這う【弐】《ハウ【ニ】》
こんばんは。
更新いたします。
悧羅の身に憑いた蛇について王母から聞かされた事を紳と荊軻に伝えたのはその日の夜のことだった。何か大きな者が携わっているのではないか、と悧羅は言っていたがそれが神である東王父に仕掛けられたモノだと知った二人は青ざめて絶句していた。元より悧羅には何の関わりもなく東王父と西王母の諍いに巻き込まれただけではないか。そう声を絞り出した紳に、そうだな、と悧羅は苦笑した。確かにそうかもしれない。人の子を正しく導く為に王母は鬼を降ろしたかった。だが現世を統べる東王父にはそれが許せないことだった。元来、統べるべき場も違えば庇護している仙も違う。互いに対極にありながら天と地を共に護ってきていたのだから。
「蓮を降ろす事は特に憤ったと申しておった。なればこそ王母の化身とされる蓮がどのように動くのか、どのように抗い勝ち取るのか負けるのかを見たいのだろうて。こちらに渡った時にそれも解かれれはよろしかったのであろうが、数千年前からの制約を王母が反故にするしか道はなかった故、東王父もそのままにしておいたのであろうよ」
小さく笑いながら言う悧羅に紳も荊軻も言葉を出せない。何と言葉を出して良いのかも分からない。そんな二人に案ずるな、と悧羅は穏やかに伝える。
「倖にも憑いたモノはまだ弱々しい。王母も申しておったが緩やかに進むようだ。その間に打てるべき手は全て打つ故。何より、刻がゆるりとあるというのは良いことだと思うておるに」
「…身体は本当にどうもないの?」
耐えられずに尋ねた紳に、ない、と悧羅は笑う。異変が出てくるとしてもそれもまた長い刻を要することだ。それも東王父の慈悲だろう。
「神のすること故、易々と手は出せぬ。なれど裏におるが東王父であるということが分かったのは僥倖じゃ」
静かに語る悧羅に、と申されますと?、と荊軻が尋ねるがその声も震えている。
「東王父の統べる妖達の中に蛇に準ずるモノがおらぬか確かめる事が出来よう?」
「…なるほど。東王父様には手出しできずとも何が携さわっておるかは調べることができると言う事でございますね」
うん、と悧羅が頷くと荊軻が深く頭を下げた。
「そのお役目、私にお預け下さいませ。必ずや片鱗を見つけてご覧にいれます故」
伏した荊軻の背が震えているのに小さく笑って羅元よりそのつもりだ、と悧羅が伝える。ただでさえ悧羅の身に起こっていることを知っているものは少ない。荊軻の他に任せられる者もいないのだから。
「頼まれてくりゃるかえ?」
「必ずや朗報を御身に」
ますます深く伏して礼を取ってから立ち上がった荊軻に悧羅が、あまり根を詰めるなとだけ声をかけた。そうは言っても荊軻の事だ。多少の無理はするだろうが、長い刻を与えられているのであればこちらもゆっくりと手掛かりを見つけ出して行けば良い。大きく嘆息して紳の方に身体を向ける。
「そのような事である故、其方も気を張り詰めておくれでないよ?」
柔らかに微笑んで手を取ろうとした悧羅の腕が強く引き寄せられた。おや、と小さく笑う悧羅は既に紳の腕に包まれて強くその胸に抱きとめられている。小さく震え続ける背に腕を廻して優しく叩きながら、大事ないと伝えるが紳の震えは止まらない。
「案ずるな。妾はこの腕の中から消えたりはせぬ。必ずや抗うてみせる故」
紳の匂いに包まれてしまうと、ほうっと安堵の息が漏れてしまう。周りの者たちにはゆるりと、と言ってはいたがどうやら悧羅も僅かばかりは気を張っていたようだ。
一日の間に多くのことがあったのだから、さもありなんといったところかの。
抱きしめられた胸に顔を擦り寄せると早鐘の様に打ち続ける鼓動が聞こえた。これまでになく紳が戸惑っているのが伝わるが、それさえも悧羅には心地良い音でますます胸に擦り寄ってしまう。
「…本当に大丈夫だよね?ここからいなくなったりしないよね?」
抱きしめられる力を強めながら確かめるように呟く紳に、当たり前だ、と悧羅も紳を抱きしめる。
「ようやっと其方の腕に包んでもらえるようになったというに。易々とこれを奪われては堪らぬでな」
