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這う【参】《ハウ【サン】》

こんにちは。

更新いたします。

瑞雨(ズイウ)名付(ナヅ)けられた舜啓(シュンケイ)媟雅(セツガ)の子は宮の(ミナ)(アタタ)かに庇護(ヒゴ)されて(スコ)やかに(ソダ)っていた。初めこそ(シン)悧羅(リラ)(ウバ)われるのではないかと思っていたような姚妃(ヨウヒ)だったが、瑞雨(ズイウ)が大きくなるにつれ(トモ)に遊べる相手が出来たことが(ウレ)しいようでよく手を(ツナ)いで宮の中を()(マワ)っている。その後を付いていく妲己(ダッキ)の方が(ツカ)れるのではないかと紳と悧羅は心配してしまうほどだった。


「宮の中であらば(ワラワ)(マモ)りもある(ユエ)、少しばかり休んではどうじゃ?」


そう妲己(ダッキ)に伝えてみたが当の本人はただただ(ウレ)しそうに尾を()るばかりだ。


“まさか媟雅(セツガ)姫の御子(オコ)まで背に乗せる事が出来るなどとは思うておりませんでしたから。(サイワイ)でございますよ”


寝そべった妲己(ダッキ)の背に(ムッ)つになった姚妃(ヨウヒ)(ミッ)つになった瑞雨(ズイウ)が飛びついて楽しそうに笑い合うのを悧羅も苦笑しながら見るしかない。時折(トキオリ)(ワラベ)らしく加減(カゲン)が分からなくなるようなのでそこは(サト)すようにはしている。(イキオ)いよく飛びかかられては妲己(ダッキ)も苦しいのだ、と言ってみるが伝えたその時は良いのだがすぐに忘れてしまうようで(コマ)ってしまう。(シマ)いには、妲己(ダッキ)()してやらぬぞ、と悪戯(イタズラ)に伝えたことで力一杯(チカライッパイ)飛びつくのはどうにか止められたようだった。


(ワレ)の事など御案(ゴアン)じなさいますな”


苦笑しながら妲己(ダッキ)に言われたが悧羅にとって妲己(ダッキ)はかけがえのない者なのだから(アン)じるのは当然の事なのだ。子ども達が産まれてからはなかなか二人で共にいる事も出来なくなっているが、それでも特別な思いがあることに何ら変わりはないのだから。


「…(ワラワ)の大切な妲己(ダッキ)がくたびれ()てるのは見ておれぬ。上の子らが甘やかしておる(ユエ)加減(カゲン)を知らぬところがあるのでな…。子らと同じようにされておってはさすがの妲己(ダッキ)も弱ってしまうではないか」


“なんのこれしき。大したことではございませんよ?御子(オコ)方が小さき時はまだ()け廻っておったではありませぬか”


くっくっと笑われて、それはそうなのだが、と悧羅は嘆息(タンソク)してしまう。六人の子を一手(イッテ)に引き受けて面倒(メンドウ)を見てくれたのは妲己(ダッキ)だ。妲己(ダッキ)が居てくれたからこそ悧羅も安心して子を産む事ができたと言っても良い。だがその頃と今では妲己(ダッキ)の体力も違うだろうと思うのだが、妲己(ダッキ)(コタ)えは(イナ)だった。


(アルジ)()いていかれないことと(カカ)わりがあるのでしょうが(ワレ)哀玥(アイゲツ)も以前よりも能力(チカラ)()しておるようなのでございます”


「…そうであったのかえ?」


首を(カシ)げた悧羅に、()、と妲己(ダッキ)(ウナズ)いた。実際(ジッサイ)に悧羅が年を(カサ)ねるごとに若々(ワカワカ)しさを取り戻していくと呼応(コオウ)するように妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)に流れ込んでくる能力(チカラ)片鱗(ヘンリン)も多くなっている。悧羅自体の能力(チカラ)が増したというよりは身体(カラダ)全盛期(ゼンセイキ)であった頃に(オサ)えていた分が華開(ハナヒラ)いている、という感じを受けていた。それが()いを忘れたかのような悧羅の身体に(アフ)れ出してきているのだが、悧羅自身には自覚(ジカク)はないようだ。()いが(ユル)やかになっているとは感じているようだが、若返っているとは思っていない。その恩恵(オンケイ)妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)だけに(トド)まらず、夜毎(ヨゴト)(マジ)わる紳にも与えられていた。紳もまた、若返ってきているのだ。悧羅と共にあり続けるためなのだろうが、悧羅が意図(イト)して()()()()いるとは妲己(ダッキ)には思えなかった。


