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遇う【参】

たいへん遅くなりました。

冷たい水の中に入れていた手を出して藍琳(リンリー)(イキ)()きかけてみた。(コオリ)()(ホド)の水に()けながら長い(ジカン)、山のように()()げられた(コロモ)(アラ)っていたので(スデ)両手(リョウテ)全体(ゼンタイ)が赤く()まってじんじんと(シビ)れてしまっている。ほんの少しだけ感覚(カンカク)()(モド)した手でまだ(アラ)っていない(コロモ)を取りまた(コオリ)の水の中に(シズ)めていく。(アタ)えられている(ツト)めは()()()()()()()()のだから手早(テバヤ)()ませなければ()けたくもない(バツ)()っている。


食事(ショクジ)()かれることも(カワ)出来(デキ)(ムチ)()たれることも日差(ヒザ)しも(トド)かない(クラ)部屋(ヘヤ)(モノ)のように()かれて(ネム)ることも()えることはできても()れることはない。


(アタ)えられた(ツト)めを(スベ)てやり()げて(ケッ)して人の()(ウツ)ることなく(イキ)(ヒソ)めて()ごす。それは藍琳(リンリー)(ナナ)つで()られた日から()められた(クツガエ)すことのできない現実(ゲンジツ)だ。


藍琳(リンリー)()まれた家は裕福(ユウフク)とはいえないがそれなりに(アタタ)かい家庭(カテイ)だったと思う。生まれたその日に()()()()()()(フダ)()られた藍琳(リンリー)にも父母(フボ)(ヤサ)しかった。それでも少しずつ()()()()()()が見えるようになった(コロ)から祖母(ソボ)藍琳(リンリー)()()()()()()として(アツカ)い始めると(チチ)はそれに(シタガ)い始めるようになってしまった。(トシ)(ハナ)れた(アネ)身分違(ミブンチガ)いな縁談(エンダン)が決まると二人(フタリ)藍琳(リンリー)がいては破談(ハダン)になるのではないかと(オソ)れ、そうなるくらいなら藍琳(リンリー)()(ハラ)縁談(エンダン)持参金(ジサンキン)にしようと言い出した。反対(ハンタイ)した母や(アネ)、まだ(オサナ)(アラガ)うことも出来ない(オトウト)(ナグ)られ()られ罵声(バセイ)()びさせられているのを見るのは藍琳(リンリー)(ココロ)(フカ)(エグ)った。


自分がいることで家族(カゾク)という(カタチ)(クズ)離散(リサン)するというのであるならば、それは本当に(イエ)にとって()()()()()()なのだろう。藍琳(リンリー)居場所(イバショ)をこの(イエ)(モト)(ツヅ)ける(カギ)り大好きな(ハハ)(アネ)(オトウト)()いて()ごすことになるのだということは(オサナ)(ココロ)でも(イタ)いほどに分かり()ぎることだった。祖母(ソボ)(チチ)のことなどどうでも良かったけれど自分を大切(タイセツ)に思ってくれている母達(ハハタチ)がこれ以上(イジョウ)(クル)しめられることは(イヤ)だったから(ナナ)つの藍琳(リンリー)(ミズカ)()られることを(ノゾ)んだ。()られた(アト)にどんな()らしが()っているのかは(ナン)となく(オモ)(エガ)けたけれど、自分(ジブン)(イク)らで()られたのか、()たして()()金銀(キンギン)(アネ)持参金(ジサンキン)()()たのかさえ()かりはしなかった。だが藍琳(リンリー)というモノが(イエ)からいなくなったことで家族(カゾク)(ナカ)()(ホウ)(マワ)ったかもしれないのだと、(ワカ)れの(トキ)()いてくれた(ハハ)姉弟(シテイ)(ワラ)えるようになったのだと(シン)じれば、どんな苦役(クエキ)()えることができた。


()られてきたその日から(ヒト)でなく家畜(カチク)のように(アツカ)われ()()()()()()()(ジカン)()ぎるのを(イキ)(ヒソ)まて()っている。


(ミズカ)らの生命(イノチ)()きるその日まで。


できることならば()()()が一日でも早く来てくれるようにと(イノ)りながら、()()()()()()()()えることしか藍琳(リンリー)(ユル)されていないから。


(オノレ)(ノゾ)んだこととはいえ()られた()()()から二十歳(ハタトセ)()ぎただろう。()たり(マエ)食事(ショクジ)(アタ)えられず日々(ヒビ)酷使(コクシ)される身体(カラダ)(オナ)(ヨワイ)(モノ)たちに(クラ)べればあまりに貧相(ヒンソウ)で、()てつくような(ミズ)にさらされた両手(リョウテ)女子(オナゴ)のものとは思えないほどに(カワ)(アツ)くひび()()(ニジ)んでしまっている。


()()()はこの手を(サワ)ってどう(オモ)っただろう。


(コロモ)(アラ)う手を止めて()()てた()()を見やりながら藍琳(リンリー)はほんの一時(ヒトトキ)()()りた思いを()ごした(ヨル)を思い出さずにはいられなかった。



