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紡ぐ【弐】《ツムグ【ニ】》

遅くなりました。

更新いたします。

「おや?お(ヒサ)しゅうございますね。(オサ)紳様(シンサマ)


久方(ヒサカタ)()りに寝所(シンジョ)の外に出た二人に嫌味(イヤミ)のような荊軻(ケイカツ)(ゲン)が投げられた。それでも顔は笑っているので(オコ)っているわけではなさそうだった。荊軻(ケイカツ)がそう言いたい気持ちは分からないでもない。悧羅(リラ)(シン)がこの日出てきたのは悧羅(リラ)が里に(モド)って二月(フタツキ)()っていたからだ。(ミヤ)の中でも子ども達や女官達(ニョカンタチ)妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)までも、(ヒサ)しぶりと言ってくる始末(シマツ)だった。だがそんな言葉も二人には特に気にはならないものだ。七月(ナナツキ)(ハナ)れていた上に悧羅が二度目の破瓜(ハカ)を紳と(ムカ)えられたのだ。(サイワイ)(ツツ)まれながら(ムツ)み合ってしまえば(ジカン)などどれだけあっても()りたものではない。


「これで出てきただけ早いと思えよ」


小さく笑う子ども達に紳はいともなげに笑って見せた。(コモ)ろうと思えばまだ(コモ)れた。だがいつまでも(オサ)としての悧羅と近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)としての紳を()て置いておくわけにもいかず後髪(ウシロガミ)を引かれる思いで寝所(シンジョ)を出てきたのだから。


「何だったら今からまた(コモ)るぞ?特に何にも無いんだろ?」


笑いながら(スワ)ろうとする悧羅を引き寄せて(ヒザ)に乗せながら紳が舜啓(シュンケイ)を見る。近衛隊(コノエタイ)副隊長(フクタイチョウ)となっている舜啓(シュンケイ)が、まあ何にも無いけどねと苦笑した。何かあれば寝所(シンジョ)であろうと飛び込んでいただろうが、それをしなくて良かったのは舜啓(シュンケイ)や他の男子(ダンジ)達にも有難(アリガタ)かった。寝所(シンジョ)の中での悧羅など見てしまった日にはどうなるか自信がない。舜啓(シュンケイ)にとっても母のような悧羅を()()く事になるなど考えたくも無かったが、()()姿()を見てしまったらきっとそうしてしまう。それは悧羅が産み落とした子ども達とて同じだろう。


母様(カアサマ)(モド)って来て(ウレ)しいのは分かるけどさ。…加減(カゲン)って父様(トウサマ)知らないの?」


(アキ)れた様な灶絃(ソウゲン)に、そんなの(ワス)れた、と紳は笑いながら(ヒザ)の上の悧羅を抱きしめている。


「悧羅と()加減(カゲン)なんて出来るわけがない。お前らも()()()分かるよ。…見せないけどね」


悪戯(イタズラ)に笑いながら(イト)おしそうに(ヒザ)の上の悧羅に()()る紳を見て子ども達は(アキ)れながらも笑ってしまう。磐里(バンリ)加嬬(カジュ)に差し出された(チャ)を受け取って飲もうとする悧羅も抱きしめられ()り寄られては、飲めぬと苦笑するしかない。