きっと掛けられた(ノロイ)(アラガ)えるよう王母(オウボ)が悧羅を老いないようにするだけでなく、その身体(カラダ)見合(ミア)った、これまで(オサ)えこまれていた能力(チカラ)を少しずつ()いているのだ。


それは()()()()()()王母(オウボ)(ユル)された手出しとも取れるし、()()()()()()()()()()()()ということでもある。悧羅に()いている(ヘビ)(ニオ)は年を(カサ)ねるごとに少しずつ強くなっている。背後(ハイゴ)に見える(アカ)かがちのような目は時折(トキオリ)(ネム)っているかのように見えなくなる事もあるが気配(ケハイ)だけは(ツネ)に感じていた。悧羅はゆっくりと進むのだろうと言ってはいるがやはり(ソバ)にいなければ何かあった時に対処(タイショ)が出来ない。妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)のどちらかは必ず(ハベ)るようにしているのだが、姚妃(ヨウヒ)瑞雨(ズイウ)のこともありどちらかといえば妲己(ダッキ)(ハベ)る事が多いのだ。(コト)を知らない忋抖(カイト)哀玥(アイゲツ)(トモ)に居たいと願っていることもあり、(トキ)がくるまではそのままで、と言う悧羅の言葉に(シタガ)って何事(ナニゴト)もないように()()っているに過ぎないのだけれど。


“ともあれ御心配(ゴシンパイ)には(オヨ)びませぬ。この通り尾も()えておりますれば”


ゆっくりと()妲己(ダッキ)の尾は九本にまで()えた。いつの間にやら、と気付く(イトマ)もなく()えていくのでその内に何十(ナンジュウ)となりはしないかと(アン)じているほどだ。


妲己(ダッキ)()()大妖(タイヨウ)と同じ尾を持つようになってしもうたのだな」


“まだまだ(カナ)う相手とは思うておりませぬが…。()()()は数千年前からその名を(トドロ)かせておりますれば”


振り続ける尾に姚妃(ヨウヒ)瑞雨(ズイウ)がしがみつくままにさせながら妲己(ダッキ)が小さく笑った。妲己(ダッキ)(ヒロ)った時には()()()()()()()と思って名を(モラ)ったのだが、まさか本当に九尾(キュウビ)(キツネ)になろうとは悧羅も思っていなかった。


“これも(ワレ)(アルジ)御力(ミチカラ)絶大(ゼツダイ)であるということの(アカシ)でございましょう。ほんにお(ソバ)におることができておるというのは有難(アリガタ)いことでございますな”


「…(ワラワ)其方(ソナタ)手放(テバナ)せなんだだけなのだがな…」


苦笑する悧羅に、手放(テバナ)すなど、と妲己(ダッキ)が目を細める。


(ワレ)(アルジ)はお一人のみでございます。何があろうとお(ソバ)を離れぬと制約(セイヤク)(イタ)しましたではございませんか。その様な事をお考えであらば(ワレ)は口をききませぬよ?”


笑いながらそう言ってくれる妲己(ダッキ)の頭を悧羅が()でると(ウレ)しそうに小さく鳴いてくれる。姚妃(ヨウヒ)瑞雨(ズイウ)は共にいるがこうして二人でいることも本当に少なくなっていた。妲己(ダッキ)と二人で居ると(ムカシ)に戻ったような気持ちにもなるが、(サイワイ)に満ち(アフ)れた今ではもう(ナツ)かしく思い出す程度(テイド)の事でしかない。悧羅だけでなく妲己(ダッキ)もその思いは同じのようだ。紳を名で呼ぶようになった事も今ある(サイワイ)(アタ)えてくれたことへの妲己(ダッキ)なりの礼なのだろう。


