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這う《ハウ》

遅くなりました。

更新いたします。

まずい事になるかもしれない、とはその場の皆が思った。地の(ソコ)から(ヒビ)くような一言(ヒトコト)を残して燃え落ちた木彫(キボ)りの()()は初めから悧羅(リラ)だけを(ネラ)うように作られた物だったのだろう。深く考えれば分かるはずだった、と荊軻(ケイカツ)(クチビル)()んだ。蛇神(ヘビガミ)信仰(シンコウ)しているのは自分たちの宿命(シュクメイ)(ナゲ)いての物だと思い込んでいたが、これがもしも怨恨(エンコン)を持つ者が作ったのだとしたら悧羅だけを(ネラ)う意味も(ツナ)がるではないか。末裔(マツエイ)達には(タダ)、少しでも永らえるためだとでも言っておけば(ダレ)(ウタガ)うことなく(マツ)り続けるのは当然(トウゼン)だ。荊軻(ケイカツ)(マミ)えた最期(サイゴ)の二人は()()()と信じていたし荊軻(ケイカツ)もそうなのだと信じてしまった。(オサ)、と声を掛けるが悧羅はただ(アン)ずるな、とだけ(コタ)えた。


其方(ソナタ)達に(ガイ)(オヨ)ばねばそれで良い」


まだ痛みと(シビ)れの残る指を動かしながら言う悧羅に、馬鹿(バカ)な事言わないで!、と(シン)が声を(アラ)げた。すぐ(ソバ)に居たのに警戒(ケイカイ)(オコタ)った。荊軻(ケイカツ)から蛇神(ヘビガミ)(マツ)っていると聞いていたのに。


「悧羅を(ネラ)ってたって事だよ?それにまんまと(ハマ)ったんだ。本当に今どうもないの?」


青くなる紳の顔に()れて悧羅は小さく微笑(ホホエ)んで見せる。


「ほんにどうもない。…これから先どうかは分からぬがそう易々(ヤスヤス)と思い通りにはならぬ。まだ舜啓(シュンケイ)媟雅(セツガ)の子の顔もみておらぬのだから」


のう?、と視線(シセン)を向けられた舜啓(シュンケイ)の顔も青ざめている。手を伸ばして舜啓(シュンケイ)の手を取ると、ほんに大事(ダイジ)ないと言って聞かせる。どうにか(ウナズ)いてくれたが皆の耳に最期(サイゴ)の言葉が木霊(コダマ)しているのは悧羅にも分かる。


悧羅も同じように感じているからだ。


「…これはここだけの事にしておくれ。(ミナ)()らぬ心労(シンロウ)をかけたいものでも無い。何より何某(ナニガシ)も起こっておらぬ今では何も打つ手もないのでな。変わりがあらばすぐに伝えると制約(セイヤク)する(ユエ)


「だけど…」


言葉を(ツム)ごうとした紳を悧羅は静かに首を振って(セイ)する。何より今は他の者たちが(ガイ)されなかったことを喜ぶべきだ。(オノ)()りかかる(ゴウ)ならばどれだけでも受け入れると決めている。それに今(ダレ)よりも心労(シンロウ)をかけたく無いのは媟雅(セツガ)の身だ。媟雅(セツガ)には舜啓(シュンケイ)との子が宿(ヤド)ったばかりなのだから、むしろそちらに(キバ)()かれなくて良かったと思う。


(ワラワ)とて護りたいものはある。(テノヒラ)に乗るほどしか護れぬがそれでもこのようなモノに(クッ)しはせぬ」


(ヤワ)らかに微笑(ホホエ)まれて紳も舜啓(シュンケイ)荊軻(ケイカツ)も大きく嘆息(タンソク)するしかない。どう足掻(アガ)いても悧羅に何某(ナニガシ)かが()けられてしまったことは変えられない。であればまずはそれがどのようなモノなのか調べる必要はあるし、多くの者に知らせる事は不安を(アオ)るだけだという悧羅の言葉にも(シタガ)うしかない。(サイワイ)にも蛇神(ヘビガミ)(カカ)わっていることだけは確かなのだ。様々な文献(ブンケン)を読み(アサ)れば()()がどのようなモノか(ツカ)めることも出来るかもしれない。