うん、と肩に乗せられた頭が小さく動いたけれど抱きしめられる腕の力は緩められることがない。
「それに妾がおらぬようにならば其方も後を追うなどと申しておるでな。其方の倖を妾が奪うわけにも参らぬではないか」
「…俺の倖は悧羅と一緒にいれることだけだよ。悧羅のいない世に一人残ったって何処にも倖なんて落ちてないんだから」
そうだな、と小さく笑う悧羅に、もしも、と紳が言う。
「もしも何かあったらすぐに教えて。俺に出来ることなんて何にも無いかもしれないけど、黙って耐えることだけはしないって約束して」
応えの代わりに紳の背中を優しく叩いて悧羅は是を示す。元よりそのつもりであったし、隠そうとしていても眠っている間にでも契りの疵痕を重ねられてしまっては全て知られてしまう。何よりこれは隠しておけることでも無いし、何も言わなければそれだけ紳の不安を煽ることになってしまうだろう。只ひとつ間違っている事があるとすれば紳には出来ることなどないと思っていることだ。
紳、と名を呼びながらもう一度胸に擦り寄りながら悧羅も抱きしめる腕に力を込めた。
「何も出来ぬことなどないえ?紳がおってくれらばこそ妾は抗うてみせましょうと申しておるのだから。其方がこうしてくれる事ほどの褒美はないのでな」
「…でも、これくらいしかできないよ?」
頭を上げて胸の中を見下ろす紳を悧羅が仰ぎみる。
「余りあるほどに」
微笑んだ悧羅の額に紳が口付けてくれるが、その目に己の無力さを嘆く色が浮かんでいた。だが紳でなくともこればかりはどうにも出来ない。神の手によるものに、どんなに己を研鑽し続けたとはいえ一介の妖が手を出せることなど無いに等しいのだから。それでも試されているのであれば、悧羅の全てでもって弾き返すだけだ。
「こうしておることが出来ておらぬならば妾はそれも定と受け入れておったであろう。それも倖だと思うておったやもしれぬ。紳がこうしておってくれるのであらば妾に出来ぬことなど何もないのだえ?」
背中に廻していた腕を解いて紳の頬を包んで引き寄せると深く口付けた。大事ない、と唇を離して囁くと、ようやく紳の身体から力が抜けたようだった。大きく息を吐いたと思ったら勢い良く悧羅を抱きかかえて立ち上がる。そのまま寝所に引き込まれて悧羅は小さく笑いが込み上げるのを堪えきれない。
「だったら悧羅が絶対に負けないって思えるように俺を刻みつけてないといけないよね?」
寝間着の帯を取り去りながら言う紳の顔には微笑みが戻っている。
「そうさの。その目でいつも妾を見て紳を刻みつけてくりゃるなら、どの様なことでも乗り越えてみせると誓おうではないか」
笑いながら紳の首に腕を廻した悧羅に紳は深く口付ける。離れている間でも紳を感じていられるように、それだけを願ってその夜も悧羅が意識を手放すまで睦みあい続けた。
その後、悧羅の身体に明らかな異変が起こるのは考えていたよりも永い刻を要するのだが、この時の二人には考える余地などなかった。考える刻さえも惜しいと思えるほどに互いを互いに刻み続けていることの方が何よりの倖だったから。
そうして数月が経った昼の事だった。
その日はどういうわけなのか珍しいとも、初めてとも言える小雨が里に降り続いていた。王母の場に移って雨などというものを肌で感じたのは本当に久方ぶりのことで曇天の空を悧羅は縁側に立って見上げてしまった。いつも晴れ渡っているとばかり思っていたこの地にも雨が降るということが不思議ではあったけれど、それも又、恵みであるかのように思えた。暖かい気候に慣れていた身体には僅かばかり肌寒さも感じるけれど、それも又心地良い。高揚した気持ちを落ち着けるにも程良いものだ。
空を仰ぎ見ているとふと背後から上衣が掛けられる。視線を返すと、冷えるよ、と紳が上衣ごと悧羅を抱きしめてくれた。
「なんの。気持ちが昂っておる故、丁度良い。…媟雅はまだ眠っておるのかえ?」
「うん。舜啓は、おいおい泣いてるけどね」
