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縁【拾撥】《縁【ジュウハチ】》

こんばんわ。

まさかの二話投稿できました。


お話が佳境に向かいます。

荊軻(ケイカツ)(トモ)に調べていた事柄(コトガラ)(スベ)て終わったのは姚妃(ヨウヒ)(ヨッ)つを(ムカ)えた(コロ)だった。500年前に一掃(イッソウ)した腐敗(フハイ)しきった宮内(ミヤナイ)私腹(シフク)()やしていた官吏(カンリ)達の縁者(エンジャ)はすべからく短命(タンメイ)という宿命(シュクメイ)背負(セオ)わされていた。悧羅に対し(ジカ)(ガイ)()したのは酊紂(テイチュウ)だけであったが、王母(オウボ)からすれば()ろした(ハナ)の子の道を(タダ)す事もせず、荒廃(コウハイ)していく里や生命(イノチ)を落としていく民達(タミタチ)に手を差し伸べる事もしなかったことは許せなかったのだと思われた。


数十万(スウジュウマン)()(タミ)が三万にまで()らされたのだ。ともすれば先代(センダイ)身罷(ミマカ)るのがもう少し(オソ)く、悧羅(リラ)が立つのを戸惑(トマド)っていたならば(スベ)ての(タミ)生命(イノチ)を落としていたかもしれない。そうでなくとも、もう少しばかり数は()っていたことだろう。人の子の道を(タダ)すために()ろした鬼達が一人の鬼の暴挙(ボウキョ)で全て(ウシナ)われるかもしれなかった。王母(オウボ)としても呼び戻したい気持ちはあったのだろうが、気付きもしない者たちを()()()(モド)すことは王母(オウボ)下界(ゲカイ)(ジカ)に手を伸ばすことにもなる。()()きを見守(ミマモ)るしかなかったのであろうし、どうにかと思って(ハス)()ろしたのだろう。


(ハス)(ムスメ)()ろすつもりはなかった」


初めて(マミ)えた時にそう言っていたことを思い出して、つい悧羅は嘆息(タンソク)してしまう。悧羅が立ったことで心置(ココロオ)きなく先代(センダイ)(イマシ)めなかった者たちへ(イカ)りとしての(ノロイ)をかけたのだ。


「…やはりあまり良い(シラ)せは上がってこなんだな…。それだけ王母(オウボ)(ハラ)()()ねておった、ということであろうが…」


手にした(シラ)せから視線(シセン)荊軻(ケイカツ)(ウツ)すと、そうでございますね、と小さく肩を落としている。出来ればほんの一握(ヒトニギ)りでも良いので王母(オウボ)(ノロイ)から()け出せた者がいないかと悧羅が願っていたことは知っている。(タト)え500年前に腐敗(フハイ)していたとしても今、里にいる民達(タミタチ)は悧羅が(マモ)るべき生命(イノチ)なのだと思っている事も。


(オドロ)くべきは先代(センダイ)()した御子方(オコガタ)にまで()()(オヨ)んでおった、ということでしょうか…」


荊軻(ケイカツ)の言葉に悧羅も小さく(ウナズ)く。官吏(カンリ)達だけだと思って調べを進めていたが終わりを(ムカ)える頃になって先代(センダイ)の子らも、と荊軻(ケイカツ)から進言(シンゲン)を受けた。まだ(オサナ)い子らも居たし悧羅が立った後、里に()りた子らは荒廃(コウハイ)した里を立て直すのに十分(ジュウブン)()ぎるほどに手を貸してくれていた。まさかそこまでは、と思っていたのだけれど(アマ)かったようだ。結局(ケッキョク)それらも調べる事になり、終わりを(ムカ)えようとしていた調べも二年を余計(ヨケイ)(ツイ)やすことになってしまったのだ。


