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遇う

とても遅くなりました。

待っていただいていた方がおられますでしょうか?

いて下さったら嬉しいのですが。

ふう、と大きく息をつきながら忋抖(カイト)は空を(アオ)いだ。東王父(トウオウフ)一件(イッケン)から百年、(オダ)やかに里は日々を(メグ)り母である里長(サトオサ)悧羅(リラ)治世(チセイ)盤石(バンジャク)のものとなっている。(スデ)に七百年を()えて里を支えている母は、それとは思えないほどに(ハカナ)げで美しさも(トド)まることを知らないかのように日を追うごとにまして行く。()いなどとは無縁(ムエン)に思えるかのように日々(ヒビ)(ソバ)で見ている忋抖(カイト)でさえも手を伸ばしたくなったのは一度や二度の事ではない。それを(コラ)えられているのは彼女(カノジョ)(ハラ)から自分が生まれ落ちたのだという事実と、悧羅(リラ)を何よりも(イツク)しむ父である(シン)の姿をみているからだ。(チギ)りを(ムカ)えて三百年近くになろうというのに(シン)悧羅(リラ)(タガ)いを(タツト)(イツク)しむ心は変わらない。唯一無二(ユイイツムニ)存在(ソンザイ)である(タガ)いの結びつきを日々(ヒビ)どころか目が合うたびに確かめあっている姿は息子(ムスコ)である忋抖(カイト)だけでなく里の(ミナ)見慣(ミナ)れてしまっている。そうでなければ(アン)じることもできないというものまでいる始末(シマツ)だ。息子(ムスコ)としては少しは自重(ジチョウ)して欲しいものだとも思うが、あの悧羅(リラ)(カタワ)らに置いて(コラ)えろというのがどれほどに胆力(タンリキ)(ヨウ)するのかも理解が出来るので(シン)に強くは言えないのだ。その(シン)もまた悧羅(リラ)と同じく()いなど知らぬかのように若々(ワカワカ)しいまま、ともすれば七人の子どもたちよりも若く見られてしまう。それはそれで(コマ)ったものなのだが(シン)がいるからこそ悧羅(リラ)の姿も忋抖(カイト)たちを産み落としたそのままで能力(チカラ)(オトロ)えることをしらないのだろう。


ほんとうにどれだけ(ジカン)(カサ)ねても二人(フタリ)は変わらない。


そう思うとふいに込み上げてくる笑いを(コラ)えることが出来ず、小さく苦笑(クショウ)してしまうと(カタワ)らから若君(ワカギミ)?、と低い声がした。視線(シセン)を返すと哀玥(アイゲツ)が横たえていた体躯(カラダ)を少し起こして忋抖(カイト)を見上げている。手を伸ばして(コウベ)()でると心地(ココチ)よいのか目を細めていた。


「何でもないよ、父様(トウサマ)母様(カアサマ)のことを考えてたらちょっと可笑(オカ)しくなっただけだ」


『……成程(ナルホド)、それは(イタ)(カタ)ございませんね』


「だろう?」


小さく笑いながら忋抖(カイト)は足を()けている湯を()った。精気(セイキ)()りに人里(ヒトザト)()りたはいいものの目星(メボ)しい物もおらず(イタ)(カタ)なくたまたま目に入った自然に()き出る湯処(ユドコロ)哀玥(アイゲツ)と共に(ツカ)れを(イヤ)していたのだが思いの(ホカ)ゆっくりしすぎている。(トモ)にいる哀玥(アイゲツ)もこの湯処(ユドコロ)雰囲気(フンイキ)が気に入っているようだからときにはゆっくりと過ごすのも悪くはないと思いたっての()り道だったのだが……。


(コウベ)()でられながら目を細めている哀玥(アイゲツ)も本当ならば(アルジ)である悧羅(リラ)(ソバ)(ハベ)っていたいのだろうが、忋抖(カイト)哀玥(アイゲツ)(ホッ)した日から悧羅(リラ)(メイ)姚妃(ヨウヒ)(オサナ)い頃を(ノゾ)いて(トモ)にいてくれている。姉弟妹達(シテイマイタチ)がそれぞれに(ツレアイ)を見つけて行く中で取り残されたようにひとりのままの忋抖(カイト)にすれば有難(アリガタ)いのだが、哀玥(アイゲツ)の自由を(ウバ)ってしまっているようにも思えて申し訳なくなることもある。


