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贈る《オクル》

遅くなりました。

更新致します。

(シン)の山のように()みあげられた文書(モンジョ)一応(イチオウ)の落ち着きを見せたのは夕刻(ユウコク)(セマ)った頃だった。それまで悧羅(リラ)(ヒザ)の上から(ハナ)すことはせず、かといって目が合えば口付けを繰り返す紳に見廻(ミマワ)りから(モド)ってきた啝珈(ワカ)(アキ)れ返ってしまっていた。


母様(カアサマ)を離せば早く終わるんじゃ無いの?」


苦笑しながら二人の前に寄ってきた啝珈(ワカ)に、取り上げたら全部舜啓(シュンケイ)に廻すんだって、と皓滓(コウサイ)(アキ)れたように(ツブヤ)いた。紳と悧羅のいる(ツクエ)の前に舜啓(シュンケイ)忋抖(カイト)皓滓(コウサイ)椅子(イス)を持ってきて座っているのにも首を(カシ)げる啝珈(ワカ)に、お前も持ってこい、と忋抖(カイト)が言う。


見張(ミハ)ってないとすぐに父様(トウサマ)母様(カアサマ)(イツク)しみ始めるんだよ。手が止まるからその都度(ツド)(イサ)めないと全然進まないんだ」


「…父様(トウサマ)らしいね」


笑いながら椅子(イス)を持ってきて(スワ)った啝珈(ワカ)に悧羅が(ツカ)れたであろう?、と手を伸ばして(ホオ)()れてくる。


全然(ゼンゼン)だよ。これから鍛錬(タンレン)だから…、でも副隊長(フクタイチョウ)()()してなきゃならないなら今日は無理かもね」


くすくすと笑う啝珈(ワカ)に、では(ワラワ)鍛錬(タンレン)を見ようか?、と悧羅が言う。それには隊士達(タイシタチ)浮足(ウキアシ)立ったがすぐに紳に(セイ)された。


「だから俺から(ハナ)れないでってば!俺の居ないところで悧羅が何かしてるって思ったらはらはらするんだから。そうなった、()()全部焼き(ハラ)うからね!」


言いながら口付けてくる紳に、おやまあ、と悧羅も苦笑せざるを()ない。舜啓(シュンケイ)に廻すまでならどうにか悧羅も手伝えるが焼き(ハラ)われてしまっては後々(ノチノチ)荊軻(ケイカツ)に何と言って(イサ)められるか分かったものではない。笑っている悧羅に口付けを繰り返す紳を、父様(トウサマ)!、と忋抖(カイト)(イマシ)めると渋々(シブシブ)と手と目を動かし始めるのだ。灶絃(ソウゲン)玳絃(タイゲン)昼餉(ヒルゲ)から(モド)ってくるなりその状況を目にして声を上げて笑いながら悧羅の(ソバ)椅子(イス)を持ってきて(スワ)る。哀玥(アイゲツ)までも(ウレ)しそうに悧羅の(ソバ)(ハベ)って、(シマ)いには瑞雨(ズイウ)憂玘(ウイキ)まで(ソロ)ってしまった。


「宮の中と変わらないじゃないか」


苦笑しながら手を動かす紳に(ミナ)も笑う。紳を見張(ミハラ)ねばならないのは本当だが本音(ホンネ)を言えば(ダレ)もが悧羅の(ソバ)に居たいだけなのだ。紳が文書(モンジョ)片付(カタヅ)けて悧羅が(カエル)娘子(ムスメゴ)たちに(コロモ)(トド)け、里の様子を確かめて安堵(アンド)したならばまた紳が悧羅を寝所(シンジョ)から出さないことは分かっているからだ。成人したとはいえ子ども達や舜啓(シュンケイ)瑞雨(ズイウ)憂玘(ウイキ)も悧羅の姿が見えないとやはり(サミ)しく思えてしまう。ただそこにいるだけでも悧羅の姿があれば何故(ナゼ)(ツツ)まれたように(ヤス)らげるのだ。