(ナゲ)いて手を貸してくれた者たちもおったというに…。子らの血はもう残ってはおらぬのかえ?」


「…(トコ)()しておる者が二人のみ、でございます。(オノレ)らの宿命(シュクメイ)(ナゲ)いて、蛇神(ヘビガミ)(マツ)っておりました」


そうか、と悧羅はまた嘆息(タンソク)した。(オノレ)達にはよく分からない(ノロイ)に立ち向かうには再生や子孫繁栄(ハンエイ)象徴(ショウチョウ)ともいえる蛇神(ヘビガミ)(マツ)り、心の平穏(ヘイオン)を求めていたのだろう。…そうでもしなければ受け入れられなかったのだ。


「ですが(ワタクシ)が見たところそう長くは()たぬかと…。身体(カラダ)(コワ)している者がいる、と聞き(オヨ)んだので見に行った、という(テイ)(マイ)りましたが衰弱(スイジャク)しきっておりました。欲しいものはないかと(タズ)ねてみましたが、これも宿命(シュクメイ)と笑っておりましたけれど…」


それにまた小さく息をついて悧羅はもう一度(シラ)せの文書(モンジョ)に目を落とした。どれも残り(ワズ)かな血のようだ。これ以上(ツナ)いでいくことは(ムズ)かしいだろうと思われた。特に今荊軻(ケイカツ)から教えられた二人は(ツレアイ)も取らずにいたようだ。それについては、これ以上縁者(エンジャ)となる者に苦渋(クジュウ)(アタ)えたくは無かったらしい。自分たちで終わりに出来るのであれば、そうしたかったと()べたそうだ。


「…この者たちの(ヤシキ)(ワラワ)見舞(ミマ)っては千賀(センガ)縁者(エンジャ)の時のようになろうな…」


(ツブヤ)くように言うと、悧羅、と(トナリ)に座って(ダマ)って見守っていた(シン)の手が(ヒザ)に置かれた。目の前で全ての生命(イノチ)瞬時(シュンジ)に終わるのを見た紳は()()を悧羅に見てほしいとは思わない。如何(イカ)に悧羅が()()背負(セオ)うべきだと思っていても心の(オク)を深く(エグ)る事になりかねない。返された視線を受け止めて小さく頭を振る紳にまた悧羅は嘆息(タンソク)してしまう。


「そこまで悧羅が背負(セオ)う必要はないよ。悧羅が望んだことじゃないし、ましてや悧羅が行ったことでもない。これは俺たちの手の(トド)かない領域(リョウイキ)の事だ」


紳の言葉に荊軻(ケイカツ)も、そうでございますねと深く(ウナズ)いた。


「何かしらの手立(テダ)てがあればお(スク)いしたいと(オサ)はお考えになられるのでしょうが、こればかりは王母様(オウボサマ)御力(ミチカラ)でございます。私共(ワタクシドモ)がどうにかしようと動いたところで手の(トド)くことではございませんでしょう。…何より(オサ)にはまだ二十万を超える民達(タミタチ)生命(イノチ)がございます。ここで王母様(オウボサマ)(イカ)りが(オサ)に向きでもしました日には、二十万の民達(タミタチ)がまた苦渋(クジュウ)辛酸(シンサン)()めることにもなりましょう」


「…分かっておるよ…。二十万の民達(タミタチ)のほんの一部の事であるということは…。なれどそれでも(ワラワ)(マモ)らねばならぬ(タミ)生命(イノチ)であることには()わりないのだがな…」


あの荒廃(コウハイ)辛酸(シンサン)(フタタ)民達(タミタチ)()いることは出来ないししたくもない。王母(オウボ)(オサ)める場に(ウツ)って四十年が近くなってきたが、その間に十万だった(タミ)は二十万に増えてくれた。増えた分、荊軻(ケイカツ)住処(スミカ)や道、水路(スイロ)整然(セイゼン)(トトノ)え暮らし振りも貧富(ヒンプ)()なく、ささやかながらも(ミナ)(オダ)やかで(スコ)やかに笑い合いながら暮らせているのだ。その中で()()()()()れていく生命(イノチ)があることさえも知らずに…。だからこそ、悧羅が(オボ)えておかねばならない。