「わからないとは思いますけれど、今の(オサ)の感じられる事からしてどのようにお考えなのですか?」


(ハヤ)る心を押し殺して出来るだけ冷静(レイセイ)荊軻(ケイカツ)(タズ)ねた。どう、と聞かれても本当に指先の痛みと(シビ)れ以外身体に変わったところはない。


「右の示指(シシ)中指(チュウシ)が少しばかり痛んで(シビ)れておる程度じゃ。…それも少しずつ気にならないほどになってきておる。…身体はほんにどうもないのだが…」


言葉を切った悧羅に、気になることがあるんだね?、と紳が(ウナガ)す。こういう時の悧羅の(カン)(オソ)ろしいほどに当たるのだ。そうして里をここまで繁栄(ハンエイ)させてきたといっても良い。


「気になる…と申して良いものか…。ここまで周到(シュウトウ)支度(シタク)しておったのであらばそれなりの歳月(トシツキ)(ヨウ)したはずじゃ。何より(ワラワ)此処(ココ)にくるなど考えておっただろうか?」


「それは確かにそうだよね?気づかない可能性だってあったんだ。たまたま千賀(センガ)の事があったから短命(タンメイ)(ゴウ)背負(セオ)わされている者がいるんじゃ無いかって調べ始めたんだから」


同意する舜啓(シュンケイ)に、そうなのだ、と悧羅が(ウナズ)く。まるで悧羅がこう動くだろうと(サキ)を読まれていたような気がしてしまう。木彫(キボ)り自体は古いものであったから(ハル)(ムカシ)に作られたものなのは間違いがないだろうが、此処(ココ)に置かれたのはもう少し後ではなかったのだろうか。と、すれば考えられるのは一人だ。


「…千賀(センガ)であろうな。(ミズカ)らが短命(タンメイ)であると(シメ)生命(イノチ)を絶たれることが分かった上で、(サラ)にもう一つの(ワナ)仕掛(シカ)けておったのだろうな…。なれど…」


言葉を切った悧羅を(ミナ)が見る。


(タト)千賀(センガ)であったとしてもここまで、とは思えてな…。何か(コト)なるモノがあるのではないかと…」


「確かにそうであれば話の合点(ガテン)が付きますね。ですがどうなさるおつもりですか?」


うん、と悧羅は(ワズ)かに考えこむ。今、身体の変化が無いことを()まえても蓄積(チクセキ)された(ノロイ)弱々(ヨワヨワ)しいのでは無いだろうか?高度(コウド)(ノロイ)(タグイ)であれば手を伸ばす前に気づくはずであるし、そうでなかったことを(カンガ)みても作った者と(マツ)っていた者との間に深い(ミゾ)を感じる。だとすれば早急(ソウキュウ)に身体の異変(イヘン)生命(イノチ)(カカ)わりは無いだろう。


「しばしそのままにしておくしかなかろうの」


微笑(ホホエ)んで何事(ナニゴト)も無かったかのように言う悧羅に、そんな、と紳がまた(アセ)り始める。悠長(ユウチョウ)(ジカン)が過ぎ去るのを待つしか出来ないなど万が一を考えれば()み込める事ではない。


「そのままになんてしておける(ワケ)がないじゃないか!悧羅に()()()の事があったらどうなると思ってるの?」


(フタタ)び青ざめて小さく(フル)え出す手を取って悧羅は(ヤワ)らかにそれを(ツツ)んだ。


「何もせぬ、などとは言わぬよ?荊軻(ケイカツ)とて(マジナイ)(タグイ)には(ツウ)じておる。(ワラワ)()()()()に、とは申しても調べ上げることはするであろうよ」


笑いながら見られて、当たり前です、と荊軻(ケイカツ)嘆息(タンソク)する。悧羅を()()に連れてきてしまったのは荊軻(ケイカツ)だ。遺体(イタイ)埋葬(マイソウ)する時に信仰(シンコウ)していた()()(トモ)(ホフ)っていればこうはならなかったはずだ。これは荊軻(ケイカツ)失態(シッタイ)でもある。


(サイワイ)にも蛇神(ヘビガミ)由来(ユライ)するものであることは分かっております。そこから紐解(ヒモト)けば(ワズ)かなりとも手掛(テガ)かりも見つけられましょう…、見つけてみせましょうとも」


