにもう、と今度は大きく嘆息(タンソク)して悧羅(リラ)王母(オウボ)()(ナオ)った。


「今回ばかりは()()ではなかろう?……それとも(ミナ)まで()わねばならぬのかえ?」


(ワズ)かばかり嫌味(イヤミ)()めたのだが王母(オウボ)は気にした様子(ヨウス)もない。ほほほ、と(ワラ)うばかりで(ハナシ)核心(カクシン)(セマ)るつもりもなさそうだ。


「そう(オコ)るな。だがそうだな、(ワタクシ)の思うところではなかった、とは言っておこうか」


「そのようなことを(アン)じておるとでも(オモ)うてか?(ワラワ)にとりては()()()くことのほうが大事(オオゴト)じゃ」


(カタ)()とした悧羅(リラ)妲己(ダッキ)()()ろうとしたが王母(オウボ)(ハバ)まれている。立ち上がったものの王母(オウボ)()()めには妲己(ダッキ)といえども(サカ)らえない。それでもまた体躯(カラダ)()せることはせずにその場に()した。


「お前にとっては()()が何よりも大切(タイセツ)だとは分かっているさ。だが(ワタクシ)とて思いもよらぬこともある。(スベ)てが()の上で(オコナ)われているわけでもないのでな。……()()()()()()()()というだけだ」


その言葉(コトバ)悧羅(リラ)(マタ)(オオ)きく嘆息(タンソク)してしまう。(ソバ)()いてあった茶器(チャキ)から(チャ)(ソソ)いで王母(オウボ)(ワタ)すと美味(ウマ)そうに(スス)っている。確かにこの場で王母(オウボ)(イサ)めたとして何が変わる(ワケ)でもない。すでに(サイ)()られてしまっているのだし、今は(ナガ)れに()(マカ)せるしかないことも分かってはいるのだ。それでもどうにか、とは考えてしまうがどうしようもないことはある。今回のことも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だが何故(ナニユエ)に、と(クスブ)る思いは容易(タヤス)(オサ)()めるもので歯ない。(オノレ)無力(ムリョク)さに苛立(イラダ)ちさえ(オボ)えて悧羅(リラ)無意識(ムイシキ)(コブシ)(ニギ)った。


「そういえば哀玥(アイゲツ)何処(ドコ)に行っている?久方(ヒサカタ)ぶりだというのに姿(スガタ)も見せぬとは薄情(ハクジョウ)になったものだ」


ここで哀玥(アイゲツ)の話を出すところも王母(オウボ)らしい。何でも(マワ)りくどく話して鬱々(ウツウツ)とする姿を見るのも(タノ)しみのひとつということなのだろう。


「知らぬ(ハズ)もなかろうに……。忋抖(カイト)についておる」


「まあそうだな。()()はようと忋抖坊(カイトボウ)()いているようだからな。それでその忋抖坊(カイトボウ)は?」


夕餉(ユウゲ)を済ませて出て行ってしもうたよ」


(ゾン)じておるだろうに、と悧羅(リラ)はほんの少し目を(ホソ)めるしかない。忋抖(カイト)出掛(デカ)けること自体(ジタイ)(メズラ)しいことではない。()()のことの前にもよく出掛(デカ)けていたし別段(ベツダン)()()(トガ)めようと思ったこともない。(イト)しい()が子とはいえ忋抖(カイト)(ヨワイ)300を()える立派(リッパ)鬼神(キジン)だ。(イク)つになろうと(アン)じはするが忋抖(カイト)には忋抖(カイト)(セイ)がある。(オヤ)であるからと(シバ)るようなことも、ましてや()()けるようなこともしたくないし、してはならないと思っている。けれど忋抖(カイト)悧羅(リラ)(アン)じるようなことをするような子ではないのだ。出掛(デカ)けることはあっても朝になれば必ず(ミヤ)(モド)っていたし、食餌(ショクジ)(トモ)にとってくれていた。


1()()()()()()()()()