()()藍琳(リンリー)にとって(ハジ)めての感覚(カンカク)だった。 


いや、藍琳(リンリー)だけではないだろう。


()(アシ)()いて日々(ヒビ)(イトナ)者達(モノタチ)では(オヨ)(カンガ)えもつかない景色(ケシキ)()()にはあった。()()()()()()自分(ジブン)日々(ヒビ)(イトナ)んでいる()(ハル)眼下(ガンカ)に見えて、(ナガ)れていく景色(ケシキ)を取り(カコ)むように(アヤカシ)である忋抖(カイト)鬼火(オニビ)()らめき天高(テンタカ)(トド)かぬものであるはずの(ツキ)さえも手を()ばせば(トド)きそうなほどだった。


「どうかしたの?藍琳(リンリー)?」


手を()ばした(サキ)(シズ)かな声がして藍琳(リンリー)視線(シセン)(ウゴ)かした。目に見える所には人の()では(マミ)えることのできない(ホド)麗人(レイジン)が、()()()いてくれていた。


「いいえ……、(アマ)りにも、(ウツク)しい()であることに(オドロ)いていました……」


(ナン)だそれ」


(チイ)さく(ワラ)った忋抖(カイト)()()いた面持(オモモチ)で見れば見る(ホド)(ウルワ)しい(モノ)だ。(マワ)りに()らめく白銀(ハクギン)鬼火(オニビ)と同じ色の(カミ)けていくたび(カゼ)()れて(ツキ)の光を()らし(カエ)しているのに、その光の中でさえ忋抖(カイト)の姿は一際(ヒトキワ)(カガヤ)いていた。(アヤカシ)だと言われずとも(マゴ)うことなき人為(ヒトナ)らざるモノなのが()かる(ホド)、その姿(スガタ)は何よりも()きだって見る事ができる。()()()(アヤカシ)になど、藍琳(リンリー)見え(マミ)えたことなど無かったから(ソラ)()けれると知って咄嗟(トッサ)(トモ)()けたいと(ネガ)ったけれど(ネガ)いのとおりに(ソラ)()けてくれている忋抖(カイト)の顔を見ながら(ココロ)奥底(オクソコ)()()()()()()()()()何処(ドコ)安堵(アンド)もした。(アマ)りに(ヤワラ)かく自分(ジブン)身体(カラダ)()いてくれている(アタタ)かさを(カン)じるからかもしれないが、何故(ナゼ)()()(アヤカシ)(ヤサ)しいものでなのではないかとも(カン)じてしまうのだ。(クロ)(モヤ)人為(ヒトナ)らざるものからは下卑(ゲビ)気配(ケハイ)しか受け取ることはできなかった。だからこそ(オソ)嫌悪(ケンオ)視界(シカイ)から()えてくれるように(ネガ)い早く帰るように布袋(ヌノブクロ)を見せていたのだが、忋抖(カイト)からは()()()気配(ケハイ)微塵(ミジン)(カン)じとれない。(マミ)えたときは(ヒト)ではないことと(ツヨ)()ぎる存在感(ソンザイカン)畏怖(イフ)してしまったけれど、それよりも話したいと言ってくれた(ヤワ)らかな姿(スガタ)傷付(キズツ)けないという制約(セイヤク)(オドロ)いてしまった。何より(ヒト)であれ(アヤカシ)であれ藍琳(リンリー)()()ぐにみてくれる者など()られてこのかた無かったことだった。これまで藍琳(リンリー)を目にいれたものは品定(シナサダ)めするような視線(シセン)や、(ヤシキ)にいる(オノコ)たちの下卑(ゲビ)視線(シセン)女子(オナゴ)たちの見下(ミクダ)すような視線(シセン)()けていた。けれど忋抖(カイト)藍琳(リンリー)を見る視線(シセン)はそのどれとも(チガ)う。灰色(ハイイロ)(マナコ)(オドロ)きの(カゲ)りが見えてはいたがその眼差(マナ)ざしはただしっかりと藍琳(リンリー)という者を(トラ)えて(ハナ)さなかった。


この(カタ)は今まで自分の(マワ)りにいた()()()()()とも(チガ)うと(カン)じざるを()なかった。


()()()()()()間違(マチガ)()()()()()()()()()()


自由(ジユウ)()を見たいと(ネガ)った藍琳(リンリー)(コタ)えるように忋抖(カイト)(アシ)()ける()だけでなく、(ウミ)の上や空高(ソラタカ)くまで()れていってくれた。それこそ(ツキ)が手に(トド)くのではないかと思う(ホド)に。時折(トキオリ)()()り出しすぎて()き止められることもしばしばだったが、()き止めてくれるその(ウデ)(ヤサ)しく(アタタ)かかった。(ミジカ)いとも(ナガ)いともいえる(ジカン)遊泳(ユウエイ)()えて(フタタ)()()ろされた藍琳(リンリー)は、まだ(ツヅ)いて()しいとさえ(カン)じてしまった。