とはいえよい年頃(トシゴロ)である忋抖(カイト)縁談(エンダン)の話がないわけではない。あまりにも一人を(タノ)しんでいるかのような姿に()いた栄州(エイシュウ)が話をもってくることもしばしばだ。(オサナ)(コロ)から可愛(カワイ)がってくれている(オキナ)心内(ココロウチ)を思えばこそ持ってこられた話をとりあえず受けはするが、それでも会う回数を(カサ)ねると(チガ)うと思えてきてしまい話がまとまることは無かった。栄州(エイシュウ)父母(フボ)のことを考えれば早めに身を(カタ)めて子でも()かせたいとは思うのだけれど、どうしても悧羅(リラ)のような鬼女(キジョ)(モト)めてしまうのだ。


(オダ)やかで多彩花(タオヤカ)なのに、それでいてその()(ウチ)には確固(カッコ)たる(シン)がある。まるで母の(カタ)()()(ハス)(ハナ)のように、(リン)として立つ姿には羨望(センボウ)さえ(イダ)いてしまう。


まるで恋心(コイゴコロ)のように。


父である(シン)に言わせれば悧羅(リラ)のような鬼女(キジョ)(モト)めるのが到底無理(トウテイムリ)な話だそうだ。(アネ)である媟雅(セツガ)(ツレアイ)である舜啓(シュンケイ)にも苦笑(クショウ)しながら(サト)された。


「……まあ悧羅(リラ)(ソバ)にいたら、その(ホカ)色褪(イロア)せるよね」


(オレ)もそうだったから、と笑った義兄(ギケイ)はそれでもいいんじゃないか、とも言ってくれた。


「いつかお前にも(マモ)りたくて(ササ)えたくて(ソバ)()たいとおもえる(ヒト)(アラワ)れてくれるはずだよ。……悧羅(リラ)じゃないけど同じくらい命を()けてもいいって存在(ヒト)がね。どうしたって悧羅(リラ)は一人しかいないんだし、それは(シン)が持ってっちゃってるからさ」


「そういうものかな?でもなあ……、俺が(ツレアイ)を持つとか自分でも考えられないんだよね」


「それはまだ忋抖(カイト)出逢(デア)えてないだけだよ。それにそんなに(イソ)がなくたっていいじゃないか。(オレ)(オニ)生命(イノチ)(ナガ)すぎるくらいあるんだ。300年そこそこしか生きてないのに(アセ)る必要なんてないだろ」


「……(ツレアイ)も子も持ってる(ヤツ)に言われたくない……」


少しだけ(ホオ)(フク)らませた忋抖(カイト)の姿に(オレ)は別、と舜啓(シュンケイ)大笑(オオワラ)いしていた。やれやれ、とまた小さく(イキ)をついて忋抖(カイト)はもう一度空を(アオ)いだ。(ミナ)を安心させたいのは本心(ホンシン)だけれど(ジツ)を言えば少し辟易(ヘキエキ)もしている。舜啓(シュンケイ)に言ったように忋抖(カイト)自身が(ツレアイ)を持つということを、そういう存在(ソンザイ)出逢(デア)えるということを(マッタ)くもって想像(ソウゾウ)出来ないのだ。


……いや、むしろ出逢(デア)わずともよいとさえ思っている。


ずっと一人のままであればこのまま悧羅(リラ)(ソバ)にいる事が出来るから。


思えば(ムカシ)、里を(ウツ)すという大きすぎる(ツト)めを終えて深い(ネム)りについてしまった悧羅(リラ)の姿を見て幼心(オサナゴコロ)(マモ)りたいと思った。闘技(トウギ)で負けてしまったときもこんなところで負けていてはまだまだ悧羅(リラ)(マモ)れないと(クヤ)しくて(ナサ)けなくて仕方(シカタ)なかった。勿論(モチロン)忋抖(カイト)(マモ)ると思うことすら烏滸(オコ)がましいのも分かっている。(オサ)である悧羅(リラ)容姿(ヨウシ)だけでなくその御能力(ミチカラ)絶大(ゼツダイ)なのだし、何より伴侶(ハンリョ)である(シン)悧羅(リラ)側近護衛(ソッキンゴエイ)(マカ)される立場(タチバ)にある近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)だ。実質(ジッシツ)里で1、2の強さを持つ二人が(ソロ)っていて(オサ)められない(イサカ)いなどないし、本当の意味で悧羅(リラ)(マモ)れるのは(シン)だけだ。


