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遇う【弐】

お待たせいたしました。

湯煙(ユケムリ)()(ノボ)る中にあっても()()()(ハダ)()けるように白かった。姿(スガタ)視界(シカイ)()らえているのだからすぐにでも魅惑(ミワク)()(ハナ)って精気(セイキ)()る……、()()()()()()()()()()()()()()。そうしなければならないと分かっているのに忋抖(カイト)()()()から視線(シセン)(ハズ)すことも身体(カラダ)を動かすこともできずにいた。視線(シセン)(サキ)では(オンナ)もまた同じように目を見開(ミヒラ)いて忋抖(カイト)凝視(ギョウシ)している。(タガ)いに呼吸(コキュウ)することも(ワス)れていたのか動くことも出来ずにいると、宵闇(ヨイヤミ)の中から若君(ワカギミ)、と小さな(ヒク)い声がして忋抖(カイト)は自分を()(モド)すことができた。大きく一度(イチド)(イキ)()くと強張(コワバ)っていた全身(ゼンシン)から力が()けて感覚(カンカク)(ヨミガエ)ってくる。ちらりと自分の手に視線(シセン)を落として動くことを(タシ)かめてから、もう一度目の前の(オンナ)を見やるとどうやら(オンナ)(ホウ)(イキ)をすることを(ワス)れていたようで大きく()()まれた空気(クウキ)(メグ)るかのようにその身体(カラダ)(チイ)さく(フル)え始めた。(サキ)に自分を()(モド)すことができた忋抖(カイト)(オンナ)()げだすことがないように少しずつ魅惑(ミワク)を出していくが(オンナ)(フル)えが止まることがない。鬼神(キジン)魅惑(ミワク)()てられれば()()()()()()()()()()恍惚(コウコツ)表情(ヒョウジョウ)()かべて(ヒザ)()(ハズ)なのに、だ。


悧羅(リラ)(ホド)(マド)わしには(イタ)らなくとも一本角(イッポンヅノ)魅惑(ミワク)であれば()()()()()かぬ(ワケ)もないのに、忋抖(カイト)の目の前の(オンナ)(フル)えているばかりかその(カオ)からも()()退()いているのが(ハナ)れていても(ツタ)わってくる。


もう一度大きく(イキ)()いてから忋抖(カイト)一言(ヒトコト)口にした。


「……お前……、()()()()?」


()()きだす(シズ)かな()忋抖(カイト)の声はよく(ヒビ)いた。魅惑(ミワク)(ハナ)ちながらの(コエ)だ……、(マタタ)()(クズ)れて()ちるだろうと思ったのだがそれでも(ナオ)(オンナ)(アオ)ざめながらも立ったままだ。


本当(ホントウ)()()()()なのか。


嘆息(タンソク)(トモ)忋抖(カイト)一歩(イッポ)足を進めると呼応(コオウ)するように(オンナ)退()がる。この状況(ジョウキョウ)で動ける事実(ジジツ)(ニワ)かには(シン)(ガタ)いことであるというのに。二人(フタリ)(マワ)りには忋抖(カイト)が出している魅惑(ミワク)程良(ホドヨ)(アマ)(ニオ)いの(ホカ)(リン)とした(ハナ)(カオリ)(タダヨ)っている。()()(オンナ)身体(カラダ)から()きたっているものなのだろうか?考えても分からずに一度頭を()いてから忋抖(カイト)()の中に足を()みいれた。(オンナ)(キビス)(カエ)そうと動いたのを見て、大丈夫(ダイジョウブ)だ、と声をかける。


大丈夫(ダイジョウブ)だ。(キズ)つけることはしない」


その言葉(コトバ)安堵(アンド)したのか、もしくは(サカ)らえば(コロ)されると思ったのかは分からないが(アオ)ざめた顔そのままに(オンナ)は動くことをやめたようだ。


「それでいい」


(オンナ)(マエ)までゆっくりと(アユ)()って忋抖(カイト)はもう一度視線(シセン)を合わせる。恐怖(キョウフ)なのか()らぐ(ヒトミ)には(コボ)れて落ちそうな(ホド)(ナミダ)()まって今にも(セキ)を切りそうだ。(フル)(ツヅ)けるその姿(スガタ)間近(マヂカ)で見て、やはり()ている、と忋抖(カイト)は思わざるを()ない。眼前(ガンゼン)で小さく(フル)(ツヅ)ける(オンナ)()()であることは(ウタガ)いようがない。


