繋ぐ《ツナグ》
大変遅くなりました。
更新いたします。
蛙の場から戻った紳はそのまま悧羅を寝所に引き込んだ。悧羅が気にしていた里の事も蛙達への礼も済んだのだから、あとはどれだけでも紳が悧羅を腕に包んでも誰も何も言わないだろう。ずっと腕の中から出していないとはいえ、いつ何処ででも組み敷きたい気持ちを堪えているのだ。どれだけ自分のものにしてもまだ足りず、悧羅が溺れ切って艶かしくなるたびに紳も沸るのを抑えることなどできない。都度自分の腕の中で果てていく悧羅を抱き留めながらこの刻が永遠に続けばいいのにと願ってしまう。けれど紳の思いとは裏腹に啝珈の提案通りに朝から磐里と加嬬によって務めの文書が持ってこられる。紳と悧羅が眠っている時には部屋の外にそっと置いてあるので目を通してから戻しておくと舜啓に渡してくれているようだった。それでも4日に一度は少なくとも隊舎に顔を出せとまで言われてしまっていたので、仕方なく務めにでるのだがどうしても心は悧羅の方に向いてしまう。
4日に一度が7日に一度、10日に一度…と段々と伸びていくのは紳にとっては至極当然のことだったが子ども達にとってはそうでもなかったらしい。半月を籠って過ごした頃だったろうか。意識を手放す寸前の悧羅と睦み合っていると、父様!、と部屋から遠いところから声がして紳も悧羅も動きを止めざるを得なかった。声の主は啝珈だったが他にも、やめとけって!、と制する子ども達の声がする。どうやら紳が籠って出てこないことを腹に据え兼ねたようだが止める声は全て男達のものだ。その中には舜啓や瑞雨、憂玘のものまであり紳は腕の中の悧羅と視線を合わせて苦笑してしまう。止める声はどんどんと近づいて来ているので啝珈が男達を振り切って部屋に近づいて来ているのだろう。
「…叱られるみたいだな」
「…そのようだ…。…なれど…、その…」
くすくすと笑いながらもとりあえず沸りきった己達を鎮めたくてまた紳が動き出すと悧羅から甘い声が上がる。
「早くしないと乗り込まれるからね?ごめんね?」
甘い声を出す唇を塞いで動きを速めると身を捩っていた悧羅の身体が大きく跳ねて強く紳を締め付けた。あまりに強い締め付けに、きっつと呻きながら紳も最奥で欲を吐き出すとその刺激でも悧羅が反り返る。それを押し留めて唇を離すと同時に勢いよく部屋の戸が開けられた。
「父様!!!」
「啝珈、待てって!!」
飛び込んできたのであろう啝珈の声に被さるように男達の声がする。まだ息の荒れている悧羅の額に口付けるとそっと閉じられていた瞼が開いて紳を捉えた。やれやれ、と嘆息しながらも苦笑する悧羅に軽く口付けてから紳は御簾の隙間から顔を出した。出来れば今の悧羅を男達には見せたくなかったのだが、ひょっこりと顔を出した紳を見て啝珈はずかずかと寝所に迫り御簾を上げてしまった。おいおい、と苦笑する紳もどうにか悧羅を隠そうと腕の中に仕舞い込む。互いの身体に布団は掛けているがそれでもちらりと見える悧羅に男達は一斉に視線を外した。
「せめて4日に一度は出てって言ったよねえ?!」
上げた御簾の場にどかりと座り込んで啝珈がぶすっとした声で言い放つ。姿形は悧羅そっくりなのに、ともすれば性格は咲耶のようだ。
「言われました…、言われましたけども、寝所に飛び込んでくるか?」
小さく笑い続けながらも悧羅から離れようとしない紳の腕を啝珈が引っ張った。けれどまだ悧羅の中に入ったままの紳は動くことが出来ない。紳が引っ張られた刺激で動いてしまい悧羅が息を呑んでいるのが分かるからだ。
「出てこない父様が悪いんでしょ?啝珈との約束を違えるから!これでも随分我慢してあげたんだからね!?」
「そりゃどうも…」