悧羅が居なくなっていた七月(ナナツキ)は紳だけで無く、宮で過ごす(ミナ)にとっても(サミ)しくて(オソロ)しくて不安でならなかったのだから。


父様(トウサマ)が少しでも母様(カアサマ)を俺たちに貸してくれたらここまで見張(ミハ)らなくて済むんだけどね」


椅子(イス)()らしながら笑う玳絃(タイゲン)に子ども達も同意する。ほんの少しでも悧羅と(ジカン)を過ごせれば子ども達も本当に無事(ブジ)(モド)って来てくれたのだ、と安心できるのだがどうあっても紳が悧羅を(ハナ)さない。朝もそうだったが朝餉(アサゲ)()(トキ)でさえ悧羅を(ヒザ)から降ろそうとはしないのだ。今も手と目は動かしてはいるが、片手は悧羅を抱きしめたままだ。


「だって俺のだもん」


くすくすと小さく笑いながら文書(モンジョ)に目を通して言う紳にもう(ミナ)笑うしかない。本当にどこまで(オボ)れれば紳の悧羅に対する()えは(イヤ)されるのだろう?500年も(タガ)いに想い続けるだけでもまだ150年ほどしか生きていない子ども達には気が遠くなるような話だ。それだけの(ジカン)を想いあっていても手さえ伸ばせなかったことを思えば紳の今の姿も(イタ)(カタ)ないとは思えるが、それでも(モド)ってきてからの紳の(オボ)れ振りは目に(アマ)る。気を()けば子ども達が居てもその場で()()きそうなほどなのだから、こちらとしても気が気でない。


(オボ)れる理由は見ればわかる」


そう紳は言うけれど見てしまったらきっと最後だろうとは男子(ダンジ)たちや舜啓(シュンケイ)瑞雨(ズイウ)憂玘(ウイキ)でさえも同じ思いだ。宮で縁者(エンジャ)として共に過ごしてはいるが前々から悧羅のふとした所作(ショサ)に心を(ウバ)われそうになることがあった。母であるから、悧羅であるからと自分たちの中で(オサ)え込むことが出来てはいるものの紳が居なければ、縁者(エンジャ)でなければ夜伽(ヨトギ)(メイ)じられていれば喜んで受け入れていたと思う。特に舜啓(シュンケイ)などは媟雅(セツガ)(チギ)ることで縁者(エンジャ)となったが血の(ツナ)がりはない。(オサナ)い頃から母のようだと思っていたけれど、紳が悧羅と(チギ)っておらず、夜伽(ヨトギ)の相手としてさえ選ばれていなければ今頃声がかかっていたことだろう。


本当に紳がいてくれて良かったよ。


言葉には出さないが舜啓(シュンケイ)はいつも思っている。紳でなければ悧羅をここまで(サイワイ)にすることなど出来なかったであろうし、(イト)しい媟雅(セツガ)を手にする事も出来なかった。何より(オサ)伴侶(ハンリョ)でありながら紳が見せる悧羅への(イツク)しみは民達(タミタチ)(ツレアイ)(イツク)しむ姿と何ら変わりがない。紳にとっては悧羅は里を護る(オサ)である前に、ただ(イト)おしすぎる鬼女(キジョ)でしかないのだ。


目の前で忋抖(カイト)灶絃(ソウゲン)たちに(タシナ)められながらも悧羅を(イツク)しみながら(ツト)めを終わらせていく紳を(ボウ)っと見やっていると、どうした?と悧羅の声がかかった。


「なんでもないよ。本当に宮での姿と変わらないって見てただけ」


笑いながら(コタ)えると、それはちと(コマ)ったのお、と悧羅は笑っている。


(カエル)娘子(ムスメゴ)たちに(ワラワ)毅然(キゼン)と立っておると思われておるそうだ。()()では(シメ)しがつかぬの」


くすくすと笑う悧羅に、いいんじゃないの?と啝珈(ワカ)が茶を差し出した。


母様(カアサマ)頑張(ガンバ)り過ぎたり、(カカ)え込みすぎたりするから。父様(トウサマ)といる時くらい少し肩の力を抜いても(ダレ)も何も言わないよ」


「…それは荊軻(ケイカツ)にも申されたのだが…。そう気を張っておるわけでもないのだがな」


「それは母様(カアサマ)がそう思ってるだけ。()()()()()間も里の全体(ゼンタイ)を護るように(ユル)やかに能力(チカラ)を使ってるでしょ?出入りの門の(マジナイ)もそうだしね。ずっとしてたことだからあんまり気にして無いのかもしれないけど、普通の鬼がずっとそういうことしてたらあっという間に精気(セイキ)枯渇(コカツ)しちゃうんだからね」


「大したことではない。その態度(テイド)(タオ)れるような事などない(ユエ)