(オニ)象徴(ショウチョウ)ともいえる(ツノ)がその(ヒタイ)に無いのだから。


だが……あまりにも……。


よくよく見れば悧羅(リラ)とは(コト)なるのだとは分かる、分かるのだが(アマ)りにも()すぎているのだ。


(カミ)()()ぐに()(ケッ)して肉付(ニクヅ)きが良いとはいえない身体(カラダ)(ナガ)れるように落ちているし、何よりその色は漆黒(シッコク)だ。(オビ)えの色を()かべながら忋抖(カイト)を見つめているその(ヒトミ)の色もまた同じく漆黒(シッコク)の色を(テイ)しているし、(カミ)隙間(スキマ)から(ノゾ)く耳でさえ(テン)に向かって(トガ)ってはいない。背丈(セタケ)悧羅(リラ)よりは小さいし悧羅(リラ)のような(ハカナ)げで手を()ばせば手折(タオ)れてしまいそうな雰囲気(フンイキ)を持っている、という(ワケ)でもない。


それでも()()()()と思ってしまう。


「お前……、術者(ジュツシャ)(タグイ)?」


(カタ)まったままの(オンナ)奥底(オクソコ)からは()っして只人(タダビト)では持ち()ない(ホド)精気(セイキ)が見て取れる。()いかける忋抖(カイト)(タイ)して(オンナ)(コタ)えはなく、()わりに身体(カラダ)(フル)えが大きくなっていくだけだ。だがそれは恍惚(コウコツ)ではなく(オソ)れからくるものであることが間近(マヂカ)で見ている忋抖(カイト)に伝わってやはり驚愕(キョウガク)するしかない。この距離(キョリ)鬼神(キジン)、ましてや忋抖(カイト)を見ていて恐怖(キョウフ)しか(カン)じていないことが俄然(ガゼン)興味(キョウミ)(ソソ)られる。


(ハナ)せるか?それとももしかして(オレ)言葉(コトバ)()からない?」


少しばかり(クビ)(カシ)げて(タズ)ねてみると(フル)えたままの(オンナ)の顔からますます()()退()いていく。青白(アオジロ)いを(トオ)()して蒼白(ソウハク)になっていく姿にさすがの忋抖(カイト)(ドウ)じてしまうが、ふと目の前の(オンナ)(ウス)(コロモ)しか(マト)っていないことにも気付(キヅ)いた。(イク)足元(アシモト)()()かっているとはいえさすがに身体(カラダ)()えるだろう。


(ワル)い」


小さく苦笑(クショウ)しながら忋抖(カイト)は自分の上衣(ウワゴロモ)()いで(オンナ)(ハダ)(オオ)う。(コワ)がらせたままで(ヤマイ)にまで()けてしまっては(アヤカシ)とはいえ忋抖(カイト)(ココロ)(イタ)む。目の前の(オンナ)はもしかしたらまだ男を知らないかもしれないのだし、(タト)忋抖(カイト)人為(ヒトナ)らざるモノだとしても(オノコ)なのだから長い(ジカン)(ハダ)(アラワ)にしたくはないだろうと思ってのことだったのだがその(オコナ)いに(オンナ)は今までとは(コト)なる目の開き(カタ)をした。


「……いや、()えると身体(カラダ)(ワル)いかと思ったんだけど……。気分(キブン)(ガイ)すなら()ておいてもらってもいいよ?」


手を()げて小さく(ワラ)った忋抖(カイト)の前で少し(マヨ)ったように一度(イキ)()んだ(オンナ)()けられた上衣(ウワゴロモ)(フル)える手で引き寄せている。


「……いえ……、お(レイ)(モウ)()げます……」


(フル)えた声音(コワネ)(ウツム)(オンナ)から出された。意外(イガイ)にも(ヒク)(ヒビ)いたその声は悧羅(リラ)とは()ても()つかないものだった。


やはり別者(ベツモノ)だ。


()たり(マエ)のことなのに何処(ドコ)安堵(アンド)してしまって忋抖(カイト)は、ほっと(カタ)(チカラ)()いた。


気分(キブン)(ガイ)したんじゃなくて良かったよ。(オドロ)かせたよな?……良ければ少し話をしたいんだけど(カマ)わないか?傷付(キズツ)けることはしないと制約(セイヤク)するからさ」