(オダ)やかな口調(クチョウ)とは裏腹(ウラハラ)に両の(コブシ)を強く(ニギ)って自分自身に言い聞かせるように荊軻(ケイカツ)(チカ)う。


このような事で(ウシナ)ってはならない(オサ)なのだ。


うん、と笑みを深くして悧羅が(ツツ)んでいた紳の手をぽんぽんと(タタ)く。大事(ダイジ)ない、と繰り返し伝えられて紳が大きく息をついた。どちらにせよ、今日は(ツト)めに(モド)れそうもない、と思っていたのに悧羅は笑って(モド)れと言う。


「今からそのように気を()()らしておってはどうにもならぬ。(ワラワ)は宮に(モド)っておる(ユエ)。…何より媟雅(セツガ)は出るなと言うに(ツト)めに出ておる。紳や舜啓(シュンケイ)が見張っておらねば何をしでかすか分からぬえ?」


くすくすと笑いながら手を(タタ)かれ続けて、それはそうだけど…、と紳も舜啓(シュンケイ)も目を見合わせる。


()()は紳と(ワラワ)長子(チョウシ)という(セキ)を重いほどに背負(セオ)うておる。(ユエ)に無理をするなと申しても聞き入れぬであろ?其方(ソナタ)達が|見守(ミマモ)うてやらねばますます無理(ムリ)をするだろうて」


さあ、と(ウナガ)すと(アキラ)めたのか紳が軽く悧羅に口付けた。分かった、と言い残して()けていく二人の背中を見送りながら、(オサ)荊軻(ケイカツ)が声をかけた。


大事(ダイジ)ない。…なれど済まぬな荊軻(ケイカツ)。また(ツト)めを増やしてしもうた」


小さく笑う悧羅に、そのようなこと、と荊軻(ケイカツ)は肩を落とす。(ワタクシ)油断(ユダン)が、と言いかけた言葉は悧羅が手を挙げて(セイ)した。


其方(ソナタ)の気に()むことではない。(ワラワ)とて見誤(ミアヤ)まっておったのだから。…なれど死して(ナオ)(ワラワ)(ガイ)さんとするとは…。なかなかに面白(オモシロ)いではないか」


面白(オモシロ)いだなどと…」


(タシナ)めるような荊軻(ケイカツ)に悧羅は微笑む。思えば(アマ)りにも容易(タヤス)()れたものだった。こちらも十五年気取(ケド)られぬように支度(シタク)をしていたとはいえ、()()()から()げる算段(サンダン)もつけていただろうに、呆気(アッケ)ないほど(アラガ)うこともなく紳の(ヤイバ)を受け入れていた。それはまだ先がある、ということであったのか。だが不思議(フシギ)な事に()()千賀(センガ)(タクラ)みであったということだけは何故(ナゼ)か分かる。


そしてその(ウラ)に悧羅達では思いもよらない大きな存在(ソンザイ)も感じている。


「これも500年前からの(ゴウ)なのであろうよ。…ならば(ワラワ)が引き受けるがよろしかろうということであろ。紳と(チギ)る前であったならば()()(サダメ)と思うたであろうが…」


(イマ)(シビ)れの残る指先を見ながら悧羅は思う。()()()であればそれも(サイワイ)だと思っていただろう。苦渋(クジュウ)辛酸(シンサン)重責(ジュウセキ)ばかりの(オサ)という役割から()(ハナ)たれるのが速まったのだ、と。


だが今は違う。


(マモ)るべきもの、(ソバ)にいたいと切望(セツボウ)する者が(カタワ)らにいる。


易々(ヤスヤス)とその(サイワイ)(ウバ)われてなるものか。


「…(アラゴ)うてみせるとも…」


(シビ)れの残る手で(コブシ)(ニギ)った悧羅に、そうでなくては(コマ)ります、と荊軻(ケイカツ)も大きく(ウナズ)いた。



身体に変わりの無かった悧羅だったのだが宮に(モド)るとすぐに妲己(ダッキ)が自室まで()けてきた。何かを感じ取られてしまったようですぐに忋抖(カイト)と共にある哀玥(アイゲツ)まだ呼んでいる始末(シマツ)だ。二人とも悧羅を見るなり、これは?、と口を(ソロ)えて(タズ)ねられる。どうやら(ケモノ)(アヤカシ)である二人には何かが見えているらしい。手短(テミジカ)に有った事を話して聞かせると二人とも毛を逆立(サカダ)てていた。


“ですから共に(マイ)ると申し上げましたのに!”