それでも悧羅(リラ)(マモ)ることに必要だと思えば(ミズカ)らの鍛錬(タンレン)布石(フセキ)になったし修練(シュウレン)にも身が入った。今、舜啓(シュンケイ)(トモ)近衛隊(コノエタイ)副隊長(フクタイチョウ)(ツト)める忋抖(カイト)の強さは(スベ)てあの時の思いから始まったのだ。


自分が悧羅(リラ)の子でなければ、と思った事がない(ワケ)ではないと言えば(イツワ)りになる。だがどんなに(シン)()(ウツ)しのようだと言われても忋抖(カイト)悧羅(リラ)を1人の鬼女(キジョ)として(イツク)しめる(ワケ)ではない。自分の父母は(マゴ)うことなく(シン)悧羅(リラ)なのだし2人がいなければ()に生まれ落ちることさえなかったのだ。忋抖(カイト)が当たり前のように悧羅(リラ)(ソバ)()られるのも、しなやかな(ウデ)()きしめてもらえるのも、無償(ムショウ)愛情(アイジョウ)(ソソ)いでもらえているのも(スベ)ては悧羅(リラ)の子であるという事実(ジジツ)があるからこそ享受(キョウジュ)されているにすぎない。一介(イッカイ)鬼神(キジン)でも里に()りる悧羅(リラ)()()うことは出来(デキ)るけれど縁者(エンジャ)であるからこその(イツク)しみは(ノゾ)んでも()られないことだ。


「……分かってるんだけどなあ……」


心内(ココロウチ)葛藤(カットウ)は大きな嘆息(タンソク)(トモ)に声に出てしまう。言葉にしてしまえば益々(マスマス)何を当たり前のことを、と苦笑(クショウ)(フカ)めるしかできなくなるというのに。


若君(ワカギミ)?』


心配(シンパイ)そうな声に視線(シセン)(モド)すと(トナリ)哀玥(アイゲツ)がきちんと()して首を(カシ)げている。()に足を()けている忋抖(カイト)と同じ目線(メセン)で見つめてくる哀玥(アイゲツ)に自分の思いを話してしまえばどんな(コタ)えを(カエ)すだろう。困惑(コンワク)するか、軽蔑(ケイベツ)するか、はたまた同情(ドウジョウ)してくれるだろうか。いつ何時(ナンドキ)忋抖(カイト)味方(ミカタ)でいてくれている(アヤカシ)(カナ)しませることだけはしたくないのだけれど。


「…なんだかね、やっぱり()(カタ)めないと駄目(ダメ)だよなあって思ってさ。近頃(チカゴロ)特に(ジイ)が力入れちゃってるから」


(カタ)(スク)める忋抖(カイト)の前でますます哀玥(アイゲツ)は首を(カシ)げた。


(オレ)もそれなりには考えはするんだけどさ。姉弟妹(シテイマイ)の中で(ツレアイ)になってくれそうなの見つけてないの(オレ)だけだし?300()えて1人っていうのも(マワ)りが安心(アンシン)できないだろうしな。……早いとこ見つけないとって考えてたら口に出ちゃったみたいだ。ごめんな?」


()みを(フカ)くして哀玥(アイゲツ)()びながらその(コウベ)()でるが(コマ)ったような視線(シセン)忋抖(カイト)をみつめたままそらされることはない。


小生(ショウセイ)には(ワカ)りかねますが、(ツレアイ)とは必ずしも持たねばならぬものなのでしょうか?』


「まあ、ずっと1人よりは(マワ)りは安心(アンシン)するでしょうよ。血も(ツナ)いでいかなきゃいけないしさ」


『それであれば特に(ツレアイ)をもたずとも()せるのではございませんか?1人で()られるのがお(サミ)しいのであれば(コト)なりましょうが。若君(ワカギミ)(チギ)りを(ムス)(カタ)をお(サガ)しになりたいのですか?』


丸い目を(ホソ)めて核心(カクシン)(セマ)ることを(タズ)ねられては忋抖(カイト)も、いいやとしか(コタ)えられない。その(コタ)えに哀玥(アイゲツ)はどこか満足(マンゾク)そうにますます目を細めてみせた。