茶を(スス)りながら笑う悧羅に、だから心配なのと啝珈(ワカ)(アキ)れながら椅子(イス)に座って自分も茶を(スス)り始めた。(ホカ)の子らや紳に、俺たちのは?と聞かれるが、自分でどうぞと笑っている。


頑張(ガンバ)ってる俺にもないのかよ」


苦笑しながら紳は悧羅の手から茶を飲ませてもらっている。そのまま口付けようとする紳を、(ツト)め!、と啝珈(ワカ)(シカ)る。


「…また(シカ)られた…」


(ツブヤ)きながらも悧羅に口付けてから手と目を動かし始める紳に(ミナ)嘆息(タンソク)してしまう。紳の(ヒザ)の上から降りることを(ユル)されない悧羅もくすくすと笑っているばかりだ。


「ほれ、頑張(ガンバ)ってお(ツト)めやし。里のことや(カエル)娘子(ムスメゴ)たちのところにも()かねばならぬ(ユエ)(オソ)うならば(コモ)ることも(オソ)うなるえ?」


笑いながら(ホオ)()れられた紳が、それは(コマ)るとそれまでとは(クラ)べものにならない速さで手を動かし始めた。()れられた(ホオ)から熱が(タギ)ってしまいそうになるが、さすがにここでは深く口付けることも()()くことも出来る場ではない。そんな事をしてしまえば紳だけの悧羅をこの場の全員が見てしまう事になるし、そんな悧羅を見てしまっては何処(ドコ)から手が伸びてくるかも分からない。何より悧羅に(コモ)ることを(ウナガ)されてしまっては急がざるを()ないではないか。苦笑しながら手を動かし続ける紳を見て、本当にもう、と灶絃(ソウゲン)が笑い始める。


父様(トウサマ)にやる気を出させるのも堕落(ダラク)させるのも母様(カアサマ)にしか出来ないんだね」


「おや?そうでもないえ?其方(ソナタ)たちは紳と(ワラワ)(タカラ)其方(ソナタ)たちに何某(ナニガシ)かあらば紳は(ワラワ)が止めても動くであろうし(ウツロ)にもなろうて」


小さく笑いながら言う悧羅が、のう?、と紳に()れると手は動かしたままで紳も、うん、と(ウナズ)いた。


「当たり前だよ、これでも俺父親(チチオヤ)だし?瑞雨(ズイウ)憂玘(ウイキ)にとれば(ジイ)さんだけどな。大事なものは全部護るさ。…でも最優先は悧羅なんであんまり心配かけないでくれ。(コモ)れなくなると(コマ)るから」


「紳くんが(ジイ)ちゃんって…。いや、そうなんだけど…。俺たちとあんまり変わらない姿だからさ、あんまり実感として無いんだよね」


下手(ヘタ)すれば俺たちより若く見られるくらいだからね」


すっかり宮の中に居る気分になって普通に話す瑞雨(ズイウ)憂玘(ウイキ)舜啓(シュンケイ)小突(コヅ)いたが、すでに自分も悧羅を名で呼んでしまっている。今更(イマサラ)か、と苦笑して隊士達(タイシタチ)には見て見ぬ振りをしておくように仕草(シグサ)(シメ)した。


「これでも600年生きてんだけどね。それも悧羅のお陰かな?いつまでも若くはないけどさ、悧羅の横に立つ以上は悧羅が恥ずかしく無いようにはしとかないとな」


「おや?ならば(ワラワ)も紳の(トナリ)(ハベ)らねばならぬ(ユエ)其方(ソナタ)()じぬようにせねばならぬの。なれど(ワラワ)が ()いれば其方(ソナタ)()いる。それで良いではないかえ?紳であらば()いても良き(オノコ)であろうが」


「悧羅はそのままで大丈夫(ダイジョウブ)だよ?これ以上可愛(カワ)いくなってもらうと一時(イットキ)も目を離せなくなるからね。それに悧羅は()いても可愛(カワ)いいさ」