哀玥(アイゲツ)(シカ)られてしまったが苦笑するよりない。何より今はどうということもないのだ、と(コタ)えたが二人が首を振った。一体何が見えているのかと(タズ)ねてみると、(ヘビ)の目だと教えてくれた。


(アカ)かがちのような(ヘビ)の目でございます。(アルジ)の背に()りつくように…。()()それしかみえませぬが…、少しばかり(ニオ)いも(イタ)します”


「なるほど」


生きている(ヘビ)でさえ目は見えにくいと聞く。代わりに(ニオ)いや熱で獲物(エモノ)(トラ)えるのだ。【(オボ)えた】というのは悧羅の(ニオ)いや体温の事なのだろう。(クワ)えて自分の(ニオ)いを()ぜる事でより(トラ)(ヤス)くしたという事か。


「…どう思う?」


(ツクエ)の前に(スワ)りながら二人に笑いかけると、(オク)しもせずに寄ってきて両側(リョウガワ)(ハベ)ってくれた。二人が()れるということはやはり(ノロイ)としての能力(チカラ)はまだ弱いのだろうとも思えたが、妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)であれば無理をしてでも(ハベ)ることも分かっていた。無理はせずとも良い、と伝えてみたがそうではないと二人とも首を振る。


(ワレ)にはまだ弱々しいモノであるとしか…。ただ()ろうとしましても気配(ケハイ)が小さすぎますもので…。哀玥(アイゲツ)?”


同じような(マジナイ)から作られた哀玥(アイゲツ)であれば、と妲己(ダッキ)が悧羅から(ノゾ)きこむように反対に(ハベ)哀玥(アイゲツ)を見るが小さく首を振っている。


“…小生(ショウセイ)(マジナイ)から作られ申しましたが、あまりにも気配(ケハイ)朧気(オボロゲ)で…。小生(ショウセイ)の思うところによりますれば、()()()()()()()()()()()…。能力(チカラ)(タクワ)(ユル)やかに後々(ノチノチ)…という感触(カンショク)を受けまする”


「…であろうの」


小さく笑いながら二人を()でると、お(マモ)り出来ず、と項垂(ウナダ)れてしまう。二人の(セイ)ではない、と(ナグサ)めてみるのだがどうにも二人は納得(ナットク)してくれない。


「二人が気に()む事など何も無いでは無いか。それよりも()()(ホカ)の者たちに流れ出すようなものではないかえ?」


“…それは大事(ダイジ)ないかと。()()、としか申し上げられませぬが(アルジ)のみを(ネロ)うておるようでございますれば…”


哀玥(アイゲツ)(コタ)えに悧羅も安堵(アンド)する。()()()()()()とは思ってはいたけれど確かめようも無かったのだが、哀玥(アイゲツ)がそう言うのであれば間違(マチガ)いないだろう。


「それが分かれば十分(ジュウブン)じゃて。どちらにせよ少しばかり出方(デカタ)を見らねばどうにもならぬと思うておる。(ワラワ)の宝に手を出さるるとならば()かねばなるまいとは思うておったが…、何がどうということも分からぬまま手を出してみたとて(ハラ)えはせぬだろうからの」


ほうっと息をついた悧羅により一層(イッソウ)()り寄ってくる二人に苦笑しながら他言(タゴン)しないように願う。


「紳と舜啓(シュンケイ)荊軻(ケイカツ)しか知らぬ。(ワラワ)何某(ナニガシ)(テン)じることがあらば伝える(ユエ)、それまでは静かに待つしかないのだからな」


悠長(ユウチョウ)な、と荊軻(ケイカツ)と同じように()められてしまったが嘆息(タンソク)している二人にもそれ以外の道がない事は分かっているようだ。待っている間はいつも通りに、と言う悧羅の(メイ)に、御意(ギョイ)のままに、とだけ言葉を残して妲己(ダッキ)姚妃(ヨウヒ)の元へ、哀玥(アイゲツ)忋抖(カイト)の元へと姿を消した。出来れば二人にも(カク)しておきたかったのだけれど(カク)せるものでは無かったらしい。それは二人が(ケモノ)だからなのかは分からない。けれどその目には悧羅の背後(ハイゴ)に目が見えると言った。であればこれから先、ずっと()()が付いて廻るのだろう。


