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這う【弐】《ハウ【ニ】》

こんばんは。

更新いたします。

悧羅(リラ)の身に()いた(ヘビ)について王母(オウボ)から聞かされた事を(シン)荊軻(ケイカツ)に伝えたのはその日の夜のことだった。何か大きな者が(タズサ)わっているのではないか、と悧羅は言っていたがそれが神である東王父(トウオウフ)仕掛(シカ)けられたモノだと知った二人は青ざめて絶句(ゼック)していた。元より悧羅には何の(カカ)わりもなく東王父(トウオウフ)西王母(セイオウボ)(イサカ)いに巻き込まれただけではないか。そう声を(シボ)り出した紳に、そうだな、と悧羅は苦笑した。確かにそうかもしれない。人の子を正しく(ミチビ)く為に王母(オウボ)は鬼を()ろしたかった。だが現世(ウツシヨ)()べる東王父(トウオウフ)にはそれが(ユル)せないことだった。元来(ガンライ)()べるべき場も違えば庇護(ヒゴ)している(セン)も違う。(タガ)いに対極(タイキョク)にありながら天と地を共に(マモ)ってきていたのだから。


(ハス)()ろす事は特に(イキドオ)ったと申しておった。なればこそ王母(オウボ)化身(ケシン)とされる(ハス)がどのように動くのか、どのように(アラガ)い勝ち取るのか負けるのかを見たいのだろうて。()()()(ワタ)った時にそれも()かれれはよろしかったのであろうが、数千年前からの制約(セイヤク)王母(オウボ)反故(ホゴ)にするしか道はなかった(ユエ)東王父(トウオウフ)もそのままにしておいたのであろうよ」


小さく笑いながら言う悧羅に紳も荊軻(ケイカツ)も言葉を出せない。何と言葉を出して良いのかも分からない。そんな二人に(アン)ずるな、と悧羅は(オダ)やかに伝える。


(サイワイ)にも()いたモノはまだ弱々しい。王母(オウボ)も申しておったが(ユル)やかに進むようだ。その間に打てるべき手は(スベ)て打つ(ユエ)。何より、(ジカン)がゆるりとあるというのは良いことだと思うておるに」


「…身体(カラダ)は本当にどうもないの?」


()えられずに(タズ)ねた紳に、ない、と悧羅は笑う。異変(イヘン)が出てくるとしてもそれもまた長い(ジカン)(ヨウ)することだ。それも東王父(トウオウフ)慈悲(ジヒ)だろう。


「神のすること(ユエ)易々(ヤスヤス)と手は出せぬ。なれど裏におるが東王父(トウオウフ)であるということが分かったのは僥倖(ギョウコウ)じゃ」


静かに(カタ)る悧羅に、と申されますと?、と荊軻(ケイカツ)(タズ)ねるがその声も(フル)えている。


東王父(トウオウフ)()べる妖達(アヤカシタチ)の中に(ヘビ)(ジュン)ずるモノがおらぬか確かめる事が出来よう?」


「…なるほど。東王父(トウオウフ)様には手出しできずとも何が(タズ)さわっておるかは調べることができると言う事でございますね」


うん、と悧羅が(ウナズ)くと荊軻(ケイカツ)が深く頭を下げた。


「そのお役目、(ワタクシ)にお(アズ)け下さいませ。必ずや片鱗(ヘンリン)を見つけてご(ラン)にいれます(ユエ)


()した荊軻(ケイカツ)の背が(フル)えているのに小さく笑って羅元よりそのつもりだ、と悧羅が伝える。ただでさえ悧羅の身に起こっていることを知っているものは少ない。荊軻(ケイカツ)の他に(マカ)せられる者もいないのだから。


(タノ)まれてくりゃるかえ?」


「必ずや朗報(ロウホウ)御身(オンミ)に」


ますます深く伏して礼を取ってから立ち上がった荊軻(ケイカツ)に悧羅が、あまり(コン)を詰めるなとだけ声をかけた。そうは言っても荊軻(ケイカツ)の事だ。多少の無理はするだろうが、長い(ジカン)を与えられているのであればこちらもゆっくりと手掛(テガ)かりを見つけ出して行けば良い。大きく嘆息(タンソク)して紳の方に身体を向ける。