おやまあ、とくすくす笑う悧羅に笑ってまた紳が口付けようとするのを子ども達が、父様(トウサマ)!、と(イサ)めた。隊舎(タイシャ)の中にいる隊士達(タイシタチ)も見たことのないほど(ヤワ)らかな顔で紳に(イツク)しまれている悧羅と(イツク)しむことを(カク)そうともしない紳の姿に見て良いものかどうなのか困惑(コンワク)してしまう。けれどすぐ()()滅多(メッタ)(マミ)えることのない悧羅の姿があってはどうしても視線を向けずにはいられない。隊舎(タイシャ)の中にあって()()であるのならば宮の中ではどのようなものなのだろう、と(ダレ)もが苦笑(クショウ)してしまう。(タミ)(ダレ)もが美しく気高(ケダカ)いと思い(アコガ)れてやまない悧羅のことを難なく可愛(カワイ)いと言ってのける心情(シンジョウ)は理解し(ガタ)いが、紳にとっての悧羅は(オサ)ではなく(タダ)伴侶(ハンリョ)として見ているのだ。


口付けたいのを寸前(スンゼン)で子ども達に(イサ)められて、もう!と(ホオ)(フク)らませながら渋々(シブシブ)()まった(ツト)めを手早く片付けていく紳にもいつもの近衛達隊長(コノエタイタイチョウ)としての姿は見れはしない。子ども達に(カコ)まれ悧羅を(ヒザ)に乗せて話をしている姿は何処(ドコ)にでもいる父の姿だ。(アキ)れ返ったように紳の(ヒザ)から悧羅を(ウバ)い取ろうとする子ども達に必死で(アラガ)う姿など見たくてもみれるものではなかっただろう。


「ちゃんと済ませるから取らないでってば!俺のなの!」


幾度(イクド)(イサ)めても一向(イッコウ)に言う事を聞かない紳を子ども達が(シカ)りつけ、悧羅はそれを笑って見ている。あまりに(アデ)やかな微笑(ホホエ)みに心を(ウバ)われそうになった隊士達(タイシタチ)が数人外へ出ていくのが見えて、舜啓(シュンケイ)は小さく笑い出した。


「ほら、あんまり長く悧羅を見せとくと隊士達(タイシタチ)我慢(ガマン)できなくなるよ?」


くすくすと笑いながら紳に向かって言う舜啓(シュンケイ)に、それはまずいな、と紳も苦笑する。


「悧羅に手を出されたらその場で()り殺しちゃうだろうから」


「だったらさっさと終わらせてくれる?悧羅がいるだけで当てられる(ヤツ)だっているんだよ?俺たちみたいにいつも近くにいれてるわけじゃないんだからね」


わかったよ、とまた手を速めながら黙々(モクモク)(ツト)めをこなしようやく終わった時には、やれば出来るじゃないか、とまた子ども達に(シカ)られてしまった。


「してもしなくても(シカ)られた…」


苦笑する紳の(ホオ)に悧羅が()れて、お(ツカ)れやし、と(ネギラ)うと微笑んで()り寄っている。隊舎(タイシャ)の窓から見える()も大分落ち夕闇(ユウヤミ)(セマ)ってきている。今から妲己(ダッキ)(タノ)めば(カエル)たちの(ウタゲ)には間に合うが、これだけ大量の(ツト)めをこなした紳の(ツカ)れを思えば明日でも良い。


そう紳に伝えると、そこまで(ツカ)れてないけどね、と肩を(スク)められた。


「でも明日なら明日がいいかな?昼間の内に里を(メグ)って早い(ジカン)から目指せば(モド)りも速い。それに…」


言葉を切って悧羅の耳元に顔を近づけると悧羅にだけ聞こえるように、実は限界(ゲンカイ)なんだ、と(ササヤ)いた。その言葉に悧羅はつい笑ってしまう。隊舎(タイシャ)の中では子ども達に見張(ミハ)られ、その上隊士達(タイシタチ)衆目(シュウモク)もある中では紳もある程度は(コラ)えなければならなかった。だがそれは悧羅とて同じ事だ。隊舎(タイシャ)に入る前に()わした口付けの火種(ヒダネ)はまだ(クスブ)ったままなのだから。