荊軻(ケイカツ)、一つ(タノ)まれてくりゃるかえ?」


(シラ)せの文書(モンジョ)を巻きとる悧羅に、なんなりと、と荊軻(ケイカツ)が小さく頭を下げる。


先代(センダイ)縁者(エンジャ)の血が()えたならば()()(ワラワ)案内(アナイ)してたも」


「それはよろしゅうございますが…」


何故(ナニユエ)に?、という言葉を荊軻(ケイカツ)は呑み込んだ。息のある間に悧羅が(オモム)けば、その場で()り取られる。だが血が()えた後ならば悧羅が(オモム)いても(サワ)りはないということなのだ。何より見ておきたいのだろう。(オサ)が道を()(ハズ)した時にどのようなことが待ち受けているのかを。


荊軻(ケイカツ)の心を読んだのか悧羅が小さく笑っている。


(ワラワ)とて民達(タミタチ)にとって良い(オサ)であり続けたいとは思うておる。なれど、何時何処(イツドコ)で道を(アヤマ)るとも(カギ)らぬ。(ワラワ)には(イサ)めてくりゃる其方(ソナタ)達がおる(ユエ)(ムゴ)いことにはなりはせぬと思うてもおるが…」


それでも、とは思う。500年前には手にする事さえ(アキラ)めていた(サイワイ)(ウバ)おうとされたならば悧羅自身の自制(ジセイ)()くか分からない。もしも(ウバ)われてしまったならば、きっと自我(ジガ)(タモ)つことさえ出来ずに(アタ)一面(イチメン)荒野(コウヤ)に変えてしまうだろう。


「…(サイワイ)は手にしてしまうと(テノヒラ)から(コボ)れ落ちぬか(アン)じてしまうものなのだな…」


小さく笑った悧羅に紳も荊軻(ケイカツ)も肩を落とした。それは(ダレ)しもが思う事だ。悧羅が500年知ろうとしなかっただけで、知る必要さえも無いと思っていたことなのだから今そう思うのは仕方(シカタ)の無い事だろう。


「そう(アン)じられずとも(オサ)が道を(アヤマ)ろうとなされば(ワタクシ)(シカ)ってさしあげますよ」


「俺たちだって悧羅の重荷(オモニ)になるために一緒にいるんじゃ無いよ?一緒に背負(セオ)うって言ったでしょ?悧羅が護りたいものは俺だって護るべきなんだから」


(ヒザ)に乗せられていた手が優しく悧羅の手を(ニギ)る。この(ヌク)もりさえ(ソバ)にあればどんな苦渋(クジュウ)()えていけると悧羅は小さく笑う。


先代(センダイ)御子(オコ)らの縁者(エンジャ)事切(コトキ)れましたならば(オサ)をお連れ(イタ)しましょう。あまり()()けずに見廻(ミマワ)った方が(ヨロ)しかろうとは(ゾン)じますが…」


荊軻(ケイカツ)が見た現状(ゲンジョウ)ではこの年は越せないだろうと思っている。


「俺が行って()ようか?」


紳の言葉に荊軻(ケイカツ)は静かに首を()った。医術(イジュツ)心得(ココロエ)のある紳が行って診立(ミタテ)ればもっと深く知る事が出来るだろうが、あまり悧羅と(チカ)しい者が(ヤシキ)に足を()み入れると良くないような気もする。


「しばらくは遠目(トオメ)から生命(イノチ)があるのかどうか確かめるだけにしておくほうがよろしいかと…。それは(ワタクシ)(ウケタマワ)ります。(オサ)や紳様、もしくは御子方(オコガタ)()()を見れば手を貸したくなるでしょうから…」