「そのような事である(ユエ)其方(ソナタ)も気を()()めておくれでないよ?」


(ヤワ)らかに微笑(ホホエ)んで手を取ろうとした悧羅の腕が強く引き寄せられた。おや、と小さく笑う悧羅は(スデ)に紳の腕に(ツツ)まれて強くその胸に抱きとめられている。小さく(フル)え続ける背に腕を廻して優しく(タタ)きながら、大事(ダイジ)ないと伝えるが紳の(フル)えは止まらない。


(アン)ずるな。(ワラワ)はこの腕の中から消えたりはせぬ。必ずや(アラゴ)うてみせる(ユエ)


紳の(ニオ)いに(ツツ)まれてしまうと、ほうっと安堵(アンド)の息が()れてしまう。(マワ)りの者たちにはゆるりと、と言ってはいたがどうやら悧羅も(ワズ)かばかりは気を()っていたようだ。


一日の間に多くのことがあったのだから、さもありなんといったところかの。


抱きしめられた胸に顔を()り寄せると早鐘(ハヤガネ)の様に打ち続ける鼓動(コドウ)が聞こえた。これまでになく紳が戸惑(トマド)っているのが伝わるが、それさえも悧羅には心地良(ココチヨ)い音でますます胸に()り寄ってしまう。


「…本当に大丈夫(ダイジョウブ)だよね?()()からいなくなったりしないよね?」


抱きしめられる力を強めながら確かめるように(ツブヤ)く紳に、当たり前だ、と悧羅も紳を抱きしめる。


「ようやっと其方(ソナタ)の腕に(ツツ)んでもらえるようになったというに。易々(ヤスヤス)()()(ウバ)われては(タマ)らぬでな」


うん、と肩に乗せられた頭が小さく動いたけれど抱きしめられる腕の力は(ユル)められることがない。


「それに(ワラワ)がおらぬようにならば其方(ソナタ)も後を追うなどと申しておるでな。其方(ソナタ)(サイワイ)(ワラワ)(ウバ)うわけにも(マイ)らぬではないか」


「…俺の(シアワセ)は悧羅と一緒にいれることだけだよ。悧羅のいない世に一人残ったって何処(ドコ)にも(シアワセ)なんて落ちてないんだから」


そうだな、と小さく笑う悧羅に、もしも、と紳が言う。


「もしも何かあったらすぐに教えて。俺に出来ることなんて何にも無いかもしれないけど、(ダマ)って()えることだけはしないって約束して」


(コタ)えの代わりに紳の背中を優しく(タタ)いて悧羅は()(シメ)す。(モト)よりそのつもりであったし、(カク)そうとしていても眠っている間にでも(チギ)りの疵痕(キズアト)(カサ)ねられてしまっては(スベ)て知られてしまう。何より()()(カク)しておけることでも無いし、何も言わなければそれだけ紳の不安を(アオ)ることになってしまうだろう。(タダ)ひとつ間違(マチガ)っている事があるとすれば紳には()()()()()()()()()と思っていることだ。


紳、と名を呼びながらもう一度胸に()り寄りながら悧羅も抱きしめる腕に力を込めた。


「何も出来ぬことなどないえ?紳がおってくれらばこそ(ワラワ)(アラゴ)うてみせましょうと申しておるのだから。其方(ソナタ)()()()()くれる事ほどの褒美(ホウビ)はないのでな」


「…でも、これくらいしかできないよ?」


頭を上げて胸の中を見下(ミオ)ろす紳を悧羅が(アオ)ぎみる。


(アマ)りあるほどに」


微笑(ホホエ)んだ悧羅の(ヒタイ)に紳が口付けてくれるが、その目に(オノレ)無力(ムリョク)さを(ナゲ)く色が浮かんでいた。だが紳でなくとも()()()()()はどうにも出来ない。神の手によるものに、どんなに(オノレ)研鑽(ケンサン)し続けたとはいえ一介(イッカイ)(アヤカシ)が手を出せることなど無いに(ヒト)しいのだから。それでも(タメ)されているのであれば、悧羅の全てでもって(ハジ)き返すだけだ。