くすくすと笑う紳に、おやまあ、と悧羅も苦笑する。待ち望んだ媟雅の腹にいた子が出てきてくれたのは半刻ほど前だ。舜啓に似た漆黒の髪を持つ男児で角は真珠色の一本。痛みが始まったのは昨日の夕刻であったから、長い刻を痛みに耐えた媟雅は産み落として子を抱いた後から深く眠ってしまっている。痛みの間は紳も悧羅も弟妹達も付いていたのだが、いざ産むとなると皆部屋から出されてしまった。
「俺は良いじゃんか!」
まさか自分まで出されるとは思っていなかったのだろう。舜啓が異を唱えたけれど、痛みの間から駄目だ、と媟雅に叱責されていた。
「俺も紳みたいに媟雅の力綱になろうと思ってたのに!」
出された部屋の外から童のように地団駄を踏む舜啓を一叩きして耳を引っ張りながら隣の部屋に連れ込んだのは咲耶だった。
「あんたがそんなに騒いでちゃあ、媟雅が安心して産めないでしょ!」
「だって俺の子なのに!何にも手伝えないじゃないか!」
「私だって産み場に入れたのは悧羅だけよ?おかしいのは紳と悧羅の方なの!そんなに言うなら二人目からは入れるように前もって媟雅にお願いしときなさい!」
ぎゃあぎゃあと口論を始める二人を苦笑しながら紳と悧羅が眺めていると白詠と佟悧が止めに入っていた。なにより紳と悧羅に対して、おかしいなどと言った咲耶を白詠が咎めているのが可笑しくて堪らなかった。とはいえ産婆は妓姣が務めてくれているし、磐里と加嬬も中にいる。何より妲己と哀玥は出されなかったので労わってくれているはずだから安心して待てばいいのだ。
「悧羅は付いててって言うと思ってたけどね」
とりあえず子ども達と共に座ると紳が小さく笑いながら姚妃を呼ぶ。三つを過ぎた姚妃は玳絃が大好きなようで膝に座って足をぷらぷらとさせている。紳が呼んだというのに、兄ちゃまがいい、と断わられて紳が肩を落とした。
「最初の子であるからの。自分一人の力で耐え抜きたいのであろうて。…ほんに甘え方を知らぬ子じゃ」
小さく息を付いて紳の手を取るとやはり心配しているのだろう。指先が冷たくなっている。最初の子であるからこそ気張りたいのだろうが、そうであるからこそ頼ってもいいものを、と思っていると口論が一段落したのか咲耶に耳を引っ張られながら舜啓も近くに座り出した。座った後もそわそわしている舜啓の頭を、じっとしてなさい!、とまた咲耶が殴っている。
「咲耶、舜啓だって心配してんだからさ…」
見かねた紳が咲耶を止めるが聞きはしないことは分かっている。
「男が焦ったって何の役にも立たないのよ?媟雅が産み終わった後にしっかりと休めるようにさえしてくれれば良いんだから。どんと構えなさい!」
父親になるんだから、とまた舜啓の頭を殴る咲耶に皆笑いを堪えられずに小さく笑い出してしまう。
「白詠も気苦労が絶えぬのう。ほんに咲耶は昔から変わらぬ」
「いえ、本当にお見苦しいものばかりお見せしてしまいまして…。舜啓が宮に入りましてからはこれが私にばかり向くもので…」
大きく息をつきながらも笑いながら咲耶を見る白詠に、それは難儀じゃな、と悧羅もより笑ってしまう。
「元よりこの気性でございますから。これが聞かれないと何かあったのか、と心配するというものでございます。…とはいえ、そろそろ歳相応の落ち着きを持って欲しいものでございますが」
長のように、と言う白詠の頭が今度は殴られた。
「私はまだ若いわよ!変なのはこっち!」
指をさされた悧羅がまた苦笑する。歳などそう変わらないのにいつまでも若々しく、それでいて落ち着き過ぎている悧羅の方がおかしいというのは当たっているかもしれない。落ち着いているのはそうせざるを得なかっただけなのだが…。
「だから長におかしいなんて言ったら駄目だって。いくら旧知の仲でも長であらせられるんだよ?」
殴られた頭をさすりながら諭す白詠に、何で私が変わらなきゃならないのよ?、と咲耶がますます憤慨する。
「長として立つ前から悧羅とは友達なんだから。今更変わったらそれこそ悧羅が気を許せるヤツが少なくなっちゃうじゃない」
ねえ?、と見られて悧羅も微笑みながら頷く。隣では紳までも苦笑しながら、変わってもらうと困る、と白詠に伝えてくれていた。悧羅にとっても紳にとっても宮以外で気を抜けるのは咲耶の邸くらいだ。饅頭屋の女主人もそうだが、立ち位置が変わってもそのままで接してくれている者がいることはとても心安らかになるものだ。