最初の(コロ)は数ヶ月に一度ほど(モド)ってこない日が出来ただけだった。それが月日(ツキヒ)()つにつれ多くなって、近頃(チカゴロ)では食餌刻(ショクジドキ)くらいしか顔を見ることができなくなっている。()いた者でもできたのか、と何も言わずにいたけれど()()()()()()()気付(キヅ)くまでにそう(ジカン)(ヨウ)しなかった。(モド)ってくる忋抖(カイト)に付いた(ニオ)いが(ダレ)(ナニ)(カタ)らずとも教えてくれていたようなものなのだから。()()()()()()()()()()()分からない悧羅(リラ)ではないし、このまま行けば忋抖(カイト)(カナ)しむことになることも理解(リカイ)していた。それでも(ツタ)えることを躊躇(タメラ)らってしまったのは忋抖(カイト)がその(ムネ)の内に()めている(オモ)いを知ってしまっているからだ。


哀玥(アイゲツ)は何かお前に言ったか?」


「なにも。(ワラワ)が言わずともよいと(モウ)したでな。……()かっておるとだけ(ツタ)えてはおるが。……ほんに哀玥(アイゲツ)には(ツラ)役回(ヤクマワ)りであろうに」


忋抖(カイト)の行動が不可思議(フカシギ)になった(コロ)(ワズ)かな(ジカン)にひとりで(モド)ってくる哀玥(アイゲツ)何某(ナニガシ)かを伝えようと思案(シアン)していたのは知っている。悧羅(リラ)が心を(クダ)かないような言葉(コトバ)(エラ)ぼうと何かを言い(ヨド)んでいたことも。眷属(ケンゾク)とはいえ悧羅(リラ)哀玥(アイゲツ)心内(ココロウチ)まで知ることは出来ない。(ギャク)を言えば哀玥(アイゲツ)悧羅(リラ)心内(ココロウチ)を読むことは出来ないのだ。言い(ニク)いことを苦痛(クツウ)(トモナ)わせてまで言葉にさせなくともよい。(オモンバカ)ってくれているだけで有難(アリガタ)いのだし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、良い、とだけ伝えておいた。()()一言(ヒトコト)悧羅(リラ)(スベ)て知っている、と哀玥(アイゲツ)には伝わったようだ。


「今は忋抖(カイト)(ソバ)にいてやってたも」


体躯(カラダ)()でてやると安堵(アンド)したのか(メズラ)しく(アマ)えてもいた。


「ではお前の伴侶(ハンリョ)はどう思っているのだ?」


(シン)とて(ワラワ)と同じだと()うてくれておる。()()(カナ)しみにくれたときにどうすれば良いか、とそればかり(アン)じておるの」


「そうか……、そうだな。お前の伴侶(ハンリョ)であればそうだろう」


(シン)もこれからくる忋抖(カイト)(カナ)しみに近頃(チカゴロ)(トク)(オモ)いを()せている。(アン)じている気持ちを気取(ケド)らせないようにいつも(ドオ)りに振舞(フルマ)ってはいるようだが、心中(シンチュウ)(オダ)やかでない、と2人の時にだけぽつりと(ツブヤ)いている。けれど()()()が来てしまったら(シン)(ホウ)()(クズ)れてしまうのではないだろうか、とも悧羅(リラ)(アン)じてしまう。大事(ダイジ)な子たちが(キズ)つくのを自分(ジブン)のことのように(オモンバカ)ることができる(ヤサ)しい(オニ)だから。


それももう(トオ)()ではないと早めに伝えてはいたが何もしてやれない自分(ジブン)(ナサ)けないと(カタ)を落としているのだ。けれどその気持(キモ)ちは悧羅(リラ)も同じだ。

(オサ)だなんだと(アガ)め立てられていても()()()()()()()()()()(マモ)ることができているのはほんの(ワズ)かな事柄(コトガラ)でしかない。(テノヒラ)から(コボ)れ落ちていくものは、どんなに足掻(アガ)いても(ツカ)むことも()(トド)めることも出来ない。