母様(カアサマ)()()で良いわけ?面倒(メンドウ)とか思わないの?」


茶を飲む事を(アキラ)めたような悧羅に皓滓(コウサイ)(タズ)ねると笑いながら、思ったことなど無いと(コタ)えてくる。


「そのように思うてしまうほどの(モノ)ならば500年も()がれたりなどはせぬよ」


「それはそうだろうけど…。茶も飲めないくらい(イツク)しまれたらさあ…」


苦笑する皓滓(コウサイ)に悧羅は笑っているばかりだ。


「茶は(ノチ)でも良いこと(ユエ)。紳が与えてくれるものならば取りこぼさぬようにせぬと」


くすくすと笑う悧羅を紳はますます引き寄せている。どうあっても今は(ハナ)したくないような姿に子ども達が、まるで恋仲(コイナカ)のようだと笑い出す。


「当たり前だ。俺はずっと悧羅に恋慕(レンボ)してるんだから。そんな女と七月(ナナツキ)(ハナ)されてみろ。()()全然()りないんだぞ?」


仕方(シカタ)ないから出てきただけだ、と(ホオ)(フク)らませて言う紳は子ども達から見ても悧羅に(オボ)れ切っているのが分かる。いつか自分たちにもそんな相手が出来るのだろうか、と思うが舜啓(シュンケイ)媟雅(セツガ)以外まだ(チギ)りの相手を見つけられてはいなかった。どうしても悧羅ほどの鬼女(キジョ)(モト)めてしまう男子(ダンジ)たちには(ジョウ)()わす相手はそれぞれに居るが(チギ)ろうとまでは思えないのだ。


「じゃあまだ(コモ)ってたら良かったのに。何か気になる事でもあったの?」


姚妃(ヨウヒ)が首を(カシ)げながら聞くと、(カエル)(コロモ)だ、と悧羅が教えてくれた。(コモ)る前に荊軻(ケイカツ)(タノ)んでいたのでそろそろ仕立(シタ)て上がっている頃合(コロアイ)だろう。


仕立(シタ)て上がってるなら早く持っていくって聞かないんだよ。世話(セワ)になったからって、そう(イソ)がなくても良いと思うんだけどさ。そういうの早くしないと納得(ナットク)しないんだもんなあ」


「それはそうであろ?(カエル)娘子(ムスメゴ)たちも(アン)じてくれておったに。蛙爺(カエルジイ)にも礼をせねばならぬと思うておるのだが、あれは酒を(コノ)(ユエ)、紳が選んではくれぬか?」


国庫(コッコ)にある酒の中から、と悧羅が(タノ)むと一緒(イッショ)に選ぶならねと笑っている。とにかく片時(カタトキ)も手を(ハナ)したくないのだ。


仕立(シタ)て上がって無かったらまた(コモ)るからね?上がってたら荊軻(ケイカツ)が教えてくれるよ」


さも当然(トウゼン)のように言う紳に、まだ(コモ)る気なの?と啝珈(ワカ)が笑う。それにも当たり前だ、と紳は声を上げて笑って見せる。


「まだ全然()りてないって言ってるじゃないか。本当に悧羅は俺を堕落(ダラク)させるのが上手(ウマ)いんだよ」


「…(コモ)るのは良いけど(ツト)めも()まってるからね?後で泣いても知らないよ?」


手伝わないからね、と忋抖(カイト)に言われて紳はちらりと舜啓(シュンケイ)を見る。見られた舜啓(シュンケイ)は肩を(スク)めて大きく嘆息(タンソク)した。


「…わかってるよ、紳でなきゃ駄目(ダメ)な事以外はやってるつもり。達楊(タツヨウ)の苦労が今になって分かるなあ。悧羅ぁ、どうにかしてよ?」


先代(センダイ)近衛隊(コノエタイ)副隊長(フクタイチョウ)(ツト)めていた達楊(タツヨウ)の事を思い出して言う舜啓(シュンケイ)に悧羅は鈴を転がすようにころころと笑っている。


「であるから(ワラワ)(ツト)めに(ハベ)ろうかと100年ほど前から()うておるのだが、ならぬと聞かぬのじゃ」


「悧羅が来たら隊士達(タイシタチ)だって(オドロ)くよ。…それにずっと紳は()()なんでしょ?余計(ヨケイ)(ツト)めにならないじゃない」


悧羅に()り寄りながら(ホオ)に口付けを繰り返している紳を指さして舜啓(シュンケイ)はまた大きく嘆息(タンソク)した。本当に悧羅のこととなると紳は自分を見失(ミウシ)なう。七月(ナナツキ)前までは()()までは無かったはずだが、それだけ(ハナ)れていた(ジカン)が苦しかったということなのだろうとは思う。それでもこの(イツク)しみようで近衛隊隊舎(コノエタイタイシャ)に居られては隊長(タイチョウ)としての権威(ケンイ)威厳(イゲン)もあったものではない。