「ならば今日は休むこととして明日妲己(ダッキ)(タノ)むとしようかの。なれどまたこのように(ツト)めを()めてしもうては紳の身体が心配になってしまうのう」


片付けられた文書(モンジョ)の山を見て悧羅が嘆息(タンソク)すると、()めなきゃ良いんだよ、と(アキ)れたように忋抖(カイト)が苦笑する。


(コモ)っても良いからせめて2日に一回は顔を出してよ。でないと舜啓(シュンケイ)(アワ)れになってくるんだ」


「…(ツト)めの文書(モンジョ)を宮に持って来ればいいじゃないか」


首を(カシ)げる紳に舜啓(シュンケイ)が笑う。


寝所(シンジョ)(トド)けろっての?勘弁(カンベン)してよ。第一持って帰ったって紳が寝所(シンジョ)から出て来なかったら一緒じゃないか」


「いや、寝所(シンジョ)の前に置いとくとかさ」


(イヤ)だよ!それで()()()()()()どうするのさ」


必死(ヒッシ)に首を振って舜啓(シュンケイ)(イナ)(シメ)すと、確かにと紳も苦笑した。中の様子は見えなくても悧羅の声など聞いてしまっては(マタタ)()()とされてしまうだろう。いつも腕の中に(オサ)めている紳でさえ毎度()とされているのだから、聞いたことの無い者からすればどうなるかは同じ(オノコ)であるからこそ分かる。


「お前が当てられたら近衛隊(コノエタイ)(マカ)せて(コモ)れなくなるなあ」


「だからせめて2日に一回は出てきてって言ってるじゃないか」


(アキ)れたようにもう一度紳に言う忋抖(カイト)にますます紳は苦笑するしかない。七月(ナナツキ)離れる前は毎夜(マイヨ)(イダ)いた後は(ツト)めに出れていたのだが悧羅が(モド)ってきてくれてからというもの、どうしても離れ(ガタ)くてならない。子ども達に加減(カゲン)を知らないのかと言われてしまっても、一度(ヒトタビ)腕に(オサ)めてしまえば(ジカン)などどうでも良くなってしまうのだ。自分の(イツク)しみに(コタ)えて幾度(イクド)(ノボ)()てそれでも求めてくれる悧羅をいつまでも見ていたいからかもしれない。


「…そう言われてもなあ…。(コモ)るとどれだけ(ジカン)があっても()りないんだよ。…2日に一回出て来いって言われてもどれだけ(ジカン)()ってるかも分かんないし?その間悧羅と離れなきゃいけないんだろ?…(イヤ)だなあ…」


(ヒザ)の上の悧羅を抱き寄せて()り寄る紳の頭を()でながら、おやおや、と悧羅は笑うばかりだ。


「ならば(ワラワ)がこうして共に(マイ)れば良いでは無いかえ?」


くすくすと笑う悧羅に、それは駄目(ダメ)!、と子ども達から一斉(イッセイ)(コバ)まれる。毎度悧羅が共に来ればこうして見張(ミハ)っていなければならなくなる。紳を(イサ)められるのは子ども達や舜啓(シュンケイ)瑞雨(ズイウ)憂玘(ウイキ)(カギ)られてしまうし、そうなれば隊の(ツト)めも(オロソ)かになってしまう。


母様(カアサマ)が一緒に来たら父様(トウサマ)から目が離せなくなるんだよ?」


「…そうは申されても(ワラワ)も紳と離れ(ガタ)くある(ユエ)…」


皓滓(コウサイ)嘆息(タンソク)されながらも()り寄る紳の(コウベ)を抱きしめながら笑う悧羅に、もう!、と子ども達が(アキ)れ返って肩を落とす。それが面白(オモシロ)いのかころころと鈴を転がすように悧羅は笑う。


「じゃあ宮に持ってきて磐里(バンリ)加嬬(カジュ)(アズ)けとけば良いんじゃない?二人なら朝から必ず父様(トウサマ)達のところに行くし。だけど、父様(トウサマ)もせめて3日か4日に1回は隊舎(タイシャ)に顔をだすこと。でないと隊士達(タイシタチ)(シメ)しがつかないもん。()()()姿()でも一応(イチオウ)近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)なんだからね?」


啝珈(ワカ)仕方(シカタ)なさそうに折衷案(セッチュウアン)を出すと、こんなんでもって、と紳が苦笑してしまう。だが、確かに(ツト)めをいつまでも(オロソ)かにできないことは紳も分かってはいる。分かってはいるがどうしても今は悧羅から離れたくないのだ。


「…啝珈(ワカ)の言うことが一番良いかなぁ?でもなあ、3日か4日に1日は悧羅から離れなきゃならないんだろ?()えられるか自信がないな」


「それくらい()えてよ!何だったら一日に1回とかでも良いんだからね?」


じろりと啝珈(ワカ)(ニラ)まれて、わかったよと紳も渋々(シブシブ)承諾(ショウダク)するしかない。(ホオ)を少しばかり(フク)らませながら悧羅に()りよると真上からくすくすと笑う声が降りてくる。