引っ張られる腕をそのままに紳が笑うと、もう!と啝珈が童のように頬を膨らませている。怒りで気づいていないようだが部屋には悧羅の残滓が漂っているはずだ。その証に男たちは部屋の入り口から近づけないようであるし、ともすれば堕とされてしまいそうになるのを必死に堪えているようにも見えた。
「一応、父様は近衛隊の隊長なんだからね?母様ばっかり愛でてたら隊士達に示しがつかないでしょう?!」
「…だって荊軻は良いって言ってたぞ?悧羅の用が終わって、俺の務めの文書が片付いたらどれだけでもって」
「そんなの建前に決まってるでしょ!今日という今日はちゃんと務めに出てもらうからね!ほら!」
ますます紳の腕を強く引っ張る啝珈に紳は声を上げて笑い出すしかない。荊軻は本気で言ってくれたと思っているが啝珈にとってはそうではないらしい。わかったから、と引っ張られる腕はそのままに紳は啝珈に少し待て、と伝える。
「待ってたらまた籠るでしょ?今すぐ!」
もう!とまた頬を膨らます啝珈に、ちょっと障りがあるんだよ、と紳は穏やかに言って聞かせる。障り?、ときょとりとする啝珈に紳はまた声を上げて笑ってしまう。
「ちゃんと今日は出るから。その前に俺まだ悧羅の中にいるんだよ?」
悪戯に笑って見せると、早く言ってよ!と啝珈が紳の手を離した。
「言わせなかったじゃないか。寝所にも飛び込んできたし?出る段取りじゃなかったんだよ」
くすくすと笑う紳の腕の中で悧羅がほんの少し身じろぎをした。今声を出せば男達は堪え切れないだろうが、紳が啝珈に引っ張られるたびに悧羅にも刺激がきていたのだ。
「だから待てって言ったのに…。外から声掛けるだけならまだしも寝所の中にまで飛び込むなんて…」
まったく、と嘆息しながら忋抖が啝珈に手招きする。どうあっても紳や悧羅の側までは寄れそうにないのだから啝珈が離れてくれるほうが助かるのだ。だって父様が!、と忋抖の方に寄りながら言う啝珈を舜啓が宥める。
「務めの文書には目を通してくれてるから、俺としては問題ないけどね。あるとしたら早くここから出たいかな?」
「舜啓が優しすぎるから父様が出てこなくなっちゃうんだよ?あれでも一応まだ隊長なんだからね!」
「分かったってば。ちゃんとこんなんでも今日は出るから」
あんなんでも、と2回も言われて笑う紳に本当ごめんと男達が謝りながら啝珈を伴って部屋を出て行く。戸が閉められたのを見やってから上げられていた御簾を降ろすと紳は腕の中の悧羅に視線を落とした。
「大丈夫?」
くすくすと笑いながら悧羅の額に口付けるとびくりと身体が震えている。
「どうにか声は堪えたがの…。其方が引かれるたびに沸ってしもうて…」
腕を伸ばして紳の頬に触れながら言う悧羅に紳も笑いを隠せない。それは紳とて同じ事であったからだ。潤んだ目で見つめられて吸い寄せられるように深く口付けるとそれだけで互いの熱がまた上がる。
「…出てゆかねばまた啝珈に叱られてしまうえ?」
「そうなんだけどねえ…、こんな悧羅見てたら堪えろって言うのが無理な話だよ?声を堪えてくれたのは有難かったな」
「…この時の妾の声は紳だけのもの故。例え愛しき子らであろうとも聞かせるわけにはならぬであろ?」
互いの額を付けて悧羅が笑うと紳も、そりゃそうだ、と笑ってしまう。紳の腕の中で見せる悧羅は紳だけのものだ。身体はもちろん声も吐息も何もかもが他に見せて良いものではない。誰か他に知っている者がいるならば、まず斬り捨ててしまっているだろう。
「悧羅の全部は俺だけのものなんだから誰にも見せちゃ駄目だよ?」
笑いながら首筋に唇を這わせて行くとまた甘い声が漏れてくる。悧羅も務めのことを気にしているのだろう。名を呼ばれるが紳だけの声と喘ぎを聞かされては止まることなど出来るはずもない。分かってるよ?、と苦笑しながら慈しみ始めると先程までの余韻と啝珈がいた時の沸りで難なく悧羅が昇っていく。残っていた余韻に刺激を増やされて容易く果てていく悧羅の身体はもう小さく震えだしている。その姿に目を細めながらも紳も中で締め付けられてより沸ってしまう。