「……もう()わりなのですか?」


つい(クチ)にしてしまった本音(ホンネ)藍琳(リンリー)(ウデ)の中から()ろしたばかりの忋抖(カイト)(ヤサ)しく微笑(ホホエ)んだ。


「いつでも、()れていってあげるよ。でも今日はここまで。藍琳(リンリー)だって(イエ)(カエ)らないと家族(カゾク)心配(シンパイ)するだろう?」


(ヤワ)らかに(アタマ)()でられて藍琳(リンリー)(クチ)(ツグ)んだ。(カエ)ったところで藍琳(リンリー)()っている者など()(ハズ)もないのだが、()()(クチ)にだしていまえば()(マエ)(ヤサ)しい(アヤカシ)(コマ)らせてしまうことになる。


「では御礼(オレイ)を。お(ツカ)れになられたでしょう?」


能力(チカラ)使(ツカ)えばヒトの()から精気(セイキ)をもらわねばならないと忋抖(カイト)は言っていた。当然(トウゼン)(ソラ)()けることを(ネガ)った藍琳(リンリー)()()()()()()()()()()()()()()()()がどういうものなのかは分からなかったけれど(タイ)した価値(カチ)もない自分(ジブン)生命(イノチ)()し出す程度(テイド)のことだろう。


(ツカ)れることなんてしてないから(レイ)なんていいよ」


覚悟(カクゴ)()めた藍琳(リンリー)とは裏腹(ウラハラ)忋抖(カイト)はより(ヤサ)しく(アタマ)()でてくれた。


藍琳(リンリー)(タノ)しかったならそれでいい」


「それでは約束(ヤクソク)(マモ)れておりません」


(ヤワ)らかく微笑(ホホエ)忋抖(カイト)藍琳(リンリー)戸惑(トマド)ってしまう。()()()()こんなに(ヤサ)しく声を()けられたことも()れられたこともなかったから()たり(マエ)かもしれないが、そんなことは()りもしない忋抖(カイト)(ワラ)うばかりだ。


妖様(アヤカシサマ)


(ネガ)うように藍琳(リンリー)(コエ)を出すと、じゃあこれ、と忋抖(カイト)布袋(ヌノブクロ)()に取った。


()()(モラ)ってもいい?()わりに(オレ)(コロモ)をあげるから。その(コロモ)をこれから(サキ)御守(オマモ)()わりにしてよ」


「いえ、それでは(ワタシ)ばかり(イタダ)いてしまうことになってしまいます。それにこのような高価(コウカ)(コロモ)(イタダ)くことなどできません」


(クビ)()りながら藍琳(リンリー)身体(カラダ)()けられている(コロモ)()れた。肌触(ハダザワ)りのさらりとした(コロモ)宵闇(ヨイヤミ)でその(カタチ)はよく見えなくても(キヌ)()られたものだと分かる。藍琳(リンリー)のような身分(ミブン)の者が(マト)っていては何処(ドコ)から(ヌス)んだか(ウタガ)われるだろうし、()()けば(ウバ)われて売り(ハラ)われてしまう。忋抖(カイト)にとれば藍琳(リンリー)身分(ミブン)など知り()ない事だし純粋(ジュンスイ)()(マモ)る物として(アタ)えてくれようとしてくれているのは分かるのだが、手元(テモト)()いておくことさえも約束(ヤクソク)できない藍琳(リンリー)には素直(スナオ)()けとる事ができないほどの厚意(コウイ)なのだ。


「まあそう()わずにさ。()にするほどの物でもないし」


「いいえ!(ワタシ)などが()っていてはならない物です」


(ワラ)いながらも(オダ)やかに布袋(ヌノブクロ)(ヒモ)千切(チギ)られて藍琳(リンリー)(アワ)てて(コロモ)()ごうとしたのだが、忋抖(カイト)(ヤサ)しくそれを(トド)めた。


駄目(ダメ)だよ?身体(カラダ)がこれ以上(イジョウ)()えたら(ヤマイ)(カカ)るかもしれないだろ?それに()()はもう()やしちゃうしね」


手に持っていた布袋(ヌノブクロ)忋抖(カイト)(ホウ)るとたちまち白銀(ハクギン)鬼火(オニビ)がそれを(ツツ)んだ。(マバタ)きの()(チリ)となって消えた布袋(ヌノブクロ)を見ながら忋抖(カイト)微笑(ホホエ)むばかりだ。


藍琳(リンリー)大切(タイセツ)にしてた物を(オレ)()やしちゃったんだから(セキ)()らないとだろ?だからその(コロモ)藍琳(リンリー)のものだ。()っておくのも()てるのも藍琳(リンリー)()きにすればいい」


「それでは妖様(アヤカシサマ)に何の()もないではありませんか。(ワタシ)にはお(カエ)しできるものなどないのです。ですからせめてものお(レイ)として(ワタシ)から精気(セイキ)というものをお()りくださいませ。(モト)()()()()()おつもりだったのでしょう?」


「……まあそのつもりで来てはいたけどね。(ベツ)()れないならそれで(カマ)わなかったし。そんなに()にしなくていいよ」


「それならば(ワタシ)から」


()近付(チカヅ)けた藍琳(リンリー)にも忋抖(カイト)苦笑(クショウ)するばかりだ。


「お(ネガ)いでございます。妖様(アヤカシサマ)