「こうしておることが出来ておらぬならば(ワラワ)はそれも(サダメ)と受け入れておったであろう。それも(サイワイ)だと思うておったやもしれぬ。紳がこうしておってくれるのであらば(ワラワ)に出来ぬことなど何もないのだえ?」


背中に廻していた腕を()いて紳の(ホオ)(ツツ)んで引き寄せると深く口付けた。大事(ダイジ)ない、と(クチビル)(ハナ)して(ササヤ)くと、ようやく紳の身体から力が抜けたようだった。大きく息を吐いたと思ったら(イキオ)い良く悧羅を抱きかかえて立ち上がる。そのまま寝所(シンジョ)に引き込まれて悧羅は小さく笑いが込み上げるのを(コラ)えきれない。


「だったら悧羅が絶対に負けないって思えるように俺を(キザ)みつけてないといけないよね?」


寝間着(ネマギ)(オビ)を取り去りながら言う紳の顔には微笑(ホホエ)みが(モド)っている。


「そうさの。その目でいつも(ワラワ)を見て紳を(キザ)みつけてくりゃるなら、どの様なことでも乗り越えてみせると(チカ)おうではないか」


笑いながら紳の首に腕を廻した悧羅に紳は深く口付ける。(ハナ)れている間でも紳を感じていられるように、それだけを願ってその夜も悧羅が意識(イシキ)手放(テバナ)すまで(ムツ)みあい続けた。


その(ノチ)、悧羅の身体(カラダ)に明らかな異変(イヘン)が起こるのは考えていたよりも永い(ジカン)(ヨウ)するのだが、この時の二人には考える余地(ヨチ)などなかった。考える(ジカン)さえも()しいと思えるほどに(タガ)いを(タガ)いに(キザ)み続けていることの方が何よりの(サイワイ)だったから。



そうして数月(スウツキ)()った昼の事だった。


その日はどういうわけなのか(メズラ)しいとも、初めてとも言える小雨(コサメ)が里に降り続いていた。王母(オウボ)の場に(ウツ)って雨などというものを(ハダ)で感じたのは本当に久方(ヒサカタ)ぶりのことで曇天(ドンテン)の空を悧羅は縁側(エンガワ)に立って見上げてしまった。いつも晴れ(ワタ)っているとばかり思っていたこの地にも雨が降るということが不思議(フシギ)ではあったけれど、それも又、(メグ)みであるかのように思えた。暖かい気候(キコウ)()れていた身体には(ワズ)かばかり肌寒(ハダザム)さも感じるけれど、それも又心地良(ココチヨ)い。高揚(コウヨウ)した気持ちを落ち着けるにも程良(ホドヨ)いものだ。


空を(アオ)ぎ見ているとふと背後(ハイゴ)から上衣(ウワゴロモ)()けられる。視線を返すと、冷えるよ、と紳が上衣(ウワゴロモ)ごと悧羅を抱きしめてくれた。


「なんの。気持ちが(タカブ)っておる(ユエ)丁度(チョウド)良い。…媟雅(セツガ)はまだ眠っておるのかえ?」


「うん。舜啓(シュンケイ)は、おいおい泣いてるけどね」


くすくすと笑う紳に、おやまあ、と悧羅も苦笑する。待ち望んだ媟雅(セツガ)(ハラ)にいた子が出てきてくれたのは半刻(ハンコク)ほど前だ。舜啓(シュンケイ)に似た漆黒(シッコク)の髪を持つ男児(ダンジ)(ツノ)真珠色(シンジュショク)の一本。痛みが始まったのは昨日の夕刻(ユウコク)であったから、長い(ジカン)を痛みに()えた媟雅(セツガ)は産み落として子を抱いた後から深く眠ってしまっている。痛みの間は紳も悧羅も弟妹(テイマイ)達も付いていたのだが、いざ産むとなると皆部屋から出されてしまった。


「俺は良いじゃんか!」


まさか自分まで出されるとは思っていなかったのだろう。舜啓(シュンケイ)()(トナ)えたけれど、痛みの間から駄目(ダメ)だ、と媟雅(セツガ)叱責(シッセキ)されていた。


「俺も紳みたいに媟雅(セツガ)力綱(チカラヅナ)になろうと思ってたのに!」


出された部屋の外から(ワラベ)のように地団駄(ジダンダ)()舜啓(シュンケイ)一叩(ヒトタタ)きして耳を引っ張りながら(トナリ)の部屋に連れ込んだのは咲耶(サクヤ)だった。