「…もう…、本当にどこまで俺を堕とし続けたら気がすむんだろうね?」
啄むように口付けて動き始めると自分の身体が離れないように悧羅の腕と脚が紳に絡み付いて来た。その仕草さえも紳を沸らせることを悧羅は知らないだろう。求めているのは紳だけなのだ、と甘い声と荒れる息と喘ぎの中から仕草で示しめくれる。それがどれほどの倖であるかなどきっと悧羅は知る由もない。突き上げる速さを速めながら幾度も悧羅を絶頂へと導いて自分も悧羅の最奥で果てながらそれでも睦みあっていたくてどちらからともなく深く口付ける。身体に巻きついている悧羅の腕や脚が冷たくなりはじめて痙攣するのを感じて紳は更に勢いを増して突き上げる。まだ、と求める声は喘ぎに消えた。一際大きな声と共に跳ねた身体を自分の身体で抑え込んで紳も欲を吐き出すと、ぱたりと悧羅の腕と脚が落ちる。意識さえも手放した悧羅にもう一度深く口付けて仕方なく務めのために悧羅から出ようとして紳は阻まれてしまった。
悧羅が強く締め付けて紳を出さないのだ。
「…務めにいけないじゃないか…」
小さく笑いながらもう一度悧羅に深く口付けてから紳もごろりと布団に横になった。胸の上に悧羅を乗せて抱きしめるが、さてどうしたものかと笑いが出てしまう。このままでは務めになど出れないし、かといって部屋から出ていかなければまた啝珈が乗り込んでくるだろう。乗り込んできたならば悧羅も目を覚ましてくれるだろうからある意味では都合が良いかもしれない。
そう遅くはならないだろうなあ。
苦笑しながら悧羅を抱きしめる腕に力を込めて紳も目を閉じた。啝珈が起こしてくれるだろうからそれまでは休んでいても問題はない。
大きくなっても野分きのようだ。
小さく笑いながら紳も眠りに落ちたが思っていた通り啝珈が飛び込んできたのは一刻ほどが経ってからだった。もちろん男達に止められながらではあったけれど、その声で目を覚ました悧羅の中から部屋に飛び込まれる前に紳が出たので悧羅の甘い声を誰にも聞かれずに済んだようだった。
「父様ってばあ!!」
大声で飛び込んできた啝珈に苦笑しながら寝間着を羽織って一度悧羅に口付けてから御簾の外に出ると一度務めに出たのだろう。隊服姿の啝珈が仁王立ちで待ち構えていた。男達も隊服姿なので一緒に務めに出ていたのだろうと思われた。ごめん、と皓滓が苦笑しながら紳を見ている。御簾は降ろしているから悧羅の姿は見えないだろうが、それなりに残滓は漂っているはずだ。
「務めに出たんだけど一度見廻りから戻ってきても父様が来てないっていうんで姉様が怒っちゃって…。止めたんだけどこういう時の姉様怖いからさ」
「俺たちとしてはもうここには近づきたくなかったんだけどねぇ」
苦笑する皓滓の後ろで灶絃と玳絃が口を揃えた。忋抖は肩を竦めながら部屋の入り口の戸に身体を預けている。
「啝珈が飛び出そうとしたんで止めようとしたんだけど、皓滓一人じゃ無理だったんだよ。舜啓が俺たちも行けっていうからさ…。自分は寄りたくないからって」
くすくすと笑う忋抖に、だろうねぇと紳も笑った。同じ男であるからこそこの部屋に漂う残滓には抗い難いことは分かる。どんなに悧羅を母だと思っている舜啓でも血の繋がりはないのだから子ども達が堪える以上の胆力を要するだろう。
「父様がちゃんと出てきてくれたら啝珈だって怒らないよ!約束したのに出て来てないのが悪いんでしょ!?」
憤慨する啝珈に紳は苦笑するしかない。とりあえず啝珈の近くに寄って、ごめんと謝りながら頭を撫でる。もう!、と頬を膨らませる啝珈に声を上げて笑ってしまう。
「いやちゃんと行こうと思ってたよ?でも悧羅が悪い。離してくれないんだもん」