「そう思うなら早く俺より強くなって隊長(タイチョウ)(ツト)めを引き()いでくれよ。俺だって(マカ)せられるなら(マカ)せてずっとこうしていたいんだから」


ねえ?、と紳に同意(ドウイ)を求められて悧羅も苦笑している。そう出来れば確かに喜ばしいが舜啓(シュンケイ)忋抖(カイト)達が紳に追いつくにはまだまだ永い歳月(トシツキ)鍛錬(タンレン)(ヨウ)するだろう。紳が望むなら早めに近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)(ニン)舜啓(シュンケイ)にでも(アズ)けて何某(ナニガシ)かあれば悧羅が動けば良いとも思うが、それを伝えたとして紳は首を(タテ)()らないことは分かっている。


一応(イチオウ)、後で顔は出すよ。でも悧羅は連れていくから隊士達(タイシタチ)には言っといてくれ」


「はあ?母様(カアサマ)()れてくるの?(ミナ)、目のやり場に(コマ)るじゃないか」


(アキ)れたような玳絃(タイゲン)に、なんだよと紳は(ホオ)(フク)らませてみせる。


「出てこいって言ったり、来るなって言ったり。仕方(シカタ)ないだろ?離れたくないんだから。さっさと()ませて(モド)れば良いだろ」


「…母様(カアサマ)一緒(イッショ)にいて、さっさと終わらせられるのかが心配だよ…」


肩を落とした玳絃(タイゲン)に皆が同意(ドウイ)を示す。だが紳は飄々(ヒョウヒョウ)としたもので、小さく笑っているばかりだった。一通(ヒトトオ)り子ども達から揶揄(カラカワ)れて荊軻(ケイカツ)(ツト)めの場に(オモム)いた二人に投げられた(コト)()であったので紳も悧羅も特に気にはならなかった。ようやく(タガ)いを確かめられたのだから悧羅も紳と同じで(コモ)れるものならばまだ二人の(ジカン)を過ごしていたかったのだ。どんなに荊軻(ケイカツ)や子ども達に揶揄(カラカ)われようとも紳と共に過ごしていられるのであればそれでいい。(オダ)やかに笑っている荊軻(ケイカツ)に笑い返して、(コロモ)仕立(シタ)て上がっているのかと(タズ)ねる。


(カエル)娘子(ムスメゴ)らの物でございましょう?ゆっくりと(ジカン)(イタダ)きましたので仕立(シタ)て上がっておりますよ。もう少しゆるりと仕立(シタ)てたほうが紳様にはよろしゅうございましたでしょうが」


苦笑されて紳が本当だよ、と苦笑すると、おやおやと荊軻(ケイカツ)が笑い始めてしまう。


(オサ)御無事(ゴブジ)にお(モド)りになられるまで紳様(シンサマ)(ウツロ)でございましたから。まだまだお(コモ)りになられたいのでしょう?里は安穏(アンノン)としておりますからお二人の(コク)を十分に取って(イタダ)いてもよろしゅうございますよ」


くすくすと笑いながら荊軻(ケイカツ)が言うがそれはそれで()とは言いにくい。


(カエル)娘子(ムスメゴ)たちに(コロモ)(トド)けねば(ワラワ)安堵(アンド)できぬ。なにより里を長らく()けておったに民達(タミタチ)()らしぶりも気になるところじゃ。紳も近衛隊隊舎(コノエタイタイシャ)に顔を出さねばならぬようであるしの」