「子らには(カナ)わぬの…。なれど(ワラワ)何処(ドコ)にも()かず紳の(モド)りを待っておる(ユエ)、早く(モド)っておくれやし」


笑いながら紳を抱きしめる悧羅を見上げて、もちろん、と紳が口付ける。また始まった、と肩を落とす子ども達に苦笑しながら、ここで()()かないだけいいと思えよ、と紳が笑う。


「そんなことしたら後ろから()すからね!」


灶絃(ソウゲン)が立ち上がって椅子(イス)片付(カタヅ)け始めると他の子らもそれに(ナラ)う。結局鍛錬(タンレン)()むことも出来なかったが、時にはこうした平穏(ヘイオン)な日があっても良かっただろう。舜啓(シュンケイ)が戻っていた隊士達(タイシタチ)(ヤシキ)に上がっていい、と伝えるとそれぞれが紳と悧羅に一礼(イチレイ)して出て行く。舜啓(シュンケイ)荊軻(ケイカツ)への(シラ)せを手早(テバヤ)くしたためると(ミナ)と共に宮への道を()けだした。宮に()くと舜啓(シュンケイ)荊軻(ケイカツ)の元へ行くと別れ、紳と悧羅はそのまま露天(ロテン)に向かう。明日はしなければならないことがあると言っていたので会えるとは思っているが、悧羅を(カカ)えて露天(ロテン)に向かっていく紳の背中に、ちゃんと出てきてよ?、と玳絃(タイゲン)は言わずにおれなかった。



翌朝になって紳と悧羅は里の隅々(スミズミ)まで(マワ)民達(タミタチ)の暮らしに変わりがないかを確かめて行った。何処(ドコ)でも悧羅が降り立てば童達(ワラベタチ)(カコ)まれ、紳と悧羅が(ムツ)まじく立っている姿に民達(タミタチ)一様(イチヨウ)安堵(アンド)した。悧羅にとって気掛かりであったのは先代(センダイ)縁者(エンジャ)が暮らしていたような(マズ)しさやひもじさを(カカ)えている者がいるのではないか、ということだったのだがこの150年で荊軻(ケイカツ)筆頭(ヒットウ)に調べさせ、その差が無いようにと(メイ)じていたので(ダレ)不自由(フジユウ)なく()らせているようだった。


「何かあらばすぐに隊士達(タイシタチ)(モウ)すのだえ?民達(タミタチ)安穏(アンノン)と日々を(イトマ)ねば(ワラワ)のおる(コトワリ)など無いのだからの」


長様(オササマ)がこうしてお姿をお見せ下さるだけで、私共(ワタクシドモ)の心は(ウルオ)いまする。そう何もかも背負(セオ)われずともよろしいのですよ?」


民達(タミタチ)に逆に心配されてしまって悧羅は苦笑するしかなかった。余程(ヨホド)無理をしていると思われているようでもあったし、そのようなことはない、と悧羅が言っても時折(トキオリ)はお休み下さいと言われてしまう始末(シマツ)だった。妲己(ダッキ)(タノ)んで晴明(セイメイ)(ヤシキ)に向かう道すがらそれを思い出して小さく笑う悧羅に紳も妲己(ダッキ)民達(タミタチ)が言うことが正しいと言って(サト)す。


(アルジ)は何もかもをその細肩(ホソガタ)背負(セオ)うておしまいになられる。(ワレ)らがお(ソバ)におることもお(ワス)れになられたように。…もう少しばかり(タヨ)っていただかねば(サミ)しゅうあるのでございますぞ?”


背に久方(ヒサカタ)振りに悧羅を乗せて()けるのが余程(ヨホド)(ウレ)しいのか妲己(ダッキ)()ける速さは以前とは(クラ)べものにならないほど速い。尾が増えたことも(カカ)わっているのだろうが、晴明(セイメイ)(ヤシキ)二刻半(フタコクハン)で着いてしまった。妲己(ダッキ)が降り立つ音に酒宴(シュエン)をしていた妖達(アヤカシタチ)が隠れ始めたが、その中からずんぐりした(カエル)()ねるように現れて、大事(ダイジ)ないと伝えてくれている。妲己(ダッキ)の背から先に紳が降りて悧羅をふわりと(カカ)え上げて地に降ろす。目を細めながら近づいてきた(カエル)(ヤワ)らかな微笑(ホホエ)みを浮かべると流れるようにその(カイナ)(カエル)(ツツ)んだ。