懇願(コンガン)する藍琳(リンリー)とますます苦笑(クショウ)する忋抖(カイト)(オサ)めたのは、ふいに(ヤミ)から()こえた(ヒク)(コエ)だった。


若君(ワカギミ)何某(ナニガシ)(モウ)されねばその女子(オナゴ)殿(ドノ)退(シリゾ)くことを(ヨシ)とはされぬでしょう。()れて()()げなさいませ』


何処(ドコ)可笑(オカ)しそうな(コエ)(サト)すように忋抖(カイト)背後(ハイゴ)から聞こえた。姿(スガタ)の見えない声に藍琳(リンリー)(オドロ)いてしまったけれど忋抖(カイト)(カタ)(スク)めている。


哀玥(アイゲツ)までそう言うなら仕方(シカタ)ないか。でも精気(セイキ)()らないよ?」


哀玥(アイゲツ)()ばれたものの(ヤミ)の中からはくすくすと(チイ)さく(ワラ)(オト)しかしない。(ワラ)(ゴエ)後押(アトオ)しされるように忋抖(カイト)はもう一度藍琳(リンリー)の頭を()でてくれた。


今夜(コンヤ)はね。()()()()()って(トキ)には()らせてもらう。だから(レイ)ならまた(オレ)()ってくれないか?」


にっこりと微笑(ホホエ)まれても藍琳(リンリー)にはその程度(テイド)のことが(レイ)になるとは(オモ)えなかった。


「それではお(レイ)にならないのでは?」


「いいや?()()()()()(トキ)(モラ)うって言ってるだろ?(オレ)がまた藍琳(リンリー)()って話をしたいって思ってるんだからそれを()()れてくれるなら十分(ジュウブン)すぎるくらいの(レイ)になるよ。どう?」


(アデ)やかな(カオ)(ヤサ)しく()われて藍琳(リンリー)言葉(コトバ)()まってしまう。


本当にこの(アヤカシ)(ヤサ)しいものなのだ。


ほんの一刻(ヒトトキ)(トモ)()ごしただけだというのに()しか(タガ)いに()ることなどないというのに、これほどまでの(アタタ)かさを(アタ)えてくれたのだから。


妖様(アヤカシサマ)がそう御望(オノゾ)みであるのならば承知(ショウチ)いたしました」


(シボ)りだした(コタ)えに大きく(ウナズ)いてもう一度(イチド)藍琳(リンリー)の頭を()でた忋抖(カイト)は、そのまま(ソラ)()けだして(マタタ)()に見えなくなってしまった。()(ハジ)める忋抖(カイト)の横にほんの少しだけ(シロ)()のようなものが見えた気がしたけれど()(ノコ)された藍琳(リンリー)()()(タシ)かめる(スベ)はなかった。


(オオ)きな溜息(タメイキ)をつきながら()()えた(コロモ)(カゼ)にたなびくのを()やりながら炊事場(スイジバ)()かう。()いたいと(ココロ)何処(ドコ)かで思っていてもそれを()せるだけの(ジカン)藍琳(リンリー)には(ユル)されていない。他者(タシャ)見咎(ミトガ)められないほんの一刻(ヒトトキ)()()きだす()使(ツカ)いにいくことしか自由(ジユウ)(ジカン)はないのだ。それも、()められた(ジカン)ではなく(ヤカタ)(アルジ)たちが寝静(ネシズ)まった(コロ)見計(ミハカ)らって気付(キヅ)かれぬ(ウチ)()ますしかない。(カギ)られた(ジカン)の中で忋抖(カイト)()えるはずもなく、()使(ツカ)いに行く(タビ)()()(ユメ)ではなかったのだろうかと思ってしまう。けれど部屋(ヘヤ)とも()べない()るだけの()(カタ)床板(ユカイタ)の下に(カク)した(コロモ)を見る(タビ)に、()()(ユメ)では無かったのだと思い知らされるのだ。


ずっと自分(ジブン)(マモ)るものだと(シン)じて(ウタガ)わなかった布袋(ヌノブクロ)()えてしまっても藍琳(リンリー)(マワ)りに(クロ)(モヤ)(アラワ)れることがないのは、()()()忋抖(カイト)(アタ)えてくれた(コロモ)のお(カゲ)なのだろう。(マト)っていなくとも()()存在(ソンザイ)のほんの少しの(カゲ)りだけで()(マモ)れるなどどれほどの能力(チカラ)なのだろう。それでも()()(オソ)ろしいものだと(カン)じないのは()()()(モラ)った(アタタ)かさからであることは藍琳(リンリー)にも()かっている。


……()いたい……。


けれどそう上手(ウマ)くはいかない。


また()ってくれと言ってもらえたけれど()()何処(ドコ)で、と約束(ヤクソク)した(ワケ)でもないのだから。


ささくれてまた()(ニジ)(ハジ)めた手で包丁(ホウチョウ)(ニギ)りながら藍琳(リンリー)はいつとも分からない()()()が来ることを(ネガ)いながらも(アキラ)めの溜息(タメイキ)()くことしか出来ずに(ツト)めを片付(カタヅ)(ツヅ)けて、ようやく()るだけの部屋(ヘヤ)(モド)ったのは(ヤシキ)住人(ジュウニン)がいつものように(サケ)(オボ)れた頃合(コロア)いだった。