苦笑しながら悧羅が言うが、そんなのすぐに終わると紳は笑っている。荊軻(ケイカツ)の前にあっても悧羅を背後から抱きしめて決して離れようとはしない。その姿に荊軻(ケイカツ)は喜ばしくなってしまう。あれほどに傷付(キズツ)(イタ)ましかった600年前の悧羅が(ユメ)でもあったようにも思えた。


「ですが紳様は一時(ヒトトキ)(オサ)手放(テバナ)したくないようにお見受(ミウケ)いたしますよ?今だけは紳様を優先(ユウセン)されてもよろしいのでは無いのですか?それだけの事を(オサ)は永い間(ツト)めてこられたのですから」


「そう(モウ)してくれるは(ウレ)しゅう思うが(ワラワ)も里を(アズ)かっておるに。(オサ)()(ツト)めも()たさねばいつ王母(オウボ)(ハナ)()りとられるか分からぬでな」


「そのような事は無いと存知(ゾンジ)ますけれど…」


笑いながら椅子(イス)から立ち上がった荊軻(ケイカツ)が、こちらへと(トナリ)にある小さな小部屋(コベヤ)に悧羅と紳を案内(アンナイ)する。小部屋(コベヤ)とはいえ荊軻(ケイカツ)(ツト)めを行う(オモ)な部屋よりも(ワズ)かに小さいはずなのだがそこには山のような文書(モンジョ)整然(セイゼン)と置かれている。全てが里のこれまでを(シル)した物でありこの600年で荊軻(ケイカツ)(マト)めあげた物だ。その一角(イッカク)にきちんと衣紋掛(エモンカ)けに()けられた二着の(コロモ)があった。一つは(ミズウミ)で悧羅から()がれ落ちた(ウロコ)と同じ蒼色(アオイロ)、もう一つは悧羅の髪と同じ薄紫(ウスムラサキ)(コロモ)だ。それぞれの襟元(エリモト)(コロモ)(スソ)には(ハス)(ウメ)(ハナ)刺繍(シシュウ)されている。二尺(ニシャク)ほどの背丈(セタケ)しかなかった(カエル)娘子(ムスメゴ)体躯(タイク)に合わせて四尺(ヨンシャク)ほどであつらえられていた。


「…なんじゃ、もう少しばかり華美(カビ)な物を求めるかと思うておったに…」


笑いながら(コロモ)(サワ)るとさらりとした(キヌ)手触(テザワ)りが心地(ココチ)良かった。


(オサ)御覧(ゴラン)になって華美(カビ)でなくとも良いと思われたようでございます。(コロモ)はただ身体を(オオ)うもの。(オサ)のように毅然(キゼン)としておられればそれで良いのだと(モウ)しておりました」


荊軻(ケイカツ)の言葉に悧羅はおや、と笑ってしまう。(カエル)娘子(ムスメゴ)たちと会った時には悧羅は(ツカ)れ切り弱ささえ見せてしまったというのに娘子(ムスメゴ)たちはそのように思ってくれた事が(ウレ)しかった。


「ならば娘子(ムスメゴ)たちに()じぬようにせねばなるまいな。あれらがそう思うてくれておるのであらば(ワラワ)(オサ)()る間は(リン)としておらねば」


(コロモ)(ナガ)めながら言葉を(ツム)ぐ悧羅に、十分でございますよ、と荊軻(ケイカツ)微笑(ホホエ)む。


「少しばかり力を抜いて(イタダ)いてもよろしいほどでございますから。これで(ヨロ)しければ宮に(トド)けておきましょう。ああ、それと…」


こちらを、と荊軻(ケイカツ)文書(モンジョ)の山の後ろに紳と悧羅を連れて行く。そこにも衣紋掛(エモンカ)けに()けられた(コロモ)があった。だが()()は紳も悧羅も知っている物だ。漆黒(シッコク)(コロモ)(スソ)一輪(イチリン)(ハス)の華が小さく刺繍(シシュウ)されている(コロモ)西王母(セイオウボ)から(タマワ)り悧羅が里に戻った時に消えて無くなっていた物だ。これは?、と首を(カシ)げた悧羅に荊軻(ケイカツ)が笑っている。