『そうでございましょうとも。若君(ワカギミ)には(ナガ)きに(ワタ)りお(シタ)(モウ)しあげておられる御方(オカタ)(スデ)においでますのですから』


優しい声音(コワネ)と共に(ワズ)かに犬の(コウベ)微笑(ホホエ)んだように見えて、今度は忋抖(カイト)が首を(カシ)げてしまった。


「……うん?(オレ)にそんな(ヒト)居ないけど……?特別(トクベツ)相手(アイテ)()ないことは哀玥(アイゲツ)だって知ってるだろ?」


顔の前で手を()りながら伝えてみたが目の前の哀玥(アイゲツ)は小さくくすくすと(ワラ)い始めている。


『そうでございますね、(ジョウ)()わすことのみが唯一無二(ユイイツムニ)ではないのでしょうからそのようなお相手(アイテ)のことではございませんよ』


本能(ホンノウ)(ヒト)つとして他者(タシャ)(ジョウ)()わすのは忋抖(カイト)たち(オニ)にとって(メズラ)しいことではない。一時(イットキ)愉悦(ユエツ)(モト)めるためのものであり、それは同じ(アヤカシ)哀玥(アイゲツ)にとれば至極当然(シゴクトウゼン)の事だ。(タダ)呪物(ジュブツ)であった哀玥(アイゲツ)には()らない感情(カンジョウ)であるだけのことだが理解(リカイ)することは容易(タヤス)い。だが里の中、特に忋抖(カイト)ともあれば()()(モト)める鬼女(キジョ)が多いのは哀玥(アイゲツ)でなくとも(ダレ)もが知り()ていることでもある。(ワカ)という立場(タチバ)もあるだろうがそれ以上に眉目秀麗(ビモクシュウレイ)で、流石(サスガ)(シン)悧羅(リラ)の子だと賞賛(ショウサン)する声も多い。その(ウラ)(シン)とよく()容姿(ヨウシ)近付(チカヅ)いてくるのは純粋(ジュンスイ)忋抖(カイト)恋慕(レンボ)している者だけではなく、(シン)に対して(トド)かぬ(オモ)いを持っている者が多いこともまた事実(ジジツ)なのだ。忋抖(カイト)背後(ハイゴ)(シン)面影(オモカゲ)でも見ているのだろうが哀玥(アイゲツ)にとれば不愉快(フユカイ)なことこの上ない。()()(モト)めて(ムラ)がる鬼女達(キジョタチ)喉笛(ノドブエ)幾度(イクド)()千切(チギ)ってしまおうかと思ったことか……。里の(タミ)哀玥(アイゲツ)(アルジ)である悧羅(リラ)庇護(ヒゴ)している、眷属(ケンゾク)である哀玥(アイゲツ)にも(タミ)(マモ)ることは体躯(カラダ)(キザ)みこまれた(メイ)の1つだ。それさえ無ければ幾人(イクニン)()(コロ)していることだろう。


若君(ワカギミ)若君(ワカギミ)であるのに、その(ウラ)旦那様(ダンナサマ)を思うなど。


(タシ)かに忋抖(カイト)(シン)によく()ている。容姿(ヨウシ)だけでなくその(ヤサ)しい心根(ココロネ)までもしっかりと()()いでくれている。けれど、あくまで忋抖(カイト)忋抖(カイト)だ。()ってくる鬼女(キジョ)(オモ)いが()()だと()かっていて(ナオ)()()(オウ)じる忋抖(カイト)の優しさにつけこんで、()()がどれほどに忋抖(カイト)の心を()(ニジ)るかとも考えてもいないのだろう。いつも快活(カイカツ)(ワラ)っている忋抖(カイト)傷付(キズツ)かずにいるとでも思っているのだろうか。思い返せば思い返すほどに腹立(ハラダ)たしくなってきて哀玥(アイゲツ)は小さく(コウベ)()って渦巻(ウズマ)いている考えを追い出した。と眼前(ガンゼン)できょとりとしたままの忋抖(カイト)が首を(カシ)げている姿が見えて、また()みあげてくる(ワラ)いを(オサ)えることができない。


『……小生(ショウセイ)がどれほどの間、若君(ワカギミ)のお(ソバ)(ハベ)らせていただいておるとお思いでございますか?その小生(ショウセイ)若君(ワカギミ)御心(ミココロ)を読めぬとでも(オモ)うておいでか?』


「いや、だって本当にそんな(ヒト)いないしさ」


『おやおや、まだその(ヨウ)なことを(モウ)しておしまいになられますのか。ならば小生(ショウセイ)(モウ)()げてもよろしいのですか?』


(ワラ)いを(コラ)える哀玥(アイゲツ)の前で忋抖(カイト)戸惑(トマド)ったままの眼差(マナザ)しできょろきょろとし始めている。その姿(スガタ)(アイ)らしくてますます小さく(ワラ)えてきてしまう。