素直(スナオ)(ムカシ)のように態度(タイド)(アラタ)めないのは妲己(ダッキ)らしい。


苦笑しながら(ヤワ)らかな毛並(ケナ)みを()で続けていると姚妃(ヨウヒ)が、取らないで、と悧羅の(ヒザ)に乗ってきた。


妲己(ダッキ)を取らないでよ、母様(カアサマ)。遊んでくれなくなっちゃうでしょ?」


(ヒザ)の上から見上げられて、おやまあ、と悧羅は微笑(ホホエ)んだ。


「そうは申しても、妲己(ダッキ)(ハハ)のものなのだえ?」


「ちがうよ!みんなの妲己(ダッキ)だよ?」


小さな(ホオ)(フク)らませる姚妃(ヨウヒ)に、確かにそうだな、と悧羅は苦笑するしかない。言われてみれば妲己(ダッキ)独占(ドクセン)することなどもう(ムズカ)しいことだ。悧羅と二人でいたころは当たり前のように独占(ドクセン)出来ていたが今では子ども達も妲己(ダッキ)(タヨ)る。何より姚妃(ヨウヒ)瑞雨(ズイウ)など幼子(オサナゴ)がいるとなると尚更(ナオサラ)だ。


「そうだな。妲己(ダッキ)(ミナ)の大切なものだ。であれば(ヤサ)しく(アツコ)うてやらねばの」


(ヒザ)(スワ)った姚妃(ヨウヒ)の頭を()でると、うん、と元気の良い(コタ)えが返ってくる。とことこと寄ってきた瑞雨(ズイウ)にも()いている(ヒザ)(タタ)くとにこにこと(スワ)り始める。小さな身体(カラダ)を二つも(アズ)けられてどちらの頭も()でてやると、えへへ、と()れたような笑い声が響いてきた。()られるように悧羅も笑っていると廊下(ロウカ)から沢山(タクサン)の声が聞こえ始めた。


兄様(アニサマ)だ!」


(ヒザ)に座ったばかりだったというのに(ハジ)かれたように立ち上がって廊下(ロウカ)()け出していく姚妃(ヨウヒ)に苦笑すると()いた膝を(ヒト)()めするように瑞雨(ズイウ)(スワ)り直している。どうやら半分では物足(モノタ)りなかったようで、満足そうに見上げられてしまった。小さな(ホオ)を指で()でてやると(ウレ)しそうににこにことしている。


本当に舜啓(シュンケイ)(オサナ)い頃のようだ。


共に手を(ツナ)いで散歩(サンポ)をした日々や湯浴(ユア)みをしていた頃が(ナツ)かしい。悧羅の事を名で呼ぶ者もあの頃は咲耶(サクヤ)舜啓(シュンケイ)だけだった。思いを()せていると廊下(ロウカ)から兄達を見つけたのだろう。名を呼びながら走っていく姚妃(ヨウヒ)の足音で引き戻される。静かだった宮が途端(トタン)(ニギ)やかさに(ツツ)まれて、どうやら思い出を(ナツ)かしむことも(ムズカ)しくなったのだな、と小さな笑いが出てしまった。


姚妃(ヨウヒ)の声と兄達の声に(ミチビ)かれるように磐里(バンリ)加嬬(カジュ)(ツト)めの手を止めて出迎(デムカ)えにやってきた。


「おかえりなさいまし」


二人の声に、ただいま、と言う声と(イク)つもの足音が近づいてきた。瑞雨(ズイウ)と共に待っていると、ひょっこりと自室の戸の前に子ども達の姿が見え始める。


「お(モド)りやし」


笑って出迎(デムカ)えるが(スデ)姚妃(ヨウヒ)皓滓(コウサイ)に抱き上げられていた。その日(ダレ)が選ばれるかは姚妃次第(ヨウヒシダイ)なのだが、選ばれた者は勝ち(ホコ)ったように満面の笑みで(モド)ってくるのだから、姚妃(ヨウヒ)が大きくなるまで(ツレアイ)を見つけるつもりは無いと言っていたのは本気なのかも知れなかった。子ども達が(モド)ると必ず悧羅の部屋に一度集まるのも当たり前のようになっている。部屋に入りながら瑞雨(ズイウ)が悧羅の(ヒザ)に座っていることに笑いながら子ども達も腰を降ろした。