それが如何(イカ)(オノレ)にとって大切(タイセツ)だと思っていても()(コトワリ)から(ハズ)れることも出来ないのだ。


悧羅達(リラタチ)は大きな流れの中で()かされているだけにすぎないのだから。


ならば悧羅(リラ)に出来ることなど(カギ)られている。王母(オウボ)、と()んだだけなのだが何を言うでもなく、お前の良きように、と(カエ)ってきた。


「良いのか?」


「良いも何も。()()()()()()()()


そうか、と悧羅(リラ)(ウナズ)く。


()()()()()()()というだけのこと。こればかりは如何(イカ)()(ナガ)れたものとはいえまかりならぬ。これまでであればこの(ヨウ)なこともなく()ておいていたような事柄(コトガラ)だよ。多くあったことはないのだがね」


すまないな、と王母(オウボ)悧羅(リラ)(ホオ)()れた。


色濃(イロコ)く出るのは(チガ)いない。すまないが(トド)めておいておくれ」


ふっくらとした手で(ホオ)()でてはいるが先刻(センコク)までの(オダ)やかさとは(チガ)(ウレ)いを(フク)んだ眼差(マナザ)しに悧羅(リラ)(ウナズ)いた。


「……(ワラワ)が2人おればよかったのやもしれぬな……」


やるせない思いを吐露(トロ)してしまったのだが、何言ってんの、と背後(ハイゴ)から(タシナ)められてしまった。()り向くと(アキ)れたように嘆息(タンソク)する(シン)が立っている。(ツト)めから(モド)って()使(ツカ)いに行っていた(ハズ)だったのだが、いつのまにか(モド)ってきて話を聞いていたようだ。ほんとにもう、と言いながら王母(オウボ)(カル)(レイ)をすると悧羅(リラ)を背中から()きしめた。妲己(ダッキ)もようやく王母(オウボ)の手が(ハナ)れて、とことこと(ソバ)()って来て悧羅(リラ)(ヒザ)(コウベ)を乗せる。


悧羅(リラ)が2人いたって何も変わらないんだよ?2人とも(オレ)のものなんだから」


「そこは1人(ユズ)っても良いのではないか?」


当たり前のように言う(シン)(タズ)ねてみたが(シン)は、無理(ムリ)!、の一点張(イッテンバ)りだ。


「2人いようが3人いようが悧羅(リラ)は全部(オレ)のなの。(ホカ)(ヤツ)(ユズ)るなんてこと出来るわけないでしょ?忋抖(カイト)だから特別(トクベツ)(ユル)してるんだからね」


もう!、と(ホオ)(フク)らます(シン)王母(オウボ)も、そうだな、といつもの(オダ)やかさを取り戻した。


「お前がどれほどの(カズ)()ようとも、それらを()(コボ)伴侶(ハンリョ)ではないだろうよ。だがお前は1人(ヒトリ)しかいない。(ワタクシ)意図(イト)して()ろしたのはお前だけなのだし、これはナニモノにも(クツガエ)すことなどできぬことだ。そしてお前と伴侶(ハンリョ)(タガ)いに唯一無二(ユイイツムニ)であることも変えることなどできない事実(ジジツ)だな」


「せんないこととは分かっておるよ?(スコ)しばかり(オモ)うただけじゃ」


それはそうだろう、と悧羅(リラ)(カタ)を落とすしかない。


思っても仕方(シカタ)のないことは分かっている。(タト)悧羅(リラ)2人(フタリ)()たとしても()()()(モト)められている(モノ)ではないことも。今()悧羅(リラ)でなければ(タト)幾人(イクニン)同じようなものがあっても意味(イミ)のない身代(ミガ)わり人形(ニンギョウ)にすぎないのだろう。ただ()()()()()()()()()如何許(イカバカ)りかの(ヤス)らぎになりえたかもしれないと(アワ)(ノゾ)みを()たかったに()ぎないだけだ。


「だから駄目(ダメ)だってば。悧羅(リラ)何人(ナンニン)()ちゃったら(オレ)()()たなくなっちゃうよ?」


“ほんに、(アルジ)幾人(イクニン)もなどと……。(ワレ)はどの(アルジ)御側近(オソバチカ)くに(ハベ)らせていただければよろしいのでしょうな?”