(ジイ)…。何事(ナニゴト)ものうて安堵(アンド)したえ?(ジイ)力添(チカラゾ)えの賜物(タマモノ)でまたこうして(マミ)えることができた。礼を言う」


ぎゅうっと悧羅に抱きしめられて(カエル)はふぉっふぉっ、と笑いながら短い手で悧羅の背中を優しく叩く。


「このような褒美(ホウビ)を二度ももろうてしもうては(ジイ)定命(ジョウミョウ)が短くなりまするぞ?久方(ヒサカタ)ぶりに旦那様(ダンナサマ)にも(マミ)えることができ申したというに()(ツブ)されてしまいそうじゃ」


御無事で何より、と笑う(カエル)から身体を離すともう一度悧羅は(ジイ)のお陰じゃと微笑(ホホエ)んだ。


(マコト)(ジイ)に会えなんだなら(ワラワ)はこうしておらなんだろう。(アヤ)うき事などなかったかえ?」


しゃがんだまま心配そうに(タズ)ねられて(カエル)はまたふぉっふぉっ、と笑って見せる。


「長生きだけが得意だと申したでございましょう?何のことはございませんよ」


小さな水掻(ミズカ)きの着いた手に持った煙管(キセル)()かしながら(カエル)は紳に頭を下げる。


旦那様(ダンナサマ)御壮健(ゴソウケン)のようで何より。長様(オササマ)()れてしもうた事にまずはお()びを」


いや、と苦笑しながら紳も悧羅の横にしゃがみ込んで(カエル)の肩を(タタ)いた。


「悧羅から良くしてもらったと聞いてる。(ジイ)が手を貸してくれなかったら俺は二度と悧羅を手にすることは出来なかったって。俺からも心からの礼を。本当にありがとう」


頭を上げた(カエル)の代わりに今度は紳が頭を下げると妲己(ダッキ)()せて礼を取っている。おやおや、とその(サマ)に目を細めて(カエル)が笑った。長生きはするものでございますなあ、と笑う(カエル)が背後を振り向いて手招(テマネ)きすると妖達(アヤカシタチ)の中からそっと悧羅たちを見ていた二匹の(カエル)()ねてきた。長様(オササマ)!、と喜んだような声音(コワネ)で近づいてくる蛙達(カエルタチ)を受け止めた悧羅に、良かった!と嬉々(キキ)とした声が上がる。


「心配してたんだよ?」


「でも荊軻(ケイカツ)さんって鬼様(オニサマ)御無事(ゴブジ)だって言ってたから」


もう何処(ドコ)も痛くない?、と首を(カシ)げる蛙達(カエルタチ)に悧羅が(ウナズ)くとほっと胸を()で降ろしている。二尺(ニシャク)ほどしかない体躯(タイク)を大きく揺らして安堵(アンド)する姿に、礼も言わずに出立(シュッタツ)したことを()びると、ううん、と首を振った。


「眠かったの。私たちもお見送りできなくてごめんなさい」


いいや、と笑ってそれぞれの頭を撫でる悧羅から視線を紳に(ウツ)して蛙達(カエルタチ)が丸い目をますます丸くした。


長様(オササマ)旦那様(ダンナサマ)なの?」


聞かれた紳が、そうだよ?、と笑うと、うわあ!とまた()ね始める。


長様(オササマ)(ツレアイ)だからきっと良い殿方(トノガタ)だって思ってたけど、長様(オササマ)!すっごく格好良(カッコウイ)い方だね!」


長様(オササマ)と一緒にいたらみんな(ホウ)けちゃうね!」


ただでさえ美しいとされる鬼のそれも一本角(イッポンヅノ)。しかも紳ともあれば里の中でもその眉目秀麗(ビモクシュウレイ)さは際立(キワダ)っているのは悧羅も知っていたけれど、他の(アヤカシ)から見れば飛び跳ねるほどであるとは思っていなかった。


やはり娘子(ムスメゴ)なのだな、と苦笑する悧羅に()められた紳も(ワズ)かばかり気恥(キハ)ずかしそうにしている。(メン)と向かってこれほどはしゃがれる事など無かったし、里においては皆がそれぞれに美しい。特別なのは悧羅だけだと思っていたのだから。くすくすと笑う悧羅が紳の(ホオ)に触れる。