荊軻(ケイカツ)の目に少しだけ(コマ)ったような色が浮かんで、それほどまでか…、と悧羅が(マユ)を寄せた。けれど荊軻(ケイカツ)の言葉通り悧羅が行って手を差し出してしまえば、きっと王母(オウボ)(ユル)さない。悧羅ではなく差し出された手を取ろうとした(タミ)を。


承知(ショウチ)した。…なれど荊軻(ケイカツ)…」


言葉を(ツム)ごうとした悧羅に、分かっておりますよ、と荊軻(ケイカツ)微笑(ホホエ)んだ。


事切(コトキ)れた(サイ)には丁重(テイチョウ)(トムラ)います。(オサ)は今までも(ダレ)であれ、その者の(ツミ)如何(イカ)(オモ)かろうと()()()()()()()()のですから。(ワタクシ)がそれを行いましても王母様(オウボサマ)御怒(オイカ)りには()れませぬでしょう」


うん、と(ウナズ)く悧羅から文書(モンジョ)を受け取って、では、と立ち上がる荊軻(ケイカツ)に、もしも、と悧羅が声を掛けた。


「もしも()()()王母(オウボ)(イカ)りが其方(ソナタ)に向けば(ワラワ)とて(ダマ)ってはおらぬ(ユエ)


「おやおや。そのようにらしからぬ事を申されて…。まだまだ(ワタクシ)(オサ)の手をお借りすることなどございませんよ。(ワタクシ)がおらねば(オサ)(シカ)りつけられる者がおらぬようになってしまいますから。それでは里が(カタム)原因(ゲンイン)(オサ)と紳様が寝所(シンジョ)にばかり(コモ)られて怠惰(タイダ)(カタム)いたことになってしまいますからね。それは先代(センダイ)よりも愚行(グコウ)でございますから、(ワタクシ)(イマシ)めさせていただきませんと」


くすくすと笑って部屋を()していった荊軻(ケイカツ)を見送った紳が、そこまではしないよ、と悧羅に向き直った。


寝所(シンジョ)(コモ)りはするだろうけどさ。里を(カタム)けるほどはしないと思ってるんだけどなあ」


ねえ?、と見られて悧羅はくすくすと笑う。


「いや?分からぬよ?紳がそう思うてくれておっても(ワラワ)が出る事を(コバ)むやもしれぬしな」


「それはそれで俺は(ウレ)しいけどね。でも、そうなると俺が悧羅を(シカ)って里が(カタム)かないようにしなくちゃならなくなるね?」


「そうだな」


笑う悧羅に、それは無理だね、と紳も笑いながら悧羅を抱き上げた。まだ()が高いのに荊軻(ケイカツ)が重い(シラ)せがあると紳にも伝えてくれたようで、(ツト)めを抜けて付き添ってくれていたのだが、どうやら(モド)る気がないらしい。


「紳、(ツト)めに(モド)らねばならぬのではないか?」


無駄(ムダ)だと分かっているけれど一応(イチオウ)(タズ)ねる悧羅を寝所(シンジョ)に横たえながら紳が悪戯(イタズラ)な笑みを浮かべた。


「ちゃんと(ツト)めに(モド)るよ?悧羅を(オギナ)ってからになるけど」


笑いながら深く口付けられては悧羅に(アラガ)うことなど出来はしない。(クチビル)(カサ)ねるだけで紳に()ってしまうのだ。


「…それでは(オギナ)い終わるまでは(モド)らぬのだろう?」


「そうだねぇ…。でももう(カラ)っぽに近いからなあ。急がないと(ツト)めが(オロソ)かだって(シカ)られるだろうね」


(コロモ)(オビ)を手早く取り去りながら(タガ)いの(ハダ)(アラワ)にして(カサ)ねると細い脚を(カカ)え上げて悧羅の中に紳が入り込む。最初の口付けだけで悧羅も(タギ)っていたようでするりと受け入れられた事に苦笑してしまう。