昨日(サクジツ)こちらに(マイ)りましたらございました。王母様(オウボサマ)寝所(シンジョ)には入れなかったようでございますね」


「…そのような事を気にする方ではないのだがな…」


過去幾度(イクド)(ジョウ)()わした後に現れた事もあったのに、と小さく笑いながら悧羅はその(コロモ)に目を細めた。前に(タマワ)った物と同じように(マモ)りの(マジナイ)(ホドコ)されているようだ。飛び込んだ(ミズウミ)で失くしてしまったと思っていたが、どうやら西王母(セイオウボ)が一度手に(モド)していたようだ。()()(マト)ったままでは蓮の精気(セイキ)を悧羅の身体に入れることは(カナ)わず東王父(トウオウフ)(マジナイ)最期(サイゴ)()くことができなかったのかもしれない。


「こちらも宮にお(トド)けしておきます。紳様の(ツト)めに共に(マイ)られるのでしょう?」


悧羅から離れようとしない紳を見て荊軻(ケイカツ)が笑っている。よく分かったね、と笑う紳に荊軻(ケイカツ)は笑うばかりだ。この姿を見て分からないほうがどうかしている。


「お連れするのは(ヨロ)しいと(イタ)しましても隊士達(タイシタチ)の前で(オサ)(イツク)しみ過ぎることだけはお気をつけてくださいまし。粗方(アラカタ)であれば(ミナ)()れておりますが、今の紳様は加減(カゲン)をお忘れのようでございますからね」


「子ども達にも言われたよ。加減(カゲン)を知らないのかって。そんなの忘れたって言ってやったけど」


抱きしめたままの悧羅を引き寄せながら言う紳に、おやおやと荊軻(ケイカツ)が苦笑している。


仕方(シカタ)ないだろ?悧羅が可愛(カワ)いすぎるのがいけないんだから。本当は(ダレ)にも見せずに俺だけのものにしときたいんだけど…(オサ)だからね」


「…お気持ちはお(サッ)(イタ)しますよ。(オサ)は特に紳様を()とすのが御上手(オジョウズ)のようでございますからね」


笑い続ける荊軻(ケイカツ)に、そうなんだよ、と紳は(ウレ)しそうだ。ようやく自分の心を分かってくれる者が現れたとますます悧羅に()り寄っている。このままではここで(ジョウ)()わされかねない、と荊軻(ケイカツ)近衛隊隊舎(コノエタイタイシャ)に向かうように(ウナガ)す。


(オサ)のお心に(トド)めておられるものと、紳様がお(カカ)えになられている(ツト)めが(トドコオ)りなくお済みになられましたら、お気の済むまで(イツク)しまれてようございますよ」


笑みを浮かべたままの荊軻(ケイカツ)見送(ミオク)られて紳は悧羅を抱き上げて近衛隊隊舎(コノエタイタイシャ)へと()けた。道すがら眼下(ガンカ)の里を見る悧羅が聞こえてくる民達(タミタチ)の笑い声に安堵(アンド)している。どうやら変わりは無いようだ、と(ツブヤ)くように言う悧羅に、変わりはあるよ?と紳が言う。


「よからぬ事かえ?」


里から視線を紳に(ウツ)す悧羅に紳は、いいやと笑っている。隊舎(タイシャ)に向かって()ける(ハヤ)さを上げながら、数が増えてる、と微笑(ホホエ)んだ。


「子がね、よく生まれるようになった。悧羅が平穏(ヘイオン)をくれてるから民達(タミタチ)も安心して子を生み育てられるようになってる。…戻ってこれなかったら又それもどうなってたか分からないけど悧羅は頑張(ガンバ)って里を(ササ)え続けてきて、それでもまだ頑張(ガンバ)って()()()(マジナイ)(アラガ)って(モド)ってきてくれた。きっとまだまだ増えるよ」