岸辺(キシベ)りを指差(ユビ)さしながら笑う忋抖(カイト)一瞬(イッシュン)(オンナ)戸惑(トマド)ったようだったが、()けられた(コロモ)を強く()()せながらも小さく(ウナズ)いた。(サキ)()()きわけながら歩いていくと、まだ戸惑(トマド)っているのだろう。数歩(スウホ)(オク)れながらも歩いて付いてきてはくれているようだ。その姿(スガタ)を少しばかり微笑(ホホエ)ましく思っている自分にも(オドロ)いたけれど、とりあえずは岸辺(キシベ)りに(コシ)()ろしてから自分の(トナリ)(タタ)いてみる。(スワ)った忋抖(カイト)数歩(スウホ)(サキ)で立ち止まった(オンナ)にもう一度傷付(キズツ)けないことを(ツタ)えてから(フタタ)び自分の(トナリ)(タタ)いて(ウナガ)すと(アキラ)めたのか、おずおずと(オンナ)(コシ)()ろしてくれたけれどその表情(ヒョウジョウ)強張(コワバ)ったままで色も青白(アオジロ)い。


まあ、仕方(シカタ)のないことだな。


唐突(トウトツ)()にした(アヤカシ)、しかも忋抖(カイト)のような鬼神(キジン)に声をかけられただけでなく話をするように言われたのだから。忋抖(カイト)にすれば(タン)(キョウ)をもっただけのことでも(オンナ)にとればいつ生命(イノチ)()られるかわかったものではないし、(モウ)()を受けなければどのような残虐(ザンギャク)な事になるのか考えているのかもしれない。


まさに戦々恐々(センセンキョウキョウ)といったところだろうな。


「とりあえず()(タズ)ねてもいいか?」


「……藍琳(リンリー)、と(モウ)します……」


(フル)えた声音(コワネ)が静かに耳を(クス)ぐるが思いのほか藍琳(リンリー)の音は心地(ココチ)よいものだ。


「そっか。藍琳(リンリー)ね、(オレ)忋抖(カイト)っていう。ヒトとは(コト)なる姿(スガタ)だから(コワ)がられるのは仕方(シカタ)ないんだけどさ、もう一度傷付(キズツ)けないと(チカ)うから少し安心(アンシン)してもらえると有難(アリガタ)いんだけどな」


藍琳(リンリー)を見ながら頬杖(ホオヅエ)をついてできるだけ(オダ)やかに忋抖(カイト)(カタ)りかけるように(ツト)める。すぐには(コタ)えはなかったけれどほんの少しずつ藍琳(リンリー)(フル)えが(オサ)まっていくのを見やりながら、その横顔(ヨコガオ)からも悧羅(リラ)を思わせる表情(ヒョウジョウ)(ウカガ)えて忋抖(カイト)苦笑(クショウ)(カク)せない。


どう見ても別者(ベツモノ)だと分かるのに何故(ナゼ)だか視線(シセン)(ハズ)すことができない。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()


しばらく()つめていると(フル)えをどうにか(オサ)えることができたのか藍琳(リンリー)から大きな嘆息(タンソク)()れてでた。忋抖(カイト)()けた上衣(ウワゴロモ)()()せるほどには身体(カラダ)強張(コワバ)りもとれたような姿(スガタ)に、うん、と満足(マンゾク)して忋抖(カイト)はどうしても気になっていることを(タズ)ね始めることにした。


「でさ先刻(サッキ)も聞いたけど藍琳(リンリー)術者(ジュツシャ)なの?」


術者(ジュツシャ)……、とは道士様(ドウシサマ)のような御方(オカタ)たちのことでございましょうか?」


「うん、まあそういう(タグイ)のことかな。少しは(チガ)うのもいるかもしれないけどね」


術者(ジュツシャ)(タグイ)一括(ヒトクク)りに言葉(コトバ)にすることは容易(タヤス)いが、()()(スベ)()()であることはない。ヒトの()(シズ)かに(イキ)(ヒソ)めて入り()道士達(ドウシタチ)の目を(クラ)まし簡便(カンベン)にヒトの血肉(チニク)()らう。その(タメ)(アヤカシ)がヒトに()けてヒトの()(モグ)りこむことはそう(メズラ)しいことではない。その(サイ)たるものが()()大国(タイコク)でかつて()(トドロ)かせた九尾狐(キュウビギツネ)だろう。藍琳(リンリー)身体(カラダ)(フカ)くに感じ取れる精気(セイキ)の大きさから見ても(アヤカシ)がヒトに()けている可能性(カノウセイ)が無いわけではないのだ。