「悧羅も俺を(オギナ)わないと駄目(ダメ)だったみたいだね?」


奥まで入り込んでもう一度深く口付けながら紳が動きだすと、息を呑んだ悧羅から甘い声が上がる。


「ちゃんと満たしてね?」


(ヒタイ)に口付けて言う紳への(コタ)えは悧羅の腕が首に廻されたことだった。そのまま満たし合って結局(ケッキョク)紳が(ツト)めに(モド)ったのは夕刻(ユウコク)近くの事だ。いい加減(カゲン)(モド)らないと駄目(ダメ)だよなあ、と言いながらも悧羅から出ない紳に幾度(イクド)()わせられながら(シビ)れきった手足でどうにか紳を受け止めて悧羅がより一層(イッソウ)甘い(アエ)ぎを上げて()てた。しっとりと()れた(ハダ)に口付けるとびくりと悧羅の身体(カラダ)()れる。


「…残りはまた()()ね」


言うなり突き上げる速さを上げて息を止める悧羅の最奥(サイオク)(ヨク)を吐き出してからようやく悧羅の中から出ると、くったりとした身体が布団(フトン)の上に投げ出されている。その姿にまたぞくりと身体(カラダ)(フル)えたが、懸命(ケンメイ)に自分を(オサ)えこんでとろりとした悧羅の(ヒタイ)に口付ける。


「本当はこのまま一緒に居たいんだけど。出来るだけ早く(モド)ってくるから()()()()ね?」


力の抜けたままの悧羅に手早(テバヤ)(コロモ)(マト)わせて自分も隊服(タイフク)を身につける。身体に()れる(タビ)(フル)える悧羅に小さい笑いが(コボ)れてしまう。


「…その姿のままで部屋の外に出ちゃ駄目(ダメ)だよ?そろそろ子ども達も(モド)ってくるだろうから、きっと当てられちゃうからね」


くすくすと笑うと、分かっておるよ、と小さな声がした。


「…まだ熱が残っておるに…。()めるまでは立つ事さえままならぬ…。其方(ソナタ)(モド)るまではこのままやもしれぬな…」


「それだけ(オボ)れちゃった?…俺はまだ()りてないから(モド)ってきたら覚悟(カクゴ)しといてよね?」


深く口付けるとまた息が荒れ始める悧羅に目を細めていると、ならば(ハヨ)(モド)ってたも、と(ウル)んだ目で見つめられてしまう。


「そんな目で見つめられて可愛(カワ)いい事言われたら行きたくなくなっちゃうでしょ?…もちろん早く戻るからね」


行ってくる、ともう一度(ヒタイ)に口付けて部屋を出て行く紳が戸を閉めるのが御簾(ミス)の中からでも音で分かって悧羅は大きく息を(トトノ)え始めた。紳に(アタ)えられた快楽(カイラク)の波はまだ悧羅の中で(クスブ)り続けている。本当ならばまだ()しいと願うところだが、先刻(センコク)寝所(シンジョ)(コモ)って(ツト)めを(オコタ)る事がないように、と荊軻(ケイカツ)に言われたばかりだ。求める気持ちを(オサ)えるのも(ムズカ)しいものだ、と小さく笑っていると手足の(シビ)れも少しずつ取れてくる。出ては駄目(ダメ)だと言われているが起き上がりでもしなければ身体の(タギ)りは(オサ)まらない。ゆっくりと起き上がって布団(フトン)の上に(スワ)ってからまだ(ミダ)れたままの(コロモ)を直す。


ふうっと大きく息をついて、さてどうしたものか、とこの先の事を思う。先代(センダイ)の子らの血がもうすぐ()えるというならば、()()()だ。


このままそれで(スベ)(カタ)がつくとは到底(トウテイ)思えないし、ただ(ダマ)って死期(シキ)を待っていた者たちだけであったとも思えない。先代(センダイ)身罷(ミマカ)った後、手を貸してくれた当時の子らはもう居ないのだから語り継がれる事柄(コトガラ)の中で千賀(センガ)と同じような考えを持つ者が居なかったとも(カギ)らない。確かめる(スベ)は今生き残っている者に話を聞く事だが悧羅が(タズ)ねたところで正直(ショウジキ)(コタ)えてくれるかも(アヤ)しいところだ。