「俺だって白詠に変わってくれるなって願っただろ?それと同じだよ」
「お前と俺、長と咲耶じゃあ違いがありすぎるけどな」
肩を竦めてみせる白詠に、同じだよ、と紳が笑った。
「それに姑がこうでも、お前がいてくれるなら媟雅も子も安心だろ?叱られるときには盾になってくれるだろうしね」
悪戯に言う紳の耳を咲耶が手を伸ばして掴むと思い切り引っ張り始める。
「私が媟雅と子を蔑ろにするわけないでしょ?大事な娘なんだから」
ぎりぎりと引っ張られる耳に、痛いって!、と嘆く紳の姿に子ども達が大笑いし始めた。咲耶が来るといつもこうだ。楽しそうな悧羅の笑顔と無邪気にはしゃぐ紳の姿が見れる。それだけ咲耶は二人にとって大切な友人だということが伝わって嬉しくもなってしまう。咲耶の機転と呪のお陰で二人が今こうしていられるといっても良いのだろうから、信を置くのは当然のことだけれど。
「まあ、そのように気を荒立てるでないよ。媟雅に聞こえてしもうたら案じて子を産む事が出来ぬであろう」
引っ張り続けられている紳の耳から咲耶の手を離して悧羅が穏やかに言うと、それもそうねえ、と上げていた腰を咲耶が降ろした。ようやくゆっくりとその時を待てそうだと安堵していたのだが、なかなか子の声が届かない。じっと待っているのも耐えられなくなったのか途中で啝珈と皓滓が茶器を取ってきて皆に淹れてくれた。
「…待つ、というのも些か忍耐がいるものだな…」
溜息を付いたのは産み場を出されて一刻ほど経った頃だった。余りにも長い、と立ちあがろうとした舜啓を留めていると小さな、それでもとても元気な泣き声が届いた。瞬時に弾かれたように部屋を飛び出していく舜啓の姿に苦笑しながら皆も立ち上がって後に続く。余程慌てて入ったのか部屋の戸は開け放たれていたけれど、まだ中では産後の手当が進められているはずだ。おいそれと入るわけにもいかない。妓姣の善が出るまで待つことにして縁側に腰掛けて待っていると、泣きじゃくりながら腕に小さな赤子を抱えた舜啓が部屋から出てきた。外は雨が降っているのだから産まれたばかりの子には寒い、と紳が言うが舜啓は首を振る。
「媟雅が早くみんなに見せてって。もう少し手当にかかりそうだから、俺は中に戻るね」
言うなり紳に子を預けて部屋の中に入っていく。おい、と止めた紳だったが戸が閉められた事で声も届かなかった。
「とりあえず隣の部屋に戻ってようか?」
舜啓の慌てぶりに豪快に笑いながら咲耶が促がして、また皆元の部屋に戻るしかない。
「最初からこれじゃあ、後が思いやられるよなあ」
苦笑しながら、なあ?、と抱いた子に語りかける紳の腕の中を皆で覗き込むと小さな口で欠伸をしている子が見えた。あらあ、と咲耶も目を細めて舜啓を思い出す、と柔らかに笑い出した。紳が咲耶に子を渡そうとすると悧羅が先と言われてしまう。
「妾は後で良いよ。宮にいてくれるのだからいつでも抱ける故。時には其方と白詠が先でもよかろう?」
笑いながら辞したのだが、なりません、と白詠に止められた。
「舜啓も佟悧も長に抱いていただけていたからこそ今まで大きな病にも罹らずここまでこれたのです。私たちも会いにくれば良いのですから」
おやまあ、と笑う悧羅に、だって、と咲耶も笑っている。
「妾などあまり縁起の良い者ではないのだが…」
苦笑しながら紳から子を受け取るとあまりにも軽い、それでもしっかりとした重みを感じる。近くで見ると本当に舜啓が産まれたばかりの頃に戻ったようだ。
「なんとまあ、愛らしいこと…。ほんに騒ぎ立てて咲耶が産み落とした時の事がすぐそこのようじゃて」
くすくすと笑うと、それ言わないでよ、と咲耶に小突かれてしまった。子を抱いている悧羅に少しばかり不安になったのか玳絃の膝から降りて寄ってくる姚妃を抱き上げて紳が子の顔を見せる。
「姚妃も姉様だね。優しくするんだよ?」
小さな目を丸くしながら子を見る姚妃が紳と悧羅の衣を掴む。どうやら子に紳と悧羅を取られると思っているようで、その姿も愛らしい。白詠に礼を言って子を渡すと二人の間にちょこんと座って手を握られた。