「あんたがそんなに(サワ)いでちゃあ、媟雅(セツガ)が安心して産めないでしょ!」


「だって俺の子なのに!何にも手伝えないじゃないか!」


「私だって産み場に入れたのは悧羅だけよ?おかしいのは紳と悧羅の方なの!そんなに言うなら二人目からは入れるように前もって媟雅(セツガ)にお願いしときなさい!」


ぎゃあぎゃあと口論(コウロン)を始める二人を苦笑しながら紳と悧羅が(ナガ)めていると白詠(ビャクエイ)佟悧(トウリ)が止めに入っていた。なにより紳と悧羅に対して、おかしいなどと言った咲耶(サクヤ)白詠(ビャクエイ)(トガ)めているのが可笑(オカ)しくて(タマ)らなかった。とはいえ産婆(サンバ)妓姣(ギコウ)(ツト)めてくれているし、磐里(バンリ)加嬬(カジュ)も中にいる。何より妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)は出されなかったので(イタ)わってくれているはずだから安心して待てばいいのだ。


「悧羅は付いててって言うと思ってたけどね」


とりあえず子ども達と共に(スワ)ると紳が小さく笑いながら姚妃(ヨウヒ)を呼ぶ。三つを過ぎた姚妃(ヨウヒ)玳絃(タイゲン)が大好きなようで(ヒザ)に座って足をぷらぷらとさせている。紳が呼んだというのに、(アニ)ちゃまがいい、と(コト)わられて紳が肩を落とした。


「最初の子であるからの。自分一人の力で()え抜きたいのであろうて。…ほんに甘え方を知らぬ子じゃ」


小さく息を付いて紳の手を取るとやはり心配しているのだろう。指先が冷たくなっている。最初の子であるからこそ気張(キバ)りたいのだろうが、そうであるからこそ(タヨ)ってもいいものを、と思っていると口論(コウロン)一段落(ヒトダンラク)したのか咲耶(サクヤ)に耳を引っ張られながら舜啓(シュンケイ)も近くに座り出した。座った後もそわそわしている舜啓(シュンケイ)の頭を、じっとしてなさい!、とまた咲耶(サクヤ)(ナグ)っている。


咲耶(サクヤ)舜啓(シュンケイ)だって心配してんだからさ…」


見かねた紳が咲耶(サクヤ)を止めるが聞きはしないことは分かっている。


「男が(アセ)ったって何の役にも立たないのよ?媟雅(セツガ)が産み終わった後にしっかりと休めるようにさえしてくれれば良いんだから。どんと(カマ)えなさい!」


父親になるんだから、とまた舜啓(シュンケイ)の頭を(ナグ)咲耶(サクヤ)に皆笑いを(コラ)えられずに小さく笑い出してしまう。


白詠(ビャクエイ)気苦労(キグロウ)()えぬのう。ほんに咲耶(サクヤ)は昔から変わらぬ」


「いえ、本当にお見苦しいものばかりお見せしてしまいまして…。舜啓(シュンケイ)が宮に入りましてからは()()(ワタクシ)にばかり向くもので…」


大きく息をつきながらも笑いながら咲耶(サクヤ)を見る白詠(ビャクエイ)に、それは難儀(ナンギ)じゃな、と悧羅もより笑ってしまう。


「元よりこの気性(キショウ)でございますから。これが聞かれないと何かあったのか、と心配するというものでございます。…とはいえ、そろそろ歳相応(トシソウオウ)の落ち着きを持って欲しいものでございますが」


(オサ)のように、と言う白詠(ビャクエイ)の頭が今度は(ナグ)られた。


「私はまだ若いわよ!変なのは()()()!」


指をさされた悧羅がまた苦笑する。(トシ)などそう変わらないのにいつまでも若々(ワカワカ)しく、それでいて落ち着き過ぎている悧羅の方がおかしいというのは当たっているかもしれない。落ち着いているのは()()()()()()()()()()()だけなのだが…。