であれば今は待つしか無いのだろう。

その血脈(ケツミャク)(ユル)やかに()えるまで。


荊軻(ケイカツ)話振(ハナシブ)りではそう長い(ジカン)を待たなくても良いようだ。護るべき(タミ)生命(イノチ)()きるのを待つ、というのも何とも言えない気持ちになるがこれも悧羅が()うべき(ゴウ)なのだ。これまでも幾度(イクド)となく(ミズカ)らの手で護るべき(タミ)生命(イノチ)(ウバ)ってきた。多くの民達(タミタチ)安寧(アンネイ)を護るには犠牲(ギセイ)にすべき血もあると(オノレ)に言い聞かせて。名も知らぬ民達(タミタチ)であったけれど顔だけは(スベ)(オボ)えている。それしか悧羅に出来ることはなかったのだから。せめて(ホフ)った者たちは確かに生きていたのだ、と悧羅の心に(キザ)みつけることでしか(ウバ)ってしまった生命(イノチ)()びることが出来ない。


ただそうする事で少しでも(ユル)されたいだけなのかもしれない。


自嘲(ジチョウ)するように笑って悧羅は自分の(ホオ)(サワ)る。身体の中での熱はまだ冷めやらないが顔の火照(ホテ)りは取れたようだ。このまま自室に(コモ)っていてはもうすぐ(モド)ってくるだろう子ども達が不思議(フシギ)に思うかもしれない。ゆっくりと立ち上がって御簾(ミス)()け自室の戸を開けると()れ始めた夕闇(ユウヤミ)と冷たくなってきた風が身体を()でた。熱を持ったままの身体には程良(ホドヨ)心地良(ココチヨ)さだ。


本当ならばこのまま何事(ナニゴト)も無く(オダ)やかに過ごしていければ良いのに…。


空を見上げて(トド)くはずもない願いを王母(オウボ)に伝えながら悧羅は大きく嘆息(タンソク)するしかなかった。



悧羅の(モト)先代(センダイ)縁者(エンジャ)二人が事切(コトキ)れたとの(シラ)せが入ったのは、それから六月(ムツキ)()っていた。


「…思うたよりも長かったと言うべきかえ…?」


(シラ)せを持ってきた荊軻(ケイカツ)(ツブ)やくように言うと、年は越さなかったとだけ返ってきた。元より荊軻(ケイカツ)はそう読んでいたので特段(トクダン)長いとも思えなかったけれど、二人の姿を見ていない悧羅にとっては長いと感じるのもやむを()無い事だ。(シラ)せればすぐにでも(ヤシキ)に向かいたがるのは分かっていたので、(スデ)遺体(イタイ)埋葬(マイソウ)は済ませている。残っているのは暮らしていた名残(ナゴリ)のある(ヤシキ)だけなのだが、それでも行ってみたいという悧羅を(トモナ)って荊軻(ケイカツ)()()(ヤシキ)へと案内(アナイ)した。


里の辺境(ヘンキョウ)、とはいえ二十万に増える前までの辺境(ヘンキョウ)であるから程良(ホドヨ)く里の中心近くの特に変わったところのない(ヤシキ)に降り立った悧羅は少しばかり(マユ)を寄せた。先代(センダイ)の子らの末裔(マツエイ)(ヤシキ)にしては(サビ)れている、と思ったのだ。普通(フツウ)民達(タミタチ)の暮らしよりも数段(スウダン)苦しい暮らしをしていたのでは無いかとさえ思えてしまう。貧富(ヒンプ)()など大きくはないと考えていたのだがどうやら悧羅の考えはまだ甘かったようだ。