(ヒト)の目に(ハイ)るなと()()けられているから(ヤシキ)()らす(モノ)たちが(ウゴ)(ジカン)には(ダレ)何処(ドコ)にいて(ナニ)をしているのか(カンガ)えて移動(イドウ)しなければならないし、(ヨイ)食事(ショクジ)(トキ)には()って無謀(ムボウ)(メイ)(アタ)えられるのがしばしばだ。今宵(コヨイ)()()だった。この時期(ジキ)に手に入らないモノを突如(トツジョ)調理(チョウリ)しろと言われても材料(ザイリョウ)さえない。それでも(モウ)()けられたなら藍琳(リンリー)(イナ)と言うことなどできはしない。あるかもわからないモノを(サガ)しに()える()に出てようやく見つけ出したモノを(ノゾ)まれる(トオ)りに調理(チョウリ)してだしながら次々(ツギツギ)(メイ)じられる(ヨウ)をこなし(ツヅ)けた。(タオ)れるように(ウス)布団(フトン)(ヨコ)たえていた身体(カラダ)を起こして、今まで身体(カラダ)(アズ)けていた布団(フトン)(ユカ)からゆっくりと()がす。歩けば(キシ)床板(ユカイタ)()いた一部(イチブ)()がすと藍琳リンリーが持っている中で一番上等(ジョウトウ)(コロモ)丁寧(テイネイ)(ツツ)んで(カク)したモノをそっと取り出して(ヒザ)に置いた。ゆっくりと(ツツ)みを開けると(アカリ)もない中であってもぼんやりと(ホノ)かに(カガヤ)(コロモ)(アラワ)れる。(コワ)れものでも(アツカ)うかのように()()を手にとるとゆっくりと顔を(シズ)めてみると(ホノ)かに(ヤス)らぐ(カオリ)がする。


住処(スミカ)(コウ)でも()いてるのか。

それとも()()(ウルワ)しい(アヤカシ)そのものからの(カオリ)であるのか。


どちらかは藍琳(リンリー)()(スベ)などはいが(ツカ)れきった身体(カラダ)(ココロ)(ヤサ)しく(ツツ)()んで(イヤ)すには充分(ジュウブン)()ぎるものだ。


この二十年(ハタトセ)というもの(ダレ)からも(ネギラ)いの言葉(コトバ)などかけてもらえてもおらず、()()()るにも(カカ)わらず人の目に()れることのないように(イキ)(ヒソ)めて()ごしてきた。そんな自分(ジブン)には()(アマ)(ホド)時間(ジカン)(イヤ)しを(アタ)えてくれた。あの(ヨル)以来(イライ)()えていなくとも()()(カオリ)だけで()えきった(ココロ)()たされる思いがする。手にした(コロモ)をぎゅうっと()(イダ)いて今夜(コンヤ)多少無理(タショウムリ)をしてでも()()()()()に行ってみようと思う。


行ったとして()える(ワケ)ではないことも充分(ジュウブン)に分かっている。


()()約束(ヤクソク)()わした(ワケ)でもないのだし、もしかしたら()()(トキ)はそう言うことで藍琳(リンリー)納得(ナットク)させたかっただけなのかもしれない。だがそれでも()いと思えてもいる。(タト)()()(アヤカシ)がどう(オモ)っていようとも藍凛(リンリー)()らぐことのない(オモ)()(モラ)っているのだから。


ただ藍琳(リンリー)()いたいだけだ。


ほうっと(イキ)を大きく()いて(コロモ)から(カオ)(ハナ)すと(ヤシキ)の音に耳を(カタム)けてみたが、まだ(ウタゲ)(ツヅ)いているようで喧騒(ケンソウ)の声が聞こえてきた。どうやらまだ今宵(コヨイ)(サワ)ぎは(オサ)まりそうにない。()場所(バショ)へ行けるのはもう少し後になりそうだった。仕方(シカタ)なく(ユカ)と変わりのない(ウス)布団(フトン)(コロモ)()いて身体(カラダ)(ヨコ)にして目を閉じた時だった。(ダレ)も開けることのない(ハズ)(トビラ)(イキオ)いよく開け(ハナ)たれて藍琳(リンリー)()()ねるように半身(ハンシン)を起こす。

(クラ)部屋(ヘヤ)廊下(ロウカ)から()しこむ(アカリ)(マギ)れてたっていたのは藍琳(リンリー)がよく知っている(オノコ)だ。開けた(トビラ)にもたれかかった手には酒瓶(サカビン)(ニギ)られ、目も(ウツロ)余程(ヨホド)酒を(アオ)ったのか顔も紅潮(コウチョウ)している。


「……若様如何(ワカサマイカガ)なさいましたか。何か御入(ゴイ)(ヨウ)のものでもございますか?」


部屋(ヘヤ)()()ってくる(オノコ)()いかけながら何でもないことのように藍凛(リンリー)(イダ)いていた(コロモ)布団(フトン)の中に()()める。気付(キヅ)かれてしまっては(カナラ)(ウバワ)れてしまうのがわかっているからだ。だが(オノコ)(トビラ)を閉めるとふらふらとした足取(アシドリ)布団(フトン)まで来るなりにやりと(ワラ)った。その表情(ヒョウジョウ)()()れぬ感覚(カンカク)背中(セナカ)()ったときには(オソ)かった。()げやられた酒瓶(サカビン)空虚(クウキョ)な音を立てて(コロ)がるのと藍凛(リンリー)(コロモ)(ヤブ)かれて(ハダ)(アラワ)にされたのは同時(ドウジ)だったからだ。