「何?妲己(ダッキ)じゃないんだ?」


悧羅の横に(ハベ)って体躯(タイク)を伸ばしている妲己(ダッキ)()でながら灶絃(ソウゲン)が笑うと、先程(サキホド)まで、と気持ち良さそうに目を細めている。戻って来たのは男子(ダンジ)ばかりであったので、媟雅(セツガ)啝珈(ワカ)舜啓(シュンケイ)の事を悧羅が(タズ)ねると、もうすぐだよ、と教えてくれる。


(ナン)(イソガ)しゅうあったのかえ?」


「ううん。姉様(アネサマ)饅頭(マンジュウ)食べたいって言ってたから。それに付いていってるだけだよ」


玳絃(タイゲン)が言うと、お饅頭(マンジュウ)?、と姚妃(ヨウヒ)(ウレ)しそうな声を上げた。子ども達も好物(コウブツ)だが例にもれず姚妃(ヨウヒ)瑞雨(ズイウ)(コノ)んで食べる。兄達が(ツト)めの休みの時など強請(ネダ)って一緒に買いに行くほどだ。


「ならば良いが…。哀玥(アイゲツ)もおらぬではないか」


忋抖(カイト)と共にあるはずの哀玥(アイゲツ)の姿が見えないことにも悧羅が首を(カシ)げると、姉様(アネサマ)についていった、と言う。


「無理ばっかりするから哀玥(アイゲツ)が背に乗せてった。父様(トウサマ)みたいに何処(ドコ)に行くにも母様(カアサマ)(カカ)え上げれば心配しないんだろうけど。姉様(アネサマ)が恥ずかしいから良いって舜啓(シュンケイ)(シカ)るんだよ。だったらせめてって」


おや、と悧羅は苦笑するしかない。確かに紳は何処(ドコ)に行くにも悧羅を(カカ)えて動くし、里の民達(タミタチ)もそれが当たり前だと思ってくれている。(チギ)る前からそうであったから悧羅も気にしたことなど無かったけれど、普通(フツウ)に考えればあまり無い事なのだろう。


舜啓(シュンケイ)も心配しておるのだろうに。ほんに甘え方を知らぬ子じゃ」


嘆息(タンソク)する悧羅を子ども達が、(チガ)うって、と笑い始める。


父様(トウサマ)母様(カアサマ)だから出来ることなの。俺たちだってもしも(ツレアイ)が出来ても()()はしないよ?」


「…そういうものなのかえ?」


「そうだよ?大衆(タイシュウ)面前(メンゼン)堂々(ドウドウ)(ツレアイ)(イツク)しむとか、それを(カク)さないとか父様(トウサマ)だから出来るんだって。母様(カアサマ)を見ると(タガ)(ハズ)れちゃうみたいだから」


くすくすと笑われて妲己(ダッキ)を見ると大きく(ウナズ)いている。


“紳は少しばかりおかしいところがございますので。特に(アルジ)(カカ)わりますと…”


嘆息しながら言ってはいるが、それが彼奴(キャツ)でございますから、と(ナカ)(アキラ)めたように続けている。そうか?、とますます首を(カシ)げる悧羅に、そうなの、と子ども達がますます笑い出してしまう。


「なれど媟雅(セツガ)も今くらい甘えても良いのでは無いか?」


悧羅がここまで心配する理由は(ミナ)分かっている。媟雅(セツガ)(ハラ)には二人目の子が宿(ヤド)っており、しかももうすぐ八月(ハチツキ)(ムカ)えるのだ。大きくせり出した(ハラ)(カカ)えていては近衛(コノエ)(ツト)めも休めというのに聞いてはくれない。さすがに八月(ハチツキ)を超えたら休ませるつもりではいるのだが、頑固(ガンコ)媟雅(セツガ)がそれに()というのも(ジカン)(ヨウ)した。


姉様(アネサマ)だよ?そう容易(タヤス)く甘えたり出来るもんか。今度は産み場に入るって言う舜啓(シュンケイ)にまだ駄目だって言ってるらしいから。また入らせてもらえなかったらどうしようって舜啓(シュンケイ)(アワ)ててたよ」