悧羅が戻った(ウレ)しさを(カク)さない紳は腕に力を()める。この細い身体一つで色々な事を()(シノ)んで来てくれたことへの感謝(カンシャ)も込めて。


「…子が増えるとは…、良いことだの。なれどそれは(ワラワ)だけでは()せなんだ。其方(ソナタ)が…、紳が(ワラワ)(トモ)におってくれらばこそ。そうでなければ(アラガ)わぬこともあったであろうからの」


腕の中から手を伸ばされて(ホオ)()れられると紳は()ける足を止めざるを()なくなる。紳を見つめて微笑(ホホエ)んでいる悧羅に深く口付けると()ましていたはずの熱がまた(タギ)り始めてしまう。空に()いたまま深い口付けを()り返してしまって(クチビル)を離した時には(タガ)いの息も上がってしまっていた。離した(クチビル)が触れ合うところで、もっと、と強請(ネダ)られてしまい紳は声をあげて笑いながら腕の中の悧羅を強く抱きしめてしまう。


「本当に駄目(ダメ)だなあ…。ちょっとでも我慢(ガマン)できなくなっちゃってるよ、俺」


(サイワイ)(フク)んだ笑い声に悧羅もつい声を上げて笑ってしまった。同じことだ、と胸に()り寄る悧羅の(ヒタイ)に口付けてからまた()け出しながら、宮に(モド)る?、と悪戯(イタズラ)(タズ)ねてみる。


(モド)りとうない、と言うは(ウソ)になるの。…なれど先に済まさねばならぬことがある(ユエ)…。それらを()ませたら…、その…、(ワラワ)にまた紳をくりゃるかえ?」


(ワズ)かに()じらいながら紳の(コロモ)(ツカ)む悧羅の姿にすぐにでも宮に向かって(キビス)を返したい気持ちを紳はぐっと(コラ)えた。


本当に堕落(ダラク)させるのが上手(ウマ)い。


「全部あげてるのに。じゃあやらなきゃいけない事をさっさと終わらせよう。…でないと俺が()たなくなりそうだ」


近衛隊隊舎(コノエタイタイシャ)が見えて高度(コウド)を下げ始めると隊舎(タイシャ)から出てくる灶絃(ソウゲン)玳絃(タイゲン)が見えた。二人も降りてくる紳と悧羅に気づいたようで、灶絃(ソウゲン)が出てきたばかりの隊舎(タイシャ)の戸を開けて何か言葉をかけている。悧羅が来たが気にするなとでも言ってくれているのだろう。降り立った紳が(カカ)え上げたままの悧羅を降ろさないのに苦笑しながら、本当に連れてきたの?、と玳絃(タイゲン)が笑っている。


「離れたく無いんだから仕方(シカタ)ないだろ?何処(ドコ)か行くところだったのか?」


昼餉(ヒルゲ)にね。なんなら母様(カアサマ)も一緒に行く?(アズ)かろうか?」


揶揄(カラカ)うように悧羅の手を取る玳絃(タイゲン)から取られないように悧羅を一層(イッソウ)抱き寄せて、やらねえよ、と紳が苦笑する。七人いる子ども達の中でも灶絃(ソウゲン)玳絃(タイゲン)は特に悧羅を好いている。悧羅寄りに似ているからというのもあるだろうが、双子で生まれた時から悧羅の(ソバ)を離れようとはなかなかしなかった。今は(ツト)めにも出ているし悧羅は七月(ナナツキ)もの間宮にいなかったし、(モド)ったら(モド)ったで紳が寝所(シンジョ)に引き()んでしまったので二人が悧羅の(ソバ)で過ごすことは少ないが、悧羅が旅立った後一番混乱(コンラン)し後を追おうとしたのも二人だった。もちろん悧羅が(モド)った時、紳よりも泣いていたのは言うまでも無い。