「そのように御考(オカンガ)えでしたら(チガ)います、と(モウ)()げます」


「じゃあ(アヤカシ)?」


「いいえ」


術者(ジュツシャ)でないとすればもうひとつの可能性(カノウセイ)(アヤカシ)がヒトに()けているのか(タシ)かめる忋抖(カイト)藍琳(リンリー)は首を()った。


(ワタシ)はただの(ヒト)です。貴方様(アナタサマ)がどうしてそのように御考(オカンガ)えになられているのかもわかりません」


嘆息(タンソク)()じりの小さな(コエ)に目を(ホソ)めながら、ふうん、と忋抖(カイト)()みを(フカ)めた。本当(ホントウ)只人(タダビト)だとしても()()()()()()()()()()()()分からない、などということはないだろう。これだけの大きな精気(セイキ)を持ちながら今まで(アヤカシ)(ネラ)われたことがないとは思えない。忋抖(カイト)のような鬼神(キジン)(マミ)えたことはなかったのかもしれないが、その(ホカ)(アヤカシ)を見たことくらいはあるようにも思える。けれど藍琳(リンリー)(イツワ)りを言っているようにも見えないから不思議(フシギ)なものだ。


「ほんとうに分からないの?」


「はい」


「でもさ、(アヤカシ)を見たのは(オレ)が初めてってわけじゃないんじゃないの?」


「それは……」


言葉(コトバ)()まったような姿(スガタ)だけで(コタ)えをもらったようなものだったのだが、しばらくの()()いて藍琳(リンリー)()と返した。


「……(ワタシ)(オサナ)いころから(ホカ)(ヒト)には()()()()()()が見えておりましたのは事実(ジジツ)ですが……。はっきりと見える、というものではなく黒く(モヤ)のように感じることが多かったものですから。貴方様(アナタサマ)のようにはっきりと見えたのはこれまでで初めてのことなのです……」


「あれ?そうなの?」


「……はい……、ですので()()()()言葉(コトバ)()わせるなどとは(オモ)うてもおりませんでしたので……(イササ)か……」


戸惑(トマド)っているとでも言いたいのか藍琳(リンリー)はそこで(クチ)()じて(クビ)(カシ)げて見せた。その仕草(シグサ)にも何処(ドコ)となく悧羅(リラ)(カン)じさせられて忋抖(カイト)(オナ)じく(クビ)(カシ)げてしまう。


「でもさ(アブ)ないこととかなかった?その(クロ)(モヤ)(オソ)われそうになったこことかさ?」


「そのようなことは……。ただ見えていたというだけですし、(ワタシ)には()()がありましたので……」


(タズ)ねる忋抖(カイト)藍琳(リンリー)上衣(ウワゴロモ)の中から(ヒモ)(ユワ)えつけられている小さな布袋(ヌノブクロ)()し出して見せた。()()(フクロ)からは弱々(ヨワヨワ)しい(マジナイ)(ニオ)いと(ワズ)かばかりの(ケモノ)気配(ケハイ)がする。およそ藍琳(リンリー)の持つ(リン)とした気配(ケハイ)とは相性(アイショウ)()くないものであることに忋抖(カイト)(マユ)(ヒソ)めた。


「これは?」


(ワタシ)が生まれた時に近くにおられた道士様(ドウシサマ)がお(アタ)(クダ)さったと聞いております。(ワタシ)()()にとって(ヨロ)しくないものだ、と(オオ)せになられて()()を持たせるように(ハハ)(モウ)しつかったそうです」


