表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/204

追憶【陸】《ツイオク【ロク】》

のんびり、ゆったりと悧羅と紳はすすんでいます。

悧羅(リラ)縁側(エンガワ)で空を見ていた。月は出ているが、暗い雲に(オオ)われているので、(アタ)りは仄暗(ホノグラ)い。いつもなら()け切っているはずの雪も、まだ残っており暗いはずの景色(ケシキ)白々(シラジラ)と見えた。小さく息を()くと、白く(コオ)る。一番冷える時期は(ダッ)してはいたが、それでもまだ、暖かい季節は遠いように思えた。横に(ハベ)っている妲己(ダッキ)が、寒くないか、と(タズ)ねてくる。大丈夫(ダイジョウブ)と笑って悧羅は妲己(ダッキ)の背中を()でた。二人が(スワ)っている縁側(エンガワ)は、つい先日(シン)が作ってくれた。小さいが、三人で(スワ)るには十分だったし、何よりこうして夜涼(ヨスズ)みをすることもできる。作っている最中(サイチュウ)は、妲己(ダッキ)邪魔(ジャマ)され、出来上がってみれば妲己(ダッキ)が一番に寝そべるのを見て、何でお前が一番なんだよ、と子供のような喧嘩(ケンカ)をしていた。思い出して、くすくすと笑いが()れる。その背中にふわりと暖かい(コロモ)()けられた。見上げると、(シン)が後ろにいる。

湯上(ユア)がりは()える、と言うと、自分も縁側(エンガワ)(スワ)った。言っている紳も湯上(ユア)がりで、(カミ)はまだ()れたままだ。紳は?、と聞くと、俺はこれ、と酒瓶(サカビン)(サカズキ)を見せた。


「どうしたの?それ」


「今日咲耶(サクヤ)が持ってきてくれたものの中に入ってた」


鼻歌まじりに酒瓶(サカビン)を開けて、(サカズキ)()いでいる。二つの盃に(ソソ)ぐと、一つを悧羅に差し出した。いける口だろ?、と笑われて悧羅は(サカズキ)を受け取る。鬼なのだから、酒に負けることはない。…まあ、()み過ぎなければ、だが。二人で、(サカズキ)を鳴らしてぐい、と()()す。少し辛口(カラクチ)だか、喉越(ノドゴ)しのいい酒だ。上等(ジョウトウ)な酒だということはすぐにわかった。美味(ウマ)い、と紳は二杯目を注いでいる。だが、今の(ミヤコ)の状態で、どこからこんな酒を手に入れたのか。紳に(タズ)ねると、親父(オヤジ)殿の酒蔵(サカグラ)から失敬(シッケイ)したらしい、と笑っている。悧羅の(サカズキ)にも酒を(ソソ)ぐと、自分の(サカズキ)をすぐに飲み()している。


「そういえば、咲耶(サクヤ)が言ってたんだけどさ」


三杯目を(ソソ)ぎながら、紳が言う。


「次の(オサ)(サガ)すのに、(ミヤコ)はてんやわんやらしい。なりふり(カマ)わずって感じで、全部の(コロモ)()がせるんだと」


は?、と悧羅は聞き返す。(オサ)身罷(ミマカ)って二月(フタツキ)が過ぎようとしていた。普通(フツウ)名乗(ナノ)り出るのを待つはずだが、やはりその余裕(ヨユウ)は無かったようだ。危惧(キグ)していた状況に背を冷たい汗が流れるのが分かる。


(ミヤコ)の連中も、抵抗(テイコウ)できりゃするんだろうけど、体力もないし、(ウタガ)いは晴らしたいしで仕方(シカタ)なく(オウ)じてるってよ」


「それって、男だけの話なの?」


悧羅の問いに紳は、いや、と答えた。


「女、子どもに(イタ)るまで全部らしい。咲耶(サクヤ)がのとこにも来たらしいぞ。見たけりゃ見ろって()いだらしいけど」


咲耶(サクヤ)の行動を思い(エガ)くと、二人して笑いが出た。実に咲耶(サクヤ)らしい。金銭(キンセン)を要求しなかったのが、(ウソ)のようだ。でも、いつの間にそんな話を?、と(タズ)ねると、夕餉(ユウゲ)支度(シタク)の間、と紳は(コタ)えた。なるほど、と悧羅も納得(ナットク)する。夕餉(ユウゲ)を食べていくという咲耶(サクヤ)に振る舞うため、悧羅が炊事場(スイジバ)にいた(ジカン)があった。月に数回は咲耶(サクヤ)は来るので、紳とも気さくな仲になっている。(ソソ)がれた酒を飲み()すと、新しく酒が(ソソ)がれる。そんなにいらない、と(コトワ)るが、紳はまあまあ、と言うばかりだ。


“あまり(アルジ)に飲ませすぎるな”


妲己(ダッキ)(タシナ)めたが紳は、はいはい、と流している。仕方(シカタ)なく三杯目を受け取るしかない。それを満足(マンゾク)そうに見やって、紳は何杯目かも分からない(サカズキ)を飲み()し、でさ、と溜息(タメイキ)まじりに()き出した。その声は、一瞬(イッシュン)前とは裏腹(ウラハラ)に、静かな声だ。不思議(フシギ)に思いながら紳をみる。