「何じゃ?まだそのような事を言っておるのかえ?」


ほんにもう、と肩を落とす悧羅にまた子ども達が笑い出す。


「産み場に伴侶(ハンリョ)がおってくれる事がどれほどの(サイワイ)か…。すべて分けおうてくれるというに…」


やれやれ、と嘆息(タンソク)しながら瑞雨(ズイウ)の頭を撫でると、そりゃあ母様(カアサマ)たちはね、と忋抖(カイト)妲己(ダッキ)に身体を(アズ)けながら苦笑している。


其方(ソナタ)たちとて姚妃(ヨウヒ)の時は共におってくれたではないか」


「それだよ。だから姉様(アネサマ)は入れたくないんだって」


苦笑し続ける忋抖(カイト)瑞雨(ズイウ)を撫でる手を休めると身体を(アズ)けられた妲己(ダッキ)が、(オモ)うございます、と(ワズ)かに体躯(タイク)を大きくしている。


「あんなに苦しむところを舜啓(シュンケイ)に見せたくないんだって。それ父様(トウサマ)の前で言ってたら姉様(アネサマ)の方が小突(コヅ)かれてたけどね。だからこそ一緒に居たいって思う舜啓(シュンケイ)の気持ちを()んでやれって」


「まあ…、産みの苦しみは見せたくは無いものだが…。それでも紳は共におると言うてきかなんだからの。舜啓(シュンケイ)の気持ちが痛いほどにわかるのだろうよ」


確かに初めての時は悧羅も力綱(チカラヅナ)を付けるなと言った紳に戸惑(トマド)った。痛みを()えぬく間は良いが産み落とす時には部屋の外に出ていて欲しかった気持ちはわかる。それでも紳は自分の子なのだから蚊帳(カヤ)の外に出すような事はしてくれるな、と言ってくれたし妓姣(ギコウ)も紳に見えぬように取り上げると言ってくれたからこそ残る事を受け入れた。今となってはそれで良かったと思えている。悧羅一人で産んだのではなく、紳と二人で産む事が出来たのだと感じているから。そうでなければ七人も子を産むことなど出来なかっただろう。


其方(ソナタ)たちはどうなのだ?(ツレアイ)が出来、子を(サズ)かることが出来たとしたら?」


(タズ)ねた悧羅に返ってきた(コタ)えは、入る、という(マヨ)いのない言葉だ。


「多分(チギ)る前からそれは言うと思うな。嫌だっていうなら(チギ)る相手じゃないって見限(ミカギ)るかも」


「それはまたせんないことではないか。何某(ナニガシ)かあってのことかもしれぬであろ?」


皓滓(コウサイ)(コタ)えに小さく笑うと、それでもねえ、と肩を落とされる、


「目の前で見てるからね。父様(トウサマ)母様(カアサマ)の姿。そういった(ツレアイ)になれないならごめんだね。…だけどまだまだ先だよ?姚妃(ヨウヒ)が大きくなるまではそうしないって俺たち決めちゃってるから」


ね?、と兄弟(ケイテイ)たちを見ると(ミナ)一様(イチヨウ)に笑っている。どうも男子(ダンジ)たちにとって姚妃(ヨウヒ)は特別過ぎる。このまま大きくなって(ジョウ)()わす相手でも見つけた日には、兄達はどうするのだろうと悧羅は少しばかり心配になってしまった。逆を言えばその間は宮に残ってくれるのだろうから(ウレ)しいことこの上ない。身体の成長も終わり日々、紳に近付(チカヅ)こうと鍛錬(タンレン)している姿は(タノ)もしくもあるし、何より宮に男手(オトコデ)があるということは何とも安心出来るのだ。磐里(バンリ)加嬬(カジュ)が重いものを持っているとさりげなく受け取って運んだくれたりもするし、小さな気遣(キヅカ)いが出来る子達だ。その優しさは紳から受け継いだものであり紳と過ごす内により(ハグク)まれていったものなのだろう。もちろん媟雅(セツガ)啝珈(ワカ)もその傾向(ケイコウ)はあるが、どちらかといえば男子(ダンジ)達に強く現れている。