「こうであるから(ワラワ)も気が抜けぬのだえ?」


「…俺が悧羅以外見えてないの知ってるくせに」


笑い合いながら飛び跳ねている蛙達(カエルタチ)に声をかけて、それぞれに(ツツ)みを渡す。


「約束を守りにきた(ユエ)。受け取ってたも」


受け取るなりその場で(ツツ)みを開けた蛙達(カエルタチ)は中に収められていたそれぞれの(コロモ)に目を(カガ)やかせた。うわあ!、と喜んで(ソデ)を通した蛙達(カエルタチ)(コロモ)を整えてやると照れたように自分の体躯(タイク)(ナガ)めている。(カガミ)で見てくるねえ、と跳ねていった蛙達(カエルタチ)を見送って悧羅は(タモト)から細長い木箱(キバコ)を取り出した。娘子(ムスメゴ)達を見送っている(カエル)(オキナ)の前にしゃがみ込むと、(ジイ)に、と差し出した。


「おや?(ジイ)にまでこれ以上の褒美(ホウビ)を下さるのか?」


目を細めながら受け取った木箱(キバコ)を開けると(カエル)はますます目を細めた。納められていたのは漆塗(ウルシヌ)りの優美な蓮が(エガ)かれた一本の煙管(キセル)だ。蓮の華は悧羅の(シルシ)でもある。このような大層(タイソウ)な物、と顔を上げた(カエル)に悧羅は微笑むばかりだ。


「…(ジイ)であるからこそじゃ。其方(ソナタ)何某(ナニガシ)かあらば(ワラワ)は必ずや力になる。その制約(セイヤク)として受け取ってはくれまいか?」


(ジイ)などのために長様(オササマ)をお動しするなど、それこそ生命(イノチ)(イク)つあっても()りませぬぞ?」


ふぉっふぉっ、と笑う(カエル)有難(アリガタ)く、と木箱(キバコ)を押し(イダ)くと、もう一つあるよ?、と紳が妲己(ダッキ)の背中から布袋(ヌノブクロ)を降ろした。


(ジイ)()()()の方が良いだろうけどね」


くすくすと笑いながら袋を開けると中には酒が幾本(イクホン)も入っている。


(ジイ)が好みそうなものを選んだつもりだけど。でもあんまり呑みすぎるなよ?まだ長生きしてもらわないと礼もしたりないんだからね」


「…確かに(ジイ)には何よりですな。()いどれて長様(オササマ)をお呼びすることがないようにせねば」


これもまた有難(アリガタ)く、と(カエル)が頭を下げると紳が縁側(エンガワ)布袋(ヌノブクロ)を運んだ。さすがに(カエル)(カツ)ぐには重すぎるだろう。


「特に(コノ)むものがあったなら今度来た時に教えてくれ。また持ってくるから」


「それはまたとない褒美(ホウビ)ですな。この(ウルワ)しき方々(カタガタ)(マミ)えることが約束されてしまいましたぞ」


「それだけの事をしてくれたからね。俺たちも(オン)(ムク)いないと。本当は悧羅は里に入れたがってるんだけど(ジイ)遠慮(エンリョ)するだろ?」


なんと!、と(カエル)(オドロ)きのあまりにその場で飛び跳ねた。鬼の里に入れる、ましてや今は神の領域(リョウイキ)に住まう里に一介(イッカイ)(アヤカシ)をいれるなどとんでもないことだ。それが悧羅にとってどのような(ワザワ)いを引き起こすか分かったものではない。


「とんでもない!(ジイ)はここで十分でございますれば。晴明(セイメイ)の残してくれた(ヤシキ)も護らねばなりませぬしの」


(アワ)てて手を振る(カエル)の姿に、ほらね?、と紳が笑っている。残念そうな悧羅の手を(カエル)が小さな手で(ツツ)んだ。


「この良縁(リョウエン)だけでどれほどの(ホマレ)か。長様(オササマ)御世(ミヨ)がつつがなくとだけ願いまする」


包まれた手に()いた手を(カサ)ねて悧羅は大きく(ウナズ)いた。それに安堵(アンド)したような(カエル)が手を離すと紳が悧羅を妲己(ダッキ)の背に乗せてから自分もひらりと乗り込んだ。


「また近いうちに」


それだけ言い残して()けあがった妲己(ダッキ)の背を見えなくなるまで(カエル)は見送って、ふと思う。


悧羅の御世(ミヨ)はつつがなく、そして永くつづいていくだろう、と。

色々と立て込んでおりまして更新出来ませんでした。

申し訳ありません。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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