やれやれ、と悧羅も自分の背後(ハイゴ)を振り向いてみるけれど何も見えはしない。いつのまにか(シビ)れも(イタ)みも無くなった手で頬杖(ホオヅエ)を付いて大きく嘆息(タンソク)するしか無い。考えなければならない事は山の様にある。けれど()()()悧羅に(アタ)えられる最期(サイゴ)試練(シレン)ではないか、とふと思った。悧羅の身体(カラダ)()いていかないのも、王母(オウボ)が現れる(タビ)に華を落としていくのも、()()()()()を分かっていたのでは無いだろうか。そうであればこれを乗り切れば後は王母(オウボ)から(クダ)される(ニン)粛々(シュクシュク)(ツト)めながら残りの(セイ)をゆるりと過ごしていけるだろう。


ただ、そこに(イタ)るまでの道が(ケワ)しいという事だ。


けれど始まってしまったものは止める事など出来はしない。どう対処(タイショ)していくにしても悧羅以外に(ガイ)()さなければそれで良い。


そうだ、それで良いのだ。


言い聞かせる様に心で強く思うと背後(ハイゴ)でさらりと衣摺(キヌズ)れの音がした。やはり来たか、と思いながらゆっくりと身体を振り向かせると(オダ)やかな微笑(ホホエ)みを浮かべた王母(オウボ)(リン)として立っている。


「気づいたようだな」


ゆっくりと近づいてくる王母(オウボ)に笑みを返しながら、気付かぬ方がおかしかろう、と言うとゆったりと悧羅の前に王母(オウボ)(スワ)った。そのままふっくらとした手が()びて悧羅の手を取る。痛みと(シビ)れが走った方の手を取られて、やはり何もかも知っているのだと苦笑するよりない。


「華を落として行く事で少しばかり考えねばならなかったのだろうが…。(ワラワ)油断(ユダン)じゃな」


取られた手を(ツツ)王母(オウボ)に小さく息をつきながら悧羅が言うと、いいや、と首を振られる。


()()()()()()()()()()()()()()(タト)えお前が気づいていたとしても、別の方法で()()はお前に()いただろう」


「…なるほどの…。()(コトワリ)の流れからは抜け出せぬ、というわけであるの」


そうだ、と(ウナズ)王母(オウボ)にそれならばどう足掻(アガ)いたところで悧羅には受け入れるしか無かったのだ、とすとんと心の奥にそれが落ちた。


因果(インガ)だの。(ワラワ)が里を護るために非道(ヒドウ)な事をしてきたことへの…。なれど後悔(コウカイ)などはせぬ。()()()()()()()()()ことじゃ」


(ツツ)まれた手を(ニギ)り返して悧羅がまっすぐに王母(オウボ)を見ると、王母(オウボ)もまた(ウナズ)いている。


「お前を地に()ろす時から()()は決められた(サダメ)であった。(ワタクシ)とて手が出せぬこと。少しでもお前の手助けにならばと思うて行っておることもあるが、どれほどの助けになるかは分かりかねる」


ふむ、と王母(オウボ)の言葉に少しばかりの違和感(イワカン)を感じて悧羅は考えこんだ。地に()ろす前から決められていた、ということは悧羅を…、というよりは(ハス)(ムスメ)を地に()ろすことを反対していた者がいるということだ。鬼を生み出し地に()ろしたのは王母(オウボ)独断(ドクダン)だと思っていたが、どうやらそこも違っている様な気がする。


(ワラワ)()ろすこと…と申すよりは鬼を地に()ろすことを(アマ)り良く思うておらなんだ者がおる、ということか…」


「…(サッ)しが良いな…」


くすくすと笑いながら手を撫で続けられながら(フタタ)思慮(シリョ)を深める悧羅を王母(オウボ)は見つめ続ける。何処(ドコ)まで気づくのか知りたいのだ。()()()()()王母(オウボ)が教えてやれるものでもないし、もしも教えたならば悧羅に災厄(サイヤク)が降りかかる。そういう制約(セイヤク)だ。だが悧羅が気付いたならば、()ろす事になった由来(ユライ)は話して聞かせても良い事になっている。