父様(トウサマ)ばっかり(ズル)いんだよ。俺たちだって母様(カアサマ)と居たいのにさ」


「本当だよ。戻ってきたら戻って来たでずっと寝所(シンジョ)(コモ)られちゃってるし…。あんまり貸してくれないとその内寝所(シンジョ)に入り込んでるかもしれないからね?」


取ったままの悧羅の手を引きながら笑う玳絃(タイゲン)と、揶揄(カラカ)うような灶絃(ソウゲン)に、おやまあ、と悧羅は笑っているが紳はますます抱き寄せる腕に力を込めている。


「そんなことしたら俺よりお前たちの方が()たないぞ?」


「そうさのう。湯浴(ユア)みならば(ヨロ)しかろうが、寝所(シンジョ)での(ワラワ)は紳だけのもの(ユエ)。入り込まれては(オボ)れ切れぬやもしれぬな」


くすくすと笑う悧羅に、湯浴(ユア)みも駄目(ダメ)だってば!と紳の(シカ)る声が振る。それよりも(アキ)れ返って苦笑したのは玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)だ。仮にも子の前で『(オボ)れ切れない』などと悧羅が言うなど里に戻って加減(カゲン)を知らないのは紳だけだと思っていたが、どうやら悧羅も同じらしい。


「はいはい。邪魔(ジャマ)はしないように(ツト)めるよ。だけど本当にたまには母様(カアサマ)を貸してよね?」


肩を(スク)めながら悧羅の手を離した玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)と笑いながら昼餉(ヒルゲ)()りに歩き出してしまった。ほっと安堵(アンド)嘆息(タンソク)をつく紳を見上げると、ほんとにもう、と笑いながら隊舎(タイシャ)の中に入る。悧羅を(カカ)え上げたまま入ってきた紳に隊士達(タイシタチ)(ヒザ)を着こうとするが、そのままでいいよ、と別の方から声が振った。紳や悧羅が言う前にそんな事を言えるのは忋抖(カイト)しかいない。


「さっき灶絃(ソウゲン)も言ってたろ?居ないものと思ってくれていい。どうせ(トウ)…、隊長(タイチョウ)母様(カアサマ)の事しか見えてないから」


笑いながら言う忋抖(カイト)に、ですがという戸惑(トマド)った声が彼方此方(アチラコチラ)から上がるが、いいって、と後押(アトオ)ししたのは舜啓(シュンケイ)だ。


「本当に連れてくるとは思ってなかったけどね。…本当にもう…。(ツクエ)の上に置いてますよ」


一応(イチオウ)隊舎(タイシャ)の中なので紳に対しての言葉遣(コトバヅカ)いには気をつけながら舜啓(シュンケイ)(ツクエ)を指し示した。(ツクエ)の横に椅子(イス)を持って行こうとした皓滓(コウサイ)も、いらないか、と笑いながら思い留まったようだ。どうせ紳は悧羅を離すことはない。椅子(イス)など持っていったところで悧羅を()()(スワ)らせるとは思えなかった。(アン)(ジョウ)(ツクエ)()まれた文書(モンジョ)の数に肩を落としながら椅子(イス)に座った紳はそのまま悧羅を(ヒザ)の上に乗せている。文書(モンジョ)を開きながら(フデ)を走らせ始める紳に、邪魔(ジャマ)であろ?と悧羅が降りようとするが、(マッタ)くと笑いながら口付けている始末(シマツ)だ。


「本当にもう…。近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)威厳(イゲン)も何もあったものじゃないよ」


苦笑する忋抖(カイト)の横から哀玥(アイゲツ)が顔を出して悧羅に()り寄ってくる。その体躯(タイク)()でながら悧羅が啝珈(ワカ)は?と(タズ)ねると見廻(ミマワ)りに出てる、と忋抖(カイト)が教えてくれた。