(アキ)れたような(シン)妲己(ダッキ)()めるように言われて悧羅(リラ)も、分かっておる、と苦笑(クショウ)したのだが、


(オレ)ならば(アルジ)幾人(イクニン)()ろうが(マカナ)えるぞ?そんなことに()()むな】


ひょっこりと悧羅(リラ)(フトコロ)から蜥蜴(トカゲ)(ホド)の大きさになった睚眦(ガイシ)が、ふふん、と(ハナ)()らして顔を出したことでどうにか納得(ナットク)してもらえそうだった2人(フタリ)(フタタ)び、もう!、と大きく嘆息(タンソク)した。


“ヌシは何故(ナニユエ)(コト)()(カエ)すようなことしか言わんのだ”


「っていうか睚眦(ガイシ)!また何てところに入ってんだよ!()()(オレ)だけのだって何度(ナンド)も言ってるじゃないか!!」


妲己(ダッキ)からは()みつかれそうになり、(シン)からは(ニギ)(ツブ)されそうになっているが睚眦(ガイシ)は、するりとまた(フトコロ)の中に(モグ)ってしまう。


()()姿()だと()えるのだ。(ダン)()るには()()1番(イチバン)良い】


「だぁからあ、出てこいって!」


睚眦(ガイシ)(ツカ)もうと(シン)悧羅(リラ)(コロモ)の中に手を()()んだが小さな体躯(タイク)容易(タヤス)(トラ)えることは出来(デキ)ない。するすると(コロモ)の中を好きに動いて今度は袖口(ソデグチ)からひょっこりと(カオ)を出して揶揄(カラカ)うように(ワラ)っている。


【まあそう(オコ)るな。(アルジ)は良いと()うてくれておるぞ?】


(オレ)(イヤ)なんだって!」


(チイ)さきことばかり()うなあ、お前は】


(シン)剣幕(ケンマク)横目(ヨコメ)で見やりながら睚眦ガイシ悧羅(リラ)袖口(ソデクチ)から出ると、やれやれ、と妲己(ダッキ)(コウベ)に飛び乗った。


【そんなことよりもだ、あまり悠長(ユウチョウ)(カマ)えておれる猶予(ユウヨ)はないと思うぞ?】


小さな(コウベ)(カシ)げて睚眦(ガイシ)はその場の(ダレ)も口に出せなかったことを飄々(ヒョウヒョウ)と言ってのけた。


“ヌシはもう少し(フク)むということが出来ぬのか”


(アキ)れたように妲己(ダッキ)(イサ)めるのだが睚眦(ガイシ)は、ますます首を(カシ)げている。


何故(ナゼ)そのような意味(イミ)のないことをせねばならん?猶予(ユウヨ)がないことを(ミナ)が分かっているだろう?意味(イミ)のないことをぐだぐたと話しおってからに馬鹿馬鹿(バカバカ)しいにも(ホド)があるな。それこそ無駄(ムダ)というものだ。そんなことよりも()()()()()()()()()()()()を考えるべきだ。(チガ)うのか?】


睚眦(ガイシ)()()ぐに(ツムガ)れる言葉に(ダレ)もが大きく嘆息(タンソク)した。至極真っ(シゴクマットウ)()ぎて(カエ)言葉(コトバ)もないとはこういうことだろう。


()()()()()()()()()()()()()などと()()った所で不甲斐無(フガイナ)い自分たちを(ナグサ)め合っているに()ぎない。(ダレ)もが見たくないことを先送(サキオク)りにして目を(ソム)けようとしていただけなのだ。