「…東王父(トウオウフ)か…」


ぽつりと(ツブヤ)いた悧羅の手を撫でていた王母(オウボ)の手が一瞬(イッシュン)止まったけれど、何事もなかったかの様にまた撫で続ける。


何故(ナゼ)そう思うのだ?」


問う王母(オウボ)に悧羅が首を(カシ)げてみせる。


王母(オウボ)(イン)の気の者であろ?(ユエ)女仙(ニョセン)を統べながらも妖達(アヤカシタチ)の行く末も見守っておる。だが東王父(トウオウフ)(ギャク)だ。(ヨウ)の気を()現世(ウツシヨ)仙界(センカイ)である蓬莱(ホウライ)などの三神山(サンシンザン)()べる。()()は人の子にとれば来世(ライセ)の場。()()()()鬼を()ろし現世(ウツシヨ)(カカ)わらせるは(イキドオ)ったのではないかと思うただけじゃ。それほどの大きな者であらば千賀(センガ)を動かして()()()()()()()手を出したとしてもおかしくはなかろう?」


大きく(ウナズ)いた王母(オウボ)だったが、まさかここまで考えが(オヨ)(ムスメ)だとは思ってはいなかった。どうやら王母(オウボ)自身も(ハス)の娘というものの能力(チカラ)をまだ十二分(ジュウニブン)には分かっていなかったようだ、と苦笑する。


東王父(トウオウフ)まで辿(タド)りつけはしただろうが、その間にあったことまで思慮(シリョ)するとは、やはりこの(ムスメ)面白(オモシロ)い。


小さく笑いながら、そうだ、と王母(オウボ)が口を開く。どうやら少しばかりの話をしてやる事は(ユル)されるようだ。


(ワタクシ)東王父(トウオウフ)対極(タイキョク)にある。数千年前に(ワタクシ)が人の子の道を(タダ)すために鬼を()ろしたい、と申した時強く(イキドオ)っておった。あちらにとれば(アヤカシ)現世(ウツシヨ)に、しかも(ワタクシ)意志(イシ)を持って()りるなど、それが人の子を(ミダ)すことだ、と」


(ハル)(ムカシ)の思い出を(カタ)っているつもりなのだが、()()()東王父(トウオウフ)(イキドオ)って(アカ)()まった顔は鮮明(センメイ)(ヨミガエ)る。元来(ガンライ)そう(チカ)しくもしていないのだから王母(オウボ)の考えで手前勝手(テマエガッテ)()ろすことも出来たのだが、一応(イチオウ)現世(ウツシヨ)()べる者なので|(コトワリ)()いてからと考えたのが甘かった。


幾度(イクド)も話し合いを(カサ)ねてどうにか鬼を()ろすことには()()たが、それでも(ワタクシ)化身(ケシン)とも言える(ハス)を降ろすはならぬ、と強く申しておった。…だが…」


言葉を切った王母(オウボ)心内(ココロウチ)は悧羅にも読めた。先代(センダイ)暴挙(ボウキョ)荒廃(コウハイ)していく里。そのまま()て置いてしまっては子ともいえる鬼達を(スベ)(ウシナ)う事になっていたのだろう。それも世の(コトワリ)と割り切れば良かったのだろうが王母(オウボ)とて女子(オナゴ)だ。自分が()ずから生み出した者たちが消えゆくのを見過ごせなかったのだ。


「…お前を()ろすと決めた時、それ以外に道は残されていなかった。速すぎる、と東王父(トウオウフ)にも()められた。何より化身(ケシン)()ろすは現世(ウツシヨ)におる数多(アマタ)(アヤカシ)や人の子の世まで(クズ)れることになりかねぬ、と」


「それはそう思うも(イタ)(カタ)なかろうよ?東王父(トウオウフ)()べる場に王母(オウボ)の手がつくはそれだけで流れも変わろうというものだ」


小さく嘆息(タンソク)する悧羅に、そうだな、と王母(オウボ)も小さく苦笑した。それでも()ろすしかなかった。


「どうしても(ハス)()ろすというのであらば、それなりの(ゴウ)背負(セオ)わせよ、と申した。どのような(ゴウ)かと問うたが、その者が(マコト)(ハス)の子ならば越えねばならぬことを(アタ)える、と。それが()()()