「……本当に()ないけど……。哀玥(アイゲツ)はそれが(ダレ)だって思ってるの?」


『……小生(ショウセイ)にとれば唯一無二(ユイイツムニ)、この世の(スベ)てと(モウ)しあげてもよい御方(オカタ)のことでございますよ。(アルジ)を、悧羅様(リラサマ)をお(シタ)(モウ)し上げておられるのでしょう?』


その言葉(コトバ)戸惑(トマド)って右往左往(ウオウサオウ)していた忋抖(カイト)視線(シセン)がびたりと止まり哀玥(アイゲツ)凝視(ギョウシ)した。受け止めた視線(シセン)がみるみる(ウチ)絶望(ゼツボウ)(アラワ)にしていくのが感じ取れて哀玥(アイゲツ)がそっと忋抖(カイト)()()ると、その身体(カラダ)は小さく(フル)えていた。


『ご(アン)じなさいますな、小生(ショウセイ)()()()口外(コウガイ)することはございませぬ(ユエ)


(フル)(ツヅ)ける忋抖(カイト)安堵(アンド)させる事が出来る様、その顔に()()りながら哀玥(アイゲツ)が伝えると大きな嘆息(タンソク)忋抖(カイト)から()れた。


「……何でそう思うの?」


少しだけ(フル)えた声音(コワネ)だった。忋抖(カイト)自身、気付(キヅ)いてはいても(ミト)めたくはなかった事だろうから出来(デキ)るだけ安心(アンシン)してもらえるように哀玥(アイゲツ)(オダ)やかに話すよう(ツト)める。


(アルジ)ほどの御方(オカタ)でございますよ?(ダレ)であれどのような(カカ)わりの(モノ)であれ心を(ウバ)われてしまいますのは(イタ)(カタ)のないことでございましょう?……何より小生(ショウセイ)(サト)られておらぬとお思いでございましたか?』


小さく(ワラ)い続ける哀玥(アイゲツ)に、それはそうかもしれないけど、とまた忋抖(カイト)嘆息(タンソク)()ってくる。


「……でも(オレ)母様(カアサマ)なんだよ?可笑(オカ)しいとか馬鹿(バカ)みたいだとか思わないの?」


(マッタ)くもってそのようなことを思うはずもございません。そのようなことよりも何故(ナニユエ)そのように思い(ナヤ)まれることがありましょうや』


「だって……」


血縁(ケツエン)(モウ)しますのはほんに厄介(ヤッカイ)なものでございますね。なれど若君(ワカギミ)小生(ショウセイ)(アヤカシ)でございますれば。これほどに()を強く(オモ)うておられるのは若君(ワカギミ)鬼神(キジン)であらせられるからこそ。()(アヤカシ)などそのように()(トラ)われることなどありますまい。親であれ子であれ魅惑的(ミワクテキ)(カタ)恋慕(レンボ)するなど至極当然(シゴクトウゼン)のことにございます。それが(アルジ)であれば(ナオ)のこと。()かれぬモノがおるのであれば(マミ)えてみたいものでございます』


そう。悧羅(リラ)()せられないモノなど()(キシ)でも()(キシ)でも()(ハズ)などない。それを縁者(エンジャ)というだけで気づかぬように(フタ)をしてきた忋抖(カイト)胆力(タンリキ)こそ賞賛(ショウサン)(アタイ)するものだ。


「でも、(トド)かないんだよ……。どんなに(オモ)っても母様(カアサマ)父様(トウサマ)のものだし、(オレ)(ウデ)の中には絶対(ゼッタイ)(オサマ)ってはくれない。……どんなに(オレ)父様(トウサマ)()てても父様(トウサマ)にはなれないんだ」


(ムネ)(ウチ)(アバ)かれて一気(イッキ)苦悩(クノウ)()れ出したのだろう。(オサ)えていた(オモ)いを言葉(コトバ)として(ツム)ぐ姿もまた(アイ)らしくて哀玥(アイゲツ)忋抖(カイト)(ヒザ)(コウベ)を乗せた。少しでも()らぐ気持(キモ)ちを落ち着かせて欲しかったのだ。