(イキ)が止まったと感じた瞬間(シュンカン)には両手(リョウテ)()しつけられて(オノコ)ごと(ユカ)(タタ)きつけられていた。目の前に赤く()まった(オノコ)の顔があって初めて藍琳(リンリー)()()()()()()()()()()()()()()()()って恐怖(キョウフ)全身(ゼンシン)(フル)えだすのを(オサ)えきれない。


若様(ワカサマ)、何を…」


ようやく(シボ)りだした言葉(コトバ)(フル)えてしまっている。


(オンナ)()しくなってな。()びだすのも面倒(メンドウ)だと思ったんだが丁度(チョウド)いいところにお前がいるじゃないか。(ヨロコ)べ、一晩(ヒトバン)(ナグサ)みにしてやる」


にやりと下卑(ゲビ)(ワラ)いを()かべると(アオ)ざめていく藍凛(リンリー)面白(オモシロ)いとでも言うように見やって(オノコ)藍琳(リンリー)身体(カラダ)(シタ)()わせはじめている。


ざらりとした感覚(カンカク)にますます(フル)えが(ハゲ)しくなり声を()すことも藍琳(リンリー)にはできない。


「いや…、(イヤ)です…、お(ユル)しください…」


それだけ言葉(コトバ)にするのが精一杯(セイイッパイ)だが、(オノコ)には(トド)かない。押さえつけていた藍琳(リンリー)(ウデ)片手(カタテ)拘束(コウソク)すると()いた手で身体(カラダ)(サワ)り始めている。ひゅっと(イキ)()んだ藍琳(リンリー)拒絶(キョゼツ)(サケ)びをあげた途端(トタン)左頬(ヒダリホホ)衝撃(ショウゲキ)(ニブ)(イタ)みが走った。



――――――――――――――――


「今夜もこないのかなあ」


(シズ)かな宵闇(ヨイヤミ)の中で忋抖(カイト)は足を()けていた()()った。最初(サイショ)()った夜から(アト)少々(ショウショウ)(イソガ)しくしていたので次に来れたのが半月(ハンツキ)()ぎてしまったのは仕方(シカタ)がないにしても、それからは三日(ミッカ)()けずに()りるようにしている。とはいえ、待つのもせいぜい一刻(イッコク)限度(ゲンド)だ。落ち着いているとはいえ里での(ツト)めもあるし、何よりあまり長いこと()ち続けると身体(カラダ)(サワ)ると哀玥(アイゲツ)(シカラ)れてしまう。そんなに容易(タヤス)(タオ)れるような身体(カラダ)ではない、とは(ツタ)えてみるのだか哀玥(アイゲツ)にはどこ()(カゼ)のようだ。


小生(ショウセイ)にとりましては若君(ワカギミ)御身(オンミ)第一(ダイイチ)(モウ)()げておりましょう。あまりにも()()けのない(ワラベ)のようなことばかり(モウ)されるのであれば(クワ)えてでも里に(モド)りますよ』


(トナリ)で大きな体躯(カラダ)()そべらせて嘆息混(タンソクマ)じりに言われては忋抖(カイト)苦笑(クショウ)するしかできない。


「わかってるって。一刻(イッコク)でしょ?でもなあ、何だかそれですれ(チガ)ってる()もしないでもないんだよねえ」


『またそのようなことを……。若君(ワカギミ)()()()幾度(イクド)(クダ)られておられることを(ダレ)(アン)じておられぬとでもお思いでございますか?』


体躯(タイク)はそのままにちらりと見やられて、ますます忋抖(カイト)苦笑(クショウ)(フカ)めた。(タシ)かにこの所(ジカン)意図(イト)して作ってはいる。(ヒト)()(サト)()りれば(ニオ)いも(ワズ)からながらに身体(カラダ)に付いてしまう。それがこうも幾度(イクド)ともなればただでさえ(ニオ)いに(サト)(オニ)の中にあっては疑念(ギネン)()たれたとしても仕方(シカタ)のないことだろう。ましてや(ミヤ)には悧羅(リラ)(シン)、それに妲己(ダッキ)までいるのだから懸念(ケネン)に思われている(ハズ)だ。それでも(ダレ)も何もいわないでいてくれるのは忋抖(カイト)(オモンバカ)っていてくれるからだ。


「……せっかく(モラ)ってきたんだから、これだけでも(ワタ)したいんだけどねえ」


(フタタ)び大きな嘆息(タンソク)()いて忋抖(カイト)(タモト)から白磁(ハクジ)薬杯(ヤクハイ)を取り出した。あの日()れた手は年若(トシワカ)女子(オナゴ)の手とはまるで(チガ)っていた。(カワ)(アツ)()り切れて幾度(イクド)()()()(カエ)されて()された手だった。それだけで藍琳(リンリー)()()()()()()()()()ところで()きているのが(カン)じ取れる(ホド)に。(ミヤ)()(マワ)りのことを(スベ)(ニナ)ってくれている磐里(バンリ)加嬬(カジュ)であっても()()()()()()()()れて(イタ)ましい手はしていなかった。