【そもそも、だ。そもそもだぞ?()()()()()王母(オウボ)が来ていることがおかしいと思わんのか?】


まったく、と嘆息(タンソク)されて三人が(イキ)()んだ。まさか、と言う声は悧羅(リラ)から、(ウソ)だろ、と言う声は(シン)から。妲己(ダッキ)は目を大きく見開(ミヒラ)いてしまう。


()()()()()()()()()()()王母(オウボ)?】


問いかけた睚眦(ガイシ)(アツ)まる3つの視線(シセン)(サキ)王母(オウボ)(フカ)(ウナズ)いた。


今宵(コヨイ)だ」


その顔にいつもの()みを見ることはできなかった。




――――――――――――――――


(カエル)(アズ)けた藍琳(リンリー)様子(ヨウス)を見にいくため忋抖(カイト)()(クニ)()りることは必然的(ヒツゼンテキ)()えていた。()(クニ)の近くで(モン)を開くことは(カエル)に強く(セイ)されたので、少し(ハナ)れた海の上がいつもの出入(デイ)りの()だった。そこから哀玥(アイゲツ)(アシ)四半刻(シハントキ)()ければ(ヤシキ)が見えてくる。(ヤシキ)に向かうのは(ツト)めを終えてからになるのでいつも(ドオ)中庭(ナカニワ)では妖達(アヤカシタチ)(ウタゲ)が始まっている。(ニギ)やかな()()り立つと縁側(エンガワ)妖達(アヤカシタチ)と楽しそうに話している藍琳(リンリー)が立ち上がって二人(フタリ)(ムカ)えてくれた。


「今日も御無事(ゴブジ)で何よりです、忋抖様(カイトサマ)哀玥様(アイゲツサマ)


「うん、ただいま。()わりはなかった?」


立ったままの藍琳(リンリー)腰掛(コシカ)けさせながら(タズ)ねると、はい、と(ワラ)いながら忋抖(カイト)(サカズキ)手渡(テワタ)した。(カラ)(サカズキ)に酒を(ソソ)いでくれる手はいつかのように()()ててはいない。


(カエル)(ヤシキ)()ごし始めた藍凛(リンリー)はこれまで酷使(コクシ)していた身体(カラダ)をゆっくりと休めることができたようだ。けれど当たり前に三度(サンド)の食事が出され、(アタタ)かい()もふかりとした(コロモ)布団(フトン)(アタ)えてもらえることに最初はかなり戸惑(トマド)って恐縮(キョウシュク)していたらしい。


()いてもらえているだけで有難(アリガタ)いのに何もしない(ワケ)にはまいりません」


(カエル)()()(セマ)られ続けたらしいが、これまでの分を休むことが今藍琳(リンリー)のすべきことだ、と()いて聞かせた、といつものように(ワラ)っていた。ただ手持(テモ)無沙汰(ブサタ)では藍琳(リンリー)(ジカン)()(アマ)す、とも言って薬草(ヤクソウ)知識(チシキ)(セン)(カタ)などを教授(キョウジュ)していたようだ。


藍琳殿(リンリードノ)がヒトの子の中で()らしていくときにも重宝(チョウホウ)することはあれど邪魔(ジャマ)にはなりますまいて」


博識(ハクシキ)(カエル)(オシ)えは忋抖(カイト)が聞いていても感服(カンプク)してしまうほどだ。ヒトの子の中を(サガ)しても()()()()知識(チシキ)を持っているものはいないだろう。藍琳(リンリー)もこれまで(マナ)機会(キカイ)(アタ)えられなかっただけのようで、薬学(ヤクガク)だけでなく文字(モジ)の読み書きも水を()(ウオ)のように()いこんでいったようだ。(マナ)びを(フカ)(カエル)庇護下(ヒゴカ)充分(ジュウブン)身体(カラダ)を休めることができたのだろう。()れてきた時の面影(オモカゲ)(ウス)れる程度(テイド)には藍琳(リンリー)の姿も見れるようになっている。()せ過ぎていた身体(カラダ)も少しばかりふっくらとしてきたし、女官達(ニョカンタチ)手当(テアテ)肌艶(ハダツヤ)も出た。ようやく普通(フツウ)のヒトの子なりの姿になれたのだ。