紳の良いところを受け継いでくれているのは悧羅もとても(ホマレ)に思う。これほどの男子(ダンジ)たちであるならば里の鬼女(キジョ)たちが(ホウ)っておかないだろうと思っているのだが、浮いた話一つ持ってきてはくれない。そうと決めた者が現れたならば会わせてくれるだろうが、そうでないのであれば気恥(キハ)ずかしいのかもしれなかった。紳にも悧羅にも(スデ)に父母はなかったから(チギ)りを(ムス)ぶ時にもそういった(シラ)せを上げることなどなかった。だから媟雅(セツガ)の時に舜啓(シュンケイ)が礼を取って(ユル)しを()う姿に紳も感嘆(カンタン)していたのだ。本来なら紳もそうやって悧羅を(メト)らなければならなかったはずだと思ったようだ。


「本当はああしなきゃいけなかったんだねぇ」


媟雅(セツガ)との(チギ)りを許した後に悧羅にだけ聞こえるように言っていたのは(ミナ)には内緒(ナイショ)だ。くすくすと子ども達の姿を見ながら笑っていると、中庭に哀玥(アイゲツ)が降り立った。背に媟雅(セツガ)を乗せてくれていたようでその背から媟雅(セツガ)か降り始めている。少し遅れて降り立った舜啓(シュンケイ)が手を貸そうとするが、大丈夫(ダイジョウブ)だってば!、と(アキ)れたような声がする。あまり丁重(テイチョウ)(アツカ)われることに(ナカ)苛立(イラダ)っているようにも見えた。哀玥(アイゲツ)から降りてさっさと歩き始める媟雅(セツガ)舜啓(シュンケイ)(アキラ)めたのか、降り立ってきた啝珈(ワカ)の腕の中から饅頭(マンジュウ)を取って口に(ホウ)りこんでいる。磐里(バンリ)加嬬(カジュ)出迎(デムカ)えにも肩を(スク)めて見せると、大分お疲れのようでございますね、と笑われていた。


部屋の中に上がれるように加嬬(カジュ)哀玥(アイゲツ)の足を()きとっている間に媟雅(セツガ)はもう部屋に入って、よいしょ、と大きな(ハラ)を支えながら座り始めている。けれど瑞雨(ズイウ)は悧羅の(ヒザ)から動かない。(ハラ)が大きい母を(オモンバカ)ってもあるのだろうが二人目を(ハラ)宿(ヤド)してからの媟雅(セツガ)感情(カンジョウ)起伏(キフク)が激しいのだ。悧羅にも少しは(オボ)えがあるが媟雅(セツガ)ほどではなかったし、磐里(バンリ)に言わせればその者で(チガ)いますから、と笑ってくれるほどのことだと思っている。それでも幼心(オサナゴコロ)に気を(ツカ)うようで、入ってきた舜啓(シュンケイ)を見ると飛びついて行った。


「悧羅、ありがとう。瑞雨(ズイウ)利口(リコウ)にしてたか?」


抱き上げながら瑞雨(ズイウ)は、うん、と元気に返している。


「ようひちゃんといっしょに、だっきとあそんだよ。りらちゃんもいっしょ」


そうか、と笑いながら座って瑞雨(ズイウ)(ヒザ)に乗せている舜啓(シュンケイ)(トナリ)啝珈(ワカ)が座ると次々と腕が伸びて腕の中の饅頭(マンジュウ)を取っていく。母様(カアサマ)も、と持ってきてくれた饅頭(マンジュウ)灶絃(ソウゲン)から受け取っていると、大変だったんだからね、と啝珈(ワカ)(ナゲ)くように(ツブヤ)いた。大きな嘆息(タンソク)と共に悧羅の横に(ハベ)った哀玥(アイゲツ)に、ねえ?、と同意(ドウイ)を求めているようだが応えはなく代わりに悧羅の膝に(コウベ)を乗せてきた。


(ナン)ぞあったのかえ?啝珈(ワカ)(イキドオ)るなど(メズラ)しいのう」


哀玥(アイゲツ)の頭を撫でながら言う悧羅に、(メズラ)しくはないでしょ、と忋抖(カイト)横槍(ヨコヤリ)を入れた。それに一瞥(イチベツ)を投げてまた大きく嘆息(タンソク)すると、姉様(アネサマ)だよ?、と啝珈(ワカ)媟雅(セツガ)を見た。思い当たる事があるのか媟雅(セツガ)(ダマ)って少し(ホオ)(フク)らませている。