きょとりと首を傾げる啝珈の頭を撫でていると御簾の中から、これと嗜めるような悧羅の声がした。まだ熱を持ったような声音に男達がぶるりと震えたのが見えて紳は苦笑する。
「出て来ちゃ駄目だよ、悧羅?」
「ならばそのようなせんないことを言うてくれるでないよ」
御簾越しに声をかけると悧羅の声がまた響いて咄嗟に男たちは耳を塞いでしまう。それにまた笑ってとりあえず湯を使ってから行くよ、と啝珈の頭を掻き混ぜると、信用できない!と啝珈が首を振った。
「引っ張って連れて行かないと湯を使ってからまた母様のとこに来たら絶対父様負けちゃうでしょ?啝珈は見張るからね!」
「…俺そんなに信用ないの?」
「これまでのこと考えたらそうなるでしょ?さっさと湯に行ってきて!」
はいはい、と苦笑しながら湯殿に向かう紳が男達に大丈夫か?、と笑いかけた。何とかね、と苦笑しているが出来るだけ早くここから立ち去りたいのは見ていれば分かる。
「啝珈が見張るらしいから戻っててもいいぞ?」
「…願ってもないね」
紳の言葉に大きく嘆息して男たちはそれぞれに務めに戻っていった。それを見やってから紳も湯殿に入ると既に隊服が支度されていることにまた声を上げて笑ってしまう。きっと啝珈が磐里か加嬬に頼んで支度してもらっていたのだろう。
本当に逃す気はなさそうだ。
込み上げる笑いを堪えきれずに湯を使って汗を流すと手早く支度を済ませて湯殿を出る。湯殿の戸を開けると目の前に啝珈が座って待っていた。
「どんだけ信用ないんだよ」
くすくすと笑いながら言う紳の手を取って、行くよと中庭に降りようとする啝珈に少しだけ待つように紳が伝える。
「悧羅に行ってくるって言ってないからね」
「仕方ないなあ…。戸は開けといてよ?」
大きく嘆息して紳の手を離した啝珈に、はいはいと笑いながら紳は自室に入る。言われた通りに戸は開けたままで御簾の中に入るとまだくったりとした悧羅が布団に横たわっていた。
「どうしたって逃してもらえないみたいだから、今日は行ってくるよ?ゆっくり休んでてね」
頬に口付けて言う紳に、せんないこと、と悧羅が小さく笑う。そのまま腕を伸ばして紳の頬に触れて撫で始める。
「待っておる故、早う戻っておくりゃ」
「うん。すぐに戻って来るよ」
撫でられる手を包んで甲に口付けてから紳は御簾を出た。刻をかけすぎてしまってはまた啝珈に叱られてしまうだろうと思ったのだが、出てきた紳に啝珈は満足そうだった。
「迎えに行かないと駄目だと思ってたけど、やれば出来るんじゃないの」
「これだけ娘に見張られてたらどうしようもないだろ?」
「見張られたくなかったら啝珈との約束を違えなきゃいいんだよ」
笑いながら紳の手をとって、はい務め!、と翔け出した。つられるように翔け出しながら紳はやはり笑いを堪えることが出来なかった。隊舎に着いても啝珈は紳の手を離すことなく中に入る。子に手を引かれて苦笑しながら久方振りに務めに出てきた紳を見て隊士達は笑いを堪え切れなかったようだ。中には腹を抱えて笑い出す者たちまで居て、こちらの方が近衛隊隊長としての権威も威厳も無くしてしまうのではないかと紳も笑ってしまう。
「啝珈様には隊長も敵わないんですねえ」
手を引かれて卓に座らされた紳に笑いすぎて浮かんだ涙を拭きながら隊士達が言う。当の啝珈は紳を座らせると自分も椅子を持ってきて紳の横に座った。どうやら一日中見張るつもりのようだ。
「姿形は悧羅そっくりなのになぁ。何処かで間違ったかねぇ」
苦笑しながら隊士達に応えると啝珈が卓を叩いた。置いてある文書に目を通せと言いたいのだろう。
「…お前…、一日中見張るつもりだろ?」
「当然!だってそうでもしないと刻が出来たら母様の所に行こうとするでしょ?今日は昼餉の刻も宮に帰っちゃ駄目だからね!」
「…嘘でしょ…?悧羅が待ってるのになぁ」