『そうでございますね……、若君(ワカギミ)旦那様(ダンナサマ)には()りえませぬ。若君(ワカギミ)(ノゾ)まれておられるようには(アルジ)(イツク)しむことは出来かねますでしょう。ですがそれが何だというのです?若君(ワカギミ)(ダレ)(ユル)しを()うこともなく(アルジ)()れることがおできになりましょう?また(ギャク)(シカ)り。(アルジ)如何(イカ)若君(ワカギミ)(イツク)しまれようが(ダレ)(トガ)められることもないのです。()がれてやまない(カタ)(オモ)う通りに()れることが出来ぬのはお(ツラ)いでしょうが、若君(ワカギミ)(アルジ)(シト)うておられても何人(ナンビト)若君(ワカギミ)非難(ヒナン)することなどできぬのです』


「だけど父様(トウサマ)母様(カアサマ)()()を知っちゃったら?子どもとしても見てもらえなくなるんじゃないかな……」


三度(ミタビ)嘆息(タンソク)(トモ)に出た忋抖(カイト)の言葉を哀玥(アイゲツ)は、そんなことはございません、と一笑(イッショウ)()してみせた。


小生(ショウセイ)(アルジ)はそのような御方(オカタ)ではございませぬ。(モト)呪物(ジュブツ)小生(ショウセイ)をお(ソバ)近くに置いてくださるほどの(ウツワ)をお持ちでございます(ユエ)旦那様(ダンナサマ)もまた同じ。むしろ御自分(ゴジブン)苦労(クロウ)若君(ワカギミ)も知っておいでになるとお(ヨロコ)びになりますことでしょう』


「そうかなぁ?」


無論(ムロン)にございます。ですから若君(ワカギミ)御心(オココロ)()(コロ)しておしまいになりますな。手に入らぬと思わばこそ里の女子(オナゴ)たちのように(ジョウ)()わされる御相手(オアイテ)(アルジ)と思うてもよろしいでしょう。……若君(ワカギミ)()()(ヨシ)となさるのならば、でございますが』


「……そんな事まで()かってたんだ?」


小さく苦笑(クショウ)しながら忋抖(カイト)(ヒザ)に置かれた犬の(コウベ)に手を乗せた。足は湯に()けているのにいつのまにか()えて(フル)えている指先(ユビサキ)哀玥(アイゲツ)体温(タイオン)(ツタ)わってじんわりと(アタタ)められる。哀玥(アイゲツ)(スベ)てで(ツツ)まれているように(カン)じて、ゆっくりと手を動かして(ヤワ)らかい毛並(ケナ)みを()でると小さく(ハナ)()らし始めた。


浅慮(センリョ)女子方(オナゴガタ)心内(ココロウチ)など小生(ショウセイ)見透(ミス)かせぬ(ハズ)がございませんでしょう?……()()とお分かりの上で(オウ)じておられる若君(ワカギミ)御心(オココロ)がいつ(コワ)れてしまわれるかと、そればかりを(アン)じておりました(ユエ)


「そっか……、でもさ(オレ)がこれから(サキ)(ジョウ)()わしていく相手(アイテ)母様(カアサマ)だと思っていたら、それは里の鬼女達(キジョタチ)と変わらなくなるってことにならないか?」


浅慮(センリョ)だと言われた鬼女達(キジョタチ)と同じでは忋抖(カイト)への(シン)(ウシナ)うだけでなく、そのような事を(ユル)していると見られて(オサ)である悧羅(リラ)への信頼(シンライ)失墜(シッツイ)するかもしれない。自分の(セキ)悧羅(リラ)を苦しませることだけはしてはならないことだ。けれど、哀玥(アイゲツ)(ナヤ)む事などない、と(ワラ)い始めている。


(ヨロ)しゅうございますか、若君(ワカギミ)。里の女子方(オナゴガタ)若君(ワカギミ)ではその(オモ)いの(フカ)さが(コト)なりましょう?女子方(オナゴガタ)若君(ワカギミ)(ムラ)がられるのは旦那様(ダンナサマ)への思慕(シボ)でございます。なれど、若君(ワカギミ)恋慕(レンボ)情愛(ジョウアイ)でございましょう?(トガ)められることなど(ダン)じてございません』


「それは哀玥(アイゲツ)欲目(ヨクメ)じゃないの?」


『そうでございますねぇ』


(ハナ)(ワラ)哀玥(アイゲツ)()られるように忋抖(カイト)が小さく(ワラ)いだすと(コウベ)を上げて哀玥(アイゲツ)忋抖(カイト)を見上げた。


『それでも良いではございませんか。小生(ショウセイ)が良いと(モウ)()げておるのです。何者(ナニモノ)よりも御側(オソバ)近くで若君(ワカギミ)を見て(マイ)った小生(ショウセイ)が、でございますよ』