「何か手当(テアテ)でもしてんの?」


ほんの興味本位(キョウミホンイ)(タズ)ねたのだが二人は(ワラ)いながら(コタ)えてくれた。


(オサ)(オリ)をみて()(グスリ)下賜(カシ)して(クダ)さるのです。咲耶様(サクヤサマ)調合(チョウゴウ)して(オサ)に、と(クダ)さいますのですが私共(ワタクシドモ)(オサ)はいつも(ミヤ)のために(ツト)めてくれているのだから、とお使(ツカ)いにもならずに」


話す二人(フタリ)の顔には(オダ)やかな()みがあった。それだけで二人(フタリ)悧羅(リラ)(タイ)してどれほどの(オモ)いで(ツカ)えてくれているのが分かる。


母様(カアサマ)らしいよねえ。自分で使(ツカ)わずに二人(フタリ)(タメ)をおもって(ワタ)すなんてさ。咲耶(サクヤ)が知ったら自分(ジブン)使(ツカ)えって(オコ)りだしそうだけど」


咲耶(サクヤ)のことなら(アン)じることなどないえ?」


さらりとした衣擦(キヌズ)れの後で()()くとくすくすと(ワラ)悧羅(リラ)が立っていた。忋抖(カイト)(カタワ)らで()そべっていた哀玥(アイゲツ)悧羅(リラ)を見て体躯(カラダ)を起こそうとして手で止められている。


「よい、哀玥(アイゲツ)。して、忋抖(カイト)。薬が()しゅうあるのかえ?」


ふわりと忋抖(カイト)(トナリ)(スワ)った悧羅(リラ)()みを()やすことなく哀玥(アイゲツ)()でながら()うてきた。()いている手で忋抖(カイト)の手を取りながら首を(カシ)げている。


(キズ)()うておらぬようじゃが……」


しげしげと見つめられて忋抖(カイト)(ワラ)うしかない。何気(ナニゲ)なく()れてくれる手や仕草(シグサ)(ムネ)高鳴(タカナ)らせていることなど、この(ハハ)()(ヨシ)もないのだから仕方(シカタ)ない。いつのまにか上手(ウマ)くなった()としての顔を(ツク)って忋抖(カイト)悧羅(リラ)の手を(ニギ)(カエ)す。


母様(カアサマ)(オレ)じゃないよ。そもそも(オレ)の手が少し(イタ)んだくらい(タイ)したことでもないじゃない」


「せんないことを()うておくれでない。忋抖(カイト)(キズ)つかば(ワラワ)(ココロ)など容易(タヤス)(クズ)れておちるというに」


幼子(オサナゴ)じゃないんだから大丈夫(ダイジョウブ)だよ」


くすくすと(ワラ)いながら(コタ)える忋抖(カイト)悧羅(リラ)は、やれやれ、と(カタ)を落として見せた。


幼子(オサナゴ)とは(オモ)うておらぬがな。(ナン)(クスリ)()るのかえ?」


「ちょっとした()()いに(ユズ)ろうかと思っただけ。(タイ)したことじゃないからあればってだけだけど」


忋抖(カイト)(アン)じてもらえるなど少しばかり()けてしまうではないか。妲己(ダッキ)


(ニギ)られた手の力がほんの(ワズ)かに(ツヨ)められて忋抖(カイト)(シン)(ゾウ)がひとつ大きく()つのを必死(ヒッシ)(カク)した。この(ハハ)()()()()()()()()東王父(トウオウフ)一件(イッケン)から先、大きな(イサカ)いもない里にあって能力(チカラ)行使(コウシ)することがないからなのかは分からないが700年を()えて(ナオ)、その(ウツク)しさと(ハカナ)さは(オトロ)えることを知らない。しかも無自覚(ムジカク)()()()()()()容易(タヤス)く言ってのけるのだから(ソバ)()(モノ)たちのほうが()()でない。(シン)など(イマ)だに悧羅(リラ)(ヨコシマ)(カンガ)えを持つものが出ないように牽制(ケンセイ)しているほどなのだ。


まさか父様(トウサマ)(オレ)()()だとは思ってないんだろうなあ。


今頃(イマゴロ)隊士達(タイシタチ)鍛錬(タンレン)(ホドコ)しているであろう父にほんの少しばかり(モウ)(ワケ)なく思っている忋抖(カイト)をよそに磐里(バンリ)加嬬(カジュ)(ワラ)いが(トド)く。