(イエ)()()()()()?」


「はい……、(ワザワイ)をもたらすものだ、と」


「そう言われたの?」


「そのように聞いております」


「……ふうん……」


手を()ばすと少しばかり藍琳(リンリー)()退()いたが忋抖(カイト)(ユビ)が自分が()しだして見せている布袋(ヌノブクロ)(カラ)めとったのを見て目を見開いた。今まで藍琳(リンリー)が見えていた(モヤ)はこの(フクロ)が見えるとすぐに姿(スガタ)を消していた。(モヤ)が何であるのかなどは分からなかったけれど(ホカ)(モノ)が見えない何かであるならば、あまり良くないものなのだろうとは思っていたし、(フクロ)中身(ナカミ)も分からないが見せることで(モヤ)(コバ)むということは(オサナ)(コロ)からの経験(ケイケン)で知っていた。はっきりとした姿は見えないけれど何処(ドコ)()めるように品定(シナサダ)めをされているような気分(キブン)にもなり(モヤ)が見えるととにかく不快(フカイ)で、だからこそ少しでもその不快(フカイ)な思いから早く(ハナ)たれるように(モヤ)をみかけたら(フクロ)を取り出すようにしていたのだが目の前の(アヤカシ)は何の(オソ)れを(イダ)くこともなく布袋(ヌノブクロ)()れている。


「……あの……、大丈夫(ダイジョウブ)なのですか?」


身体(カラダ)最初(サイショ)腰掛(コシカケ)場所(バショ)から近付(チカヅ)くことは無かったけれど布袋(ヌノブクロ)藍琳(リンリー)(クビ)にかけられた(ヒモ)(ツナ)がったままだ。忋抖(カイト)表裏(ヒョウリ)を確かめるように布袋(ヌノブクロ)(サワ)れば自然(シゼン)藍琳(リンリー)身体(カラダ)も動いてしまうし、平然(ヘイゼン)布袋(ヌノブクロ)()れられてはどうしたものかとも思ってしまう。だが忋抖(カイト)何事(ナニゴト)もないように(ヒモ)を長い(ユビ)(カラ)ませ始めた。


「なんてことはないよ?たいした(マジナイ)じゃないからね」


(マジナイ)、と(モウ)しますのは道士様方(ドウシサマガタ)のお使(ツカ)いになられる不可思議(フカシギ)能力(チカラ)のことですか?」


きょとりとした目で藍琳(リンリー)に見られて忋抖(カイト)苦笑(クショウ)しながらもう一巻(ヒトマ)布袋(ヌノブクロ)(ツナ)がれた(ヒモ)(ユビ)(カラ)ませた。どうやら中身(ナカミ)が何であるのかも知らされていないまま()たされていたようだ。


「まあそんなもんかな。でもこれこそあまり()()()()()()


ますますきょとりとする藍琳(リンリー)中身(ナカミ)()らなかったのか(タズ)ねると(クビ)()っている。


(ワタシ)御守(オマモ)りと聞かされておりましたし肌身離(ハダミハナ)さず持っておくように言われておりましたが……、(チガ)うのですか?」


「そうだなあ、()(マモ)るってとこは五分(ゴブ)ってところかな。()められた(マジナイ)(ヨワ)くなってるし()()(ツク)った道士(ドウシ)能力(チカラ)(オヨ)ばない(アヤカシ)には効果(コウカ)はないよ。むしろこのまま()につけてるとそれこそ()()()()()()()()()()せるようになるかもね」


「ですが、御守(オマモ)りだと……」


「そうだね、(ツク)られたときはそれなりの効果(コウカ)もあったとは思うよ。でも随分(ズイブン)(ジカン)()ってるようだし今はそれほど(ヤク)に立つとは思えないかな」


(モト)本当(ホントウ)藍琳(リンリー)(マモ)るために(ツク)られたものかもしれないが()()程度(テイド)(マジナイ)(ハジ)けないのは姿(スガタ)(アラワ)すことも出来ないような小さな(アヤカシ)くらいだろう。(マジナイ)効力(コウリョク)が弱まればより強くより禍々(マガマガ)しいものを(アツ)めるものに(テン)じていたかもしれないし、どちらかといえば()()()()()()()()()()()()(ツク)られたような思惑(オモワク)(カン)じる。これまで藍琳(リンリー)無事(ブジ)であったことが不可思議(フカシギ)に思えるほどだが藍琳(リンリー)自身(ジシン)は何も知らされてはいないようだ。


()()()()()()()()とされる藍琳(リンリー)をどうにか片付(カタヅ)けようとしたのかもしれないが、()()()()()()とされる(コトワリ)がよくわからない。どちらかといえば()()()()であるようにも思えるのだけれど(アヤカシ)()()せるような精気(セイキ)を持っていては血族(ケツゾク)にも(ガイ)(オヨ)ぼすと考えられてもおかしくはないのかもしれない。