「……(キラ)いになったりしない?軽蔑(ケイベツ)したりとかさ……」


(コマ)ったような(ワラ)いの中でその()(オク)不安(フアン)の色が()らぐのを見抜(ミヌ)いて、やれやれと哀玥(アイゲツ)体躯(タイク)を起こして()()ぐに忋抖(カイト)を見た。


『……小生(ショウセイ)(アルジ)(ナゲ)きの(ソコ)()とし(モウ)した(モト)呪物(ジュブツ)である、とお()りになられた時のことを(オボ)えておいででございますか?』


唐突(トウトツ)()いに忋抖(カイト)がまたきょとりとし(ハジ)める。


「えっ……と……。うん……、(オボ)えてるけど……。え?それがどうかした?」


小生(ショウセイ)出来得(デキウ)ることであれば(ユル)されるのであれば若君方(ワカギミガタ)姫君方(ヒメギミガタ)には()られることなく御仕(オツカ)(イタ)したいと(オモ)うておりました。(アルジ)は良いと(モウ)して(クダ)さりましたが、やはり(モト)辿(タド)れば(タダ)呪物(ジュブツ)、その上妲己殿(ダッキドノ)とは(コト)なる異形(イギョウ)姿(スガタ)(マコト)をお()りになれば如何(イカ)若君方(ワカギミガタ)とはいえ小生(ショウセイ)嫌悪(ケンオ)なさるだろうと』


()()()、話の核心(カクシン)()くには哀玥(アイゲツ)()()ちを(アラワ)にしなければならなかった。それはこれまで(アタ)えられていた(ヌク)もりを手放(テバナ)すことになるだろうとも悧羅(リラ)(ヒザ)の上で覚悟(カクゴ)した。()()()どんなに(イタワ)りの言葉をかけてもらえても優しく(コウベ)()出てくれるのは、オノレ何者(ナニモノ)であれ(イツク)しんでくれるのはやはり悧羅(リラ)だけなのだろうと思えば少しばかり(サミ)しくなったのも事実(ジジツ)ではある。


だがそれは(クツガエ)された。

忋抖(カイト)によって。


()()()若君(ワカギミ)小生(ショウセイ)(ミト)めて()け入れて下さいましたな。いつでも若君(ワカギミ)味方(ミカタ)家族(カゾク)なのだと。()()()(カイナ)(ツツ)んで(ハナ)れるなと(モウ)して(クダ)さいました。()()()小生(ショウセイ)がどれほどに(スク)われたことか……』


「……哀玥(アイゲツ)


見つめてくる灰色(ハイイロ)眼差(マナザ)しを()け止めて哀玥(アイゲツ)はしっかりと背筋(セスジ)()ばした。


()()()(ヒソ)かに(チカ)ったのだ。心優(ココロヤサ)しい忋抖(カイト)(オノレ)の手が(トド)く事であるならば(マモ)()く、何があろうと(オノレ)だけは忋抖(カイト)を信じていく、と。


若君(ワカギミ)小生(ショウセイ)(クダ)さったものを小生(ショウセイ)もお返しせねばねりませんね。……若君(ワカギミ)がどのような(カタ)であれ、ましてや(マン)(イチ)どのように(マワ)りが若君(ワカギミ)(トガ)める日が()ようともこの哀玥(アイゲツ)(ケッ)して若君(ワカギミ)(ウタガ)うことも、あろうことか軽蔑(ケイベツ)などするようなことも無いと(モウ)()げておきましょう。ですからこれより(サキ)若君(ワカギミ)御側(オソバ)(ハベ)ることを御赦(オユル)(イタダ)けませぬか?……(トキ)には(カク)(ミノ)にもなれます(ユエ)


(オダ)やかに微笑(ホホエ)んで伝えた哀玥(アイゲツ)体躯(タイク)は次の()にはふわりとした(カイナ)(ツツ)まれた。おやおや、と(ワラ)いを(フカ)める哀玥(アイゲツ)をぎゅうっと()きしめて忋抖(カイト)から大きな嘆息(タンソク)()れ出した。


「ありがとう、哀玥(アイゲツ)。お前にまで軽蔑(ケイベツ)されたらどうしようって本当は(コワ)かった」


『そのようなことありうることがございましょうか。小生(ショウセイ)にとりまして若君(ワカギミ)(スク)いの手を()ばして(クダ)さった(トウト)御方(オカタ)なのですから。……ですから若君(ワカギミ)小生(ショウセイ)の前では御心(オココロ)(コロ)さぬと(モウ)して(クダ)さいませ。小生(ショウセイ)では()()にしか()れぬのが心苦(ココログル)しくはございますが』