「ついこの間()れ出したと思ってたんだけどなあ」


哀玥(アイゲツ)の言う通り(カエル)(アズ)けて良かった、と忋抖(カイト)藍琳(リンリー)(ホオ)()でた。初めの(ウチ)一月(ヒトツキ)に一度か二度、様子(ヨウス)を見に来ていただけだった。(アズ)けてそれまで、では義理(ギリ)()いてしまうし()れ出した(セキ)もある。ヒトの()(カエ)すまでの間は忋抖(カイト)(マモ)ってやらなければ、と会いにくるのも(タダ)自分のしたことへの後始末(アトシマツ)程度(テイド)のことだった。会いにくるたびに顔を(シュ)()める藍琳(リンリー)面白(オモシロ)かったが、それが当然(トウゼン)なのだと何処(ドコ)安心(アンシン)もしていた。元々(モトモト)ヒトの子を(マド)わすのが(オニ)なのだし、最初(サイショ)に会ったときに(マド)わされなかった(ホウ)がおかしいことだったから。近付(チカヅ)けば()れて狼狽(ロウバイ)するのが可愛(カワイ)らしくもあって揶揄(カラカ)()ぎてもいたのだろう。哀玥(アイゲツ)から、あまり(イジ)めてやるな、と(タシナ)められたのも一度や二度ではない。それをきちんと聞いておけば良かった、と後悔(コウカイ)したときには(オソ)かった。


顔を見にいく機会(キカイ)が少しずつ()えていったのも()()()()()()()()()()()()()()()


「お(シタ)いしております」


(ツタ)えられたのは(カエル)(モト)(アズ)けて六月(ムツキ)()った(コロ)だったろうか。


()げられた言葉(コトバ)忋抖(カイト)にしてみれば、いつか言われるだろうと思っていた程度(テイド)のことだった。ヒトの子の(ハカナ)灯火(トモシビ)のような短い一生(イッショウ)(ウチ)(オニ)(マミ)えることなど(マボロシ)のようなもの。ヒトの子とは(コトナ)りながらも(ヒザ)()ってしまうようなものが手を()ばせば()れられるところに(ツネ)()たのだから、よく(オノレ)(リッ)し続けたものだ、と感嘆(カンタン)もした。


「お(ココロ)(クダ)さいなどとは(モウ)しません。ですが、忋抖様(カイトサマ)がもしも(ヨシ)としてくださるのならば、御側(オソバ)()らせていただけている(アイダ)だけでも(ナサ)けをかけていただけませんか?」


両手(リョウテ)が白くなる(ホド)に強く(ニギ)って小さく(フル)えている藍琳(リンリー)(コバ)むことなど忋抖(カイト)にできる(ハズ)もなかった。(フル)える手を取った忋抖(カイト)(ウル)んだ目で見つめてくる藍琳(リンリー)に対しての恋慕(レンボ)(ジョウ)など微塵(ミジン)もない。


あったのは打算(ダサン)自身(ジシン)(カナ)わぬ(オモ)いをぶつけたいという思いだけ。


身体(カラダ)具合(グアイ)が良くなるのと同じくしてより悧羅(リラ)()てきた藍琳(リンリー)()()()()()自分(ジブン)の中に(クスブ)り続けて今にも(アフ)れてしまいそうな恋情(レンジョウ)も少しは(カル)くなるかもしれないと(アサ)ましい考えだけで藍琳(リンリー)利用(リヨウ)してみようと考えただけだ。