「これよりも(オレ)(コロモ)()てるほうがまだ(マモ)りの効力(コウリョク)(タカ)いと思うよ」


(オダ)やかに(ツタ)える忋抖(カイト)の前で藍琳(リンリー)()せられた上衣(ウワゴロモ)視線(シセン)を落としたのが見えた。


「まあ()ったばっかりの(オレ)の言うことなんて(シン)じられないかもしれないけどさ」


(カタ)(スク)めてから忋抖(カイト)が指に(カラ)めていた(ヒモ)()いていくと(ユル)んだ(ヒモ)(トモ)布袋(ヌノブクロ)藍琳(リンリー)胸元(ムナモト)(モド)った。それに一度視線(シセン)を落とした藍琳(リンリー)だったけれどまたすぐにきょとりとした目で忋抖(カイト)を見た。


貴方様(アナタサマ)(アヤカシ)ではないのですか?」


あまりに()()ぐな視線(シセン)を受け止めて忋抖(カイト)も小さく(ワラ)ってしまう。


(アヤカシ)だよ?藍琳(リンリー)には無いものを持ってるだろ?」


自分の(ヒタイ)にある(ツノ)(トガ)った耳を()(シメ)しながら(ワラ)いを(フカ)めていると上衣(ウワゴロモ)をしっかりと(オサ)える藍琳(リンリー)(ウデ)に力が()められたのが見てとれた。


「黒い(モヤ)みたいにしか(アヤカシ)を見たことがなかったなら(オレ)たちには()ったことがないんだろうね。(オレ)(オニ)なんだ」


「……(オニ)とはなんですか?(アヤカシ)にもいろいろなものがいることは道士様方(ドウシサマガタ)(オシ)えで知ってはいますが、(オニ)というものは初めて聞きました」


「ああ、そうだろうねえ」


くすくすと(ワラ)っていると上衣(ウワゴロモ)(アイダ)から白い(ウデ)がおずおずと忋抖(カイト)(ヒタイ)()びてくるのが見えた。戸惑(トマド)ったように(ツノ)の前で止まった手を見て忋抖(カイト)はますます(ワラ)いを(フカ)めるしかない。


「どうぞ?」


(ワラ)いながらほんの少しだけ(ヒタイ)()ばされた(ウデ)()せると(マヨ)ったような指先(ユビサキ)がゆっくりと動いて(ツノ)()れた。()れられた先から()えた藍琳(リンリー)体温(タイオン)と少し()れた皮膚(ヒフ)感触(カンショク)(ツタ)わってくる。(オソ)(オソ)(タシ)かめるように(ツノ)()れる姿(スガタ)幼子(オサナゴ)のようにも思えてきて忋抖(カイト)はますます(ワラ)ってしまった。気心(キゴコロ)()れた者同士(モノドウシ)でも(ツノ)(サワ)られることは(アマ)心地(ココチ)()いものではないのだが(オドロ)きを(カク)せずに目を丸くしている藍琳(リンリー)には好きにさせても(カマ)わない気持(キモ)ちになってしまう。


(アヤカシ)数多(アマタ)()るんだけど(オレ)たち(オニ)はあんまりヒトの()(カカ)わらないから知らなくても仕方(シカタ)ないかな。ヒトの()はヒトの()(オレ)たちは(オレ)たちっていうのが(オサ)(カンガ)えだしね。ヒトに(カカ)わるのはほんの少しの精気(セイキ)()けてもらう時くらいなんだよ」


精気(セイキ)、ですか?」


「うん、生命力(セイメイリョク)っていうのかな?身体(カラダ)(オク)(オク)にある精気(チカラ)。それをほんの少しだけ()けてもらうんだ。(オレ)たちにはそれが(カテ)になる」


「……食事(ショクジ)ということですか?」


(ツノ)から(ミミ)(スベ)るように指先(ユビサキ)(ウツ)しながら()(コエ)に、いや、と忋抖(カイト)(コタ)えた。


(ベツ)(ニク)()いて()らうってことじゃない。そういう(アヤカシ)()るけど(オレ)たち(オニ)無駄(ムダ)(アヤ)めることはしない。(アダ)()す者じゃないならの(ハナシ)だけど。人為(ヒトナ)らざる(モノ)だから()()()()()能力(チカラ)があるんだ。()()使(ツカ)えば精気(セイキ)()る、枯渇(コカツ)しちゃ大変(タイヘン)だからヒトの()から少しだけ()けてもらうだけ。(タト)えば、」