(イソ)がしゅうにしておる(トキ)に来てしもうたのだな。其方(ソナタ)たちの(ツト)め振りも見れるやも、と思うて(マイ)ったのだが」


()()(イソ)がしそうに見える?(イサカ)いもないし鍛錬(タンレン)見廻(ミマワ)りくらいちゃんとしないとね。まあ(イソガ)しいのは隊長(タイチョウ)()わりに色々としなきゃいけない副隊長(フクタイチョウ)くらいのもんだよ」


ねえ?、と皓滓(コウサイ)に見られて舜啓(シュンケイ)は苦笑するしかない。紳のようにとまではいかないが隊士達(タイシタチ)(シツ)を下げないように鍛錬(タンレン)(キビ)しくしているつもりだ。だが紳と悧羅が寝所(シンジョ)(コモ)っていたため朝議(チョウギ)も無く、荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)とは(ジカ)に会うか文書(モンジョ)(シラ)せを()わしている。まだ舜啓(シュンケイ)でも事足(コトタ)りる事ではあるので(コマ)ってはいないが、それでも紳でなければならない事は出て来てしまう。それが(ツクエ)の上に()まれた文書(モンジョ)の山だった。


宮に持ち帰っても紳が出てこないのであれば持ち帰る意味もない。仕方(シカタ)なく隊舎(タイシャ)(ツクエ)の上に置いていたのだが紳の顔が見えないほどに()まれてしまっていた。


「何でこんなに()まってるんだよ。さっさとやらなきゃいけない事終わらせないと悧羅と(コモ)れないじゃないか」


ぶつぶつと言いながらも手と目は動かし続ける紳を、だから(コモ)るからそうなるの、と皓滓(コウサイ)(イサ)めた。


加減(カゲン)を知らないからこうなるんだよ」


嘆息(タンソク)する皓滓(コウサイ)の言葉に紳が顔を上げて悧羅を見る。


「…(シカ)られた」


苦笑しながら悧羅に口付ける紳に、だから!と皓滓(コウサイ)が悧羅の手を取った。


加減(カゲン)を知ってってば!隊士達(タイシタチ)の前でそんなんばっかりしてたら母様(カアサマ)取り上げるよ?」


引かれる手を(ヤワ)らかく(ニギ)り返す悧羅を見て、紳が(アワ)てたように(フデ)を置いて離れようとした細い身体を引き寄せる。


「取り上げてくれるなよ。隊士達(タイシタチ)なら大丈夫(ダイジョウブ)だ。お前が生まれる前から俺はこんな感じだから」


「…その頃いなかった隊士達(タイシタチ)もいるんだけど?」


「それは慣れてもらわないと(コマ)る。隊長命令(タイチョウメイレイ)だな。最優先(サイユウセン)()れろ。それに言ったろ?加減(カゲン)なんて(ワス)れたんだ。取り上げられたら()()全部舜啓(シュンケイ)に廻すからな?」


「それは俺が(コマ)る!皓滓(コウサイ)、悧羅の手、離してやって!」


まるで宮の中でのような姿を見せられて(マワ)りにいた隊士達(タイシタチ)(ダレ)からともなく(ワラ)いが起き始めた。このような姿を見れるなど(ホマレ)でもあったし、何より紳に(イツク)しまれて最愛の子らに(カコ)まれている悧羅の顔が見たことのないほど(ヤワ)らかく(オダ)やかに微笑(ホホエ)んでいたからだ。


このお二人が共にあられるならば平穏(ヘイオン)な里の暮らしは()らぐことがないだろう。


(ダレ)もがそう思い(ダレ)もが(サイワイ)(ツツ)まれた。

前のものを読み返しながら訂正も加えております。

我ながら誤字脱字の多いこと…。


それをしていましたら間が空いてしまいました。

前々のものも少しずつ訂正見直ししながら進めて参ります。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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