「どうすんの、お前」


悧羅は目を見開いた。突然(トツゼン)の問いに言葉が出ない。


「どうって…、何が…?」


ようやく(シボ)り出したが、声が(フル)えた。それに、お前だろ、と声がかかる。


「そんな事、あるわけがないじゃない」


必死(ヒッシ)冷静(レイセイ)(ヨソオ)うが、紳は笑って悧羅の左肩を指さした。


「そこにあるの、(ハス)の華だよな。何の華が咲くかは分からないって話だったけど、髪の色と同じ華なんだな」


言うなりまた(サカズキ)をあおる。悧羅は知らぬうちに左肩を押さえていた。


いつ…、一体いつから知られていた…?


紳と共にいるときだけでなく、どこか出かける時は必ず襟元(エリモト)から(ウデ)まで(カク)れるような(コロモ)を身につけていたはずだ。知られた場面が思い浮かばない。そう聞くと、最初からと答えが返ってきた。


「最初って…」


「最初は最初だよ。でも確信は二度目にあったときだな。大会で打ち合ったときになんかおかしいなって思ってた。とにかく実力を(カク)してるみたいだったから。で、もう一度会いたくて見つけたとき、お前水浴(ミズア)びしてただろ。その時見えた。で、全部合点(ガテン)がいった」


見られていないと思っていた。一瞬(イッシュン)油断(ユダン)()やまれる。だが、それならば何故(ナゼ)、今まで何も言わなかったのか。目の前の紳は酒をあおりつづけている。


「ああ、それな。だって別にお前が(オサ)になるからって()れたわけでもないし。お前も()れられたくなさそうだったし。ただ、()れた女がたまたまそうだったって事だからな。気にしない」


言われてみれば納得(ナットク)だが、それでも悧羅には不可思議(フカシギ)だった。(オサナ)い頃から知られてはいけない、見られてはいけはい。もしも、知られたら(スベ)て無くすことになる、と強く言い聞かされていた。だからこそ、目立たぬように今まで生きてきたのだ。

けれど、それを紳は関係ないと言ってくれる。たまたまの事だ、と。そんな言葉をかけられたのは、咲耶(サクヤ)以来だ。ああ、と悧羅は深く息をついた。


この男は本当に自分などのことを()いてくれているのだ。


「で、話を(モド)すんだけど、お前どう考えてんの?」


聞かれて悧羅は、小さく笑った。先程(サキホド)までは、どうにか(カク)れて、次の(オサ)たる者が生まれ落ちるのを待つことが出来ないか、とも考えていた。あの(ミヤコ)の状態を見たにも(カカ)わらず、そう思ったのは、ただ紳と一緒にいたかったから。妲己(ダッキ)(フク)めて三人で、もしかすれば子も(サズ)かって、温かな(ジカン)を過ごせるかもしれない、と夢見ていた。けれど、(ミヤコ)の現状を聞いた今、どれほどその考えが身勝手(ミガッテ)であったかと()ずかしくなる。

(ミヤコ)豪奢(ゴウシャ)な宮を見た時、自分は(オサ)()めなかったか。何のための(オサ)なのだ、と(クヤ)しさに心が引き()かれそうではなかったか。


(ミヤコ)でそんなことが行われているなら…、逃げてる場合じゃないでしょうね…」


(アキラ)めたような悧羅の言葉に、そっか、と紳は(サカズキ)を置いた。

________________ 刹那(セツナ)______________。


悧羅は紳の腕の中にかき(イダ)かれた。

(オドロ)いていると、俺も、と声がする。


「俺も連れてって、悧羅。お前が居なくなったら、俺、一人になる」


抱きしめる腕に力がこもる。静かだが、願いを込めた紳の声音(コワネ)(カス)れていく。悧羅は紳の背中に手を回して(ナダ)めるようにさすった。一緒に行けたらどんなにいいだろう。けれど、この里を立て直すのは(ジカン)がかかる。この良い男を、ずっと(シバ)ってもいいものかとも思った。紳、と(オダ)やかに名を呼ぶと腕の力が少し弱まる。身体(カラダ)を離して顔を(ノゾ)き込むと、子どものように(ナミダ)を流しているのが見えた。


(イト)しい人。


指を伸ばして紳の(ナミダ)()きながら、その(クチビル)に軽く口付(クチヅ)ける。(オドロ)いたように、紳の目が見開かれた。


「かならず(ムカ)えに来るから。それまでこれで我慢(ガマン)してて」


(サト)すように言うと、紳は大きく(ウナズ)く。約束だぞ、というと頷く悧羅に、紳はもう一つだけ、と言う。


「その華、俺が()れるまで(ダレ)にも()れさせないで」


「…うん。私を最初(サイショ)(アバ)くのは紳に(マカ)せたいもの」


笑顔で(コタ)える悧羅に、今度は紳が深く口付けた。

家の中に嵐が上陸しました。

ブックマーク登録ありがとうございます。

とってもとっても嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