「ほんにそうしておられると旦那様(ダンナサマ)であるのか若君(ワカギミ)であるのか()からなくなりますね」


手を(ニギ)り合ったままの悧羅(リラ)忋抖(カイト)を見てのことなのだろうがこれにもまた忋抖(カイト)苦笑(クショウ)するしかない。


心配(シンパイ)しなくても(オレ)の1番は母様(カアサマ)だよ」


(ナカ)(アキラ)めたように言ってみたのだが(トウ)悧羅(リラ)は、おや(ウレ)しいことを、と(ワラ)いながら妲己(ダッキ)(クワ)えてきた小袋(コブクロ)を受け取って忋抖(カイト)(フトコロ)(シノ)ばせた。その妲己(ダッキ)(ツナ)がれたままの2人の手を見てゆらゆらと()()っている始末(シマツ)だ。


(シン)(ヤツ)めが烈火(レッカ)(ゴト)()きましょうて』


「やめてよ!(オレ)もまだ生命(イノチ)()しいんだからね!」


くっくっと悪戯(イタズラ)(ワラ)妲己(ダッキ)忋抖(カイト)哀願(アイガン)するしかできなかったのだが、(カエ)ってきた(シン)女官達(ニョカンタチ)からの(ハナシ)何故(ナゼ)(ムネ)()って笑っていた。


忋抖(カイト)特別(トクベツ)だからね」


あれはどういった意味(イミ)だったのだろう?


考えてもわからないな、と忋抖(カイト)はもう一度()()ってから薬杯(ヤクハイ)(タモト)仕舞(シマ)う。


「ごちゃごちゃ考えても仕方(シカタ)ないか」


ぽつりと(ツブヤ)いたのだが(トナリ)哀玥(アイゲツ)がきょとりとした目で見てくる。その(コウベ)をくしゃりと()でて、よし、と忋抖(カイト)は立ち上がった。


哀玥(アイゲツ)()える?」


すこしばかり()びをしながら()うと、やれやれ、とでも言うように哀玥(アイゲツ)も立ち上がる。いつかは言い出すと思っていたのだろうが、その()から今なのか、とでも聞こえてきそうだ。


御意(ギョイ)若君(ワカギミ)(コロモ)(ニオ)いを()うことなど小生(ショウセイ)にとりますれば赤子(アカゴ)(タワム)れることよりも容易(タヤス)うございますよ。……なれど少しばかり()くといたしましょう。約定(ヤクジョウ)一刻(イッコク)(セマ)っておりますれば』


「また、そうやって(アマ)やかすんだから。哀玥(アイゲツ)(ワス)れてるかもしれないけど(オレ)ももう300近いんだよ?」


小生(ショウセイ)にとりますれば若君(ワカギミ)はいつ如何(イカ)なるときにおかれましても(アイ)らしゅうておいでにございますので』


言うなり()け出した哀玥(アイゲツ)()って忋抖(カイト)()ける。


(トシ)(コロ)300に(セマ)男鬼(ダンキ)(ツカ)まえておいて、しかも里では近衛隊(コノエタイ)副隊長(フクタイチョウ)まで(ツト)めている忋抖(カイト)に対して(アイ)らしいなどと言ってくれるのは気恥(キハ)ずかしくもあるが、それだけ哀玥(アイゲツ)が自分のことを大切に思ってくれていることも伝わって(ウレ)しくもある。


(サキ)言葉通(コトバドオ)り何を置いても忋抖(カイト)味方(ミカタ)であろうとしてくれていることもひしひしと(ツタ)わってきて、先を走る哀玥(アイゲツ)姿(スガタ)に本当に有難(アリガタ)いと感じた。(ミヤ)でのやりとりにも思うところはあったのだろうが、決して言葉(コトバ)(ハサ)まずに忋抖(カイト)必要以上(ヒツヨウイジョウ)()れることがないように(ソバ)にいてくれた。


ほんとうに(ウレ)しいんだよ、哀玥(アイゲツ)


言葉(コトバ)に出すことをせずに前を()ける哀玥(アイゲツ)背中(セナカ)(イキオ)いよく()きついてみるが、哀玥(アイゲツ)()ける(ハヤ)さは()ちることがない。


(ナニ)(タワム)れておいでですか』


(アキ)れたような声音(コワネ)の中に(ツツ)みこんでくれる(オダ)やかさも(フク)んだままの背に(ツカ)まったまま(ナカ)ば引きずられるように宵闇(ヨイヤミ)()けていたのだが、思いの(ホカ)目指(メザ)場所(バショ)は近かった。哀玥(アイゲツ)()きついたまま(ヤシキ)の上から、ここ?、と(タズ)ねていると2人の耳にか(ホソ)くも悲痛(ヒツウ)な声が(トド)いた。


哀玥(アイゲツ)!!」


御意(ギョイ)!!』


声を上げる前には2人とも()けだしていた。声のした場所は忋抖(カイト)にはわからなくとも哀玥(アイゲツ)には藍琳(リンリー)(ワタ)した(コロモ)(ニオ)いを()わせている。(マヨ)うことなく(ヤシキ)(カベ)(クダ)()いた哀玥(アイゲツ)に続いて部屋へ()()んだ2人の目に(ウツ)ったのは、(ハナ)れていても分かる藍琳(リンリー)(ナミダ)恐怖(キョウフ)(フル)える姿(スガタ)だった。



気がつけば一年近く更新しておりませんでした。

構想はあるのに言葉が出てこず。

またちょこちょこ更新して行きます。

お読みくださってありがとうございました。

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