「良いんだって」


瑞雨(ズイウ)を腕で包みながらなんでもない事のように舜啓(シュンケイ)が言っているが、良くない!、と啝珈(ワカ)の方が火が着いているようだ。何だ?、と哀玥(アイゲツ)に視線を落とすと、大きくこちらも嘆息(タンソク)している。哀玥(アイゲツ)までこうであるなら余程(ヨホド)の事だったのだろうとは分かる。


姉様(アネサマ)舜啓(シュンケイ)(ヒド)過ぎるんだよ!(カカ)えるのが(イヤ)なら手を引くって言っても(オコ)る。哀玥(アイゲツ)の背に乗る時も降りる時も手を貸そうとすれば(オコ)る。(シマ)いには饅頭屋(マンジュウヤ)のおばちゃんに、こうだああだって気に食わない事全部話してさ。おばちゃんは笑ってたけど(マワ)りで聞いてたら本当に舜啓(シュンケイ)がそんな男だって思われちゃうじゃん」


本当に(オコ)っているようで啝珈(ワカ)の顔が真っ赤に()まっていく。だから良いんだって、と舜啓(シュンケイ)(フタタ)(ナダ)めるが、それにも、良くないって!、と声を張り上げた。手にしていた饅頭(マンジュウ)の袋が(ニギ)(ツブ)されそうになって(アワ)てたように皓滓(コウサイ)啝珈(ワカ)の手から袋を取り上げて中を確かめる。何とか饅頭(マンジュウ)は無事だ、と安堵(アンド)している皓滓(コウサイ)の横で啝珈(ワカ)は止まらない。


「大事にしてもらってるんだからお礼言うべきなのに逆に()めるなんてあり得ないでしょ?あんな(フウ)(アツカ)われてたらいつか離縁(リエン)を言われたっておかしくないよ?!(ハラ)に子がいて大変なのは分かるけどそれでもあんな(フウ)舜啓(シュンケイ)(アツカ)ったら絶対駄目(ダメ)舜啓(シュンケイ)姉様(アネサマ)(チギ)ってるけどまだ鬼女(キジョ)達に人気(ニンキ)あるんだから、取られちゃうよ?!」


それでも良いの?、と声を(アラ)げる啝珈(ワカ)を、まあ落ち着きや、と悧羅が苦笑してどうにか止めた。腰を上げて媟雅(セツガ)()め立てていた啝珈(ワカ)も顔は真っ赤にしたままで、もうっと座ってくれた。声はかなり大きかったようで磐里(バンリ)加嬬(カジュ)たちまでも部屋の中に入ってきた。何事(ナニゴト)ですか?、と心配そうな磐里(バンリ)加嬬(カジュ)が座ると同時に、何の(サワ)ぎ?、と中庭に紳が降り立った。


「宮の外まで聞こえてたよ、啝珈(ワカ)の声」


笑いながら部屋に入ってくる紳を、お(モド)りやし、と悧羅が(ムカ)えると、ただいま、と抱き上げながら口付けてそのまま(ヒザ)に乗せて座ってくれる。また啝珈(ワカ)が顔を真っ赤にしながら話して聞かせている。苦笑しながら聞いていた紳も話が終わると、それは媟雅(セツガ)が悪い、とぴしゃりと言った。紳がそういう言葉で(サト)すのは(メズラ)しい。いつも(オダ)やかで子ども達にも悧羅にも声を(アラ)げた事のない紳が言うのだ。さすがに媟雅(セツガ)(フクラ)ませていた(ホオ)を戻した。


媟雅(セツガ)の大変さはみんな分かってる。特に舜啓(シュンケイ)は自分の子を宿(ヤド)してくれてるんだから心配して当たり前だ。(イク)舜啓(シュンケイ)が優しくて何も言わないからってそれに甘えすぎて胡座(アグラ)をかいてちゃ駄目(ダメ)だ。お前がそんなだから瑞雨(ズイウ)だって寄りつかないだろ?気持ちを落ち着けて舜啓(シュンケイ)にした事を考えて(カエリ)みれるようになるまでは近衛(コノエ)(ツト)めにも出なくていい」