すまぬ、と頭を下げる王母(オウボ)にくすくすと悧羅は笑ってしまう。頭を下げられるなど紳に道を作り悧羅が()め立てた以来(イライ)のことだ。だがそれで合点(ガテン)が行った。あまりに周到(シュウトウ)過ぎると思っていた千賀(センガ)の動きも、()()()あまりにも容易(タヤス)()り取られた千賀(センガ)の行動も、すべからく東王父(トウオウフ)(テノヒラ)の上での事であったのだ。


東王父(トウオウフ)西王母(セイオウボ)


二人の神の(テノヒラ)の上での事であるならば、どう(アラガ)ったとしても()けられなかったということだ。


何より(ハス)の子に向けた(ゴウ)であるならば、(マワ)りの者に(ガイ)はない。悧羅だけが受け入れればよいのだ。それが確信(カクシン)できただけでも大きな進展(シンテン)なのは間違(マチガ)いがない。王母(オウボ)が言える事もこれ以上はないだろう。この先どのような事が待ち受けているのかは分からないが、越えねばならぬ事と言われては出来ぬとは言えないではないか。


「一つ(タズ)ねても良いか?(コタ)えられぬならばそれでも良い(ユエ)


笑いながら(ツツ)まれた手を(タタ)くと王母(オウボ)が顔を上げた。やはり少しばかり心配しているのか顔色はあまり良いとは言えず、現れた時の(オダ)やかな笑みも消えていた。


(ワラワ)()()うた(ゴウ)は少なからず(ユル)やかにその能力(チカラ)()めていくように感じておる。()()()、という訳ではなく(ジカン)をそれなりに(ヨウ)するものだと。それは(チゴ)うてはおらぬだろうか?」


特段(コタ)えを望んでいたわけではないのだが、意外(イガイ)な事に王母(オウボ)は深く(ウナズ)いてくれた。どうやらこの(アタ)りまでは話しても悧羅に災厄(サイヤク)()りかからぬようだ。


「お前の感じている通りだ。()()()(ユル)やかに、ほんに(ユル)やかに能力(チカラ)(タクワ)えてゆく。(タクワ)えた時にどのような事が起こるかは(ワタクシ)にも教えてはくれておらぬ」


そうか、と悧羅は大きく(ウナズ)いた。それだけ分かれば良い。(ジカン)(アタ)えてくれたのは東王父(トウオウフ)慈悲(ジヒ)だろうと思えた。同時に悧羅であれば越えるのだろうという(アワ)い思いも感じる事ができる。王母(オウボ)対極(タイキョク)にあるとはいえ神だ。(ゴウ)(アタ)えるのみならず慈悲(ジヒ)まで(アタ)えてくれたことには感謝すべきだ。承知(ショウチ)した、とたおやかに微笑(ホホエ)んで悧羅は、越えてみせようではないか、と王母(オウボ)に伝える。


(ワラワ)とて()ろされたからにはただの一介(イッカイ)の鬼でしかない。王母(オウボ)化身(ケシン)と言われようとも(ワラワ)(ワラワ)じゃ。それに()された(ゴウ)であるならば、里を護る(オサ)として東王父(トウオウフ)の思い通りにはならぬ。…(マモ)らねばならぬものも手にしてしまっておるのでな」


そうだ。


(タト)え神に(アタ)えられた(ゴウ)であるとしても悧羅は(アラガ)わねばならない。(タメ)されているとなれば(ナオ)の事だ。


「…王母(オウボ)…。(マカ)されよ」


手を(ツツ)み返して大きく(ウナズ)いた悧羅に王母(オウボ)もようやく(オダ)やかな()みを取り戻した。


「お前ならば、きっと」


それだけを残して王母(オウボ)が消える。残ったのは(ツツ)まれていた手の(ヌク)もりと、一輪(イチリン)(ハス)だけだった。

最期の山に向かって駆け出しております。

長くなっておりますが、お付き合いいただけると嬉しいです。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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