声を上げて笑う紳に父様が悪い、と啝珈は頬を膨らませてみせた。そんな啝珈とて一部隊を率いているのだから決して暇があるわけではないのだが、それでも紳から目を離せばすぐに悧羅の元に飛んで行ってしまうことは分かりきっていた。務めに連れ出せたのだから時には近衛隊隊長としての責務をこなしてもらわなければ悧羅も子である啝珈たちも隊士達に面目が立たないのだ。
「駄目っていったら駄目だからね?今日という今日はちゃんと近衛隊隊長として動いてもらうんだから」
ほら、と卓をもう一度叩いて啝珈は紳に務めを行うように促す。そうは言われて見ても既に陽は高く昇っているし隊士達への指示も副隊長である舜啓が出してくれている。今から紳のすることなど文書に目を通すことと隊士達に鍛錬をつけるくらいのことだ。やれやれ、と苦笑しながら嘆息して紳は、哀玥、と静かに呼んだ。忋抖と共に見廻りに出ていたであろう哀玥が何処からともなくするりと現れる。
“お呼びでございますか、旦那様”
隣に座った哀玥の頭を撫でながら、昼餉は宮で摂れないと悧羅に伝えてくれるように頼む。ちらりと哀玥の視線が啝珈に移されてくすくすと笑いながら、御意、とまた姿を消した。
「これで良いですかね、お姫様?」
「まあ良いことにしてあげるよ。その代わり昼餉は啝珈が一緒に摂ってあげるからね?嬉しいでしょ?」
ふふん、と鼻を鳴らしながら茶を淹れに行く啝珈に紳は笑いが止まらない。昼餉を共に摂るということは、その間も見張り続けられるということなのだから。
「そんなに見張らなくたって俺だってそう逃下野しないよ?」
卓の文書を開きながら言う紳の前に茶が置かれる。
「いいえ!父様も言ってたでしょ?加減なんて忘れたって。ようく分かったもん。これから4日に一回は啝珈が迎えに行くからね?」
「…寝所までかよ?」
「でないと捕からまらないでしょ?それが嫌ならちゃんと4日に一回は出てきてよね?」
紳の隣に置いた椅子に座って茶を啜りながら言う啝珈は当たり前だとでもいう顔をしている。それにもまた笑いながら、わかってないなあ、と紳は文書に筆を走らせる。何が?、ときょとりとする啝珈にますます紳は笑ってしまう。
「俺の最優先の責務って何だ?」
「長の側近護衛でしょ?そんなの聞かれなくたって分かってるよ?」
首を傾げる啝珈に、うんと紳は頷いた。
「だろ?だからちゃんと務めは果たしてんの。俺が悧羅と籠る以上の側近護衛なんてないだろ?」
「…まあ、確かに…」
紳の言葉に納得しかけた啝珈だったがすぐに、違う!、と紳の背中を叩いた。確かに側近護衛をしていると思えばそうかも知れないが紳はただ悧羅と籠りたいだけなのはすぐに分かったからだ。
「それとこれとは別でしょ?ちゃんと近衛隊隊長として立ってないとすぐに堕落するんだからね?!父様が堕落したら母様を護るどころか母様がますます無理しちゃうことになるんだよ?」
「まあそれはそうだな。だけど大丈夫だよ?」
何が?と聞く啝珈に紳はますます笑って見せる。卓の文書を手早く片付けながらちらりと啝珈を見やる。
「だって俺もう悧羅に堕落しちゃってるもん。何かあれば俺が盾になるし?悧羅にばっかり無理はさせないさ。そんなに柔な鍛え方はしてないからね」
「…それ堂々と言うの?父様ってほんっと母様の事になると自分を保てないよねえ」
呆れたように大きく嘆息する啝珈に紳はまた笑ってしまう。そりゃそうだ、と笑いながら文書を片付け続ける紳に啝珈も笑うしかなかったが、とりあえず今日一日は紳が務めを離れることは無さそうだ、と何処か安堵もしてしまった。
色々と立て込んでまして更新出来ずでした。
しばらくゆっくりめの更新になるかと思いますが、もう少しお付き合いくださいませ。
お楽しみいただけましたか?
ありがとうございました。