え?、と目を見開いた媟雅(セツガ)を見て舜啓(シュンケイ)が紳を止めるが紳は駄目(ダメ)だ、と言って退()かない。助けを求めるように悧羅を媟雅(セツガ)が見たが、紳がそこまで言うことに口を(ハサ)むつもりは悧羅にはなかった。初めて見るような紳の姿と言葉に他の子ども達も饅頭(マンジュウ)を食べる手をとめてしまっている。それほどに少し怒っているのが伝わるからだ。


(チギ)りを(ムス)ぶ、子を成していくっていうのは一人で出来る事じゃない。お前は何でも背負(セオ)って一人で何でも出来る気になってるかもしれないけど、そんな事なんて一つもない。(チギ)りを結んだ以上、舜啓(シュンケイ)の事を(タツト)ぶのは当たり前のことだし、自分の体調や気分が(スグ)れなくても相手を(イタワ)る気持ちがないなら永い(ジカン)を一緒に過ごす意味なんてないんだ。それが出来ないならさっさと離縁(リエン)して舜啓(シュンケイ)を楽にしてやれ」


「ちょっと、紳!俺は離縁(リエン)なんて考えたこともないって!」


(アセ)った舜啓(シュンケイ)が腰を上げるが、それにも紳は首を振った。


「それくらいの事をしてるってことだ。(タガ)いを思いやれないで()を通し過ぎるとそうなるって考えてもないんだろ?媟雅(セツガ)(ハラ)の子を護るために舜啓(シュンケイ)がどれだけ無理して人の子から精気(セイキ)()りに行ってるのかも分かってないんだよ。()()()()()()()だって思ってるからそんな態度(タイド)が取れるんだ」


とにかく明日から(ツト)めには出るな、ともう一度言い置くと何か言いたそうな媟雅(セツガ)に部屋に下がるようにも紳は言っている。


「今は一人で考えてみろ」


手を振ると泣き出しそうになりながら媟雅(セツガ)が部屋を出て行った。後を()おうとする女官達(ニョカンタチ)舜啓(シュンケイ)にも、そのままにするように伝えている。


「…少しばかり言いすぎたのではないかえ?」


(アオ)ぎ見ながら悧羅も言ってはみるが、今度ばかりは紳が正しい。(チギ)りを()わし親となった今では抱えるものの大きさも違う。いつまでも娘子(ムスメゴ)の気持ちでいるなと言いたいのは良くわかった。


「たまには俺だって父親らしい言葉を投げないと。近頃(チカゴロ)は目にあまる事が多かったからね。これで少し考えてくれれば良いんだけど」


「それで本当に離縁(リエン)されちゃったらどうしてくれるのさ!?紳の馬鹿(バカ)!」


舜啓(シュンケイ)()められて紳は苦笑するしかない。肩を持ったら馬鹿(バカ)呼ばわりされるとは思ってもいなかった。


「その時は舜啓(シュンケイ)と子ども達が残ればいいさ。大丈夫。俺と悧羅の自慢(ジマン)の子なんだからちゃんと考えて心を入れ替えてくれるって」


笑いながら言う紳はいつもの(オダ)やかな顔に戻っている。


「さあ、湯でも使って夕餉(ユウショク)にしよう。俺(ハラ)が減って(ハラ)が減って…。さっきから饅頭(マンジュウ)の匂いで(タマ)らなかったんだよ」


皓滓(コウサイ)に手を伸ばして饅頭(マンジュウ)強請(ネダ)る姿に先程(サキホド)までの紳の雰囲気(フンイキ)はない。呆気(アッケ)に取られながらも子ども達も湯を使うことにして立ち上がりはじめる。


“本当に此奴(コヤツ)ばかりは読めませぬな”


忋抖(カイト)の身体が離れた体躯(タイク)を元に戻しながら言う妲己(ダッキ)に悧羅も、そうだな、と苦笑した。

紳が怒りました。

めったに…というかほとんど無いですね。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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