「働き手がおらぬようでございましたから…。(ヤマイ)()しておれば(ヤシキ)も住む者も(サビ)れるものでございますよ」


表情を(クラ)くした悧羅に荊軻(ケイカツ)(サト)すように言う。


「何よりここの者たちは静かに(セイ)を終えることを望んでおりましたから…。(ゼイ)(コノ)まず(ツツ)ましくその終わりが来るのを待っておるように見えました」


荊軻(ケイカツ)が先に立って(ヤシキ)の戸を開けて中に入ると悧羅を(マネ)き入れる。()は高く(ノボ)っているというのに(ヤシキ)の中は薄暗(ウスグラ)陰気(インキ)印象(インショウ)だった。晩年(バンネン)(カワヤ)に行くことも出来なかったのだろう。(ヤシキ)の中は腐臭(フシュウ)(タダヨ)っている。


「こんなところにいたら活気(カッキ)(アフ)れる(ヤツ)だって(ヤマイ)になっちゃうよ」


大きく嘆息(タンソク)しながら共に付いて来た紳と舜啓(シュンケイ)邸中(ヤシキジュウ)(マド)を開け(ハナ)ち始めた。悧羅が荊軻(ケイカツ)と共に行くと伝えた時、紳はもちろん一緒に行くと言い出すのは分かっていたが舜啓(シュンケイ)も近くにいた事で付いて来てしまった。忋抖(カイト)皓滓(コウサイ)たちは見廻(ミマワ)りに出ていた為、ここに来る事自体を知らない。舜啓(シュンケイ)に知られたのも本当に偶然(グウゼン)だったのだが知った舜啓(シュンケイ)が付いてこないはずもなかった。もう!、と言いながら窓を開けている二人に苦笑しながら(ヤシキ)の中に足を()みいれる。草履(ゾウリ)は脱ぐべきなのだろうが、(ヨゴ)()てた(ヤシキ)に入るのに脱ぐ気には(ダレ)もなれないのだ。


大きくはない(ヤシキ)の部屋を一つ抜けて、もう一つの戸を開けると小さな祭壇(サイダン)が目に入った。本当にささやかな祭壇(サイダン)と呼ぶのも烏滸(オコ)がましいほどの小さな()()荊軻(ケイカツ)が言っていた蛇神(ヘビガミ)(マツ)るものなのだろう。小さな(ゼン)木彫(キボ)りであろうか…、とぐろを巻いた(ヘビ)質素(シッソ)(ヌノ)の上に置かれている。食うにも(コマ)っていただろうに(サカズキ)には酒も(ソソ)がれていた。両隣(リョウドナリ)には(サカキ)(カザ)られきちんと信仰(シンコウ)していたのは良く分かるものだ。


「…鬼なのにね…。蛇神(ヘビガミ)(スガ)りたいなんて…」


舜啓(シュンケイ)が肩を落として言う。そうだな、と見つめる()()随分(ズイブン)と古い物のように見える。


短命(タンメイ)であることを(ウレ)いて(スガ)れるものには(スガ)りたかったのであろうよ。…(ダレ)(ダイ)から始めたことかはもう分からぬが…」


どちらにせよ強い信仰(シンコウ)の願いを(タク)されていたのならばこのままにするには(シノ)びない。丁重(テイチョウ)(ホフ)らねば思いを宿(ヤド)した物が(アヤカシ)(ノロイ)()ては神のような存在(ソンザイ)(テン)じることもある。


「これをこのままにするわけにはならぬだろうな…。丁重(テイチョウ)(トムラ)わねばの。…荊軻(ケイカツ)(タノ)まれてくりゃるかえ?」


(ウケタマワ)りましょう」


(コタ)えた荊軻(ケイカツ)が小さく頭を下げたのに(ウナズ)いて悧羅が()()に手を伸ばした。


_________________ 刹那(セツナ)________________。


伸ばした指にちくりともぴりりともいえる(スルド)い痛みを感じて小さく息を止めた悧羅を紳が見逃(ミノガ)さなかった。悧羅?!、と背後から()け寄って思わず引いてしまった手を取り上げる。(アワ)てたように荊軻(ケイカツ)舜啓(シュンケイ)も寄ってきて(ノゾ)き込むが、そこにはいつもの悧羅の白く長い指があるだけだ。