言葉(コトバ)()れたと同時(ドウジ)二人(フタリ)(カコ)むように白銀(ハクギン)鬼火(オニビ)(イク)つも()らめいた。耳に()れた(ユビ)はそのままに藍琳(リンリー)身体(カラダ)がまた強張(コワバ)ったけれどすぐに(キョウ)に変わったようで()らめく鬼火(オニビ)身体(カラダ)()せた。


鬼火(オニビ)だ。(アツ)さは(オサ)えてるけど怪我(ケガ)しないようにね」


鬼火(オニビ)()れたいような姿(スガタ)可愛(カワ)いらしくて忋抖(カイト)はまた(ワラ)ってしまう。(テノヒラ)で一つの鬼火(オニビ)(ツツ)藍琳(リンリー)傷付(キズツ)かないように見ていると小さな嘆息(タンソク)が赤い(クチビル)から()れて出た。


「……(ウツク)しいものですね……、それにとても(アタタ)かい……」


()き出された嘆息(タンソク)安堵(アンド)表情(ヒョウジョウ)に変わっていくのが見えて忋抖(カイト)微笑(ホホエ)んだ。


()にいったの?」


「とても」


()いに(カエ)されたのは(ヤワ)らかな微笑(ホホエ)みだ。(ツツ)んだ鬼火(オニビ)(アカリ)()らしだされた()()(カオ)忋抖(カイト)身体(カラダ)の中で何かが()ねるのを(カン)じてしまう。けれどここで魅惑(ミワク)を出したところで藍琳(リンリー)(ツウ)じはしないだろうし()(タオ)すのは忋抖(カイト)趣味(シュミ)ではない。何より藍琳(リンリー)()()だ。忋抖(カイト)たち(オニ)本能(ホンノウ)でどうにかしていいものではない。どんなに()ていてもヒトである藍琳(リンリー)悧羅(リラ)(カサ)ねて凌辱(リョウジョク)してはならないのだ。


「ほかにも何かお出来(デキ)になるのですか?」


静かな声に()(モド)されて忋抖(カイト)は小さく(ワラ)った。


「そんなに(タイ)したことは出来(デキ)ないよ。ヒトよりも(マジナイ)(ジュツ)なんかには(ヒイ)でてるし長くも生きるけど、どれも()たり(マエ)のことだしなあ」


妖様(アヤカシサマ)一族(イチゾク)ではこのような不思議(フシギ)御能力(オチカラ)皆様(ミナサマ)が持っておられるのですね」


感嘆(カンタン)ともとれる大きな嘆息(タンソク)がまた藍琳(リンリー)(クチビル)から()れた。


「そりゃ(オニ)だからそれくらいは出来なくちゃね。ああ、あとは(ソラ)()けるとかも(ミンナ)できちゃうよ?」


(ソラ)()ける?それは(トリ)のように()べるということですか?」


(ハジ)かれたように藍琳(リンリー)鬼火(オニビ)から(カオ)を上げて忋抖(カイト)を見た。(オドロ)いているのか目を丸くしながら()()()してくる藍琳(リンリー)との(アイダ)忋抖(カイト)は思わず両手(リョウテ)()げて(カベ)を作ってしまう。少しばかり(タギ)ったところに上衣(ウワゴロモ)一枚と(ウス)肌着(ハダギ)のみの女人(ニョニン)(ハダ)()れればさすがの忋抖(カイト)本能(ホンノウ)(シタガ)うしかなくなるというものだ。


(ハネ)があるわけじゃないから(トリ)みたいってわけじゃないよ。()けるんだ」


前のめりになった藍琳(リンリー)()けた上衣(ウワゴロモ)がはだけて白い(ハダ)が見え(カク)れしているのにも気付(キヅ)いていない。思わず(カオ)(ソム)けた忋抖(カイト)(カマ)うことなく藍琳(リンリー)距離(キョリ)()めてくる。