それでも(ジョウ)()わせば藍琳(リンリー)のことも大切(タイセツ)に思えるかもしれないとも思っていた。けれど、悧羅(リラ)()藍琳(リンリー)(ヨク)のまま幾度(イクド)()()いても、その姿(スガタ)(オク)悧羅(リラ)をみてしまう。(ウデ)の中で忋抖(カイト)の名を()(モト)(コタ)えてくれているのが本当の悧羅(リラ)ならどれほど()たされたのだろうか。悧羅(リラ)であればと(ネガ)()わす(ジョウ)なのだから本当の意味(意味)忋抖(カイト)藍琳(リンリー)(イツク)しんでいることにもならない。


(ワレ)ながら(ムゴ)いことをしている。


そう思っても藍琳(リンリー)()()いている時だけは、悧羅(リラ)が自分のものになったように感じて()めることはできず、日を()(ゴト)()()(タメ)だけに(クダ)頻度(ヒンド)も多くなってしまった。


藍琳(リンリー)(オモ)いに(コタ)えるつもりもないのに、こういうところがヒトと(アヤカシ)根本(コンポン)からの(チガ)いなのだろう。


「ほんっと(オレ)って最低(サイテイ)かも」


(サケ)(アオ)りながら(ツブヤ)いた言葉は(ウタゲ)喧騒(ケンソウ)(マギ)れて聞き取ったのは哀玥(アイゲツ)だけだったようだ。少し(ハナ)れた場所で()そべっていたのに、わざわざ(トナリ)(ハベ)ってくれた。忋抖(カイト)(カタ)(コウベ)()いて顔に()()ってくる。


小生(ショウセイ)若君(ワカギミ)が何ですと?』


「いや、最低(サイテイ)なことしてるなあって」


『はて?何のことでございましょう? 小生(ショウセイ)には若君(ワカギミ)慈悲(ジヒ)(ホドコ)しておるように見えておりますよ』


くすくすと(ワラ)いながら(ナグサ)めてくれる哀玥(アイゲツ)忋抖(カイト)も、ありがとう、と顔を(ウズ)める。二人にしか分からないことで小さく(ワラ)い合っていると、お酒をとってきますね、と藍琳(リンリー)が立ち上がった。と、ぐらりと身体(カラダ)(カタ)むいてその場に(スワ)()んでいる。


藍琳(リンリー)?」


(タイ)したことではございません。(キュウ)に立ち上がってしまったので、少し()()が引いてしまったようです」


()()いて微笑(ホホエ)藍琳(リンリー)の顔は(タシ)かに少し青白(アオジロ)く見えたが、見ているうちに(ホオ)(アカ)みは(モド)っていく。どうやら藍琳(リンリー)の言う通り一時的(イチジテキ)()()退()いただけのようだ。


「もう大丈夫(ダイジョウブ)です。すぐに持ってきますね」


(イソ)がなくてもいいよ?(ジイ)のも(ノコ)ってるみたいだし」


ちらりと(カエル)を見ると、おやおや、と酒瓶(サカビン)から酒を()いでくれた。


爺様(ジイサマ)のものもすぐになくなるでしょう。持ってきておいた方がよろしいでしょうから」


ふふっと(ワラ)った藍琳(リンリー)は今度はふらつくことなく立ち上がって廊下(ロウカ)(サキ)に消えていく。


「確かに2人で()んでたらすぐになくなるか。あんまり(ジイ)()()ぎると体躯(カラダ)(コワ)すんじゃないかって心配(シンパイ)なんだけどね」


(サカズキ)で酒を(アオ)忋抖(カイト)(コト)なり、(カエル)(ビン)ごと(アオ)っている。(ノゾ)まれて持ってきた(サケ)は少なくはなかったはずなのだが、どれだけ持ってきても半月(ハンツキ)もあれば(スベ)()()してしまう。(イク)(アヤカシ)(サケ)に強いとはいえかなりの(ヨワイ)であろう(カエル)には多すぎるのではないだろうか。