「だから(オサ)におかしいなんて言ったら駄目だって。いくら旧知(キュウチ)(ナカ)でも(オサ)であらせられるんだよ?」


(ナグ)られた頭をさすりながら(サト)白詠(ビャクエイ)に、何で私が変わらなきゃならないのよ?、と咲耶(サクヤ)がますます憤慨(フンガイ)する。


(オサ)として立つ前から悧羅とは友達なんだから。今更(イマサラ)変わったらそれこそ悧羅が気を許せるヤツが少なくなっちゃうじゃない」


ねえ?、と見られて悧羅も微笑みながら(ウナズ)く。(トナリ)では紳までも苦笑しながら、変わってもらうと(コマ)る、と白詠(ビャクエイ)に伝えてくれていた。悧羅にとっても紳にとっても宮以外で気を抜けるのは咲耶(サクヤ)(ヤシキ)くらいだ。饅頭屋(マンジュウヤ)女主人(オンナシュジン)もそうだが、立ち位置が変わってもそのままで(セッ)してくれている者がいることはとても心安らかになるものだ。


「俺だって白詠(ビャクエイ)に変わってくれるなって願っただろ?それと同じだよ」


「お前と俺、(オサ)咲耶(サクヤ)じゃあ違いがありすぎるけどな」


肩を(スク)めてみせる白詠(ビャクエイ)に、同じだよ、と紳が笑った。


「それに(シュウトメ)がこうでも、お前がいてくれるなら媟雅(セツガ)も子も安心だろ?(シカ)られるときには(タテ)になってくれるだろうしね」


悪戯(イタズラ)に言う紳の耳を咲耶(サクヤ)が手を伸ばして(ツカ)むと思い切り引っ張り始める。


「私が媟雅(セツガ)と子を(ナイガシ)ろにするわけないでしょ?大事な娘なんだから」


ぎりぎりと引っ張られる耳に、痛いって!、と(ナゲ)く紳の姿に子ども達が大笑いし始めた。咲耶(サクヤ)が来るといつもこうだ。楽しそうな悧羅の笑顔と無邪気(ムジャキ)にはしゃぐ紳の姿が見れる。それだけ咲耶(サクヤ)は二人にとって大切な友人だということが伝わって嬉しくもなってしまう。咲耶(サクヤ)機転(キテン)(マジナイ)のお陰で二人が今こうしていられるといっても良いのだろうから、(シン)を置くのは当然のことだけれど。


「まあ、そのように気を荒立(アラダ)てるでないよ。媟雅(セツガ)に聞こえてしもうたら(アン)じて子を産む事が出来ぬであろう」


引っ張り続けられている紳の耳から咲耶(サクヤ)の手を離して悧羅が(オダ)やかに言うと、それもそうねえ、と上げていた腰を咲耶(サクヤ)が降ろした。ようやくゆっくりと()()()を待てそうだと安堵(アンド)していたのだが、なかなか子の声が届かない。じっと待っているのも()えられなくなったのか途中(トチュウ)啝珈(ワカ)皓滓(コウサイ)茶器(チャキ)を取ってきて皆に()れてくれた。


「…待つ、というのも(イササ)忍耐(ニンタイ)がいるものだな…」


溜息(タメイキ)を付いたのは産み場を出されて一刻(イッコク)ほど()った頃だった。(アマ)りにも長い、と立ちあがろうとした舜啓(シュンケイ)(トド)めていると小さな、それでもとても元気な泣き声が届いた。瞬時(シュンジ)(ハジ)かれたように部屋を飛び出していく舜啓(シュンケイ)の姿に苦笑しながら皆も立ち上がって後に続く。余程(ヨホド)(アワ)てて入ったのか部屋の戸は開け放たれていたけれど、まだ中では産後(サンゴ)手当(テアテ)が進められているはずだ。おいそれと入るわけにもいかない。妓姣(ギコウ)(ヨシ)が出るまで待つことにして縁側(エンガワ)腰掛(コシカ)けて待っていると、泣きじゃくりながら腕に小さな赤子(アカゴ)(カカ)えた舜啓(シュンケイ)が部屋から出てきた。外は雨が降っているのだから産まれたばかりの子には寒い、と紳が言うが舜啓(シュンケイ)は首を振る。