「ヒトが(ツチ)の上を(ハシ)るように(オレ)たちは(ソラ)()けるんだ」


「……()ける……」


ぽつりと(ツブヤ)いて動きを止めた藍琳(リンリー)にちらりとだけ視線(シセン)(カエ)すと余程(ヨホド)(オドロ)いたのかはだけた上衣(ウワゴロモ)を気にも止めずに目の前に(スワ)りこんでいた。先刻(センコク)までの(オビ)えは何処(ドコ)にいったのかしっかりと忋抖(カイト)見据(ミス)えた眼差(マナザ)しに今度は忋抖(カイト)のほうがたじろいでしまいそうになる。やれやれ、と(アキラ)めて藍琳(リンリー)を見やってから(カベ)にしていた(ウデ)()ばして(アラワ)になりかけている(ハダ)()まい始めた忋抖(カイト)(ウデ)藍琳(リンリー)の手に(ツカ)まれた。(ワカ)(オンナ)(ハダ)なのに指先(ユビサキ)よりも(カタ)くて()れた手であることに多少(タショウ)(オドロ)いたけれど、それよりも藍琳(リンリー)から飛び出した言葉(コトバ)忋抖(カイト)(イキ)()んだ。


妖様(アヤカシサマ)(ワタシ)()べれば今見せていただいた御能力(オチカラ)(カテ)にはなりますか?」


「……いや、何言ってんの?食べるとかじゃないって!(オレ)たちは()った(ブン)をほんの少しだけ()けてもらってるだけなんだから食べたりしないの!」


(アワ)てて(イナ)(シメ)しながら藍琳(リンリー)(コロモ)(ナオ)忋抖(カイト)(ウデ)(ツカ)まれたままだ。


「そんな()べたりする必要(ヒツヨウ)なんてないんだよ。そもそもこれくらいの能力(チカラ)を見せたところで(タイ)したことでもないんだし。なんでそんなこと言い出すんだ?」


()いた手で(アタマ)()き始めると藍琳(リンリー)もほんの少し落ち着きを取り(モド)したのか忋抖(カイト)(ウデ)(ツカ)んでいた力も(ユル)んでくる。


「……お(ネガ)いをお伝えしたくて……。ですが(ワタシ)にはお(カエ)出来(デキ)るものがないので、それであればと……」


(ネガ)い?なに?」


(アタマ)()く手を止めて(タズ)ねるとまた(ウデ)(ツカ)む力が強まった。


(ワタシ)(ソラ)()けるというものに()れていって(クダ)さいませんか?」


「は?そんなこと?(ナン)でまた……」


意外(イガイ)(ネガ)いにきょとりとした忋抖(カイト)の前でまた藍琳(リンリー)()()り出し始めた。


「……一度(イチド)で良いので自由(ジユウ)()を見てみたいのです。(ワタシ)()()せるものであれば何でも妖様(アヤカシサマ)のお()きなようにしていただいても(カマ)いませんから」


一度(イチド)って……。(ナニ)かに(シバ)られてんの?」


「……お(ネガ)いでございます……」


忋抖(カイト)()いに(タイ)する藍琳(リンリー)(コタ)えはなかった。()わりに切実(セツジツ)哀愁(アイシュウ)宿(ヤド)した()で見つめてくる。何か(クチ)に出したくない(コト)なのだろう。眼差(マナザ)しから、これ以上聞いてくれるなという思いも伝わってくる。(ベツ)忋抖(カイト)特段(トクダン)聞かなくても良いことだし、聞いたところで(ナニ)かしてやれるわけでもないのだから。


(ベツ)(カマ)わないけどさ、(オンナ)容易(タヤス)く何でもするなんて(クチ)に出しちゃ(アヤ)ういよ?それも(オレ)みたいな妖相手(アヤカシアイテ)に。口約束(クチヤクソク)にしても全部(ゼンブ)()られることになりかねないんだから」


藍琳(リンリー)の頭に手を乗せて(ヤサ)しく()でて(ツタ)えてから忋抖(カイト)は、よいしょと立ち上がった。()うような視線(シセン)(カン)じながらも(ツカ)まれたままの(ウデ)苦笑(クショウ)してしまう。見下(ミオ)ろすと(サミ)しそうにも見える表情(ヒョウジョウ)藍琳(リンリー)忋抖(カイト)を見つめている。


「じゃあ(イク)つか(タノ)みを聞いてもらおうかな」


微笑(ホホエ)みながら()(カガ)めて藍琳(リンリー)(カカ)え上げてから、それでいい?と(タズ)ねると(ウデ)の中の藍琳(リンリー)破顔(ハガン)した。その笑顔(エガオ)があまりにも可愛(カワ)いらしくて忋抖(カイト)もつられて(ワラ)いながら()()った。

ゆっくり更新で申し訳ございません。

気長にお付き合いください。

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