「へえ、珍しい。いつもは玳絃さえいればいいのにね」
笑う灶絃に、ほんとだよ、と紳も苦笑している。
「幼心にも心細くなったのであろうて。今宵は共に休むかえ?」
小さな手を包みながら悧羅が姚妃に問うと、小さな頭が振られた。
「姉ちゃまと兄ちゃまたちといっしょ」
おや、と小さく笑う悧羅とは別に子ども達は大喜びしている。どうやら今夜は姚妃を取り合う必要は無いようだが、良い歳の子ども達が皆同じ部屋で眠る姿を想像して紳が笑い始めている。どうしても子ども達に紳と悧羅は敵わないようだ。笑いながら咲耶を見ると白詠から渡された子を愛しそうに抱きしめている。
「もう一人産んではどうじゃ?」
首を傾げて悧羅が言うと、あんたと一緒にしないで、と笑われてしまう。
「これからまた最初からやり直しなんて…。ぞっとするわ。あんたが七人も産むなんてのも考えて無かったんだからね」
「それは俺たちだってそうだよ。俺は三人くらいは欲しいって思ってたけど、まさか七人なんて思いもしなかった。けどお陰で倖だよ?」
「…その様子じゃあ、もしかしたらまだ増えるかもしれないよね?私の元気がある内にしといてよね?」
揶揄うような咲耶に、胆に命じとくよ、と紳が応える。さすがにこれ以上恵まれるとは思えないが、可能性がないわけでは無い。そうであってくれればまた倖が増えるだけだ。姚妃の頭を撫でるとまた珍しいことに紳の膝に座り始めてくれた。膝に座った姚妃の頬を悧羅が指で撫でていると、いいなあ、と佟悧の声がする。皆で見やると佟悧も子を渡されて抱きしめながらまた、いいなあ、と呟いた。
「…佟悧も欲しくなっちゃうよ」
「そんなこと言ったら私だって欲しくなるじゃ無い」
ねえ?、と腕の中の子に語りかける佟悧と共に啝珈までも言い始めた。情を交わす相手はいても契りや恋仲になりたいと思った事などない二人には媟雅と舜啓が羨ましくなったようだ。
「焦らなくたってお前たちはまだ若いんだから。ゆっくり探していけばいいじゃないか」
苦笑しながら紳が言っているものの、どうやらその気持ちは男子たちにも伝わったようだ。姚妃とは違い媟雅が産み落とした、ということが強くそう思わせるのだろう。
「でも早い方が良いよねえ」
頬杖をついて嘆息する皓滓に、だからゆっくりで良いって、と紳がもう一度言う。
「そんなに早く手を離れられても淋しくなるだろ?まだ三十年、四十年くらいしか生きてないんだから。本当にゆっくりでいい。舜啓と媟雅はたまたま早かっただけなんだから」
ねえ?、と見られて悧羅も小さく笑う。咲耶とて白詠を契りの相手として選んだのは200年はかかっていたし、紳と悧羅に至っては500年だ。永い刻を共にする相手を見つけるのは本当に難かしいことであるし覚悟もいる。
「ほんに。もう少し妾たちと共におってくれねば。皆が伴侶を見つけてしもうては、姚妃だけになってしまう。…姚妃も其方たちがおらぬようになるは淋しゅうあろうからの」
微笑みながら言うと、そうだった!、と子ども達が紳の膝から姚妃を取り上げた。
「姚妃が大きくなるまでは護ってやらなきゃなんだから、自分の逑なんて探してる暇なかったんだよ」
せっかく膝に座ってもらっていたのに、と紳が肩を落としたか高く抱え上げられた姚妃が楽しそうな笑い声を上げている。
「もういっそのこと姚妃を嫁にすれば良いんじゃ無いかなぁ?」
きゃっきゃと笑う姚妃と男子たちをみながら啝珈が呆れたように苦笑している。それほどまでに男子たちの溺愛は目に余るものがあるのだ。
「出来ない事じゃ無いだろうけどそうしたら選ばれなかった奴がどうなるかもわかるよね?」
佟悧に言われて、ああ、と啝珈が肩を落とした。
「面倒になるね、やめとこう。今の無し」
顔を見合わせて笑い合う二人の娘をみながらその腕に抱かれている新しく増えた護るべき者の姿を思い出して、悧羅はやはり抗わねばならない、と心で強く思っていた。
無事に産まれてくれました。
名前は次にでも…。
お楽しみいただけましたか?
ありがとうございました。