「ほんとに()みすぎないでよ?」


心配(シンパイ)してみるが(カエル)酒瓶(サカビン)()らして見せている。


「おやおや若君(ワカギミ)(ジイ)から(サケ)を取り上げ申したら(タノ)しみがなくなりましょう。まだまだ生きるつもりでおりますから御案(ゴアン)じなさいますな」


ふぉっふぉっ、といつものように(ワラ)っていた(カエル)が次には、若君(ワカギミ)、と忋抖(カイト)に向き(ナオ)った。


(ヨロ)しいか?よおくお聞きなされ。これから若君(ワカギミ)の心を()らす()()()()()()()()が起きましょう。ですがじゃ、()()()()()()()()()()


(メズ)らしい(カエル)物言(モノイ)いに、どういうこと?、と聞き返したが(コタ)えは返ってこない。()わりに(ヤシキ)(オク)から女官(ニョカン)が一人走ってきて忋抖(カイト)(ウデ)()()った。女官(ニョカン)姿(スガタ)をしていても(モト)は古い人型(ヒトガタ)(シキ)なので話せないのだが、必死(ヒッシ)に何かを(ウッタ)えるように(ウメ)いている。


「なあに?(オレ)一緒(イッショ)に行けば良いの?」


(シキ)(コウベ)()でてから立ち上がると()きずられるように忋抖(カイト)()()られていく。その背中に(カエル)哀玥(アイゲツ)(フカ)嘆息(タンソク)するしかない。


『……()()()()()()()()()()……』


(ナガ)()った(ホウ)と思うべきでしょうや」


然様(サヨウ)でございますね』


(カタ)を落とした哀玥(アイゲツ)の耳に忋抖(カイト)(オノレ)()ぶ声が(トド)く。()けだした哀玥(アイゲツ)見送(ミオク)りながら(カエル)は2匹の孫娘(マゴムスメ)手招(テマネ)きをした。


爺様(ジイサマ)どうしたの?」


「何か御用(ゴヨウ)?」


小さな体躯(タイク)悧羅(リラ)から(オク)られた(コロモ)(マト)っている2匹に、(タノ)みじゃな、と(カエル)(ワラ)ってみせた。


「いいよ、何でも言って」


「たくさんお手伝(テツダ)いできるよ」


(カエル)(ヒザ)にそれぞれの小さな手を()いて喜々(キキ)()()ねる2匹を見ているだけで(ナゴ)んでしまうが、今はそれどころではない。


(ヤシキ)(オク)藍琳殿(リンリードノ)寝床(ネドコ)を作ってくれるかの?」


「いつものお部屋(ヘヤ)じゃなくていいの?」


藍琳(リンリー)ちゃん、ご気分(キブン)(ワル)いの?」


丸い目を(サラ)に丸くさせて思い思いに(タズ)ねてくる孫娘達(マゴムスメタチ)(カタ)(タタ)きながら(カエル)(サト)すように言って聞かせた。


藍琳殿(リンリードノ)はヒトの子じゃ。爺達(ジイタチ)とは(コト)なるのだよ。(ワカ)るじゃろ?」


(カエル)の言葉に2匹の動きが止まる。


(ワカ)るよ、爺様(ジイサマ)


(シズ)かなところが良いよね」


(ウナズ)いた2匹を()()せてやると、体躯(カラダ)強張(コワバ)ってしまっていた。孫娘達(マゴムスメタチ)藍琳(リンリー)大層(タイソウ)(ナツ)いている。その2匹に支度(シタク)を願うのは(カエル)なりの考えあってのことだが2匹はそれ以上(イジョウ)(タノ)まれたことについて聞こうとはしない。()わりに、長様(オササマ)は、と(ツブヤ)いた。


長様(オササマ)も来てくれるよね?」


旦那様(ダンナサマ)一緒(イッショ)に来てくれるよね?」


勿論(モチロン)、来てくださるとも」


(サト)い子らだ、と目を細めて2匹を見ながら(カエル)孫娘達(マゴムスメタチ)背中(セナカ)()した。うん、と(ウナズ)いて支度(シタク)に走っていく()に、これも()(ナガ)れ、と(ツブヤ)いて(カエル)はひとり残った酒を()()した。


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読んでくださってありがとうございました。

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