媟雅(セツガ)が早くみんなに見せてって。もう少し手当(テアテ)にかかりそうだから、俺は中に戻るね」


言うなり紳に子を(アズ)けて部屋の中に入っていく。おい、と止めた紳だったが戸が閉められた事で声も届かなかった。


「とりあえず(トナリ)の部屋に戻ってようか?」


舜啓(シュンケイ)(アワ)てぶりに豪快(ゴウカイ)に笑いながら咲耶(サクヤ)(ウナ)がして、また(ミナ)元の部屋に戻るしかない。


「最初からこれじゃあ、後が思いやられるよなあ」


苦笑しながら、なあ?、と抱いた子に(カタ)りかける紳の腕の中を皆で(ノゾ)き込むと小さな口で欠伸(アクビ)をしている子が見えた。あらあ、と咲耶(サクヤ)も目を細めて舜啓(シュンケイ)を思い出す、と(ヤワ)らかに笑い出した。紳が咲耶(サクヤ)に子を(ワタ)そうとすると悧羅が先と言われてしまう。


(ワラワ)は後で良いよ。宮にいてくれるのだからいつでも抱ける(ユエ)。時には其方(ソナタ)白詠(ビャクエイ)が先でもよかろう?」


笑いながら()したのだが、なりません、と白詠(ビャクエイ)に止められた。


舜啓(シュンケイ)佟悧(トウリ)(オサ)に抱いていただけていたからこそ今まで大きな(ヤマイ)にも(カカ)らずここまでこれたのです。(ワタクシ)たちも会いにくれば良いのですから」


おやまあ、と笑う悧羅に、だって、と咲耶(サクヤ)も笑っている。


(ワラワ)などあまり縁起(エンギ)の良い者ではないのだが…」


苦笑しながら紳から子を受け取るとあまりにも軽い、それでもしっかりとした重みを感じる。近くで見ると本当に舜啓(シュンケイ)が産まれたばかりの頃に戻ったようだ。


「なんとまあ、(アイ)らしいこと…。ほんに(サワ)ぎ立てて咲耶(サクヤ)が産み落とした時の事がすぐそこのようじゃて」


くすくすと笑うと、それ言わないでよ、と咲耶(サクヤ)小突(コヅ)かれてしまった。子を抱いている悧羅に少しばかり不安になったのか玳絃(タイゲン)(ヒザ)から降りて寄ってくる姚妃(ヨウヒ)を抱き上げて紳が子の顔を見せる。


姚妃(ヨウヒ)姉様(アネサマ)だね。優しくするんだよ?」


小さな目を丸くしながら子を見る姚妃(ヨウヒ)が紳と悧羅の(コロモ)(ツカ)む。どうやら子に紳と悧羅を取られると思っているようで、その姿も愛らしい。白詠(ビャクエイ)に礼を言って子を(ワタ)すと二人の間にちょこんと座って手を(ニギ)られた。


「へえ、(メズラ)しい。いつもは玳絃(タイゲン)さえいればいいのにね」


笑う灶絃(ソウゲン)に、ほんとだよ、と紳も苦笑している。


幼心(オサナゴコロ)にも心細(ココロボソ)くなったのであろうて。今宵(コヨイ)(トモ)に休むかえ?」


小さな手を(ツツ)みながら悧羅が姚妃(ヨウヒ)に問うと、小さな頭が振られた。


(アネ)ちゃまと(アニ)ちゃまたちといっしょ」


おや、と小さく笑う悧羅とは別に子ども達は大喜びしている。どうやら今夜は姚妃(ヨウヒ)を取り合う必要は無いようだが、良い歳の子ども達が(ミナ)同じ部屋で眠る姿を想像して紳が笑い始めている。どうしても子ども達に紳と悧羅は(カナ)わないようだ。笑いながら咲耶(サクヤ)を見ると白詠(ビャクエイ)から(ワタ)された子を(イト)しそうに抱きしめている。