「…何かあったよね?」


手を(ナガ)めながら(タズ)ねられて、(タイ)した事ではない、と言ってみるが紳は首を(タテ)()らない。


「少しばかり痛みが走っただけじゃ。(ワラワ)には()れられたくないという事なのかもしれぬ。…荊軻(ケイカツ)


(イブカ)しんだままの荊軻(ケイカツ)を呼ぶと代わりに()()を持ち上げてくれた。荊軻(ケイカツ)には特に変わりは無いようで、ただの木彫(キボ)りの物に見えますが、と()()をくるくると廻しながら確かめている。だが悧羅の指示(シシ)中指(チュウシ)の先はまだ痛みと(シビ)れが残っている。(コラ)えられない痛みではないし、動かしてみても特に変わりは感じない。


見誤(ミアヤ)まったか?


そう思ったが今何も変わりがないのであればどう対処(タイショ)すべきかも分からない。少し考えてまずは荊軻(ケイカツ)(マカ)せた()()を片付ける方が良いだろうと思えた。何か起こればその時考えるしか無いのだし、何より悧羅以外の者にはどうということはないようだ。その(アカシ)に紳や舜啓(シュンケイ)()()(サワ)っているが悧羅が感じたような事は起きていない。であれば良い、と思える。万が一何某(ナニガシ)か起こったとしても悧羅だけが受けるものであるならばどうとでもなるだろう。


まだ痛みの続く指を見つめながら、さてどう出るかと嘆息(タンソク)する。


「やっぱりどうかあるんじゃ無いの?」


「いや?少しばかり痛みと(シビ)れがあるだけじゃ。其方(ソナタ)たちがどうということも無いのであらばそれで良い」


心配する紳に笑って見せてとりあえずは此処(ココ)を立ち去ろう、と悧羅は伝える。何と無くではあるが(アマ)長居(ナガイ)すべき場でないように感じたのだ。


「…そうでございますね。まずは()()()をどうにか(イタ)さないとなりませんし。焼き(ハラ)いますがよろしゅうございますね?」


(ヤシキ)を出ながら荊軻(ケイカツ)に問われて、悧羅が()(シメ)すと(ミナ)が出たと同時に荊軻(ケイカツ)鬼火(オニビ)(ヤシキ)(ツツ)んだ。燃え落ちていく(ヤシキ)を見つめていると、何処(ドコ)からともなく(ヘビ)威嚇(イカク)するような音が聞こえだす。それは悧羅だけに聞こえたわけでは無いようで紳も荊軻(ケイカツ)舜啓(シュンケイ)咄嗟(トッサ)(アタ)りを警戒(ケイカイ)する。威嚇(イカク)するような音は少しずつ大きくなり、気が付いた時には荊軻(ケイカツ)の持っている木彫(キボ)りの()()同化(ドウカ)した。


途端(トタン)木彫(キボ)りであったものの目がかがちのように(アカ)く染まったがほんの(マバタ)きの間だ。(ヤシキ)が燃え落ちるのと同じようにまるで(ミズカ)らその(ホノオ)を呼び込んだように次には()()も燃え上がる。手を離した荊軻(ケイカツ)の腕から地面に落ちた()()は燃え落ちながらも一言(ヒトコト)残した。


【………(オボ)えた………】


威嚇(イカク)の音が笑いにも聞こえたのは皆同じだった。


同時に皆が(サト)る。


悧羅に何かが起こることになるだろうことを。

最期の試練に向けて走り出しました。


ほどよくおつきあい下さいませ。


ありがとうございました。

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