(ヘビ)()忋抖(カイト)()()でると少しずつ強張(コワバ)っていた身体(カラダ)から力が()けていくのが哀玥(アイゲツ)にも伝わってくる。自分に忋抖(カイト)のような(カイナ)があればこの(ヤサ)しい鬼神(キジン)()きしめて(アン)じさせることが出来るのに、異形(イギョウ)の姿の哀玥(アイゲツ)には()(ナグ)さめることしかできないのが(ツラ)いところだ。


「何だか哀玥(アイゲツ)味方(ミカタ)でいてくれてるって()かったら心が(カル)くなったよ」


身体(カラダ)(ハナ)して(ワラ)忋抖(カイト)()には(ウッス)らと(ナミダ)(ニジ)んでいる。それを()め取りながら哀玥(アイゲツ)(チイ)さく(ワラ)いながら(ヘビ)()()った。


容易(タヤス)()()めることでもないだろうに哀玥(アイゲツ)をこれ以上不安(フアン)にさせないようにする忋抖(カイト)姿(スガタ)(アイ)らしくて(タマ)らなかった。


若君(ワカギミ)御心(オココロ)のままに』


伝えた哀玥(アイゲツ)視線(シセン)がそこで(カエ)されたが、それは忋抖(カイト)(オナ)じだった。忋抖(カイト)が足を()けている湯処(ユドコロ)(サキ)から人の気配(ケハイ)がしたからだ。


しかも、これは……。


(リン)とした(ハナ)気配(ケハイ)を感じて哀玥(アイゲツ)即座(ソクザ)身構(ミガマ)えたが、(ハナ)された手が(コウベ)()でたことで落ち着きを取り(モド)す。


「……大丈夫(ダイジョウブ)()()だよ。……哀玥(アイゲツ)


『ですが若君(ワカギミ)……』


()づきか、という言葉(コトバ)は出すことなく()みこむしかなかった。忋抖(カイト)(ヒトミ)()らぐものが見えたから。


「……大丈夫(ダイジョウブ)……」


(コウベ)(ヤサ)しく()でられて、御意(ギョイ)哀玥(アイゲツ)(ヤミ)()けるように姿を()した。(ヤミ)()けた哀玥(アイゲツ)とは(ギャク)忋抖(カイト)湯煙(ユケムリ)(サキ)にある気配(ケハイ)身体中(カラダジュウ)()()()逆立(サカダ)つ思いを(カン)じていた。


()()であることには間違(マチガ)いはない。だが何とも言えぬ高揚感(コウヨウカン)がある。余程(ヨホド)能力(チカラ)を持つ術者(ジュツシャ)だろうか?そうだとしたら精気(セイキ)()りにきた忋抖(カイト)にとれば僥倖(ギョウコウ)だ。これだけの気配(ケハイ)であればほんのすこし(モラ)うだけでしばらくは人里(ヒトザト)()りることもしなくてよくなるだろう。()()けていた足をしっかりと地に置いて湯煙(ユケムリ)(サキ)から少しずつ近づいてくる()()意識(イシキ)(アツ)めていく。


(マミ)えたら最期(サイゴ)相手(アイテ)魅了(ミリョウ)する(タメ)(ミズカ)らの能力(チカラ)()(ハナ)つのだ。どんな(アヤカシ)であれ()()であれ鬼神(キジン)魅惑(ミワク)()てられてしまえば夢現(ユメウツツ)()精気(セイキ)()りとれるのだからどうということもない。


だがそんな忋抖(カイト)の思いは次には()(クダ)かれた。


ぱしゃり、と小さく水が(ハジ)ける音と(トモ)湯煙(ユケムリ)の先から見えた姿に一瞬(イッシュン)(トキ)が止まったと思った。


「え……、」


(オドロ)いたような声はその()()からのものか、はたまた忋抖(カイト)のものであったのか。


見えたのは白い(ハダ)を持つ(オンナ)だ。


ただ、その姿は忋抖(カイト)()がれて()まない姿によく()ていた。

明けまして御めでとうございます。

皆様にとってよい一年となりますように。


しばらくゆっくりペースで更新になりそうです。

もうしばらく御付き合い下さいませ。

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