「もう一人産んではどうじゃ?」


首を(カシ)げて悧羅が言うと、あんたと一緒にしないで、と笑われてしまう。


「これからまた最初からやり直しなんて…。ぞっとするわ。あんたが七人も産むなんてのも考えて無かったんだからね」


「それは俺たちだってそうだよ。俺は三人くらいは欲しいって思ってたけど、まさか七人なんて思いもしなかった。けどお(カゲ)(シアワセ)だよ?」


「…その様子じゃあ、もしかしたらまだ増えるかもしれないよね?私の元気がある内にしといてよね?」


揶揄(カラカ)うような咲耶(サクヤ)に、(キモ)(メイ)じとくよ、と紳が(コタ)える。さすがにこれ以上恵まれるとは思えないが、可能性がないわけでは無い。そうであってくれればまた(サイワイ)が増えるだけだ。姚妃(ヨウヒ)の頭を撫でるとまた(メズラ)しいことに紳の(ヒザ)に座り始めてくれた。膝に座った姚妃(ヨウヒ)(ホオ)を悧羅が指で撫でていると、いいなあ、と佟悧(トウリ)の声がする。(ミナ)で見やると佟悧(トウリ)も子を(ワタ)されて抱きしめながらまた、いいなあ、と(ツブヤ)いた。


「…佟悧(トウリ)も欲しくなっちゃうよ」


「そんなこと言ったら私だって欲しくなるじゃ無い」


ねえ?、と腕の中の子に(カタ)りかける佟悧(トウリ)と共に啝珈(ワカ)までも言い始めた。(ジョウ)()わす相手はいても(チギ)りや恋仲(コイナカ)になりたいと思った事などない二人には媟雅(セツガ)舜啓(シュンケイ)(ウラヤ)ましくなったようだ。


(アセ)らなくたってお前たちはまだ若いんだから。ゆっくり(サガ)していけばいいじゃないか」


苦笑しながら紳が言っているものの、どうやらその気持ちは男子(ダンジ)たちにも伝わったようだ。姚妃(ヨウヒ)とは違い媟雅(セツガ)が産み落とした、ということが強くそう思わせるのだろう。


「でも早い方が良いよねえ」


頬杖(ホオヅエ)をついて嘆息(タンソク)する皓滓(コウサイ)に、だからゆっくりで良いって、と紳がもう一度言う。


「そんなに早く手を離れられても(サミ)しくなるだろ?まだ三十年、四十年くらいしか生きてないんだから。本当にゆっくりでいい。舜啓(シュンケイ)媟雅(セツガ)はたまたま早かっただけなんだから」


ねえ?、と見られて悧羅も小さく笑う。咲耶(サクヤ)とて白詠(ビャクエイ)(チギ)りの相手として選んだのは200年はかかっていたし、紳と悧羅に(イタ)っては500年だ。永い(ジカン)を共にする相手を見つけるのは本当に(ムズ)かしいことであるし覚悟(カクゴ)もいる。


「ほんに。もう少し(ワラワ)たちと共におってくれねば。(ミナ)伴侶(ハンリョ)を見つけてしもうては、姚妃(ヨウヒ)だけになってしまう。…姚妃(ヨウヒ)其方(ソナタ)たちがおらぬようになるは(サミ)しゅうあろうからの」


微笑みながら言うと、そうだった!、と子ども達が紳の膝から姚妃(ヨウヒ)を取り上げた。


姚妃(ヨウヒ)が大きくなるまでは護ってやらなきゃなんだから、自分の(ツレアイ)なんて探してる(ヒマ)なかったんだよ」


せっかく膝に座ってもらっていたのに、と紳が肩を落としたか高く(カカ)え上げられた姚妃(ヨウヒ)が楽しそうな笑い声を上げている。


「もういっそのこと姚妃(ヨウヒ)(ヨメ)にすれば良いんじゃ無いかなぁ?」


きゃっきゃと笑う姚妃(ヨウヒ)男子(ダンジ)たちをみながら啝珈(ワカ)(アキ)れたように苦笑している。それほどまでに男子(ダンジ)たちの溺愛(デキアイ)は目に余るものがあるのだ。


「出来ない事じゃ無いだろうけどそうしたら選ばれなかった奴がどうなるかもわかるよね?」


佟悧(トウリ)に言われて、ああ、と啝珈(ワカ)が肩を落とした。


面倒(メンドウ)になるね、やめとこう。今の無し」


顔を見合わせて笑い合う二人の娘をみながらその腕に抱かれている新しく増えた護るべき者の姿を思い出して、悧羅はやはり(アラガ)わねばならない、と心で強く思っていた。

無事に産まれてくれました。

名前は次にでも…。


お楽しみいただけましたか?

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